前回のあらすじ
司令「リベリオンへ行ってらっしゃい」
僕「アイアイサー」

リベリオン本土カリフォルニア州、ミューロック飛行場


僕「…ホント何にも無いな」

ハンガーに凭れかかって、ここに来てから何度呟いたか分からなくなる程の感想をまた呟く。
扶桑からこっちに着任して早1ヶ月が過ぎた。
横須賀の鉄筋コンクリートとガントリークレーンが並ぶ
ゴチャゴチャとした景観とは打って変わって
吹き荒ぶ様な荒涼とした景色に相変わらず言葉が出ない。

「僕中尉、直にイェーガー大尉が戻ってくる。黄昏てないで戻ってこい」

名前を呼ばれて振り返ると、直属の上官にあたるウィリアムズが
肩越しに親指をハンガーの入口へ向けていた。
西の最果てから来た僕を気遣ってか、何かと話しかけてくる。

僕「了解。すぐ戻ります」

戻る前にもう一度、後ろを振り返る。
眼鏡越しに乾湖のある方向へ目を細めると、紺色の空を背に小さな航空灯の光が見えた。


1ヶ月前、同飛行場司令室


「…君が扶桑海軍から派遣された僕技術中尉だな?」
僕「は。間違いありません」

左右を警備兵に挟まれたまま向かいの執務机に座る司令に向けて返答する。
僕の立ち位置から執務机まで目測で約6歩。
部屋の広さと相俟って、相手を威圧するには適度な距離が保たれている。

「任務内容は予め説明した通りだが…そこの2人は席を外してくれないか」

誰に向けて言ったのかと思ったが、左右にいた警備兵が回れ右をして部屋から出ていった。
扉が閉まると、司令が両手を組んで机の上に置いた。

「さて。君にはストライカー整備の他に、やってもらいたい仕事がある」

顎を引いて休めの姿勢のまま、鷲の様な目付きの司令の言葉を待つ。

「『魔法力は信念の強さに比例する』…近頃、NACAの連中が見つけた理論らしい。
 君は信じる口かね?」
僕「はい。ヴェネツィア解放の折に、目にしましたので」

疲労で飛べないはずの宮藤が、もう一度空に上がることが出来たのは
もともとのポテンシャルと坂本少佐を救うという一筋の思いで飛べたのではないかと
解放後の宴会で話題の1つになった。

「フムン…それを元にNACAの学者は更に仮説を立てた。
 『それならば、魔法力はウィッチの精神状態にも影響するのでは?』と」
僕「…要はカウンセラーの真似事をしろと言うことですか?」

最早、人間工学の方にも足を伸ばしつつある。
そっちの方面は門外漢だからよくわからないが、ウィッチも基本は人間だ。
影響は無きにしも在らずと言ったところだろう。しかし口下手な僕には気が重い。

「早い話が、そうなるな。何も白衣を着て、小難しいレポートを提出しろというわけではない。
 イェーガー大尉が悩んでいるようであれば、その聞き役になるだけで良い」

シャーリーがそんな悩み事を抱える性質だとは考えにくい。
しかし、それ以上は黙して語らない司令を見る限り、これも上層部から伝えられた
失敗の許されない類だというのが何と無しにわかった。踵を合わせ敬礼する。

僕「了解しました。最善の努力を尽くします」
「ウム、朗報を待っている」


ハンガー


そういう訳で、整備兵兼専属の相談役という2足の草鞋を履く生活が始まって1ヶ月が過ぎた。
とは言え、501にいた時と大して変わりはない。ウィッチと話しても良いのが公認か非公認かの違いぐらいか。
501よりも規則が緩いので、ウィッチと話し込んでいる整備兵もチラチラと見かける。

シャーリー「僕中尉、今日は早く上がれそうか?」

P-51Hの整備パネルを開けて中を覗いていると、いつの間にか後ろにいたシャーリーに尋ねられた。

僕「目立った損傷も無いし、今日は早く上がれそうだ。そっちのデブリーフィングはもう済んだ?」
シャーリー「さっき終わったところ。いつもより早かったから、久しぶりに外へ行こうかなって」

航空日誌に異常ナシと書き込んでから視線を上げると、すでに革ジャンを羽織ったシャーリーが
2人分のゴーグルとメットを持って待っている。
よくよく考えてみると大して変わりはないはずがない。
終業後に2人で走りに行けるのも大きな変化だ。ただ、『気軽に』という距離ではないが。

僕「わかった。もう少し待ってな」

最後に日誌と申し送り事項を上官に渡して作業は終了。
「よろしくやってこいよ」と言うウィリアムズの冷やかしに適当に答えて
壁に掛けてある整備隊のフライトジャンパに袖を通した。
ついでに、サドル替わりのクッションと荷造り用の紐を手に取っておく。

僕「お待たせ。それじゃ行こうか」

付かず離れず1ftよりやや狭いぐらいの間合いを保って、並んで庶務課まで歩く。
この何とも言えない距離感が僕は好きだ。

僕「あ、そうだ。今日はどうだった?」
シャーリー「ん~、今日も空中発進の訓練だったよ……それにしても、自力で地面から飛べるのに
      空から切り離されて飛び出す、ってのは何だか邪道だなぁ」

