俺「――ッ!」

激痛で覚醒する。

――何が起こった……!?

俺「か――!」

胸と背中の痛みが酷く、呼吸が苦しい。

体は壁に背からめり込んでいるような状態。

幸い、槍は握ったまま。

痛みに霞む目で前を見れば、脚を中段に伸ばしたネウロイの姿。

――カウンター!?あの速度の中で!?

恐らく、奴はあの一撃を上方に流し、がら空きになった胴体にカウンターで蹴りを入れたんだろう。

――冗談じゃねえぞ……。どんだけ馬鹿力だってんだ……?

槍を杖にして立ち上がる。

俺「ぐ……!」

息をする度に胸に激痛が走る。少なくとも肋骨にヒビは入っているだろう。

まだ体勢を直しきっていない状態に、ネウロイが追撃を掛ける。

俺「クソ……ッ!」

反撃など考えず、ただの横っ飛びで回避する。

凹んでいた壁面が、その一撃で更に凹む。

――ちょっと待て槍で突いたのに穴じゃなくて凹みが出来るとか何だよそれ!?

身体能力に差がありすぎる。

こちらの3歩の距離を、向こうは1歩で詰めてくる。

黒の影が迫る。

首狙いの回し蹴りを、柄でガード。

今度は通路まで蹴り飛ばされる。……ガードしていなかったら首が飛んでいたかもしれない。

俺「じ、冗談じゃねえぞ……!?」

追撃を恐れ、慌てて立ち上がる。

が、追撃はない。

俺「……む」

機関室を覗けば、ネウロイが最初にいた位置に戻って行くのが見える。

俺「……何のつもりだ?」

また何かの罠かと警戒しつつ、踏み出した足が敷居を越える。

ネウロイがダッシュで突撃してきた。

俺「うわおいバカやめろこっち来んな!」

慌てて通路に退避。

すると、ネウロイはまた元の位置へ。

俺「…………?」

――これはひょっとして。

越える。

ダッシュ。

引く。

戻る。

越える。

ダッシュ。

引く。

戻る。

俺「ははははは、馬鹿じゃねーのコイツ」

痛みも忘れて暫し没頭。

俺「ほれ、足が越えたぞー」

ダッシュするネウロイ。

俺「ハッハー、足を引いたぞー」

戻って行くネウロイ。

俺「ほーらもう一度ー」

足を敷居の向こうへ。ネウロイがダッシュ。

俺「はい残念でしたー」

足を通路側に戻す。

だが、止まらない。

俺「……あれ?」

ネウロイは勢いを緩めず、真っ直ぐにコチラへ。

俺「うわごめん遊びすぎたって謝るからこっち来んな!」

通路の3分の2程まで走って逃げた。

……追ってくる気配は無い。

恐る恐る戻って確認した所、ネウロイは元の位置に戻っていた。

俺「…………ふぅ」

反省した所で結論。

――部屋に入って、敵対行動をとった者を迎撃するのか。

そして、

――途中で手を抜いてて助かった……。

ここに来るまでの俺をトレースしているのだとすれば、奴の技術は俺の5割程度。

ビームこそ撃っては来ないが、圧倒的な身体能力は脅威だ。

俺「さて……どうするかな……」

残り時間はあと15分。それまでにアレを撃破しなくてはならない。

俺「――うし、いっちょ気張るか」

背の痛みは完全には引いておらず、胸の痛みも未だ続いているが……、戦えない訳ではない。


戦場へと、再び足を踏み入れる。




槍を打ち合わせる。

これで何度目だろうか。2桁は確実に越えている。

――にしても、本当に馬鹿力だなコイツ。

相手の槍とマトモに打ち合えば、競り負けるのは必至。

いつもビームを逸らすように、相手の槍を受け流す。

それでも、受け続ければ手は痺れ、力を込めるのが難しくなる。

だから、距離を取る必要があった。ビームを撃ってこない以上、距離を離せば安全だからだ。

だが、直線的な動きでは容易に距離を詰められる。

故に、直線ではなく曲線の動きを使う。

常に相手の横以下に回りこみ、一撃を加え、後退する。

また、相手に背後を取らせぬようにする為、動きは必然的にS字状になる。

そうして、横の動きに慣れさせた所で、直線的な一撃。

ネウロイにも、この戦術は有効なようだ。

だが、決定的な一撃を与えるには至っていない。

――体重が乗ってないからだな……。

常に後退するため、重心は後方寄りになるからだ。

――これじゃあ、ダメか。

己が行うのは防衛ではなく、打倒だ。――これでは、至らない。

また通路に戻って戦術を練り直そうかと思った矢先、それは起こった。

首元狙って突き出された槍をいなす。

何度も繰り返した動きだ。

そのまま円の動きで横に回りこみ、一撃を加える。

……その筈だった。

しかし、横に回りこんだ俺の視界の隅には、黒い棒。

ネウロイは槍を振り切った状態から強引に、まるでバットでも振るかのように槍をスイング。

――やられた……!

