ローマ 昼

 予定していた時間よりは遅れたが、無事にローマに到着した。
 途中にあった街で軽く昼食(ホットドック)を取ったので暫くは何も食べなくていいだろう。 

ルッキーニ「まず何を買う?」

 今にも走りだしそうな様子でルッキーニが尋ねる。
 久々のローマがよほど嬉しいようだ。

私「そうだな、できれば一度に全部終わらせたいが、少し厳しいだろう」

 欲しいものが書かれたメモ帳を眺めながら言う。
 雑貨屋に行けば大抵は揃うだろうが、医学書や竹刀は専門の店に行かないと無いだろう。

私「とりあえず雑貨屋だな」

ルッキーニ「それならいい店があるよ!」

 ルッキーニは私の腕を掴むと、走り出す。
 なんとなく初めてであった時を思い出した。


 雑貨屋への道

 最初は勢いよく走っていた私達だったが、少しずつ人通りが増えてきたので、歩くことにした。
 ルッキーニは少々残念そうだ。ローマを走り回りたかったのだろうか。

私「人が多いな……」

ルッキーニ「あたしも今日は多いと思うよ」

 道には人の壁ができている。
 その壁の一番前に旗の様なものを持った女性がいる。

ルッキーニ「あ、多分観光の人たちかも」

私「観光か」

ルッキーニ「ローマには見る所一杯あるから!」

 先ほどの残念そうな表情が、いつの間にか喜びに変わっている。
 ……本当にローマが好きなんだな。

私「ローマが好きか?」

 意外にもルッキーニは首を横に振った。

ルッキーニ「ローマだけじゃないよ! あたしはロマーニャが大好き!」

 眩しい笑顔で胸を張りながらルッキーニは言う。
 私にはそれが羨ましくてたまらない。
 私は私の国が――いや、やめておこう。昔を思い出しても何も進まない。

私「そうか。じゃあ頑張らないとな」

ルッキーニ「うん!」

 ロマーニャを解放するためには私達を倒さなければならない。
 彼女は私を前にして戦えるのだろうか。
 ――逆だな。私が、彼女を前にして戦えるか、だ。

私「……長すぎたな」

ルッキーニ「ん? なんか言った?」

私「いや何でもない」

 らしくないな。決めたことはやり遂げるはずだったのに。
 ここに来てから堕落していっている。
 そして、それが悪くないと思っている自分がいた。

 エータダイマカラバショヲイドウシマスノデゴチュウイクダサーイ

ルッキーニ「うじゅっ!?」

 驚いた声に顔を上げると、目の前の観光客がこちらに向かってきていた。
 道を全て埋め尽くすそれは、まるで壁が私達を押しつぶすかのようだ。
 しかも何故かこの周りだけ通り過ぎるのを待つことのできる場所もない。

私「ちっ」

 軽く舌打ちし、ルッキーニの腕を掴み引き寄せる。

ルッキーニ「うぷっ」

 殺到する観光客の背にして、離れないように抱きしめる。

 アツーツギドコーオラーシャトハオオチガイッスーエホンオトシタートリアエズココニミセタテマスヨーアレマロニーチャンドコイッター

 人の壁を何とかやりすごした。
 何やらどこかで聞いたことのある声が聞えた気がしたが気のせいだろう。

私「ん?」

 胸のあたりが熱くてむずむずする。

私「あっ」

ルッキーニ「もがもが」

 視線を下に落とすと、ルッキーニが胸に埋もれていた。
 強く抱きしめすぎた。
 慌てて拘束を解除する。

ルッキーニ「はーっはーっ……」

 相当苦しかったようで、何度も深呼吸する。

私「す、すまない」

ルッキーニ「お、オッパイで死ぬところだった」

私「……こういうことがあるかもしれないから、これからは胸に飛び込むのをやめたほうが」

ルッキーニ「それとこれとは別!」

 これは病気ではなく、恐らく本能に近いものなのだろうと、再び駆けだしたルッキーニを追いながら思った。



私「……やっぱりないか」

ルッキーニ「だね」

 購入した商品とメモを見比べる。
 確かに教えられた店は品ぞろえが豊富で、生活する分にはここ一軒だけでいいだろう。
 しかし先ほど思った通り、医学書と竹刀がない。
 あとバルクホルンから頼まれた服も、あまりいいのが無かった。

