早朝のネウロイ侵攻後、アフリカ北部遊覧飛行を終えて約1時間後

「はい、大丈夫ですよ」

真っ白な包帯を巻きおえた軍医がそう言って俺の腕を叩く。
少しばかり傷に響いたので顔をしかめているかもしれない。

そんな俺を気にもせず軍医は道具を片付け始める。

幸い左腕の被弾は軽症ですんだらしい。
しばらくすれば銃を撃つのに支障は無くなるだろう。

とりあえずさっさと上着を着よう。行かなきゃならんとこがあるし。

「ところで、左腕はともかく体中のアザはなんなんですか? 
 他にもそんな隊員がたくさん出てうちのナースが大忙しなんですが」

…あのマッスル衛生兵共がナースねえ。

隣の天幕から野太い声が聞こえてくる。

「あらこんなにアザをつくって、いけない子ねぇ」

「や、やめろ、来るな!」

「大丈夫よ、ちゃぁんと治療してあげる。 …アレからナニまでね」

「ーーーーーーーーーッ!」

…次のターゲットは金子主計中尉とかいう噂を聞いたな。
まあ同好の士として上手くやっていけるだろう。俺には関係ない。

服を着る手を速める。

「ちょっと人間の嫉妬との親撲会を」

まだボタンが締まりきってないが急いで天幕を出る。
ああ、熱い。暑いじゃない、熱いだ。温いならどれだけよかったか。
遥か遠く故郷の気候を懐かしみながら歩く、一応様子を見ておかないとな。

天幕の密集地から離れたところにあるのが腹立たしい。
かといってど真ん中に作られたらそれはそれで危ないが。

ようやくたどり着いた。
気だるげに入り口をくぐって中に入る。

入り口をくぐると、そこは弾薬庫だった。

…思考がもうだめだ。反省。

中に進み、近くにいた整備兵を捕まえる。

「俺のガーランドは?」

や、俺のではないがな。パットン親父が貸してくれただけだし。
作戦終わったからさっさと返さないと。

…頼んだらくれるかな。ボルト操作しなくていいのは楽だし。
途中でリロードできないから無駄撃ちするのはリベリオンクオリティ。

「オーバーホールしてます。まだまだ新しい技術ですからね。ここは砂漠ですし早めにオーバーホールしますよ。
 あ、代わりのガーランドならそこの木箱に入ってますから好きなの選んでください。」

「…今回の作戦だけの使用予定、しかも俺の分隊しか使わないはずだよな」

「まあ、見てくださいよ」

整備兵が指差した方向を見ると二人がかりでも持ち上がらないような木箱がある。
とりあえず開けてみる。蓋が重いのでずらしただけだが。

中にはぎっしりとガーランドが詰まっている。
これだけあれば二個小隊ぐらいいけるんじゃないのか

「なんでもその木箱が輸送の最低単位だそうで、返さなくてもいいとのことです」

…まあ、リベリオンだし。
納得することにした。

整備兵も苦笑している。
弾も必要以上に入ってるな。
まあ、武器が増えるのはいいことだ。ありがたく使わせてもらおう。


「しかし、ただでさえベレ使ってるのにガーランドを標準装備したらカールスラント分が軍服しかなくなるな」

今まではPzB対ネウロイライフルだったからかろうじて保ってたんだがな。
まあ用途がまるで違うから使い分ければいいか。小銃と対ネウロイライフルのツーマンセルってのもいいかもしれん。

「拳銃、ワルサー使えばいいんじゃないですか? たしかP-38が支給されてましたよね」

P-38か、いや一応持ってるぞ。ちゃんと肩に吊るしてる。
まあ、別に悪くは無いんだがなあ。

「あの銃身むき出しのデザインが気に食わん」

その辺はロマーニャ製のが圧倒的だな。
あのデザインを考えれるような人材はカールスラントにはいないだろうな。
その分質実剛健なのがいいところなんだが。

「はあ…そういえば俺曹長、そのベレッタはどうしたんですか?」

整備兵があきれた目をして聞いてくる。
失礼な、デザインは重要だぞ、やる気を出す為に。
男としてかっこいい武器にはあこがれるものだろうに。
で、このベレッタか、えーと確か…

「三ヶ国対抗ポーカーで勝った」

…おや? 整備兵の様子が

「俺曹長…」

「じゃ、俺は行くわ。 オーバーホールよろしく!」

ここで捕まるわけにはいかない。
戦略的撤退といこう。後ろに向かってブリッツクリーク!
後ろから何か聞こえてきたが気にしない。

天幕から急いで出て、そのまま別の天幕をめざす。

「さて、約束を果たしにいきますか」




灼熱の砂漠も、夜になると極寒の世界に変わる。
寒い。月明かりが照らす砂漠で軍服をきっちりと着こむ。
こっちに来たばかりの頃はよく体を壊したことを思い出しながら歩く。

