クルピンスキー「ねぇ、エディータ。ガランド少将がここへ来るって話・・・・・・聞いた?」

ラウンジにて共に卓に着くロスマンに向かって頬杖を突きながら、クルピンスキーは気だるげな表情を浮かべ、空いた手で湯気と仄かに甘い香りを漂わせるティーカップの側面を繊手で撫でる。
淹れたばかりなせいかカップは紅茶の熱気によって温められていた。
ここ最近はネウロイの行動も観測されず、大した出撃もない。
暇を持て余す自分たちがこうしてラウンジに集まっては俺が買って来たブリタニアの菓子をつまみあうのはこれで何度目になるだろうか。
そんなことを考えていると今朝の食事の時にラルから聞かされた話を思い出し、話題にする。

ロスマン「えぇ。各部隊を視察するみたいで最初は私たち502らしいわね」

ニパ「ガランド少将って確か・・・・・・」

サーシャ「俺さんをこの部隊に派遣した人ですよ」

同じように別のテーブルでトランプ遊びに興じていたニパとポクルイーシキンが手を止めて、二人に目線を移す。

ジョゼ「どんな方なんでしょうか・・・・・・?」

定子「少将ともなると・・・・・・きっとすごい人ですよ」

クルピンスキー「そうだね。ウィッチとして最高の階級だし、撃墜数も100機を超えるエースだよ」

管野「ぅわ・・・・・・」

ニパ「そんなにすごい人なんだ・・・・・・」

ロスマン「新技術への理解も深く、おまけに現場主義だからウィッチたちの信頼も厚いの」

クルピンスキー「僕も少しの間だけ少将の部隊に所属してたんだよ」

レシプロストライカーに代わる新型のジェットストライカーユニット。
ガランド自らもテスト飛行を行う試験部隊ことJV44に参加していた経験があったクルピンスキーは懐かしむようにそのことを口にした。


ジョゼ「そんな方が来るなんて・・・・・・何だか緊張してきました」

クルピンスキー「もう! 可愛いなぁ! 今夜僕と一緒にお酒でも・・・・・・っていたいたい!」

ロスマン「あなたはすぐそれなんだから。お願いだから少将にまでそういうことしないでよね?」

ガランドの経歴を聞かされ縮こまってしまったジョゼににじり寄るクルピンスキーの頬をロスマンが抓り上げた。

クルピンスキー「あいたたた。分かってるよ。いくら僕でも少将には勝てそうにないしね」

解放され赤くなった頬を擦りながら、クルピンスキーは悪戯めいた表情で窓辺へと歩み、ガラス越しの青空を見上げた。





輸送機の窓越しから見える光景に視線を落としてみれば、眼下を覆うバルト海がその清々しいまでの蒼を晒し、遥か彼方にはウラルの山々が微かにその姿を見え隠れさせていた。
普段ならば耳障りにしか聞こえない輸送機のエンジンが立てる駆動音も、その日はやけに心地良く感じられる。
すらっとした長い脚を組むガランドは首から提げる小銃用照準眼鏡を手の平の中で転がしながら、平和を保ち続ける景色を眺める景色に頬を緩めた。

ガランド「こんな綺麗な景色を見せられると世界がネウロイの脅威に脅かされているということが嘘みたいだ」

もちろん人類とネウロイの戦争は今も続いている。ガリアやオストマルクといった欧州の国々は未だネウロイの占領下にあり、彼女の祖国でもあるカールスラントも同様にネウロイによって征服されていた。

秘書官「随分とご機嫌ですね。少将閣下」

目的地が近づくに連れて、眼前の女性の笑みが一層濃くなっていく様を見つめながら秘書官の女性は眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
整った面差しに刻み込まれた深い疲労の痕から彼女がどれだけの重荷を抱え込んでいるのかが伺える。

