太陽が水平線の彼方から顔を出す前、俺は額を走る痛みに目を覚ました。
部屋を埋め尽くす暗闇に目が慣れるまで数十秒とかからないのは裏の仕事で培ってきた技術だろう。
上半身を起こし大きく伸びをすると背中から小気味の良い音が鳴った。
俺「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
悪霊でも現れたかのような欠伸を上げ、重い瞼を擦り時計に目線を移す。
起床の合図が鳴るまでに幾分か余裕があった。
ルッキーニ「おれー!!」
起きるのが早すぎたなと思い、もう一眠りするために身体を横にしたときである。
扉を蹴破って姿を見せた小さな侵入者がツインテールに縛った黒髪をぴょこぴょこと揺らしながらベッドへと駆け寄ってきた。
そのまま俺の上に覆いかぶさる布団を年相応の華奢な手で掴むなり、激しく揺さぶり始める。
ルッキーニ「起きて! 起きてよぅ!」
俺「……えっと……ルッキーニ少尉、だったか? こんな朝から俺に何か用か?」
ルッキーニ「うん! ねぇ、俺! アタシと一緒に虫捕りにいこうよ!!」
俺「虫捕りぃ?」
昨日言ったでしょと続けるルッキーニの言葉に生返事を返しつつ、昨夜の出来事を回想した。
そういえば配属初日の昨日、自己紹介のときにそんなことを言われたなと思い出しベッドから降りる。
それにしても出会ったばかりの男の部屋に足を踏み入れるとは些か危機意識が欠落しているのではないか。
開放的な性格を持つ者が多いロマーニャ人の血が成せる業なのか。
単にまだ彼女がそういった知識がないのか。
自分は幼女の未成熟な肢体に対し、性的興奮を覚える特殊な性癖を持ち合わせていないが、もしその手の人間だったら彼女はどうするつもりだったのだろう。
俺「わかったよ。着替えるから廊下で待っててくれないか?」
どちらにせよ、こうして自分の許を訪ねてきてくれたのだ。
無碍にするわけにもいくまい。
少し早いが朝の運動には丁度良いだろう。
ルッキーニ「うん! 早く来てね!」
足音を立てて部屋を出て行く少女の背中を見送った俺がハンガーにかけて置いたシャツに袖を通した。
ボタンを留め、その上から長年に渡って苦楽を共にしてきた相棒を羽織る。
全身を覆う傷を見られぬよう夏場でも長袖を身に着けなければいけないのは面倒だが、こればかりは仕方ない。
ルッキーニ「おれー。まだー?」
俺「はいはい。今いきますよぉ……ふぁぁぁぁ」
襟元を直していると、廊下から明るさに満ちた人懐っこい声が聞こえる。
どうやら配属早々に騒がしい朝を迎えられそうだ。
ルッキーニ「うじゅぁぁぁ!! おっはよぉぉぉ!!!」
朝食の時刻となり、他の隊員たちよりも少し遅れて食堂へと入ってきたルッキーニの後に続く男の顔を見た途端にエイラは数百匹の苦虫を一度に噛み潰したかのような表情を浮かべて出迎えた。
ルッキーニに対してではない。その後ろにいる男に向かってである。
隣に座るサーニャが駄目よと言わんばかりに服の袖を引っ張ってくるが、いくら彼女といえども、こればかりは聞くことはできない。
エイラ「(ぐぬぬ……あいつぅ。サーニャのことを泣かせやがって……)」
歯と歯を擦り合せながらエイラが昨夜の出来事を脳裏に思い浮かべる。
回想開始。
――
サーニャ『エイラ、どうして俺さんをぶったりしたの……?』
エイラ『それは! あいつがサーニャのことを泣かせたからダ!』
サーニャ『違うわ。あれは私が勝手に泣いてしまっただけ』
