迫り来る赤い雷をクルピンスキーは身を捻ることでいなし、我が物顔で蒼空を闊歩する黒塊に銃弾で返した。
魔力が込められただけあってか、黒い装甲が容赦なく削れていく様を前に彼女は口元を緩める。
次の瞬間、彼女は飛燕を思わせる俊敏さで大型ネウロイへと肉薄しつつ弾丸を叩き込んだ。
すれ違って一度離脱する彼女の背に大型ネウロイが矢継ぎ早にビームを浴びせていく。
クルピンスキー「ふふっ」
が、それらがクルピンスキーを呑み込むことは無かった。
大量のビームは全て彼女と大型ネウロイの中間地点に割り込んできた高威力の衝撃波によって掻き消されてしまった。距離を取りつつ衝撃波が飛来してきた方角へと目線を向けると、左手で右腕を支える俺の姿を視界に捉えた。
俺「間一髪ってところか」
クルピンスキーの軽いウィンクを受け流し、額に浮かぶ汗を拭った俺は携行火器の銃口を同じく大型へと向けて引き金を絞る。
一見クルピンスキーの戦術は考えなしに、ただ突撃するように見えるが、それは先ほどのように俺の援護があってのものだった。
クルピンスキー「俺! いける!?」
俺『あぁ! デカイの叩きつけるからトドメを刺してやれ!!』
銃声と風音に負けじと声を張り上げるとインカムから俺の声が銃声を伴って耳に届き、それが彼女の笑みを一層不敵なものへと変えていく。
―――この戦い、勝てるね――
胸中でそう確信したクルピンスキーはストライカーの速度を上げる。
クルピンスキー「期待しているよ!?」
俺『任せろ! お前の背中はきっちりと守ってやる! だから安心して行ってこい!』
クルピンスキー「ありがとうっ!」
銃弾と衝撃波の複合攻撃によって自身の背後を狙う中型が撃墜されたのを視界の隅が僅かに白く光ったことから察し、唇を吊り上げる。
増速する自分を迎え撃つ大型の砲門が衝撃波の一撃で叩き潰されたのを確認しクルピンスキーは引き金を引いた。
音を立てて穿たれる漆黒のボディ。
すれ違ったクルピンスキーは上昇し、腰を捻ってコアが露出した大型へと急降下する。
全ての砲門を破壊された大型ネウロイはただ座して死を待つ以外の術を持たなかった。
俺「お疲れさん。相変わらず無茶な戦いかたするなぁ」
クルピンスキー「お疲れ。俺が守ってくれるから安心して飛び込めるんだよ?」
俺「俺がやばくなったらどうすんだ?」
クルピンスキー「そのときは僕が守ってあげるよ」
俺の問いかけにクルピンスキーがにんまりと笑って返す。
カールスラント皇帝から騎士鉄十字章を受け、502統合戦闘航空団の中ではラルに次ぐ撃墜数を誇る彼女だからこその言葉。
余裕に満ちたクルピンスキーの声には豊富な実戦経験によって裏打ちされた確かな自信が込められていた。
俺「嬉しいこと言ってくれるね。それじゃあ帰りますか、今日は伯爵の誕生日だしな」
クルピンスキー「覚えていてくれたの?」
俺「そりゃ同じ部隊の仲間だからな。ちゃんとプレゼントだって用意してあるんだぞ?」
クルピンスキー「へぇ……期待していい?」
俺「おぅ。任せ……ッ!?」
クルピンスキー「俺!?」
突然顔を引き攣らせ右腕を押さえ込む俺の傍へ寄ると表面を走る血管がやけに膨張している彼の右腕が目に入った。
面差しに浮かぶ大粒の汗と歯を喰いしばる姿から自分の想像を超える激痛が彼を襲っているのだとクルピンスキーは理解した。
俺「大丈夫だ……悪いな。心配かけちまって」
クルピンスキー「本当に大丈夫?」
俺「あぁ。少し無理しすぎたみたいだ……なぁに、休めば治るさ」
膨れ上がっていた血管も元の大きさへと縮んでいる。
本当に休めば大丈夫なのだろうが、やはり不安は募るばかりだった。
俺「そんな顔しないでくれ。今日は伯爵にとって特別な日だろう?」