私「行く場所は本屋と……竹刀って何屋になるんだ?」

ルッキーニ「竹刀屋?」

私「扶桑にはあるかもしれないけど、流石にローマにはないだろう」

ルッキーニ「だよね……」

 周りを見ながら離れないように歩く。
 ローマは広いので離れたら探すのが大変だろう。

ルッキーニ「あっ」

私「どうした?」

 一体何を見たのか、キラキラと目が輝いている。
 ルッキーニの視線の先を見ると――。

私「なるほど」

 ケーキ屋があった。
 外にあるテーブルは既に埋まっていたが、都合よく一組の男女が席を立った。
 男の方は袖がやたら大きい。金髪の女の方はどこかで見た様な気がするが、気のせいだろう。

私「丁度空いたな。……時間はあるし、食べていくか?」

ルッキーニ「いいの!?」

私「ああ、個人的な財布も持ってきている」

ルッキーニ「やったー! 私大好き!」

私「んなっ!?」

 思わず後ずさりしてしまう。
 こういうのにはどうにも弱い。

私「と、とにかく座るぞ。他の人が座るかもしれないしな」

 少々強引にルッキーニの腕を掴むと、店のテーブルへと向かった。


 席に着くとまず買った荷物を下に置く。

店員「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」

 少ししてメニューを持った女性店員がやってきた。
 先ほど入った雑貨屋の店員と違って、発音がちゃんとしている。
 メニューを受け取ると、内容を確認する。
 ケーキのほかにパフェやタイ焼きといった、えらく場違いなものまで置いてある。

