――――空中――――


 12人は雲ひとつ無い空を飛ぶ。久しぶりの全員出撃と言う事もあってか、雰囲気はどこか和やかなままだ。

 だが坂本とミーナ、そして男の表情は堅いままで、ペリーヌがそれを不思議そうにちらちらと見ているのは気のせいではないだろう。

「そろそろ見えるはずだ……見えた! だがあれは何だ? 何かの間違いじゃないのか?」

「こちらでも敵を把握したわ。おそらく美緒の考えていることは間違っていないわね」

 目視圏外のその場所で、佐官の2人は信じられないように言う。他の10人、いや、おそらくはサーニャを除く9人には何の事か見当が付かないのだろう。

「……敵機は軽く見積もって150機、遥か前方の広い範囲に展開しているわ。おまけにあの中には以前交戦した空母型のネウロイが複数いる」

 ミーナの呟きに部隊がざわつく。だが、男は慣れたようにコートの内側から巨大フレシェット弾頭「エレナ」を取り出すと銃身の先端から挿入し、固定した。

「慌てる必要は無い、我々の方が強い」

 男がなんともいい加減な台詞を呟くと、インカムから数人の笑い声が響く。

「あっははは! そりゃあそうだ! なんたってこっちには世界レベルのエースが揃ってるからな!」

「俺がそういう事言うのって、ちょっと想像して無かったな。トゥルーデみたいに黙々と敵を落とすと思ってたから」

「何!? 私はそんな眼で見られていたのか?!」

 すっかりと雰囲気の変わった部隊に渇を入れるべくミーナが息を吸い込むが、坂本がそれを止める。

 ひとしきり緊張も解けたのか、12人は速度を保ったまま黒い群れへ向かう。

「各機ロッテを組んで自由に敵に当たれ! 俺大尉! 固有魔法の使用はこちらの指示があるまで禁止だ!」

「了解しました、少佐」

 雲を引き、編隊が組まれる。リーネのボーイズライフルが射程圏に達したのか狙撃が始まり、それに続くように6つの編隊がさまざまな高度と速度で黒い群れの中に突っ込んだ。

 耳をふさぎたくなるような銃声が絶える事無く響き、赤いビームが戦場を埋めて行く。この戦闘で出し惜しみをすべきではないと悟ったのか、固有魔法があちこちで発動し、順調にネウロイを白い破片に変えていった。

「トゥルーデは何機落とした?」

「今ので14機、コレで15機目だ!」

「ふふん、今回の勝負は私の勝ちかな。18機目!」

 カールスラントのダブルエースは早くも合計30機以上を撃墜しているようだ。混戦へと突入した戦場を読んだリーネは、大型ネウロイへの狙撃を徹底している。

 視界の端にフリーガーハマーを構えるサーニャを捉えたのか、フリーガーハマーのロケット弾が射出された瞬間、着弾予想箇所にボーイズライフルの弾丸が何発も衝突する。

 破損した箇所に導かれるようにロケット弾は進行し、敵ネウロイの内部で炸裂した。

 天才的なアシストだ。

「すごい……リーネさん……」

「リーネの奴やるナ! 私も負けてられないなっと!」

 サーニャを抱えたまま、エイラは襲い掛かるビームを紙一重、皮一枚でよける。そして躍起になってエイラを撃墜しようとするネウロイは、宮藤とリーネの援護によって煙を吹いた。

「すごいやエイラさん……あんな飛び方を顔色一つ変えずに……」

「さすがはスオムスのダイヤのエースだね」

 下仕官である2人とはいえ、戦力は尉官や佐官と比べても遜色ないほどに強くなっている。そんな2人をからかうように、シャーリーとルッキーニは宮藤とリーネの傍を飛びぬけると複雑に雲を引いた。

