―第501統合戦闘航空団ブリタニア基地近郊 海上―







穏やかな日が差す昼下がり。静かな海の上を、五つの影が駆けて行く。

「俺! ペリーヌ! 負けても数を言い訳にすんなよ!?」

その内の一つ、シャーリーが威勢よく声を張り上げる。その声に、五人の中心付近を飛行する俺が答える。

「は! そっちもせいぜい負けた後に泣くなよ!」

俺の言葉を合図に、五人の内三人が離脱する。今から五人が行おうとしているのは、変則形式の模擬戦だ。

《では、模擬戦を始めます。…あの、本当にいいんですね?》

遠くで審判役として飛行しているリーネが、最後の確認として俺とペリーヌのインカムに通信を入れる。

「ああ、構わない」

「問題ありませんわ」

即答する二人。その声に、リーネも口出しすることを止めてホイッスルを持つ。
今回の模擬戦は、俺とペリーヌのロッテ、シャーリーとルッキーニ、宮藤のケッテによる模擬戦だ。

当然、二人と三人ではほぼ勝ちは決まったようなものだ。だが、俺とペリーヌには実績がある。
ストライクウィッチーズの頂点に位置する二人を相手に、辛くもという曰く付きだが白星を上げたという実績が。

それ故このような模擬戦が罷り通っているわけだが、シャーリーには負ける要素が全く見えなかった。

(確かに、二人は強い。でも、こっちは三人。負ける要素は無い!)

シャーリーが改めて勝ちを確認した瞬間、空域にリーネのホイッスルが響き渡る。

「ルッキーニ! 宮藤! 二人を包囲するぞ!」

「りょーかい!」

「りょ、了解!」

シャーリーの号令で三人は散開、数の利を活かして二人を包囲しにかかる。
対して俺とペリーヌは一瞬視線を交わすと、大きく散開。俺はそのまま正面へ、ペリーヌは上方へ。

(こちらの意図を読まれた? いや、戦術を予測しただけか)

シャーリーがそう分析している間に、俺が二丁の模擬銃の銃口をシャーリーに向ける。同時に、そこから大量のペイント弾が吐き出された。
それを難なく回避した後、シャーリーはわざと速度を緩めて俺とすれ違う。

俺はそれを追って反転すると、シャーリーに再び銃口を向けた。が、それは罠だ。その後方から、ルッキーニが俺に照準を合わせる。
わざと分かりやすい目標をちらつかせ、そちらに意識を割かせる。背後を掻く戦術の一つだ。

(周りを気にしないなんて、二流以下のミスだぞ、俺?)

シャーリーがほくそ笑んだ瞬間、ルッキーニが突如回避行動を取る。直前までルッキーニがいた場所を、上方からペイント弾が裂く。
ペイント弾を放ったペリーヌが急降下し、そのままルッキーニをパス。やや下方にいた宮藤に照準を合わせる。

「わっ、わっ!」

俺の動きしか見ていなかった宮藤は、咄嗟に反撃を諦めてブレイク。そこにルッキーニのカバーが入ると、ペリーヌは無理に追撃することなく離脱する。

「周りを気にしないなんて、二流以下のミスだぞ、シャーリー?」

挑発するように俺は言い放つと、急上昇。その後回頭し、急降下しながらシャーリーの頭を押さえにかかる。

「!? 舐めるな!」

海を背にするように反転すると、シャーリーは銃口を素早く俺に向ける。引き金を引く直前、シャーリーの視界に青い影が映る。
先程宮藤とルッキーニから離脱したペリーヌが、シャーリーの隙を突こうと迫っていた。