ルッキーニ「うーん……」

私「悩むな……」

 メニューは思ったよりも多くなかったが、一つ一つ目移りしてしまい決められない。
 その時、ある考えが浮かんだ。

私「……ふむ」

 私の財布の中身を覗く。
 できる、な。

私「んふふふふふふふふ」

ルッキーニ「ど、どうしたの?」

 少しおびえた表情でルッキーニが尋ねてくる。
 普段、というより多分初めて見せるにやけ顔に怖がっているのだろう。

私「気にするな。さて、注文するぞ」

ルッキーニ「えっあたしまだ」

 ルッキーニがいい終わるより早く店員がやってきた。

店員「何になさいますか?」

 私はメニューを開き、一番上のケーキに指を当てる。

店員「ショートケーキでございま――」

 そしてその指をずっと下、メニューの最後まで這わせた。

私「全部だ」

店員「……は?」

私「メニューにあるもの、飲み物以外全部一つずつ。飲み物はコーヒーを頼む。ルッキーニは何がいい?」

ルッキーニ「うじゅっ!?じゃ、じゃあオレンジジュース」

店員「か、かしこまりました」




 十数分後

 私達のテーブル一杯に大量のデザートが置かれている。
 周りの客達は珍妙な物を見るような目でこちらを見ている。

ルッキーニ「うわぁー!」

 最初は次々やってくるケーキに驚いていたが、今ではテーブル一面のデザート達に目を輝かせていた。

私「好きなの食べていいぞ」

ルッキーニ「本当に!?」

私「ああ、流石に一人では辛いと思うしな」

ルッキーニ「じゃあ……これ!」

 手に取ったのはシンプルに生クリームとイチゴが乗っているショートケーキ。
 フォークを手渡すと、ルッキーニはケーキを小さく切って口に運ぶ。

ルッキーニ「おいしー!」

 次々とケーキを口に運ぶ。
 それだけで満腹になりそうだが、せっかく小さな夢を叶えたんだ。堪能しなくては

私「とりあえず白玉ぜんざいを食べよう」

 近くにあった器を目の前に持ってきてスプーンを持ち、白玉を口に入れた。



 数十分後

ルッキーニ「も、もう限界……」

 ティラミスを食べきるとフォークを皿に置いた。
 ルッキーは六品ほど食べたらしい。
 中にはチョコパフェやらなにやら量の多いものもあったので仕方ないだろう。

私「そうか。じゃあ残りは私が食べるか」

 十四皿目のモンブランに手を付けながら言う。
 後七皿ほど。まだまだ余裕だな。

ルッキーニ「私ってそんなに食べて太らないの?」

 まあ、当然の疑問だろう。
 ネウロイは太らないし、正直食事もとらなくていい。

私「そういう体質なんだ」

 その代わり、成長なんて二度と無いがな。

私「ん?」

 ルッキーニの頬に多分パフェの物と思われるクリームがついていた。
 手を伸ばし指でそれを掬う。

ルッキーニ「えっ」

 突然だったのでルッキーニは驚いた表情をする。
 そしてそれを口に運んだ。

私「美味いな、私も今度来た時は頼むか」

ルッキーニ「あ、あのわ、私?」

私「どうした?」

ルッキーニ「その……ちゃんと言ってくれると嬉しいかなって」

 少し頬を赤くしてルッキーニが言った。
 そして気付く。何やってんだ私。
 浮かれてたせいか? 教えるだけでよかったんじゃないか?

私(あばばばばばばば)

 紅潮する音に効果音がつくなら、ボンッという音と共に蒸気が顔から出ているはずだ。

私「……す、すまない」

ルッキーニ「う、うん……」

 気まずい雰囲気。
 耐えきれなかったので私はとにかくケーキを片づけるため、黙々と手を進めた。



 街の中

 あれから少し空気が微妙になったが、食べ終わり会計を済ませて再び探索。
 謎の電波により、竹刀が無ければ木刀を買えばいいじゃないという声が聞えた。
 ルッキーニと相談した結果、無ければ木刀ということになった。
 今は宮藤用の本を探すために歩いている。

ルッキーニ「あたし、暫くは甘いものいらないかも」

 お腹を撫でながらルッキーニは満足そうに言った。
 私も暫くはいらないか。二日くらい。

ルッキーニ「あっ!」

 ルッキーニの足が一軒の店の前止まる。
 ショーウィンドウの中を見る限りどうやら服屋のようだ。
 そういえばバルクホルンの頼まれ物の服もまだだった。

私「ああ、バルクホルンの頼まれ物があったな」

 店の扉を開こうと近づくと、ルッキーニが扉の前で手を横に広げる。
 いわゆるとうせんぼというやつだ。

私「ん? この店はダメなのか?」

ルッキーニ「そ、そういう訳じゃないけど……」

 どうやらルッキーニは私にこの店に入ってほしくないようだ。
 視線を合わせようとしない。
 まあ、知り合いの店なのかもしれないし、そういう時は二人きりのほうがいいだろう。

私「じゃあ私は外で待っていよう。それならいいか?」

ルッキーニ「うん。ごめんね」

私「別に気にしてないさ。そっちにも用事があるんだろう?

ルッキーニ「できるだけすぐ戻るから!」

私「バルクホルンのも忘れないでくれよ」

ルッキーニ「わかった!」

 ルッキーニは店の扉を開くと中へ入って行った。
 多分30分くらい待つだろうな。女の勘だ。

私「さて、何をしていよう」

 ただ店の前で待っているだけというのも変人扱いされそうだ。
 その辺を探索するか?

???「見つけたぞ!」

 どこかで聞いたことのある耳障りな声がした。
 声の方を向いてみると、以前私がこの街で蹴散らした不良達がいた。
 髪型を変えたのかそれぞれパンチ・スキン・リーゼントと、どこかで見た様な髪型だが、気のせいだろう多分。

私「……人違いではありませんか?」

パンチ「違わねえよ!」

 パンチは私の胸倉を掴む。

リーゼント「姉ちゃんよ。俺達はアンタのせいで2カ月ほど動けなかったんだ」

 リーゼントが一歩前に出て、肩に手を置く。

私「……で?」

スキン「はぁ?」

私「で、怪我が治ったことを報告しに来ただけか。治ってよかったな。それじゃ」

 パンチとリーゼントの手を払い、後ろを向いて手をひらひらとさせる。

三人「「「まてやコラ!」」」

 まあ当然か。
 私も同じ立場だったらそう言わずにはいられれないだろう。
 リーゼントが私の前に立ちふさがる。肩や髪を掴めばいいのに律儀なやつだ。

リーゼント「アンタには屈辱を一度刻み込んだ方がいいな」

パンチ「こっちに来な」

 パンチとスキンが服屋の間の路地の入口に並んでいる。
 ため息をつきながら、私達はリーゼントを先頭にして路地へと入って行った。



 リーゼントが前に、パンチとスキンは私の後ろにいる。
 三人同時でも問題は無いが、リーゼントの戦意を奪うため、後ろの二人には脱落してもらおう。

私「……おい」

 リーゼントに聞えないように、小声で後ろの二人に声をかける。
 二人は顔を見合わせてから私に近づいてきた。

私「実はな――」

 振り向くと同時に二人の額にデコピンを叩き込む。

スキン「ぐえっ」

パンチ「うげっ」

 二人は短い悲鳴を上げて、額から血を少し流しながら気絶した。
 手加減はしてあるので死ぬことは無い。
 リーゼントも気付いていないようなので、これでいいだろう。
 二人の襟を掴み、ずるずると引きずってリーゼントを追いかける。
 パンチとスキンのズボンが色々穴だらけになりそうだったが、気にしないことにした。



