十月三十一日こと今日。
遠い海のかなたにある国ではハロウィンなる祝いごとが催されているらしい。
何でもモンスターやら吸血鬼やらに扮した子供たちが各家庭を襲撃し、菓子くれないと悪戯すっぞ、と脅しては菓子類を根こそぎ強奪するそうな。
初めてこの物騒極まりない祭りを耳にしたとき、まだ幼かった当時の自分は文化の違いに恐れおののいたものだ。
尤も、今となってはそんな幼少期に感じた戦慄など笑い飛ばせるほどの余裕は持っているつもりだ。
俺「よっし! 良い具合に焼けたぞ!」
オーブンから焼きあがったスポンジケーキをトレーごと取り出し、満足げに口元をほころばせた。
生地に練りこんであるカボチャの甘い香りが鼻の奥をくすぐった。
隣でボールの中のクリームをかき混ぜる武子も上出来と言わんばかりに穏やかな笑みを口元に湛えている。
いくら今日が十月三十一日だといっても、俺や武子もハロウィンのためにわざわざカボチャのケーキを焼いているわけではない。
遠い異世界で暮らすどこぞの骸骨男には申し訳ないが、今日はそれ以上に大切な行事があるのだ。
智子「おまたせっ」
黒江「食堂の飾りつけは一通り終わったぞ」
食堂の飾り付けを任されていた智子と黒江が仕事を終えたらしく台所へと入ってくる。
その際に充満する甘い香りを吸っては満足げな笑みを浮かべた。
武子「ありがとう」
俺「ご苦労さん。怪我とかしなかったか?」
智子「もちろんっ! これくらい朝飯前よ!」
黒江「相変わらず心配性だな」
俺「そりゃ心配もするさ。今日はめでたい日なんだから、なお更な」
十月三十一日。
この日は加東圭子の誕生日でもあった。
智子「ね、ねぇ? 武子」
武子「なぁに?」
智子「その……私にも手伝えることはないかしら?」
どこか期待したような眼差しを俺と武子に向ける智子。
手を後ろに組み、もじもじと身体を左右に揺らす智子の様子を視界に捉えた瞬間、俺は彼女の頭を無性に撫で回したい衝動に駆られた。
俺「(撫でたい! 抱きしめたい! もふもふしたい! ほっぺたすりすりしたい!! 思う存分撫で回したい!!)」
普段は頑固で生真面目かつプライドの高い彼女が小動物のように身を捩らせているのである。
これを見て平静を保つことが出来る男が果たしてこの世に何人いるのだろうか。
胸裏で煩悩と理性の板ばさみに遭う俺とは反対に武子の口調は落ち着いたものであった。
武子「平気よ。あとは簡単な作業だから先に食堂で待っていてもらえる? ここは私と俺で何とかなるわ」
その言葉に智子と黒江の表情が不機嫌そうに曇った。
役割分担が決定したときから、この調子である。
お世辞にも大きいとはいえない台所に俺と武子が二人並んで調理をする姿が気に入らないらしく、整った容貌にはいつまで独り占めする気だといった言葉が書き連ねられていた。
武子「仕方ないでしょ? くじ引きで決まったんだから」
棘を含んだ二人の視線を受け流し、諭すような口調で返す武子だが黒い瞳にはどこか勝者の余裕とでも言うべき光が宿っていた。
険悪な流れへと傾きかけている場の空気を察知し、何とか払拭させようと俺は思いだしたように口を開く。
俺「あー……武子。今さ、クリームってどんな状態だ? 味見とか出来るのか?」
武子「えっ? えぇ、出来るわよ。一口食べてみる?」
俺「是非とも」
武子「少し位でお願いね?」
差し出されたボールにスプーンを入れ少量のクリームを口元に運ぶ。
俺「うん! 美味しい!」
どちらかといえば甘さは抑えられているほうだがスポンジケーキ自体が甘いため、この濃さで問題はないだろう。
その辺りも抜かりなく頭に入れているのだから流石は武子だ。
武子「あぁ、俺。ちょっと待って……クリームがついてるわ」
俺「ん? そうか?」
武子「駄目よ。動かないで」
武子が近づき、口周りについたクリームをほっそりとした指で拭うや否や、それを三人の眼前で咥えた。
武子「んっ……ぅん……」
目を丸くする俺、智子、黒江をよそに武子は拭い取ったクリームを指ごと舐めしゃぶる。
