―第501統合戦闘航空団ロマーニャ基地 俺・ペリーヌ自室―
「…ん…」
穏やかな日差しの中、ペリーヌがゆっくりと目を覚ます。
体感時間では、起床時間よりやや早い時間。ふわ、と欠伸を一つ浮かべると、ふと隣に目を向ける。
そこには、すやすやと寝息を立てて眠る俺の姿がある。
(起床時間まであと少しありますし…もうちょっとだけ…)
ペリーヌは再びベッドに潜り込むと、俺の腕の中に入り込む。寝ている為か、俺の体温はいつもより高い。
(暖かい…幸せですわぁ…)
ふにゃ、と表情をだらしなく崩し、自分だけの幸せを満喫するペリーヌ。
俺の温もりに包まれ、このままずっと過ごしていたいという想いがペリーヌを誘惑する。だが、そうもいかない。それでも、
(はふぅ…)
時間が許す限りは、俺にくっついていようと決めたペリーヌは、再びその目を閉じる。
起床時間まで、残り一時間。
それまで、彼女の幸せな時間は続いた。
―同隊同基地 ブリーフィングルーム―
「…という訳で、
シャーリーさん以下四名に、補給任務に就いてもらいます」
予想を遥かに上回る速さで部隊員が集合したため、ロマーニャ基地の備蓄が底をつきかけていた。
その為、宮藤、リーネ、ルッキーニ、シャーリーの四名に補給任務が言い渡された。
「シャーリーさん、トラックの運転はよろしくお願いね」
「了解!」
テンションの上がり気味なシャーリーに反比例して、リーネの顔色が青ざめていく。
「あ、あの、ミーナ隊長…私、やっぱり私は留守番で…」
おずおずと手を上げ、小さくなりながらもそう提言するリーネ。
「え? ええ。いいわよ。じゃあ、改めて三人にお願いしますね」
「了解! リーネちゃん、何か欲しいものある?」
宮藤が意気揚々と返事をし、不参加のリーネに欲しいものを聞く宮藤。
「そうね。宮藤さん、他の人にも必要なものを聞いて回ってもらえるかしら?」
「はーい! ペリーヌさんは何かありますか?」
ミーナの言葉に、嬉々として答えた宮藤が、今度はペリーヌに話を振る。
だが、ペリーヌは険しい顔で他所を向きながら、
「結構ですわ」
と、刺々しく言い放つ。
「えー。でも…」
「いいと言っているでしょう!?」
ガタン、と音を立てて立ち上がり、そのままブリーフィングルームを出て行ってしまうペリーヌ。
「おい、ペリーヌ!」
俺も慌てて立ち上がり、後を追おうとするが、ふとその動きが止まる。
(…まあ、リーネが一応説明はしてくれるか)
ペリーヌは、
ガリア復興のために資財も俸給もそのほとんどを投げ打っている。そのため、自分に気を回す余裕があまり無いのだ。
そのことを宮藤に説明しようか一瞬迷った俺だったが、その事情を知っているリーネがその場にいたため、ペリーヌを追うことに決めた。
考えをまとめ、ミーナに頭を下げてから俺はペリーヌを追って部屋を出た。
―同隊同基地 廊下―
「ピエレッテ!」
廊下を足早に進むペリーヌに、俺が追いつくのはさほど時間はかからなかった。
周りを少し気にしつつ俺がその名を呼ぶと、ペリーヌの足がぴたりと止まる。
「全く…あんな言い方は流石に無いだろう?」
苦笑しながらペリーヌの正面に周る俺。俺の言葉に、不服げな顔を上げるペリーヌ。
「…分かっていますわよ…でも…でも…」
再び俯くペリーヌに、俺は困ったように後頭部を掻く。
(どうしたものか…)
ペリーヌも、欲しいものが全く無い訳ではないだろう。
だが、金銭面もそうだが、ペリーヌは中々素直になれないところがある。俺も、それはよく知っていた。
何か宮藤に頼んで、ペリーヌに機嫌を直してもらうための何かを買ってきてもらおうかと思案するが、一瞬でその考えを却下する俺。
(それなら、俺が自分で買ったほうがいいよな…)