クルピンスキー「そうだけど」
俺「ならそんな湿っぽい顔は無しだ。特別な日なんだから笑ってれば良いんだよ」
クルピンスキー「ひゃぅ!?」
中々食い下がろうとしないクルピンスキーであったが唇に指を当てられ、日ごろの飄々とした彼女からは想像もつかないほどの少女らしい小さな悲鳴が迸った。
俺「それに……自分の身体のことは自分が一番知ってるしな。さてと、早く帰ろう! 主役がパーティーに遅れるわけにはいかないからな」
クルピンスキー「信じて……良いんだよね?」
基地の方角へと身を翻す俺の右腕を掴んだクルピンスキーが俯きながら洩らした。
俺「心配性だなぁ。伯爵は」
クルピンスキー「ぅわわ」
頭を撫でる大きな手の平の感触にクルピンスキーの頬に羞恥の色が灯る。
クルピンスキー「もう……俺といると僕のペースが崩れちゃうよ」
俺「そりゃそうだ。俺のほうが大人だからな」
滑走路に着陸し、格納庫まで移動。
入り口まで進むと、不安げな表情を浮かべたサーシャがストライカーを固定する寝台の傍に立っている姿が視界に入ってきた。
クルピンスキー「やぁ熊さん。待っていてくれるなんて嬉しいよ」
俺「出迎えありがとな」
ストライカーが起こす風に首周りの赤いマフラーを揺らされながらも、負傷もなければ機体の破損も見られないクルピンスキーと俺にサーシャは安堵の溜息を吐いた。
サーシャ「ほっ……無事で何よりです」
クルピンスキー「それは僕たちのこと?」
俺「それともストライカー?」
サーシャ「二人のことに決まってますっ」
意地悪く尋ねると心外だといわんばかりに、ぷいっとそっぽを向くサーシャの仕草にクルピンスキーと俺の二人はつい吹きだしてしまった。
サーシャ「わ、笑うことないじゃないですかっ!」
クルピンスキー「ごめんごめん。あんまりにも可愛らしかったから……ついね」
サーシャ「もうっ……」
俺「でも嬉しいのは本当だぞ?」
クルピンスキー「うんうん。やっぱり、誰かが待ってくれていると帰ったときに安心するよね」
クルピンスキーの言葉に俺はかつて傭兵として世界各地を転々と旅してきたときの記憶を引き上げた。
傭兵という立場柄、その基地に所属する正規軍のウィッチからは好ましく思われておらず疎外感を味わったことも度々あった身であるからこそ誰かが心配して待ってくれているということが、どれだけ幸せなのかを知っていた。
サーシャ「おかえりなさい。二人とも」
クルピンスキー&俺「ただいまっ!」
パーティーが終わり、俺は会場である談話室の掃除をしていた。
初めの内は他の隊員たちも手伝うと言ってきたのだが、夜も遅い上に最近はやたらと冷えることもあり、彼女たちの体調を案じた俺が一人でやると言って半ば無理やり談話室から弾き出したのだ。
俺「伯爵。パーティーはどうだった?」
誕生日パーティーがお開きになってもなおソファに座り込み、ぼんやりと天井を眺めているクルピンスキーを見つけ、彼女の傍へと歩み寄る。
クルピンスキー「もう最っ高だね! お酒は美味しいし、みんなも可愛いしっ!」
箒を手にする俺の姿を見つけたクルピンスキーが破顔し、けらけらと笑い始める。
どうやら酔いが回っているようであり頬が紅潮しており、いつも以上に艶っぽく見えた。
俺「そいつはよかった……って、その可愛いの中には俺も含まれてるのか?」
クルピンスキー「もちろんっ! 酔った隊長とエディータに絡まれたときの表情は可愛かったよ?」
腹に手を当てて笑い出すクルピンスキーに俺は顔をしかめ、身震いを起こした。
パーティーが中盤に差し掛かった頃である。
酒を煽ったラルとロスマンにそれぞれ左右から抱きつかれ、首筋やら頬を舌で舐め回されたときの感触が蘇り、握っていた箒を床の上に放り投げて両肩を抱く。
