―第501統合戦闘航空団ロマーニャ基地 射撃場―






穏やかな陽が差す昼下がり。和やかな空気を、連続する銃声が切り裂く。
俺は練習用の拳銃を片手で次々と連射し、不規則に現れるターゲットを的確に撃ち抜いていく。

(…軽いな)

俺は胸中で呟きつつ、右手を次々と動かし、引き金を引き続ける。

やがて、全弾撃ち尽くした拳銃のスライドが後退したまま止まる。マガジンを外し、予め置いてあった予備のマガジンを装填。
スライドをそのままに、所定の位置に拳銃を戻す。

俺が手元のパネルを操作すると、先程俺が打ち抜いた全てのターゲットが起き上がる。
円形のターゲットは、全て中心の黒い部分に風穴を空けられていた。

「…自前の、久々に使うか」

俺は一つ呟くと、コートに隠れたショルダーホルスターから二丁のM1911カスタムを抜く。

スライドを引き、チェンバーに初弾が送り込まれたそれを構え、ターゲットを一つ起き上がらせた。

俺は狙いを定め、僅かに固有魔法を発動させる。そうでもしなければ、射手の安全さえ危ぶまれる代物なのだ。

引き金が引かれると共に、弾丸が強烈な反動と大音響を伴って銃口から飛び出す。
それは先程と同じくターゲットの中央にヒットした。先程と違うのは、中央の黒い部分が根こそぎ持っていかれていることだ。

「…っ…、相変わらず、強烈だな…」

固有魔法により反動を軽減したとはいえ、僅かに走る腕の痺れに顔をしかめる俺。

このじゃじゃ馬は、友が『中・大型のネウロイとも渡り合える拳銃が欲しい』という俺の無茶な欲求を本気で体現したものだ。

パシフィス島から厳選した鉱石を取り寄せ、加工前のそれに俺の魔法力を注入。
鉱石自体に俺の魔法力に対する親和性を持たせた上で、友は扶桑刀の製法を転用し、各パーツを製造していった。
その結果、驚異的な強度を実現したフレームにより、既存の強装弾よりもさらに火薬量を増やした特製強装弾をも使用可能にした。

さらに銃自体が俺の魔法力を通すのに最適な為、銃弾に込められる魔法力も多い。俺の無茶な要求に応え切ってみせた、友の渾身の二挺だ。

だが、欠点も凄まじい。

友は初めから俺が固有魔法と併用で使うことを想定した為に、反動等の安全性を全て度外視したのだ。
射手である俺の安全を確保するための、威力を底上げする為と、通常より魔法力を大幅に消費する、非常に燃費の悪い銃でもある。

さらに、鉱石の段階から俺の魔法力に親和性を持たせているために、他のウィッチの魔法力を通しにくい。

(まあ、こんなの他のウィッチ…女の子に、こんなの使わせる気にはなれないけどな)

俺はそう一区切りつけると、マガジンを外す。
ポケットから専用の銃弾を一つ取り出し、マガジンに込めてから再び装填する。

ターゲットの出現プログラムを指定してから、俺は二挺のM1911カスタムを構えた。出現頻度は、先程の二倍に設定されている。

プログラム開始の合図が響き、初手から二つのターゲットが起き上がる。

二つの銃口を素早く向け、発砲。瞬時に両のターゲットの中心が正確に撃ち抜かれた。

それで終わりではない。次々と、短い間隔で不規則に現れるターゲットを、左右の銃を自在に動かして撃ち抜いてゆく俺。
発砲の反動は、全て固有魔法で打ち消す。そうしなければ、俺はとっくに両の手首を砕かれている。