そもそも、人に渡すものを他人に任せるのも妙な話だ、と俺は再び思案し…ふと、あることを思いつく。
「なあピエレッテ。たまの機会だし、デートでもしないか?」
俺の言葉に、ペリーヌがばっと顔を上げた。先程の不機嫌さは鳴りを潜め、何を言われたのか分からない、といった表情。
それが、一瞬の後に爆発した。
「で、で、でーと…?」
「ああ。ガリアでも結構忙しかったし、ここに来てから二人でゆっくり話す機会も無かったしな。…って、ピエレッテ?」
「おれさんと…で、でーと…ふたりっきりで…」
俺がペリーヌの顔の前で軽く手を振るが、ペリーヌは赤面したまま何かをぶつぶつと呟き続ける。首を傾げる俺。
「えっと…行かないのか?」
「い、行きます! 行かせてください!!」
ぴんと背筋を伸ばし、勢いよく返事をするペリーヌに、一瞬俺はたじろぐが、苦笑しながら言葉を返す。
「そ、そうか。じゃあ俺はミーナ隊長に外出許可をもらってくるから、準備して待っててくれ」
「はい!」
どうやら機嫌はすっかり直ったらしいペリーヌは笑顔でそう返事すると、足取り軽く歩き去っていった。
(…外出許可、もらえなかったらどうしようか)
恐ろしいことを考えながら、俺も再びミーナに会う為に歩き出した。
―ロマーニャ ローマ市内―
特に問題も無くミーナから許可を得た俺とペリーヌは、サイドカー付きのバイクを走らせてローマの町に入った。
バイクを適当な場所に止めて降りる二人。
やや輝いた目で辺りの喧騒と景色を見回し、そう呟くペリーヌ。
「俺は、確か二度目だな。昔一度立ち寄ったよ」
ま、補給だけだったけどな、と俺は付け加え、ペリーヌを見る。
「じゃ、まず何処に行く?」
まだ昼時には早い時間。適当に見物して、それまでの時間を過ごすのも悪くないだろう。
「そうですわね…」
ペリーヌは手を頬に当てて、数瞬悩む素振りを見せた。が、すぐにその顔を上げ、
「俺さんと一緒に、色々見て回りたいですわ」
笑顔でそう言ってくれるペリーヌに俺はくすりと笑うと、ペリーヌの手をそっと取る。
あ、と息を漏らして赤面するペリーヌに、俺は一言。
「はぐれたら事だしな。…それに、せっかくのデートだ」
何の臆面も無く、周りの目も気にしない俺の言葉にペリーヌはさらに真っ赤になって視線を落とし、
「もう…ばか…」
だが、その手は離さない。遠慮がちに、だが離すまいとぎゅっと握る。そんなペリーヌに、俺は笑みを深くする。
「じゃあ、行こうか」
そうして、二人はローマの喧騒に向かって歩き出す。
(シャーリー達には悪いが、折角の機会だ。満喫させてもらおうか)
などと考えながら。
「…あれ、俺さんに…ペリーヌさん?」
「しかし、本当に映画で見るような世界だな…」
俺は歩きながら周りに目を遣る。
ローマの町並みは、活気にあふれた人々が行き交う、戦争のことなど忘れてしまうような情景だった。
「え、ええ…そうですわね…あら?」
ペリーヌもその言葉に同意しつつ、しかし町並みではなく少しは自分のことを見て欲しいという気持ちのもと、握った手に僅かな自己主張をする。
そんな時、ふとペリーヌはあるものを見つけた。
「ん? どうした?」
俺がペリーヌの視線を追うと、教会の傍らに置かれた白い像が目に入った。
それに近づくと、二人は同時にその名を思い出した。
「「真実の口だな(ですわね)」」
あ…と一瞬互いに視線を合わせ、くすりと微笑み、視線を像に戻す。
「確か…偽りの心があると、口に入れた手が抜けなくなるんだったか?」
俺がその白い顔を一通り眺めて、ぽっかりと空いた口を見ながら言う。
「手首を切り落とされる、とも聞きますわね。…俺さん、どうですか?」
ペリーヌの言葉に、ふむ、と少し考えながら俺は口に手を入れる。