この辺だな。と周囲を確認し、何も敷かず砂にそのまま座る。
持ってきたワインと二つのグラスも置いた。

基地からは離れ、人気もない。
一応アラートが聞こえる距離にはしているが今日はもうこないだろう。

寝転がって星を眺める。
ここの夜空は故郷の空よりずっときれいだ。
だが暗闇を照らす星よりもっときれいな星があることを知っている。
すぐ飽きて目を閉じる。

長いこと待っていた気がする。遠くからかすかに砂を踏み分ける音が聞こえてきた。
音は少しずつ近づいてくる。そして俺のすぐ耳元で止まった。
思わず笑みがこぼれる。少しずつ目を開けると、星が俺を見下ろしていた。

「待ったか?」

「待たされた」

そういう時は待ってないと言うもんだぞ。
言いながらマルセイユは俺の隣に座る。

そして隣に置いていたワインを手にとって眺めている。

「お前にしちゃ中々いいのを持って来たじゃないか」

ワイン瓶を一撫でして、にやりと笑いこちらを見る。

「最高のって言ったのはどこの誰だよ。ロマーニャ人から賭けでぶんどって来たんだ」

よっ、と体を起こし、懐を探ってコルク抜きを取り出す。
マルセイユから瓶をひったくってコルクを抜いた。

マルセイユがグラスを向けてきたので注いでやる。
注いでから瓶を渡そうとしたら手を引っ込められた。
俺は手酌で飲めと言うか。

仕方なく自分のグラスに注ぐ。
そしてお互いグラスを掲げ

「乾杯」
「カンパイ」

ガラスが触れ合う音が短く響いた。

よくキスのことを影が触れ合う、等と表現するが、今俺とマルセイユの影もまた触れ合っているのだろう。
マルセイユも同じ事を思っているのかわからないが触れ合わせたグラスを離そうとしない。

そのままゆっくりと時間が流れる。長い乾杯だ。
するとおもむろにマルセイユがこちらに寄ってきた。
肩を触れ合わせ、グラスを引き離す。

イタズラが成功したような顔をして、マルセイユがクイッとワインを飲んだ。
それを見て俺もグラスを傾ける。

芳醇な香りが口の中に広がる。
マルセイユも気に入ったようだ。すぐに一杯開けてしまった。

グラスを向けてくる。ワイン瓶を取って注いでやる。

「自分で注げよ」

倒れないようワイン瓶を砂に突き刺す。

「私の方が階級は上だぞ、身長もな」

言って再びグラスを傾け始める。

「うるせえ、14歳の女が身長172cmとかおかしいだろ。それに1cm差だ」

…そうだな、なんだかんだ言ってもまだ14歳なんだよな。
恋に恋するお年頃、か。
この歳からの恋愛が、ずっと続くわけも無いよな。

勢いでワインを飲み干してしまった。
瓶を掘り出して自分のグラスに注ぐ。

「勝ちは勝ちだ、牛乳のおかげだな」

マルセイユは得意げにワインを飲み続ける。
この調子じゃあまり長く持ちそうにないな、ワイン。

「そういえば俺、今日ネウロイ倒してたな。 何機になったんだ?」

ん? ああ、あの飛行杯か
たしか今まで倒したのが…

「…単独なら五機撃墜だな。 晴れてエースだ」

マルセイユはフフン、と小バカにしたように笑う、
だが顔は嬉しそうだ。

「空と陸を一緒にするな」

「ウィッチと野郎を一緒にするな」

………

睨み合う

そして、お互い同時に笑いだした。

いつの間にかお互いのグラスが空いていた。マルセイユのグラスワインをに注ぐ。
そして自分のグラスに注ごうとしたらマルセイユに瓶を奪われた。

「特別サービスだ」

そう言ってマルセイユは俺のグラスに注ぎ、自分のグラスを掲げる。

「俺のエース達成に」

マルセイユの音頭に俺もグラスを掲げる。

「カンパイ」
「乾杯」

ガラスの透き通った音が夜に響き渡る。
示し合わせたように二人同時に飲み干した。

灼熱の砂漠も、夜になると極寒の世界に変わる。
だがアルコールのせいか、相手の体温か、寒さは感じない。

いつかはこの心地いい暖かさも、無くなってしまうんだろう。
俺が死ぬか、こいつに本当に好きな人ができるかで。

それでも俺は

「星がきれいですね」
最終更新:2013年02月15日 13:42