ep.3 詩人たちの金鈴
本棚から取り出した重々しい古びた本を耽読しているうちに、日はとうに斜いていた。
周りを見渡すといつのまにか談話室には人の気配がなくなり、僅かに整備兵が点在するだけである。
俺は手元にある本を見た。その表紙は掠れていて、僅かに金字の跡が残っていた。その本は前々から興味があった、
古代来より繰り広げられてきたネウロイと人類の戦争の歴史が描かれた本であった。
俺には古代のネウロイとの戦争はつい昨日のことのように思えた…。彼らが残してきた証跡はそう遠い昔のものではない。
そもそも、目と鼻の先に戦争がある限り、現実感覚として自身の前にあるのは何も不思議なことではないのだ。
甞てより人類とネウロイは並々ならぬ係累があり、紙一重に拮抗した戦争をしてきていた。
有史以来より、慇懃とも因縁ともわからぬ両者の相関は、かなり不安定である。ふとしたことから、ピアノ線が切れるように、
ネウロイと人間もまたふとしたところから争いが勃発していた。こまの歳差運動のように、状況は不可視で在り続けたのである。
さて、明日がいよいよ出発の日である…。身の回りの支度はできていた。万が一のためのストライカーユニット、506部隊に
引き渡す予定の支援物資は、既に輸送機に積んでいる。後は部屋に戻り、ゆっくり眠ろうかと考えていた。だが、俺は気後れし
てたのか、ようやく…あどけない顔で眠る小さな少女の姿に気がついた。それは、紛れも無く管野少尉であった。このまま寝かせて
おくと、風邪を引きかねない。
俺「おーい、管野さーん」
俺は彼女の目の前に手をかざす。…目覚める気配はない。仕方が無いので俺は彼女を揺り動かすことにした。
彼女は顔をようやく持ちあげると、眠そうに眼をこすりながら俺の方を見た。
管野「ああ、すまないな。…ところで今は何時なんだ?」
俺「もう5時すぎだよ」
管野「そうか、もうそんな時間なんだな…」
少女は時計を眺めながらそう言うと、ちらと俺の手元に置かれた本の表紙を見る。
管野「なあ、俺の手元にある本は何ていう本なんだ?」
彼女が興味ありげにその本について訊いてきた。文学を好む彼女は俺の読んでいた本の内容が気になったようだった。
俺「これか?人類とネウロイの古代史といったところかな。…ひょっとして管野もこういう本とかにも興味があったり?」
管野「もちろん。…伝記物であれ、コメディ・推理モノ、恋愛モノ等…とにかく興味があれば読むよ。ここに来るのも本を読むためだしな」
俺「じゃあ、俺の隣にいたのは…」
菅野「ま、まあ、そこんとこはなんとなくだ…。正直言うと、側に来たのはいいが耽読してたし…邪魔しちゃ悪いかなって声は
かけなかったけどな」
彼女は少し困ったような表情で、気恥ずかしそうに頬をかいた。彼女の仕草には他の子にはないような愛らしさがある。
管野「そういえばさ…」
俺「ん?」
管野「そういえばさ、ルマール少尉を励ましたのって俺なんだろ? オレからも礼を言いたいんだ。ありがとな」
思いもよらないことに、俺は目を丸くする。
俺「はは、何で菅野がお礼を言うんだ」
管野「同じ仲間としてお礼を言いたかったんだ。…オレは以前何度もあいつに助けられた。だから、少尉が悩み抱えているのを
見て、オレも何とかしてやりたいと思ってたんだ。でも、オレさ、かなり不器用だからなかなかうまいことあいつの相談に
乗れやしねぇ。…だけど、お前は簡単に自分にはできなかった事をやってのけたんだ」
彼女は机の上に座って足をぶらぶらさせる。多分…管野はずっと、ジョゼを何かしらの心の支えとしてきたのだろう。
彼女の連帯感は、恐らく他の誰よりも人一倍強いに違いなかった。
俺「俺は結局、大したことしてないよ。ただ自分はジョゼの後押しをしただけ。最後には彼女が乗り越えられたのは
彼女自身の強さがあったからなんだと思う。…なぜ俺に話を持ちかけたのはわからないけどさ」
管野「それだけ信頼されてるってことだろ? お前に相談できると思わなければ、誰にも打ち明けたりはしない。
