【零時間 学園都市 学生寮区】


港湾地区で、モビーディックとの死闘が行われていた頃
時を同じくして風紀委員達は突如として出現したネウロイ達の迎撃に追われていた
相手は小型ネウロイとはいえ、何分数が多い…かなりの苦戦を強いられる
特に隊長である花火が早々に帰宅してしまった5番隊は指揮系統も乱れ、散り散りになってしまい互いの状況の把握も困難、少人数のチームに分かれ戦場を彷徨っていた

そんな状況の中、5番隊の隊員…便宜上外見的特徴で名前を付けるがリーゼント・パンチ・スキンの3人は警戒をしながらネウロイを探す

歩いているのは学生寮が並ぶ、昼間でも閑静な住宅街
その道中、道端で気を失っている少女を発見する
電柱に背を預け、座り込むような体勢で眠っているようにも見えた



周囲には白く輝くネウロイの破片が多数、街灯の明かりに照らされていた
黒く艶やかな長い髪を一纏めに…いわゆるポニーテールと言われる髪形
綺麗な顔立ちには大きな瞳が2つ、色は怪しく煌めく紫…いわゆる美少女
フミカネ学園の制服に身を包み、その胸部は激しく自己主張をしている…いわゆる巨乳
総合的に、イイ女と分類できる少女だった


普段の粗野な彼等なら間違いなく飛びついている程の上玉だが、今は零時間
怪異の世界
少しの油断が命取りだ
それに、周囲には夥しい程のネウロイの死骸が残留している

「なにか」が起こった事だけは間違いないのだ


リーゼント「…」

この中でもかなりの実力者らしい風貌のリーゼントが周囲を警戒する
どうやらネウロイはおろか、人の気配も無いようだ
聞こえるのは遠く港湾地区からの爆発音のみ


パンチ「どうします?」

リーゼント「とりあえず、放っておくわけにはいかねぇな」


リーゼントの言葉が発し終わる前に、スキンは少女へ近づいて行き肩を叩き覚醒を促す
その顔はお世辞にも品の良いものとは言えなかった
下心が透けて見える


「―――――――っ!?」

「あれ?」


少女が目を覚ます
それと同時に己の体をまさぐる
どうやら戸惑っているようだ


スキン「大丈夫か?」

少女の対応に若干不審感を憶えながらも、スキンはまだいやらしい視線を送り続けている

リーゼント「あんた何処の所属だ?特活部でもアフリカでも無いようだが?」


「アフリカ?地名?…特活部?」

リーゼント「記憶障害か…こいつ、ネウロイに“呼ばれた”な」

単語を繰り返し呟き頭を抱える少女
この学園都市に住んでいてこの名前を知らないはずが無い
よってリーゼントは少女が記憶障害…ネウロイによって虐殺対象として零時間に呼び出され、一時的に意識を攪乱、記憶を消去されている状態だと判断したのだ


リーゼント「要救助者なら確保だ、一度本部へ戻るか…」


戦闘専門の荒くれ者の集まりである5番隊も、さすがに要救助者を放置するのはマズイと判断したようだ


リーゼント「本部に連絡を取る、お前等は辺りを警戒してろ」


リーゼントが通信機を取り出し、本部への通信を試みる
どうやら電波が悪いようだ、大量に出現したネウロイの影響か?

リーゼント「チッ、電波の通りがいい場所探してくる」


そう言い残し、リーゼントはこの場を離れて行った
パンチは周囲の警戒のため、「少し離れる」こう言い残してライフル片手に歩いて行ってしまった
残されたのはスキンと要救助者の美少女だ
少女は相変わらず頭を抱えている
それを見たスキンは少女が怯えていると勘違いしたのか、そっと少女を抱きしめて囁く