幸い数少ない良心であるサーシャによって二人はすぐに引き剥がされたものの、彼女らの双眸に浮かぶ妖艶かつ嗜虐的な光に、頬や首筋を這う舌の生々しい感触と生温かさをあのまま感じ続けていたら、新たな性癖が開発されていたに違いない。
俺「よしてくれ。あれは本当に心臓に悪いんだ」
生憎と自分はマゾじゃないんだと心の中で付け加える。
特に押し付けられる乳房の柔らかさとか髪の毛から漂う甘い香りとか。
普段から大人の余裕を見せているからこそ、しっかりと反応して股座にテントを張る息子を見つけてしまうとどうしようもなく悲しくなってしまうのである。
クルピンスキー「そういえば、俺からのプレゼントがまだなんだけど?」
俺「あぁ。そうだったな」
思い出したように返し、ポケットに手を突っ込む。
指先に箱の堅い感触が触れていることから、どうやら忘れずに持ってくることが出来たようだ。
クルピンスキー「もしかして……忘れてた?」
俺「あんまりにも楽しかったからな。すっかりと」
クルピンスキー「へぇ……これはプレゼントのハードルを高めないといけないみたいだね」
意地悪そうに唇を吊り上げながら笑い声を洩らすクルピンスキーを前に頬を掻く俺は一言、
俺「まいったな……」
と洩らす。
そんな彼の困ったような表情を見て満足したのか、彼女はちろっと舌を出して笑い飛ばした。
クルピンスキー「なんてね。別に無くたって気持ちだけでも僕は嬉しいよ」
俺「あるにはあるさ。それじゃ……はい、誕生日おめでとうな」
クルピンスキー「これは?」
差し出されたのは手の平に収まるサイズの小さな箱だった。
小物入れ――にしては小さすぎる。
指輪――そもそも、彼とはそこまで踏み込んだ仲ではないはずだ。
俺「まぁ、なんだ……開けてみてくれ。そのほうが早い」
クルピンスキー「うん」
クルピンスキー「あ……」
蓋を開き、小さく声を洩らした。
奏でられる優しげな音色が室内に響く。
俺「伯爵?」
クルピンスキー「えっ? あっ!?」
頬を伝う生暖かな感触に手をやると指先が濡れた。
自分でも知らないうちに涙を流していることに気がついたクルピンスキーは泣き顔を見られないよう俺に背を向ける。
音楽を聴いて感極まって涙を流すなどいつ以来だろうと考えながら目尻を拭う。
俺「あー……もしかして、気に入らなかったか?」
初めはグラスやワインを贈ろうと考えていたが、クルピンスキーと頻繁に晩酌を行う間柄だからこそ、酒類とは関係の無い『普段とは違うもの』を贈りたかった。
どんな美酒であっても飲み終えれば瓶だけしか残らない。
美しいグラスもふとした切欠で簡単に割れてしまうかもしれない。
何よりもせっかくの誕生日プレゼントが壊れる悲しさを彼女に味わって欲しくもなかった。
だからこそ誕生日くらいは別のものを、形として、出来るだけ心に残りやすいものとしてオルゴールを選んだのだ。
クルピンスキー「違う! ただ、予想していたのじゃなかっただけで! だってオルゴールなんて女の子っぽいもの僕には――」
落胆したような俺の言葉を慌てて否定し、思いの丈を溢れさせてしまう。
普段から晩酌を共にする仲故にクルピンスキーは俺が酒やグラスを贈って来るものだと思っていた。
それだけにオルゴールの澄んだメロディを聴いた瞬間、心を震わせる音色に思わず聴き入ってしまいあまつさえ涙まで流してしまったのだ。
俺「似合わないなんて思ってるなら、そいつは間違いだぞ」
クルピンスキー「えっ?」
俺「そうやって顔を真っ赤にして照れているところとかさ。すっごく可愛いと思うし、十分女の子してると思うぞ?」
クルピンスキー「ふぇっ!?」
可愛いという言葉を耳にしたクルピンスキーの頬にゆっくりと朱色が差し込んでいく。
