ガリア パリ 俺・ペリーヌ自宅―







「んぅ…」

朝日が差す中、ペリーヌはゆっくり目を覚ます。
寝ぼけ眼のままベッドの中で、隣にいるはずの愛しい温もりへと手を伸ばすペリーヌ。

「…あら?」

だが、今日に限ってはその温もりは無く、僅かな温もりの残滓が残されているのみ。代わりに、ベッドの外から物音がした。
ゆっくりとペリーヌは身を起こし、眼鏡をかける。そして視線を巡らせると、ベッドのすぐ傍に、黒い軍服に馴染みのコートを羽織った俺がいた。

「あ…悪い。起こしちゃったか?」

「いえ、大丈夫ですわ。おはようございます。俺さん」

ふわ、と欠伸をするペリーヌに、微笑んで俺は告げた。

「おはよう、ペリーヌ。ちょっと出かけてくる。早めに帰るよ」

「あ…え、ええ。分かりましたわ」

ペリーヌが俯き加減になりながらそう言うと、俺はやや苦笑してペリーヌに近寄る。

「そんな顔しないでくれ。なるべくすぐ戻るよ」

俺はそう言って屈むと、顔を上げたペリーヌの唇にキスを落とす。それが離れると、ペリーヌは顔を真っ赤にしてふいと横を向いてしまう。

「…約束、ですわよ」

「ああ」

俺は笑顔を一つ残すと、寝室を後にした。

未だに赤面したまま、ペリーヌは俺が消えた扉を暫く見つめる。そして、ベッドから足を下ろすと壁にかけてあるカレンダーに目をやる。

今日は、ガリアの復興作業は一日休みの日だ。2月28日。今日、この日は、

「…今日は、俺さんに一日一緒にいて欲しかったのに…今日が何の日か、覚えているのでしょうか…」

ペリーヌの、ガリア解放後初の誕生日だ。







―同国同都市 復興現場―







(…休みなのだから、当たり前なのですが…こう、落ち着きませんわね)

休日とはいえ、家で寝ている気にはなれなかったペリーヌは散歩がてらに復興現場の一つに足を運んでいた。
日頃復興作業に精を出す作業員も、今日は一斉に休みだ。
いつもはペリーヌもここで指揮を執り、喧騒に包まれているこの場所に、ペリーヌはそわそわした心持ちで立っていた。

ガリアの復興は始まったばかりとはいえ、あまりにも破壊の爪あとは大きかった。加えて、必要なものが悉く不足している現状も重い。

(本当に、ガリアを復興するなど…いえ。いけませんわ。ですが…)

ペリーヌが未だに瓦礫の多い復興現場の有様を見て溜息を吐いていると、その後ろから足音がした。

「…ペリーヌさん?」

その声にペリーヌが振り返ると、そこには共にガリアに渡り復興作業に参加しているペリーヌの友人、リネット・ビショップが立っていた。

「リーネさん? 貴女、何をしていらして?」

「いえ…ちょっとした散歩です。ところで、俺さんは?」

リーネの言葉に、ペリーヌは溜息を吐きながら言う。

「…朝から出かけましたわ。何処に行ったかまでは存じません…」

はぁ、と再度溜息を吐くペリーヌに、リーネは苦笑しながら思う。

(ペリーヌさん、今日は一緒にいたかったんだろうなぁ…)

何処に行ったかさえ分からない俺に、リーネは心の中で溜息を吐いた。そこで、ふと思いついた。

「そうだ、ペリーヌさん! パーティーしましょう!」

「パーティー…? いきなり何ですの?」

急なリーネの言葉に、目を白黒させながらペリーヌが尋ねる。

「ペリーヌさんの誕生日パーティーですよ! ほら、今から準備すれば夕方には用意出来ますから!」

「ちょ、ちょっとリーネさん! 引っ張らないでくださいまし!」

ペリーヌの抗議など何処吹く風、とばかりにペリーヌの腕をぐいぐい引っ張っていくリーネ。

(リーネさん、こんなに強引な方でしたっけ…)

引っ張られながら、内心首を傾げるペリーヌ。

昼時にはまだ早い時間、二人の魔女が復興途中のガリアの町並みを小走りで駆けて行った。







―同国同都市 俺・ペリーヌ自宅―







「…はぁ…」

夜。ペリーヌは自宅に戻ると、ベッドに飛び込んで早々に本日何度目かも分からない溜息を吐いた。

ペリーヌの誕生日パーティーは、突然企画されたにも関わらず、盛大に行われた。
というのも、どこに連絡をつけたのか、リーネは前もって用意していたとしか思えない周到さで人をかき集め、準備を進めたのだ。