弾切れと同時にプログラム終了。結果は先程と同じく、全ての的の中央が消失している。

「相変わらず見事な腕前だな、俺」

何時の間に居たのか、坂本が俺の後ろに立っていた。

「射撃については文句の付けようも無い。…これで格闘戦もこなせればな」

俺はM1911カスタムをホルスターに戻しながら、苦笑する。
天は二物を何とやら。俺は射撃の才はともかく、近接格闘に対するセンスが完全に欠如しているのだ。

刀を振れば手からすっぽ抜け、槍を振れば地面に引っ掛けて転び、拳や蹴りを繰り出せば足腰がぶれて狙いが定まらない。

遠近とここまで両極端なウィッチも、そうそういないであろう。

「俺には銃があればいいんですよ。まあ…言い訳ですけどね」

ホルスターを示して、苦笑を深める俺。

「まあ、お前はまだいい。まだいいんだが…」

頭痛を堪えるような表情で、坂本はこめかみを押さえた。

「…何かあったんですか?」

怪訝な顔をして俺が問うと、坂本は何かを思いついたような顔を上げて、まっすぐ俺を見た。

「ふむ…よし、お前も来てくれ」

と言うが早いが、坂本はさっと身を翻す。訳の分からないという表情の俺だったが、ここは黙って付いて行くことにした。

(…何処と無く、嫌な予感がする)

それは、俺が沢原の下で無駄に鍛えられた感覚。
すなわち、頭痛を伴う何らかの面倒ごとに巻き込まれる予兆を、俺は正確に感じ取っていた。

とはいえ、彼にそれを回避する手立てがあるのかと問われれば、否と言う外ないのであるが。





―同隊同基地 滑走路―






坂本に連れられて滑走路にやってきた俺。

彼の目が捉えたものは、

「「はぁっ…はぁっ…」」

「はっ…この、くらい…余裕…はぁっ…ですわ…」

折り重なるように倒れる宮藤とリーネ。
強がってはいるものの、膝に手をついて息を荒げながら立つのが精一杯なペリーヌ。

三人のその様子を見て、頭を抱える坂本。

「…基礎体力の不足。予備役の間のブランクが響いたな…」

坂本の言葉に苦笑しつつ、俺は三人から目を逸らした。
宮藤が顔を突っ込み、柔らかく形を変えるリーネの胸に視線をやっていると、後でペリーヌが拗ねかねない。

「今朝の飛行訓練でも、酷い有様だったぞ。三人は」

そこへ、険しい表情のバルクホルンが現れた。

俺は直接それを見ていなかったが、バルクホルンの顔を見る限りでは、容易にその様が想像出来た。

「…仕方ない…宮藤! リーネ! 何時まで寝ている!!」

「「ひ、ひゃい!!」」

溜息を一つ吐いた後、坂本が声を張り上げた。その声に、がばっと起き上がる二人、ペリーヌも、息を整えながらなんとか上半身を起こす。

「お前達は…今から、特訓だ!!」

「えぇぇぇええぇ!!」

宮藤が不満げな悲鳴を上げるが、坂本の一睨みに、ひぅ、と萎縮する。

「細かいことはすぐに書面を出す! お前達はさっさとストライカーを履いて武器を持て!!」

悲鳴のような返事をするが早いが、ハンガーに向けて駆け出す三人。

「…まあ、何と言うか。行ってらっしゃい」

頬を掻きながら、三人の後姿に手を振る俺。そんな俺に、坂本は振り返って告げた。

「俺。現地でのお目付け役として、三人に同行してくれ」

「…マジですか」

他人事を決め込もうとした俺だったが、そうは問屋が卸さなかったらしい。

「お前にとってもいい経験になると思うぞ。すぐに地図と書類一式を用意する」

少し待っていろ、と言い残して坂本は駆け足で基地内に行ってしまう。

「…なあバルクホルン。じゃんけんで負けた方が行く、ってのはどうだ?」

「断る。しっかり行って来い」

「宮藤もいるんだぞ?」

お前の可愛い「妹」が、と喉元まで出掛かったが、止めた。
俺がそれを口にするより早く、それを悟ったバルクホルンが顔を瞬間的に真っ赤にしたからだ。

「な、な、何を言っているッ! わ、わた、私は宮藤をそのようになど…!!」

実際何も言ってないんだが、と俺は苦笑と共に両手を持ち上げて降参のジェスチャーをする。
茹蛸のようになったバルクホルンを口説くのを諦めて、俺もハンガーに歩き出した。