あいつはなかなか自分の感情を表にだそうとしないし、いいきっかけになったんじゃないのか」
…ジョゼは人の心理を洞察するのに長けていた。彼女がいまや仲間の心身の支柱にあるのはそのためだ。彼女は一人一人の心の
機微を感じ取り、誰とでも容易く気持ちを分かち合う事ができた。
だが、彼女は自身を覆い隠し、心の裡を他人に話すことなどただの一度もなかった。彼女自身、その懊悩の深みを誰にも見せ
たくなかったのだろう。気丈に振る舞う彼女は一つの曇りのない笑顔を見せていた。そして、その積み重なりが亀裂を押し広げ、
遂には決壊したに違いなかった。
管野「それにしても、俺はこういう相談事とかうまいよな。…実際の所、女と話すのが苦手とか言うのは嘘じゃないのか?」
俺「まさか。未だに女性の扱い方は不慣れだし、どうしてもぶっきらぼうに扱う節がある」
管野「ふーん、そうは見えないけどな。まあ、天然ってところかな、俺の場合は…」
彼女はそう言うと、机の上から降りる。
管野「じゃあ、オレはそろそろ部屋に帰らせてもらうかな。…後の栓錠はよろしく頼む」
彼女は背を返して扉の前に向かっていく。俺はそんな彼女を呼び止めた。
俺「なあ、管野。一つ聞きたいことがあるんだが…」
彼女はその清冽な瞳を俺に向ける。俺はそれを確認すると一つの疑問をぶつけた。
俺「本の中の物語はさ、本を開いた時から始まり、…閉じることで一応の終わりを迎えるが、物語は本を閉じた後も永遠に
続いていくものであるのかどうか、それに対する意見が聞きたい」
管野「それってその本に一連の物語が全て押し込められていたら…そういう仮定でいいんだよな」
俺は管野の言葉に頷く。彼女はそれを見て腕を組み、深く考え込んだ。ややあって、彼女は静かに口を開いた。
管野「…オレは本というのはあくまでも物語の一場面を見ているに過ぎないと思っている。本を開く前から話は始まっているの
であり、本を閉じることで一応の収束を見るが、決して終焉を迎えることはない。一つの終わりであり、同時に新たな始まり
に過ぎない。冬が唐突に終わりを迎え、雪解けと共に春がやってくるのと同じようにな…。そして、それはこの世界
にも同じ事が言えると思う。ネウロイと人、どちらが勝っても一つの時代が終わり、一つの始まりを迎えるだけなのさ。
一方的な見方をすれば、片方は終焉するわけだが…」
俺は彼女の言葉に力強さを感じた。その様子を見て管野は俺にこう言った。
管野「で、それを聞いたのはなにか理由があってのことか?」
俺「特に深い意味はないかな。ただ管野がどう物語と向き合っているのか、それが聞きたかっただけなんだ。…急にこんなことを
聞いたりして悪かったな」
管野「気にするな。オレはお前にとって意味のある質問だろうから答えただけだ。…そんじゃあ、オレはもう行くからな。
夕飯時になったら呼びに来てくれ」
彼女はそう言って扉を開けると、あの長い廊下へと出ていった。一人残された俺は手元にあった本を元の場所に戻すと、鍵をかけて
その場を後にした。今日の夕飯のメニューを思いながら。
俺は部屋に戻るとベッドに深く座り、友人のあの言葉を思い返していた。
『…秩序に終焉なんかない。死というのはそれ自体終わりではなく、同時に始まりなんだ』
それは、今でも澄明なものとして自身の記憶に残っていた。彼は更にこう続けてこう言った。
『人類とネウロイの戦争は、喩えるならば…強磁性が常磁性に相転移していく過程といったところだ。
一つの方向に整列するのか、それともバラバラな方向を向くのか、それは自然界のみが知っている…』
彼の言う秩序には力があった。それは自然界との対話から生まれ、導き出された一つの結論であった。自然に関する事物を提議し、
それを論証によって演繹してみせたのである。そうして、彼の天稟は物象世界のあらゆる所で発揮されていった。
秩序について考えていくうちに、かつてリベリオンの哲学者トマス・ネーゲルが『コウモリであるとはどのようなことか
(原題:What is it like to be a bat?)』[1] においてコウモリの主観的な感覚質について考察し、物理主義を批判したことを