もうクリームなどとっくに口を通して胃へと送られているはずだというのに、残りはないかと自身の指を念入りに舐め回していく姿に俺は心臓が大きな鼓動を放ったのを感じた。
唾液が絡む音が台所に響く。
武子「んちゅっ……んっ……っはぁ」
俺「(起きるな息子よ! まだ目覚めの時ではない!!)」
ただクリームを舐め取っているというのに、どうしてこんなにも官能的に映ってしまうのだろうか。
隆起する愚息を悟られないよう自然と前のめりの体勢を強いられる形となる俺に武子が目を細めて微笑んだ。
武子「そうね。このくらいの味がちょうど良いかも知れないわ」
俺「あ、あぁ……美味しい、な」
胸の高鳴りを抑えるどころか武子の顔を直視することも出来ず、思わず視線を逸らす。
思い返せば先月の誕生日から武子は急に絡むようになってきた気がする。
例えばボタンがずれていたら、
――もう仕方ないわね。あぁ、動かないで……――
と微笑みながら留め直してくれるし寝癖が直っていなければ、わざわざブラシを持ってきて髪の毛を梳いてくれるといった具合に何かにつけて世話を焼いてくれるのだが、やはり気恥ずかしい。
近づかれる度に武子の澄んだ黒瞳がこちらを見つめ、黒髪から漂う甘い香りが愚息をいきり立たせるのだから。
俺「……ひッ!?」
不意に刃物でも突きつけられたような感覚が背筋を走った。
ゆっくりと背後へ振り向いてみれば、鬼のような形相の智子と黒江が唇の片端を吊り上げていた。
智子「随分と楽しそうねぇ……?」
黒江「美味しくて良かったなぁ? さぞかし甘かったんだろうなぁ? えぇ?」
普段なら互いに睨み合っている竜虎の視線を一身に浴びた俺の体温が急激に下がる。
まるで冷凍庫にでも放り投げられたかのような寒気を覚える俺は笑う膝に力を込めて、一歩後ずさった。
俺「あ! あわわ! あわわわわわ!!!」
武子「何か不服かしら? 俺はただ味見をして、私は彼の口周りについているクリームを拭っただけよ? どこかおかしい?」
顔を青ざめて震える俺の前に武子が躍り出る。
智子「おかしいし、不服に決まってるわよ!!!」
涼しげな武子とは裏腹に智子が声を荒げた。
この部隊の中で唯一付き合いが長いというアドバンテージが崩れ落ち始めている現状に業を煮やしていた智子にとって、この状況は耐え難いものだった。
そもそも幼い頃からずっと傍にいたのは自分なのだ。
それなのに、あとから現れてきた女に易々と渡せるわけがない。
たとえ相手が親友であろうとも。いや、親友だからこそなおのこと我慢が出来ないのだ。
黒江「フジばかり!」
同じように黒江も形の良い柳眉を吊り上げた。
彼女も智子と同じく、俺と武子が仲睦まじく台所に立つ光景を前に露骨に不満そうな表情を浮かべた。
黒江「そんなにくっついていたら……ま……ま! まるで夫婦みたいじゃないか!!」
智子「ふっ!? なななな、何てこというのよ!!」
黒江「しまっ!?」
武子「夫婦……ね。俺はどうおも……あれ? 俺はどこ?」
頬を茹蛸のように赤く染め上げる黒江の放った言葉に武子が口元を綻ばせながら、後ろの俺に振り向くも、そこに俺の姿は見当たらなかった。
俺「はぁ……おなか痛いよぅ。何であんなに空気が重くなるんだよぅ……」
割烹着が妙に似合う男が一人基地内を徘徊していた。
智子たち三人に気付かれぬようこっそりと厨房を抜け出していた俺である。
痛み出す胃に顔を引き攣らせる俺は大した理由も無く格納庫へと足を踏み入れた。
あの重苦しい空気から抜け出すことが出来るのならどこでもよかった。
俺「あいたたたた。こりゃ医務室で胃薬もらわないと駄目かな……」
圭子「俺、こんなところでどうしたの? それにその姿は?」
俺「圭子?」
横から飛んでくる聞き覚えのある声の方へと振り向けば、そこには今日の主役であるはずの加東圭子がこちらに歩み寄ってきていた。
右肩に担がれた長銃と額に浮かぶ汗から圭子がつい今しがたまで射撃の訓練を行っていたことを察した俺は懐から取り出した手ぬぐいが洗いたてのものだと確認してから彼女に手渡す。
俺「預かるよ。担いだままだと邪魔だろう?」
圭子「ありがと。悪いわね」
差し出された長銃を手に取ると、グリップの部分はやけに生温かかった。
今まで彼女が握り続けていたのだから、当たり前である。
その柔らかな温もりを手の平で実感していると額を拭い終えた圭子が口を開いた。
圭子「それで、こんなところで何してるの? 割烹着なんか着て……料理でも作ってたの?」
俺「まぁ、そんなところだ……って。おまえ、もしかして今日が何の日か忘れてないか?」
圭子「今日? たしか……ハロウィンだっけ?」
俺「あのなぁ……本当に何も思い出せないのか?」
まさか自分の誕生日を忘れていたとは思わず拍子抜けしてしまう。
圭子「え……あ……あぁ!」
俺「やっと思いだしたか」
圭子「じゃあ、その格好は……私のために?」
俺「当たり前だろ。それに俺だけじゃなくて武子や智子、綾香だって手伝ってくれてるんだぞ?」
圭子「……あ、ありが……とう」
気恥ずかしいのか視線を宙に泳がせる圭子をよそに俺は思いだしようにポケットへと手を入れる。
俺「そうそう。忘れない内に渡しておくか」
フライング――というわけではないが、こういったものは早い内に渡した方が良いはずだ。
ポケットに突っ込んでいた所為か少し袋が崩れているが、中身がそう簡単に壊れるものでないと知っていた俺は袋の歪みを直すとそれを圭子へと差し出した。
圭子「これ……もしかして」
俺「俺からの誕生日プレゼントな」
圭子「……開けても良い?」
俺「もちろん」
なるべく破かないように袋を開くと中から真新しいゴーグルがその姿を露にした。
大きなレンズは若干分厚めだというのに、手にした際の重みはまったく感じられない
圭子「わぁ……」
俺「リベリオンで作られた最新モデルらしてくてな。レンズの部分なんか砂漠の砂嵐にあっても傷一つ付かないらしいぞ?」
圭子「すごい……でも、どうしてゴーグルなの?」
俺「今持っているのは傷が目立ってるからな」
俺の指摘を受け、ゴーグルを取り出すと確かにバンドの部分には深い傷が走っていた。
戦闘時にはまるで気が付かなかったが、この様子だとそう長くは保ちそうにないだろう。
圭子「ほんとう……自分でも気が付かなかったわ」
俺「おまえのことだってちゃんと見てるんだぞ?」
圭子「えっ!? あ……そのっ……それはっ」
部隊の中では敏子に次ぐ階級である俺の仕事は部隊を管理する武子の補佐である。
階級的に本来ならば大尉である彼の仕事のはずなのだが、部隊長の敏子が武子に任せた方が確実だといい彼女に部隊管理を任せたのだという。
俺も敏子の判断なら間違いはないだろうと納得して武子の補佐という立場を引き受け、それからは隊員全体のコンディションを正確に把握することも主な仕事の一つとしている。
そういった意味合いを込めての発現だったのだが年頃の少女である圭子にはどうやら刺激が強すぎたようである。
圭子「ありが……とう。そのっ……すごく、うれしい……」
照れたように、嬉しそうに頬をほんのりと染めていく。
花も恥らう年頃の少女にとって同年代の異性から贈られる誕生日プレゼントには心をときめかせるものが少なからずあるのだ。
敏子『二人とも聞こえる?』
俺「あぁ、聞こえる。何かあったのか?」
敏子『近海にネウロイが確認されたわ。武子と智子と綾香は基地で待機、迎撃には俺と圭子の二人に出てもらうわ』
俺「了解……だそうだ。いけるか? 圭子」
圭子「えぇ! さっそくこれ! 使わせてもらうわよ!!」
俺から受け取った長銃を右肩に担ぎ、ゴーグルを装着する。
眩い陽光を浴び、レンズが煌きを放った。
交戦開始から十分と経たぬ内に戦局は圭子と俺の二人へと傾いていた。
縦横無尽に飛び回る小型の動きを正確に捉えた圭子が得意の見越し射撃で以って撃墜し、彼女の背中を守ろうと俺が放った広範囲の衝撃波が数の利を覆す。
俺「こいつで!!」
圭子「終わりよ!!!」
両翼を穿たれ、海へと墜落していく最後の一揆が放った一発が圭子のストライカーユニットの先端部を貫いた。
圭子「しまっ――」