映画では、男が手を突っ込んだ時に手を切られたフリを演じていたが、俺は少ししてから普通に手を抜いた。
「ふう。ピエレッテもどうだ?」
俺が場所を譲ると、ペリーヌは口を正面から覗き込み、慎重に口に手を入れる。
ペリーヌも手が抜けなくなる、といったようなことは無く、しばやくしてからするりと手を抜く。
「まあ、当然のことですわ」
笑いながらそう言うペリーヌに、俺も自然と笑顔となる。
「ん、じゃあ行こうか」
いい土産話に、と思いつつ、俺とペリーヌは自然と互いに手を取って歩き出す。ペリーヌもそれに続く。
二人には、例え逸話が真実であったとしても、手が抜けなくなる気はまったくしなかった。
何故なら、
(まあ、俺がピエレッテのことを好きなのは事実だしな)
(わ、私が俺さんのことを…その…す、すきだというのは、事実ですから)
少ししてから、そんな自分達の思考に頬を暖かくさせながらも、二人は幸福感を抱えたまま再びローマの街並みに溶け込んだ。
「ほうほう、あの二人がデートねぇ…」
「ペリーヌさん、いいなぁ…」
黒と青の背中を、見つめる瞳が四つ。言うまでも無く、シャーリーと宮藤だ。
「でも、ルッキーニちゃん何処行っちゃったんでしょうか…」
宮藤が心配そうに二人から視線を外し、辺りを見回す。
「ルッキーニなら大丈夫だろ。今はこっちだ」
きっぱりと言い放ち、二人の背中から目を離さないシャーリー。
二人は補給任務中にはぐれたルッキーニを探している途中だったのだが、宮藤が俺達を見つけてからのシャーリーの切り替えは早かった。
「ま、金はほとんどルッキーニが持っていったしな。今あたしらにできることは、あいつらのデートを見届けることだけだな」
「シャーリーさん、そんな…」
「お前だって口元が緩んでるぞ?」
シャーリーのその指摘に、はっと口元に手を当てる宮藤。真っ赤になる顔をシャーリーはニヤニヤと眺め、
「行くか?」
「…はい」
かくして、シャーリーと宮藤による『俺・ペリーヌのデートを見守ろう大作戦』が開始された。
…二人が立ち去った後、真実の口の許にルッキーニと見知らぬ少女が訪れたことは、彼女たち以外誰も知らないことだった。
一方、宮藤とシャーリーに尾行されているとは露知らず、ローマの街並みを歩く俺とペリーヌ。
ふと、泉の広場の近くに移動型のアイスの屋台を俺が見つけた。
「折角だし、買っていくかな。ピエレッテ、一緒に食うか?」
昼前ではあるが、何となく買う気分になった俺は、ペリーヌに話を振る。
ペリーヌは少し考えた後、頷いた。
二人で屋台に歩み寄ると、気の良さそうな店員が二人に輝く営業スマイルを向けた。
「いらっしゃい! 何にします?」
「そうだな…ピエレッテ、何味にする?」
「そうですわね…じゃあ、ブルーベリーで」
「ん、じゃあブルーベリーとバニラで」
俺が注文を告げると、店員はテキパキとアイスを仕上げて、すぐにアイスを手渡してきた。
それを受け取り、懐から二つ分の代金を出した俺を見て、ペリーヌが思わずといった口調で声を挟んだ。
「お、俺さん、自分の分くらいは…」
「ん? このくらい、いいって」
そう言って笑顔で言う俺に、思わず赤面するペリーヌ。
(もう…どうしてこう、この笑顔には反論できないのでしょうか…)
ペリーヌは押し黙ると同時に、想い人の笑顔と、その人に何かをもらうという行為に、言いようの無い幸福感を感じていた。
アイスを受け取り、思わずもじもじとしながら、
「ありがとうございます…」
と、赤面を更に深めるペリーヌ。そんなペリーヌを見て、俺の表情も幸福そうに緩む。
「いやぁ、熱い熱い。お二人さん、幸せにね!」
店員がその二人の様子を見て、そう囃し立てた。