思い出した。それは同様に"ネウロイにとって、ネウロイであるとはどのようなことか"の問いを提示しているように思えたから
であった。
俺は考えを深めるうちに、ネウロイの手となり耳になった。そこから見える世界はモノクロなのか、あるいは何もないのか、
それを想像するのは容易ではない。それは俺がネウロイ自身にならない限り、彼らの感覚質を知ることは難しいことだった…。
そうして、俺は思索に耽るうちに次第に意識が覚束なくなっていった。俺は立ち上がって寝間着に着替えると、すぐにベッドに
仰向けになった。天井を見つめる内に感覚がまどろんでいく。…明日はきっと早く来るに違いなかった。
3月8日早朝、ロンドンへの出立の日が来た。日がまだ昇らぬ薄明の空の下で、隊員たちは見送りのため輸送機の前に整列した。
その向かいに、俺とサーシャ、ジョゼの3人が立ち並ぶ。502部隊の隊員を眺めると、各々瞼を重そうにしていた。
ラル隊長は部隊の代表として、堂々たる歩みで俺達の前に進み出る。隊長は俺達をしっかりと見据えると、明朗な口調で話し始める。
ラル「今日は天候にも恵まれ、平穏無事な今日という日を迎えた。
明後日を前にして緊張しているかもしれんが、あまり力み過ぎないで欲しい。自分自身が率直に思ったこと
感じたままを話すだけでいいんだ。彼らの中には権柄ずくな態度でもって尊大な意見をする連中もいるかも知れないが、
それに臆することなく、無遠慮でもいいから彼らに意見をぶつけてやるんだ」
少佐はジョゼの前に歩き、彼女と向かい合った。
ラル「ルマール少尉、決断を強いさせたようで本当にすまなかったな。私個人の無用な考えが君を追い詰めてしまった…」
少尉は真っ直ぐな瞳で少佐を見上げる。哀しい表情は消え、決意に満ちていた。彼女の瞳は以前のような懈怠さを
帯びていなかった。
ジョゼ「いえ、そんなことはありません。個人的な感情でもって使命を放擲し、現実から眼を背けようとした私自身に非があり
ます。…あの時は、失礼なことを言って本当に申し訳ありませんでした」
ラル「ルマール少尉…」
少佐はジョゼの両肩を優しく掴んだ。隊長は柔和な眼差しをしていた。
ラル「…成長したな、少尉。私は嬉しいんだ、あの艦橋で敬礼した兵士の想いは確かに少尉に引き継がれていた。
君がいることで祖国の風が少しずつ戻りつつあるのだから…」
ジョゼ「隊長、私嬉しいんです。こんな私でも出来る事があるんだなって…。私はあの兵士との約束を果たさなければなりません。
いつかあの場所に人々の生活の種が芽吹くように」
ラル少佐はそれ以上何も言わなかった。彼女にはもう励ましの言葉は必要なかった。彼女は一人で歩いているのではない、
様々な人の想いを運びながら歩いていた。荒蕪の地を潤す存在として、人々の足元を照らす人になったのである。
隊長はまた中央に戻ると、元のように俺達と向かい合った。一人の整備兵が彼女に駆け寄り、何やら報告し始める。どうやら、
物資のつめ込み作業は終わったようであった。
ラル「どうやら準備が整ったようだ。滞在期間は短いが…無理のないように、各々使命を全うして欲しい。
では貴官らの無事と健闘を心より祈っている」
彼女はそう言うと俺達に向かって敬礼した。俺達もそれに呼応し敬礼する。その日の風はとても穏やかであった。
ニパ「お土産は別にいいからなー。無事に帰ってこいよ」
クルピンスキー「お土産は若い女の子で頼むよ…いだだ、ちょっとしたジョークなのに」
ロスマン「また変なこと言って、伯爵は…。それじゃ三人とも気をつけて。…時々は手紙や電報で連絡よこしてちょうだいね」
各々想い想いに言葉をかけてく。出発前とは思えないほどの明るさであった。そんな中、管野が本を抱えて俺の方に歩み寄ってくる
のが見える。そして、彼女は俺の前に対峙した。
管野「出発前にな、これを俺に…」
彼女はそう言うと、俺に一冊の本を差し出した。
俺「これは…」
