整備は、任務を支障なく遂行するため、運用上の要求に適合する任務可能装備品等を適宜確保することを目的とする。
――『航空自衛隊装備品等整備規則』より
1944年8月1*日、0900(i)、501JFW A.B
先日の超高速型ネウロイ“ヴィルベルヴィント”の侵攻により、
ガリア・ドーバー沿岸のレーダーサイトが被害を受けていた。
復旧時期については未定であり、失われたレーダー覆域を補完するため、索敵能力に長けた
ナイトウィッチの負担が増大していた。
501JFWに所属するナイトウィッチは、オラーシャ出身のサーニャ・V・リトヴャク中尉。
使用するストライカーユニットは、オラーシャ製の黒いMiG-60型。
この時代のオラーシャの工業力は、後進国のカテゴリからは脱却はしたものの、他の一流国と比べると見劣りする。
また、航空型ストライカーユニット関連の産業基盤も、まだまだ発展の兆しを見せた段階である。
そのため、サーニャ機の補修部品の供給状況は、決して良いとはいえない。
運良く部品が入荷したとしても、品質が悪いために受入時にアウトと判定されるのは珍しいことではない。
(特に、オラーシャ製の工業製品は、総じて部品の公差が規定範囲を超えることが多い傾向が見られた)
サーニャのMiG-60は、汎用品や他機種用の部品の流用、現地製作部品の活用など、
整備隊の涙ぐましい努力によって可動状態が保たれていた。
MiG-60の飛行時間が増えるということは、整備件数の増加に直結するため、整備サイドにとっては頭の痛い問題ではあった。
(その一方で、運用サイドでは、サーニャの(魔力量を含めた)体調管理が心配されていた)
「いっその事、Bf109かP-51に乗り換えてくれれば楽なんだけどな……」
整備俺は、第3格納庫の5番ドックで整備中のMiG-60の様子を見ながら、一人呟いた。
オラーシャ軍機とは逆に、カールスラントとリベリオンの機体の補給状況は優遇されていた。
特に、カールスラント軍機のユーザーは501JFWの半数近くを占めており、部品の発注も効率よく行えることから、
ストライカーの可動率はおおむね高い水準を維持していた。
一方、リベリオン軍機のユーザーは
シャーリー1人のみであり、補給を受けるにはやや不利な状況であったが、
リベリオンの国力とブリタニアの政治力がそれをあり余ってカバーし、部品の供給を潤沢なものにしていた。
前回の戦闘で海没したシャーリーのストライカーユニットがすぐに補充できたのは、要するにそういう理由であった。
(IRAN搬入――つまり、機体定期修理のために後送される時期が近づいていたのもあるが)
また、リベリオン陸軍ウィッチにとって決定版ユニットともいえるP-51系には、
リベリオンの国民性を反映してか非正規品のカスタムパーツもいくつか存在し、
ストライカーを自分仕様にカスタマイズするのも(ある程度は)黙認されていた。
(もちろん、機体のカスタムに関しては自己責任であり、IRAN等の際は純正状態に戻さなければいけない)
シャーリーもまた、ストライカーユニットのカスタム愛好者であり、それが原因で処分された経歴も持っていた。
「(ったく。スピード狂もここまで来りゃホンモノだぜ)」
向かい側の3番ドッグでは、ACP(受入検査)の完了したP-51Dが、整備員の手によってドーリーに載せられていた。
整備俺は、その、ジュラルミンの地肌の外板パネルを、利き手の五指で軽く叩いた。
―
――
――――
場所は変わって、第1格納庫。
シャーリーのP-51Dが、整備員の手によって発進ユニットにセットアップされた。
そして、シャーリーは、その新品同然のP-51Dを穿き、使い魔を発現させた。
整備員の合図により魔方陣を展開、魔導エンジン・
スタート。
機付の整備員がP-51Dの点検を済ませ、整備員特有の円を描くようなサムズアップをシャーリーに向けた。
――プリタクシー・チェック、オールクリア。
発進ユニットから分離、整備員の誘導に従いランプアウト。