「自分の撃墜数覚えておけよー!」

「ウジャー! お休みがもらえるからねー!」

 軽い調子で2人は敵の群れに突撃し、無茶苦茶に銃弾をばら撒き、そしてシャーリーがルッキーニを掴んで投げる。

 チェシャ猫のように戦場を飛びまわる2人は、こんな状況でも愉しんでいるのだろう。

「戦場が滅茶苦茶ですわ」

「大丈夫だ、このくらいなら管理できる」

 ガリアンエースの2人は悠々と空を飛ぶ。出来るだけ味方のいない場所へ向けて。

 理由は簡単、被害を出さないためだ。

 群がるネウロイはまだ2人の後方を占拠したままだ。

「こうも後ろにつかれると、不安でしょうがありませんわ」

「何、君のファンだと思えば良い」

 両方のモーゼルに「エレナ」を装填した男は、背後に群がる小型ネウロイに向けて右の弾を、前方に揺らぐ中型と大型のネウロイに向けて左の弾を放った。

「ペリーヌ、しびれさせるほどの興奮をくれてやろうじゃないか」

「まったく、似合わないお言葉ですこと。トネール!!」

 付き刺さった弾丸に雷が引き寄せられ、周囲のネウロイが無慈悲に白に染まる。とりわけ中型と大型のネウロイには効果的だったのか、空母タイプの1機がコアを破壊されて消失した。

「撃墜数は君にプレゼントしよう」

「あら、共同撃墜ではありませんの?」

 悠々と飛び抜ける2人はまるで演劇の最中の様に、それでいて誇りを秘めた瞳で次の獲物を追っていた。

「あの2人は見ているほうがヒヤヒヤするわね」

「はっはっは! それでも俺なら安心だ! いままであいつが被弾した事はなかっただろう?」

 佐官の2人は遠方から部隊前方に細かい指示を下しながら、遊撃を行う。そんな2人に眼を付けたネウロイのビームが迫った。

「烈風斬!」

 坂本が大きく刀を振ると、魔法力の込められた剣圧が放射され、ビームごとネウロイを切り落とす。シールドを張っていたミーナは大きくため息を付くと、再び戦場把握のために回遊飛行を行った。


――――  ――――  ――――


「おい、何だこれ……」

「敵を落とすごとに鋭さが増しているぞ!?」

 シャーリーとバルクホルンの声がインカムを揺らす。最初の150機から今は50機以下まで数を減らしているが、撃墜速度は劇的に遅くなり、シールドを張る機会、ひやりとする機会も多くなった。

 ネウロイの大部分は群れの中心部に固まっているのだが、それでも取り巻きの動きの良さが桁違いである。

「軌道を読まれたか?」

「いえ、それにしては早すぎる」

 坂本とミーナがその原因を探るべく群れの中心へと近づく。

<<……度を……げて……左方……機>>

 水底から響くようなくぐもった声がインカムに届く。その声の正体にミーナも気付いたのか、信じられないように荒く息をすると、群れの中心部から一目散に離脱した。

「全員集合して! サーニャさん! あの群れの中にフリーガーハマーを全段発射! 急いで!」

 考えるまもなく、言われた通りにサーニャはフリーガーハマーをありったけ群れの中に打ち込む。すさまじい爆発が起こり、数割のネウロイは消し飛んだようだ。

 ミーナと坂本を中心として終結した12人は着弾地点を見つめると一様に息を呑む。ロケットによって取り巻きのネウロイはあらかた吹き飛び、群れの内部が丸見えとなっている。

 群れの中には、一人の女性がいた。虚ろな笑みに風になびく赤色の髪、腰に据えられた2本のサーベルのように銃身の長いモーゼル・シュネルフォイヤー。ミーナの元に届いた書類に添付されていた写真の女性と同じ姿をしていた。