酔いの所為か日頃の優雅で飄々とした態度もどこかへと消え去り、歳相応の可愛らしい少女の一面が表れていた。
俺「ほぅほぅ……ますます赤くなりましたなぁ。鏡でも持ってくるか? 可愛い女の子の顔してるぞ?」
クルピンスキー「かっ、からかわないでよ。もうっ……俺と一緒だと僕のペースが狂っちゃうよっ」
俺「はっはっは。すまんすまん」
クルピンスキー「これじゃ……熊さんのこと笑えないじゃないか……」
唇を尖らせ、頬を膨らませるクルピンスキーが俺の胸元を片手で叩いた。
上目遣いの眼差しに混ざる恥ずかしさと恨めしさ。
クルピンスキー「それに……こんなの変だよ……! こんなにどきどきするなんて……いつもの僕じゃないよっ」
俺「はっはっは。悩め、悩むのだ若人よ。そうやって誰もが大人になっていくんだよ」
クルピンスキー「他人事だと思って……!!」
額を押し付け、叩いていた手でシャツを掴むクルピンスキーの頭を撫でながら笑い飛ばす。
制御が利かないまでに感情が昂ぶっているのか、彼女の頭から発現した使い魔であるワイマラナーの耳が力なく萎れていた。
日付が変わる僅か手前の時刻。
布団と新たにベッドの仲間に加わった毛布に包まれて今にも夢の世界へ入ろうと俺が瞼を閉じかけたときである。
自室と廊下を繋ぐドアが音を立てて開いたかと思えば、侵入してきた何者かは俺が身を越す前に足早にベッドへと近づき布団の中へと入り込んだ。
クルピンスキー「……あったかい」
俺「伯爵!?」
クルピンスキー「……さむい」
俺「は……え!? おまっ! こんなところで何してるんだよっ!?」
聞き覚えのある侵入者の声に目を見開く。
クルピンスキー「一人で寝ると寒いから……今日はここで寝かせて……」
俺「寝かせてって……おい! 女の子が簡単に男のベッドに上がり込むもんじゃないぞ!」
背中に押し付けられてくるクルピンスキーの柔らかな肢体が火照っていることや、癖のある蜜色の髪から漂う甘い香りから彼女がついさきほどまでシャワーを浴びていたことを悟った。
それと同時にこういうときだけ異様に回転が速くなる脳みそに俺は無性に自分が情けなくなった。
俺「(それにしても……)」
なぜクルピンスキーは自分のベッドに入り込んで来たのだろうか。
彼女とは暇さえあれば酒を酌み交わす仲であるが、決して恋人関係にあるわけではない。
ましてや同じベッドで一夜を過ごす仲でもないはずだ。
そもそも彼女が易々と男の布団に潜り込むほどいい加減な性格でないこともよく知っている。
たしかに以前、基地近くの街にあるバーで酔いつぶれた彼女を背負って連れ帰った際に鼻の頭に軽いキスをされたことはあったが、それは運んだ礼と店から出るときに着せたジャケットのレンタル代のはずであり、俺自身もそう解釈していた。
俺「(まさか……さっきのプレゼントが原因、なわけないか……)」
いくら誕生日プレゼントを贈ったぐらいでここまでされるわけがない。
ということは、考え出される結論は一つに絞られる。
俺「(酔ってるのか……? 伯爵)」
クルピンスキー「……ッ!」
俺の心配を他所に一方でクルピンスキーも何故こんな大胆な行動に出ているのか自分でも説明がつかなかった。
酒と女をこよなく愛するのがプンスキー伯爵のはずだ。
ならば、どうして自分はいま男のベッドに入り込み、あまつさえ彼の背中に寄り添っているのか。
クルピンスキー「(こんなの……僕らしくないのに……)」
答えは出てこない。
ただ、分かることはいま自分が安心しているということだ。
クルピンスキー「(俺の背中、あったかいなぁ。父さんみたい)」
帰宅してきた父の背中に抱きつき、そのままリビングまで背負われた幼少期の思い出が蘇る。