ガランド「おや? 秘書官君にはそう見えるかな?」

秘書官へと視線を戻し、微笑みかける。その流れるような身のこなしは舞台女優を思わせるほどの上品さに満ち溢れているというのに、何ものにも動じない堂々とした空気をも兼ね揃えているのは彼女がカールスラント空軍所属のウィッチだからだろう。
艶やかな光沢を帯びる腰まで伸びた黒髪は一見すると扶桑人のそれと見間違えてもおかしくなく、シャープな頬は口元に浮かび上がる笑みによって形の良い笑窪を晒していた。
優雅と美艶の双方を兼ね揃える白い容貌に象嵌された青い瞳に漂う優しげな色を見つけ、思わず息を呑んでしまう。同性の自分でさえも見惚れてしまうほどに彼女の青い宝玉が放つ光は魅力的であった。

ガランド「久しぶりに彼に会えるんだ。楽しみにするなと言う方が酷だと思わないか?」

秘書官「だからといって! いきなりペテルブルクに行こうだなんて急過ぎますよ!!」

おやおやと肩を竦め、特に悪びれる様子を見せ無い少将閣下に対して秘書官は声を荒立てるも、当のガランドはイジワルっぽく笑うだけだった。
それが益々彼女の怒りに油を注ぐことなる。

秘書官「閣下はもう少し自重してください!!」

しかし、彼女が持つ幼い外見がその怒気の迫力を削ぎ落としており、傍から見れば真面目な妹が自由気ままな姉に対し不平不満をぶつけているような光景にしか見えない。

ガランド「はははっ。気をつけるよ」

秘書官「もう!!」

ガランド「ふむ。もしかして……秘書官君は寒いところが嫌いなのかい?」

秘書官「確かに寒いのは嫌いですけど……あぁ……もういいです」

このまま噛み付いたところで今の状況も、ましてやガランドの悪い癖も治るわけがないのだと悟った秘書官はこれ見よがしに大きな溜息を吐いて見せると、窓の外の景色に視線を落とし、数時間前の出来事を回想する。



―――数時間前

空軍准将「これはこれはガランド少将。ごきげんよう」

会議を終え執務室へ向かう途中、通路の向こうから歩いてくる男性に二人は足を止めた。
見慣れた軍服の上着にごちゃごちゃと勲章をぶら提げたその初老の男性には見覚えがあった。

ガランド「准将殿」

空軍准将「良い天気ですな」

ガランド「用があるなら速やかに言ってもらいたい。私も暇じゃないのでね」

この手の手合いが遠回しに何かを伝えようとするときは決まって同じことを言うのだとガランドは経験上熟知していた。
彼女の言葉に凍えた響きが含まれているのも、それが理由だろう。

空軍准将「ぐっ……時にガランド少将。貴女に是非会って頂きたい男がありまして……今晩一緒に食事でも―――」

ガランド「縁談の件なら、お断りさせてもらおうか」

空軍准将「なっ!?」

ガランド「失礼」

氷刃を一振りするが如く空軍准将の言葉を斬り捨てたガランドは惚けたように口を開け放ったまま立ち尽くす彼を置いて、足早にその場から立ち去った。

秘書官「最近はよく同じ話を聞きますね」

ガランド「これで八度目だよ……まったく嫌になる」

書類を胸の前で抱え持つ秘書官の言葉にガランドは露骨に顔を顰めてみせた。近頃、多くの将官が彼女を家に迎えようと自身の子息との縁談を持ちかけてきている。

秘書官「それだけ閣下が多くの殿方を惹きつけているんですよ」

ガランド「単純に私の地位に目が眩んでいるだけさ。カールスラント空軍ウィッチ隊の総監を務める私を妻に迎えれば軍内部での発言力が強くなるからね」

一人が近づいてくれば、遅れるなと言わんばかりにぞろぞろと雁首を揃えてやって来る現状にガランドは滅入りそうに目を細めてみせた。

秘書官「ですが中には……閣下のことを真剣に愛している方もいるのでは?」

ガランド「そうだとしても。自分の夫は……自分で決めたいんだ」

秘書官「その気持ちは……分かります」

同じ女としてガランドの考えには共感できる。一生を共に過ごす相手は自分が好きになった男を選びたい。女性なら抱く当然の感情だが、ガランドの場合は彼女自身の立場が足枷となっているようにも見える。

