1937年、それは突然に起こった。
世界各地に突如として現れた異形──ネウロイの軍勢による扶桑本土侵攻。
だが、ネウロイの侵攻は本土へと届くことは無かった。
現代の魔法の箒であるストライカーユニット。その試作型を使用したウィッチ達が初の実戦を行い、侵攻してきた敵ネウロイ部隊を見事殲滅したのである。
後にその戦いは扶桑海事変と呼ばれ、人類が初めてネウロイに明確な勝利を得た日として歴史に刻まれた。
その戦いの中で、少女は一人の男との出会いを果たす。



白髪俺 プロローグ




竹井「はぁ……はぁ……。美緒ちゃん……いったいどこに行っちゃったの……?」

竹井は不安げに辺りを見回した。
僚機である坂本美緒とはぐれてから、既に数分が経過している。

竹井「隊長とも連絡がつかないし、こんな時に敵に襲われたら……。ッ!」

その時、竹井の言葉に呼ばれるように一機の黒い影が近づいてきた。
真っ正面から高速で近づいてくる戦闘機のようなそれは、明らかに人類のものではない。

竹井「ね、ネウロイ! 迎撃しなきゃ……!」

竹井がシールドを展開し、銃を構える。
すると、それに応えるようにネウロイも攻撃を開始した。

竹井「きゃあああああ!」

シールドで敵の攻撃は防げるものの、攻撃される恐怖までは防ぎきれない。
竹井は恐怖のあまり回避することも忘れ、ひたすらにトリガーを引き絞る。
しかし、敵ネウロイは竹井の攻撃を意に介さず、さらに勢いを増して接近してきた。

竹井「もうだめ……!」

ついにネウロイが目前にまで迫り、竹井は思わず目をつぶって身をすくめた。
だが、いつまで経っても何も起こらない。
不思議に思った竹井が恐る恐る目を開けてみる。すると、そこにはネウロイではなく刀を持った青年がいた。

?「無事か?」

竹井「は、はい! ……あ、あの、敵は……?」

?「もう倒したよ」

慌てて当たりを見渡すと、ネウロイが真っ二つになって海へ落ちていくところだった。

竹井「ふ、扶桑皇国海軍第12航空隊、北郷部隊所属、竹井醇子一飛曹です。助けていただいてありがとうございます」

俺「俺は扶桑皇国海軍第8航空隊所属、俺中尉だ。北郷少佐の部隊ってことは新人だな。こんなとこで一人で何をしてるんだ?」

竹井「それが、美緒ちゃ──僚機とはぐれてしまって……」

俺「そうか……。これだけの戦闘だ。仕方ないだろうな」

そう言って俺は辺りを見渡した。
現在、戦場となっている扶桑海上空では広い範囲で戦闘が行われ、敵味方入り乱れた乱戦状態になっている。
さらに通信も混乱しているため、新兵では状況を把握できずに仲間とはぐれるのも得心がいった。

俺「ん?」

竹井の顔を見た瞬間、いきなり首を傾げたかと思うと、俺は急に竹井に近づいた。
そして竹井の顔を近くでじっと見つめ、そっと頬に指を這わせる。
異性と接点を持つことの少ない竹井にとって、それはあまりにも刺激的な行動だった。

竹井(ふぇ!? 何!? ま、まさか、いきなりキスとか……!?)

俺「やっぱり。怪我してるぞ。ここ」

竹井「……え?」

慌てて自分の手で確かめてみると、確かに小さな傷があることがわかった。
戦闘を繰り返している内に知らずに何かで傷つけたのだろう。
すると、俺がポケットから絆創膏を取り出し、竹井の頬に張り付けた。

俺「ほれ。女の子なんだから、顔の傷には気を付けるんだぞ」

竹井「あ、ありがとうございます……」

顔を赤くして俯く竹井。
俺がそれを不思議そうに見ていると、不意に上から一つの影が舞い降りてきた。

?「あら俺。こんなかわいい子どこから拾ってきたの?」

影の正体は一人の女性だった。
流れるような長い黒髪と、少し切れ長な瞳が特徴的な美人だ。
ここが戦場でなければ、そのまま見とれてしまっていたかもしれない。

竹井(きれいな人……)

俺「空で迷子になってたんだよ。北郷少佐の部隊の子だってさ」

竹井「竹井醇子一飛曹です。あの……」

女「ああ、私は俺と同じ第8航空隊所属の女中尉よ。それにしても迷子とは……困ったわね。私たちも同じようなものなのだけど」

女はため息を吐き、含みを持たせた視線を俺へと向ける。

俺「俺のせいだって言いたいのか?」

女「まさか。誰かさんが敵を見つけた途端に格闘戦を仕掛けようと突っ込んでいくから、それのフォローのために私も隊の皆と離れる羽目になった。なんて思ってないわ」

俺「……ごめんなさい」

女の辛辣な皮肉を受け、俺が申し訳なさそうに謝る。
その様子がおかしく感じられて、竹井は思わず小さく笑ってしまっていた。

俺「よ、よし、緊張も解れたことだし、敵を突破して仲間と合流するぞ」

女「はぁ……。前衛は任せたわ。醇子ちゃんは私の後について来てね」

俺「安心しろ。必ず北郷少佐の元に帰してやる」

竹井「はいっ!」

二人の後を追いながら、竹井は絆創膏を貼った頬をそっと撫でた。
なぜか妙に頬が熱い。
その理由が怪我のせいではなく別の何かであるとわかったのは、それからしばらくのことだった