幼かった自分が父の背中にしがみつくことで安心感を得ていたように、今の自分も同じように俺の背に頬を摺り寄せることで安らぎを得ているのだ。
俺「なぁ……伯爵。もしかして寒いのか?」
クルピンスキー「えっ……?」
俺「震えてるぞ?」
言われて
初めて身体が小刻みに震えていることに気がついた。
季節は十一月な上にここは北国である。
加えて今は夜が老け込み、もっとも冷え込む時間帯だ。
対してクルピンスキーの服装は下着の上に寝巻きとカーディガンを羽織っているものの、湯上りなせいか、彼女の体温は急激に落ち込んでいた。
クルピンスキー「うん……寒い、かな……」
俺「部屋に戻らなくていいのか?」
クルピンスキー「廊下は、もっと寒いよ」
俺「たしかにそうだけど。なんだったら部屋までついて行ってやろうか?」
男の部屋よりはマシなはずだしなと考えていると、後ろから抱きしめてくるクルピンスキーの腕が力を強めてきた。
クルピンスキー「……やだ。今日はここで休む」
俺「おいおい、勘弁してくれよ。こんなところ見られちまったら袋叩きにされちまうよ」
拳に魔法力を集中させる管野の怒り狂った表情が。
スパナを握り締めるサーシャの凍りついた笑顔が。
使い魔の耳と尻尾を発現させサディスティックな笑みを浮かべるラルの姿が脳裏に過ぎる。
この場面を彼女らに目撃された日には自分の人生は終わるだろう。
もしかすると「お/れ」になっているのかもしれない。考えただけでゾッとした。
クルピンスキー「おれ……おねがい……」
彼を通して父の面影を見るつもりではないが、こうも心が安らいでいると手放したくなくなるのだ。
俺「……わかったよ。好きにしなさい……」
後ろから返って来るか細い声に俺は何も言えなくなった。
本来ならこういったことは恋人同士でやるもんじゃないかなぁと胸の中でぼやく。
たしかに背筋に押し付けられている双丘の柔らかさに関していえば役得ではあるものの、このときばかりは下心といったものは沸いてこなかった。
クルピンスキー「……うん。ありがと」
疲れきったような言葉を耳にし、口元を緩めて俺の背中に顔を埋めた。
クルピンスキー「……俺? もう、寝ちゃった?」
俺「いいや。起きてるよ」
黙り込んだ俺に声をかける。
返事が返ってきたことに安心感を覚え、口を開いた。
クルピンスキー「ねぇ。俺は寒いの平気なの?」
俺「子供のころは嫌いだったな。休みの日は殆ど
こたつの中にいたほどだしなぁ」
クルピンスキー「コタツ?」
俺「扶桑の暖房器具だよ」
クルピンスキー「そういえば定子ちゃんやナオちゃんが前に言ってた気がする」
俺「温かいぞぉ。猫はこたつで丸くなる、なんて言葉があるくらいだからな」
クルピンスキー「いいなぁ。暖炉とはまた違うんだろうね」
俺「でも入ってると眠くなるんだよなぁ」
そういえば眠ってしまった度に智子がすぐ目の前で寝息を立てていたり、綾香に引きずり出されて無理やり起こされたこともあったけなぁと思い出に浸っていると鋭さを帯びた声が背後から返ってくる。
クルピンスキー「俺……いま他の女の子のこと考えてたでしょ……?」
俺「ッ!? よ……よくわかったな。少し思い出にひた――」
クルピンスキー「認めたねっ!?」
次の瞬間、背後から伸びる手が頬を引っ張った。
俺「いっででででで!? 何をする!?」
クルピンスキー「僕だってわからないよ! でも……なんだか無性に俺のほっぺを引っ張りたくなった!!」
俺「ったく……あいてててて。今日のお前絶対変だぞ……断言できる」
クルピンスキー「別に。変なんかじゃない」
俺「なに怒ってるんだよ?」
どうして怒りが込み上げてきたのだろうか。
二人でいるときに俺が他の女のことを考えていたから?