「っ!?」

一瞬の判断で回避を優先させるシャーリー。そこへ、さらにペリーヌが喰らい付く。

「シャーリー! 今行く…っ!?」

ルッキーニと宮藤が援護に向かいかけた時、突然進路を変えた俺が二人の前に立ちふさがった。

「俺! 邪魔! 宮藤は左から行って!」

「う、うん!」

二人は左右に分かれると、俺を挟撃しようと試みる。が、俺は回避機動を行うでも無く、二丁の模擬銃をそれぞれ二人に向ける。
そのまま、同時に引き金を引き絞る俺。反動など、俺の固有魔法の前には無いに等しい。

咄嗟に二人は回避、俺は特に追撃の様子は見せずに距離を取る。

「うー! 高高度ならこうはいかないのに…!」

思い通りにいかない戦況に、ルッキーニが泣き言を漏らす。
ルッキーニのストライカー、G-55チェンタウロは高高度の機動性に優れるストライカーだ。現在の高度はそれが活かせる高度ではない。

その泣き言に、意外にも俺が反応した。

「そうか? なら、その高高度戦闘を見せてもらおうか!」

そう言うと、俺は追撃を中断、急上昇していく。その動きを見たペリーヌもシャーリーへの攻撃を中止し、俺に追随する。
二人のその動きに、シャーリーは思わず眉を顰める。

(なんだ? 二人はここまで予測して、作戦を立てていたのか…?)

見たところ、ペリーヌは何を言うわけでもなく、躊躇いも無く俺に追随していった。
が、シャーリーの見たところ俺とペリーヌが作戦を立てられたのは、散開前の一瞬だけだったはずだ。

「うじゅ? 待てー! おれー!」

「待って、ルッキーニちゃん!」

ルッキーニが嬉々として、自身のストライカーの性能を存分に振るえる高度へ駆け上がってゆく。宮藤が慌ててその後を追う。

(おい、ルッキーニ…! ああもう!!)

シャーリーは一度頭を振ると、同じく上昇していく。
俺がどういった考えでルッキーニの泣き言に乗ったかは分からないが、再び三人で囲んで叩くことを優先するシャーリー。

「二人とも! もう一度、囲んで叩くぞ!」

そう。冷静に三人で囲めば二人がいくら連携が取れていようが、負けることは無い。いわば、詰め将棋のようなものだ。
だが、現実はシャーリーの予想を悉く裏切る。

二人の連携は三人の包囲を内側からかき乱すだけに留まらず、的確にこちらの隙を突いてくる。
俺が狙われれば、すぐさまペリーヌがその援護に入る。ペリーヌが狙われれば、すかさず俺が援護する。

当然、三人も同じ攻撃を繰り返すだけではなく、包囲や攻撃のパターンを次々と変えていく。
高高度に上がったことで、ルッキーニの機動性も上昇している。それにより三人が採れる戦術の幅も広がるが、それすらも二人はまるで意に介さない。

(こいつら…こっちが何度攻撃のパターンを変えてもお構いなしかよ!? しかも…)

数的に不利な状況で、高度な連携で持って拮抗してくる俺とペリーヌに、シャーリーは思わず絶句する。が、問題はそれだけではない。

二人は戦術を切り替える際にも、コンタクトを取らないのだ。
まるで、初めから全て決まってる動きをなぞるように、その場に合わせた最適な機動、連携をやってのける。

強いて言うなら、時々俺とペリーヌは互いを視界に入れ、一瞬のアイコンタクトを交わすのみ。

(そんな一瞬で、ここまで高度な連携が出来るのかよ…っ)

不意に、冷たいものがシャーリーの背を伝う。まさか、こいつらは本当にこの不利な状況をひっくり返すのか、と。

「そこっ!」

ルッキーニが俺へとペイント弾の雨を降らせる。最年少であるとはいえ射撃の腕は確かな彼女が放ったペイント弾は、確実に俺へと向かっていく。
万一俺が回避したとしても、後詰には宮藤がいる。二段構えの攻撃で、確実に俺を落とす腹積もりだ。

「…ふっ!」

俺は強引にストライカーを前に突き出し急制動をかけ、さらに発生する慣性を固有魔法で全て打ち消す。
通常ではあり得ない切り返しの前に、ルッキーニの放ったペイント弾は全て空を切る。