管野「ヘルマン・ヘッセの詩集だ。ひょっとしたら俺の探している答えがあるかもしれないからな。ヘッセは風景画を描くのを
こよなく愛した人だったから、詩文に自然の事物の秘鑰の在り処を暗喩しているかもしれない、…そう思ってさ」
俺「ありがとう。時間が空いた時に読ませてもらうよ」
そう言って俺はにこりとして笑うと彼女と握手した。彼女は少し顔を赤くして頭を掻きながら『ま、気をつけて行ってこいよな』
と言うと早々に離れていった。
サーシャ「とても可愛らしいですよね。不器用ですけど…あの子らしい気遣いだと思います」
俺「そうだな。…実はサーシャもああいう妹がほしかったり?」
サーシャ「さあ、どうなんでしょうね…。いたらいたで賑やかだろうなとは思いますけど」
俺「意外とサーシャは管野をなんだかんだで甘やかすお姉さんになりそうだ。ねだられたりしたら結局折れるタイプだと思うな」
サーシャ「うーん、それはまあ、否定はできませんね。そう考えると、意外と姉バカな面はあるのかも」
彼女は困ったような笑みを浮かべる。サーシャはきっと彼女の頼れるいいお姉さんになれそうである。
暁闇の中で輸送機Me 323のノーム・エンジンが始動し、雪原の滑走路を走り始める。やがて機体は加速していき、ゆっくりと離陸していった。
サーシャ「そういえば…俺さんはロンドンに行くの
初めて でしたっけ?」
俺「そうだよ。戦地を点々とはしてたけど主にはアジア方面だったからね。だから、欧州方面はオラーシャ以外に訪れるのは初めて
のことで楽しみなんだ…。サーシャは何度かあるんだ?」
サーシャ「ええ、ラル少佐に付き添いで何回か…。あとは部隊に入る前に父と共に視察に行ったこともありますね」
俺「戦闘隊長は何かと出張とかあるもんな。…そういえば、ブリタニアにはかつて存在した501部隊のほかに、
まだ部隊があったような気がするがなんだったっけ…」
ジョゼ「それってワイト島分遣隊のことじゃないでしょうか。角丸美佐中尉が指揮を執っていたという…」
俺「あーっと、それだな。なんでもその隊長さんは『金剛力』を使うらしいとか」
ジョゼ「物質に魔力を通して対象に魔力を徹す固有魔法みたいですね。噂ですけど…爪楊枝一つを投擲するだけで壁を破壊
できるとか」
俺「へー、爪楊枝だけでそんな凄いことが出来るのか。世界はまだまだ広いわけだ」
ジョゼ「私も詳細を深くは知らないのですが、…配属されている知り合いからはそう聞きました」
『金剛力』はその固有魔法の特性上接近戦を得意とする辺り坂本少佐と同類なのかもしれない。想像するに、彼女は接近戦に関して
は相当の達人者であり、経験豊かな軍人に違いなかった。
俺「…ということは、ブリタニアに知り合いがいるんだね。もしかして同郷だったりとか?」
ジョゼ「はい。アメリー・プランシャールさんっていう方でして、ハーブにとてもお詳しい方なんですよ。
今はブリタニアにはいなくて、
ガリア の農業に尽力しているみたいですけどね」
俺「そっか、今はいないのか。…ところで、明日到着の予定みたいだけど、特にやることもなければ、ロンドンを少し散策したい
と思うんだがどうだろう」
俺の提案に、サーシャは腰に手をあてながらくすりと笑う。
サーシャ「まあ、俺さんったら。最初からそのおつもりでそうおっしゃってるんでしょう? 私には丸わかりですよ」
ジョゼ「俺さん、すぐ顔にでますからねー」
俺「あらら、ばれてたか。…それでどうかな?悪くないと思うんだけど」
サーシャ「ええ、いいですよ。ジョゼさんもいかがですか?」
ジョゼ「お二人のお邪魔にならないようであれば、私もぜひとも御一緒したいです」
そうして、俺達は機体が着陸するまでの時間を、ロンドンの何処を見て回るかについて和気あいあいと話し合ったのだった。
ロンドンには翌朝の午前10時頃到着した。カールスラントを迂回し、途中補給を挟みながらの航行だったので移動には相当の時間を要した。
飛行場を出た後、俺達は地下鉄に乗継いでウェストミンスター駅を降りる。アビンドンストリートに抜ける道を経て、ウェストミンスター寺院にたどり着いた。