「年に一度の大切な日ですから」

とはリーネの弁。
それにしても、まさか本気で大規模なパーティを実行するとは思わなかったペリーヌは、ただただリーネに圧倒されっぱなしだった。

そうして夕方から開催されたパーティーは、後片付けも含めて夜まで続いていたのだ。

「…うう」

だが、帰宅してベッドに倒れこんだペリーヌの顔に笑みは無い。
パーティーに不満があったわけではない。むしろ、感謝しても足りないくらいだとペリーヌは思う。

ただ一つだけ。一番隣にいて欲しかった男が、一番いて欲しい時にいてくれなかった。
たったそれだけの事が、ペリーヌの心に棘のように刺さる。

「ばか…約束、したのに…」

つい、口から不満が漏れる。一度口から出たそれは、明確な形を持ってペリーヌの心を埋め尽くす。

(ばか、ばか、ばか…今日は、いつもの撫で撫でじゃ済ましません…抱き締めるでも、キスでも許しませんわ…)

俺が帰ったら何をしてもらおうか、と不満に塗れた心中でペリーヌは考える。

(もう…俺さんの…ばか…)

そうしている内に、ペリーヌの瞼が重くなっていく。

「…ばか」

その一言を最後に、ペリーヌはゆっくり眠りに落ちてゆく。一人で寝るのは、随分久しぶりのような気がした。








どの位眠っただろうか。ペリーヌは、部屋の床の軋む音に不意に目を覚ました。

「あ…」

その視界に、ペリーヌに毛布を掛け直そうとしていた俺が入る。

「その…ただいま。ペリーヌ」

俺が、申し訳無さそうに頭を掻きながら言う。ペリーヌが寝そべったまま時計に目をやると、現在時刻11時47分。
それを確認した後、無言でベッドから足を下ろすペリーヌ。

「…俺さん」

「…はい」

「…私、怒っています」

その言葉に、俺は苦笑するしかない。

「何処へ行っていたか…説明していただけますよね?」

ペリーヌの有無を言わさぬ迫力に、俺はつい口ごもってしまう。

「言えない所に、行っていたんですの…?」

ペリーヌの心を、不安が覆い始める。ペリーヌの言葉と様子に、慌て始める俺。

「ち、違っ…そうじゃなくて!」

俺は慌てて手に持っていた小箱をペリーヌに見せる。

「…何ですのこれは?」

未だに訝しげなペリーヌが、箱を受け取る。

「開けてみてくれ」

俺の言葉に従い、箱を開けるペリーヌ。そこに収められていたものは、

「…ペンダント…?」

「ああ。それを取りに行ってた。向こうの用意が遅れて、それで帰りが遅くなったんだ…」

俺の言葉を聞きながら、ペリーヌはペンダントを見つめる。小さいものだが、中心に花が象られていた。

「この花…フリージア、ですの?」

「さすがに、詳しいな」

今日はペリーヌの誕生日だろ? と俺が微笑みながら続ける。

「遅れてごめんな。誕生日おめでとう、ペリーヌ」

ペンダントの中心には、黄色いフリージアが象られていた。おぼろげながら、ペリーヌは黄色のフリージアの花言葉を思い出す。

だが、そんなことは良かった。それより、ペリーヌの心を占めたものは、

(忘れていたわけでは、なかったんですのね)

俺が、今日と言う日のことを忘れていなかったということ。
不意に胸の内側が温かくなったペリーヌは、ペンダントを手のひらで包み込み、うっすらと微笑む。

「その…ペリーヌ? それ…気に入らなかったか?」

俯き加減だったペリーヌの様子を窺えなかった俺が、不安げに聞く。

「…そんなことありませんわ。…ありがとう」

ペリーヌは顔を上げる。口元に、穏やかな微笑みを携えて。

「貴方が帰ってきたら何をしてもらうか、ずっと考えていましたけれど…」

そう言うと、ペリーヌは俺に歩み寄る。そして、そのまま俺に抱きついた。

「やっぱり、何もいりませんわ…ただ、一緒にいてくれさえすれば、それでいいです」

先程の不満など、いつの間にか綺麗に無くなっていた。俺の胸に顔を埋めて、至極幸せそうな表情を浮かべるペリーヌ。

「…でも、本当は今日一日貴方と過ごしたかったんです。今日は、私の、年に一度しかない大切な日ですから」

「…ごめんな」

俺もペリーヌの背中に腕を回して、ペリーヌを抱き締める。

「…今回は、許してあげます。今、一緒にいてくださってますから…」

互いを抱き締める腕に、力が籠る。互いが傍にいるという、何よりの幸せをかみ締めるように。





じきに日付も変わる。今日と言う特別な日が終わる。だが、強く重なる二人の想いは、変わらない。

あの時掴んだこの手は、もう二度と離さない。この温もりを、ずっと抱き締めて歩いてゆく。



ペンダントに象られた黄色のフリージアの花言葉、それは、




「…好きだ」

「私も…ですわ」





『未来への希望』。
最終更新:2013年02月02日 13:41