その行動を全く予想できずに、思わず次の手を打ち損じた宮藤に、ペリーヌが迫る。

「宮藤! もっと動け!」

すかさずシャーリーがペイント弾を撒き散らしながらペリーヌを牽制。やはりペリーヌは深追いすることなく離脱していく。

「ペリーヌっ!」

ここへきて初めて、俺がペリーヌへ声を上げた。

「…はいっ!」

何かの攻撃のサインか、とシャーリーが警戒すると、突如ペリーヌが進路を変える。が、その先には、

(おいおい…あいつら正気か? ペリーヌがそのまま直進したら、俺と衝突だぞ!?)

急激に進路を変えたペリーヌの行き着く先と、俺の予想進路は重なっていた。つまり、今のままでは激突は避けられない。

(…ここにきて、連携が綻んだか? やっぱり、さっきまでの連携は無理やりだったのか)

そう結論付けると、シャーリーは勝利を確信した。

「二人とも! 行くぞ!」

シャーリーがそう言う前に、ルッキーニは動いていた。宮藤が慌てて追従する。
俺とペリーヌが衝突するまで数秒も無い。が、二人はそのまま進路も変えずに、速度すら緩めずに突き進んでゆく。

(…もらった!)

二人がまさに激突する直前、シャーリーは満を持して引き金に指をかけた。ルッキーニと宮藤の表情にも勝利の確信があった。

そんな三人に、俺が一瞬振り返る。その口が僅かに動いた。

「…かかったな?」

その声が三人の耳に届く前に、俺とペリーヌが激突した。
が、次の瞬間。三人の目の前にあったのは、いつの間にか反転してシャーリーに狙いを定めるペリーヌと、その後ろで二つの銃口を宮藤とルッキーニに向ける俺の姿だった。

