――――未明、基地の外――――
まだ太陽も顔を現していない時間に、男は滑走路に腰掛けていた。眼前に広がるであろう青い海は、太陽が現れればその姿を見せてくれるのだろうか。
朝の冷たい外気を鼻腔に取り入れ、男は口から息を吐く。
空が白む。まもなく日の出だ。
「『あの時』も、『あの時』も、こんな景色だったな」
男は低い声で――獣のうなり声のような声で小さくつぶやく。憎いのか苦しいのか、楽しいのか、それは声色からはつかめない。
「いや……そうだ。そうだった。私の記憶の中の光景は……いつも『これ』だった」
厚い夜闇を剥ぎ取るように、海面から真白い光が上り、空を染める。
「そして幾度も思うのだ……日の光とは、こんなにも美しいものだったか、と」
男は立ち上がると、踵を返す。最後に一つだけ呼吸を落とすと、男は基地へと歩き出し、再び眠る――はずだった。
耳を劈くような警報が響き渡り、周囲に危険を知らせる。夜間哨戒中だったサーニャとエイラが敵機を発見したのだろう。
男はハンガーへと走る。狼のような瞳をその顔に浮かべて。
――――空中――――
空にあがっているのは、七人である。夜間哨戒中のエイラとサーニャ、朝の訓練のために早起きを心がけている坂本に宮藤、リーネ、ペリーヌ、そして、日の出を眺めた男である。他の面々は警報に眼をさまし、今離陸の準備を行っているのだろうか。
「敵は一機、先日
シャーリーさんとペリーヌさんが交戦した空母型です」
サーニャが報告をしている最中にも、芥子粒のような黒い影から砂粒のようなネウロイが吐き出され、高速で編隊へと向かう。
「ペリーヌ、何か留意すべきことはあるか?」
「はい、あの空母型は、前回攻撃を加えることはなく撤退しました。攻撃はおそらく小型ネウロイだけかとおもわれますわ」
はきはきとした声でペリーヌは答える。さすがに前回お預けを食らった相手を前に、坂本にじゃれつく余裕は無いようだ。
「けっこう遠いんダナ。まあ、この人数じゃあお気の毒だけどナー」
エイラは至極だるそうに言う。彼女からしてみれば、ネウロイがいくついようが物の数ではないのだから。
「宮藤とリーネは私の僚機に入れ! ペリーヌ! お前は俺の二番機だ!」
その指示に宮藤とリーネ、そして一瞬送れてペリーヌの返事がイヤホンを揺らす。
「エイラとサーニャはあのデカブツを狙え! ペリーヌと俺は小型ネウロイを――」
そのとき、坂本のインカムに男の声が響く。
「お話の最中失礼します。こちら『
エクスキャリバー』……いえ、俺大尉です。こちらの固有魔法で頭数を減らしますから、五秒だけ指揮権を私にいただけませんか?」
ペリーヌは、坂本の声をさえぎった男に憤慨したようだ。苛立ちを隠しもせず、険しい顔で背後から男をにらみつけている。
「俺の固有魔法? 一体どんなものだ?」
「説明は長くなりますから、見てもらったほうが早いです。ただ味方も巻き込むものなので、指揮をしなければ仲間が墜ちます」
その言葉に坂本は少々考え、結論を出した。
「了解した。皆聞いたな? 俺の指示に従え」
その言葉に、スピードを上げて敵に向かう味方は立ち止まる。何が起こるのか、気になっているようだ。
「全機、申し訳ない。これより臨時に指揮をいただく。全機私より前に出ないでくれ。特出しているユーティライネン中尉とリトヴャク中尉、進路を逆に取れ。宮藤軍曹、もう少し後ろに。そう、それ以上前には出るな」
わずかに怪訝そうな顔で、六人は男を中心として編隊を組む。小型ネウロイは高速でこちらへと接近している。が、男は右の掌を前方へ向けるだけだ。
「眩しいから眼を閉じていてくれよ」
男がそう叫んだ瞬間、シャーリーとペリーヌが見た青白い光が空を引き裂いた。光の半径は優に三メートルはあるだろうか、その光の筋が空を切り、雲を分かつ。射出された小型ネウロイは光の筋に飲み込まれ、すっかりと蒸発してしまったようだ。
