ペテルブルクに直進するネウロイの勢力を迎撃する作戦を間近に控えた502JFW基地では誰もが一様に慌しく動き回っていた。
整備班の全員が念入りに俺を含めたウィッチたちが使用するストライカーの整備に没頭し、補給班が運ばれてくる物資に不足分はないかと何度も何度もリストをチェックする姿が頻繁に見られる。
日が沈み始めた頃、頭上に広がる茜空を仰ぎながら自らの今後について考え込む男が独り、制服姿のまま中庭のベンチに腰掛けていた。

俺「もう限界、か」

魔力減衰によって大幅に魔法力を削り取られた今ではかつてのような衝撃波を主軸とした戦術を取ることは不可能に近い。
傭兵時代の頃はそれこそ一度の衝撃波で大量のネウロイを撃墜していたが、今となってはそれも2、3発が限界だ。

俺「どうするかなぁ」

残りの魔法力が搾りカス程度しかない今の自分に出来ることといえば、率先して敵が群がる場所に飛び込み、少しでも彼女たちの負担を減らすことぐらいだろう。

ラル「こんなところで何をしている?」

俺「いやなに……少し考えごとをな」


身を屈め、膝の上に頬杖を突いて物思いに老け込んでいると脇に書類を掲げたラルが隣に腰掛ける。
気配どころか足音すら感知できなくなってしまっているほど考え込んでいた自分に対し、静かに失笑を洩らした。

俺「……そういうお前も休憩か?」

ラル「そんなところだな」

俺「休憩時間くらいは、書類を置いてくればいいじゃないか」

ラル「そうしたいところなんだがな」

如何せん量が多い、と苦笑いを浮かべて書類を叩いてみせるラルの整った容貌には誰が見ても分かるほど疲労の色が浮かんでいた。
ガランドの書類整理を手伝ったことはあったが、やはり統合戦闘航空団の司令も同じように目を通さなければならない紙切れの量は多いのだろう。

俺「みんなは?」

ラル「いつも通り、とは言えないな」


今度の作戦は周辺の部隊とも合同で行うことになっている。いくらブレイブウィッチーズといえども数の利を覆せるほどの力は有していない。
せめて自分があと二、三年若ければ彼女たちの負担を減らしてやることが出来るというのに。
そんなことを考えた途端、まるで年老いた爺さんのような考えだと気が付いた俺は込み上げてきた笑いを何とか押さえ込んだ。

俺「緊張しちまってるのも無理はないか。そういえば、ディオミディアの亜種が確認されたんだよな?」

今朝の重苦しい空気の中で行われたブリーフィングのときに配られた資料にディオミディア亜種に関する情報が記載されているのを思い出す。
爆撃力は変わらないものの、サイズが小さくなった他に機銃が取り除かれているため撃墜が容易になったとあるがその分、数で攻めるらしい。
ただでさえ元が超巨大の爆撃機級なだけに物量で攻められては市街地が焦土となるのも時間の問題だ。

ラル「あぁ。それに加えて亜種を束ねる通常種にも変化があった」

俺「内部突入によるコアの破壊、か」

魔眼を持つウィッチからの報告では通常種のディオミディアにも若干の改良が加えられているらしく、防御力が向上したことで通常種のほうは撃墜が困難になっているらしい。
巨大な白鯨を撃破するには一点に火力を集中させて穴を開け、内部に侵入してコアを叩かなければならないとのことだ。


ラル「あぁ……ってちょっと待て。何を考えている……まさか」

顎に手を当てて何やら考え込み始めた俺の姿にラルは背筋に薄ら寒いものが這う感覚を味わった。
空を眺める黒瞳はいつになく深く、昏く、空の向こうにある何かを見つめているようにも見え、そんな彼の様子がラルの胸の警鐘を一層激しく打ち鳴らす。