「チェックメイト―――」

「―――ですわ!」

三つの銃口が、それぞれ三人にペイント弾を放つ。寸前まで勝ちを確信していた三人に、回避の手立ては無かった。

着弾と同時に、戦闘空域にリーネのホイッスルが響き渡った。模擬戦は、俺とペリーヌの勝利だった。











「だー! 負けたー!」

帰り道、シャーリーが悔しそうに声を上げる。それを見て、してやったりという笑みを浮かべる俺。

「おれー! 最後何したのー!?」

未だに不満そうな顔をしたルッキーニが俺に尋ねる。確かに、最後の二人のあの動きは不自然、というより異常だった。
ルッキーニの様子に苦笑しながら、俺は説明をする。

「ペリーヌとぶつかった瞬間、その衝撃を全部相殺して、そのままペリーヌをひっくり返したんだ」

あまりに突飛な行動に、シャーリーだけでなくルッキーニまで唖然とする。

「まあ、実戦じゃ到底使えない、完全なだまし討ちだけどな」

そのまま笑い飛ばす俺に、シャーリーは重ねて質問をする。

「それより、二人はいつの間に作戦を立ててたんだ? そんな暇無かっただろ?」

その質問には、俺の隣を飛ぶペリーヌが答えた。

「作戦? そんなの、立ててませんわよ?」

「…は?」

これには、シャーリーだけではなく宮藤とルッキーニも絶句した。

「じゃ、じゃあ…どうやってあんな連携を…?」

宮藤が信じられない、といった口調で質問を重ねる。そんな宮藤に、俺は微笑みながら返す。

「ペリーヌの目を見たら、次の動きはなんとなく分かるんだ。呼吸、目線…ペリーヌのことならなんでも分かるからな。後は、それに合わせればいい」

「ちょっ…俺さん!」

俺の言葉に、ペリーヌが顔を真っ赤にする。そんな二人の様子に、シャーリーとルッキーニが互いに耳を寄せて話す。

「ねぇ、俺とペリーヌってやっぱり…」

「こりゃ、かなりあれだな…いつの間に…」

「そこっ! 何をこそこそ話しているんですのっ!?」

真っ赤な顔のまま、二人に食って掛かるペリーヌ。そんなペリーヌの様子を見て、宮藤とリーネが顔を赤くしながらこそこそと話す。

「俺さんとペリーヌさんって付き合ってたんだ…なんか、凄いね…!」

やや興奮した表情で話す宮藤に、リーネも似たような表情で勢いよく相槌を打つ。

「み、宮藤さん! リーネさん! 貴女達まで…!」

その二人の様子に気付いたペリーヌが、今度は二人に食いついた。そんな様子を見ながら、俺は苦笑する。

(やれやれ…さっきのは言い過ぎたかな?)

が、俺は何一つ嘘は吐いていない。
一瞬の互いの機動に、互いの命を賭けられる。それほど、俺とペリーヌは強く信頼し合っていた。

真っ赤になりながら宮藤達に火を吹くペリーヌを見やり、穏やかな笑みを浮かべる俺。

「なぁ、見ろルッキーニ。あの俺の顔」

「うじゅー…なんでペリーヌなんだろ…」

(槍玉に挙げられると、なんかこう、くすぐったい感じがするな…)

ペリーヌを習って二人に何か言い返そうか、と俺が似合わないことを考えた瞬間、

「っ!?」

突然、俺のストライカーの推力が下がり、巡航姿勢が崩れる。

「俺さん!?」

誰よりも先に異変を察知したペリーヌが俺の傍に近づく頃には、既に俺は姿勢を戻していた。

「…大丈夫、だ。ペリーヌ」

俺はペリーヌを安心させるように笑みを浮かべると、自身のストライカー、天雷に目をやる。

(…やっぱり、試作機は試作機か。無理が祟ったか…?)

俺のストライカーである天雷は、本来要求された性能を満たせずに採用されなかった機体だ。
それを、規格外の改造で実戦に耐えうる性能を持たせた為に、機体への負担が大きくなっていたのだろう。

尚且つ、俺の魔法力は人並み以上に量が多いため、当然それを流し込む機体にも負担が大きい。それらが祟ったのだろうか。

「…基地に戻ったら、扶桑に連絡を入れよう。帰投するまで、支えてもらっていいか?」

「はい…」

まだ心配そうな表情で俺を支えるペリーヌ。周りの面々も異常に気付いたのか、二人に近寄ってきた。

「ああ、すまない。少し機体が不調みたいだ。なんてことは無い」

その一言にやや安心したような空気が一同を包んだが、心配であることに変わりはない。六人は、帰投を急いだ。








―同隊同基地 電算室―







《そうか、天雷が不調か…》

通信機の向こうで、友が首を捻る雰囲気が俺に伝わる。

「さっき整備兵と一緒に配線覗いたら、一部焦げてたぞ。おまけに、整備兵でも扱いきれないパーツもある。正直こっちではお手上げだ」

帰投してすぐに、俺は整備兵と共に天雷の整備に当たっていた。
が、友の魔改造は伊達ではなく、スペックシートを熟読した整備兵でさえ細かいところは白旗を掲げたのだ。

《まあ、天雷はちょっとばかり無茶したからなー…んじゃ、俺もそっちに行くかね。この前ロールアウトしたお前の新しい機体も持っていく手筈になってたし》

軽い調子で言う友に、少なからず俺は驚いた。

「…ちょっと待て。そんな話、初耳だぞ」

新機体の話など、俺は全く知らされていなかったのだ。

《実は一年前辺りから製造に着手してたんだが、なかなか難航しててな…あ、因みにお前に伝わってなかったのはあれだ、少将の意向だ》

友の言葉に俺は猛烈な頭痛を覚え、頭を抱える。どうせいつのもろくでも無い理由だろう、と俺は確信した。

《機体コード名、『ナイトレーベン』。お前にぴったりだな》

「それは、皮肉か?」

思わず溜息を吐く俺。

《信頼の現れだと思ってくれ。とにかく、一週間以内にお前に送り届ける。天雷の様子も、その時見るさ》

「…ああ。そっちは任せた。オーバー」

《了解。一応報告書は昨日そっちに送ったから、詳細はすぐに隊長さんに伝わると思う。オーバー》

通信機を置き、溜息を吐く俺。

(新機体ねぇ…)