「はは…」
「…」
俺は苦笑で、ペリーヌは真っ赤な顔を俯かせてそれに応じた。
そのまま屋台を離れ、二人は泉の縁に腰掛けた。
「さ、溶けない内に食うとするか」
「ええ。いただきます」
ペリーヌは笑顔で小さなスプーンを持ち、アイスを一口口に入れる。
それを微笑みながら見ていた俺も、アイスを口に運ぶ。
「お、結構美味いな」
「思ったより美味しいですわ」
予想以上に美味いアイスに二人は若干驚きながら、冷たいアイスを嚥下していく。
「俺さんのも美味しそうですわね…」
ふと、ペリーヌが俺の手元を見ながら言う。
「食ってみるか?」
そう言って、俺はスプーンでアイスを掬うと、ペリーヌの口の前までそれを持っていった。
「…ふぇ!?」
予想していなかった俺の行動に、間の抜けた声を上げて驚くペリーヌ。一旦は引いた顔の熱が再び戻ってくる。
「どうした?」
俺は首を傾げながら、スプーンを軽く動かして催促する。
(う、うう…嬉しいのですが、その…周りの方が…)
赤い顔のまま辺りを窺うペリーヌの視界には、こちらの様子を明らかに面白がって見ている人が何人かいた。
外見的には間違いなく美少女に分類されるであろうペリーヌと、真っ黒な軍服を着込んだ俺。その組み合わせは、周りの目を十分に引いていたのだ。
「?」
一方、そんなことなど全く意に介さない俺は、スプーンを下ろす素振りは無い。
(恥ずかしいですわ…ですけど…)
ややあって覚悟を決めたペリーヌは、目を閉じて口を小さく開ける。俺は微笑むと、その口にスプーンをそっと入れる。
熱を帯びた顔を硬直させ、スプーンの上のアイスを舐め取るペリーヌ。
甘い。けれど、アイスの甘さだけではないような、不思議な甘さだとペリーヌは思った。
そして、俺がスプーンを引き抜くと、ペリーヌは未だに真っ赤な顔のまま、熱に浮かされたような顔でぼうっと俺を見る。
何故かその様子がとても愛おしく見えた俺は、ペリーヌの頭にそっと手を置いた。
「可愛いな」
そう言いながら撫でていると、ペリーヌは心底心地良さそうに俺の手にされるがままになる。
だが、一瞬で状況を思い出すとばっとその手を払う。
「お、お、俺さん! その、周りのことも…!」
「周りがどうした?」
きょとんとした顔で逆に聞き返し、ようやく周りを見回す俺。
そこで、くすくすと笑い、あるいはもっとやれとばかりに口笛を吹く取り巻きと目が合い、俺は堪らず苦笑する。
「あー…まあ、いいか。大丈夫、俺は気にしない」
「私が気にしますのよ!」
冗談だって、と笑う俺に、ペリーヌはもう、とそっぽを向く。
実際のところはペリーヌが全く怒ってないと知りつつ、俺は苦笑しながらペリーヌをなだめにかかった。
「いやー…イチャイチャしてんなぁ…」
「ペリーヌさん、羨ましいなぁ…」
泉の付近の人ごみと物陰に巧妙に隠れたシャーリーと宮藤は、そんな二人の様子をニヤニヤしながら眺めていた。
「あのアイス美味そうだな…後であたしらも行ってみっか」
シャーリーが屋台を眺めてる間に、俺とペリーヌが腰を上げた。
「シャーリーさんシャーリーさん! 二人が行きますよ!」
「お、よし!」
ほぼ完璧に、自然に、常に間に人を挟み、俺とペリーヌを尾行していく二人。
「わ、わ! 見てください! 手繋いでますよ!」
「しかもあんなに近づきやがって…これはルッキーニの奴にいい話が聞かせられそうだな…」
宮藤は真っ赤な顔で興奮しながら、シャーリーはルッキーニにいい土産話が出来るとほくそ笑む。
「次はあいつらどこに行くんだ…?」
「なんかワクワクしますね!」
二人は期待一杯といった表情で、二人に悟られないように尾行を続行する。
「…ん、そろそろ十二時か。何処かで何か食うか?」