それにしても、一体これは何の当て付けだろう、等と考えながら。






―洋上―






ストライカーを装着し、坂本に蹴り出された四人は、地図を片手に洋上を飛行していた。

「俺さん俺さん! そのストライカー、私達のとどう違うんですか?」

飛行中に、宮藤が俺のストライカーを指して言う。

「ああ…これは…ジェットストライカーの亜種みたいなもんだ。大きな違いはそこだな」

俺は要点だけを言ったものの、宮藤はよく分からなかったらしく、

「大きくて、黒くて、強そうですね!」

などと言い出す。そんな宮藤に苦笑する俺。

確かに、ナイトレーベンはレシプロとは見た目からして異なるストライカーだ。

機体は現行のストライカーより大きく、レシプロ機のプロペラ状のエーテル光が出現するスリットに当たる箇所からは、エーテルの粒子が溢れ出している。
大気中のエーテルを吸引し、機体内のE.Aドライヴと呼ばれる機関で加速して放出させることで爆発的な加速、出力を得る機構による副産物だ。

確か、Ether.Accelerationの頭文字を取った、とか友が言ってたな、と俺はおぼろげながら思い出す。

ナイトレーベンは初陣の後一度友に預けられ、更なる技術研修と改良が加えられた。

ドライヴの技術研磨、加速したエーテルを一時的に溜め込む高機能コンデンサーの追加、それに伴う機体の大型化とバランス調整。
そして、コンデンサーに溜め込んだエーテルを任意の方向に噴出するスラスターの増設も施された。

俺が思わず、お前これ一から作り直したろ? と言ってしまう程の改良が施された後に、再び俺に引き渡されたのだ。

(そういえば、友が「ネウロイが挟まる余地はない」とか言ってたが…あれは一体何だったんだ?)