それも気になるが、まあそれはいいと俺は思い直し、電算室を出る。

(そういえば、今日はお茶会だったか)

ストライクウィッチーズでは、ネウロイの襲撃の無い日に休息の一環としてお茶会のようなものが開かれるのだ。

(…行くか)

会場は中庭だったか、とそちらに足を向ける俺。

「…にしても、平和だな」

世界はネウロイの脅威にさらされているというのに、今この瞬間は驚くほど平和だった。
この平和を忘れないようにしよう、と俺は心に留めて中庭に向かった。








―同隊同基地 中庭―







俺が中庭に着いた時、すでに全員がお茶に口をつけていた。

「遅いぞ俺ー!」

俺の姿を一番に認めたシャーリーが手を振る。俺もそれに返しながら、座る場所を探す。

「あっ、あの、俺さん…その、こちらに…」

ペリーヌが何やら赤面しながら俺を手招きした。隣に座れ、ということだろう。俺は素直にペリーヌの隣の椅子に腰を下ろした。

「扶桑との連絡はついたかしら?」

俺が腰を下ろしたのを確認すると、優雅にカップを持ち上げたミーナが俺に質問する。

「ええ。友がもうすぐこちらに来るそうです」

俺のその言葉に、坂本が考え込む。

「ふむ…その間にネウロイが出現しないといいが…」

「まあ、考えても仕方ありません。それに、天雷がもう使えないわけじゃないですから」

気休めとも取れる俺の言葉に坂本は苦笑すると、カップを口に運ぶ。そのうちに、リーネが席を立って俺のカップを用意してくれていた。

「どうぞ、俺さん」

「ああ、ありがとうリーネ」

いえいえ、と何やら嬉しそうに言いながら席に戻るリーネ。

「…お、美味いな。リーネが淹れてくれたのか?」

「あ、はい。ふふ、ありがとうございます」

紅茶を一口飲んだ俺の賞賛にやや上機嫌で返すリーネを見て、ペリーヌが不機嫌な様子でぼそりと呟く。

「…私も、紅茶には自信がありましてよ」

その言葉に俺はカップを置くと、空いた手をペリーヌの頭に置く。

「それなら、今度ペリーヌの淹れた紅茶も飲ませてもらうよ。だから、そんな顔しないでくれ」

そのまま手を動かして、ペリーヌの頭を撫でる俺。
俺のその行為に、ペリーヌは一瞬躊躇う素振りを見せるが、すぐに気持ち良さそうに目を細めて身を任せる。

先程の不機嫌な様子など嘘のように、

「し、仕方ありませんわ…今度、特別に淹れて差し上げるのも、やぶさかではありませんわね…」

などと言い出すペリーヌ。そんな様子に、ストライクウィッチーズのメンバーは相当な衝撃を受けた。

「な…何ダ? 俺はいつの間にペリーヌを落としたんダ…?」

「ペリーヌさん…幸せそう…」

エイラとサーニャが、やや呆然と呟く。

「あらあら…」

「ほう…男女仲良き事は良き事哉、というやつか?」

驚いたように口に手を当てるミーナと、何かがずれた発言をする坂本。

「最前線で男女の付き合いだと…? 貴様らそれでも軍人か…っ」

「あ、これ美味しー。まあまあトゥルーデ、そんな硬いこと言わなくてもいいじゃん?」

拳を握り締めて嘆くバルクホルンを、スコーンをつまみながらいさめるハルトマン。

「うじゅ…本当に、なんでペリーヌなんだろ…」

「なあルッキーニ。扶桑には『ライクライク』って諺があるらしいぞ」