俺「その役目。俺に任せてくれないか?」

ラル「馬鹿かっ!! 魔力障壁を張れないお前が瘴気で満ちるネウロイの体内に入れば―――」

瞬く間に俺の身体は瘴気に蝕まれるだろう。

俺「だからって現役に任せて、そいつの将来を潰すわけにはいかないだろう?」

ラル「お前は……お前はどうするつもりだ? 死ぬ気かっ?」

俺「死ぬつもりはないさ。死んじまったらフィーネの笑った顔も見れないし、お前たちとも会えなくなる。それに501の奴らともまた会おうって約束しちまったからな」

ラル「なら!」

俺「ギリギリの綱渡りになるってことは、分かってる。それでも、俺に出来ることは、もうこれくらいしか無いだろ?」

あぁ、そうだ。お前は何かあると決まって、その目をする。
ウィッチを守るのが自分の仕事だとぬかすくせに、お前は自分自身を勘定に入れてない。

ラル「……悪いが、今のお前を行かせるわけにはいかない。それにな、もう別の部隊のウィッチが突入要員として決まった。瘴気に対する先天的な強い免疫力と強固なシールドを持っている。お前が心配する必要はないさ」

俺「やっぱり駄目か?」

ラル「この馬鹿野郎っ。お前がどう生きようが、それはお前の人生だ。だがな? お前が死ぬことで他人の人生が狂うこともあるんだ。それを忘れるなよ」

俺「何だ? 心配してくれるのか?」

ラル「仲間を、家族を心配しない奴がどこにいる。それに、お前の命はもうお前だけのものじゃないだろう」

心臓辺りを人差し指で突くラルの言葉に俺は愛しい女性の姿を思い浮かべた。
悲しみに暮れるガランドの姿を想像しただけで、胸が張り裂けそうになる。
だが、それ以上に彼女を失ったまま生きていくことのほうが、どんなことよりも恐ろしかった。

あの笑顔も、あの温もりも。
失うくらいなら……いっそ。







日が沈み、紺碧色をたたえた空の下。
腰まで伸びた黒髪を靡かせながらアドルフィーネ・ガランドは唇を尖らせながら基地内を歩き回っていた。
珍しく仕事が早く片付いたので俺と一緒に夕食でもとろうと彼の部屋を訪ねてはみたものの、肝心の人物は留守であった。
仕方なく基地内を歩き回っているのだが、一向に俺の姿が見つからない。
要塞を改装しただけあってか、基地の内部は広く、その上複雑に入り組んでいる。地図を片手に持つか、あるいは記憶力がよほど優れていない限り、目的地へと辿り着くのは至難の業と称していい。
それでもペテルブルク基地に到着してから、まだ日が浅いガランドが、こうして思い当たる場所を容易に探し回ることが出来ているのも、彼女がいかに聡明であるかが伺える。

ガランド「俺くんっ」

自分のやや前方を歩く見慣れた後姿。
いつだって自分に安らぎを与えてくれる背中を見つけた瞬間、愛しい男に向かって駆け出していた。

俺「フィーネ?」

ガランド「まったく。君は……探そうとすると……中々見つからないね」

俺「探させちゃったか? 悪いな」

ガランド「いいさ。こうして君と会えたんだ」


膝に手をついて息を整えていると温かい手の平が背中をさすってきた。俺の優しさにガランドの表情から満面の笑みが零れる。

ガランド「ところで俺くん。今日の夜は空いているかな?」

俺「いいねぇ。デートのお誘いか?」

俺が破顔する。好きのする笑みを前にガランドの口元も自然と緩んでいく。

ガランド「そんなところだ。街に出て夕食でもどうかな?」

俺「そういうことなら大歓迎だ。今すぐにでも行こうか。外出許可はもう貰っているんだろう?」

ガランド「もちろん。君の分もね」

俺「だと思ったよ。それじゃあ店が閉まる前に行くとしますか」

俺が手を差し出す。
白い歯が僅かに見え隠れする笑みを浮かべて。
ガランドが手を握る。
これからも、こうして手を握ることがずっと続きますようにと願いながら。








凍えた夜気が街中を包み込むなか、橙色の灯の下を俺とガランドは指と指を絡ませて歩いていた。
不思議と寒さを感じないのはガランドが傍にいるという今の状況と絡め合った指から伝わってくる温もりが安寧を創り上げているからだ。