そして光の筋は遠方の空母型ネウロイも巻き込んだのだろうか、煙の筋を立ち上らせ、芥子粒の高度が徐々に下がっている。
「以上、こちらからの指示は終了する。少佐、ありがとうございました」
汗を流しながら、男は通信を終了する。皆は今起こったことが理解できないようだ。
「なんて魔法だ……っと、全機編隊を維持しつつ前進! あのネウロイを落とすぞ!」
坂本はペリーヌの隣からすばやく編隊の中央に移動し、編隊を引き連れる。ペリーヌは若干残念そうだったが、再び隣に来た男の様子に、わずかに違和感を覚えた。
全員のイヤホンに男の声が流れる。ペリーヌの隣を飛ぶ男は、悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
「ー♪ーー♪ー♪♪ーー♪」
「歌? この歌は……」
「おい俺ー! 何歌ってんダヨ!」
サーニャとエイラの質問に答えたのは、ペリーヌであった。
「へぇー。きれいな曲ですね」
宮藤のその言葉に、わずかにペリーヌの顔は曇る。この歌の歌詞は、平和な意味の歌詞ではないのだから。
ぴたりと、歌がやむ。芥子粒ほどの大きさだった空中空母は、悠然と彼女らの前に存在していた。だが、その空母の左舷には、大きな穴が見え、そこからわずかに紅色のコアが露出していた。
先ほどの攻撃は、小型ネウロイで減衰されながらもここまでの破壊力を見せているのだ。そしてその超破壊により、再生が追いついていないのだろう。
「ダミーのコアでは無いな。全機攻撃開始!」
七人は露出したコアに向け、攻撃を加える。MGにブレンガン、7.63mm、フリーガーハマーやボーイズ、13mmに剣戟がコアへ襲い掛かり、微塵の容赦もなくコアを砕く。
「コアの破壊を確認! 確認した!」
その声に周囲は沸き立つ。男は汗をぬぐうと、一回だけ宙返りをする。
細い飛行機雲が線を引き、白い破片がきらきらと輝いた。
――――午後、談話室――――
皆が一様に勝利の報告に沸く中、坂本とミーナ、バルクホルン、そして男の四名は、厳しい顔で言葉を交わす。今回の空母型は、あっけなさすぎたのだ。
「本来護衛を付け、敵の懐深くに軍を配備するのが空母だが、あのネウロイには護衛はいなかった」
「ええ。サーニャさんも管制塔も、敵機は一機だった、と報告しているわ」
坂本とミーナは天井を向き、考え込む。確かに、人間が想像する空母の運用としては、ありえないのだ。艦載機だけで武装も護衛も付けない空母など、対空火器のない基地そのものなのだから。
「これが囮である可能性は?」
「いえ、どこの部隊も大規模な攻撃を受けた様子は無いわ。一体どういうことなのかしら……」
三人が考えをめぐらす中、男は口を開く。
「今回の空母が敵の最新鋭で、本来は輸送機の役割を果たしていたということは?」
「それも考えられるが、武装の無い輸送機だ。艦載機でどうにかできるものだと鷹をくくっていたか」
「まあ、考えても仕方が無いわ。次回の敵襲は数日後になるだろうから、皆は休暇を取っていいわよ。ただしあまり遠くへは出ないでね」
ウインクをしながら、ミーナは言う。疑問はどうであれ、新型ネウロイを撃墜したことが嬉しかったのだろうか。
「それにしても俺! あの光線はすさまじいな! 雲霞のようなネウロイが一瞬で消し飛んだぞ!」
「少佐が私を信頼してくれたおかげです。今までの場所では、なかなか指揮権をいただけませんでしたから」
背の高い男が背筋をかがめて頭を下げる光景は、なかなかに滑稽なものである。
「さあ、俺大尉もゆっくり休んでね。今度もこうなるとは限らないから」
ミーナの声が男の心を揺らす。楽な戦争には、なるはずは無いのだ。
男は反射的にモーゼルを撫でる。冷たい金属が、指の先から体温を奪っていった。
最終更新:2013年02月07日 15:18