エイラ『うぐっ。でもっ……でもっ』
サーニャ『エイラ? ちゃんと俺さんに謝って』
エイラ『だけどっ!!』
サーニャ『むぅっ』
エイラ『あぁ……サーニャ……』
――
以上、回想終了。
やはりサーニャは可愛かった。
怒る姿も可愛かった。
エイラ「(そんな可愛いサーニャを泣かせるなんて……サーニャはあんなこと言ってたけど。きっと優しいサーニャを上手く丸め込めたに違いないんダナ!!)」
俺「(まいったなぁ……)」
怒りに燃えるエイラの眼差しに気付き肩をすくめる。
あの鋭い目つきから察するに誤解は解けていないのだろう。
別段、嫌われたままでも一向に構わないのだがリトヴャク夫妻の手紙がサーニャの下へ届かないという事態だけはどうしても避けたい。
せめて、この手紙だけでも彼女に渡すことが出来れば良いのだが、あそこまで警戒された上に敵意まで向けられてしまってはサーニャに近づくことすら儘ならない。
仮に渡すところまで事を運べたとしても彼女ならこの手紙をラブレターか何かと勘違いして、破り捨てにかかろうとすることもあり得るのではないか。
涙を流すサーニャを見て自分に殴りかかったことを考慮すると、可能性はゼロとは言い切れない。
俺「(大人しく外堀から埋めていくしかない、か)」
今もまだ歯軋りをしたまま、自分に苛立った眼差しを向けるエイラのことを一先ず保留にした俺は席には着かず、厨房へと足を運ぶ。
昨日配属となったばかりの新参者が黙って運ばれてきた料理にありつくということに抵抗感を抱いた俺が配膳だけでも手伝おうと中に入ると、既に二人の小柄な少女がトレーに料理が盛り付けられた皿を乗せている最中であった。
俺「二人ともおはよう」
なるべく驚かせないようタイミングを見計らって声をかける。
宮藤「俺さん! おはようございます!!」
割烹着に身を包む小柄な扶桑人の少女が振り替えるや否や、見ていて心が洗われるような笑顔で返してくる。
自分より一回り年下だというのに、力強さをも内包した笑みを前に俺は自然と口元を綻ばせていた。
リーネ「おはよう……ございます」
出来る限り穏やかな口調に徹したことが功を奏したのか昨晩の自己紹介の際、自分に対して恐怖心を抱いていた少女も幾分か表情を和らげる。
それにしても、この少女。
自分の友人に似ている。やはり、彼女の身内なのだろうか。
俺「えぇっと……」
宮藤「宮藤芳佳です。よろしくお願いします」
リーネ「えっと、リネット……ビショップです。階級は芳佳ちゃんと同じく軍曹、です……」
俺「宮藤軍曹にビショップ軍曹か。ん? ビショップ?」
リネットと名乗る少女が告げたビショップという苗字が胸の奥に引っかかる。
世界中に数多くいる友人たちの中で、同じ苗字を持つ少女が一人だけいたことを思い出した。
リーネ「あ、あの……何か?」
宮藤「リーネちゃんが、どうかしたんですか?」
自分でも気付かぬ内に見つめてしまっていたのか、リーネが宮藤の背中に隠れた。
男に対する免疫が低いのだろうと思いつつ、
俺「もしかして……君の家族にウィルマって子はいないか?」
リーネ「ウィルマお姉ちゃんのこと……知っているんですか?」
予想通り、あのウィルマの身内であったようだ。
たしかに見れば見るほど彼女に似ている。ただ違うのは瞳に宿る輝きだろうか。
姉のウィルマが活発な光を宿しているのに対し、この娘は物事から一歩身を引く――どこか温厚なものに似た光を宿し、姉である彼女とは様々な面で正反対な印象を抱かせた。