スキン「怖がらなくても大丈夫さ、クソネウロイ共なら俺達風紀委員が始末するから…」

少女の顔が「ネウロイ」「風紀委員」この2つに反応し、歪む

――ヤメロ…その臭い口をいますぐ閉じろ


スキン「俺達風紀委員は学園都市の平和を守るために…

今度は「平和」「守る」…

――ヤメロ、ヤメロ…その薄汚い腕で私に触れるな


スキン「俺が…君をちゃんと守るから」

少女の歪んだ顔はやがて無表情へと変わる、そして蘇るおぞましい記憶

――イイヨ、全部思い出したから


スキン「だから俺のがふゅ」

スキンの言葉が途中で途切れ、間抜けな声が発せられる
ゴポッと音がした思えば口から流血
細くて綺麗な腕が正面から背中を突き破っていた

ネウィッチ「イイヨ…もっと喋れよ…その臭い口開いて、汚い言葉を続けろよ」



スキン「がふ…ゴポッ…ごふっ」



スキンの発する声は言葉にならず空しく夜の静寂に溶けて行く
ネウィッチはそのままスキンの耳元に顔を近づけて、艶めかしく囁く

ネウィッチ「もう終わり?だらしない男」



スキンの体から力が抜けて、ぐったりと弛緩する
体重を預けてよりかかってきたスキンから腕を引き抜き、地面へ無造作に放り投げた


「パァン!」
と渇いた銃声

ネウィッチ「痛い…」

背中にチクリと痛みを感じたネウィッチはゆっくり振り返る
パンチが手にライフルを構えて立っている
スキンの声を聞きつけて戻ってきたのだろう

パンチ「化け物め!」

続けざまに何度も発射される銃弾
その全てをネウィッチは突き出した掌で受け止める

ネウィッチ「心外だな、こんなに可愛いのに」

なお銃弾を受け止め、掴みながらネウィッチはゆっくりと歩いてパンチとの距離を詰める



パンチ「く、くるんじゃねぇ!!!」

やがて、銃弾が尽きる
ネウィッチとの距離はもう目と鼻の先

ネウィッチ「弾切れ?返すよ」

そう言ってさっきまで銃弾を防いでいた手を差し出す
開いた掌には、銃弾が握られていた



パンチ「ひ、ひっ!」

ライフルを放り捨て、逃げ出すパンチ

ネウィッチ「返すって言ってるんだ、遠慮するな」

突き出した右手に赤い光が収束しだす
高熱のエネルギーによって銃弾は融解・消滅

ネウィッチ「ほれ」

射出されるビーム、人類の敵…零時間の主…
人間達がネウロイと呼称する生命体が放つ物と、まったく同質の攻撃

闇夜に一筋の軌跡を残し、赤光はパンチの胸中央を撃ち抜く
出力は抑えてあったのか、直径5㎝程の穴が空いた程度だ


パンチ「ぐふっ」

その場に倒れ込むパンチ、肺に穴が空いたのか呼吸が苦しそうだ


ネウィッチ「君となっら~でっきるこっと~♪」

凄惨な笑みを浮かべて、少女はゆっくりパンチの倒れている所まで歩いて行く
そう、彼等風紀委員会は清算しなければならない
1人の少女がネウロイに魂を売り渡してしまう程の理由を、作ってしまったのだから


ネウィッチ「こっころ~と心で手を結んで~♪」


穴のあいた部分を、靴で踏み躙る
何度も何度も執拗に

パンチ「~~~~~~~~~~~ッ!!!!」

声に鳴らない悲鳴がまた響く、彼女流の拷問だ
彼等はなぜこんな目に合わなければならなかったのか?
運が悪かった?
「風紀委員だったから」それがたった一つの答えだ



動かなくなったパンチを、なんの感情も無い目で見つめてネウィッチは吐き捨てるように言葉を吐く


ネウィッチ「風紀委員他にもまだこの辺にいるのかな?とりあえずさっきのリーゼント探すか」

全身に浴びた返り血を気にもせずに、ネウィッチは夜の闇に溶けて行った








【零時間 学園都市 繁華街】

港湾地区で大きな爆発が起こり、ネウロイの掃討を続けるアフリカや風紀委員の面々がそちらに気を取られている頃
ネウィッチの拷問によってパンチが地獄の苦しみを味わっている頃

ここ、繁華街にも大きな異変が生じていた
気温は暑くなったり、寒くなったりを何度も繰り返し
待ち合わせ場所として有名な時計台の針は、零時間だと言うのに凄い勢いで回転している


繁華街にはすでにネウロイの姿も、人の姿も無い
魔人の圧倒的暴力によって事はすでに終わっている


そんな繁華街の大きなスクランブル交差点のど真ん中
その空間に、突如として断裂が走る

空間が割れた

そうとしか表現できない現象が引き起こったのだ
ヒビ割れの中からは紫色の輝きが溢れだしている

幻想的…誰かがこの瞬間を目撃していればそう感想を漏らしたであろう


次第にヒビ割れは大きくなり、光は輝きを増していく
そして、光が周囲に満ち
視界が完璧に奪われた瞬間に、急激に光は消失
何事もなかったように、闇夜に戻ってしまった

気温も平常の5月の夜の過ごしやすい温度
時計も零時零分零秒で止まっている


ただ、1つだけ違ったのは、空間に断裂が走った辺り
ちょうどスクランブル交差点のど真ん中

そこに、少年が1人立っていた


見た目は、とりとめて特徴の無い普通の少年
この少年、確かに外見は普通なのだがなぜか強烈な「存在感」を醸し出している
いや、正確には「違和感」か?