 ただ全員、彼女がウィッチではないと本能的に理解していた。なぜなら彼女の脚部はネウロイと同じ、黒色のハニカム構造で覆われていたのだから。

 ストライカーではなく、脚自体がネウロイとなったような、そんな外見をしていた。

「……カプチェンコ大尉」

<<全……展開>>

 震える声で、男が呟く。声が届いたのかは定かでないが、赤い髪のネウロイは自らを包囲させていたネウロイを展開させ、空中艦隊を再構成させたようだ。

「そんな馬鹿な……! 何が……何が起きている……? 生きているのか? 大尉が? まさか」

「俺大尉……?」

 男は震える声で目の前を見遣る。あまりにも多くの情報が飛び込んできたため、処理が追いついていないのだ。

「敵総数32機! 小型20機に中型11機だ! おそらく最奥のウィッチもどきがあの部隊の指揮を取っている!!」

 ミーナとの固有魔法によって状況を把握したのか、坂本がインカムに叫ぶ。男は小刻みに震えながら、陽炎のように揺れる赤い髪を見つめていた。

「ストライクウィッチーズ! 説明は後だ! 指揮官と思われるウィッチもどきには手を出さず、周囲のネウロイを一掃せよ!」

<<ゴ……隊……撃……開始>>

その号令に、ためらいを残しながらも12本の飛行機雲がネウロイの空中艦隊へ向かう。

「違う! 違う! 彼女は死んだ! ならばお前は誰だ!? 貴様は誰なんだ!? なぜ俺の前に出た?!」

 男は指示通りにネウロイに銃弾を放ちながらも視線は赤い髪のネウロイに向ける。

<<ゴル……高度……ろ。今>>

 いつもならば銃弾が命中しているはずのネウロイは、ひらりと機体を翻す。かつて自らが行っていた、「ゴルト隊」の空戦軌道と同じものだ。

「俺大尉、私語を慎みなさい。固有魔法を許可します。ただし、1回だけよ?」

 ミーナの指示に、男は待ってましたと言わんばかりに右手をネウロイの群れに向ける。すると、赤い髪のネウロイが薄い笑みを浮かべたまま、男に向けて突っ込んだ。

 そんな状況も慣れたように、ウィッチーズの面々が高度を変えると、青白い光が空を裂き、前方のネウロイを蒸発させた。

「良し! 残りは19機……!?」

 撃墜を確認した坂本の言葉は、ウィッチーズの耳には聞こえてはいなかっただろう。なぜなら青い光が空を裂き、その光が収束した瞬間、無数の銃声と共に男の右肘から下が花弁のように千切れ飛んでいたのだから。

 赤い髪のネウロイはあろうことか、光速で飛来する男の固有魔法を難なく回避し、隊列の先頭で特出する男だけをピンポイントで撃ち抜いたのだ。

 男に銃弾を放った赤い髪のネウロイは、サーベルのようなモーゼルの先端から煙を立ち上らせながら、悠々と雲を引いて再び隊列の奥へと引っ込む。

<<撃……いない……>>

「俺さん!!」

 血を噴出しながら叫び声を上げる男の声がインカムに響くが、やがてその声も聞こえなくなる。おそらく、インカムを取り落としたのだろう。

「俺大尉!? 返事をして!! くっ……! ペリーヌさん! 俺大尉を連れて基地に帰還を!」

 目の前の光景が信じられないウィッチーズの面々は一瞬だけ硬直するが、ここが戦場である事を思い出すと至近のネウロイへ向けてつっこんだ。今度はためらいはない。

「宮藤さん! 治癒魔法を!」

 瞳に涙を浮かべながらペリーヌが宮藤を呼ぶ。宮藤も銃創で切断された腕を見るのは初めてなのか、青い顔で治癒魔法を展開した。宮藤とペアのリーネは、出来る限り血を見ないようにして部隊の前方に立ち、ネウロイの攻撃に備えている。