開けた場所

 少しして広い場所に出た。
 どうやら周りの建物と建物の間に出来たスペースのようだ。
 周りを見るとボールが転がっているので、普段は子供の遊び場なのだろう。

リーゼント「ここならアンタを思いっきり嬲れるなぁ!」

 カッコよく決めたつもりなのか、振り向いて私を指さす。
 が、私の持っているモノを見て表情が凍りついた。

私「何か言ったか」

 ぽい、と気絶した二人を無造作にリーゼントの前に放り投げる。

リーゼント「て、てててて、テメエ!」

私「なんだ? 一人じゃ何もできないのか?」

リーゼント「うるせえ! テメエなんか!テメエなんかこわくねえ!野郎ぶっ殺してやる!」

私「私は女だ」

 リーゼントは懐から拳銃を取り出した。

リーゼント「ほらほら撃たれたくなかったら土下座しろよ!」

 頬を歪ませながら銃口をこちらに向ける。
 不愉快だ。
 アイツが笑っていること、そして何より脅すためだけに銃を持っていることが。

私「気に入らない」

リーゼント「はぁ!? 今なんつったてめえ!」

私「気に入らないと言ったんだ」

リーゼント「この状況わかってねえのか!?」

私「……少なくとも、お前よりはわかっているつもりだ」

リーゼント「じゃあさっさと――」

 脚を強化して近づき、銃を奪い取る。
 反応できなかったリーゼントは既に何も持っていない手と、私の手にある銃を見比べて短い悲鳴を上げた。

リーゼント「ひっ」

 銃を奪われて一転、ガチガチと歯をならしながらその場にへたりと座り込む。

リーゼント「お、おあ、あおあ、おまえ! おまえウィッチなんだろ!? ウィッチが一般人に手を出していいのかよ!?」

 だらだらと脂汗を流しつつ、呂律が回らない舌で必死に叫んでいる。

私「お前、ひょっとして自分は殺されないとでも思ったか?」

 銃をリーゼントの口の中に入れ、トリガーに指をかける。

私「銃を持っていいのは殺される覚悟のあるやつだけだ。それに、私はウィッチじゃない」

リーゼント「ひ、ああひっ」

 情けない声で今にも泣き出しそうなリーゼント。
 まあ、これだけ脅かせば大丈夫だろう。

リーゼント「ぐえっ」

 銃を引き抜き同じようにデコピンをして気絶させた。
 一応こいつらは軍人でもないし、ウィッチでもない。ただの一般人だ。

私「……はぁ」

 それにしても、一々ローマに来るたびに絡まれてはたまらない。
 ルッキーニにも被害が出るかもしれないし、適当に言いふらしてウィッチ達の評判が悪くなるかもしれない。
 ってなんで私がウィッチの心配をしなくてはいけないんだ。
 私がこれ以上絡まれないようにするだけだ。

私「するのは初めてだけど……」

 パンチの頭に手を当て、意識を集中させる。
 ろくなことしてないなコイツ。

私(あった。これをこうしてこうして……)

 悪戦苦闘しつつ、何とか成功した。
 記憶の消去。昔出会ったネウロイが、捕まえたウィッチにやっていたのを、見よう見まねだったがうまく行った。
 これで私とルッキーニのことはパンチから消えた。
 何かきっかけとなるものが無い限り思いだすことは無いだろう。

