キ84 番外編1「女神の誕生日とルペルカリア祭」



~2月13日、第501統合戦闘航空団基地ハンガー内部~

俺「・・・いよっ、と」

当番の哨戒任務を終えて帰投した俺は、疾風の操縦席から飛び降りた。
たとえ地中海に面したここロマーニャでも、冬の空は寒い。
ましてや魔力障壁のない俺にはかなりキツいので、しっかりと着膨れして出撃する必要がある。

俺「ふー・・・」

機体に寄りかかりながら兎皮の防寒手袋を外していると、声を掛けられた。

エーリカ「おつかれ~俺~!」

俺「あ、お疲れ様です、ハルトマン中尉」

思わずヒョイと敬礼した―――のが間違いだった。
外しかけの手袋は程良く汗ばみ、非常に潤滑性が良くなっていたのだ。

スポッ

振った腕の勢いそのままに、手袋が俺の手を離れる。

ドンッ、バチャッ!

手袋が作業台の上のオイル缶にヒット、倒れて床に黒いモーターオイルをぶちまけた。

整備兵1「うぉぁ!」

運悪く小走りで通りががった整備兵がオイルを踏む。

俺(ああ、この展開どっか見たな・・・)

ツルッ!

オイルで足を滑らせた整備兵がよろけた先には、魔道エンジン整備ユニットが。
こういう時に限って、重要な部分というのは実に掴みやすく見えるものだ。
バランスを失った整備兵は、思わず整備ユニットのテスト始動レバーを下げてしまった。

ガチャン!

俺(・・・ありがちだな、こういうの)

ドルンッ!ババババババババ

懸架されていたBf109のDBエンジンが轟音を響かせて、ハンガー内に旋風を吹かせる。
バタバタと防水シートがはためき、各種整備マニュアルに記録日誌が宙を舞う。
だがそれも長くは続かなかった。

ババババババババ、バババッ、ババン、バン、バン、ブスン!

エンジンが咳き込んだ後黒煙を吐いて停止した時には、ハンガー内は惨憺たる惨状を呈していた。

エーリカ「にゃははは~!やっちゃったねー、俺!」

俺「ハハハ、やっちゃいましたね・・・」

乾いた笑いが漏れる。

整備班長「バカやらかしたのぁドコのどいつだぁ!!今すぐ出て来い!!」

整備班長の罵声が木霊する。

俺「・・・と、いうわけで失礼します、ハルトマン中尉」

エーリカ「うん、急いだほうがいいぞー」

ダダッ

班長の元に駆け出す俺を尻目に、これは面白いものが見れたと口元が緩むエーリカ。

エーリカ「・・・あれ、そもそもなんでここに来たんだっけ?

     ま、いっか~」

人類最強のエースは今日もマイペースだった。


◇ ◇ ◇


~第501統合戦闘航空団基地、食堂~

俺「つぅ・・・終わった終わったぁ」

結局あの後大方の後始末を一人でやらされ、俺はとんでもなく疲れていた。
夕食まで多少時間があったので、食堂の机に突っ伏してしばしの休息を取っていた。

宮藤「大丈夫ですか、俺さん?」

俺「いやぁ、なんとか・・・」

宮藤の問に俯いたまま答えた。

くんくん

俺(・・・おお、いい匂いが)

ふと目をあげると厨房が忙しそうだ。
いつもの二人当番である宮藤・リーネ以外にペリーヌやミーナ、バルクホルンまでいる。
鍋の数もいつもより多いみたいだ。

俺「あれ、今日はなんかあるんですか?」

宮藤「え、聞いてませんでした?

   今日はシャーリーさんのお誕生日だからみんなでパーティをするんですよ。

   ハルトマンさんに伝えておいてもらうようにお願いしたんですけど・・・」

俺「それは知りませんでしたよ」

宮藤「・・・って事は俺さんプレゼントも用意してませんよね?」

俺「へ、プレゼント?」

宮藤「だってお誕生日ですよ。

   みんなでプレゼント交換もしたりする予定だったんですけど・・・」

俺「・・・用意してない、ね」

宮藤「だ、大丈夫ですよ!なんとかなりますって!」

俺「だといいんですけど・・・」

宮藤「そうだ、俺さん。

   食事の用意手伝ってもらえますか?」

俺「構いませんよ。

  何をすれば?」

宮藤「それじゃあ、あっちの食器を・・・」


◇ ◇ ◇


ひと通り給仕の用意が終わって、机には様々な料理が並んでいる。
肉じゃが、ヴルスト、スパゲッティ・アマトリチャーナ、ステーキ&キドニーパイ・・・
心なしか芋が多い気がしないでもない。
隊員達もそろそろ集まり始めた頃だ。

芳佳「そろそろみんな揃いそうですね」

俺「えーと・・・あとは主役のイェーガー大尉だけですか」

ミーナ「さ、そろそろ皆席に着きましょう」

ゲルト「そうだな」

ガタガタガタッ


◇ ◇ ◇


ガチャ

皆がテーブルに座って待っていると、ドアが開いていよいよ本日の主役が顔を現した。

シャーリー「ん?

      どーしたんだ、みんな揃って?」

芳佳「だって今日はシャーリーさんのお誕生日じゃないですか。

シャーリー「・・・そだっけ?」

芳佳「そうですよ!

   おめでとうございます!」

皆「おめでとう!」

口々に祝辞を述べる隊員達。

シャーリー「うわー、これあたしのために用意してくれたのか?」

ルッキーニ「もちろんだよ、シャーリー!」

シャーリー「ありがとうな、みんな!」

笑顔で答えると腰をおろし、いよいよ宴が始まった。


◇ ◇ ◇


ヒョイ

ルッキーニ「あ゛ー!

   その肉アタシのー!!」

エイラ「へっへーん、オソイ、オソイゾ、ルッキーニ!

    ほら、サーニャも食べルカ?」

サーニャ「ありがとう、エイラ」

ヒョイ

エーリカ「わたしもも~らい、っと」

ゲルト「ハルトマン!お前まで!」

シャーリー「ほらほら、早く食べないとみんな無くなっちゃうