今日は九月二十三日、管野直枝の十五回目の誕生日である。
どこか気恥ずかしさを感じつつも、他の隊員たちから口々に祝いの言葉を告げられる少女の顔は心なしか緩んでいるように見えた。
普段はネウロイ相手に猪突猛進な戦いを繰り広げる彼女も今日この時だけは自身の誕生日に心を躍らせる少女の一人であった。

クルピンスキー「ナオちゃんも十五歳かぁ。めでたいなぁ……うん」

部屋に隠していた秘蔵のワインを注いだグラスを軽く回しながらクルピンスキーが声を弾ませた。
管野の誕生日という素晴らしい今日の日のために用意したというが、実際は単なるこじつけに過ぎない。
現に主役である管野のことなど気にも留めず、グラスに注いでは飲み干すといった動作を繰り返している。

ロスマン「何を考えているのか、当ててみせましょうか。祝い酒で酔わせて部屋にお持ち帰り、違う?」

クルピンスキー「あははっ……はっはっはっ。初めはそのつもりだったんだけどね……」

以前、俺と晩酌を楽しんでいた際に現れた管野が酒を一気飲みしたときの出来事を思い出したのか、クルピンスキーの面差しに影が落ち込んだ。
たった一撃で風に飛ばされる凧のように吹っ飛んでいく俺の姿は今でも忘れられない。

ラル「特にこの酒は子供には刺激が強いからな」

いつの間にかクルピンスキーの隣に腰掛けグラスを掲げ持つラルが口元を綻ばせて見せた。

ロスマン「隊長まで」

ラル「せっかく管野が一つ大人になったんだ。ここは素直に祝おうじゃないか」

ロスマン「もうっ。隊長も程ほどにしてくださいね?」

わかってるよ、とぼやくように返して口元にグラスを運ぶと一気に中身を飲み干したラルの顔立ちは、ほんのりとした朱色を帯びていた。




他の隊員たちとケーキに舌鼓を打っている最中にバルコニーへと連れ出され、管野は一体何事かと思いつつ眼前の男に視線を投げかけた。
特に用が無いなら早く戻ってケーキを食べたいのだが。
焦る管野とは裏腹に俺はというと、何て切り出せばいいか分からないといった表情で視線を泳がせている。

管野「なぁ? 用がないなら戻っていいか?」

俺「……」

管野「おい。聞いてるのか?」

俺「……やっぱ駄目だ。良い言葉が見つからないな」

観念したかのように苦笑し、背後に隠していたものを管野へ差し出した。
白いリボンで飾り付けられた鮮やかな緑色の包装紙でラッピングされたプレゼントに彼女の目が引き付けられる。

管野「……いいのか?」

俺「おう」

差し出された厚みのある長方形の物体を両手で受け取り、管野は大きさや重さからプレゼントが本であることを悟った。
ベンチに座り膝の上に乗せると緑色の包装紙を丁寧に剥がしていき、

管野「あ……こ、これって!」

露になった本の題名に息を詰まらせた。

俺「俺からの誕生日プレゼントだ」

それは北欧スオムスに伝わる妖精譚でブリタニア語やガリア語と様々な国家の言語に翻訳されるほどの名作だ。
しかし、人気の商品なためか書店に足を運ぶと毎回売り切れていたので半ば諦めかけていたのだが、まさかこんな形で手にする日が来るなんて!

俺「(そういえば智子に何かプレゼントを贈ったときも同じような目をしていたっけ)」

無垢な光を瞳に浮かべる管野の姿とプレゼントを貰ってはしゃぐ智子の姿が重なって見え、口元を綻ばせる。

管野「なぁ、俺。すごく嬉しいんだけどさ……」

俺「ん? 気に入らなかったか?」

管野「そうじゃない!! その……えっと……やっぱりオレがこんなの貰って喜ぶのってさ。変、かな……?」

本を胸元に抱き寄せる管野が恥ずかしそうに口を開いた。

俺「そんなことはないぞ? 普段のナオもいま本を貰って喜んでるナオもひっくるめてのナオじゃないか。変なんかじゃないぞ」

管野「ぅ……ぁ……ありがとう」

心なしか頬に淡い桜色を差し込ませ、照れたように視線を逸らしながら数珠繋ぎでありながらも何とか感謝の言葉を口にする管野の姿がやけに可愛らしかった。

俺「あぁ。どういたしまして」

管野「これっ! 大切にするからな!! ありがとなっ!!!」

顔中で笑う今日一番の笑顔を残して去っていく管野と入れ違いに柔らかな笑みを携えたサーシャがバルコニーへ入り、俺の隣に立つ。
肩まで届いた金色の髪が夜風に弄ばれるのを手で抑えるサーシャの姿は儚げでありながらも神秘性を放つ姿はさしずめ天界に住まう女神といったところか。