俺「友達ってやつかな。結婚したって聞いたけど、ウィルマは元気か?」
リーネ「はいっ! 元気ですっ!」
俺「そっか、それは良かった。別れてから一度も連絡取ってなかったからなぁ」
姉の友人と分かるや否や緊張を解いたリーネの微笑に俺は胸を撫で下ろす。
どうやら、今後この娘とは上手くやっていけそうである。
俺「それじゃあ。二人とも短い間だけど、よろしく頼むよ」
芳佳&リーネ「はいっ!!」
俺「よっし。それじゃあ、運ぶか?」
芳佳「えっ、でも……」
俺「男手があればすぐ終わるだろう? 良かったら手伝わせてくれないか?」
おどけたように手を大きく横に広げてみせる。
リーネ「良いんですか?」
俺「昨日来たばかりの俺が黙って運ばれてきたモノを食べるわけにもいかないからな」
芳佳「そんな!! そんなことないですよ!!」
俺「ありがとな。でも、それに。こういう時は動いている方が気が楽なんだ」
リーネ「……それじゃあ」
芳佳「お願いしても……良いですか?」
俺「あぁ。遠慮なく使ってくれ」
自分に対する信頼は自分の手で勝ち取る。
昨晩にそう意気込んでみせた俺ではあるものの、流石に現在の状況には理解が追いついていなかった。
朝食を終えた直後、突如としてバルクホルンが目の前に現れたかと思えば彼女は有無を言わさぬ迫力で自分を格納庫まで引きずった。
自分が何かを言うよりも前にストライカーを履かせ、上がって来いというだけ言うと先に空へと昇っていってしまった。
ミーナから手渡されたMG42を背負う俺がバルクホルンと同じ高度まで上昇し、
俺「……バルクホルン大尉?」
バルクホルン『なんだ? 俺』
インカムを通して凛とした声音が鼓膜を打つ。
声の主であるバルクホルンは眼前――それも遥か遠方の宙に豆粒大の大きさとなって浮いていた。
俺「どうして俺はストライカー履いて大尉殿と
模擬戦せにゃならんのですか?」
バルクホルン『ペテルブルクで随分と揉まれていたようだが。私は言葉だけでそいつを判断し、背中を預けようとは思わん。それに食後の運動には持ってこいと思わんか?』
お前を信じることができない。
昨夜彼女の口から放たれた言葉が頭の中で再生される。
俺「そりゃ……ごもっともで」
バルクホルン『魔力減衰を迎え、シールドすら張ることがない。そんな奴が部隊に加われば、部隊の連携が崩れてしまうこともあり得る』
俺「それで俺の実力を確かめるために模擬戦をすると?」
バルクホルン『そうだ。ガランド少将には悪いが使えないようであるならば、出て行ってもらう』
ミーナ『ちょっと、バルクホルン大尉!? 何を勝手に!』
それまで二人のやり取りを黙って見守っていたミーナがバルクホルンの言葉を耳にし、慌てて通信に割り込んできた。
バルクホルン『それで仲間の命が守れるなら……私は喜んで汚れ役を引き受けよう』
ミーナ『でも!!』
エーリカ『いいじゃん、好きにやらせてあげようよ。どうせ聞かないんだから……そうでしょ? トゥルーデ』
通信に割り込む陽気な声。
黒い悪魔と名高きエーリカ・ハルトマンのそれである。
バルクホルン『すまんな、ハルトマン。そういうことだ、俺。悪いが全力で潰しにかからせてもらう。確かな腕を持っているなら……私程度を御することなど容易いだろう?』
俺「私程度、ね」
どこか挑発めいたバルクホルンの言葉に俺は諦観の眼差しを頭上に打ち上げた。
冗談であるならば、もっとマシなものを吐いて欲しいものだ。