ガランド「……そうだ秘書官君。今後のスケジュールで各部隊の視察があったね?」

秘書官「は……はい」

ガランド「なら最初の行き先は決まった。すぐペテルブルクに向かおう」

秘書官「・・・・・・はいぃ?」




そして今に至る。
彼女の秘書官に抜擢されてから三年以上の時が経つが、これほど突拍子な行動に出るウィッチを自分は今まで見たことが無い。ましてや、その人物の秘書官が自分なのだから世の中というのは不条理なものだ。彼女の唐突な行動に何度枕を涙で濡らしたことか。

秘書官「ペテルブルクと言えば欧州随一の激戦区じゃないですかぁ。また皇帝陛下にお小言を言われてしまいますよぉ・・・・・・」

ガランド「小言くらい慣れているさ。それに総監たるもの、あらゆる前線の状況をこの目で見て把握していなければ」

秘書官「嘘つけ。単純に俺さん目当てなだけでしょう?」

ガランド「それよりあと少しで到着だ」

秘書官「(ちっ。上手く逃げたな・・・・・・)」



滑走路に降り立つ輸送機のドアから姿を見せるガランドが秘書官を連れて、到着を待っていたラルに近づき、手を差し出した。ラルもまた差し出された手を握り返し、穏かな笑みで彼女を迎え入れる。

ラル「ガランド少将」

ガランド「やぁ少佐。元気そうで何よりだね」

ラル「少将こそ」

ガランド「ところで俺くんは元気かな? 腕を負傷したと聞いたが・・・・・・」

ラル「あいつなら既に完治して職場に戻っていますよ。戦闘にも参加出来ています」

ガランド「そうか・・・・・・よかった・・・・・・」

ラル「少将?」

ガランド「あぁ、何でも無い。それより俺くんは・・・・・・いや、見つかったよ」

口元に笑みを湛えてガランドは滑走路の隅をモップで磨く一人の男へと歩み寄った。
一方で男は気付いていないのか、それとも彼女のことなど気にも留めていないのか。黙々と地面を磨くことに徹していた。

俺「めずらしいな。お前さんがここへ来るなんて」

ガランドが男の傍で足を止めるのとほぼ同時に彼がモップを動かす手を止めて呟くように零した。
今日は雨でも降るのかなと、男は天を仰ぎ見る。

ガランド「私はウィッチ隊総監だよ? 現場の状況くらい自分の目で確かめておかないと」

それもそっか、と返す男が帽子を外して笑みを向けた。見ていて心を安らかにさせる人好きのする笑み。

ガランド「やぁ俺くん。君も元気そうでなによりだ」

俺「そういうフィーネもな」







あれから仕事を切り上げた俺は案内役兼護衛役としてガランドと共にペテルブルクの市街地へと繰り出していた。
隣を歩きながら初めて目にする極北の街並みを満足げな笑みを面差しに湛えるガランドの姿を横目に捉え、