ふと時計を確認した俺が、そうペリーヌに告げた。
「そうですわね…折角ローマに来たのですから…」
二人に尾行されていることなど知らず、楽しそうな目で辺りを見回すペリーヌ。
「あそこなんていかがです?」
そう言って、ペリーヌはある店を指差した。
やや崩し気味にロマーニャ語で描かれた店の名前は分からなかったが、大きくパスタが描かれた看板が入り口の上に据えられている。
「パスタか…いいな。ここにするか」
二人は手を繋いだまま店の扉を開ける。中は昼時だという事もあってか、中々に混んでいた。
「どこか空いてるところは…と」
俺が辺りを見回していると、ぽんと横合いからその肩が叩かれた。
「俺らが今出たから、あっちが空いてるぜ。お二人さん」
俺の肩を叩いた青年が、今しがたまで自分達がいたらしい席を指差した。そこは四人席で、二人で座るには十分な席だった。
「ああ、ありがとう」
俺が微笑んで礼を返し、ペリーヌを連れて席に向かおうとした。が、突然青年が俺の肩を抱き、ペリーヌから引っ張って遠ざけた。
そして、ペリーヌには聞こえないように囁く。
「なあ兄ちゃん。あっちの連れの可愛い子、どうやって口説いたんだい?」
一瞬銃に手を伸ばしかけた俺だったが、その青年の言葉と、ニヤニヤした表情に身体の力を抜いた。
よく見れば、青年の友人と思しき残りの二人も同じように興味津々と言った様子だった。
「あー…それは、まあ、企業秘密って奴だよ」
お決まりの文句と共に、苦笑して肩をすくめる俺。青年は仕方ないな、という表情で笑って俺から腕を退かした。
「見かけによらずやるねぇ、兄ちゃん。今度、可愛い子を口説くテクを是非ご教授願いたいね」
そう言って、朗らかな笑顔と共に友人と店を出て行く青年。俺は苦笑で見送ってから、ペリーヌに向き直った。
「…俺さん。ナンパですか?」
怪訝な顔で俺を見やるペリーヌに、俺は再度苦笑した。
「男を口説いても、口説かれても嬉しくないな。さっきの、ペリーヌのこと、可愛いってさ」
「な…で、でも、俺さん以外にそんなこと言われても、嬉しくありませんわ」
そう口にしてから、あ…と顔を朱に染めるペリーヌ。
聞き耳を立てていたらしい近くの席の客が、軽く口笛を吹いて二人を囃した。
「まあ、折角席も空いたんだ。誰も来ないうちに早く座ろう」
いたたまれないですわ…と顔を赤くしたままのペリーヌの手を引き、先程の席に向かう俺。
若干の生暖かい視線を浴びながら二人が席に着くと、店員がメニューを手渡してきた。
「ふむ…どれにするかな」
俺がメニューを一瞥していると、ようやく赤面から復活したペリーヌもメニューを眺め始めた。
(全く…俺さんは、マイペースというか…もう…)
メニューを見ながら悩む俺を、同じくメニューを見ながら上目で見て内心ぼやくペリーヌ。
もっとも、先程のことは完全に彼女の自爆ではあるのだが。
「…店入っちゃいましたね」
「今から入るのは厳しいな…」
着々と尾行を続けていたシャーリーと宮藤だったが、二人が入った店の前で立ち止まる羽目になっていた。
店の中は混雑しているだろうし、何より店内だと尾行がばれるリスクが高い。主に素面を保てない宮藤によって。
「見つかったところで…いや、ここまで来て見つかるのは面白くないな」
「見つかったらちょっと怖いですね…」
二人は店の前から離れ、向かいにあったカフェに腰を落ち着けることにした。
「シャーリーさん! ここケーキがおすすめらしいですよ!」
「お、じゃあそれ頼むか」
二人はケーキと適当な飲み物を注文しながら、ふとルッキーニのことを思い出した。
「そういえば…ルッキーニちゃん、どうします?」
宮藤の言葉に、んー…と考えながらも視線は二人が入った店に釘付けのシャーリー。