 同じようにスキンにも、これも成功。
 最後にリーゼントだが触れた瞬間あることに気付いた。

私「こいつ……魔力がある」

 一人だけ違和感があったのはこの魔力のせいか。

私「珍しいな男で魔力があるなんて」

 魔力があると記憶の操作がうまくいかないかもしれない。
 手間がかかるな本当にこいつらは。

私「……幸せだよお前ら。殺されないで済むんだからな」

 記憶ではなく、魔力のほうへ意識を集中させる。
 記憶の方はある程度いじれば消える。
 しかし魔力の方はそうはいかない。魔力を無くすには奪うしかない。

私「……よし」

 魔力を奪ったことで少し力が漲ったような気がする。
 これでリーゼントが男のウィッチとして空に行くことはなくなった。
 本人が魔力に気づいてないから、別に気にすることではないが。
 ともかく、これで魔力は無くなったので安心して記憶を弄れる。
 できれば二度と会いたくないと思いつつ私はリーゼントの記憶に意識を集中させた。



 服屋前

 服屋の前に戻ってくると、丁度ルッキーニが店から出てきたところだった。
 もう少し時間がかかっていたら危なかったな。
 私に気付いたルッキーニが手に紙袋を持って走ってきた。 

私「バルクホルンに頼まれた服はあったか?」

ルッキーニ「うん!」

 紙袋に手を入れ、ごそごそと中身を探る。
 確か頼まれたのは一着だけのはずだから、探す必要は無いはずなんだが。
 不思議に思ったが、ルッキーニが自分の分の服を買ったなら納得だ。

ルッキーニ「これ!」

私「こ、これか」

 取り出されたのは何やらピンク色の服。
 表現方法が乏しい私にはうまく説明できない。

私(……これをバルクホルンの妹が着るのか)

 何故か私は妹ではなくバルクホルンが着た姿を想像した。

私(なんだこれ)

ルッキーニ「どうしたの?」

私「いやなんでもない。ちょっとした気の迷いだ」

ルッキーニ「ふーん」

 とにかくこれで大体の買い物は終わった。
 あとは坂本の竹刀と宮藤の本、そしてガラスだ。
 先ほどの雑貨屋では何故か売り物のガラスが全部割れていた。
 その時誰かが走り去って行ったが、一体何があったのだろう。

ルッキーニ「あれ?」

私「どうした?」

ルッキーニ「あそこ」

 指をさした先を見ると何やら壁に張り紙が貼ってあった。

ルッキーニ「お店に入った時あんなのあったかな」

私「ついさっき貼られたんじゃないか?」

 不思議そうにルッキーニは張り紙に近づくと、書いてある文字を読み上げる。

ルッキーニ「えーと……移動商店期間限定開店、右の路地を入ってすぐそこ。だって」

 確かに張り紙の貼ってある壁の横には一本の細い路地がある。
 ……こんなところに路地なんかさっきあったか?

ルッキーニ「行ってみようよ!」

 私の腕を掴みルッキーニが路地へと向かおうとする。

私「ま、まてまて! 怪しい店かもしれないぞ?」

ルッキーニ「だいじょぶだいじょぶ! もしものときは私が守ってくれるでしょ?」

私「それは……」

 相当信頼されているな。これで当初の作戦は大体成功したと言えるだろう。
 少し、嬉しい。
 ニコリと笑いルッキーニは腕を掴む手に力を込める。
 その笑顔に一つため息。耐性を付けるべきなのだろうか。

私「……危ないと思ったらすぐに戻るからな」

ルッキーニ「やった!」

 ルッキーニは軽く跳ねると、路地を指さしながら走りだした。


 ?の店前

 本当に路地に入って直ぐの場所にその店はあった。

ルッキーニ「ほえー……」

 本当に移動してきたのかと思うほど立派な木造の店が私達の目の前にある。
 まるで何年も前からそこにあったような存在感。  

ルッキーニ「この路地にこんなにスペースあったかな……?」

 ルッキーニが呟くと、それに反応するように店の扉が僅かに開いた。

ルッキーニ「うじゅっ!?」

 念の為ルッキーニの前に立って様子を窺う。
 しかし1分、2分と立っても中から出てくる様子は無い。

私「……私が店の中に入ろう」

ルッキーニ「あ、あたしも」

私「いや、ルッキーニはここにいてくれ。中に何かあったら対処できないかもしれない」

 私一人なら何かあっても消せるしな。

ルッキーニ「う、うん……」

 不安そうに頷くルッキーニの頭に手を当て、髪をくしゃくしゃと撫でる。
 ルッキーニが少し落ち着いたのを確認すると私は店の扉を開いた。


 店の中

 店の中は言葉で表すならば混沌としていた。
 鉛筆が売っているところから文具屋なのかと思えば、突然文具の中に服が現れたり。
 ならば服屋なのかと思えば今度は保存食が売ってある。
 総合すると雑貨屋かと思えば、何故か剣や銃、よくわからない機械の部品まであった。