俺「(こうして見ると軍人には見えないな・・・・・・)」

胸中で独りごちる。

俺「それにしても随分と無用心じゃないか。少将閣下ともあろう方が護衛もつけずに街を出歩くなんて」

俺の指摘は尤もだった。
将官クラスともなれば護衛も必然的に多くなる。だが今、彼女の傍に控えているのは俺ただ一人であり、余りにも無防備な状態といえよう。

ガランド「まさか。君ほど腕の立つ護衛はいないよ。それと……その少将閣下というのはやめてくれないか?」

俺「何言ってるんだよ。初めて会った時はお互い大尉だったのに今じゃ雲泥の差じゃないか」

ガランド「……そうじゃない・・・・・・そうじゃないんだ」

―――・・・・・・君まで私を少将という肩書きでしか見てくれないのか?―――

青い瞳に悲しみを漂わせ、足を止めて顔を伏せるガランドに向き直る俺の目が幾分か見開かれた。
彼女がこんなにも感情を露にしたのは一体いつ以来のことだろうか。

ガランド「君と私は……上司と部下といった関係じゃないだろう……?」

俺「だけど・・・・・・主と駒の関係だ」

ガランド「それでも・・・・・・せめて君の前では……ただのアドルフィーネ・ガランドでいたいんだ……」

俺「・・・・・・悪かったよ」

ガランド「そう思うなら誠意を見せて欲しいね」

俺「何だよ。誠意って」

ガランド「そうだなぁ・・・・・・これでどうだ?」

俺「フィーネ!?」

素早く俺の腕に自分の腕を絡め取ったガランドは満足げな表情を浮かべていた。
その余りの切り替えしの早さに内心戸惑いつつも、自身の腕に押し付けられる丘陵状の柔らかな物体に脳髄が溶けそうな感覚に目眩を覚えた。

俺「お前・・・・・・!! さっきのは嘘だったのかよ・・・・・・!!」

ガランド「そんなわけないさ。君の前では一人の女でいたいという気持ちに・・・・・・嘘偽りはないのだよ? そういうわけで今日一日はずっとこうすること! いいね?」

俺「えぇ!?」

ガランド「誠意を見せてくれるのだろう?」

やっぱりこいつには勝てねぇ。

満面の笑みを見せるガランドに俺は密かに戦慄するのだった。





カフェのオープンテラスの一角で一息吐くガランドがティーカップをテーブルに置き、徐に口を開いた。

ガランド「ブリタニアでの切り裂きジャック事件の解決。ご苦労だったね」


1888年のかつてのブリタニアで名を轟かさせた連続猟奇殺人事件がロンドンにて再び発生し、殺された被害者の中にはウィッチも数名入っていたが故にブリタニアへと派遣された俺は犯人逮捕に躍起になるスコットランド・ヤードの影で、二代目切り裂きジャックの抹殺を終えた。
501統合戦闘航空団の一時的な戦力増強というのはあくまで表向きであり、裏の仕事の隠れ蓑に過ぎない。
本来の目的はウィッチへの障害を密やかにかつ速やかに消去することにあった。

俺「仕事だからな・・・・・・って熱ッ!?」

コーヒーが淹れられたカップを手に取り口元に運ぶ。
中はまだ熱く、そうとも知らずにカップの半分まで飲んだ俺の、身体の内側を駆け巡る熱さに胸元を掻き毟り身を捩る姿を見ていてどこか子供っぽいなと感じながら、ガランドは手元においてあった水が注がれたグラスを差し出した。

俺「あぁ・・・・・・助かったぁ」

引っ手繰ったグラスの中身を一気に飲み干し、力無く背もたれに身を預けた。
人間を惨殺してきた者とは思えぬ態度に気が付いた俺が不意に苦笑いを零す。
慣れてしまったのだ。
人を斬ることも、命を奪うことも。殺人という卑劣な愚行を何とも思わない自身に対し、くつくつと嘲りを込めて笑う俺をガランドは痛切な色を瞳に湛えて、見つめることしか出来なかった。
前線でネウロイと戦うウィッチを守るために彼が選択した道は、彼女らを脅かす存在を人知れず葬る暗殺者としての人生であり、そうさせてしまったのは他ならぬガランド自身。
まだ佐官だった頃に基地近くの酒場で杯を交わしながら、共生派をはじめとするウィッチを狙う多くの存在に対する強い憤りを口にした当時の自分に対し、彼は言ったのだ。

