『Good luck gift to you.』



突然だが、あなたにとっての幸運の証とは何だろうか?
四つ葉のクローバー?大吉のおみくじ?朝の占いで聞くラッキーカラー?
勿論人それぞれ、色々あるだろう。

私にとってはこれ。
そう、チョコバットの当たり。所謂ホームランだ。
他人から見れば単なるゴミにしか見えないかもしれないが、私にとってはとても大切な物なんだ。
今も自室の机の上、大事に写真立ての中に入れて飾ってある。


まぁ、疑問は解かる。
なぜこんなしょーも無い物を後生大事にしているのか?そう思っているのだろう。


こいつは“ツイてない”私が産まれて初めて手に入れた幸運の証で、14年間の私の人生において最高にハッピーな誕生日プレゼント。
どんなツイてない嫌な事があっても、一目見ただけで私を元気にしてくれる魔法の代物で、「私にもちゃんと幸運を掴めるんだ!」って前向きな気持ちにさせてくるんだよ。



これを私にくれたのは、勿論アイツ。
502が結成されてすぐ。
まだアイツとも全然仲なんて良くなくて、知り合いも1人もいないこの場所で上手くやっていけるか毎日不安に思っていた頃だったっけ?

こうやって眼を瞑れば、今でも鮮明に思い出せる。
私が初めてアイツの優しさに触れた日。
アイツに、他の人に無い何かを感じた日
アイツの事、意外と悪くない奴って思った日。
私の、忘れられないバースデー。




          *          *          *




≪1942年 オラーシャ 第502統合戦闘航空団基地≫


ニパ「むむむ…」

5月30日、自分が産まれた日が後数時間と迫った夜に、私はチョコバットの細長い包装を丁寧に破っている。
中身のチョコバーも大事だが、もっと大事なのは直径1cm程の包装の色が違う円形の部分。
正確に言えばそこに記されている文字。「ホームラン」、「ヒット」、「アウト」の3種類だ。


ニパ「…はぁ。」



辛気臭い溜息を吐いて、包装をくしゃりと丸めてゴミ箱へ放る。
今日もまた「アウト」だった。
別に誕生日が目前に迫っているからといって何も特別な事がある訳でも無いらしい。
何日連続でハズレを引いているのか、もう自分でも覚えていない。

「チョコバット」は扶桑のお菓子で、棒状の乾パン生地にチョコがコーティングされているものだ。
最大の特徴はクジが付いている事。「ホームラン」と「ヒット」が所謂当たりで、「アウト」が外れ。まったく扶桑人の考える事は面白い。

そもそも、なぜここオラーシャの土地に大量のチョコバットがあるのか?なんて疑問を持たれるだろうが、理由は単純。
とある1人の隊員が私物として持ち込んだから。それを隊員全員に「一日一本」として開放したのだ。
ここまでの流れを見れば予想がつくかも知れないが、当たりなら当然「もう一本。」貰えるって訳だ。
まぁ“ツイてない”私には無縁な話なんだけどね!!


俺「何?カタヤイネンは今日も外れ?」

少し遠慮がちに、チョコバットを持ち込んだ隊員…。
502JFWの唯一の男性である扶桑の俺少尉が私に声をかけてきた。
年は確か私と同じで、「爽やか」って言葉が似合う容姿をしていると思う。
クラスに1人はいる嫌味な感じがしない奴をイメージしてもらえば解かりやすいかも。



ニパ「あ、うん。また外れ。」

彼もきっと同い年って事で私に親近感を持ってくれたんだろう。
事ある毎にこうやって話かけてきてくれるのは嬉しいし、少し助かっている。

今の所一番仲がいいのかな?
まぁ、まだ出会って1カ月そこそこだから仲がいいって言っても知れてるけどさ。




俺「俺は~…」


そう言って、目前の俺が手にしたチョコバットの包装を破る。

俺「ラッキー、またホームランだ。」

ニパ「凄っ!これで2週間連続じゃない?」

俺「最高で1カ月連続で引いた事もあるんだぜ?」

ニパ「嘘だ~。」

俺「本当だって。」



そんな嘘っぽい話をしながら、彼はもう一本手にとって包装を破る。
ちなみに先程のはすでに胃袋の中だ。

俺「今度はヒットか…」

ニパ「マジかよ…」

あまりの“ツキ”の違いを見せつけられて愕然とする。
俺少尉の通称“ラッキーストライク”ってのは伊達じゃないみたい。私と本当に正反対だ。
突き詰めればこんな物は確率の問題のはずなのに、おかしい。