          ●


竹井「……んっ……。あれ……?」

気が付くとそこは見慣れたいつもの執務室だった。
辺りを見回すと、少し離れた机にフェデリカ・N・ドッリオ少佐が座っている。

フェデリカ「おはよう。珍しいわね。竹井が仕事中に居眠りだなんて」

竹井「も、申し訳ありません」

フェデリカ「最近忙しかったし、無理もないわ。疲れが溜まっていたのね」

フェデリカの言葉を聞き、竹井は最近の情勢を思い浮かべる。
時は1945年。ネウロイとの接触を目的としたトラヤヌス作戦が失敗に終わり、第504統合戦闘航空団は壊滅的な打撃を受けた。
その後、第501統合戦闘航空団によってロマーニャが奪還され、同隊解散に伴い、傷の癒えた第504統合戦闘航空団がロマーニャ防衛任務を引き継ぐことになったのだ。

フェデリカ「と・こ・ろ・で。随分と悩ましげな顔してたけど、いったいどんな夢を見てたの?」

フェデリカがにんまりとした顔を竹井へと向ける。
先程見た夢を思いだし、竹井は赤くなった顔を誤魔化すようにコーヒーの入ったカップを手に取った。

竹井「扶桑海事変の時のことです。別に変な夢じゃありませんよ」

フェデリカ「ふぅん……」

話は終わり。とでも言いたげにカップを傾ける竹井の様子を見て、フェデリカはあっさりと続きを聞くのを諦めた。
仕事を再開しようと目の前の書類の山から一枚を手に取り、それを眺めながら不意に口を開く。

フェデリカ「ねえ、ところで俺って人のこと知ってる?」

竹井「ぶっ!」

いきなり俺の話を振られ、竹井は驚きのあまり口に含んだコーヒーを吹き出してしまった。

フェデリカ「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

心配したフェデリカが竹井の背中をさすってやる。
机の上の書類にコーヒーがかかっていないか確認してから、竹井は努めて何でもないように訊ねた。

竹井「だ、大丈夫です。それで俺さん、でしたっけ。一応知り合いですけど、どうかしたんですか?」

フェデリカ「ほら、501の任務を引き継いだはいいけど、ウチの部隊はまだまだ本調子じゃないでしょう? アンジーだって未だに入院したままだし」

竹井「ええ……」

竹井が表情を曇らせる。
アンジーとはアンジェラ・サラス・ララサーバル中尉のことだ。
トラヤヌス作戦失敗後の混乱の中、部隊の撤退時間を稼ぐ為に殿を勤め、多くの敵を撃破しながらも重傷を負い、現在も療養を続けている。
彼女がいなければ、部隊はもっと深刻なダメージを受けていたことだろう。

フェデリカ「それで各国に増援と補給を回してくれるように頼んでたのよ。そうしたら扶桑がそれに応えてくれたの」

フェデリカが竹井に書類を手渡す。
そこには確かに扶桑がこちらの増援要請に応えるという旨が記されていた。
増援要員のリストの中をめくると、整備員等に混じって俺の名前が載っている。

竹井「俺さんがここに……」

フェデリカ「竹井と同じ海軍出身みたいだから知り合いかと思ったんだけど……。ビンゴだったみたいね」

竹井の胸に忘れたはずの感情がよみがえってくる。
それが顔に出ないよう、竹井は苦労して感情を押さえ込んだ。

フェデリカ「それじゃあ私見でかまわないから、俺のことを聞かせてくれるかしら」

竹井「数年前の情報ですが、よろしいですか?」

フェデリカ「ええ。お願い」

竹井「そうですね……。戦闘時は前衛を担当し、格闘戦を得意としています。経験も豊富ですし、固有魔法も所持しているので戦闘能力に問題は無いでしょう。性格面ではとても面倒見が良くて、前に立って人を引っ張っていってくれる方です。リバウの時も──」

竹井は冷静に話しているつもりだったが、フェデリカには竹井の心中がはっきりと感じ取れた。
竹井は明らかに、俺に好意を抱いている。

フェデリカ(竹井がこんなに嬉しそうに話すなんて……。これは絶対ただの知り合いなんかじゃないわね)

だが、フェデリカには一つだけ気にかかっていることがあった。

フェデリカ(竹井はこう言ってるけど、俺って前の基地ではあまり評判が良くないのよね。白髪鬼なんて呼ばれてるらしいし……。何も起こらなきゃいいけど……)
最終更新:2013年03月30日 02:42