整備員と敬礼を交わし、シャーリーはタクシーウェイに向かって地上滑走を開始した。
列線地区とタクシーウェイの境界線上には、列線士官を務める整備俺が立っていた。
整備俺は、シャーリーの姿を認めると、背中で組んでいた腕を解いた。
そして、屈伸するような動作で、シャーリーの両脚のユニットに異状がないか手早く目視確認をする。
整備俺「Good-Luck」
整備俺は、リベリオンのネイヴァル・アビエイターにありがちな、大げさな敬礼を投げて寄越した。
シャーリー「行ってくる」
それを真似て、シャーリーの答礼。
フライトコントロール・チェックを継続しながら、RWY-12(南東東方面に向かう滑走路)のエンドに向かう。
ラストチャンスでランナップ・チェックを済ませ、シャーリーのP-51Dは離陸滑走を開始した。
整備俺「ふー」
整備俺は、マーリン・エンジンの咆哮を響かせてエアボーンするP-51Dの後姿を見送り、一息ついた。
試合の中盤に連打を浴びた先発投手のような仕草で、キャップを脱いで額の汗をぬぐう。
そして、整備俺は、列線地区から引き上げ、1格内の整備隊本部に足を向けた。
マーリン・エンジンといえば、リーネのスピットファイアも同型のエンジンを搭載している。
501JFWのブリタニア軍機ユーザーはリーネ1人のみであったが、
地元出身ということもあり、必要な部品については滞りなく供給されていた。
「シャーリー、行っちゃったね」
「ん? …ああ」
整備俺は、声のした方向を向いた。
格納庫脇の木の上に、健康的に日焼けした肌と、黒髪ツインテールの容貌が。
ロマーニャ出身、部隊最年少ウィッチのルッキーニが、いつのまにか1格にやってきていた。
ルッキーニは、木の上から飛び降り、見事な着地を決めたのだが……、
「(危ないじゃないか、おい)」
地上安全係士官としての最初の仕事がウィッチの怪我の事故速報とか洒落にならん。
なお、501JFWでロマーニャ軍機を使用しているのも、ルッキーニ1人のみ。
ロマーニャの工業力自体は平凡なものであるが、エンジンはカールスラント製のDB系列が搭載されており、
機体本体にもリベリオン製の部品を多く使っているため、意外なことに、故障しても比較的早期の復旧が可能であった。
ちなみに、他のストライカーユニットのフライト支援状況であるが、
ガリア軍機に関しては、本土がネウロイの占領下に置かれている状況であり、補修部品の入手は困難であった。
疎開先の工場で部品の生産は細々と行われてはいるが、需要のペースに供給のペースが追いついていないという状態であった。
もっとも、部品の品質がそこまで悪くないぶん、運用に関してはオラーシャ軍機よりも幾分かましであったが。
扶桑軍機に関してだけは、正直何も言いたくない。
職人がいなければ扶桑機の運用は不可能だ。工業規格なんてあったもんじゃない。
「(だいたい、リベットひとつ取っても何種類使っているんだ?)」
それだけではなく、坂本機と芳佳機、そしてスペア用の機体と、全て同じA6M3の22甲型にも関わらず、
生産ロットが違うだけで、使っている部品の規格まで違うのはどうかしている。
畜生。
扶桑の技術者は、今すぐ全員エドワーズ・デミングの品質管理論について勉強してこいっての。
兵器を設計する際はカタログスペックばかりを追求していないで、現場の整備性についても考えてくれっての。
(なお、俺達の歴史では、日本の産業界に品質管理論が導入されるのは1950年代以降のことであった)
扶桑軍機そのものは好きなのだが、それを整備するというのは、正直勘弁してほしい。
――それが、整備俺の、扶桑軍機に対する複雑な感情であった。
少数多機種を運用するというのは、後方サイドにとっては悪夢でしかない。
高度2万5,000フィートを400ノット以上で気持ち良くすっ飛ばすシャーリーとは対照的に、
整備俺にとっては、501JFWは、ロジスティクス面において根本的な問題を抱えているように思えた。
最終更新:2013年03月30日 02:02