世界に為に、国の為に、と言いながら、己が為にひたすら私腹を肥やす戦争屋達にとって
 ネウロイが人類の敵かそうでないかはさほど問題では無かったらしい。

 むしろ、都合が良いと手を打って喜んだ者の方が多かったようだ。

 古来から続く怪異の歴史は長く、人類に対する永続の敵、人類が栄える限り立ち塞がる超自然的な何か……挙げていけばキリが無い。
 野放しにされた疑問は多くの解釈を生み、数多の思想を育んできた。
 そして、これほど長く敵として存在しているのに、上層部の豚共はまるで隣人のように扱っている。
 何故。とは誰も思わない。
 そういう風に出来ている。古来の遥かより今の現在に至るまで。

 政治、経済等々、世界の巡りを良くする為に、戦争は一番楽な方法であり、最も嫌われる手段でもある。
 そんな過去からの因習から学び、人類は新たな娯楽的経済活動を見つけ出した。

 人類同士の戦いでは無い、誰が死んでも人類に憎しみが往かず、効率的に人が減らせ、効果的に経済への刺激が見込まれる。

 そんな理想の生きるカタチ。
 計画的に起こせて、誰も隣人を怨まず、確実に経済が潤い……何より、誰もがその“差”に口を紡ぐ、そんな戦争。

 どちらかが一歩踏み出せば、一方はそれに勝るように一歩を出す。
 そうやって進化と発展を繰り返した人類とネウロイ。

 だが、遂に差ができた。

 ≪ストライカーユニット≫の登場によるウィッチの戦闘能力の向上。それによる人類の結束。
 ≪本能≫による進化を持たない規格化、統一化されたネウロイにとって、
 ウィッチという存在は、圧倒的な壁として立ち塞がる事となった。


 ヒトの持つ“生きる意志”をネウロイは持たない。そんな劣等種が持つ感情は必要が無かった。

 完全に統一され、完璧に管理され、確実に任務を完遂する理想の存在。
 上層部の温床でぬくぬくと考えた天才達の理論は遂に崩されたのだった。

 そんな上層部といっても、一概にタカ派ばかりとは限らない。
 人類の生存、人の人らしい歴史を取り戻そうとする者もあれば、
 その強大な力を利用しようともくろみ、後に“ウォーロック”を生み出した派閥もある。

 そしてその真ん中で、双方の顔色を窺いながらヒトとネウロイの行く末を探す“蛇達”

 彼等はネウロイが負けたる原因、本能をネウロイに植え付け、
 捨て去った進化を取り戻すことで狂ったパワーバランスを取り戻そうと考えた。
 ただの進化では、ヒトはすぐに上回る。ならばそれを越えたモノをネウロイに植え付ければ良い。
 しかし、金も技術も足りなかった。
 彼等は掻き集めた理論の中で最も安価、最も確実な案を選ぶ。

 それは――――ヒトをネウロイにすること。


 ――後に“ウォーロック”“ウィッチもどき”へと受け継がれる
               F.F.計画“禁断の果実”が産声を上げた瞬間だった。――



 許されざる友との契約は、被検体No.0209テスタメントによって立証される事となる。


                                         ◇


『素晴らしい!…これこそ我々の望んだ物だ!』

『おめでとうございます所長!』

『ああ!これで人類とネウロイとの歴史は振り出しに戻る、取り戻された進化によって!飛び抜ける者のないあるべき姿へと……!』


 椅子に座る少年に、所長と呼ばれた男と十数の部下と思われる人間達が賛美を浴びせる。
 正確には所長と呼ばれる、ぶよぶよの肉を着た骸骨のような男に、だが。
 頬の肉が引き攣る音と、骸骨に埋め込まれた眼球がぎょろぎょろと動く音は好きではない。
 白い少年はいつもそう思っていた。


『人とネウロイとの相互干渉による環境適応能力、及び性能の特化性の確認。彼は十二分に役割を果たしてくれましたね』

『まさに聖なる契約の立証番。申し分無い採集結果をもたらしてくれました』

『…感覚神経過敏からの情報処理能力が高過ぎたのは計算外でしたが……』

『なに、悩むほどでもない。それほど素晴らしい結果が出たのだ。過程なんぞ何でもよろしい』

『それほど親和性が高かったという事さ……これでやっとスタートラインに立てたんだ』


 湿度を持った空気にどろどろと熱が混ざる。
 少年は、この空気も好きではなかった。
 ―好きではない。
 他に何も知らない少年にとって、そう表せる世界が全てだった。
 感情がどうといわれても分からないし、欲しいとも思わない。
 だから目の前の彼等が興奮する姿も、どこか向こうの景色のようで、何とも思わなかった。