珍しく真剣な表情で首を傾げるルッキーニに、シャーリーが間違ってはいないが何処か間違った知識を披露する。

「わぁ…ペリーヌさんいいなぁ…」

「私もあんな素敵な彼氏欲しいな…」

リーネと宮藤が、それぞれ素直な感想を漏らす。
そんな面々の視線に気がついたペリーヌは慌てて俺の手を振り払うと、憮然とした表情を作ってそっぽを向く。
だが、そんな表情を作っても、頬がほんのり赤く染まっているのが取り繕った表情を台無しにしている。

俺だけでなく、ペリーヌ以外の全員が苦笑する。その様子に、ペリーヌがさらに顔を真っ赤にして立ち上がる。

「もう、なんなんですのー!」

そんなペリーヌの様子に、会場に笑顔が零れる。思わず、俺の口元が緩む。

(…こんな時間が、ずっと続けばいいのにな)

再びカップに口を付けながら物思いに耽る俺に、ハルトマンがすっと近づく。

「ねぇ俺。ペリーヌの何処が好きなの?」

ペリーヌが聞いていればさらに白熱しそうな質問だが、そのペリーヌは宮藤達に食って掛かるのに必死で、どうやら耳に入らなかったらしい。

「ん…そうだな。強いて言うなら…」

ふとそこで言葉を切り、俺はペリーヌを見た。あの夜交わした言葉が俺の胸に去来し、不意に胸が温かくなる。

「…全部、かな?」

その答えにハルトマンは苦虫を噛み潰したような表情で、

「あー…なんか、私の中の俺像が崩れてく…」

と言い残してすごすごと自分の席に戻る。そんなハルトマンの様子に俺は首を傾げる。
ふと俺がペリーヌに再び視線を転じれば、ペリーヌは全員に囲まれて質問責めに遭っていた。

「ね、ね! ペリーヌは俺の何処が好きなの!?」

「俺さんとはどこまで進んだんですか!?」

「そういえばこの前ペリーヌさん、朝俺さんの部屋から…ま、まさかもうあんなことやこんなことまで…っ!?」

「え、あ、あの、ちょっと…その…って宮藤さん! 貴女何を考えていますの!?」

段々と激しさを増していく質問責めに、とうとう耐えられなくなったペリーヌは俺の方を向くと、

「お、俺さん! 貴方からも何か言ってください!」

恥ずかしさのあまり今にも泣きそうな表情で懇願する。そんなペリーヌの様子に俺は一つ苦笑すると、席を立って好奇の視線に飛び込む。

(さて、どうしたものかな…)

俺とペリーヌが年頃の少女らしい好奇心に振り回される中、二人の関係が隊で公認されることになったお茶会は、幕を下ろしたのだった。








―同隊同基地 俺自室―







「うー…」

お茶会の時の恥ずかしさが未だに尾を引いているのか、夜になってからもペリーヌはこの調子だった。

「まあ、いいじゃないか別に。特に関係に口出されることも無かったんだしさ」

俺は椅子に座って、苦笑する。ペリーヌはほんのりと赤く染まった顔のまま、ベッドの上で俺の枕を抱いている。

「それは…そうですが…」

ぎゅっと枕を抱きしめ、そうぽつりと言うペリーヌ。
最近は、俺のベッドの上がペリーヌの定位置になってきている。寝る時も、自室に帰っていない。

「…ですが、恥ずかしいものは恥ずかしいです…」

そのまま枕に顔を埋めて、顔を隠してしまうペリーヌ。そんなペリーヌに俺は微笑むと、椅子から腰を浮かせて、ペリーヌの隣に腰を下ろす。
ペリーヌはそれに気付いて顔を上げると、俺の肩に頭を預ける。