俺「車で来なくて良かったな」

ガランド「まったくだ。まさかワインをサービスしてくれるとはね」

俺「飲酒運転はさすがにマズイからな」

ほんのりと朱に染まり、やや上気したような顔立ちのガランドが愉快そうな笑みを浮かべる。
彼女に案内されたのはこじんまりとした酒場だった。それでも決してみすぼらしいくはなく、全体的に小洒落た店であった。
客層も酒を飲んで馬鹿騒ぎをするといった部類の輩ではなく、銘酒の味を落ち着いて楽しむ者ばかりであったため、俺とガランドも思い出話に華を咲かせながら夕食を楽しむことができた。
風が吹く。
ほんの僅かな肌寒さを感じ、思わず身震いしてしまうと隣を歩くガランドが身体を預けてきた。
腕を組み、もたれかかる柔らかな肩に俺も手を回して抱き寄せる。
近頃、こうして身体と身体を密着させるだけでも幸せがこみ上げてくる。

ガランド「寒そうにしていたからね」

俺「ありがとうな。あぁ、温い温い」

ガランド「……俺くん」

俺「なんだ?」

ガランド「愛しているよ。世界中の誰よりも」

瞼を閉じて。
頬を埋めて。
幸せを噛み締めるように、ガランドが囁いた。

俺「どうした……?」

ガランド「……俺くん。これは夢じゃなく、現実だね? 私は今、確かに君に抱き寄せられているね?」

俺「フィーネ……」

ガランド「君の捜索が打ち切られたと聞いた時、目の前が真っ暗になったよ。それでも再会出来たときは驚きよりも喜びで胸が満ちていったんだ」

満身創痍の身でありながらも銃を手に取り空を駆る彼の姿を魔眼で捉えた、あの日の出来事は今でも忘れられない。
おそらくはあの時からだ。小さな街を守るために、たった一人でネウロイ相手に立ち向かう彼に恋焦がれるようになったのは。

俺「幽霊だとは考えなかったのか?」

ガランド「全くね。それに君はこうして生きている。こんなにも温かくて……安心できる」

俺の背へと回り、胸板に手を回すと傷だらけのそれを服の上からまさぐった。初めて感じるくすぐったさに思わず身体を強張らせる。

俺「汗と血の匂いだ」

低く冷めた声。
この手も身体も斬殺した大勢の人間の血を浴び、穢れている。
秘書官から聞いた話では他の将官との縁談を何度も持ちかけられていたらしい。
相手はどれも名家出身で軍人としての能力にも優れている。
おまけに殆どが基地や艦隊司令を務めており社会的地位だって備えている男たちばかりと聞く。
それなのに。
どうしてこの女は自分を選んでくれたのか。今でもたまに疑問に思う。

ガランド「私にとっては愛しい男の匂いなんだ」

ほとんど声としての機能が成り立っていない俺の言葉を跳ね除けるかのごとくガランドが最愛の男の身体に回した腕の力を強める。

俺「……本当に、良かったのか? 俺で」

ガランド「君がいいんだ。君でなければ駄目なんだよ」

俺「決まった家だってないんだぞ?」

ガランド「はぁ……そんなことで私が男を選ぶと思ったのか?」

後ろから、やや不機嫌そうな声が返ってくる。

俺「悪い。つい、な……」

ガランド「まったく。俺くん、私は君がどんなになっても受け入れるつもりだよ……皺くちゃのお爺さんになってもね」

だから、と一旦言葉を噤んだガランドが瑞々しい桃色の唇を俺の耳元へと寄せ、

ガランド「君も私のすべてを受け入れてくれるね? 俺くん」

俺「あぁ。わかってるよ……って、フィーネぇぇ!?」

ガランド「はむっ……んむっ……ふふっ……どうしたんだい?」

裏返った声を上げる俺の耳たぶを甘噛みするガランドが弾んだ声音で返す。顔は見えずとも、その悪戯めいた口調から今の彼女がどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべているのが容易に想像できる。