携行するMG42を構え直し、苦笑いと共に胸中で独りごちる。
機は皆無ではない。
だが相手が相手であるだけに、この模擬戦相当に厳しい戦いとなるだろう。
おそらく……いや、確実に正攻法は通じない。
俺「そういうことなら……仕方ない、か。だけど、俺も黙ってやられるつもりはないぞ?」
諦めきった表情を張り付かせたまま、片手で頭髪を掻き毟る。
だとしても、負けて無様に出て行くわけにもいくまい。
格上の存在相手にどこまで立ち回ることが出来るかは定かでないが、自身の力を信じてこの地へ寄越したガランドの名誉のためにも何としてでも勝たなければならないのだ。
バルクホルン『それでいい。では……いくぞ!!』
言うなり、左右の両手に握るMG42のトリガを引き絞りながらバルクホルンが轟音を立てて肉薄した。
単なる猪突であるならば俺とて易々と躱すことが出来ただろう。
しかし、相手は柏葉剣付騎士鉄十字章を授与されたエースである。
言わずもがな、俺の回避先に向かってペイント弾を叩き込んでいく彼女は模擬戦開始から早々に“流れ“を自分に有利な方向へと変えつつあった。
相手が誰であれ何であれ冷静に状況を判断し、最善の一手を繋げていくことで確実なる勝利を奪い取る。
単純ではあるが、戦場において最重要でもあるこの基本戦術を常に貫けることこそゲルトルート・バルクホルンが世界屈指のエースたる所以であった。
俺「(チッ! いきなりかよ!)」
空いた左手に魔法力を収斂。
ペイント弾が直撃する寸前に擬似障壁の展開に成功した俺が胸の内で悪態吐く。
自身を射線上に捉えた瞬間、バルクホルンは引き金を引き終えるどころか回避進路先に向かって弾丸を弾き飛ばしていた。
擬似障壁にペイント弾が直撃し、表面に橙色が付着する。障壁を消滅させると同時に残りの弾丸を同じくMG42で撃ち落す。
両者共に一歩も譲らない攻防戦を基地のテラスにて望遠鏡越しに眺めていたミーナが模擬戦開始から始めて口を開いた。
ミーナ「あれは……シールド!?」
ガランドから送られてきた書類には魔力減衰によるシールド消失と記載されていた。
だが、俺はバルクホルンの初撃を確かに左手に展開したシールドで防いでみせたのだ。
驚嘆の声を上げる彼女の隣で二人の駆け引きを観戦していたハルトマンが双眼鏡を降ろす。
エーリカ「ううん……あれはシールドじゃない。ねぇ、ミーナ……俺の固有魔法って何だっけ?」
ミーナ「魔法力を衝撃波に変換して放射、と資料には書いてあるわ」
エーリカ「……多分、だけど。俺はその衝撃波を無理やり手元に押し留めてシールド状にしているんじゃないかな」
もし、この場に俺がいたら驚愕の余り目を見開いたであろう。
この小柄な少女は擬似障壁のカラクリを初見で見事に見抜いてみせたのだ。
普段は自由奔放、泰然自若を地で行く少女が見せるウルトラエースの一面に改めて頼もしさを感じたミーナが近くに置かれた椅子に腰掛ける。
ミーナ「フラウ。あなたは二人の力量差を見て、どちらが上だと思う?」
エーリカ「トゥルーデ」
ミーナに習い、椅子に座るエーリカが間髪入れずに応えた。
思考する素振りを微塵も見せない彼女の即答に驚きつつ、
ミーナ「それは、どうして?」
エーリカ「俺の動きを見れば分かるよ。あれ。シールドの真似をしているけど、本物と違って展開にてこずってる。きっと真逆の使い方をしているせいだと思う。それに、魔力減衰のことも考えると俺の不利は明らかだよ」
片や瞬時に防御体制を整えるバルクホルン。