異世界「ここは!?…まさか渋谷!?」


現れて早々に、驚きを隠しきれない少年
何に驚いているのか?周りを見回している
驚きの中に、喜びの感情を微かに感じる

そして、ある一点で視線が止まる
学生向けのファッションビル「501」、ギャル系ファッションの学生達の聖地であり比較的値段も手頃の商品が多いため、人気のスポットだ


異世界「501…だと!?…ふざけやがって!」

異世界「また…違う世界か…と言っても“俺の世界”に似てはいる…
    近くて、遠い世界って所か」

異世界「ハッ、いつから詩人になったんだ俺は…」


その感情は怒りか?諦観か?少年の表情からは読めない

異世界(しかし、人の気配が無いってのはどういう事だ?
    時計も零時で止まっていやがる…これは、情報がいるな…)



彼が歩みを進めようとした瞬間、静寂を裂いて
聞き慣れた奇怪な鳴き声が聞こえた
例えるならば怪鳥の鳴き声…
聞く者の不快感を与える音だ

異世界「チッ」

今度ははっきりと感情を読める表情で、少年は鞘から扶桑刀を抜刀
手にした鞘は放り捨てる
その表情が示すものは、はっきりとした不快感

異世界「お前等は、どこの世界にも現れるんだな」

まずは顔だけで後ろを向き、はっきりと敵の姿を確認
小型のネウロイが5匹

異世界「今日の俺は機嫌が悪いんだ」


手にした扶桑刀の切っ先に先程と同じ、紫の光が纏われる
彼が振り返るとその光は尾を引いて、光が通り過ぎた後の空間を歪ませる


異世界「散れ」


今度は、彼の体の周囲を紫の光が包み込む
通常の魔力発現ならその輝きは蒼光、だが彼の放つ輝きは紛れも無く紫光だった


瞬間
少年の姿が消える

転身
一番先頭にいるネウロイの前に現れる

先程少年がいた場所と、彼が現れた場所
その2つの地点を結ぶ直線の空間がぼんやりと歪んでいるのが確認できる
紫光が世界の物理法則に干渉し、距離の概念を変化させたのだろうか?

とにかく彼は高速移動をし、ネウロイとの距離を詰めたのだ


あまりの速度に対し、ネウロイは全く対応できていない
そしてそのまま少年は目前のネウロイに紫光を纏わせた扶桑刀を突き刺す

異世界「はぁあああああああ!」

気合と同時に、魔力を流し込む
扶桑刀を突き刺されたネウロイの装甲の隙間から、関節部分から、赤いラインを這わせている部分から…
所々から紫光が溢れだす
その光は徐々輝きを増して行き、やがて一帯を巻き込んでの大爆発
周囲のビルの窓ガラスが吹き飛び、空気も震える
当然、周囲にいた残りの4体も跡形も無く消し飛んでいる
白い残骸すら残っていない



扶桑刀を無造作に振るい、少年は爆心地の中央で考える
これ程派手な爆発を起こしたと言うのに、人が全く現れないのはおかしいと…


異世界「まずは、人を探すか…」


そう呟いた瞬間、遥か遠くで青く輝く、激しい光が瞬くのを少年は確認する


異世界「あっちか」

少年は行く先を港湾地区へと定めたようだ
迷い無い足取りで、足を前に運ぶ
そう、立ち止まっている暇などない、世界はいつだって彼に停滞を許さないのだから









異世界は先程の輝きを目指して歩く
歩きながら、彼は周囲の物を良く観察していた
様々な世界を渡り歩いてきた彼には、その世界の持つ情報がどれほど大切な物か理解しているようだ

異世界「しかし、見れば見るほど俺の世界に似てるな…」


一番大きな、学園都市のメインストリートを歩く
街並みや、店頭に並んでいる物を見る限り、自分が最初に居た世界と時代背景は似通っている事を認識
そして、あちらこちらに戦闘の後…ネウロイの残骸や、薬莢…銃痕、爆発跡なども見つけた
これにより、この世界にもネウロイと敵対する勢力がある事が推測できる