「…見えてきましたわ」

ペリーヌが地図と眼下の風景を見比べて声を上げる。

全員が視線を下ろすと、そこには一本の橋で陸と繋がれた島が見えていた。

「よし、降下するぞ」

お飾りの様なものとはいえ、階級による指揮権は俺にある。俺の一言で、全員がその島に降下していった。






―小島―






島に降下した四人は、一先ず辺りを見回す。

上から見ればそうは見えなかったが、四人が立っている広場の周りは木々が茂り、視界が狭い。

「…誰もいませんわね」

ペリーヌが辺りを見回し、呟く。
確かに、地図で示されたポイントには間違いは無い。だが、人の姿は全く見えなかった。

「あ、あそこ、家がありますよ」

リーネが指差した場所を、三人も見やる。そこには、一軒の家と思しき建物があった。

逆を言えば、それ以外何も無い。

あの坂本が指定した場所とは思えない、静かな島だ。

「…とりあえず、あそこに行ってみましょうよ」

宮藤がストライカーを脱いで家に向かおうとした時、不意に四人の足元に円形の影が差した。

「っ!」

警告を発するより早く、俺はリーネと宮藤を突き飛ばす。
引いた手でペリーヌを抱きかかえ、コンデンサーに溜め込んだ加速エーテルを機体前方のスラスターから噴射させる。

この間、僅か二秒。即座に危険範囲から俺が全員を遠ざけた瞬間、先程まで四人が居た場所に、何かが轟音を立てて落下した。

落下した物体に俺が咄嗟に視線を向ける。そこにあったものは、

「…タライ?」

ペリーヌを抱えたままの俺が、呆然と呟く。宮藤とリーネもぽかんとしている。
四人の頭上から落ちてきた物体は、巨大なタライだったのだ。

「あ、あの…俺さん、もう大丈夫ですから…」

文字通り降って湧いたタライに目を奪われた俺に、ペリーヌが赤面しながらおずおずと声をかける。
その様子に苦笑しながら、俺はペリーヌを地面に下ろした。

「びっくりした…なんでこんなものが?」

宮藤がリーネを助け起こしながら、突然落ちてきたタライを目を丸くして見つめる。

と、そこへ、

「あんた達が501のウィッチ達かい?」

頭上から、四人に向けて声が降ってきた。
宮藤とリーネ、ペリーヌは思わずといった様子で上を見上げ、俺はいつでもMG42を発砲できるように、セーフティを外す。

「そこの男、そう警戒しなさんな。あたしはあんた達の教官役を頼まれたモンだよ」

すうっ、と。四人の上に箒に乗った老婆が降りて来た。
俺は老婆から視線を外さずに、ポケットからメモを摘み出し、目の高さまで持ち上げて開く。

「…アンナ・フェラーラ殿、で間違いないですね?」

「ああ。あたしがそのアンナだよ」

俺の質問に老婆―――アンナが首肯するのを確認し、俺はセーフティを戻した。

「失礼しました。501より出向しました、俺と申します。こちらは…」

「挨拶はいいよ。あんた達のことは全部聞いてる。そこの三人をしごいてやれとさ」

俺の言葉を片手で制したアンナは、ジロリと後ろの三人を見やる。その視線に、思わず三人は身構えてしまう。

「ふん。じゃあ、早速始めようかね。…まずは、あんた達に水を汲んできてもらうよ。そこのタライを使いな」

先程落ちてきたタライを指してのアンナの言葉に、どんな訓練を課されるのかと身構えていた宮藤達はぽかんとした顔で脱力する。

「えっと…どこから、ですか…?」

リーネがおずおずと尋ねる。すると、アンナは黙って箒から降り、後ろを指差す。
アンナが指した場所は、島の離れた位置にある場所だ。ここからでは見えないが、水場のようなものがあるのだろう。

しかし、問題はそこまでの距離だ。到底徒歩で辿り着けるような距離ではないことは目視でも分かる。

「あ、だったらストライカーならすぐだよね!」

そう思い至った宮藤は、履いたままだったストライカーに魔力を注ごうとし、

「何言ってんだい!!」

アンナの一喝に萎縮してしまう。同時に、形成されかけていたエーテル光のプロペラが霧散する。

「誰がそんなもの使っていいって言った!? ほら、とっとと脱ぎな!」

「ですが…ストライカー無しで一体どうやって…」

アンナの態度にムッとした様子のペリーヌが文句を言おうとすると、またもアンナは黙って、今度は家の方を指差した。

その指が指す場所には、三本の箒が立て掛けてあった。

「い…今時箒、ですの?」

露骨にペリーヌが嫌な顔をした時、アンナがまたも吼えた。

「魔女が箒に乗れなくてどうすんだい!? 御託はいいからさっさとしな!!」

その声に、三人は慌ててストライカーをそれぞれ脱ぎ、家の傍にそれぞれの得物と纏めて置く。そして、しぶしぶ箒を手にアンナと俺の前に戻る。

「ほら、さっさと飛んでいきな!」

言われなくても、と三人は箒に跨り、魔力を込める。
が、思うようにいかないらしい。徐々に表情に焦りが見えるが、三人の足は未だに地に着いたままだ。

「んっ…くぅ…」

宮藤が顔を真っ赤にしながらも何とか魔法力をコントロールし…ようやく足元に小さな魔法陣が出現、箒が数センチほど浮き上がる。
それを皮切りに、リーネとペリーヌの箒も同じくゆっくりと浮き始めた。