「まあ、あいつは土地勘もあるし大丈夫だろ」
いいのかなぁ…と思いつつも、ケーキが運ばれた瞬間に、宮藤の頭はそちらに意識を持って行かれた。
「あ、シャーリーさん! これホントに美味しいですよ!!」
「ん?…おお、美味いなこれ! すみません、これと同じのもう一つ、いや二つ!」
因みに、二人がケーキに没頭し、追加で注文している間に、パスタを食した二人が店を出て行ったことには、当然のごとく二人の眼中外だった。
「…さて、撒けたかな?」
「…撒けたようですわ」
パスタの店を出て、喫茶店で宮藤とシャーリーがケーキに夢中になっているのを尻目に、そっと店を抜け出していた。
「まったく、二人とも甘いな。気付かれてないと思ってたのか?」
「宮藤さんのおかげでバレバレでしたわ」
ふふん、としたり顔をするペリーヌ。
実際のところ、尾行しているのがシャーリーとルッキーニであったなら、こうはいかなかっただろうな、と俺は思う。
宮藤は尾行向いてないな、と苦笑を一つしてから改めて背後を伺う。
尾行の気配は、もう完全に無い。
「もっと早く気付くべきでしたわ…」
アイスの件やら何やらを思い出したのか、顔を真っ赤にするペリーヌの横で、俺は違和感に首を捻っていた。
(確か、補給任務には三人で当たっていたはずなのに…ルッキーニは、はぐれたのか?)
まあ、いいか。と俺が気を取り直したその時。
賑やかな町を引き裂く、甲高い警報が響き渡った。瞬間、二人は思考を切り替えて素早く上空を確認する。
「ネウロイ…!」
見えた。まだ遠くのようだが、高高度を飛行し真っ直ぐにこちらへ向かってきている。
ネウロイ以外の、何物でもない。
「ちっ…市民の非難が間に合わないぞ…!!」
事態に付いていけずに右往左往し始めた民衆を見て、俺は舌打ちする。
避難誘導が開始されるまで、まだしばらくはかかるだろう。その間に、ネウロイは致命的な距離まで接近してしまう。
俺とペリーヌはストライカーを持ってきていないため、即時迎撃は不可能だ。
シャーリー達はトラックにストライカーを積んできていたようだが、すぐに緊急発進は出来ないだろう。
しかも、合流しての戦力の一点集中も出来ない。荒々しくうねる人並みをかき分けて彼女たちと合流することは、不可能に近い。
八方塞がり。だからこそ、
「…俺が行くしかないか」
俺には、ストライカーに頼らずとも空を駆ける術がある。
(…ちゃんとした解析が終わるまで発現は避けたかったが…まあ、仕方ない、な)
「ペリーヌ、避難誘導の手伝いに回ってくれ。ネウロイは、俺が何とかする」
「で、ですが…」
不安げに俺を見るペリーヌに、
「大丈夫だよ」
気休めと知って、優しい声音で言う俺。
ペリーヌに背を向け、俺はリンクを通じてヤタに呼びかける。
(…ヤタ)
(ああ、聞いてたよ。クソッタレめ。…行くぞ)
返答と同時、ヤタから膨大な魔法力を受け取り、俺は意識の錠前を開け放つ。
瞬間、漆黒の片翼がロマーニャの町に顕現する。
その様子を見た民衆がパニックを起こしかけるが、俺にはそちらまで気にしている余裕はなかった。
「…俺さん」
俺が翼を大きく広げて今にも飛び立とうとした瞬間、ペリーヌが俺を呼び止めた。
「…ピエレッテ?」
ペリーヌは、何かを決めたような険しい顔をして、俺の前に立つ。
「成功する保証はありませんが…」
ペリーヌがそう言って俺にまた一歩近づき、使い魔の耳と尻尾を表出させる。
「…どうか、私の力も、貴方と共に…」
俺が訝しげな顔をして口を開いた瞬間、その唇はペリーヌのそれによって塞がれていた。
(!?)
突然の出来事に、俺の頭がパニックを落としかけた瞬間、
俺の内で、何かが脈動した。
(なん…!?)