今まで渡ってきた世界の中には、」ネウロイしかいないなんて酷い世界もあった

異世界「まぁ…今回はまだマシそうだ」



注意深く歩く彼が、それに気付いたのは当然だった
嫌な匂い
タンパク質が酸化される際に生じる匂い
肉の焦げ付く匂い


激しい戦闘が繰り広げられた世界で、嫌になるほど何度も嗅いだ匂い



人の焼ける匂いがした



急ぎ、匂いのする方へ走る
もしかしたらまだ助かるかも知れない、少年はそう思いながら裏路地へと続く角を曲がる

そして、目に入ったのは
全身に返り血を浴びた少女が、リーゼントの学生服の男の顔面を握りしめて宙に浮かしている奇怪な光景だった
月に雲がかかったせいで、女の顔はよく見えない

リーゼントの男の体は全身血だらけ
体中に穴を空け
現在進行形で顔面を焼かれている

未だ漂う、肉の焼けるすえた匂い


数々の世界を見てきた彼でも戦慄を覚える程恐ろしい光景だ
月明かりに照らし出されて、血の化粧を施した美しい顔が姿を現す


異世界「!?」


背筋が凍るとはこう言う時に使う言葉なのだろう
正確には彼が恐れたのは少女の行為にでは無い、その顔が浮かべている表情…
これだけ残虐な行為をしているにも関わらず、眉一つ動いていないその無表情にだった



ネウィッチ「ねぇ、そこのお兄さんは風紀委員?」

当然ながら、相手には気付かれている
質問の意味を異世界は考える

異世界(風紀委員だと?学校…か?
    そういえばこいつら2人共学生服着てるな…)


異世界「個人的にはこんな時間に外を出歩く奴に風紀委員をして欲しくないね」


ネウィッチ「言えてる」

ポイと、リーゼントの死体を放り投げる
もう興味を無くしたのか、そちらの方には一瞥もくれない
そして、思いきり地面を蹴って、異世界との距離を瞬時に詰める


異世界「チッ!」

なんとかその速度に対応し、シールドを張る異世界
ネウィッチの迫る指がシールドに弾かれて、ギチギチと嫌な音を立ててヘシ折れる


ネウィッチ「お兄さんやるじゃん」


異世界「そいつはどうも!」

抜き身の扶桑刀を振るい、己に迫っていたネウィッチの腕を切断
そしてスウェーバックで距離を取る


異世界「お前何物だ?」


ネウィッチ「先に質問してるのはこっち、答えないと首が胴体からサヨナラするぞ」

切断された腕からは血すらでていない
それ所かみるみる内に再生していく
それは異世界がよく知るネウロイと同質の物だった


異世界「まさか…ネウロイか!?」


ネウィッチ「あちゃー、バレちゃったか…なんでだ?まぁ殺せば関係無いか…
      あー!でも私の狙いは風紀委員だけだしな、お兄さんは多分違うし…」

自分の異常さを棚に上げ、異世界を見やるネウィッチ
どうやら彼女は彼女でいろいろと考える事があるようだ



異世界(ネウロイだとしても、あの異常な再生速度は普通じゃない
    間違いなく強敵、出し惜しみは不要!!)

ネウィッチ「制服着て無いし、腕章無いし…
      でも正体バレたのはマズイな…」

幸いにも、ネウィッチの考えはまだまとまっていない
ネウロイの再生能力は非常に厄介な代物である、魔力を纏った攻撃であっても、再生を「遅らせる」事は可能だが「停止」させる事は不可能だ

だが…


    ジョーカー
異世界「切り札は早めに使うか」

彼の「紫光の魔力」ならそれが可能だ、今までの経験上ネウロイの再生能力を「停止」できるのだ

異世界の体を、紫光が覆う
彼の周囲の空間が微かに歪んだ



ネウィッチ「そうだ!舌ひっこ抜けば喋れないじゃん!そうしよう」

ネウィッチが名案を考え付いた瞬間、異世界の姿が消える
空間湾曲を利用した高速移動でネウィッチの斜め後ろ方向に瞬時に移動
そのまま扶桑刀をネウィッチの首元へ叩きこもうとした瞬間…
異世界「がはっ!!」

異世界は横っ腹に重い衝撃を受け、側方へ吹き飛ばされ壁に叩きつけられる

ネウィッチ「あははっ!!」

ポニーテールを揺らして、ネウィッチは凄惨に笑う
先程、異世界を吹き飛ばしたのはネウィッチの超速の回し蹴り
折りたたんだ脚を脅威の速度で振り回したのだった


壁に叩きつけられた異世界の体が地面に着く前にネウィッチは距離を詰め、彼の口を塞ぐように下顎を握り壁に押し付ける

ネウィッチ「速度は大したもんだけど、そんなんじゃまだ私には届かないかな?
      残念だな、頼みの切り札も不発で」

異世界「チッ!」

なんとかネウィッチの腕から逃れようとして、体を動かそうとするが脇腹辺りの鈍痛が酷い
肋骨が2・3本逝ってしまっているようだ
これでは規格外の怪物からは逃れられない
だが、逃れる必要は無い、なぜなら彼は牙を持つ獣だから