頭の後ろのあたりを掻きながらシャーリーが答えた。
試験機のロケットエンジンは膨大な魔法力を一瞬で消費するので
地上から離陸するのではなく、空中母機に改装されたB29から発進されるそうだ。

僕「仕方ないよ。無駄なエネルギは使いたくないだろうし、そこは我慢するしかないって」
シャーリー「でもさ、離陸する時の高揚感が無いのはちょっとなぁ」
僕「うーん、確かにわからんでもないけど…」

シャーリーなりのこだわりがあるらしい。
まぁまぁと宥めていると庶務課に着いたので、外出届と借用書へ必要事項を書き込んで受付に渡した。
代わりにWLAの鍵を受け取って、今度は車庫に向かう。

僕「運転は僕がしておこうか?何だかんだで、飛んだ後は疲れてるだろう?」
シャーリー「ん、任せた」

そんなことを適当に話しながら、鍵に刻まれたナンバと同じ軍用バイクを見つけて
持ってきたクッションを紐で荷台に括りつける。
車庫からそいつを引き出して、基地の入口近くでキックスタータを蹴飛ばし、エンジンを掛けた。

シャーリー「ほい。忘れ物」
僕「ありがと」

軽く放り投げられたメットとゴーグルをキャッチして頭に被せた。
両手をハンドルにかけると、ハーレーの後ろが1人分の体重でタイヤが沈み込む。
僕の腰をシャーリーの両膝が挟み、腹の前で両手が組まれた。

僕「All right,here we go」

行きまっせと呟き、オリーブドラブの鉄馬をスタートさせた。


フリーウェイ


交通量の少ない夜のフリーウェイを直走る。
1時間近く走っても、ボンネットの突き出たトラックが反対車線を1度だけ通っただけ。
後ろから回された手のひらが僕の腹を軽く叩いた。

僕「どうした?」

スロットルを緩めながら大声を出して訊く。
こうしないと、風を切る音とエンジン音で話し声が全く聞こえない。

シャーリー「眠くないか?」
僕「今のところ大丈夫だ。ヤバくなったら交代しよう」
シャーリー「早めに言ってくれよ?眠ってからじゃ遅いからな」

心配してくれるのにも理由がある。
変わらない景色の単調さで眠ってしまい、危うく後部座席から振り落とされそうになったからだ。

僕「大丈夫。それにあと少しだ」

進行方向の空が白く光っている。
左右にある建物もポツポツと増えてきているから、間もなく街に着くだろう。
それでも何も無いことには変わらないが。

シャーリー「その油断が危ないんだって」
僕「大切な大切なパイロットを傷物にするわけにはいかんよ。安全運転で走ってる」
シャーリー「じゃあ、目的地まで寝ないように頼むぜー」

両脇腹から回された腕に力が込められ、フライトジャンパが擦れて音を立てた。
時々話しかけてくれるのはありがたいなと思いつつ、交差点をゆっくりと右へ曲がる。
もうしばらく走ると、比較的広い道路の左側に赤いネオンが光る建物を見つけた。

僕「ここだよね?」
シャーリー「ここだよ!」

前方と後方を確認してから駐車場に乗り入れる。
いつも通り、すっからかんの駐車場の端にハーレーを止めた。


ドライブイン

(BGMでもどうぞ。音量にご注意を)

店の中は、割と有名なジャズで満たされていた。奥にあるジュークボックスから流れているらしい。
適当に一番近くのカウンターに座ると、厨房から店長らしき老人が出てきた。

「何にする?」
僕「ポークパイとコーヒーで」
シャーリー「あたしも」

恐ろしく簡素な注文をとった後、作り置きのコーヒーが並べられる。
一口飲むと酸味が口の中に残った。

「そっちの若いのはここらへんじゃ見ない顔だけど、どこから来たんだい?」

もう焼き始めているかと思ったが、まだ手を付けていなかった。
物珍しそうに僕の顔を覗き込む。

シャーリー「あたし専属の整備士だよ。扶桑から来てくれたんだ」
「ほうほう、お熱いねぇ」

絶対にどこか勘違いしているような感想を呟きながら、爺ちゃんがポークパイを焼き始めた。

シャーリー「お熱い、だってさ」

それを聞いたシャーリーが僕の脇腹を肘で突く。

僕「あながち、間違いでは無いかもね」
シャーリー「…それって鎌かけてる?」
僕「さて、どうだろうな」

20分ほど待つとパイが皿に載って運ばれてきた。手にとって食べてみる。
可もなく不可もなくと言ったところか。隣で黙々とパクついているシャーリーに尋ねる。

僕「どう?」
シャーリー「ん?美味いよ」
僕「そうか。なら良かった」

お気に召して何よりだ。
温くなったコーヒーを飲みながら、胡椒の効いたポークパイを口へ運んだ。


『十柱戯』に続く
最終更新:2013年02月07日 13:33