そこは戴冠式等の王室行事が執り行われるという有名な寺院である。更には、ラザフォード、マクスウェル、トムソンなどの著名な物理学者が埋葬されている場所でもある。
その寺院には中世のゴシック建築様が施され、ガリアの建築家アンリの意匠があちこちに見られた。内部は大陸から伝来したという
三葉型と多弁飾りが複合した装飾で、眩いばかりに巧緻で荘厳な造りをしていた。
俺達は係員の案内に従って、北翼廊から入ると、聖堂の中央に立った。敬虔な雰囲気が漂う内部は驚くほど美しかった。内装は
何度か改修工事が施工されたのか、どこか真新しさがある。辺りを見回すと中央奥には主祭壇があり、横には聖歌隊の席が設けられていた。
俺達は主祭壇の前に立ち並ぶ。祭壇前にあるコスマーティ技法の大理石の床は、とりわけ審美的探究心をくすぐった。
ジョゼは祭壇を見上げ、瞳を閉じると俺にこう言った。
ジョゼ「…祭壇の前に立つと、心が洗われるような気がしますよね。今にも聖歌隊の賛美歌が聞こえてきそうです」
俺もジョゼに習って瞳を閉じる。瞼の裡では少年隊が、神への精神を高らかに歌っている。その聖歌は俺達を不思議な
心持ちにした。その様子を見ていたサーシャも横にたって俺の手を握る。
ジョゼ「…あの、やはり私…お二人のお邪魔になっていませんか」
サーシャ「へ?」
ジョゼの唐突な言葉に、サーシャは間の抜けた返答をする。
ジョゼ「ええっと、その、私としては貴重なお二人の時間を尊重したいので、なるべくなら二人だけにしてあげたいのです。
仲の良い男女は二人きりになりたいと考えるのが自然です。だから、その…お邪魔でしたら…」
ジョゼのその言葉に、俺はさっきまで考えていたことが何処かに飛んでいってしまった。サーシャは顔を赤くして当惑している。
その様子にジョゼは慌てたようにして言った。
ジョゼ「ええっと、その…余計なことを言ってごめんなさい」
俺「俺達の仲に気づいていたのか」
ジョゼ「はい、薄々はそうなんじゃないかと…。少し余計なことを言ってしまったと思っています」
俺「ううん、そんなことはないよ。…むしろ、ジョゼにずっと気を使わせてしまったようで申し訳ない」
ジョゼ「そんなことは…。私も最初の方で断ればよかったなって思いますし」
俺「でもこれで、少尉の前で隠す必要はなくなったわけだ」
サーシャ「そうですね、ただ気恥ずかしいという理由だけで、ずっとひた隠しにしてただけですからね…」
彼女はポツリとそう言うと、その瞳を祭壇の方に向けた。
俺「なあ、サーシャ」
サーシャ「は、はい!」
俺「せっかくここに来たんだし、婚儀の真似事やってみないか? 司祭がいないから、宣誓の言葉なしでさ」
サーシャ「え、ええええ!? ちょ、ちょっと、俺さん。ルマール少尉の見ている前で、そんなこと…」
俺「だめ…かな?」
サーシャ「俺さん、私…その、あ…う」
俺はサーシャの肩を掴む。彼女は動揺していたが、覚悟を決めたのか目を瞑った。緊張しているのか肩が震えている。
それを見て、俺はそっと頬に冷たい手をあてがう。
サーシャ「ひゃう!?」
彼女は身体をびくりとすると、我に返る。
俺「ごめん、冗談だよ。さすがの俺でも人前ではやらないさ」
サーシャ「あの、ひょっとして俺さん…楽しんでやってませんか?」
サーシャは頬を少し膨らませて、眼で訴えてくる。
俺「くっくっく、バレたか。あいだだだだ」
俺は足を踵で踏まれた激痛に堪えきれずに、その場に蹲踞する。
サーシャ「俺さんなんて、知りません」
ジョゼはくすくすと笑う。その二人の様子は傍から見て微笑ましいものだった。
俺達はやがて詩人たちが眠るという南翼廊に差し掛かった。床面にはゲオルグ・フリードリッヒ・ヘンデル、ラドヤード・キップ
リング、チャールズ・ディケンズの名が刻まれた墓石が埋め込まれていた。いずれも一時代を築き上げた名代の作曲家、小説家達で
ある。
サーシャ「この詩人たちは、寺院に護られ続けてきたんでしょうね、長いことずっと…」