ニパ「なんでこんなに違いがあるのかねぇ。」

俺「?」


思わず私が呟いた本心を聞いて、チョコバットを咥えたままの俺少尉が不思議な顔をして私を見つめる。


俺「食いかけで悪いけど、食べる?」

ニパ「いらない。」


私が彼を見ていたのを、チョコバットを食べたがっていると勘違いしたんだろう。
気を利かしてくれた俺少尉に少しだけ感謝して、申し出を丁重に断る。もう4分の1も残っていない物を貰うのはどうにも卑しい気がするしね。



ルマール「あ!ヒットだ!」

私の隣ではガリア空軍の少尉であるジョーゼット・ルマールさんが少しだけ嬉しそうに包装を眺めていた。

ルマール「えっと、ヒット4本でもう1本だったよね?」

ポケットをゴソゴソと探りながら、私に尋ねかけてくる。少しテンションが上がっているのかいつもより若干早口だ。可愛らしい。羨ましい。


ニパ「あ、はい。確かそう言ってたような…ねぇカンノ、それでいいんだよね?」


菅野「あん。」

口をモゴモゴさせながら、私の目前で小さなパワフルファイターがぶっきらぼうに頷いた。
こっちは余りクジには興味が無いようで、すでにチョコバーに齧りついている。
態度は悪いが、そこまで悪い奴じゃないような気がする。
今だって面倒くさそうだけど、ちゃんと答えてくれたしね。

ニパ「だそうですよ?」



ジョゼ「やった!じゃあ今日はもう1本♪」

ポケットから出した「ヒット」と記された3枚の丁寧に畳まれた包装と、先程の1枚を合わせて、食堂のテーブル端の「当たりクジ入れ」として使用されている小瓶に放り込んだルマール少尉は、足取り軽くチョコバットが納められている木箱へと向かって行った。
これで残りは後10本程かな?
その中に後何本程の「当たり」が残っているのだろうか?
もし、まだ残っているとしてそれを“ツイてない”私が引き当てられる確率は?


ニパ「…ふぅ。」

ネガティブな事を考えながらチョコバットを齧る私。
齧った瞬間に口の中に広がる安っぽいチョコの甘さと香りは万人受けする味で、現にこうして多国籍の人間が集まる統合戦闘航空団でもみんな喜んで食べている。
私の母国のサルミアッキではこうはいかないだろう。いや、あれも美味しいとおもうんだけどなぁ。




ジョゼ「あ、今度はアウトか…」

チョコバットを手にして戻って来たルマール少尉が包装を破って嘆く。
一か月以上「アウト」しか出ていない人間もいるんだ。そうホイホイ当たりを引いてもらっても困る。



私がなぜ当たりに固執していたかと言えば、別にチョコバットをもう一本食べたかったからでは無い。

ニパ「ホンット、“ツイてない”なぁ~」

ほんの小さな事でいいから、「幸運の証」とでも言えばいいのかな?そう言った物が欲しかったんだ。
ほんのささやかな事でもいいから、「ちゃんと私も幸せになれる」っていう証明が欲しいんだ。
人に言えばたかがお菓子のクジで大げさだと笑われるかもしれないが、産まれてから一度も自分の幸運を実感した事が無い私にとって、それはとても重要な事でさ。

あまりに理不尽な不幸を私に押し付ける世界に対して…そんな不幸に対して立ち向かう事を諦めた私に、もう一度立ち向かう勇気をくれるようなそんな物を望んでいたんだ。
別にそれはチョコバットじゃなくても、チョコボールの金のエンジェルでも、ガリガリ君の当たり棒でも、なんでもいいのさ。