片や防御体制を整えるために僅かなタイムラグを要する俺。
後者が勝てる要素は皆無でない。
バルクホルンと相対する彼もまた激戦区を旅してきたことで確かな実力を身に着けた強者である。
だとしても、不利であることには違いない。
それでも、ミーナにはあの男が黙って撃墜されるとは到底思えなかった。
ミーナ「……でも」
エーリカ「うん。きっと今、私が考えていることはミーナが言おうとしていることと同じだと思うよ」
ニッとハルトマンが悪戯めいた笑みを浮かべて見せた。
ミーナ「そうね……」
それ以上の問答を止め、二人は無言でレンズ越しに映る上空へと視線を注いだ。
勝負は何が起こるか分からない。
二人の口元に浮かんだ微笑はそう物語っているように見えた。
バルクホルン『どうした? 自慢の固有魔法は使わないのか?』
怒涛の勢いで繰り出される猛襲とは裏腹に落ち着き払うバルクホルンの声が耳朶を掠めた。
既に場の流れは私に傾いているとでも言いたげな口ぶりに流石の俺も頭に来た。
白い歯を剥き出しに笑う俺が左腕を大きく後方へと引き絞り、開いた掌に魔法力を集中する。
右のMGで彼女が放つ弾丸を撃ち落し、牽制も兼ねて引き金を引き続ける。
模擬戦でこんなにも感情的になったのはいつ以来だろうか。
劣勢に追いやられる最中、俺が口元の笑みを深いものへと変えていく。
――いいぜ。そんなにご所望なら、たっぷり味わいなァ!!
俺「破ッ!!」
裂帛の気合が喉を割る。
腕を突き出す。
拘束を解かれた破壊の奔流が空を切り裂き、少女の身体へと殺到する。
出力は大奮発して大型を一撃で撃墜する域まで引き上げた。
放った直後にやりすぎたかと考えたが、向こうにシールドが備わっていることを考えれば条件はようやく五分の手前まで整ったといってもいい。
バルクホルン「ぐっぁぁぁ!!??」
初めの内は上手く回避しようと考えていたバルクホルンであったが、俺が放った衝撃波の速度は自身の想像を遥かに上回る速度で迫ってきたため咄嗟に左のMGを背中に担ぎ、シールドを展開する。
それまではよかった。
しかし射程や威力、範囲においても予想の範疇を超えており、その強大なインパクトに耐え切れず大きく彼女の身体は後方へと吹き飛ばされてしまった。
無防備に宙を回る姿に追い討ちとばかりに飛来するペイント弾の群れを紙一重で回避出来たのは彼女だからこそ可能な芸当である。
もし、俺の衝撃波を受けるのが新兵や並みの魔女であるならばペイント弾を回避する体力と気力も根こそぎ奪われていたであろう。
何とか体勢を整えて痺れる腕に力を込めるも上手く入らない。
たった一発でこの威力。シールドの上から大鎚でぶん殴られたような衝撃。
連続で放たれれば、魔法力が保たない。
バルクホルン「なんて威力だ……!!」
震える腕の肌が粟立っていくのを感じた。
威力も範囲も強力無比。
おまけに広範囲ときている。
だが魔力減衰に入っていることを踏まえると先ほどと同じ高威力の衝撃波は、そう何度も撃てまい。
更に自身が放つペイント弾を悉く防ぎ続ける、あのシールド紛いも今の衝撃波を防御に転用したものだろう。
その発想に、そしてそれを実際に使えるレベルまで創り上げたことは賞賛に値する。
しかし、本来の用途から大きくかけ離れた使い方をすれば魔法力消費の激化は免れない。
ならば、自分はこのまま防御を強いらせることで壁を展開する力を削っていけばいい。
そして最後にチェックメイトを、打つ!