が、そこで次の問題が起きる。

「んんっ…く、くい…こむ…」

「い…痛いよ…」

宮藤とリーネが寸前とは違う意味で顔を真っ赤にしながら、悩ましい吐息を漏らす。
ペリーヌは口にこそ出さないが、宮藤達と同様の状態らしい。彼女の表情がそう物語っている。

そんなやや刺激の強い光景に、俺は思わず目を逸らし、こめかみを押さえる。

「…なんか…頭が痛い…」

俺が赤面しながらそう呟いている間に、三人はなんとか、ゆっくりと浮き上がり始めた。
が、そこまでだった。

「へ? きゃあぁ!?」

突然、一番浮いていた宮藤が箒のコントロールを失った。箒の先が突然あらぬ方向を向き、でたらめに動き始めたのだ。

「あっ…あうっ!」

その横では、リーネが同じくコントロールを乱し、穂先を勢いよく跳ね上げてしまう。
そのまま箒からずり落ちて、強かに尻を打ちつけるリーネ。

「やれやれ…なんだいあんた達は? それでよくウィッチを名乗れたモンだね?」

アンナが溜息を吐いて、落ちたリーネに近づく。

「あんたはこんな余計なモンつけてるから、バランスが取れないんだ、よ!」

と言うが早いが、アンナはリーネの豊満な胸を鷲づかみにする。

「ひゃあ!!」

途端にリーネは顔を真っ赤にして硬直する。慌てて腕で胸を庇おうとしたときには、すでにアンナの手と目は離れていた。

「おや。あんたは中々やるじゃないか」

その視線の先には、何とかバランスを崩さずに滞空を続けるペリーヌ。
真っ赤な顔で、表情を無理やり固めている感は拭えないが、それでもペリーヌはぷるぷると震えながらも気丈に笑みを浮かべてみせる。

「と…当然、ですわ…!」

「そうかいそうかい」

ふ、とペリーヌの後ろに回ったアンナは、そっとペリーヌの箒を下から軽く押す。
危ういバランスでコントロールを保っていたペリーヌは、突如変えられたバランスを咄嗟に戻すことが出来ず、

「へ? き、きゃ!」

そのまま、前のめりに倒れてしまう。そんなペリーヌに目を遣って溜息を吐いた後に、今度は、何故か空中で縦回転を始めた宮藤を睨む。

「いつまで回ってんだい?」

「ほ、箒に聞いてくださぃいぃぃ!」

箒に必死にしがみつきながら、宮藤は悲鳴のような返事を返す。
空中で高度を変えずにその場で回転を続けるという、ある意味高度な行動を取っていた宮藤だったが、ついに耐え切れずに振り落とされてしまう。

「…あんた達には、永遠に合格をやれそうにないねぇ」

アンナは再び深く溜息を吐くと、落ちた箒を掴んで、俺につかつかと歩み寄った。

「そこでどっしり構えてんだ。あんたは当然こんなの朝飯前だろうねぇ?」

「…俺ですか」

断れる雰囲気ではなかったので、仕方なく俺はナイトレーベンを脱ぎ、宮藤達のストライカーと同じように置く。
そしてアンナから箒を受け取ると、その後ろでペリーヌが期待を込めた目で俺を見ているのに気付いた。

そちらに苦笑を返してから、俺は箒を手に、ふと考える。

「跨るのは勘弁してもらっていいですかね」

「何でもいいからさっさとやりな」

流石に跨るのは、男として色々危ない気がした俺は、そっと箒を地面に横たえる。

その上に立ち、慎重に魔法力を込める俺。
ゆっくりと箒は浮き上がり、俺はサーフボードに乗ったサーファーのように空に駆け出した。

(…散々仕込まれた箒の技術が、今になって役に立つとはなぁ…)

軍に入りたての頃、沢原にみっちりと箒の乗り方を教え込まれた事を、俺は思い出す。
正直、当時は箒を使う訓練に意味を感じなかったものだが、後々になると案外大事なことであったのだと気付かされた。

