竹井「──以上が今回の戦闘の報告となります」
フェデリカ「侵攻してきた敵部隊を全て撃破。損害も無し、と。結果としては文句無しね。誰かさんがまったく命令に従わなかった点を除けば」
フェデリカが呆れ顔で溜息を吐く。
その顔を見て、竹井は申し訳なさそうに口を開いた。
竹井「申し訳ありません……。私の責任です」
フェデリカ「いえ、例え現場の指揮官が誰であったとしても、俺を抑えることはできなかったでしょうね」
本当のところは、竹井も内心フェデリカと同じ意見だった。
戦闘中、俺の眼中には敵しか映っておらず、竹井達のことなど見ていなかったように思われたからだ。
フェデリカ「それで? 肝心の命令違反者は何してるの?」
竹井「それがその……いつも通りに……」
フェデリカ「部屋にこもっているわけね」
竹井「ええ……。処分の方はどうしましょうか」
フェデリカ「うーん。処分してもあんまり意味がないと思うのよねぇ……」
軍法に照らし合わせて処分を下そうとすれば大事になるし、最悪俺がこの部隊から居なくなりかねない。
命令違反をしたとはいえ、俺の実力は本物だ。
部隊にとって貴重な戦力である俺を失うわけにはいかない。
かといって、司令官の裁量での軽い処分となると効果は薄いだろう。
竹井「自室謹慎は既に似たような状態になっていますし、減給も大して気にしなさそうですよね……」
フェデリカ「じゃあ一週間トイレ掃除とか? なんか普通に無視しそうだけど」
竹井「でも、何のおとがめなしというのも……」
竹井とフェデリカが揃って頭を悩ませる。
すると、部屋の外から誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
その足音は竹井達のいる執務室のドアの前で止まり、次の瞬間、ドアが勢いよく開け放たれた。
天姫「た、竹井大尉! 大変です!」
部屋に飛び込んできたのは天姫だった。
いったい何があったのか。
普段は大人しい天姫が、ドアをノックもせずに飛び込んでくるとは。
竹井「諏訪少尉? どうしたの?」
天姫「フェルナンディア中尉が、『俺の態度が気に入らない。修正してやる!』とか何とか言って、俺さんのところに行っちゃったんですぅ~!」
フェデリカ「あ~、いつかはやるかなとは思ってたけどねぇ……。こんなに早いとは思わなかったわ」
竹井「大変、早く止めに行かないと……!」
天姫を連れて、竹井が慌てて執務室を飛び出していった。
●
竹井が俺の部屋へ辿り着くと、そこでは予想通りの展開が広がっていた。
フェルナンディア「ちょっとアンタ、聞いてるの!?」
俺「………………」
一方的にがなり立てるフェルナンディアと、ベッドに寝転んだまま煙草を吹かしている俺。
俺はまるで相手をする気がないらしく、フェルナンディアの方を見ようともしない。
ルチアナ「お酒の瓶がたくさん転がってますね……」
マルチナ「ていうか煙草くさ~い」
フェルナンディアの付き添いで来たのだろう。
マルチナとルチアナは俺の部屋を珍しそうに見回している。
竹井「フェルナンディア中尉、いったいどうしたの?」
フェルナンディア「どうもこうも、さっきの戦闘のことよ! あんなふうに勝手に動かれたらこっちが迷惑でしょうが!」
俺「……敵は倒したんだから問題ないだろう」
さすがにそろそろうるさく感じるようになったのか、俺がぶっきらぼうに言い返した。
フェルナンディア「問題ないわけないでしょ! こんなこともわかんないの!? アンタ本当に大尉!?」
やかましく捲し立てるフェルナンディア。
俺は鬱陶しそうな顔を隠そうともせず、疲れたように溜め息を吐いた。
マルチナ「あれ? 何これ」
その時、マルチナが机の上にあるものを見つけた。