―――だったら俺が連中を始末する。誰かが汚れ役をやらなきゃならないなら・・・・・・俺がやる―――

どうせ捕えられれば処刑される連中であり、君が手を汚す必要など無い。
そう説得する彼女に最後まで俺が首を縦に振ることはなく彼は血みどろの暗闘へと身を投じていった。
ネウロイと、そして同じ人間との戦いへと赴くたびに全身に刻まれる傷を増やしながら。

ガランド「俺くん……私は・・・・・・」

後に続く言葉が出なかった。
本当に自分は彼の身を案じているのか?
止めようと思えば止められたはずなのだ。
にも拘らず彼をペテルブルクへと派遣したのは誰だ? 
今日まで散々都合の良い駒として利用していたのは誰だ?
結局は自分も彼を駒としか見ていないではないか。

ガランド「(違う・・・・・・私は・・・・・・!!!)」

俺「・・・・・・フィーネが気に病む必要なんかないよ。全部俺が選んだ道だ……どんな結末でも受け入れるさ」

ガランド「だが……!!」

俺「……俺さ。初めは男も魔力を持っているもんだって思ってた」

智子と遊び回っていたとき偶然にも眠っていた魔法力が発現した。
切欠はどうあれ使い魔との契約も結び、稀少な男性ウィッチとなった自分をスカウトしようとやってきた陸軍の将校から聞かされた話で俺は初めて魔力を持つ男性の数が女性と比べると圧倒的に少ないことを知った。

初めの内は陸軍に入るかどうかで悩みもした。
誰かのために戦うことは立派だけれども、常に命の危険がつきまとうことへの恐怖感が幼かった当時の自分の決断を鈍らせたのだ。
それでも妹分の智子一人を軍隊にいかせるということを受け入れることが出来ず、俺も幼い彼女と共に陸軍の士官学校へと入学した。

ガランド「俺くん……?」

俺「どうか私の娘も守ってくださいって。色々な人からおんなじこと言われたよ。その意味に気付けたのは……死んだあとだった」

ガランド「……」

俺「俺はさ。ウィッチとして多くの人を守るのと同じくらい、ウィッチを守りたいんだよ」

俺とて全てのウィッチを守れるとは考えていない。
今まで守ることができた命もあれば、守ることができなかった命もある。
だからこそ、救うことができなかった命の分まで、一人でも多くのウィッチをネウロイとの戦争が終わるまで生きていられるようにしたい。
せめて戦いが終わった後は家族や友人といった大切な人たちと平和な時を過ごして欲しいから。


俺「こんなものを授かっちまった以上はやれることやっとかないと……な? 残りの魔力が絞りカスぐらいしかなくたって……やることやらずに腐るわけにはいかないだろ?」

ガランド「俺くん・・・・・・すまない・・・・・・」

俺「謝らないでくれ。知らないおっさんに使われるよりかは見知った美人に使われるほうがずっと良い」

それに俺大尉はもう七年前に死んだのだ。
いくら血で染まろうが、泥を被ろうが・・・・・・死んだ人間は何とも思わない。誇りだとか名誉だとか。亡者の自分には無用の長物でしかない。

俺「最初に言っただろ。誰かがやらなきゃならないことだって。それであの子たちが守れるなら……何だってやってやるさ」

一片の迷いも無い俺の黒瞳には硬質な光が宿っていた。





ガランド「楽しい時間とはあっという間に過ぎてしまうものだね。今度はもう少し長く回りたいね」

俺「お前は観光に来たのか?」

基地への帰路を辿るなか声を弾ませるガランドに俺は呆れたような目で見つめた。

ガランド「失敬な。一応はウィッチ隊総監として、ここへ来てるのだよ」

俺「一応? 一応ってなんだよ」

ガランド「そっ・・・・・・それはだね・・・・・・」

君に会いに来たという言葉をどうにかして呑み込んだガランドは愛想笑いを浮かべて、茶を濁す。
少将ともあろう人間がたった一人の男に会うためだけに動くことなど許されるわけがない。
隣を歩く男への感情と自分を束縛するしがらみの板挟みに遭いながら、ガランドは胸裏で溜息を吐いた。
一体いつになったら、この想いを告げることができるのだろうか。

シスター「あら? 俺さん」

そんなことを考えていると、目の前から聞き慣れない女の声が俺の名を読んだ。その事実がガランドの柳眉を僅かに吊り上げる。

俺「シスターさん。どうも」

ガランド「むっ」

シスター「今日も良いお天気ですね。洗濯物がよく乾きそう」

俺としては社交的な笑みのつもりなのだろが、ガランドには俺がシスターの肉付きの良い肢体に鼻の下を伸ばしているように見えているらしく、一層不機嫌そうな表情を浮かべた。

俺「そうですね」

ガランド「むむむっ」

頬に手をあてるシスターのしっとりとした微笑みに口元を綻ばせた俺に向けられるガランドの眼つきが、ついに鋭くなった。
そのまま乱入者との談笑に入った途端、彼女の全身が小刻みに揺れ始める。

シスター「あら、いけない。そろそろ帰らないと」

俺「また今度・・・・・・ってフィーネ? どうしたんだ?」

ガランド「ふんっ」

頬を膨らませるガランドの様子に気がつき声をかけるも、彼女の怒りのボルテージは既に臨界点を突破していた。
俺の呼びかけに対して、ぷいっとそっぽを向く。
まるで遊んでもらえない仔猫が拗ねているかのような姿を前に俺はどうして彼女の機嫌がこんなにも悪いのだろうかと首を傾げた。

俺「フィーネ?」

ガランド「……」

俺「おーい。フィーネ」

ガランド「・・・・・・」

やはり返事は返ってこない。それどころか、ガランドの全身から滲み出る怒気の量が少しずつ増しているのは自分の気のせいか。

俺「フィーネさーん」

ガランド「・・・・・・」

俺「どうしたんだよ。何でそんなに機嫌悪いんだ?」

ガランド「ふんっ」

頬を膨らませて近づくや否や両手を俺の頬へと伸ばしたガランドがその肉を思いきり左右へと引っ張った。
ぐいぐいと白魚のような指で引き締まった俺の頬肉を抓み、捻り、上下左右へとひたすら引っ張る。
そのあまりにも容赦の無い指の力に俺の目が大きく見開かれた。

俺「ひででででででっっ!!??」

ガランド「君はっ! 今は私の護衛役として来ているんだぞ? 私の方をちゃんと見てくれないと困るよ……」

シャツの胸元を掴み、縋るようなガランドの青い眼差しに俺の心臓が大きく脈を打った。
見下ろす彼女の美貌は、こんなにも美しかっただろうか。

俺「・・・・・・悪かったよ」

いつの間にか発現させていた猫系統である使い魔の白い耳と尻尾が力無く垂れているのを滲む視界の中で捉え、初めて俺は自分のせいで彼女の機嫌を損ねてしまったのだと気付いた。

ガランド「なら、また誠意を見せてくれないか? 今度は……君の方から頼むよ」

誠意といっても女性を喜ばせる術を知らない俺はしばしの間、黙考しおもむろにガランドの繊手を手に取った。
瑞々しくも柔らかな手を握ると、彼女の指に自分のそれを絡め合わせた俺は気恥ずかしさのせいか、視線を宙に泳がせる。

俺「これで、良いか?」

握る俺の手から伝わってくる温もり。彼から自分にこうして触れてくることなど今まであっただろうか。
思い返してみても、そういったことは一度たりともなかった。だからこそ嬉しいのだ。
俺から自分に触れてくるこの状況が。

ガランド「あぁ、とても嬉しいよ。俺くん」

胸の内側を満たされながら、満足げな笑顔をみせる。
この幸せが少しでも長く続くようにと祈りながら。



諸事情により加筆修正しました。
最終更新:2013年02月04日 14:28