俺「圭子!!」
体勢を崩した圭子の身体が海面へと落下する前に、傍へと寄った俺が彼女の腰に手を回し抱き寄せるや否や重力に引き寄せられる彼女と共に空高く上昇する。
無事に彼女の落下を阻止することが出来たのだと遅れて気がついた途端に全身の毛穴から脂汗が吹き出た。
激しく脈を打つ心臓の鼓動まで聞こえてくる。
俺「大丈夫か?」
圭子「え、えぇ。でもストライカーが……」
先端部が破損した左のストライカーに視線を落とす圭子が凛とした声音のトーンも落とした。
俺「圭子のほうが大切だ。人間の身体は機械と違って代えがないんだぞ?」
圭子「ありがとう。そういってもらえると……嬉しいわね」
俺「こちら俺大尉。敵部隊の消滅を確認。なお加東少尉のストライカーが被弾したものの、少尉に外傷はなし。このまま基地へと帰還する」
敏子『了解。パーティーの準備はとっくに出来てるから早く戻ってらっしゃい』
俺「さってと。帰りますかな」
圭子「俺! 見て!」
俺「ん? あ、あぁ……」
圭子の視線を追いかけると、ちょうど太陽が水平線のかなたへと沈みかけていた。
戦っている最中は変わっていく空の色など気にかける余裕も無かったが、こうして戦いが終わったあとに眺めていると時間の流れすら忘れてしまいそうになる。
圭子「綺麗ね……」
俺「あぁ。本当だな……」
朱色の光を放つそれが完全に沈むまで俺と圭子は互いに寄り添ったまま眺め続けた。
翌朝のことである。
俺は身体を揺さぶられる感覚で目を覚ました。
日付は十一月の一日であり、壁に立てかけてある時計の針はまだ起床時刻前を指し示していた。
全身を包み込む肌寒さを感じながら、瞼を開くと身体の上に馬乗りになる圭子がこちらを見下ろしている光景が飛び込んできた。
俺は真っ先に圭子が自分の部屋を尋ねてくる珍しさよりも、彼女が自分の腹部に乗っかっていることで朝から元気一杯にテントを張る愚息の存在に気付いていないことに感謝した。
俺「圭子?」
圭子「おはよう。起きてる?」
俺「起こしておいて、よく言うよ」
圭子「それも……そうね。ごめんなさい……」
俺「それで何か用か? まだ起床時刻前だろう?」
圭子「起床時刻前に起こしちゃダメなの?」
俺「限界まで寝ていたいからな。それじゃ!」
圭子「ちょ! ちょっと!!」
再び布団の中に潜り込もうとする俺に圭子がしがみついた。
俺「なんだよ。どいてくれないと布団に入れないじゃないか」
圭子が布団の上から圧し掛かり、身体を揺らしたせいで完全に目を覚ましてしまったのだ。
せめて秋の早朝の寒さから少しでも身を守るために布団に潜ろうとしところを圭子に邪魔され、やや棘を含んだ言葉を零す。
圭子「だって寝るんでしょ?」
俺「寝たいところなんだが……誰かさんのせいで目が覚めたしな」
圭子「じゃあ、どうして布団の中に入ろうとするのよ?」
俺「寒いからだ」
圭子「あぁもう!!!」
ぶっきらぼうに返すと無理やり布団の中へ入り込む俺の姿に業を煮やした圭子が、俺の身体から降りて布団を掴むや否や両腕に力を込めて布団を奪い取った。
俺「ギャァァァァァァァァァァ!!!!!」
圭子「まったくもう……」
まるで日の光を浴びる吸血鬼のようだと思いつつ敷布団の上で身を捩らせる俺の肩に手を伸ばす。
歳の割には逞しい彼の身体を起こすと自身へと抱き寄せた。
俺「なッ!?」
圭子「こっ! これなら! 寒くないでしょう!?」
驚愕に目を見開く俺の身体を抱きしめる圭子が声を震わせた。
俺の視界には入らないものの彼女の大きめで魅力的な双眸は潤んだ輝きを放っていた。
俺「おまっ!? これじゃ当たっ――」
圭子「言わないで! 自分でやっていて恥ずかしいと思ってるんだから!」
俺「だったら離せばいいだろう!?」
圭子「いやよ!」
離れようと圭子を押しのけるも声を荒げる彼女が一層強く身体を抱きしめてきたため、離れるどころか彼女の柔らかな肢体が更に押し付けられることとなった。
俺「いやよって……おまえなぁ……」
圭子「だって……こうでもしないと来てくれないじゃない……」