何の変哲もないM1911。
ただ、そのグリップには何か文字が彫られている。
それを確認しようと、マルチナが手を伸ばした。
俺「それに触るなッ!」
瞬間、部屋にいた誰もが身を凍らせた。
いつも無気力な俺が本気で怒っている。
それも、殺気すら感じられる程に。
マルチナ「俺、あの……僕……」
俺は何か言おうとするマルチナを無視し、机に近づく。
そして机の上のM1911を掴み、そのまま乱暴な足取りで部屋を出ていってしまった。
フェルナンディア「何よ、あれ……」
辛うじて声を絞り出すフェルナンディア。
俺の怒りに当てられたせいか、少しの間呼吸を忘れていたようだ。
思い出したかのように体感が蘇り、心臓の鼓動をやけに大きく伝えてくる。
ルチアナ「ティナ、大丈夫?」
マルチナ「うん……ちょっとびっくりしただけだから……」
ルチアナの気遣いにマルチナが弱々しく応える。
自分の不用意な行動で俺を怒らせたことを後悔しているのだろう。
竹井「ともかく、俺大尉の処分は少佐と相談している最中ですから。この場は解散とします」
そう言って場をまとめた竹井が皆を俺の部屋から追い出した。
皆が出た後、竹井がドアを閉める前に主の出ていった室内を見つめる。
備え付けの家具と酒の瓶以外、何もないその部屋にあった一丁の銃。
あれは、竹井にとって見覚えのある銃だった。
竹井(どうしてあれを俺さんが持っているの……?)
●
西暦1940年。醇子がここ、リバウにある扶桑遣欧艦隊の駐屯基地に配属されて数ヶ月が経ったある日のこと。
珍しいことに、竹井は朝から俺に呼び出されていた。
俺「悪いな、竹井。朝から呼び出したりなんかして」
竹井「いえ、そんなことないです。ところで今日はどうしたんですか?」
俺「ああ、実はそろそろ女の誕生日なんだけど、そのことで相談があるんだよ」
聞けば、俺は女が以前から欲しがっていたM1911を贈るつもりらしい。
リベリオンの銃なので入手に少々手間取ったが、その過程でとある話を耳にしたのだと言う。
俺「なんでも、銃に自分達で刻印するのが流行ってるんだと」
竹井「あ、私も聞いたことあります。文字やマークとかを彫って、お守りみたいにするんですよね?」
俺「ああ。でも俺ってそういうのよく知らないからさ、竹井にアドバイスして欲しいんだ」
竹井「うーん、そうですねぇ……。ていうか」
頬に手を当てて考え込む竹井だったが、ふと重要なことに気が付いた。
竹井「女性の誕生日に銃を贈るのはどうかと思います。だって女さんは──」
思い浮かべた言葉に胸が痛む。
それでも、竹井は口を開いた。
竹井「──俺さんの、恋人なんでしょう?」
言った後、竹井は無意識に俺から視線を逸らしていた。
出会った当初からなんとなくはわかっていたのだ。
俺の女への態度が、同僚に対してのものではないこと。
そして、女の俺への態度も同様であるということに。
俺「……バレてたか。悪い、隠してたつもりじゃなかったんだけど」
竹井「大丈夫です。気にしてませんから」
嘘だ。
心のどこかで、『違う、本当に好きなのはお前だ』と言ってくれるのではないかと期待していた。
でも、現実は竹井の予想通り、
俺の気持ちは女にしか向いていなかった。
一つだけ幸運だったことがあるとするなら、俺が竹井の思いに気付いていないという点だろう。
俺「そうか、よかった。まあともかく、そのへんは心配ないよ。恋人らしいプレゼントは別に考えてるから」
竹井「それなら大丈夫ですね。ところでさっきの話ですけど……、やっぱり刻印の内容は俺さんが自分で考えた方がいいと思います」
俺「いや、考えてはいるんだけどさぁ……」
竹井「シンプルでも気持ちを込めたメッセージなら、きっと女さんも喜んでくれますよ」