俺「…彼らもまた暗い地下からブリタニアの栄華と滅亡を見つめてきたんだろうな。それにしても、墓石に刻まれた名前の
なんと虚しいことだろう」
今日を皮切りに全てが変わることを思うと、人類そのものが驀地に闇の小道を通り抜けているように思えた。
その点在する小石に躓きながらもひた走るような感覚は、恐ろしいまでに俺の頬に張りついて離れなかった。
詩人たちは何を想い、ここに眠リ続けるのだろうか。墓石そのものが想像を絶するような晩年の苦悩と不安を象徴しているのだろうか。
それは決して報われぬ、果てない秩序を諷しているかもしれなかった。
そうして、俺はしゃがみ込み、墓石にそっと触れる。
その刹那、キップリングの詩『The Ballad of East and West』の一節、"Oh, East is East, and West is West,…"[2] が聖堂に
虚しくこだましていく。そして、意識は透明になり、八方世界へと飛翔した。…遠くで鳴っていないはずの寺院の鐘が啼いていた。
寺院を出ると506部隊の人と合流するために、506と合流する予定の場所に移動した。俺達はミルバンクを通り、指定された
テート・ギャラリーに到着した。そこはテムズ川を望む美しい場所である。腕時計を見ると時刻はまだ午後2時少し前であった。
サーシャ「予定より早く着いたのでまだ時間がありますね…。どうしましょうか」
ジョゼ「ここからだとテムズ川が望めてとても綺麗ですし、景色でも眺めながら待つのはどうでしょうか」
俺「そうだな。まあ、待ってる間にテート・ギャラリーの中を見て周ってきても…」
その時、後ろから風が通りぬけ、戞々と石階段をつたう跫音が聞こえ始めた。やがてその跫音の主がはたと止まり、静かに声を発した。
「お待たせして申し訳ありません。…皆さんが502の方々ですよね?」
サーシャ「そうですが、そちらは…」
イザベル「申し遅れました。私の名はイザベル・デュ・モンソオ・ド・バーガンデール…、あなた方をお迎えに来ました」
そこに立っていたのは中性的な顔立ちをした、ハンチング帽を抱えた小柄な少年であった。
ED "Endless Song Of Happiness"
VIDEO
[2] Rudyard Kipling, The Ballad of East and West(2012.3.20)
< 予告 >
1945年3月10日、混乱期の最中、鳩首凝議が執り行われようとしていた。
様々な思惑が交錯する中、ウィッチと政治家達の駆け引きが展開される。
政治的策謀の裏で明かされていく真実。
『俺さん…今から30年前、何が起こったのか。それを今から話そうかと思います』
そして、ある男の存在が世界を揺るがす。
『…月桂樹の枝を地面に突き刺して、君は何をするつもりなんだ』
『見てわからんのか、誓いさ。この地に新たな社会的秩序をもたらさんとするためのな…』
今、社会的古い構造は砕かれ、秩序の真価が問われようとしていた…。
イザベル「皆様こんばんは。 506の小柄なハンターこと、イザベルと…」
俺「502のお抱えメカニックこと、俺技術士官です」
イザベル「今回は大きな節目ということで、予告を入れることになりました」
俺「今日でようやく秩序の導入部まで来たかなって感じです」
イザベル「そうですね。私からすると導入部だけでだいぶややこしかったりしますが。…それはそうと、俺さん。予定では
いつになるかはわからないけれど、時間があるときに、私をメインに据えたお話を投下するみたいですね」
俺「そうなのか?」
イザベル「なんでも502と接触するまでの話をやりたいんだそうで、俺さんの出番が最後の方しかないとのことです。幕間回
といえば、わかりやすいでしょうか」
俺「なるほど……って、おいいいいい、俺の出番最後の方だけかい!」
イザベル「そんなわけでして、次回も宜しくお願いします」
俺「アイザック回の後は、ちゃんと俺メインの話に戻るらしいぞ」
イザベル「そんなわけで」
俺「また、次回まで」
おわり
最終更新:2013年02月15日 13:09