「良い、大丈夫だ」

 びっしょりと汗をかいた俺大尉は半ば付き飛ばすように残った左手で宮藤を押しのける。震えていた宮藤はその力によろよろと空中を漂った。

「血は止まったから大丈夫だ。ペリーヌ、頼みがある」

 顔をくしゃくしゃにして泣いているペリーヌは、嗚咽を漏らしながら顔を上げる。たまらず、男は噴出した。

「なんて顔をしているんだ。それでも君は私の恋人か?」

「だって……俺大尉ぃ……!」

 残った左手で、男はペリーヌの頭を撫でる。らしくない言葉が紡がれるが、宮藤とリーネにはその言葉に反応してやれるだけの余裕は無い。

「私のコートを脱がせてくれ。もはや邪魔以外の何物でもないから」

 言われるままに、ペリーヌは男のロングコートを脱がす。引き締まった体が空気にさらされた。血は止まったとは言え、やはり傷跡は生々しい。

 首から下げられた「彼女の残骸」が、男の胸元で白く輝いている。

 男はそれを左手で握ると腰に差したモーゼルを1つ引き抜き、無邪気な少年のような笑みでペリーヌに笑いかけた。

「ウィッチとしての最後の飛行になるだろうから、彼女に会ってくるよ」

 散歩に行ってくる、とでも言うような気軽な言葉に、ペリーヌは男の胸に顔をうずめて子供のように駄々をこねる。

「だったら、私も連れて行ってくださいまし。いつまでも、大尉のお傍に――」

「駄目だ」

 からかうように男は言う。

「君には君の役割がある。ガリアを復興させるという使命があるじゃないか」

「でも――」

「君にも言っただろう? 私は――いや、もう繕う必要もないか。俺は俺の理想のために奴らを墜とす。それが出来ないのならばもはやこの人生に意味などない」

 そして「俺」は、ペリーヌの耳元で何かを呟き、放心状態のペリーヌを優しく突き飛ばした。

「俺大尉!!」

「俺さん!」

「大尉!」

「さようなら、ペリーヌ! 宮藤軍曹! リネット曹長! ストライクウィッチーズ!! 君たちに会えてよかった!」

 片腕を失ったまま、それでも俺は何とかバランスを保ちながら空を飛び、そして交戦区域へと突入する。

 ネウロイが2機、進路を妨害するために前方に躍り出た。

「邪魔をするな!」

 俺がモーゼルを向けた瞬間、後方から数発の銃弾が飛来する。

「大尉! ご無事で! また会いましょう!!」

 泣き出しそうな声でリーネが叫ぶ。彼女なりの精一杯の言葉なのだろう。

 俺はそんな言葉を背に受けながら、一直線に「彼女」に向かう。

「あなた達何をしているの!? 俺大尉を止めて!」

 ミーナの叫び声が宮藤とペリーヌ、リーネのインカムに響く。戦力は拮抗状態、それに負傷者が1名とあれば、本来ならば作戦を中止しても良いはずなのだが、ストライクウィッチーズは戦い続けていた。