ニパ「…」

でもこうやって自分を信じて挑戦してみた所で、残るのは虚無感だけ。
自分が“ツイてない”のを実感させられて、また私の眼は世界を呪うために濁って、思考は自虐の泥沼へと深く潜ってしまう。

もう諦めようかな?
自分の不幸に妥協して、幸福を掴む事を放棄すれば…期待さえしなければ、今よりかは幾分か楽かもしれない。

俺「…」

私はきっと、浮かない顔をしていたんだろう。
俺少尉が少し心配そうな顔で私を見ている。


俺「どうしたの、大丈夫?」

ニパ「あ、ダイジョブダイジョブ。」

何が大丈夫なのかは解からないが、とりあえずこう返す。
しかし俺少尉が人の表情とかに気を配るタイプだった事は意外だった。
大型ネウロイ相手にも扶桑刀片手に突っ込んでブッタ斬る、勇猛果敢な荒武者のような戦場での姿からは想像もつかなくって、良い意味で驚いた。


俺「ホントに?大丈夫なようには見えないけど…」

言葉と共に俺少尉が私の方へと歩み寄って顔を覗きこんでくる。
スオムスには男性のウィッチがいなかったから男の人に耐性が無い私は少しドキリとしてしまった。

ニパ「なんでも…ないよ。」

少し口籠ってしまったのは、顔と顔の近い距離に驚いて緊張してしまっただけ。別に俺少尉の事どうこうでは無い。
きっと彼じゃなくて、そこいらのオッサンでも同じ反応を取っただろう。
だってずっと女所帯だったんだからしょうがないじゃないか


正直に喋った所で他人に理解できる類の悩みでは無いし、理解して欲しいとも思ってはいない。
下手に同情なんてされれば困るし、多分イラつくだろう。
イッルを始めとしたスオムスの仲間達みたいにネタにして笑ってくれればまだマシかもしれないけれど、まだ結成して日の浅いこの“502”ではそれも期待できない。


俺「…そう。」

言葉とは裏腹に納得など絶対していない表情の俺少尉は、眼を細めて私から距離を取る。
そして憮然とした面持ちで足早にキッチンの方へと向かっていった。
気を悪くしたのだろうか?


ニパ「心配してくれたのにちょっと悪かったかな…」

なんてちょっぴり感じた罪悪感を呟いて時計を見れば時刻は22時過ぎ。結構長い事食堂にいたらしい。 

菅野「ふぁあ~…眠…オレぁ部屋戻る。」

大欠伸を残して、菅野が食堂を後にして部屋へ帰っていった。
眠そうな眼をこすってトボトボと歩く姿はいつもの彼女と違ってとても可愛らしい。
やはり私達はまだまだ互いの事を知らないんだ。
ふとしたタイミングに、みんなの新たなる一面を日々感じ取っていく。

私がこう感じるって事は、みんなも私の事を見て同じように感じるのかな?


ジョゼ「私もそろそろ戻りますね。ニパさんオヤスミなさい。」

ニパ「あ、はい。オヤスミ。」


どうだろうか?私は、正直あまり心を開けていないと思う。
そもそも502に出向してから本気で、思いっきり笑った事って無かったような気がする。
ここに来てからも相変わらず“ツイてない”のは変わらなくて、心開いて相談できる友達もいなくって、更にクジも当たらなくって…

ニパ「…はぁ。」

大きく溜息。
俺少尉が私を心配するのも解かる。こんな溜息ばっかり吐いて陰気臭い奴誰だって嫌だろう。
こうやって不幸を言い訳に壁を作って、距離を置いて、それが今の“私”なのかな?
それが、502の新しい仲間達が感じている“私”なのかな?



