俺の過去を聞いたウルスラ、ビューリング、智子は、3人とも言葉が出なかった。
彼に、そんな過去があったなんて、思いもよらなかったからだ。
暫くの沈黙の後、ビューリングが静かに口を開く。
ビューリング「わたしもオストマルクにいたんだ。」
俺「奇遇だな、同じところにいたなんて。」
ビューリング「そうだな。ネウロイが攻めてくるちょっと前に、私の部隊はオストマルクの国際ネウロイ監視航空団に派遣された。
ビューリング「その頃、ライバルがいたんだ。部隊内で1、2を争う私と彼女は、自信に満ちあふれていた。よく
模擬戦をやってはどちらが強いか口論になったものだ。
そんなとき、ネウロイが攻めてきた。彼女との決着をつけるときだと思ったよ。ネウロイを多く落とした方が優れているに決まっているから、私たちは連日出撃した。
幸い、敵には困らなかったから、後退に次ぐ後退でも、私たちの戦意は旺盛だった。」
智子「……。」
ビューリング「それで、ある日のことだ。私は撃墜数を稼ぎたいがために、つい、敵を深追いしすぎた。気づくと弾は切れ、3機に背後をとられていた。
絶体絶命だったよ。その3機が一斉に射撃してきたときだ。」
俺たちは静かに彼女の話を聞き、ビューリングは声を落として、話を続ける。
ビューリング「気づくと、奴が私とネウロイの間に割り込んできたんだ。
彼女は、銃弾を何発も食らって、ボロ雑巾みたいになってしまったよ。
仲間の援護を受けて、敵を散らした後そいつを見に降りたんだ。
……即死だった。」
智子「あなたにそんな過去があったのは意外だったわ……でも、それで何が言いたいの?
」
ビューリング「……私はこのスオムスに死ににきたんだ。このハリケーンは、あいつが装備してたやつなんだ。」
ビューリング「あいつの機体を装備して、あいつを落とした弾丸で死ぬ。
それが私のできる贖罪だと思った。」
智子「勝手に死ねばいいじゃない。」
俺「おい、そんな言い方は……。」
ビューリング「いや、いいんだ俺。トモコの言うことは正しい。
……でも、この前の吹っ飛んだ孤児院を見てな、死ぬ前に居場所がなくなるような人間を少しでも減らそうって、考えが変わったんだ。」
ビューリング「なぁトモコ。」
智子「何よ。」
ビューリング「ラロスをいくら相手したって、それは本当の敵じゃないんだ。」
智子「……じゃあ、本当の敵ってなによ?」
ビューリング「それはな……」
そこでビューリングは俺に目配せをする。
俺「智子少尉、本当の敵は爆撃兵器だ、例えば、ケファラスとか……。」
ビューリング「そうだ。それを倒さないことには話にならないし…ネウロイは、そのうち巨大爆撃兵器を繰り出してくる。
それこそ、俺の話にあった新型ネウロイのような、そんなやつを。」
俺「そして、その爆撃兵器を撃墜するには、連携が必要だ。そう、何よりもね。
奴らに単独で挑んだって、雨あられと襲ってくる対空砲火の餌食になるだけだ。」
智子「それでも、私は友人を超えなくてはいけないの。
あなた達のライバルは死んでしまったけど、私のライバルは生きているの。
『わたしを超えて頂戴』って、私はまだ超えられていない。」
俺「智子少尉……。」
智子「私は、彼女だけには負けるわけにはいかないの。
彼女に負けたくない、その思いだけで飛んできたの…だから……。」
ビューリング「そうか……。」
智子は格納庫から立ち去っていく。
俺とビューリングは、彼女を止めることもせずに、その背中を見守る。
俺「そういえば、ビューリング少尉は
初めて智子少尉の名前を呼んだな。」
ビューリング「気づいていたか。」
俺「はは…悪い癖でね。」
ビューリング「でも、その観察力で生き延びてきたんでしょう?」
俺「まぁね…。ビューリング少尉も……。」
ビューリング「少尉はつけなくていい。階級で呼ばれるのは嫌いなんだ。」
俺「いやしかしだな……。」
ビューリング「私も、俺の事は俺と呼ぶ。」
俺「……分かったよ、ビューリング。」
ビューリング「それでいい。……時に、俺。頼みたいことがあるんだ。」