ペリーヌの唇から、確かな暖かさと、意志と、想いが伝わってくる。
それは俺の内側を焦がすほどの奔流となって、俺の全身を駆け抜けた。
「ん…はぁっ…」
紅潮した顔を離して、切なげに俺を見上げるペリーヌに真意を問いただそうとすると、
「これ…は…!?」
俺の左背から顕現した片翼に、変化が起きていた。
翼全体がうっすらと光を放ち、紫電が翼を駆け抜ける。これは、まるで、
「ピエレッテの…固有魔法…?」
「上手くいったみたい…ですわね…」
ペリーヌが耳と尻尾を仕舞い、疲れ切った様子で言う。
「説明は後で致しますわ…俺さんは…ネウロイを、お願いしますわ」
「…ああ」
俺は頷くと同時に、大きく翼をはばたかせた。急上昇し、ネウロイと同高度に達する。
(体が軽い…ピエレッテの魔法力を、受け渡されたのか…?)
そんな技術を何処で…と一瞬考えかける俺だが、ネウロイが発する不快な音に意識を戦場に戻す。
「…悪いな」
紫電を纏った片翼を大きく開き、右手に魔法力を集中する。
大きく横に振り被った俺の右手に握られていたのは、優に100メートルはあろうかという、漆黒の剣。
「とっくに、チェックメイトだったらしい」
剣にありったけの魔法力と雷撃を漲らせ、ネウロイ目掛けて、剣を薙いだ。
雲を、大気を切り裂きながら迫る雷撃の剣に、ネウロイは為す術も無く、一瞬で欠片も残さず消滅した。
剣が消失した後も、剣の軌道上であった大気には紫電が舞い、風が狂ったように舞う。
俺はネウロイを消滅させた力より、あれだけの力を振るってもなお余力のある自らに驚いていた。
「…孤独、ね」
なんとなく、俺はこの片翼の一端を掴んだ気がした。
ふと、視線を下に落とせば、宮藤、シャーリー、ルッキーニがストライカーで上がってきていた。
「俺! 何だ今の…てか、ネウロイは!?」
「…ああ、もう撃墜した」
撃墜って、と言葉を失うシャーリー達に苦笑していると、俺のインカムに通信が入った。
≪俺さん、大丈夫ですか?≫
「ああ。ネウロイは撃墜した。そっちはどうだ?」
≪下は大騒ぎですわ。『天使がネウロイを落とした』って、色んな方が言ってますわ。ふふっ≫
上機嫌なペリーヌにインカム越しに苦笑を返し、
「とりあえず、今からそっちに降りるよ」
≪お待ちしておりますわ≫
通信を切ると、俺は一息ついてシャーリー達に向き直る。
「で、さっきまでの尾行の話だが…まあ、基地に帰ってから追々な」
ぎっくぅ!! と身を縮こまらせた宮藤とシャーリー。訳が分からない、といった様子で首を傾げるルッキーニ。
三様の反応に俺はもう一つ苦笑して、ペリーヌの待つ地上へと高度を落としていった。
―第501統合戦闘航空団ロマーニャ基地 執務室―
「…二人とも、何故呼び出されたか分かりますか?」
あのロマーニャの出来事の翌日。
俺とペリーヌは、二人そろって朝から執務室に呼び出されていた。
「いえ…その、心当たりが…」
「わ、私も…」
何故ミーナがこめかみに青筋を浮かべているのか、二人にはさっぱりだった。
そんな二人に、ミーナは黙って新聞を二人に渡す。ロマーニャ発行のその新聞の一面には、
「「…!?」」
ネウロイの侵攻でパニックに陥る民衆の中、堂々とキスを交わす二人が大写しになっていた。
見出しは、『ロマーニャに舞い降りた女神と天使』であった。
というか、傍から見れば空気の読めない不純異性交遊そのものであった。
冷や汗が止まらない二人に、ミーナはさらに笑顔を深める。
「この新聞が発行されてから、もう上層部から何件クレームが来たか、数えて教えて差し上げましょうか?」
「み、ミーナ隊長! これには事情が…!」
「そ、そうですわ! とても深い事情がありまして…!」