こちらが円弧の軌道から直線的な一撃を放っていたように、向こうも直線的な軌道から円弧の一撃を放ったのだ。

回避は間に合わない。

点である刺突と比べて、線である薙ぎ払いは回避が困難であり、2mの長さ一杯を使ったそれならば尚更だ。

下手に下がれば、穂で裂かれる。

だから、後退しかけていた体を少しでも前に、下がりそうになる身を槍の石突きで抑えてでも前へ。

十分な遠心力を持った外周よりも、中心の方が勢いは劣っていると判断したからだ。

俺「ぐ――!」

それでも、ダメージは大きい。

最初に相対してから、2度目のクリーンヒット。

折れかけた肋骨に止めが入り、完全に折れた。

殴り飛ばされた場所は、奇しくも最初に蹴り飛ばされた場所と同じであった。

受身すらマトモに取れずに壁に激突。

肺の空気が押し出され、後頭部を強かに打ち付ける。

追撃は無い。

俺の戦闘続行は不可能と判断したのか、コアの前、元居た位置へとネウロイは戻って行く。

俺「は――」

座り込むように、体が下へと崩れていく。

もう、意識は殆ど無い。

――――それでも、体は屈する事を拒んだ。

――立った……のか……?

視界はぼやけ、揺れも酷い。おまけに意識は混濁している。

――あれ?俺……何で立ったんだ……?

思い出せない。

だが、倒れてしまえば楽になるという事は分かる。

しかし、それだけは決してしてはならないとも。

――…………?

ふと、右手にある重みに気付いた。

――これは……。

槍だ。長さ2m程の、先にナイフ状の大型の刃を付けた物だ。

いつも感じていた重さではない。

――それなら……。

いつも感じていた重さは。

己と共に数多の戦場を駆けたあの槍が、何故、この手に握られていないのか。

――そうだ、これは……。

意識が、徐々に鮮明になっていく。

――…………!