現代のウィッチは、ストライカーユニットという機械のサポートを受けて空を駆ける。
だが、それは機械に頼りきりになってしまうという事態を招いてしまう。

だからこそ、現代のウィッチは彼女らに何の恩恵も与えてくれない箒でも自在に空を飛ぶ訓練が必要なのだ。

ストライカーなどというものが無かった時代の魔女達のように。

「…もういいよな」

暫し空の散歩を続けた俺は、箒の先を島に向け、降下していった。

「ふん。やるじゃないか」

島に戻った俺を迎えたのは、アンナの賞賛と、三人の輝かしい視線だった。

「ほら、何時まで呆けてるんだい! さっさとやりなあんた達!!」

三人を振り返り、アンナの一喝が響く。慌てて箒を構え直し、三人は箒に魔法力を送り込み始める。
だが、やはり上手くいかない。再び、それぞれの顔に焦りの影が差し始める。

「…三人とも。よく聞け」

このままでは悪循環を招きかねない、と俺が三人の前に出る。

「箒にただ魔法力を流し込むだけじゃ駄目だ。箒を、体の一部と考えろ。ゆっくりと受け入れるんだ」

俺の言葉の意味をいち早く汲み取り、実行に移したのはペリーヌだった。

「箒を体の一部に…箒と、一体に…」

呟き、目を閉じて意識を集中するペリーヌ。徐々に彼女の足元の魔法陣が広がり、安定してゆく。そして、

「…あ、あら…? 私…飛べて、ますの…?」

先程よりも遥かに安定して、ゆっくりと数メートルも上昇するペリーヌ。ようやく、コツを掴んだらしい。
ペリーヌの様子を参考に、宮藤とリーネも同じく集中し、浮き上がり始める。

「と…飛べたー!」

「やったね、芳佳ちゃん!」

浮き上がりながら、はしゃぐ二人。見る見るうちに、最早地上からはほとんど見えない高度まで上る三人。

「…やれやれ。ちょっと浮いただけで喜ばれてもねぇ」

そう言うと、アンナは箒を持ち上げ、椅子のように腰掛ける。そしてそのまま器用に、三人を遥かに凌ぐ速度で上昇する。
取り残されたままなのも何なので、俺も箒を一本新しく持ち出し、先程のように上に乗って空を走る。