私「なんだこの店」

 本当になんなのだろうこの店は。
 店の一番奥には恐らく会計を済ませる所と思われる机と、本棚が大量に置いてあった。
 本棚に近づき、一際目立ってボロボロな一冊を手にとる。

私「……シンデレラ」

 パラパラと流し読みをしてみる。 相当読まれたようで所々補修をした後が目立った。
 絵本を本棚に戻し店の壁を見る。
 壁には様々な絵が掛けられていた。いや、絵というよりもこれは――。

私「パーソナル……マーク?」

 なんとなくそう思った。軍人として様々なパーソナルマークを見てきたせいだろうか。
 時計を背景にした懐中時計を加えた子犬。的を貫くツバメ。
 恐らくパスタを食べている虎。多分、鳥、なんというかこっちみんなって言いたくなるような鳥
 他にも三羽烏や赤いライオンが目の前にある。他にも大量のパーソナルマークがあるようだ。
 恐らく壁一面にパーソナルマークが貼られているのだろう。

私「……ここは一体」

 パーソナルマークが有るということは、ここは軍に関係した人物が経営する店なのだろうか。
 窓際に置いてあったよくわからないほんのり緑色の人形に視線をやる。
 なんとなく軽くチョップしてみるとモルスァと鳴いた。欲しいかもしれない。
 その横にはガラスの箱に入れられた蒼と紫の色違いの扶桑人形。

???「いらっしゃいませ」

私「っ!?」

 男の声が背後からした。
 背中になにか、尖ったものが当てられているのがわかる。
 いくら私が最近気配を感じるのが下手になっているとはいえ、ここまで近くで動いたのに気付かないはずが無い。

???「お客様♪お客様♪そこに白い破片があるでしょう?」

 確かにモルスァと鳴いた人形の横に白い破片が置いてある。
 まさかこれは――

???「数秒後の貴女の姿です」

 ゴンッ!

 鈍い音が響いた。
 振り向くと木刀を持った金髪の女と、右手でスコップを持ちながら頭を押さえてうずくまる袖の大きな男がいた。

女「あははーごめんね。うちの人最近情緒不安定だから」

 女は男から片手でスコップを取り上げ、片方の手で頭を撫でる。
 どこかで見たことのあるような気がする。

女「あ、わたしは今から寝るから、あとは頼んだよおr……じゃなかった男」

男「うう……ちょっとした冗談だったのに……」

 いやどうひいき目にみても本気だったとしか思えないんだが。
 女は本棚の横にあった扉から出ていき、男は頭を押さえながら椅子に腰かけた。

男「気を取り直して、いらっしゃいませ」

 男は笑顔で言う。

私「……お前は何者だ」

男「聞いたところで何か変わりますか? いいじゃないですか。空は一つじゃないんですし」

 言っている意味はよくわからない。
 が、気配を感じさせずに背後に立ったことから只者ではないことは確かだ。

男「そう身構えないでくださいよ。こちらに敵意はありませんから」

私「信じると思うか?」

男「敵ならばあの時既に殺していますので」

私「確かにな」

 私は構えを解いて男の横にある本棚から医学書を探す。

男「何をお探しですか?」

私「医学書。できるだけ新しいのを」

男「かしこまりました」

 いきなり男は左袖の中に右手を入れあさり始めた。
 暫くして出てきたのは一冊の本。

男「お待たせしました」

 手渡されたそれは医学書だった。
 しかもこれは記憶が正しければ、最近発売されてあっというまに売り切れていたと宮藤が言っていた本だ。
 ここ数カ月は手に入らないと言っていたがまさかこんな所で手に入るとは。
 というよりも、一体どういう仕組みなんだ? 袖から本が出てくるなんて。

男「ああ、自分達は元ウィッチなんですよ。退役しましたがね」

私「ウィッチ!? 男の!?」



 男のウィッチなんて私は一人しか知らない。
 まさかアイツ以外の男のウィッチを見ることになるとは。
 勘違いしないでほしいが、元ウィッチでも退役などしていれば別に復讐対象ではない。
 私を殺す命令をした連中は別だが。