「俺さん…私、今とても幸せですわ」

「…ああ」

俺の手と、ペリーヌの手が重なる。

「…ですが、それだけ不安でもありますの…私は、まだ私の責務を果たせていないというのに…」

ぎゅっ、と。俺の手が強く握られる。

「それでも私は、幸せになってもよろしかったんですの…?」

「いいに、決まってる」

即答だった。思わず、ペリーヌは俺の顔を見る。

「あの時、ペリーヌは言ってくれたよな。俺を支えてくれるって」

そう言って、俺はペリーヌと向き合い、髪を優しく撫でる。

「俺だって、ペリーヌを支えたい。だから、その責務を俺にも分けてくれ。もう独りだけで抱えなくていいんだ」

最後に俺は微笑むと、

「ペリーヌは、俺の二番機だろ?」

あ…、とペリーヌの思考が緩やかに止まる。

(そう…でしたわね…私は、俺さんの…)

一度ペリーヌは俯くと、すぐにその顔を上げる。一点の曇りの無い微笑みを携えて。

「…当然ですわ」

二人の間に、笑顔が溢れた。









月明かりの差す、明かりの絶えた部屋で、二人は今日も同じベッドに横たわっていた。

「ふぅ…やっぱり落ち着きますわ…」

俺の左手を枕にし、落ち着いた様子で俺に擦り寄るペリーヌ。

「まあ、いいんだけどな…」

数日前から続くこんな状況に、俺は自分が何かとんでもない過ちを犯してるのではないか、という気さえしてくる。

(ペリーヌが幸せそうならいいか…)

そう結論付けて、もう色々と考えることを放棄する俺。

「…そういえば俺さん」

「ん?」

寝る前、ということなので眼鏡を外したペリーヌがふと俺を見上げる。

「今日、貴方は私のことなら何でも分かる、と仰いましたわね?」

「…ああ、そんなこと言ったな」

俺がそう返すと、ペリーヌは悪戯っぽく微笑むと、

「では、今私が何を考えているか当然お分かりですよね…?」

う、と俺が詰まる。
確かに空戦時ならば、言葉を交わすことなくペリーヌの意思を正確に汲み取ることができた。

(ど、どうしよう…さっぱり分からない…)

が、今は全くペリーヌの考えが読み取れない。期待を表情一杯に表すペリーヌから、必死に目を逸らして考える俺。

「…分かりませんの?」

しゅん、と擬音が聞こえてきそうなほどにうな垂れるペリーヌ。
そんなペリーヌに、俺はわたわたと慌てるが、

「う…あ、その…ごめん」

俺も同じく、うな垂れるしか無かった。そうしている内に、ペリーヌの肩が震え始める。

(う…泣かせた、か?)

ペリーヌの涙に、俺は極端に弱い。どうにかしようと必死に言葉を探す俺に、ペリーヌは顔を上げた。

「ふっ…ふふっ…俺さん、何を真に受けていますの?」

悪戯が成功した子どものように、くすくすと笑うペリーヌ。
肩が震えていたのは、含み笑いのせいだったようだ。それにようやく気付いた俺は、がっくりと力が抜けた。

「…勘弁してくれ…」

「ふふ、でも俺さん、こうすれば私の考えていること、少しは伝わるんじゃなくて?」

まだ笑いながらもペリーヌは言うと、俺を真正面から見据えて、目を閉じる。

(えっと…これは、もしかして…)

「…まだ分からないんですの?」

そのまま、ペリーヌが俺に聞いてくる。俺の顔は、既に真っ赤になっていた。

「いや…その…そういうこと、か?」

「そういうことです。さ、俺さん。…ください」

その一言で、ペリーヌが何を求めているかは決定的だった。

(でも…いや、流石に…ええい!)