バルクホルン「ッ!!!」
腹腔に溜め込んだ気合を吐き出すと共にバルクホルンが再度突撃を開始。
回避すら許さぬ勢いで迫り来る弾丸を擬似障壁で防ぎながら、俺が胸裏で悪罵を吐き捨てる。
それまでのものとは比にならぬほどの猛攻撃から、自身のシールドもどきのトリックを見破ったのだと確信した。
おそらくは消費が激しい擬似障壁を展開させ続けることで魔法力切れを起こし、無防備となったところで王手をかける算段なのだろう。
このまま防御に甘んじれば負けは確実なものとなる。
そんなことを脳裏に浮かべつつも、防御と同時に相手の射線から逃れる俺は反撃の手を打ちあぐねていた。
反撃に出ようにも機が全くと言っていいほど訪れない。掴み取る隙も見出せない。
強いて言えば彼女がドラムマガジンを交換するほんの数秒の間が、それであろう。
その際に弾丸を弾き飛ばそうにも当然ながら彼女も回避を行う。
そして、その間に弾倉の交換も完了し再び猛襲がやって来る。
俺「(こりゃあ……詰み、か)」
思わずそのようなことを考えてしまった自分を叱咤する。
この模擬戦。何としてでも勝利を掴まなければならない。
自分のため。友人の名誉のため。
ペイント弾の雨を防ぐ俺が頭を回転させ、
俺「これしかないな」
右のMGを背負い、両手で擬似障壁を展開する俺の姿にバルクホルンが目を見開いた。
バルクホルン「馬鹿なっ!?」
片方でさえ魔力消費が激しい擬似障壁である。
それを両の手で使うものなら、すぐに魔力切れを起こしてしまう。
一体何をする気なのだろうか。
バルクホルン「読めたぞ」
自分が生む唯一の隙。
それはマガジンの交換。
俺はその隙を狙い、両手から衝撃波を放ち、それを防御させることで自分よりも早く魔法力切れを狙う魂胆なのだろう。
彼が持つMGの弾も長期戦によって数発程度しか残っておらず、自身と異なり予備弾倉も携行していない。
そのことを考えると彼が持つ反撃の一手は高威力の衝撃波を二重に吐き出す以外、他になかった。
逆にこれさえ乗り切ってしまえば自身の勝利は約束されたものである。
あれを二つ同時に喰らうなど考えたくもないが、怖気づくわけにはいかない。
部隊を守るために何としてでも食い止めてみせる。
バルクホルン「良いだろう! 来い!!」
俺「破ッ!!」
空になったマガジンをバルクホルンが交換した直後、俺が衝撃波を放った。
彼女にではなく、彼女の真下の海面に向かって。
爆音を立てながら真っ直ぐに眼下の海原へと降り注いだ衝撃波が揺れる水面に直撃した瞬間、海水がバルクホルンの眼前にまで吹き上がった。
飛び上がってきた海水が服に掛かる中、視界が大きく遮られる。
バルクホルン「くそっ! 前が!!」
腕を振るも海水のカーテンはすぐには消えない。
彼の狙いは視界を覆い、死角を突くことだったのだ。
流石のバルクホルンも衝撃波の威力で海水を上空に滞空する自身の眼前に持ち上げる彼の目論見は読めなかったようである。
尤も、その考えも的を外しているのだが。
俺「ッ!!」
左右の掌から衝撃波を放出することで追加の推進装置の役割を果たし、俺が突進の速度を上げて接近してきた。
死角どころか真正面から迫ってくるとは。
慌ててMGを引き抜こうとするも、既に目の前まで迫っていた俺は両手を広げ、
バルクホルン「ひっ!? なっ……なななぁ! きゃ、うぁぁああああぁぁぁぁぁあ!!??」
海水の膜をぶち破り、勢い良くバルクホルンの胸に飛び込んで、広げた両手を背中へと回した。
傍から見れば愛しい女性に飛びつく男――という構図に見えなくもない。
俺「(あたたかい……やわらかい、良い匂い……くんかくんか、もふもふ)」