男「はい。空は広いですから他にも大勢の男性のウィッチは居ますよ」

私「そうなのか」

 世界は広いなうん。

男「ちなみに先ほどのは自分の固有魔法ですね」

 男の、それも固有魔法持ちって珍しすぎるだろう。
 いや男だから固有魔法を持っているとも考えれる。アイツも一応持ってたし。

男「他に何か欲しいものはありますか?」

私「あるけど少し待っててくれないか? 表に人を待たせているんだ」

男「彼女ですねわかります」

私「違う……って何で待たせてるのが女ってわかった」

男「気にしないでください。勘ですよ勘」

 引っかかるところはあるがこちらに危害を加える気は今のところ無いようだ。
 できれば相手にしたくないと思いつつ私はルッキーニを呼びに向かった。



 数時間後 路地入口

 あれから二人で店の中を見て回ったり、ルッキーニが本棚を崩したりして、それを戻すのに結構時間を食った。
 出てきたときにはすでに空は暗くなっていた。

私「全く、足元不注意だぞ」

ルッキーニ「でもあんなとこにバナナの皮があるなんてわかんないよ」

 ぷぅと不満そうに頬を膨らませる。
 ルッキーニの手には先ほど買った服の袋とは別に、大量にお菓子が入った袋がある。
 これは竹刀と医学書と絵本を買ったときにおまけでくれたものだ。
 男が言うにはハルトマンにも分けてくれだそうだが、一体どこで知り合ったのだろう。

私「それにしても不思議な店だったな」

ルッキーニ「そうだねー……」

???「あー、お二人さんちょっとちょっと」

 振り向くとそこにはさっきの店の店主が立っていた。

男「ルッキーニさんに渡しておくものがありまして」

ルッキーニ「あたしに?」

男「ええ」

 男は今度は左袖に右手を入れる。
 取り出したのは店にあったガラスに入った蒼と紫の扶桑人形。
 男の表情が少しさびしげに見えたのは私の気のせいだろうか。

男「これをあなたに」

ルッキーニ「でもこれって大事なものなんじゃないの?」

 確かにガラスに入れられた扶桑人形は埃一つかぶっていないし、着ている服にも汚れや解れはない。

男「自分にはもう必要無くなりましたから」

 ガラスに納められた人形を、袖から取り出した布袋に入れルッキーニに手渡す。 

ルッキーニ「……わかった。大事にする」

 袋を受け取りルッキーニは笑う。
 笑顔を見て安心したのか男も笑った。

男「貴女にはこちらを」

 今度は液体の入った小さな瓶を私の胸ポケットに入れてきた。

私「お、おい私は別に」

男「サービスですよ。まあ頑張ってください」

私「……わかった。ありがとう」

 私が礼を言うと男は路地の中へと戻って行く。
 男は振り返り頭を下げた。

男「今回は袖商店にご来店いただきありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 男の姿は路地の闇の中へと消えていった。

ルッキーニ「なんか、不思議な人だったね」

私「そうだな」

ルッキーニ「どこか私に似てたかも」

 車を目指して歩きながら、ちらりと先ほどの路地を見る。

私「……本当に不思議なやつだよ」

 間違いなくあったはずの路地は跡形もなく消えていた。
 男から貰った瓶を取り出しラベルを見てみる。

 生える!ふたな

 ここまで読んで私は全力でこの瓶を、ルッキーニにばれないようにあさっての方向に向けて投げた。

私「断じて認めん」

 誰にも聞えないようにボソリと呟いて、少し先にいるルッキーニを追いかけた。



 泉前

 あと少しで車に着くというところでルッキーニが足を止める。
 ここは確か以前に来た泉だ。
 確か後ろを向いてコインを投げて、水の中にはいればもう一度来れるらしい。
 実際叶ったので信頼性はある、のかもしれない。

ルッキーニ「ねえねえ! またやろうよ!」

 どこからかコインを取り出し、ルッキーニは泉に背を向けコインをほおり投げる。

 チャポン

 コインが水の中に落ちる音がした。

ルッキーニ「やったやった! 次は私の番だよ」

私「わかったわかった。だからさりげなく胸に手をやろうとするのはやめてくれ」

ルッキーニ「えへへ」

 荷物を一旦地面に置いて、ルッキーニからコインを受け取る。

私(……さて、どうかな)

 内心ドキドキしながら、同じように泉に背を向けて、指でコインを弾く。

 チィィィン

 カチャン!