俺「なんだ?」
ビューリング「それはな…――――。」
外は、猛吹雪が吹いていた。
それからしばらくして、またネウロイが飛んでくるようになると、智子は順調に撃墜数を増やしていった。
そして、1939年のクリスマスがやってきた。
俺「隣、いいか?」
智子「え、えぇ、いいわよ。」
昼前の哨戒任務を終え、食堂で昼食を摂っていた智子の隣に、俺が座る。
智子はてっきり、俺は自分と距離を置いているものと思っていたから、その行動に驚いたようだ。
俺「またヘルネケイットか……。祖国の味が恋しくなってくるよ。」
俺は、配給されたスオムスの伝統料理、ヘルネケイット、つまりエンドウ豆のスープを恨めしそうに口へと運ぶ。
というもの、カウハバ基地に来てから毎日、このスープが出されていたからだ。
智子「確かにそうね。もうちょっと味が濃くてもいい気もするわ。」
俺「そうだよなぁ…、味が薄すぎる。」
そんな会話を続けながら、俺たちはそのスープを口に運ぶ。
智子「それにしても、意外だったわ。」
俺「何がだい?」
智子「俺少尉はてっきり、私の事を避けてるものだと思ったから……。」
俺「まさか!こっちこそ、智子少尉が俺達を避けているのかと思ったよ。」
智子「いやいや私が思ってたわよ。」
俺「いやいや俺が。」
智子「いやいやいや……。」
俺「いやいやいやいや……。」
そんな問答を
繰り返しているうちに、智子と俺は噴き出してしまった。
智子「ぷっ………あはははっ。」
俺「くくく……。」
智子「バカみたい。くすくす。」
俺「確かに。でも、初めて笑った顔を見たよ。」
智子「あら、そ、そうかしら。」
俺「扶桑海の巴御前はそんな顔もできるんだな。」
智子「も、もう言わなくていいから!」
智子は照れたのか、咄嗟に顔を背けてスープの残りを飲み干す。
俺は、微笑して、あることを思い出す。
俺「そういえば、今日はクリスマスかぁ。」
智子「くりすます?」
俺「聖キリストの誕生日だよ。
扶桑にはあまり馴染みが無いかもしれないけど、ヨーロッパじゃめでたい日なんだ。
いつもなら、クリスマスパーティーをやるんだけど……。」
俺は周りを見渡す。食堂内は全くクリスマスムードではなく、数人の士官が食事をとっているだけだった。
智子「戦時下じゃ、そんな事も言ってられないわね。」
俺「そうだな……。俺"達"が頑張って、ここを守らないとな。」
智子「……ええ、そうね。ごちそうさま。」
智子は俺の言葉を軽く受け流し、席を立つ。
そこに、司令部付きの下士官がやってきて、智子の前にたち、敬礼をする。
食堂内は俄にざわつく。司令部付きの人間が、この食堂に来ることは滅多にないことだったからだ。
そんな視線をよそに、士官は淡々と智子に告げる。
士官「穴拭少尉。ハッキネン大尉が司令室までお越しください、とのことです。」
俺と智子は、顔を見合わせる。
俺「何かしたのか?」
智子「身に覚えがないわ……とにかく、行ってくるわね。」
智子は、自分が何かしただろうかと考えながら、司令部へと駆けつけると、ハッキネン大尉と基地司令の他に、
見覚えはないが、懐かしさを覚える顔に出会った。
知り合いというわけではないが、そこに居た中年男性は東洋人だった。
ハッキネン大尉が、その男性を紹介する。
ハッキネン「祖国からのお客さまです。少尉。」
佐久間「大使館付き陸軍武官の、佐久間中佐だ。」
智子は中佐と聞いて、慌てて敬礼する。
佐久間「いやなに、楽にしてくれたまえ。中佐と言っても、文官のような仕事ばかりでね。」
智子「失礼しました。それで、私に何か用でしょうか?」
佐久間「君は随分と活躍しているようだね。五十機撃墜おめでとう。
現時点で君は、扶桑皇国欧州派遣組のトップエースだ。」
智子「ありがとうございます。」
佐久間「それでなんだがね、そんなエースを本国も放っておくわけにはいかなくてね。
このたび、君への叙勲が決定した。」
智子「叙勲……ですか?」
佐久間「功四級金鵄勲章だ。名誉だよ、少尉。」