「……いやですわ」

「え……?」

「私は大尉を信じます」

 予想だにしていなかったペリーヌの言葉に、たまらずミーナは息を呑む。一体彼女が何を考えているのか、ミーナには理解できなかった。

「俺大尉が望むままに空を飛べるなら、それだけで私は幸せです」

 涙をぬぐったペリーヌは、宮藤とリーネに目配せをすると戦闘区域に突っ込む。だが方向は、俺が向かった場所ではない。

「……まったく、困った子だわ」

 ミーナは1つため息を漏らし、赤い髪のネウロイに向けてまっすぐに雲を引く男を見つめた。ネウロイがまた1機、白い破片へと変えられた。


――――  ――――  ――――


「ここからは一つしかもっていけないよ」

「一つは君のウィッチとしての才能、もう一つは彼女の残骸、そしてもう一つは、彼女」

「君は何を選ぶんだい? もちろん、何も選ばなくても良い。そうすれば、楽だよ?」

 かつてある女性に問われた言葉が蘇る。一度は「全て」を選択した俺でも、今ならば1つを選ぶ事が出来る。

「片腕で空を飛べるほど、私は強くない」

 ウィッチの才能を捨て。

「彼女は前にいる。この残骸はしかるべき場所に返すつもりだ」

 彼女の残骸を捨て。

「俺はペリーヌを選ぶ。素直になりきれない意地っ張りの英雄が、どうしようもなく愛おしい」

 ペリーヌを選んだ。

「つくづく、君は救えないね」

「ああそうだとも。俺はそういう人種なんだから」


――――  ――――  ――――


 敵の布陣の最奥に俺は到達する。誇らしい仲間達が暴れているおかげか、予想以上に楽に辿りつけている。

 とはいえビームを避け続けたせいで魔法力は限界をむかえ、肉体的にも限界に近づきつつある。

 俺は何も考えなしに突っ込んだわけではない。俺の想像が正しいなら、ネウロイを指揮するもの、この赤い髪のネウロイを落とせばこの戦列は瓦解するはずだ。

 そして、終に俺は、モーゼルの射程圏内に赤い髪のネウロイを捉えた。

「お前はカプチェンコ大尉ではない!」

 俺は左手に握ったモーゼルを向け、引き金を引く。

 向こうも一瞬遅れて引き金を引くと、同じタイミングで2人のモーゼルに銃弾が命中した。

 3丁のモーゼルの銃身は折れ曲がり、とても銃弾は発射できないだろう。

「お前はただのネウロイだ! 俺の敵だ!! 世界の敵だ!! ならば墜ちろ! 墜ちろ墜ちろ墜ちろ!! 墜ちて滅びろ!!」

 俺はモーゼルを投げ捨て、左手に持った「残骸」を人差し指と中指の間で硬く握った。

 薄い笑みを浮かべるままのネウロイはそんな俺を愉しむように、両手に持つモーゼルから手を離すと大きく腕を広げる。

 終に2人の距離は、10メートルを切った。

「『ネウロイ』、貴様と同じ姿をした人物からの贈り物だ。取っておけ」

 ありったけの魔法力を左手に込めた俺は、速度をそのままに、その胸の中央部へ向けて渾身の力で左手を付きだした。

 名状しがたい感覚と共に、左手首までがネウロイの内部へ入り込む。コアと思しき物の感触が、感覚的に理解できる。

 ネウロイは薄い笑みを浮かべたまま、俺の瞳を見つめていた。

「墜ちろ!!」

 俺はさらに力を込め、ほんの少しだけ、最後の力で残骸を奥に押し込む。魔法力を帯びたその残骸はコアへと付き刺さり、コアを粉砕した。

<<やっぱ強いなぁ、君は>>

 ノイズの混じった、かろうじて声と言えるそれがネウロイから発せられる。コアを粉砕されたネウロイはいつものように白い破片に変わる事はなく、ゆっくりと、だが確実にぼろぼろと風化していった。

 俺が付き刺したままの腕を引き抜くと、目の前のネウロイは弓なりに体をのけぞらせて海面へと落下して行く。

 魔法力も体力も使い果たした俺は、そのネウロイと同じように、海面へ向かっていった。1つの影が、俺を追っていた。


――――  ――――  ――――


 俺が赤い髪のネウロイを撃墜した直後、ネウロイ達がぴたりと止まった。困惑しているような、混乱しているような、そんな雰囲気である。

 そんなネウロイ達は良い的となり、やがて最後の1機もあっけなくコアを露出させられて粉砕されてゆく。

「格段に機動力が下がったな」

「どうやら、俺大尉がやったみたいね」

 ミーナは大きく息を吸い、そして息を吐く、これほどまでに大規模な戦闘は、彼女も数回しか経験した事がない。

「俺の事は、どうするんだ?」

「今度と言う今度は、きつい処分ね」

 坂本の問いに、ミーナは苦い顔で呟く。そして2人は、太陽を見つめた。

 インカムにノイズが走り、荒い息遣いと共に少女の声が快活に報告を行う。

「ペリーヌですわ! 俺大尉を回収しました! 意識もあります!」

 その声に、インカムに喜びの声が響く。赤い髪のネウロイとの戦闘を監視していたミーナと坂本は、あらかじめペリーヌに指示を下していたのだ。

 おそらく、俺は満身創痍であろうから助けてあげて、と。

 考えるべき事は山ほどあるが、今は勝利を喜ぶほかない。これだけの攻勢に出たのなら、当分はネウロイも静かになるはずだ。

 そして、海面付近では異様な取り合わせの2人が硬く抱擁を交わしていた。

 右肘から下の千切れた上半身裸の男と、声が枯れんばかりに泣き声を上げる、血に濡れたロングコートを羽織る少女。二人の周りだけは時間が止まったかのような錯覚を覚える。

「ばか、心配しましたわ」

「ありがとう、かな」

 極力血を付けないようにして、俺は左手でペリーヌの頬を撫でる。

「何もかも一切合財失ったが、なぜか清清しいんだ」

 ゴツゴツとした軍人の手を嫌がるそぶりは見せず、ペリーヌも眼を真っ赤に泣き腫らして甘えるように眼を閉じる。

「君と会えてから、俺はずいぶんと変われたよ」

「私もですわ。きっと、あなたのおかげ」

 一瞬が永遠に、永遠が一瞬にも思えるような時間が過ぎる。

「ねえ大尉、私があなたの人生の意味になっては駄目かしら?」

 ペリーヌの言葉に。俺は愉快そうに喉を鳴らし、ペリーヌの髪をくしゃくしゃとかき混ぜると、ペリーヌはくすぐったそうに肩をすくめた。

「勿体無い言葉だな」

 2人の唇が交わる。数十秒、もしかしたら数分かもしれない時間が終わる。

 すると唐突に、気まずそうなノイズがインカムに走った。

「あのー……」

「インカムのスイッチ、入りっぱなしです」

 宮藤とリーネの遠慮がちな声に、一瞬でペリーヌの顔が赤から青に染まる。俺はそんな変化にたまらず苦笑すると、ペリーヌのインカムに口を寄せた。

「冷やかしは勘弁してくれよ?」

 とても片腕を失った男とは思えないような軽口を呟き、俺はペリーヌに抱えられて基地へと向かう。

 波間には銃身がへし折られた1丁のモーゼルだけが浮いていた。

「さようなら、カプチェンコ『中佐』」

 左手に精一杯の力を込めて、俺は敬礼を行った。
最終更新:2013年02月07日 15:24