俺がアンナと同じ高度に達した時には、アンナに再び活を入れられたのか、三人が一目散に水場の方へ飛んでいった後だった。

「…やれやれ」

箒に腰掛けて足を組んだまま、溜息を吐くアンナ。

「どうですか? あいつらは」

俺が小さくなっていく三人の背中を見送りながら、アンナにここまでの評価を聞く。

「ま、あの程度じゃ合格はまだやれないね」

「…ですよね」

俺は苦笑しつつ、箒から足を外し、すとんと箒に腰掛ける。
暫し、二人の間に沈黙が降りる。ふと俺がアンナの方を見ると、二人の視線がぶつかった。

「…アンタ。今、孤独かい?」

孤独。心のどこかで引っかかっていたその言葉をアンナの口から聞くとは思わなかった俺は、返す言葉を数瞬失った。

「…まさか。俺には、仲間がいます。孤独では、ありませんよ」

「そうかい? でもアンタ…」

そこでアンナは鋭い目で俺を睨む。まるで心の奥底まで見透かすような視線に、俺は無意識に目を逸らしてしまう。




「心の何処かで、一人で戦っている気になってないかい?」




俺の心臓が、跳ねた。
何故かは分からないが、自分でも分からない何かを抉られたような感覚に襲われる俺。

「…ふん。まあ、いいさ。それより…」

アンナは視線を俺から下方、先程までいた地上を見下ろす。

「あの子達は、一体どうやって水を運ぶつもりなのかね?」

その視線の先には、水を入れるためのタライ。

「…ああ。まあ、今に気付いて帰ってくるでしょうよ」

俺は自分でも分からない思いをそっと包み隠し、苦笑しながら両手を肩の高さに持ち上げる。



数十分後、タライの存在を思い出してすごすごと帰ってきた三人に、俺はさらに苦笑を深めた。






―小島 アンナ宅―






結局、ペリーヌ達は時間と水の重さの都合で、満足に水を運ぶことができないまま夜を迎えてしまった。

風呂に入りたかった、等と呟きながらも瞬く間に深い眠りに落ちていった宮藤とリーネの隣で、ペリーヌがむくりと上半身を起こす。

「…俺さん?」

何かを探すように暗い部屋を見回し、やがて床のある一点でペリーヌの目が止まる。
そこには、一枚の毛布が敷かれている。が、そこに包まっているべき人影が見当たらなかった。

アンナの手によって四人は纏めて同じ部屋にぶち込まれ、ペリーヌ達三人がベッドで、俺が床で寝るという構図になったのだ。

(…どこに行ったのかしら)

ベッドサイドに置いていた眼鏡を手に取り、二人を起こさないようにゆっくりと床に足を下ろすペリーヌ。

耳を澄ますが、家の中はしんとしている。誰かがどこかで動いている様子は無い。となると、

「外…?」

こんな夜更けに俺は外に何をしに行ったのだろう、とペリーヌは一瞬考え、直接聞いてみればいいとそっと部屋を出た。






―小島 アンナ宅前―






ペリーヌが俺を探し出すのに、そう時間はかからなかった。
俺は、昼間彼女達が散々箒に苦労させられた、家の前の広場に仰向けに寝転がっていた。

そっとペリーヌが近づくと、俺は僅かに頭を動かし、

「…ピエレッテ? 眠れないのか?」

ペリーヌを見ずに、そう言った。

「気付いていらしたんですの。よく私だと分かりましたわね」

ペリーヌは夜風に流れる髪をそっと撫で、俺の隣に腰掛ける。

「ん、ピエレッテだからな」

両手を頭の下で組み、枕代わりにした俺が、ペリーヌを見てそっと微笑む。

(もう…)