俺「……わかった、どこへでも付き合うよ。着替えるから廊下で待っててくれないか」
恥ずかしさのあまり、か細くなる圭子の言葉から彼女が自分をある場所へと連れて行きたいことを悟った俺は彼女を剥がすと立ち上がり箪笥へと向かう。
圭子「えっ……いいの?」
あれだけ布団から出るのを嫌がってたのに一体どういう風の吹き回しなのか。
肌着を脱ぎ捨て露になった俺の背中を目の当たりにし、慌てて顔を背ける。
俺「どうせ今からじゃ……二度寝する時間もないしふぁぁぁ」
圭子「……ありがとう。それじゃあ廊下で待ってるわね?」
俺「ふぁぁぁぁぁあい」
ただでさえ寒い季節になっているのだから早朝の寒さも身に染みるものだった。
俺「うぅぅぅ……さむいなぁ」
寒そうに両手を擦り合わせ、白くなった吐息を吹きかける。
十一月でこの寒さなのだ。
これから十二月、一月、二月と本格的に厳しい寒さとなる季節に自分は果たして耐えられるだろうか。
休みはぜったいに
こたつから出ないぞと頭の中で決心を固めていると、小刻みに震える手が圭子の両手に包みこまれた。
圭子「これなら……温かい?」
俺「あ……あぁ。あたたかい、な……」
圭子「ふふっ。よかった」
俺「それで。どうしてこんなところに連れてきたんだ?」
微笑む圭子の顔に全身が火照るのを感じた俺はお茶を濁すように辺りを見回す。
連れられて来たのは基地の屋上だった。日は昇っておらず空はまだ薄暗い。
圭子「俺に見せたいものがあってね」
俺「見せたいものって……星か?」
薄暗い空を仰ぐ。
夜明け前だけあってか星の数が減っているように見える。
圭子「ちょっと違うわね。そこにベンチがあるから座って待ちましょう」
俺「待つ?」
圭子「ほら早くっ」
俺「おっとと。そんなに引っ張るなって」
引っ張られるようにベンチに座り、隣にいる圭子に習って前方の景色に黙って視線を注ぐ。
いつまでたっても変化のない景色を見せられ再び眠気がこみ上げてきたとき、隣に座る圭子の身体が小刻みに震えていることに気がついた。
俺「圭子? もしかして、寒いのか?」
圭子「えっ……えぇ。こんなに寒いなら、もっと厚着してくれば良かったわ」
俺「着るか?」
圭子「……それよりも温かそうなものを見つけたわ」
ジャケットを脱ごうとする俺を手で制止した圭子は小さく息を吸って彼の身体へともたれかかった。
俺「けっ! 圭子っ!?」
女性特有の柔らかな肢体の感触と甘い香りに俺の声が裏返る。
圭子「はぁ……やっぱり温かい」
胸元に頬を埋めて自身の体温を堪能してくる圭子の頭に手を乗せる俺の口から諦観が入り混じった吐息が零れた。
智子といい、黒江といい、武子といい。そして圭子といい。
俺がいる部隊のウィッチたちは甘えん坊ばかりだなと思いつつ、彼女の猫っ毛を撫でてやると胸元から“ひゃんっ”というくすぐったそうな声が聞こえてきた。
圭子「ちょっ! くすぐっ……ひぃぁっ!?」
俺「人を湯たんぽ代わりにした罰だよ」
圭子「べっ! 別に良いじゃない! 寒いんだから……って、あ……俺!!!」
俺「……あっ」
胸板に頬を摺り寄せ満足げな笑みを零す圭子に注ぐ呆れた視線を持ち上げると、遠い彼方から太陽が昇り始めている光景が視界に入った。
空を覆う黒い闇が眩い陽光に切り裂かれる神秘的な光景に思わず見惚れてしまう。
圭子「どう? 綺麗でしょう?」
俺「あぁ……すごいな」
圭子「これを見せたかったの」
俺「そうだったのか……ありがとうな。圭子」
圭子「私のほうこそ、ありがとう。武子から聞いたわ……俺が誕生日会を開こうって言ってくれたんでしょ?」
俺「なんだ……喋っちゃったのかよ……」
秘密にしておきたかったのになぁと胸の中で呟いていると真っ直ぐに自分の顔を見つめてくる圭子の視線に気付き、妙な気恥ずかしさを感じて視線を泳がせた。
俺「な、なんだよ……」
圭子「別に。なんでもないわ……ありがとう、俺」
朝日に照らされた彼女の笑顔はいつもよりも輝いているように見えた。
おしまい
最終更新:2013年02月04日 14:41