思い出す。

亡くした者。失くした物。得られた者。得られた物。……そして裏切り。

俺「――――――!!」

吼えた。

――そう。そうだったな。

吐き出した息を戻しつつ、思う。

自分は、ここで倒れる訳にはいかない。――そんな終わり方は、許されない。

後頭部はズキズキと痛み、折れた肋骨が肺を刺激して息をするのも辛い。

――一からやり直すだ何だと言った癖して、これか。……全く、上から目線でどうするんだっての、この馬鹿。

槍の技術に関しちゃ格下だと、侮ったツケだ。

俺「色々と不甲斐なくて済まなねえな。どうにも、ロートルってのは頭が固くていけねぇ」

気を抜けば倒れそうになる体に鞭を入れて、槍を構える。

やや崩した、上段の構え。

体に染み付いた、普段通りの構え。

俺「もう、出し惜しみも何もねえ。俺の全部を以てテメエを仕留める」

力、速度は言わずもがな。更に、技術までも常に取り込み続ける相手。

対して、辛うじて技術が上回っているだけの肉体的にもボロボロの自分。

勝てない道理はあっても、勝てる道理など無いに等しい。

――それでも、無理を通すのがウィッチの役目。

そして、

俺「意識が無くなるまで修練した事も、血ヘド吐くまで鍛え続けた事もねえ、」

そんな技に、

俺「――そんな誇りもクソもねえ技なんかに、俺は負けられねえ……!」

眼前、ネウロイが構えるのを確認する。

――こんな体でも、まだ敵として認識してくれるか。

ならば、それに応えねばならない。

生涯最大の敵に、生涯最高の技を持って。

俺「老いた猛犬といえど、手負いだ。夢々、最後まで油断すんなよ……!」

残り時間、後10分。




黒鉄の部屋に金属音が響き渡る。

奏でる者は1人と1体。

1人はその身を朱に染めて、1体はその身を漆黒に染めて。

奏でる物は2本の槍。音と共に火花を散らす。

金属音。

朱の音は鋭く、黒の音は強い。

音には、あ、とか、お、という叫声が付随している。

音は留まる所を知らず、更に速く、鋭く、強くなっていく。

――音が、続いている。


槍とは、ただ突くだけの武器ではない。

穂で切り、柄で払い、石突きでさえも攻撃の手段として用いるのが槍である。

俺「お……!」

すれ違い様に、長さを縮めた槍で薙ぎ払う。

――速度で己を上回る相手に対し、どう立ち回るか。

一度トップスピードに乗れば、こちらにそれを止める手段はない。

ならば、

――相手を動かさず、自分は絶えず動き回る事で、その速度を殺す。

相手の後背に絶えず回りこみ、攻撃を仕掛ける。

先程と違うのは、攻勢の機動という点である。

常に相手の重心の変化を見極め、その機先を潰す。

そして、相手がこちらの攻撃を受けざるを得ないよう、攻撃は常に全力。

俺「おお……!」

連撃。

突き出した槍を引き戻さず、半回転。それを引き戻しの代替として、石突きを射出する。

俺「おおお……!」

並大抵の運動量ではない。

事実、疲労は限界をとうの昔に超えている。

おまけに、身体中の傷口は殆ど開きっ放しで、残り僅かな体力をも奪っていく。

それでも、決して速度は緩めない。常にトップスピードを維持する。

――もっとだ、もっと速く……!

肉体の状態とは裏腹に、心はかつて無い程昂っている。

楽しい、と思った。そして、まだ足りない、とも。

――この連携ならどうだ!それが駄目なら……、――この連携は!

1つ1つ、今の今まで覚えてきた技術を積み重ねて試行する。

――まだだ、まだ遅い……!

つくづく、己が未熟であったと知る。同時に、

――俺はまだ強くなれるか……!

そして思う。

この敵を倒した先で、何が見えるのか。

己は、どこまで行けるのか。

俺「――――!」

それを知る為に、行く。

高速の攻防の中で絶えず連携を組み直し、その動作を先鋭させ、停滞を削る。

その先にあるのは、人間以上の反応速度を以てしても見切ることが難しい、予測不能の連撃。

時折飛び散っていた朱の色に、黒が混ざり始める。

攻防は止まず、ただその音を響かせる。

――――連綿と続く音の中、一際高い音が響く。

俺「――クッ!」

槍を弾かれた反動を利用して身を引き絞る。

対し、ネウロイは次なる攻撃の体勢に移る。

一瞬の静寂。

刹那の時間の中、思考する。

――やべぇ、間に合わねえ……!

このままでは、こちらの槍よりも先に、相手のそれが着弾する。

その差、槍半分程の長さ。――致命的な差。

それでも、

――それでも、負けられねえ……!

ここで無理を通さずして、何がウィッチか。

道理が無理だと叫ぶのならば、押し退けてでも我を通せ。

力が足りぬというならば、己を縛る法則すらその魔法で捻じ曲げろ。

それが、

――それが、ウィッチってもんだろ……!!