智子「あ、ありがたくあります!」
佐久間「追って正式に通達があるだろう。授与式はパリで行われる予定だ。
各国の武官や文官を呼んでの派手なパーティーだ。楽しみにしておいてくれたまえ。」
智子は喜びに震え、小さくガッツポーズをした。
そして、佐久間中佐から祖国の近況や、カールスラントの戦況を聞いた。
カールスラントは、各国から派遣されたウィッチたちの活躍にもかかわらず、徐々に戦線を押されていっているらしい。
智子「カールスラント組は、皆元気でやってますでしょうか?」
佐久間「いまだ、戦死者は居ないと聞いている。」
智子「そうですか……。」
佐久間「同じ部隊だった加藤少尉が心配かね?」
智子「えぇ、まぁ。」
佐久間「安心したまえ。彼女も、カールスラントの義勇飛行隊で活躍していると聞いた。」
智子「あの、中佐殿。もう一つだけ、お聞きしたいことがあるのですが。」
佐久間「なんだね?」
智子「私のスオムス派遣を決定したのは、誰なのですか?」
佐久間「おや、知らないのか?」
智子「ええ。」
佐久間「さっきも出てきたが、君と同期の加藤少尉だよ。」
智子「武子が?」
佐久間「あれは確か、カールスラントに派遣するウィッチの選考途中だったかな……?
君ももちろん、カールスラント組に入っていたんだが、ある日突然、加藤少尉が選考委員会を訪れてな。
君をカールスラントへやるなと、強弁していたよ。」
智子「どうしてですか?どうして?」
佐久間「お、落ち着きたまえ。わたしも人づてで聞いた話だから、詳しくは分からんのだが、激戦で穴拭少尉は通用しないとか何とか……。
君の戦績と考課表を鑑みる限り、そんな事はないと思ったんだが…、現場の士官が言うということで、君はスオムスに派遣になったのだ。
しかし、それも杞憂だったようだな。ではわたしはこれで失礼するよ。」
智子「……。」
佐久間中佐は、士官に連れられて司令室を後にする。
智子は愕然としながら、自室へと戻る途中、俺に声をかけられた。
俺「智子少尉、一体何の話だったんだ?」
智子「本国から叙勲されるっていう話だったわ……。」
俺「すごいじゃないか!おめでとう。」
智子「ええ、ありがとう……。」
俺「どうしたんだ…?その割に元気がないように見えるけど。」
智子「ねぇ、俺少尉…あなたには親友っている?」
俺「それは、まぁ……。」
智子「私にもいるわ……でも、どうやらそう思ってたのは私だけだったみたい。」
俺は、部屋で智子から司令室での佐久間中佐とのやりとりを聞いた。
智子「――――きっと武子は、私の戦果を妬んでたんだわ。
だから、戦果のあげにくいであろうスオムスに追いやったのよ……。」
俺「いや、俺もその加藤少尉の立場なら同じことをしたと思う。」
智子「俺少尉も……どうして?私たちはお互いに高めあって、共に戦果をあげたかったのに。」
俺「確かにカールスラントはスオムスと違って、激戦が続いている。
お互いを高めあうだけなら、相手にも困らないだろう。」
智子「それなら…!」
俺「でもそれは、個人技が通用する範囲でならだ。もはやカールスラントでは個人技なんて通用しない。
智子少尉の場合……――――。」
その次の瞬間、基地内のサイレンが鳴り響く。空襲警報だ。
智子「私の場合、何よ?」
俺「いや、やっぱりこの答えは自分で見つけるべきだ。
スクランブルがかかってる、急ごう。」
智子「ちょっと、いいなさいよ!」
俺は智子の言葉を流して、格納庫へと向かう。
智子は、その間も俺に聞いてきたが、無視を決め込んだため、諦めたのだろう。
黙って、格納庫へと入っていく。
そこに、ハッキネンの冷静な声が通信機から聞こえてくる。
ハッキネン「敵戦爆連合約20機は、基地南東より高度五千メートルで接近中。気をつけて、敵はいつもと様子が違うようです。」
俺はストライカーユニットを履いて、滑走路に出る。
今回の出撃は一波乱ありそうだなと、考えながら、大空へと舞い上がった。
最終更新:2013年03月30日 01:44