突然の事態にバルクホルンは、ほんの一瞬の間のみ軍人から男を知らぬ純粋無垢な生娘へと戻り、甲高い悲鳴を上げた。
一方で俺はというとこんな役得滅多に無いと判断し、どさくさ紛れに女体の温もりと柔らかさと甘い香りを堪能したあと、バルクホルンを突き放した。
彼女が体勢を整えるよりも先にMGを抜き払い、銃口を向け、引き金を絞る。
銃口から次々と発射されるペイント弾が顔を赤らめる少女の全身を穢していき、模擬戦は終了となった。
目の前には僅かに濡れた制服を身に着けたまま、頬を紅潮させて腕を組むバルクホルンがこちらに非難めいた眼差しを送っている。
意志の強さが伺える二つの瞳には何とも言葉では形容しがたい感情が去来していた。
俺「……どうしましたか? 大尉殿」
バルクホルン「あのような勝ち方……ッ!!」
俺「あのような?」
おどけたように問いかけると、バルクホルンの頬に差し込む赤みがその色を濃くした。
どうやら騙し手序盤の際にされた抱擁の感触を思い出してしまったらしい。
一見すれば模範的な軍人といった印象を見る者に与えるバルクホルンではあるが、今の俺には彼女が年相応の色を知らぬ少女に見えて仕方がなかった。
何と凛々しく、何と可愛らしいことか。
バルクホルン「わっ! 私の口から言わせるつもりか!?」
俺「あぁ、これはすみません」
冷静沈着に見えて内面における感情の起伏は激しい傾向にあると判断した俺がなるべく神経を逆なでしないよう穏やかな口調で返すのと同時に、
エーリカ「にゃっはははは!!」
軽快な笑い声と共に駆け寄って来た何者かが自分の腰に抱きついてきた。
幸いなことに出るところがあまり出ていないので、前かがみになる必要はなかった。
だとして、突然の事態に思わずみっともない声を上げてしまう。
バルクホルン「ハルトマン!?」
エーリカ「トゥルーデ、負けちゃったねぇ」
バルクホルン「あれは!!」
エーリカ「負けは負けだよ? ねぇ?」
腰にしがみつくハルトマンが俺を見上げる。
俺「そうですね。俺の勝ちです」
バルクホルン「くっ!」
ミーナ「手段はどうあれ勝ったのは俺さんよ?」
たしかに正攻法ではなかったが、真正面から攻めて勝てる相手でもなかった。
だからこそ、騙し手を行使した。
卑怯と言いたければ幾らでも言わせておけばいい。
自身の敗北はガランドの名を汚すことになる。
故に負けは許されない。そのために利用できるものは最大限に利用する。
例え邪道であろうと何が起こるか誰にも予測できないのが戦場における日常だ。
その判断を見誤ったのは他の誰でもないバルクホルンである。
バルクホルン「認めよう! だがな? あの手がネウロイ相手に通じるなどと思うなよ!?」
語気が荒い捨て台詞を吐くなり、足早にその場を去っていく。
敗北への屈辱ではない。
さきほどの抱擁に対する羞恥と怒りによるものだろう。
俺「はぁ……」
小さくなっていくバルクホルンの姿が消えたのを確認した俺が盛大に溜息を吐いた。
今まで様々な基地を回ったが、ここほど神経が磨り減らせる場所は
初めてだ。
あぁでもしなければ勝てない相手だったとはいえ。やはり、年頃の少女にはやり過ぎたか。
ミーナ「俺さん? このあと私の部屋に来てくださいね? 一応釘を刺しておきたいことがありますので」
俺「え、あ……はい」
あとで謝っておくかなどと思いを巡らせていると肩に手が乗せられる。
振り向けば凍てついた笑顔を張り付かせたミーナ。
有無を言わさぬ彼女の迫力に俺は首を縦に振ることしか出来なかった。
改めて自分がとんでもない所に飛ばされてしまったのだと自覚すると同時に標的を殲滅して早急に立ち去ろうと心に決めていた。
サーニャは後編でちゃんと出てきます。
最終更新:2013年02月04日 14:44