……ふと、いつもとは違う魔力の流れを感じた。

俺「あああああああああああああああああああああッ!!!!!」

蹴り出した足は爆発的な加速を生み、紙風船を破るような音と共に、槍の先には白い傘が浮かぶ。

穿つ。

刀身は根元までネウロイの胸部に埋まり、ネウロイの槍は浅く脇腹を削るに留まる。

告げる。

俺「爆ぜろ」







音が、止んだ。




気を抜けば膝の力が抜けそうになる。

俺「あいてててて……」

前輪が無事とは言え、やはり傷だらけの体でストライカーを引っ張るのは辛い。

俺「ま、これしか方法ねぇからなぁ……」

腕を伸ばすと脇の筋肉も引っ張られて、肋も痛む。

俺「あー……、目まで霞んできやがった……」

コアの前まで到達。

残り時間も少ない。震える手で、目的とする手順を踏んで行く。

俺「あーあー、テステス。――聞こえるかい?」

ミーナ『俺さん!?もう時間がありません、早くコアを――』

俺「焦んなよ。最後の障害は排除した、もうじきコアを破壊できる」

坂本『コアを破壊する準備ができたらすぐに離脱しろ。分解する前の破片に当たって墜落など、笑うに笑えんぞ』

俺「あー、それなんだが……」

――おし、準備完了。

俺「悪いが帰れそうにないわ。スマン」

――それ、ポチッとな。

ミーナ『ストライカーの不調ですか?』

芳佳『待ってて下さい!すぐに行きます!』

俺「馬鹿野郎。最後まで話し聞けって」

通信する傍ら、魔導エンジンが悲鳴を上げ始める。

シャーリー『おいちょっと待てよオレ……、まさかこの音……!』

俺「ご明察。――ストライカーのエンジンをオーバーロードさせた」

バルクホルン『馬鹿な!死ぬ気か!?』

俺「いえーすザッツライト」

坂本『フザケるな馬鹿者!すぐに救援を――』

俺「やめとけって。もう間に合わん」

暴走を始めたストライカーから離れ、適当な壁に寄り掛かる。

サーニャ『そんな……、どうして……』

俺「最後の敵を倒すのに魔力全部使ってな。これしか方法がなかった」

そのまま、ずるずると座り込む。

芳佳『そんな……。ちゃんと救援を呼ぶって言ってくれたじゃないですか!』

俺「市街に被害が出る前に糞厚い隔壁ぶち破ってコアを爆破なり何なりして俺を回収して脱出?無理無理」

俺「それに……。――今帰ったら説教やら何やらで酷い目に遭いそうだしな」

ミーナ『…………』

シャーリー『…………』

シャーリー『ち、違うぞ私のせいじゃないぞ!あれは中佐が言い始めた事だからな!』

ミーナ『わ、私のせい!?』

笑ってやりたいが肋が痛むので堪える。

俺「――まあ、それは冗談としてもだ。こうなるかもしれん事は薄々予感してた。……だから気にすんな」

もう、爆発が近い。

俺「色々と済まなかったな。許されるとは思っていないが、言わせてくれ」

ミーナ『許すとかそんな事、今はどうだっていいです!だから――!』

ルッキーニ『だから、帰って来てよぉ……!』

俺「なんだよ、泣いてんのかよこのチビッ子め」

ルッキーニ『だって……だってぇ……そんなのやだよぉ……!』

他にも、鼻を啜る音などが聞こえてくる。

俺「オイオイ辛気臭えな。最期くらい笑って送ってくれよ。その方が気分が良い」

坂本『馬―者……、後に遺される者―気持―を考えろと―ったの―貴様だろうが……!』

通信にノイズが入り始める。

エンジンに呼応して乱れたエーテルが、周囲にまで影響し始めたようだ。

俺「えーと、少なくともオラーシャの嬢ちゃんは聞こえてるよな?聞こえてなかったらスマン」

サーニャ『大丈夫です。聞こえてます』

俺「よしよし。辛いだろうが、これから言う事を皆に伝えてくれ」

サーニャ『はい……。分かりました』

俺「頼む。――中佐へ。俺の事は皆に話しても話さなくてもいい。その辺はアンタの判断に任せる」

俺「ただ、話した場合、俺が預けた耳飾りはペリ公に渡してくれ。……アイツなら有効に使ってくれるだろう」

俺「シャーリーへ。せっかく整備してくれたストライカー壊して悪い。槍も存分に役立ってくれたよ。サンキューな」

俺「新人の方の嬢ちゃんへ。約束破ってスマン。――だがおっぱい大きい方の嬢ちゃんの胸凝視すんのはやめとけ、ありゃセクハラだ」

他のメンバーにも一言ずつの伝言を頼んでいく。

俺「こんな所か。……悪いな、辛い役回り押し付けて」

サーニャ『――え……――ゃんと伝――ま――』

もう、返事も碌に聞こえない。

――それにしても。

俺「アイツを倒して心の整理付ける暇もなくこれだもんなぁ……」

限界を知ること無く終わってしまうのは惜しいが、

俺「死にたくねえって言いながらコロッと死ぬのが戦場。……なんだ、結局いつも通りじゃねえか」

その鼓動を高鳴らせていたエンジンが、一瞬だけ鳴りを潜める。

俺「ま、色々とあったが楽しかった。――今度は役目を果たせるしな」

裏切りだ何だとあっても、結局は常在戦場。最期も戦場で迎えられるときた。

ああ。

俺「俺にしちゃ上等な、――上等過ぎる最期だ」

――ならば、幕引きと行こう。

俺「じゃあな、――」

光と共に、意識は途絶えた。
最終更新:2013年02月07日 14:13