スオムス空軍タンペレ基地。一面雪に覆われたその一角に、場違いにもほどがある薄茶色の戦闘機が停まっていた。
上官「目立つな。」
俺「昔から俺はこんな色の戦闘機に乗ってたそうですから、今更言ってもしかたないですよ。」
上官「まあ、確かにお前は昔からこんな色のに乗っていたからなあ…
こっちとしては楽に識別できるから便利だ。しかしネウロイにすぐ見つかってしまうぞ?」
俺「大丈夫です。喪失前も含めて、俺は奴らに墜とされたことはないそうですから。
それに、何だか以前と同じ行動を続ければ記憶が戻る気がするんですよ。」
上官「同じ行動、か。」
俺「はい。幸いなことに毎日つけていた日記から行動パターンは推測できますし、肉体にも変化はないですから。」
上官「確かにお前は殆ど元通りになっている。その"殺気"だけ収めてくれれば完成だな。」
俺「……もしかして今も出てます?」
上官「意図的に出しているわけではないのは百も承知だ。だが漏れ出ている。私は一向に構わないがな。
しかし今度お前が派遣されるのは"女の園"だぞ?今までの教導飛行隊とは訳が違う。気をつけておけ。」
俺「頑張ります。」
上官「心配しても始まらないだろう。とりあえずは戦果を上げることに集中してくれ。
それに、スオムスに行くのには別の目的があるんだろう?」
俺「……バレてましたか。」
上官「私を何だと思っている?気づかないわけがなかろう。詮索するつもりはないから安心しろ。
…そろそろ私は引き返す時間だ。頑張って来いよ!」
俺「了解!」
一面真っ白な雪原に伸びた、カウハバ空軍基地への一本道。
そこを疾走する車が一台。運転するのは巫女服を着た少女 ―扶桑皇国陸軍のエース、穴拭智子少尉― である。
智子(はあ……。)
深い深いため息を漏らす智子。その美貌には似合わぬ仕草だが、彼女の置かれた状況からすれば無理もないことであった。
智子(どうしてどいつもこいつもあんなに無能なのかしら…)
昼間っからバーで酔いどれるキャサリン・ビューリング・ウルスラ。
頼りないことこの上ない"中隊長"エルマ。
せっかくの20mm砲を使いこなすどころか飛行さえままならないハルカ。
智子(今日来るとかいう補充に期待…しても無駄よね…)
そう、本日午後にはカールスラントからの補充兵が来ることになっていた。のだが、
智子(カールスラント空軍所属、男、21才、シールドは張れるが飛べないので通常の戦闘機に搭乗…)
―飛行脚を履いて戦う20歳未満の女子― というウィッチの基本的用件から悉く外れている。さらに、
智子(…二ヶ月前の負傷でそれ以前の記憶を喪失)
どう考えても"お荷物"だ。と智子は確信していた。
智子(ただ、総撃墜数25っていうのは引っかかるのよね…)
中型大型の多いカールスラント戦線でこの数値。正しいとすればかなりの大物である。
智子(でも、そんな凄い人がここにくるわけないわ。大方記憶喪失でダメになったとかでしょうね…)
限りなく悲観的な智子であった。
陰鬱な気分を紛らわそうと、ラジオのスイッチをひねった彼女。
『
繰り返します、皆様落ち着いて行動してください。訓練ではありません、わが国は只今実際にネウロイの襲撃を受けています。』
一瞬で事態を把握した智子。今すぐにでも出撃したいところだが、不運なことに運転中である。
少しでも早く基地へと帰るべく、彼女はアクセルを目一杯踏み込んだ。
もしそうしていなければ智子は死んでいたかもしれない。彼女の車のすぐ後ろに、雨あられの如く機銃弾が降り注いだのである。
智子(機銃掃射!)
背後を掠めるようにして小型のネウロイ ―ラロス― が横切った。すぐに向きを変え、今度は後方から接近してくる。
咄嗟に車から飛び降りた智子。路傍の溝に身を隠した直後、それまで乗っていた車は機銃弾を食らい火だるまになった。
溝の中で震える智子に三度ラロスが襲い掛かり、鉄の雨を降らせる。
辛うじて張ったシールドで防いだものの、魔法力安定の助けとなる飛行脚を履いていない彼女にはもう限界だ。
智子(こんなところで死にたくない!まだ、私はまだ何も…っ!)
彼女の執念を打ち砕くかのように、醜い翼が迫る。そして、銃弾の降る音が響き渡った。
智子(!?)
不意に銃弾を食らったラロスは回避行動をとったが、すぐに第二射を受けて爆散した。
突然の形勢逆転に驚く智子の頭上を、爆音と共に一機の戦闘機が通り過ぎていく。
戦闘機なんぞ殆ど見たことの無い智子にとって、カールスラント空軍所属の証である黒十字以外にその機体を特定する手がかりは無い。
智子(どうしてこんなところに!?)