ネウィッチ「私優しいからお兄さんの命は助けてあげる、でも顔見られたからには喋れなくなってもらうね
      舌抜こうと思ったけど、人の口に手入れるの嫌だから下顎吹き飛ばす事にする」

無表情で恐ろしい事を述べるネウィッチ
異世界を掴んでいる掌に、エネルギーを集中させようとした瞬間
今度はネウィッチの本能が何かの危険を告げる
記憶を取り戻してから、ネウロイへと転生してから初めて感じる感覚、恐怖

その発信源は、目前の男

ネウィッチ「!?」



           ジョーカー
異世界「言ったはずだ、切り札だと!」

再び異世界の体を包む紫光
右手に握った扶桑刀もその輝きを纏う



異世界「くたばれ化け物野郎」

ネウィッチ(これは、マズイ!!!)


異世界は痛む体で気力を振り絞り、渾身の力を込めて扶桑刀を突き出す
繰り出された突きを、その本能で回避するネウィッチ
だが、体勢を崩し異世界を手放してしまった

異世界はその一瞬のチャンスを逃しはしなかった


異世界「はぁあああ!!」


下段から、斬り上げを放つ
当然、纏うは紫光の魔力


切断されるネウィッチの右腕


一瞬の交差、だが雌雄は決しなかった
2人の状況は対極

刀を杖代わりにしてなんとか立つ事が可能な異世界

対するネウィッチは己の右腕が足元に転がるのを見ても
顔色一つ変えはしない、依然涼しい表情だ


ネウィッチ「再生するって言ってもさぁ、結構痛いんだよね」


腕の再生を待つネウィッチ
だが、いつまで待っても腕は生えてこない

ネウィッチ「!?」

異世界は不敵に、大胆に笑う
そう、これでネウィッチは気付くはずだ、彼の固有魔法の力に

          ジョーカー
ネウィッチ「まさか…切り札…」

初めて、感情の込もった表情をネウィッチが見せる
その感情は恐怖?怒り?判別は難しいが、人間らしい表情だ
そう、立場が変わったのだ
今までは一方的に「狩る者」と「狩られる者」だった関係が一変したのだ


ネウィッチ「やっぱり、お兄さんここで死んどこうか?」

ネウィッチは確信する、この少年は今殺さなければいけないと
確実に、ここで
なぜならこの少年は「狩る者」側だから


左手をかざし、ネウィッチが赤光を収束させようとする
当然標的は異世界、満身創痍の彼では避けることもシールドで弾く事も不可能であろう
バカでは無い彼女は遠距離から…彼の扶桑刀の届かない所からトドメを刺そうとしたようだ


彼女の掌に赤光が収束し始めた瞬間、唐突に世界は喧騒を取り戻す
ここ、裏路地にも頭の悪い学生達の姿が急激に現れ始めたのだ

そう、零時間の終わりを意味していた

ネウィッチ(チッ!他の人間にバレるのは厄介だな…)

ネウィッチ「運が良かったね、お兄さん
      今度会ったら、ちゃ~んと殺してあげるから待っててね♡」


ネウィッチ自身が反吐が出そうになる台詞を言い残して跳躍
人目につかないように空へと消えて行った



喧騒の中、取り残された異世界は壁に寄りかかり崩れ落ちる

異世界「はぁ~、しんどかった…
    なんだよこの世界…ヤバすぎるだろうが…」


この世界に転移した矢先に強敵との激しい戦闘
なんとか拾った命、彼女が気紛れを起こさなかったら間違いなく死んでいただろう



異世界「立ち止まっていてもしょうがないか…」


路地裏の学生達の奇異の視線を浴びながらも
痛む体を押さえ、再び彼は歩きだす
今の世界で彼は1人、誰の力も頼れない
自分の道は、自分で切り開かねばならぬ事を、彼は十分に理解していた








【学園都市 学生寮区高級寮密集地帯 01時過ぎ】


モビーディックとの死闘を終えて、特活部の本日の活動は終了
その場で解散となった
皆疲れていたのか、早々に帰宅する
男子達はほとんどが同じ寮なので揃って帰っていくが、エイラを除く寮暮らしの女子はサーニャだけが違う寮だったのだ