サーシャ「ありがとうございます。あんなに嬉しそうな管野少尉は久しぶりです」

俺「サーシャから何も聞かされなければ今ごろどうなっていたことか……本当にありがとな」

何を隠そう俺に管野の趣味を教えたのは他ならない彼女である。
サーシャから事前に管野についての情報を知らされたからこそ、前日に必死になって街中を走り回ってあの本を手に入れることが出来たのだ。

サーシャ「それでも頑張ってくれたのは俺さんです。ありがとうございます、俺さん」

俺「あぁ……どういたしまして。何だか照れるな……」

満面の笑みを向けられ俺の頬が紅潮していく。
慌てて顔を背けるも、口元に手を当てたサーシャのくすくすという笑い声が後ろから聞こえ、耳たぶにまで熱が広がっていくのを感じた。

管野「大尉ー! 俺ー!!」

談話室から管野の呼ぶ声が聞こえてくる。振り向いてみれば俺が渡した本を大事そうに抱きかかえながら、こちらに向かって笑いかけていた。隣にいる定子やジョゼにニパも手招きをしている。

サーシャ「ほら呼んでますよ。行きましょ?」

俺「……サーシャ」

サーシャ「はい?」

俺「いや……何でもない」

ここへ来て良かった。
一歩足を踏み出す俺は心の底から、そう思うのだった。





―――コッ……コッ……

管野のささやかな誕生日パーティを終えて部屋へと戻った俺がベッドの上に身を投げるのと同時に扉をノックされる音が静まり返った室内に木霊した。
こんな夜更けに一体誰だと不思議に思いながらドアを開けてみれば、そこにはつい先ほど自分が手渡したプレゼントの本を両手で抱きかかえた管野が立っていた。

俺「どうした? 俺に何か用か?」

管野「あのさ……その、俺さえ良ければ。これ、読み聞かせて……くれないか?」

俺「これをか?」

本を受け取る俺に管野が頷いた。俺が手渡した本はガリア語に翻訳されたものである。
もともと管野がガリア文学に傾向していたことを知った俺が読みやすいようにとガリア語に翻訳されたものを探し出してきたのだ。

俺「読めないこともないが……長くなるぞ?」

絵本とは違い、ボリュームもそれなりにある文学作品を読み聞かせるとなれば一晩費やしても終わらないだろう。

管野「少しずつで良いんだ! だからさ……終わるまで、ここに来ていいか?」

俺「終わるまでって……毎晩か!?」

管野「あぁ……いや! 駄目なら良いんだ……」

反射的に声を張り上げてしまう俺に慌てて付け加える管野の瞳には寂しげな光が漂っているのを見つけ、俺は口元を緩ませる。
どんな理由にせよ、あの管野がわざわざ夜中に部屋へと尋ねてきて頼みごとをしたのだ。
断ることなど出来るはずがない。

俺「……別に駄目とは言ってないさ。少しずつなら俺も無理せずに読めそうだしな」

管野「じゃ、じゃあ!」

俺「あぁ、良いぞ。おいで、ナオ」

ベッドに腰掛ける俺の言葉に管野が瞳を輝かせて駆け寄り、座り込んだ。
俺の膝の上に。

俺「ちょっと待て。何で俺の膝の上に座るんだ? 隣が空いてるだろう?」

管野「背もたれがあったほうが聞きやすいんだよ。これぐらい、いいだろ?」

そう言うや否や管野が俺に身体を預けてきた。その際に髪の毛から漂う甘い香りが俺の鼻腔をくすぐり、理性を刺激した。

俺「背もたれって……わかったよ。どうせ言っても無駄なんだろう?」

管野「そういうことだ」

俺「分かりましたよ。お姫様」

悪びれる様子も無くニッと笑う管野を見て俺はこれ以上とやかく言うのを諦めた。
この分厚い本を読み終わるまで、きっと管野は自分の膝をベンチ代わりにするのだろう。だとすれば、一々気にしていても仕方がない。
ぶっきらぼうでちょっぴり荒っぽいお姫さまのために俺は本を開き、最初のページを捲り始めた。


~おしまい~
最終更新:2013年02月04日 14:38