嫌だ。
“私”をちゃんと知って貰いたい。

でもその気持ちとは矛盾して、不幸の事はみんなにあまり言いたくない。
上述の通り、理解なんてして貰えるはずないし。同情も嫌だ。


そんな二律背反の思考に雁字搦めに縛られて、私は次の一歩を歩き出せずにいた。
まるで出口の無いトンネルを延々と通っているかのような錯覚を引き起こす。

解決法は解かっている。みんなに自分から歩み寄って理解して貰えばいい。
自分からは行動を起こさずに、他人から理解だけして貰いたいなんて幼稚な思考は流石に持ち合わせていないよ。 


でも、頭にこびりついた思考は簡単に変わらない。
心に染みついた悩みはそう簡単に打ち明けられない。
そしてまた諦めと言う名の泥沼に私の足は沈んでいく。

ニパ「どうしよう。」

まさに八方塞がり。
だから少しだけ期待して、幼稚な思考に縋って、まだ電気の付いているキッチンに目を向ける。
もしかしたら、まだキッチンにいる彼が私をまだ心配してくれていて、もう一度私に話しかけてきてくれるかもしれない。
もう一度、私にすべてを話せるチャンスをくれるかもしれない。

ニパ「ダメだよ…さっき自分で拒絶したばっかじゃん。幾らなんでも都合良すぎ。」


自分から心を開かず、壁を作って距離を置いてる人間に歩み寄ろうなんて奇特な人がいる訳無い。
その時、私はそう思ってた。



でも。



俺「カタヤイネン曹長。上官命令だ。」



世の中には変な奴がいた。



ニパ「はぁ?」



そいつは、キッチンから2つのマグカップを持って現れた。
私の水色のマグカップと、彼の使ってる真っ白いマグカップに並々と注がれたホットココアを手にして。



そいつは、私が諦めようとした事を、他人からの理解を拒む事を許さなかった。



俺「親睦会しようぜ?ちなみにお前に拒否権は無い。」


そいつは、とびっきりの青空のような笑顔を浮かべて、まるで一迅の風のように私の心の隙間に入り込んできた。



ニパ「…」


そいつは、人が作った心の壁もお構いなしに叩いて壊して、人が作った心の距離も瞬時に踏み込んで縮めてしまった。



俺「んじゃ、腹割ってお話しましょうか。」



そいつは、諦めという泥沼につかって、「ここが私の居場所だ。」と強がっていた私をいとも簡単に引っ張り上げてしまった。



一見すれば、デリカシーが無いし、KYな行動だ。
でも今の私には俺少尉のそんな行動が、声が、言葉が救いになってくれたみたい。
不思議と嫌な感じはしなくって、自然と彼が手招く方へと足を運んでいた。


ニパ「クスッ。俺少尉って変な人だね。」



俺「よく言われる。」



時刻は22時45分、刻一刻と私の誕生日が迫る中。
私は眼の前で爽やかに微笑むKY男に手を引かれるように、ようやく自らの意思で止めていた足を一歩だけ前に踏み出したんだ。




          *          *          *




対面する相手の息遣いまでもが聞こえてきそうな夜の静寂の中、私は同世代の男の子と向かいあって座る。

実は昔からちょっとだけ憧れていたシチュエーションだったりしたんだ。
例えそれがまだ出会って日の浅い何も知らない男の子でも、「2人っきりで内緒の話。」っていう漫画や小説みたいなシーンに私は少し緊張してドキドキしていた。
何度も言うが、それは私に男性に対する免疫が無いだけであって、彼にどうこうと言う訳ではない。
解かってくれるまで何度も繰り返すので、そのつもりでいてくれ。

そんな訳で意味も無く緊張している私は、何から話せばいいやらと足りない脳味噌をフル回転させてアタフタとしていた。
そんな私と対照的に、間に挟んだテーブルの上では、私と彼のマグカップが一個ずつ。なみなみと注がれたホットココアはまだ暖かくて、マイペースに湯気を放っている。




俺「あちっ!」


カップを手に取り、口に運んだ俺少尉が舌を火傷したようだ
自分で淹れてきた癖に、それに口をつけて火傷するとは、あまり頭は良くないみたい。

ニパ「クスッ」

俺「なんだよ、笑うなよ~。」

舌を出して、ヒーヒー言ってる彼が子供みたいで、可笑しかった。
猫舌なのかな?