謎の戦闘機はそのまま上昇を続けた。その方角へ目をやった智子の顔に驚きと絶望が浮かぶ。
智子(通常の戦闘機であの数のラロス相手に勝てるわけが…)
こちらへ向かってくるラロスの群れ。ざっと10機ほどだろうか。"普通の"戦闘機では敵うはずも無い。
だが、今回は事情が違った。
ラロスと同じ高度まで上昇し、水平飛行に移って突進する戦闘機。当然機銃弾を浴びせられるが、シールドを張って防ぐ。
逆に戦闘機からも銃弾が放たれ、瞬く間に1機のラロスが火を噴いて墜ちていく。
呆然とする智子を尻目に、次々とラロスを仕留めていく戦闘機。
勝ち目はないと思ったのだろうか、4機を失ったあたりで残りのラロスは一斉に逃げていった。が、戦闘機は追いすがりさらに1機撃墜。
ほぼ同時にアホネン大尉率いる第一中隊のウィッチたちも現れ、残りのラロスを殲滅した。
風防を開けてアホネン大尉と話し込む戦闘機のパイロット。声は全く聞こえないが、大尉も驚いているのは同じようだ。
加えて、彼女から地上にいる智子のことも説明しているのだろう。空中での奇妙な会話はそれなりに長引いた。
会話終了、他所へと飛び去るアホネン大尉たちに翼を振って挨拶した戦闘機はそのまま智子の頭上まで戻ってきた。
そのまま道なりに進んで方向転換。高度を落として…
智子(着陸するつもり!?)
呆気にとられる彼女の前に、もうもうと土煙を上げながら謎の戦闘機が着陸した。
俺「お怪我はございませんか、穴拭少尉殿。」
智子「は、はい、大丈夫です!」
返答した直後、急にそれまで纏っていたオーラ ―緊張感と殺気がまざりあった― を消した彼。
俺「いやあ驚いたなあ、こんなところで"扶桑海の巴御前"に会えるなんて。こまったなあ、サインの用意がまだ…」
智子「あ、あの、すみません、自己紹介をお願いできますか?」
俺「すみませんまだでしたね。えーと、カールスラント空軍所属の俺です。
階級は貴方と同じ少尉で、年は21。原隊は第11教導航空団航空団本部小隊で、小隊長をやっておりました。
義勇独立飛行中隊へ派遣されたのですが、確か少尉殿もそちらにご在籍でしたよね?」
勤務モードとも言うべきなのだろうか、再び先ほどのオーラを纏い始める彼。
智子「は、はい、お話は伺っております。」
俺「それはよかった。」
智子「あ、あとあの…」
俺「?」
智子「その、私より年上なんだし、敬語使わなくていい、いや構いませんというか…」
俺「了解。では、僕のことも敬語なしで呼んでもらえる?」
瞬時にオーラを消した彼。智子は思わず安堵の声を漏らした。
俺「あっごめん、もしかして僕殺気出してた?」
智子「すごかったわよ、なんだかネウロイになった気分だったわw」
俺「なるほどw」
彼が操るメッサーシュミットBf109は単座戦闘機、つまり1人乗りである。操縦席が狭いので、智子が便乗するのは結構大変なことだ。
結局背中の防弾鉄板と風防を外して空間を作った。風が吹き込んでくるため、低空をゆっくり飛んで基地へと帰還することになる。
智子「仕方がないとはいえ遅いわね、やっぱり私機体の収納スペースに入るべきだったかしら。」
俺「いや、あそこは人間の入るところじゃないよ。それに、侵攻初期のネウロイは攻撃後すぐに離脱するから、どんなに急いでも厳しいな。」
智子「そうなの?」
俺「オストマルク戦初期の僕の日記にはそう書いてあったな。街や主要道路、こちらの基地を襲撃したら後は一目散に退散するらしい。」
智子「あ、そういえばあなたは記憶が…ごめんなさい、変なこと聞いちゃって。」
俺「いえいえお構いなく。別に
トラウマでもなんでもないから。
それより、基地の方角から煙が上がっているんだけど…」
智子「本当だわ…」
それなりに対空火器のある基地でさえあの状態である。スラッセンの町並みを想起し、絶望を感じた智子。が、
俺「スラッセンなら大丈夫、通りがけに中型10機に出くわしたから、4機落としておいた。残りは取り逃がしちゃったけどね。」
智子「そう、ありがと…
ええええええええええええええええええええええええ!!??」
俺「そ、そんなに驚いてもらえるなんてありがたいなあw」
智子「そりゃ驚くわよ!さっきのと合わせたら貴方ダブルエースじゃない!!」
俺「スラッセンでの4機と、智子を襲ってた1機と、そいつの仲間5機…本当だ、僕ダブルエースじゃん!」
智子(やっぱり、ここに来る人って変な人しかいないのね…)
呆れる彼女だったが、その表情は暗くはない。確かに彼はちょっと変だが、一日に10機も撃墜した立派なエースである。
それに、仕事中はともかく根は明るい人のようだ。この人となら仲間になれるのではないか、と智子は感じた。
だから、彼女はこう言って微笑んだ。
「これからもよろしくね、俺!」
最終更新:2013年02月02日 13:55