『この研究によって今後の可能性は開けた……そう捉えていいんですよね?』

『勿論。我々の研究≪F.F.計画≫。ヒト、ネウロイ双方へと与えられた“禁断の果実”は、一つの結果を生みだすだろう』


 そして、周りにいるたくさんの不快な音を奏で続けるヒトになりたいとも思わなかった。


『だが、その果てを知らずとも、我々の研究はすでに達成されている』


 少年は、唯あるだけでいい事を知っていた。もしくは、そういう風に出来ていた。


『戦争のパワーバランスを取り持つモノを創り出す……聖なる契約により我等ヒトは、偉大なる一歩を踏み出した』

『テスタメントよ、ヒトにして許されざる友を秘める者よ。おまえはヒトとネウロイとを結ぶ最初の架け橋となるだろう』

『友との契約の証を示せ。それがおまえの生きるという事だ』

『局地戦用決戦兵器-0209テスタメント。これよりおまえに最期の任務を伝える』


 表情を仕舞い込んだ面の下、頬の肉が上がるのを抑えるぎちぎちという音が少年の頭の中を這いずった。
 これも、好きではないと、少年は思ったが、それだけだった。



              『ウィッチを殺せ』


         言い放ち、歓喜に揺れる男の目をじっと見て
       ああ、と。少年は原始の発音しか出ない口を動かした。


                                  ◇◇




俺「いつから気付いていたんです」

クルピン「君は居心地が良すぎるからね……まるで、ずっと一緒にいたみたいだ」


 ああなるほど、と。妙に納得した。
 そして、こんな間近の距離にいる怨敵に何もしない彼女に驚いた。


クルピン「ねえ、君がここに来た理由を教えてよ」

俺「解っているくせに、意地悪ですね」


 また、鼻に息がかかる。
 ぞくりとしたものを感じながら、俺は薄ら笑って包丁を抜いた。
 ひうんと音を立てて、六寸ばかりの扶桑刀じみた出刃包丁がクルピンスキーの首筋に当てられる。


俺「…殺すためですよ。任務対象だった彼女、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンを」


 抜き身の輝きを滑る紅に現実味が殺される。
 だが、首筋にある氷点下の刃と見たことも無い俺の眼が真実だと教えてくれた。


俺「殺しそこなったから殺そうと。しかし貴女とグンドゥラ・ラルには感づかれたようでしたがね」


 恐怖は無いのに背筋には冷汗が伝う。
 紅い輝きが教える真実は筋が通り過ぎている。


クルピン「…全員気付いてたよ。ありえないことだったから、解らなかったんだろうけど」

俺「経験からの警戒心が裏目に出た。当然ですよね、ずっと一緒にいたんですから」


 体は気付いていても心を許していては。
 いつものように無機質な面を被った俺は淡々と告げる。
 当てられた刃は微動だにせず、横に行けば抜けられそうなほどだった。
 しかし、クルピンスキーはそのまま俺の目を見つめていた。
 その目に斬られそうだとかの怯えは一切なく、ただ、見つめていた。


俺「でも、これも今日で終わりです」

クルピン「駄目だよ。…ニパ君を、仲間が殺されるのを黙って見ていられるほど、ボクは大人じゃない」

俺「止めてみてくださいよ。貴女には権利がある」

クルピン「…それってさ、ボクがいつでも君を殺せたのを知ってて言ってる?」

俺「じゃあ、どうして殺さなかったんです」


 いつもの朝食を告げるような、お気楽な声だった。
 その声を聞いて、クルピンスキーは唇を噛んだ。
 そしてゆっくりと少しの間をおいて、彼女は言った。


クルピン「君がいなくなったら誰がご飯を作るんだい?」

俺「……ベラ、貴女は――――」

クルピン「いなくならないでよ」


 かすれるような声が俺の耳を打つ。
 ただ見ているだけなのに、彼女の琥珀の瞳に呑みこまれそうになる。


俺「嬉しい事を言いますね」


 紅い目を少し見開いた後、俺は笑みを浮かべた。
 ―いつか菅野が言っていた。俺は鈍いと。
 さりげなく髪に触れる時も、きれいだと笑う時も、ニパに、まなざしを送ることすらも。


クルピン「そうやって君は、何も解っていない癖に―――」


 きん、と刃が床に突き刺さるかたい音。


俺「――へたくそでも、噛まないでくださいね」

クルピン「、……な、っ?」


あまりに自然な所作で顎をすくい、俺はクルピンスキーの唇を奪った。
触れた途端、後頭部を抑えられて深くなる、強引なキス。


クルピン「…っ、んん…っく」


 薄く涙が浮いてくる。不器用で強く、荒々しく、欲のままに舌を絡められ、吸われる。
 全てが流れ込むように、段々と体から力が抜ける。自分ではしない……女の自分には出来ない熱い口づけ。


クルピン「っは、ふぁ…」


 唇を離されて、ようやく息ができた。
 浮かされた頭で必死に息を整えようとするが上手くいかない。
 思わず流れた涙は、俺に舐め取られた。


クルピン「なに、を」

俺「愛しています、ベラ。貴女の全てを」

クルピン「…君は、ニパ君が――――」


 限りなくゼロに近い距離で聞こえる声に、クルピンスキーは思わず言い返す。
 俺は、そんな彼女の頬を愛おしげに撫で、目を細める。紅い光の灯っていない、柔らかな眼だった。


俺「ニパは大切な女の子です。俺の全てだった女の子」

クルピン「嘘つき。君はやっぱり変な人だ」

俺「ベラ、俺はね」


 せつせつと、いつもの調子で。
 零れるような言葉がクルピンスキーの胸に落ちていく。


俺「俺は≪失敗作≫なんです」







最終更新:2013年03月30日 02:32