そんな彼の滑稽な姿に緊張が程良くほぐれたようで、ポツリポツリと言葉を選んで、私が感じていた漠然とした不安を打ち明け始めた。
まだ出会って間もない俺少尉に対して、自分でも不思議な程抵抗を感じる事無く心情を吐露していく。
真っ直ぐな瞳で、適度に相槌を挟んで聞いてくれる彼が聞き上手なのも理由の一つかもしれない。



ニパ「――ってのが、私が感じてた不安?ってやつかな?」

途中からは聞き上手な彼に甘えて一気に捲し立てるように話して、上述の不安を全て吐きだしてしまった。

不運に関して。
みんなと仲良くできるか不安な事。
そして「幸運の証」が欲しい事…。

そんな極私的な他人からすればバカバカしいとしか思えない話でも彼はまったく笑わずにただただ頷いてくれて、それが少しだけ嬉しかった。


ニパ「聞いての通り極私的な話で、誰かに解決してもらえるような内容じゃないんだ。」

俺「…」


そこまで話して、机の上のカップを手に取り口をつける。
もう湯気がたっていないココアはぬるくなっていて、時間の経過を感じさせた。
思ったより長く喋っていたみたいだ。

ニパ「自分で解決しないといけないよね。“答えはいつも自分で見つけろ”なんてよく聞くし。」

話を聞いてもらえて…心配してくれて嬉しかったから、素直に伝えようと思う。
実際こうやって不安を打ち明ける事が出来ただけで、少しだけ気持ちが楽になった気がする。


ニパ「でも、話聞いてくれて…ありがとう。」

ぬるくなったココアを飲み干し、それを片手に立ちあがる。
時計に目を向ければ時刻は23時30分。もうすぐ私の誕生日。

ニパ「嬉しかったよ。おやすみ俺少尉。」


誕生日前の今日は、私にとってイイ日だった…いや、俺少尉のおかげでイイ日になった。
だから、この後にまたなにか“ツイてない”事が起こって嫌な気分になる前に終えてしまいたかったんだ。
俺少尉のくれたささやかな幸運な時間を噛みしめたまま、私の特別な日を迎えたかったんだ。


彼に背を向け、返事を待たずに歩きそうとした時…
いきなり背後から手を掴まれる。



ニパ「わっ!」


俺「悩みは解決できないけど、望みは叶えられるよ。」


男の子らしいゴツゴツしたマメだらけの手を肌で感じてドキドキしながら振り向けば、その武骨な手に似合わずいつも通りの爽やかな笑みの彼。
どこまでも真っ直ぐな瞳が私を射抜いて、見つめる。

ニパ「望…み…?」

俺「欲しいんだろ?幸運の証ってやつが。」


そんな彼の目線が私から外れて、食堂の片隅へ向かう。
追うように私も視線を向ければその先にあったのはチョコバットの入った木箱。


俺「見つけようぜ。」



どうやらまだ、彼のくれる幸運は終わらないようだ。




          *          *          *




俺「ホームランが今まで14本出て、ヒットが全部出たみたいだな…」

先程と同じくひっそりとした空気の食堂の中、俺少尉が既に引き替え済みの「チョコバット」のクジが入った小瓶をひっくり返して、後「当たり」が何本残っているか確認する。


ニパ「って事は?」

俺「ホームランが1個だけ残ってる。」

ニパ「1個…だけ…か。」

俺「最後の1本になるまでにホームランを当てられれば、それはちゃんと“幸運の証”だよな。」


2人して並んで木箱を覗きこむ。
扶桑から俺少尉が持ってきたこの木箱に山ほど詰まっていた「チョコバット」も、毎日隊員達が食べ続けて、残りは後10本だけになっていた。