俺「どうしたって……どこを……!?」

ガランド「君の可愛らしい姿をもっと見てみたいと思ってね」

俺「だからって……首筋はぁぁ!?」

ガランド「俺くんの弱点は耳たぶと首筋か。ふふっ……これは収穫だ」

ミルクを与えられた仔猫のように舌先で震える俺の首筋を舐め上げるガランドの唇が妖艶につり上がる。
夜道を歩く二人が基地に着いたのは、それから大分あとの話だった。






俺「フィーネ。今度の作戦のこと……フィーネも聞いているんだろう?」

基地に戻りガランドの部屋のソファに座る俺がむず痒い首筋をかく手を休めず、静寂を破った。

ガランド「あぁ」

俺「だったら……ここに残って良かったのか? 視察の途中なんだろう。次の基地に行けば」

ガランド「前線である以上、100%安全な基地なんかどこにもないさ」

俺「少なくとも、ここよりは安全だろ?」

ガランド「こういうときにこそ、この肩書きが役に立つと思ってね」

俺「フィーネ……」

確かにガランドがペテルブルクに残ったおかげで補給物資の量も増え、物資が届く速さも格段に良くなっている。

ガランド「でも、本当は愛しい君から離れたくないだけなんだ……」

俺「それは……俺も同じだよ。でも、もしお前に何かあったら……」

ガランド「それこそ、私も同じ気持ちなんだ。あのまま君を置いて次の基地へ向かっていたら、私と君がこうして二人で語らうこともなかったかもしれない。それどころか、もう二度と会えなくなるかもしれない。そう思ったんだ」

心配しすぎだ、という言葉は喉に詰まるだけで終わった。戦場では何が起こるか誰も予測することはできない。名を馳せたエースがあっけなく死ぬことだってある。
俺自身、かつて組んでいた仲間の一人が他人を庇い、一瞬で命を落とした様を目の当たりにした経験があったからこそ、言い返すことは出来なかった。

俺「……」


身体が震える。
散々命を奪ってきておいて、今更命が惜しくなったとでもいうのか。
いや違う。
死ぬことが怖いわけではない。大切なものを失ったまま、生き長らえることが恐ろしいのだ。

ガランド「俺くん?」

透き通った青い瞳に自分の姿が映り込む。

俺「いや。何でもないよ」

ガランドだけじゃない。
ここにいる“家族“の誰一人として死なせはしない。ウィッチを守るのが自分の仕事なのだ。
たとえ命を賭けることになったとしても、守り通さなければならない。

俺「……っ!」

それでも、やはり自分はここに帰ってきたい。彼女の隣を、また歩きたい。
ガランドに抱きしめて欲しい。ガランドの笑顔が見たい。
あぁ。何て贅沢な願いだろうか。
ウィッチを守るという信念だけが今までの自分を支えてきた。
彼女、彼らの幸せのために自ら道を踏み外した。正義の味方も、不幸な男も気取るつもりなどない。
それが今では死ぬことに躊躇いを感じてしまうほどにガランドを愛している。
もはや俺にとってアドルフィーネ・ガランドという女性は無くてはならない存在と化していたのだ。

俺「フィーネ……ごめん」

ガランド「えっ……!?」

それまで隣に座っていた俺がガランドをソファの上に押し倒す。だが、彼の手がガランドの衣服を剥ぐことも無ければ、彼女の唇が奪われることもなかった。
目を白黒させる恋人の上に自分の身体を預けた俺は胸の内に秘めこんでいた葛藤を吐き出す。

ガランド「俺、くん……?」

俺「今度の戦い。頑張ってくるからさ。もし無事に帰ることが出来たら……出迎えてくれないか?」

恋人の黒瞳のなかで揺らぐ不安げな光を捉え、ゆっくりと彼の背に手を回し抱き寄せる。今まで彼が不安といった感情を自分に見せたことなど一度たりともなかった。
だからこそ、彼の不安を少しでも和らげんとガランドの手が幼子をあやすかのように彼の背をさする。

ガランド「……俺くん。わかった。そうだな……恋人らしく手料理でも作って待っているよ」

こうして俺が自分に対して弱みを見せてくれたことが何よりも嬉しかった。普段は自分の我侭を聞いてくれている彼に頼られているという喜びが全身に染み渡る。

俺「ははは……それは楽しみだ。ますます無事に帰ってこないといけないな」

ガランド「当たり前だ。ちゃんと……無事に帰ってきてもらわないとこまるよ?」

自分を見つめる男の頬に両手を添えて、顔を近づける。

俺「わかってるよ。ちゃんと帰ってくる」

俺もまた瞼を閉じて、自分の唇をガランドのそれに重ね合わせた。
間近に迫る嵐から互いの身を守るように。






ディオミディア内部への突入ですが、いらん子本編の第一巻に智子が刀を持ってディオミディアに開いた大穴のなかに突っ込んでいく描写がありますが。
このことから外部からの攻撃だけではなく内部侵入によるコアの破壊も出来るのではと考え、ディオミディアへの突入作戦を思いつきました。
最終更新:2013年02月04日 14:29