覚悟を決めた俺は、ペリーヌの顔にゆっくりと顔を近づけ、

「…んっ」

二人の唇の距離が、一瞬だけゼロになり、そして離れた。

「…ふふ」

赤面しながらも、幸せそうな表情を浮かべるペリーヌ。俺も同じく顔から火が出そうな状態だが、不思議と満ち足りた気分だった。

(…でも、恥ずかしいな…)

(やっぱり、恥ずかしいですわ…)

互いに赤面したまま、同じようなことを考える二人。
俺が恥ずかしさに負けて、ほんの少しだけペリーヌから離れると、

「あ…」

先程までの赤面は鳴りを潜め、俺の寝巻きをぎゅっと掴むペリーヌ。

「そ、その、俺さん…眼鏡が無いので、離れると不安なんです…出来れば、このままで…」

やや俯き加減でぽつりと話しかけて来るペリーヌに、離れようとしていた俺はゆっくりと位置を戻す。

「これで大丈夫か?」

「ありがとうございます…ふぁ…」

俺が再び近づいたことで安心したのか、ペリーヌは小さく欠伸を漏らした。

「ん…そろそろ寝るか?」

俺がそう聞くと、ペリーヌは小さく頷いた。

「おやすみなさい、俺さん…」

「ああ。おやすみ、ペリーヌ」

そう言い合って、程なくしてペリーヌは意識を手放した。

(…ああ。こんなに、穏やかな日々が続けばいいのにな)

もちろん、それは叶わない願いだと、俺は気付いている。それが許されない立場にいることも。

(でも…この瞬間だけは…)

ペリーヌを起こさないように、ゆっくりとその体を抱きしめる俺。

(…いい、よな)

その温もりを愛しく感じながら、静かに俺もまどろみに身を任せていった。







―同隊同基地 食堂―






翌朝、俺とペリーヌは並んで食堂に入った。

「おはよう」

「おはようございます」

すでにハルトマンを除く全員が着席していて、俺とペリーヌに挨拶を返した。
二人が並んで着席すると、すでに二人の前には宮藤が作ったと思われる扶桑料理が並んでいた。

「おはよー…」

ハルトマンも食堂に入り、十二人全員が揃う。今日は、夜間のシフトが無かったサーニャの姿もある。

「揃ったわね? それでは、いただきます」

ミーナの号令に、全員が復唱してから箸を手に取る。

「またこの腐った豆ですの…」

ペリーヌがうんざりしたように言う。

「納豆は健康にいいんですって! 俺さんも食べてますよ?」

「ん?」

納豆をちょうど口に運んでいた俺が、宮藤のその言葉に動きを止める。

「い、いかに、俺さんの好物とはいえ…これを口に入れるのは…っ」

納豆を箸で持ち上げながら、何やら葛藤を始めるペリーヌ。そんな様子を、隊の全員が微笑ましく見ている。

「ちょっ、皆さん! 私をそんな目で見ないでくださいましー!!」

その雰囲気に気付いたペリーヌが、気恥ずかしさ全開といった様子で叫ぶ。食堂が、爆笑に包まれる。

だが、そんな穏やかな雰囲気は、突如突き崩された。

基地内に、けたたましく警報が鳴り響く。それが意味するものは、一つ。

「ネウロイ…!」

全員の表情が、一斉に軍人のそれへと変貌する。

「ネウロイ多数、基地に急接近中…ステルス性を備えたタイプと推定します」

サーニャが固有魔法である魔導針を発現させ、敵状を報告する。その言葉にミーナは頷くと、全員の顔を見渡して告げる。

「総員、出撃準備! ネウロイの迎撃に当たります!」

「了解!」

一斉に食堂から駆け出していくウィッチ達。そんな中、同じく駆け出そうとした俺のコートの袖を、ペリーヌが掴む。

「…大丈夫ですわよね?」

心配そうな表情で俺を見上げるペリーヌ。俺は安心させるようにはっきりと頷く。

「大丈夫だ。全力を出すつもりは無い。それより、急ごう」

「…はい!」

俺の言葉にとりあえずペリーヌは安心すると、俺に続いて食堂から駆け出した。





最終更新:2013年02月02日 13:39