俺「大丈夫、この中に当たりは絶対あるんだから。むしろちゃんと当たりが残ってたのを“ツイてる”って考えよう。」

ニパ「うん!」


また少し不安になっていた私を、励ましてくれた。
本当に見かけによらずよく気がつく人だ。

そんな風に感心して彼の方に目を向ければ、顔の距離が思ったより近い事に気が付いてしまった。
ふと、先程掴まれた手の感触を思い出す。
ちょっとだけ恥ずかしくなって、しゃがんで距離を取ってしまう。


ニパ「1本目、いきますっ!!!」


誤魔化すように大きな声をあげて木箱の中のチョコバットを無造作に選び取り出す。
悩んだ所で仕方が無い、即断即決電撃戦術で攻めるんだ。

ニパ「…はぁ。」

俺「まだまだ!チャンスはまだ8回もあるんだ!」

ニパ「そだね!まだまだこれから!!」


結果だけ言えば、次もその次も、そのまた次も見事にアウトだった。
確率で言えば最初が1/10で、段々分母が下がって行き当たりやすくなるはずなのに一向に当たる気配が無い…。
我ながら自分のツキの無さが恐ろしいよ。



俺「いよいよラストチャンスか…。」

私が外したチョコバット達を齧りながら俺少尉が呟く。
木箱の中はいつの間にか寂しくなって2本のチョコバットが寄り添いあう夫婦のように並んでいるだけだった。
ここで外せば、もう幸運の証も手に入れられない。文字通りのラストチャンス。


ニパ「…」

チョコバットを掴もうとした手が震える。
確率は1/2だが当たる気がしない。

俺「…」

俺少尉が私を見つめる。
もしここで私がアウトを引いたら、彼はがっかりするだろうか?


彼がくれたチャンスに応えたい。
そして何よりも、“幸運の証”をこの手に掴みたい。

そんな想いが強ければ強い程、プレッシャーは重さを増して私の肩にのしかかる。


ニパ「ど、どうしよう。」

ガタガタ震えた手は動かない。
怖い。ここでまたアウトを引くのがどうしようもなく怖い。

ニパ「手…震えて動かない。」

俺「大丈夫。」

そう彼が言葉を発した瞬間、手の震えが止まった。
私が差し出した手を上から覆い尽くす様に重ねられた大きな手。


二パ「え?」

俺「ほら、震え止まったじゃん。」


耳のすぐ後ろから、そんな呑気な声がする。
頭だけで振り向けば、いつのまにか彼が私のすぐ背後に立っていた。
私が差し出した右手に自分も手を重ねて、私と目が合うと、彼も少し恥ずかしそうにハニカム。

傍から見れば、きっと私が背後から抱き締められているように見えるだろうか?
そう見えたとしても実は体の触れあっている部分は手だけで、後は彼の気遣いだろうか?触れる事無く絶妙に距離を保っていた。


ニパ「…うん。」

不思議な事に彼の言う通りで、もう私の手が震える事は無かった。
年齢の割に大きな手から伝わるのは温もりと安心感。がっちりと優しく包み込んで、勇気をくれる。


俺「人間ってさ、誰かかが体に触れると安心するんだって。不思議だよね。
  1人じゃないって安心するのかな?」

ニパ「不思議だね。本当に安心する…もう、怖くないよ。」


コツコツと時計の秒針が進む音だけが鳴る静寂の中で私達は見つめ合う。
本当に、この人は不思議な人だ。
ズケズケと人の心に踏み入ってくるし、KYだし、おまけに勝手に手を掴んでセクハラだし…
でもそれが全然嫌じゃなくって、むしろ安心感をくれる。

もしかしたら私とは波長とか、なんと言うか相性みたいな物がいいのかな?