サーニャの生活する寮は、寮とは名ばかりの分譲タイプの高級マンションのような部屋
義兄である魔人がその権力を駆使してサーニャのために与えた部屋だった
位置はメインストリートまで徒歩8分、オートロックで防犯も完璧


そんな自宅へ向かう途中、サーニャは少し悩んでいた
自分が、何をできるのか?何をしたいのか?と言う事にだ

サーニャ「…」

実際、彼女が特活部に所属しているのは過保護な義兄に自分が1人で何かをできる事を示すためだった
そんな彼女は今日も義兄に救われた

彼がいなかったら、自分は死んでいただろう
そして続くモビーディック戦でも、何もできなかった

サーニャ「…私に…できる事」

モヤモヤした想いをどこかにぶつけたくて、道端の石を思いきり蹴ってみる
おしとやかな普段の彼女からは考えられない行動だ

サーニャ「えい!」


ぎこちなく蹴った石は、コロコロと転がっていく
行場の無い、彼女の想いのように

石はまだ転がって、やがて何かに当たって止まる

サーニャ「?」


あんな所に物なんてあったっけ?とサーニャは目を凝らし暗闇を見据える
暗闇に目が慣れて、その物体の輪郭が浮き彫りになってきた

サーニャ「…人!?」

それは物体では無く人間だったのだ
体中擦傷だらけ、痛みに顔を歪ませ苦痛の表情
全身には汗がびっしょり、あまり良い状況とは言えなかった


サーニャ「大丈夫ですか!?」


声をかけるが反応は無い、しかし呻いている事を考えれば気を失っているのだろう
携帯で救急車を呼ぼうとして、サーニャはある物の存在に気付く
傍らに落ちている扶桑刀、恐らくこの少年の所有物だろう

と、言う事はこの少年は零時間関係者の可能性が高い
パッと見て所属組織を予想する
私服である時点で風紀委員では無い、そして外見的にもアフリカとも考えにくい

サーニャ「この人…誰なんだろう…」

サーニャの中でなにかが引っ掛かる、それはこの少年が発する強烈な違和感が原因なのだろうか?
その答えは出せぬまま、サーニャはそっと携帯電話をしまって少年を担いで歩きだす

小柄なサーニャは、若干ふらつきながらも強い足取りで前に進む



サーニャ「…私にできる事…見つけた」








何度か、少年を壁にぶつけたり、地面に落としたりしながらサーニャはなんとか自室に辿りつく
男子禁制の女子寮で、誰かに見つからないかビクビクしたがそれも取り越し苦労だった
少年をベッドに寝かせて、とりあえず汗を拭く
顔の汗を拭いてから、サーニャは重大な事に気が付いた


サーニャ「…服…脱がさなきゃ…」


一瞬…いや、たっぷり20分程ためらってサーニャは覚悟を決めて少年の服を脱がしていった
汗を吸って重くなった服を脱がすのに手間取る
直視しないように気を使って脱がすものだから大変時間がかかってしまった

一通り汗を拭き終わり、擦り傷を消毒してやる

ある程度の応急処置が終わる頃には少年の表情も大分穏やかな物へと変化していた

その表情を見てサーニャも一安心
そしてそのまま大欠伸

気付けば時間はもう早朝4時
ウトウトしてきたサーニャは、そのまま少年の胸に倒れ込むようにして眠ってしまった








朝、目を覚ませばもう時間は17時過ぎ

サーニャ「…朝じゃない…」

流石に眠り過ぎたと、サーニャ自身も思ったようだ
学校をサボってしまった
そして、すぐに昨日の少年を思い出して隣を見る
依然眠ったまま

しかし表情は昨日のまま穏やかであり
あまり心配は無さそうだ


グー

お腹の虫が鳴る音
サーニャが発信源だ

サーニャ「…お腹空いたな」

腰を上げ、冷蔵庫を確認
見事に水しか入っていなかった

いつもなら外食ですませる所だが、今は怪我人がいる
栄養がある食事を作ったほうがいいだろう

そう考えて、サーニャは着替えてスーパーへと向かう事にした







【学園都市 商業地区 大手スーパー 18時過ぎ】


夕日に染まる街を歩き、サーニャが向かったのは学園都市で1番品揃えの良い大手スーパーマーケット
この時間にタイムセールが行われると言う情報は同級生であり友人である宮藤芳佳から聞いていた