私「あ、あはははははは」

ルッキーニ「も、もう一度やろうよ」

私「それじゃあダメだろ。まあ、当るも八卦当たらぬも八卦だ。気にすることじゃないか」

 その時、突然の突風が吹いた。

私「あっ」

 その風でリボンがほどけ風に乗ったリボンは泉の中へ。
 水に浸ったリボンを噴水から拾う。

私「……リボンでも大丈夫だと思う?」

ルッキーニ「うじゅー……」

 濡れたリボンで髪を纏めるわけにはいかない。
 ほどけた髪を鬱陶しく思いながら、私達は車へと向かった。



 帰り道

 暗くなってしまったのでライトを付けながら車を運転する。
 流石にルッキーニも荷台ではなく助手席に乗っている。暇なのかとても眠そうだ。

私「眠いなら寝てもいいんだぞ?」

ルッキーニ「うじゅー……でも、私が寂しいと思って」

私「気にしなくていいさ。それに……ん?」

 速度が少しずつ落ちていく。
 アクセルを踏みっぱなしにしても速度は上がらない。後続車が来るかはわからないが、念の為車を道端に寄せる。
 そして車は完全に止まった。

私「どうしたんだ一体」

 調べてみるがどこも悪くなっていない。

ルッキーニ「燃料は?」

私「あっ」

 覗いてみると燃料が空っぽになっていた。

 私が引っ張ってもいいんだが、確かこの先は崖があったはずだ。
 視界が聞かなくて崖下に落ちたら大変なことになってしまう。

私「……仕方ないな。今日はここで泊まろう」

 幸いライトは付いたので後から来る人が気付かずにぶつかることは無いだろう。

私「ルッキーニ荷台に乗っていいぞ」

ルッキーニ「うじゅ……」

私「あー、ちょっと待ってろ」

 荷台にルッキーニが横になって眠れるスペースを作り、助手席からルッキーニを背負う。
 そして私が男の店で買ったぬいぐるみ( ^ω^)←これ を枕にしてやる。

ルッキーニ「ありがと……」

私「気にするな。私は眠らずに車を見ていよう」

 ルッキーニは体を丸めて目を瞑る。何か布団代わりにかけるものがあるといいんだが。
 暖かいとはいえ一応夜だしな。

私「まあこれしかないな」

 着ている軍服を脱ぐとルッキーニに被せる。
 無いよりはましだろう。

私(誰も来ませんように)

 下着の女が荷台に女の子を乗せてるとか通報されてもおかしくないぞコレ。
 捕まったら恥だな色々と。

ルッキーニ「うじゅ……私……」

私「なんだまだ起きてたのか」

ルッキーニ「服、ありがとう。寒くない?」

私「大丈夫だ。早く寝ろ」

ルッキーニ「あのね、あたしが買った服の入った袋あるよね」

 ルッキーニは体を起きあがらせると、紙袋の中を漁る。

ルッキーニ「はいこれ」

 手渡されたのはルッキーニの着ている服の大きいサイズのもの。

ルッキーニ「私っていつもそんな感じの服着てるから……」

 服を試しに着てみる。
 サイズもピッタリだ。少々胸は苦しいが。

私「……悪いな。私の為に」

ルッキーニ「ううん私っていつも頑張ってるから」

 その行為は全て信頼を得るための偽り。
 そう知ったら彼女はなんというだろうか。

ルッキーニ「ねえ、あたし今日ロマーニャが大好きって言ったよね」

私「ああ」

ルッキーニ「あたしはロマーニャも好きだけど、私も皆もいるこの世界が好きなんだ」

私「……」

ルッキーニ「だから一緒に頑張ってネウロイを倒そうね」

私「……そうだな」

 私にはその一言しか言えない。いや、言えなかった。

 暫くしてルッキーニからすぅすぅと寝息が聞こえ始めた。
 出会いは喪失への始まり、か。誰が言ったか本当にその通りだ。


 翌日、私達はなんとか車を引っ張って基地に戻ったが、ガラスを買い忘れてミーナから口にするにも恐ろしいことを色々とされた。
 できれば思い出したくないが、ともかく暫くはトラウマになりそうだった。
最終更新:2013年02月02日 14:26