ほぼ同時に弁解を始めようとした二人だったが、ミーナの発する冷気に口を噤む。
「…少しは反省しなさい!!」
「「すみませんでしたぁ!!」」
この一件で、ミーナの心労が加速したことは、付記するまでも無かった。
―同隊同基地 俺・ペリーヌ自室―
「…いやまさか。今日一日新聞の件でからかわれるとはなぁ…」
「散々でしたわ…」
ミーナにこっぴどく叱られた日の夜。
二人はベッドで、今日一日のことを振り返っては、苦笑とため息を漏らしていた。
朝ミーナに解放されてから、会う人全てに新聞の件でからかわれ、追い掛け回され、もう散々な目に遭ったのだった。
「特にバルクホルンは凄まじかったなぁ…」
「俺さんを殺しそうな勢いでしたわね…」
固有魔法まで発現させて首を締め上げられた俺としては、もう苦笑を浮かべるしかなかった。
「そういえば、ピエレッテ?」
俺はふと、例のロマーニャでのことを思い出す。
結局、あの時のことは聞こうとして、聞かず仕舞いだったのだ。
「あの時のあれは…どういう意味があったんだ?」
「ああ…説明していませんでしたわね」
ペリーヌはもぞもぞと動いてベッドの中の位置を微調整しながら、俺の腕に収まり直す。
「以前ガリアに戻った際に、実家の魔法医に関する資料を見つけたんです」
他の家財と一緒に売ってしまいましたが、と付け足して続けた。
「その中に、自身の魔法力をそのまま相手に流して…相手の体調や怪我に内側から働きかける、という技術を見つけましたの」
まああまり普及しなかった技術のようでしたが、とペリーヌは締めた。
「なるほど。それでピエレッテの魔法力を…」
「ええ。流石に、一度に多用は出来ませんが」
「むしろ止めてくれ。あまりピエレッテに負担はかけたくない」
ペリーヌを包む様に抱きしめて、俺は言う。
「大丈夫ですわ。でも…ありがとう」
俺の背中に腕を回して、ペリーヌは嬉しそうに微笑む。
「…俺さんの翼は…」
「ん?」
しばらくの沈黙が続いた後、不意にペリーヌがそう切り出した。
「俺さんの翼は、どういうものなのでしょうね…」
「…ああ」
未だ俺でさえも解明に至ってない漆黒の片翼。
先のロマーニャの件で俺は自分なりに見当をつけたとはいえ、まだまだ全面の解明は遠そうだ、と俺はため息を吐く。
「…でも、これは。ピエレッテを…誰かを助ける、護る為の力だ」
文字通り、誰かを翼く(たすく)ための翼。
片翼…もしかしたら、そこに翼の何らかのヒントがあるのかもしれないと俺は踏んだが、
「まあ、正直使えれば何でもいい。それでピエレッテを護れるのなら…な」
結局は、そういうことだ。
ペリーヌと一緒にいるために、ペリーヌを護るために役立つ力なら、俺は何だって使う。
「…無理はしないでください」
「分かってるよ」
俺は安心させるようにペリーヌの頭に手を置いて、ゆっくりと撫でる。
「…ふゎ…俺さん…」
欠伸交じりに俺の胸に額を押し付けるペリーヌ。
「…そろそろ寝るか。明日も早いしな」
「はい…私が寝付くまで、撫でてください…」
そう甘えてくるペリーヌに、俺は微笑みを抑えきれない。
「分かったよ…おやすみ、ピエレッテ」
「おやすみなさい…おれさん…」
程なくして、ペリーヌの口から静かな寝息が漏れてくる。
(…孤独…片翼、か…)
考えることは山積しているが、すぐに俺にも睡魔は襲ってきた。
胸中でもう一度ペリーヌの名を呼んでから、俺もそっと意識を手放した。
扶桑近海で人型ネウロイが小規模な巣を率いて出現、艦船の襲撃を開始した。
その人型ネウロイを確認した沢原は、即座に伝令を飛ばす。
それが何を意味し、俺とペリーヌに何をもたらすのかは、まだ二人は知らない。
「ああ…そうだったな。俺はもう、一人じゃないんだ」
最終更新:2013年02月03日 16:40