カートを押して、材料を探す
あまり買い物をしないサーニャには目当ての品物を探すのも一苦労だ
作ろうと考えたのはポトフ
簡単で食べやすく、栄養もとれる優れ物だ


具材を探してほうぼうを歩き回るサーニャに、声がかかる

芳佳「あー!サーニャちゃんだ!
   大丈夫?学校休んだって聞いたから心配したんだよ?」


先程話題にも上がった宮藤芳佳だ
彼女もカートを押しており、カートの中には山ほどの具材が積まれていた

サーニャ「大丈夫だよ、ちょっと風邪気味だったから大事を取って休んだだけだから
     …それよりその凄い量の品物は?」


芳佳「えへへ、試作さん昨日倒れてそのまま入院しちゃったでしょ?
   だから元気出るようにお見舞いたくさん作ろうと思って」


少し、照れくさそうに芳佳が笑うのを見てサーニャは羨ましいと感じた
芳佳が試作に対して恋心を抱いている事は周知の事実だ
サーニャも、恋という物をしてみたい…そう思っていたから

ふと、サーニャの目に芳佳のカバンから下がっているキーホルダーにしては非常に物騒な物が目に付いた


サーニャ「…芳佳ちゃん、これ…」

恐る恐るサーニャが指さしたのはクナイ
紛れも無く、扶桑忍者の使うあのクナイであった

芳佳「あ、これは昨日助けてくれた人の忘れもので…
   お礼言えなかったから、いつ会ってもいいように持ち歩いてるんだ、また会えるかな?」



そう語る芳佳を、サーニャは非常に彼女らしいと感じた



サーニャ「きっと会えるよ」








エコバックに具材を入れて、サーニャは家路を辿る
時間的には部活をしていない生徒の帰宅時間だ
カップルも多い

人混みをかきわけて、歩く
そろそろあの少年も目を覚ます事だろう

腕を振るってポトフを作ろうとサーニャは心に決める

サーニャ「喜んでくれるといいな」


ピコン


サーニャがそう呟いた瞬間、一瞬だけ魔導針に反応があった
ネウロイの反応

サーニャ「え!?」

急ぎ、振りかえる
いかんせん人が多すぎる、何に、誰に反応したのか解からない

サーニャ「だって、今は…」


「零時間じゃないのに…」


「ネウロイの私が存在する事ができるとは思わなかった」

そう言って街を往くのはネウィッチ
あれから、公園の水飲み場で血を落とし、公衆便所の消臭剤を頭から被り血の匂いを消した
そして、体目的で絡んできたヤンキーを適当にボコり、女でも違和感なさそうなジャージを奪って着た
PUMAの上下…スタイルも良く、顔立ちも綺麗なネウィッチにはそんな恰好も良く似合っている

で、肝心の右腕は…

ネウィッチ「あの兄ちゃん三味線弾きやがって…徐々にだけど再生開始してるじゃないか…」


拾った右腕を切断面に押し当ててテープで固定していたら、ゆっくりとくっつきだしたようだ
無論、異世界が嘘をついた訳ではない
彼の「紫光の魔力」が特別なように、ネウィッチの再生力もまた特別だった



近代的な都市設計がなされたこの学園都市も、夕日に照らされればどこかノスタルジックを感じる
ここ商業地区には、大小様々な店舗が立ち並ぶ
先程サーニャと宮藤が買い物をした大手スーパーから、学生が都市の許可を得て経営する屋台までその店舗数は実に万を超えるとか…

中には都市からの融資を受け、会社を設立
学生でありながら巨万の富を得た「天才」もいるとか…
商業地区にも、またドラマがあるのだ



人間の時の記憶から商業地区の情報を引き出したが、そんな事よりも彼女の興味は目前の屋台にしかなかった
脅威コテ捌きで宙を舞う具材
香ばしい焦げ付いたソースの匂い
そのどれもがネウィッチには魅力的に写った


ネウィッチ「ネウロイなのに栄養摂取の必要があるとか、不便すぎるぞこの体」


ブツブツと恨み言を呟きながらネウィッチは焼きソバ強盗を考えるが寸前で思いとどまる
そう、彼女には焼きソバを買う金すらないのだ
全財産の入った財布を、昨日の戦闘で落としてしまったらしい

ネウィッチ「いやいや!殺すのは風紀委員だけ。あと昨日の兄ちゃん」


標的を間違えてはいけない
あくまで彼女の標的は風紀委員
それ以外では力を使う気など毛頭無い…自己防衛以外では



そんな気丈な彼女でもやはり空腹には耐えられなかったのか
蹲る

ネウィッチ「うー…」

そして唸る、こうしていれば外見通りの美少女にしか見えない

ネウィッチ「ゴミでも漁るか…
      なんか悲しくなってきたな」

あまりの惨めさに目に涙を浮かべている
昨日のあの凶暴で凶悪な彼女とは別人のようだ



「お姉さんどうしたの?なんで泣いてるの?」



最初は自分に向けられた声では無いと、ネウィッチは思っていた
今の化け物の自分にそんな優しい言葉はかけられる価値は無い、そう思っていたから

「お姉さん?聞こえてる?」

その言葉で、声が自分に向けて発せられた物だと気付き振り返る
そこに立っていたの、黒髪をツインテールにした色黒の少女
年齢は中学生くらいだろうか?とても可愛らしかった
ピザ屋の店名が入った薄い四角の箱を抱え、ネウィッチの方を心から心配そうな目で見ている