俺「いける?」

ニパ「いける。」


そうやって見つめ合う内に、彼が今の私達の状態の恥ずかしさにようやく気付いたようで、視線を逸らして訊ねてくる。

俺「じゃ、もう大丈夫だな。」


そう言って、手を離そうとする彼を

ニパ「もうちょっとだけ…せっかくだから、ちゃんと掴むまで…お願い。」

私が引きとめる。


俺「え?…あ、うん。」


ちなみに手を離さないように頼んだ時、私は前を向いて彼に表情を悟られないようにしていた。
多分、顔が真っ赤になっていたと思うから。
だから彼がどんな表情をしていたか、私には解からない。


ニパ「じゃあ…いくよ。」

俺「うん。いこう。」


重なり合った2つの手を、残ったチョコバットの片方へと伸ばす。
二者択一、2つに1つ、どちらかが当たりでどちらかが外れ。
考えた所で答えなんて誰にも絶対に解からない、完全な運試し。

“ツイてない”私の意地を賭けた勝負、でも今は絶対に負ける気がしない。
だって今の私は1人じゃないんだから。

私の手を引っ張ってくれて。
私の背中を押してくれて。
私と一緒に手を伸ばしてくれた彼が一緒にいる。


だから、どんな不幸にだって負ける気がしない。
1人じゃないってだけで、こんなに勇気が湧いてくるなんて思ってもいなかった。
数分前の自分が嘘みたいだ。


そしてついに、私の手が一本のチョコバットを掴む。


俺「こいつでいいの?」

ニパ「うん。」


私がチョコバットを木箱から引き抜いた時点で、俺少尉が重ねていた手を離す。
一方私は胸元までチョコバットを引きよせて、じっと見つめる。

そして、チラリと彼の方を一瞥。ちゃんと見守っていてくれてるか確認。
安心できた所で、ゆっくりと包装を破り取っていく。


ニパ「…」

俺「…」


その先にあったのは…


ニパ「あ…当たった。」

俺「マジ!?」


「ホームラン」という文字だった。所謂当たり。
喉から手が出るほど欲しかった“幸運の証”。

俺「マジだ…当たってる!よっしゃ!!やったじゃん!!」

私の手元を覗きこんで当たりを確認し、自分の事のように喜んでくれる俺少尉。


ニパ「やった…やった…やった―――――っ!!!!」


しかし彼なんて比じゃない位、当事者である私が喜んでいるんだからそれを可笑しいとは思わない。



ニパ「やった!やった!ほら見て!当たりだよ!ちゃんと私が当てたんだよ!!」

俺「あぁ!ちゃんとカタヤイネンが自分で当てたんだ!お前が掴んだ幸運だ!!」



ピョンピョンと飛び跳ねて全身で喜びを表現する私は、いつの間にか彼におもいっきり抱きついていた。
彼も興奮していたのか、それに疑問を感じなかったようで私を強い力で抱きしめて、背中をバンバンと叩いてくれた。