思わず緩みそうになってしまう顔を自制しながら、内心で呟くペリーヌ。
意識しているのか否かは別にして、俺はこういった発言を度々何の臆面も無く口にする所がある。

「座ってないで、寝転んでみるといい」

俺が再び夜空に視線を戻し、そう催促する。ペリーヌは素直に足を伸ばし、俺の隣に寝転がった。

視界一杯に広がる夜空と星達、そして煌々と輝く月。知らず、ペリーヌはそれらが浮かぶ夜空のスクリーンに目を奪われた。

「…綺麗だよな」

「ええ…とても、綺麗ですわね」

ふと、俺が右手をそっと持ち上げ、翳す。そしてその手を、何かを掴むように閉じる。

「やっぱり…遠いよな。あんなに近くに見えるのに」

そして、苦笑。ペリーヌは、そんな俺の子どもじみた一面に微笑み、

「俺さんにも、そういうところがあるんですね」

と言ってくすくすと笑う。

「…どういう意味だよ」

ペリーヌに苦笑を向けながら、俺は右手を地面に下ろす。その右手とペリーヌの左手が、そっと繋がる。

「ふふ…何でもありませんわよ」

繋いだ手はそのまま、半分寝返りを打つようにペリーヌが体ごと俺の方を向く。
ペリーヌの動きを逆方向で模倣し、同じく体を横にする俺。二人の、楽しげな視線が絡み合う。

「…ねぇ、俺さん?」

「ん?」

ふと、ペリーヌがやや上目遣いで言う。

「もし、ネウロイがこの世からいなくなったら…俺さんは一体、どうします?」

「ん…」

考えたことも無かった、といった表情で暫し考え込む俺。

「…まあ、色々出来ることはあるだろうけど、一つだけ、もう決めてることがあるんだ」

「一つだけ? …聞いても、よろしいですの?」

そう言ったペリーヌに、俺は優しく微笑み、告げる。

「…いつ、何処にいようとも、ピエレッテとずっと一緒にいること」

何の飾り気も無い、ありきたりとも言えるシンプルな言葉。
それは自然にペリーヌの心に入り込み、彼女の心を暖かく満たしてゆく。

「そりゃ、物理的には一緒にいられないことがあるかもしれないが…」

俺はそう言うと、ペリーヌの胸元にそっと左手の指を置く。

「俺の心は、ずっとここにいるから」

まっすぐな言葉が、それ故に俺の胸中をストレートに映し出す。
ペリーヌは、もう朱色の差した頬の緩みを抑えることが出来なかった。

「…もう。…俺さん。貴方のおかげで、私も一つだけ、決めたことがあるんですのよ」

ん? という表情で首を傾げる俺に、ペリーヌは微笑んで言った。

「私はずっと、貴方を好きな私でいますわ。貴方と、ずっと一緒にいるために」

ペリーヌの言葉と想いが、俺の心にも染み渡る。

繋いだ手が、ほんのりと温もりを増していく。心地良い夜風が、二人の間を吹き抜ける。

「…もう少し、寄ってもいいですか?」

自分の言ったことがやや恥ずかしくなったのか、顔を先程よりも赤くしながらペリーヌが俺に擦り寄る。
俺は苦笑しながら、ペリーヌを迎え入れる。

「俺さんは暖かいですわ…」

やや薄着だったペリーヌは、ちょうどいい湯たんぽを見つけた猫のように俺にくっつく。

「まあ、ピエレッテよりは厚着だしな」

そう返し、俺は空いた手でペリーヌの髪をそっと撫でる。

(…本当に、気が利くのか利かないのか分からない方ですわね…)

ペリーヌは内心で文句を言いながら、俺の手に身を任せる。
先程のようなことを平然と言ってのけるのも、こう言ったムードも何も無いことを口にするのも、俺と言う人間の一面なのだろう。

(なんで、この方だったんでしょう…?)

不意に、ペリーヌはそう思った。
自分はこうも軽々しく恋に落ちるような人間ではないと、そう思っていたのに。

(生きていれば、何があるか分からないものですわね…)

ペリーヌがそう考えていると、ふとペリーヌを撫でる手が止まる。思わず、ペリーヌは顔を上げる。

「…少し、風が強くなってきたな」

俺が言った言葉にペリーヌが顔を上げると、確かに風が強く吹き始めていた。

「あまり冷えるのもよくないな。そろそろ引っ込むか」

俺はそう言って、そっとペリーヌの体から離れて上半身を起こす。

「あ…」

ペリーヌが名残惜しそうに、俺に手を伸ばし、すぐに引っ込める。そんな様を見た俺は一瞬微笑むと、

「…んぅ!?」

不意打ち気味に、体を起こそうとしていたペリーヌの唇を奪う。

「あ…今…っ」

ぺたんと尻餅をつく様な体勢のまま、ペリーヌが一気に顔を真っ赤に染める。

「ふふ…可愛いな、ピエレッテは」

一足先に立ち上がった俺は、悪戯が成功した子どものようににやりと笑う。
ペリーヌは呆然とその顔を見上げた後…ふい、と拗ねる様に顔を背けてしまう。

「…ばか」

だが、口調とは裏腹に、ペリーヌの口は緩みっ放しだった。
土を払って立ち上がり、俺を見上げる。赤面したまま、何かをねだるような眼差しで。

「…今度は、ちゃんとしてください」

そう言って目を閉じる猫のお姫様に、黒いワタリガラスはそっと微笑んで、優しいキスを贈る。


鮮やかに輝く星達と月だけが、一つの影を照らし続けていた。
最終更新:2013年02月03日 16:39