ネウィッチ「大丈夫、気にしないでくれ」


そう言って無垢な少女から離れようとする
彼女は、純真な少女と接するには汚れすぎている


『ぐ~』


あまりに大きな音をたてて腹の虫が鳴る
周囲を行く人々の視線が彼女に集中する、ネウィッチの顔は恥ずかしさのあまり真っ赤だ
美少女が恥ずかしがる様子が、なお周囲の目線を集める


ケラケラと、少女は笑う
とても可笑しかったようだ

「お腹減ってるなら一緒にピザ食べない?今日はルームメイトも子分達もいないから寂しかったんだ」


ネウィッチが断るより速く、少女はネウィッチの右手を掴んで走り出す
別に、踏みとどまる事もできたがそうすると不安定な右腕がまた取れてしまう
だからネウィッチは引っ張られるまま、少女について行かざるを得なかったのだ


「そうだ!?お姉さんお名前は?」

学校帰りの生徒で賑わう商業地区を、2人の少女が駆け抜ける

ネウィッチ「名前…か…ネウィッチでいいよ」



「へー、あたしはルッキーニ!フランチェスカ・ルッキーニ!」


腕を引っ張り、先頭を行く少女は振り返り
満開の笑顔で、ネウィッチを見て

ルッキーニ「よろしくね、ネウィッチ」








サーニャは自分の寮に到着
部屋のカギを空け、目にした光景に驚き手に下げたエコバックを落としてしまった

異世界「はぁ…はぁ…そこを…どけ」


ドアを開ければ、昨日の少年が床は這っていた
あの体で外に出ようとしたのだ

サーニャ「無茶です、まだ安静にしてないと」


急ぎ駆け寄り彼を抱き起そうとする

異世界「やめろ、これ以上俺に関わるな」


拒否されるが、彼にはまだサーニャを振り払う力も無い
そのまま少年を肩に担ぎ、再びベッドまで運ぶ

サーニャ「嫌です、だってあなた怪我してるじゃないですか
     このまま放ってなんておけません」


この感情がなぜ現れたのか、サーニャには解からない
やっと見つけた自分に“できる事”を失いたくないためのエゴなのか?
それとも、ただ単純にこの少年の事が心配なのか?

ただ言える事は

サーニャ「もう関わってしまったんです、あなたにどんな事情があるかは知りませんが、最後まで関わりきります」


この少年の力になりたい、そう思っているという事だ



異世界「…ふぅ」

真っ直ぐなサーニャの目に押され、異世界は何かを諦めたようだ
そのままベッドに倒れ込み、おとなしくなる

異世界「お前、変わってるな」


サーニャ「そうですか?私の周りの人はみんなもっと変わってますよ」


異世界「ハッ、だったらここはとんでもない世界だ」

異世界が呟いた後、部屋に沈黙が流れる
だが、空気は決して重くない
どこか安らぎを感じる優しい静寂



異世界「ありがとう」

そんな静寂を破ったのは異世界の言葉
少し、恥ずかしそうに少年はサーニャに礼を述べる



サーニャ「ふふっ」

サーニャは、はにかむ彼の笑顔がとても素敵だと感じた








学園都市に現れた2人の来訪者の物語はこうして始まった

人でありながら人ならざる物
“ここでは無いどこか”へと、常に彷徨う宿命を負う者

2人もまた大きな運命の輪の中へと組み込まれているのだ

サーニャ、ルッキーニこの2人の少女が
招かれざる存在である異世界とネウィッチにもたらす物はなにか?



ルッキーニ「え!?ピーマン食べれないの?
      にゃははははははははは!!!!!」

ネウィッチ「な、なんだ!おかしいか!?」

『安らぎ?』




サーニャ「ポトフ、お口に合いますか?」

異世界「まずくは無い」

『平穏?』




それもあるだろう
しかし、決してそれだけでは無い

運命の輪はまだ回る
沢山の人間を巻き込んで、様々な思惑を飲み込んで
まだまだ、役者は足りない
最終更新:2013年03月30日 23:34