ニパ「あははっ!俺の、俺少尉のおかげだよ!!」

俺「ちっげぇよ!カタヤイネンが諦めなかったからだ!!」


異常なハイテンションのまま、依然抱きしめ合って喜びあう私達。
そんな異様な光景は、突然の闖入者によって終わりを迎える事となる。


サーシャ「何を騒いでいるんですか!!とっくに消灯時間は…」


夜中に馬鹿騒ぎしている私達を注意しに現れたポクルイーシキン大尉は食堂に立入るなり、抱きしめ合っている私達を見て、止まってしまった。

サーシャ「…え?」


俺「え?」

ニパ「え?」



ニパ「うわぁぁあああああああ!!!!!」


俺「うぉおおおおおおおぉおお!!!!!」


大尉の登場と反応により、自分達のとんでもない状態に気付いてしまった私達はマッハで互いから離れ、距離をとる。



俺「あ…あの、その…ごめん…」

ニパ「あ、いや私こそ…ごめんなさい…」


2人して俯いて、同じ表情して同じ顔の色してる。
そんな私達の様子を大尉は理解不能といった表情で見つめていた。


サーシャ「えっと、説明してもらえます?」

俺「どこから話せばいいのかな…」

ニパ「まずは…」


という感じで、なぜ私達がああなったかをかなり掻い摘んで大雑把に説明する私達。

ニパ「―――――って訳なんです。」

サーシャ「はぁ…そうですか。よかった…てっきり不純異性間交遊かと思いました。」


俺「ふじゅ…何だそれ?カタヤイネンは知ってる?」

ニパ「わかんない。」

俺「大尉、なんですかそれ?」

ニパ「なんですか?」


サーシャ「なんでもいいんです!」

なぜか怒られてしまった。本当になんなんだろうか?
そして大尉はテーブルの上に散らかったチョコバットのゴミに目をやる。


サーシャ「もう!こんなに散らかして。」


ニパ「あ、ごめんなさい。」

俺「俺達で片付けますから!」


率先して片付け初めてしまった大尉を慌てて止める。
さすがに上官に掃除をさせる訳にはいかない。


サーシャ「今日だけですよ。ニパさんの誕生日に免じて許してあげます。」

ニパ「え?」

慌てて時計を見る、時刻は0時45分程。
いつの間にか私の誕生日になっていた。


俺「え!!??カタヤイネン今日誕生日なの!!??聞いてないっすよ!!」

サーシャ「だって言ってませんもの。」

俺「なんでですか!?」

サーシャ「最近出撃続きで忙しかったですからね…」

俺「確かに…つーかカタヤイネンもそう言う大事な事ちゃんと言えよな~…なんも準備できないじゃん…プレゼントどうしよう…」


彼が真剣に私へのプレゼントの事を考えてくれているのが、ちょっぴり嬉しかった。
でもね、もうプレゼントならすでに貰ってる。


ニパ「いらないよ。」

俺「いや、さすがにそういう訳には…」


ニパ「もう貰ったからね。」

そう言って、私はチョコバットの包装を胸の前に掲げる。
ホームランの文字が彼に見えるように、彼が私に掴ませてくれた“幸運の証”を見せつけるように。

ニパ「さいっこうのプレゼントだったよ。ありがとう、俺少尉。」


この時、私は502に出向してから初めて自然に笑えたと思う。
心からの、混じりっ気なしの100%の笑顔。

俺「あ…」


そんな私を俺少尉はしばらくハッとした表情で見つめて、急にそっぽ向いてしまった。
どうしたのだろうか?

俺「あ、いや…うん。カタヤイネンがそれでいいなら…。」


依然そっぽを向いたまま、彼が口を開く。
小声で喋るからどうにも聞きとりづらい。


サーシャ「とにかく、もう遅いですから早く部屋に戻りなさい。ニパさんの誕生日ならちゃんと今夜やりますから。」

ニパ「あ、ありがとうございます。」


ちゃんと私の誕生日祝ってもらえるんだ…。
みんなの仲間になれるか?とか、心開けるか?とか…本当にくだらない事で悩んでいたんだと実感する。
私は既に受け入れられていたらしい。すべて私の心の問題だったんだ。

誕生日にそれに気付くとはなんたる皮肉な事か。


サーシャ「ほら、俺さんもボーっとしてないで早く部屋に戻る!!」


俺「え!?あ、はい!!」


未だにブツブツと何か呟いていた俺少尉が大尉の指示を受けて我に帰る。
本当にどうしてしまったのだろうか?
そのまま一目散に食堂を駆けだしていく俺少尉。

バタバタと足音が遠ざかって行く。
と、思ったら足音がまた近付いてくる。

そして、勢いよく開かれた食堂のドア。

私が彼に感じた第一印象の通り青空のような笑顔を浮かべて、彼が口を開く。


俺「言い忘れた!カタヤイネン、お誕生日おめでとう。」


ニパ「クスッ。」

それを言うだけに戻って来たのかと思うと、少し可笑しくって吹きだしてしまった。
そして私はこの変わり者で、KYで、ちょっと優しい男の子に応える。


ニパ「ありがとう。」


さっきと同じ笑顔で微笑んで、沢山のプレゼントをくれた彼を見る。
手には私の“幸運の証”、眼の前には私に幸運を掴ませてくれた人。
なんだか今日はイイ日になりそうな気がする。

それはきっと、彼のおかげかな。
最終更新:2013年02月03日 16:14