だとしたら、これは嫉妬になるのか?
第一、自分は嫉妬するほど彼に特別な思いを抱いているのか?
浮かび上がる疑問が混ざり合い、大きな雲になるのを感じながらもクルピンスキーはこれ以上深く考えるのをやめた。
俺とは共に背中を預け合う仲間であり、同じ部隊に所属する家族であり、気の合う飲み友達の関係で良いのだ。
クルピンスキー「本当に申し訳ないって思ってる?」
俺「まぁ……そりゃ、な」
クルピンスキー「よろしいっ。なら俺には罰として」
一度言葉を区切ると俺の身体を越えて窓際まで移動し彼と向かい合う。
クルピンスキー「寒いから僕のこと、ぎゅってしてもらおうかな?」
俺「は……いや……えぇ!?」
クルピンスキー「申し訳ないって思ってるんでしょ?」
俺「だからって伯しゃ――」
クルピンスキー「ヴァルトルート」
俺の言葉を遮りクルピンスキーが彼の唇に人差し指を当てた。
銃を握る指とは思えないほどの柔らかさが唇に伝わり、俺の頬が緩やかに紅潮していった。
俺「うん?」
クルピンスキー「今日だけでいいから……伯爵じゃなくて、名前で。ヴァルトルートって呼んで」
俺「それは、どうしてだ?」
クルピンスキー「だって他の子たちはちゃんと苗字や名前で呼んでるのに。僕だけ“伯爵”じゃないか」
俺「そんなこと言ったってなぁ。伯爵で良いって初めて会ったとき言ったじゃないか」
クルピンスキー「そうだけど……おねがい。今日だけで良いから」
俺「分かったよ。はくしゃ――」
クルピンスキー「ヴァ・ル・ト・ル・ー・ト」
これ以上言わせないで。
彼女の瞳がそう告げているのを捉え、観念したように溜息を吐いた。
この子がベッドに入ってきたからというもの、やたらと叫んでいる気がする。
ガランドといい、あの黒い悪魔といい、この娘といい。
カールスラントの女性が揃いも揃って押しが強いのは、血筋か何かの所為なのだろうか。
俺「ヴァ……ヴァル……ヴァルト……ルート」
数珠繋ぎで搾り出される言葉にクルピンスキーが満足げな笑みを零した。
クルピンスキー「……うんっ!」
少なくとも今はまだ。
この関係で、この距離でいい。
友人として、この男と杯を交し合うだけで良いのだ。
クルピンスキー「おやすみっ! おれっ!」
おしまい
照れる伯爵が見たいと考えていたら、こうなってしまいました。
本編初期には伯爵√もあったのですが、尺の関係上カットとなりました。
いくらなんでも三人を超えたら不味いのではと思いましたので。
最終更新:2013年02月04日 14:39