俺「そうだなぁ……。じゃあこういうのは?」
俺が口にしたのは、どこかで聞いたことのあるフレーズだった。
何から引用したのかはわからない。
ただ、それが大切な者を思う祈りの言葉だということだけは、直感的に理解できた。
竹井「いいと思います。文字は自分で彫るんですか?」
俺「ああ。内容も決まったことだし、早速取り掛かるとするよ」
満足げに微笑み、いそいそとその場を後にする俺。
今から部屋にこもって作業をするつもりなのだろう。
俺を見送った後、竹井は自嘲気味に呟いた。
竹井「初恋は実らないって言うけど……本当だったんだなぁ……」
その日の夜、竹井は仲間達に隠れて一晩泣き続けた。
朝になって赤くなった目を心配され、ごまかすのに大変苦労したが。
だが、そのおかげで数日後に聞いた話を素直に受け止めることができた。
それは、俺が女の誕生日に指輪を渡し、プロポーズをしたという話だった。
●
数日後、フェデリカに呼び出された竹井は執務室へと赴いた。
竹井「竹井です」
フェデリカ「はぁい。どうぞ~」
ドアをノックし、間延びした返事を聞いてからドアを開ける。
室内では、フェデリカが机の上の書類を眺めているところだった。
竹井「失礼します。……それは?」
フェデリカ「扶桑からの書類よ。数日前からあちこち色々手を回しててね。今さっき届いたの」
書類を渡され、目を通してみると、それは俺に関してのものだった。
経歴に関しての情報だけでなく、過去の戦闘記録などの様々な情報が記載されている。
竹井「どうしてこんなものを……?」
フェデリカ「俺を今のままにしておくわけにはいかないでしょ? だから、何かの役に立つかと思って情報を集めてたってわけ」
フェデリカと共に竹井が書類を読み進めていく。
それによると、俺は前々から周囲との間にトラブルを起こしていたらしい。
その原因は俺の自分勝手な行動に起因しており、そのせいか俺は度々転属を
繰り返している。
しかも、転属は俺から希望したもので、その理由は『多くの敵を倒したいから最前線へ行きたい』だというのだ。
フェデリカ「この間の戦闘もそうだったらしいけど、俺って随分と好戦的なのねぇ。撃墜数を稼ぐのが好きなのかしら?」
竹井「多分、違うと思います」
前回の戦闘で俺が見せた、尋常ならざるほどの敵意。
あれは自分の功績や名誉などのためではない。
竹井「俺さんはネウロイを恨んでいるんです。それも、心の底から」
今の世の中、ネウロイに恨みを抱く者など掃いて捨てるほどいるが、俺の恨みはそれらよりも一層深く感じられる。
竹井はそんな人間をこれまでに何度か見てきた。
そして、そういった者達には決まって共通点がある。
大切な何かを奪われたという点だ。
フェデリカ「記録によると、俺が敵機の撃墜に執着するようになったのは二年ほど前からみたいね」
当時の資料を重点的に調べていく。
その時、一枚の書類が竹井の目に止まった。
ある戦闘の報告書の後ろに、クリップで追加された死亡者リスト。
悪寒のような感覚を覚えつつ、竹井はその文面を読み始めた。
●
深夜、酒を飲んでぼんやりとしていた俺の頭に、ドアをノックする音が響いてきた。
俺「誰だ?」
竹井「竹井です。失礼します」
俺は部屋に入ってきた竹井の雰囲気がいつもと違うことに気が付いた。
そして、竹井の視線が机の上のM1911に注がれているのを見て、これから起こるであろう未来を漠然と察する。
竹井「俺さん、その銃の持ち主は──女さんは今、どうしているんですか?」
俺「それを聞くってことは、わかっているんだろう? あいつは──」
ぞっとするほど冷たい声で、俺は告げた。
俺「──死んだよ」
最終更新:2013年03月30日 02:43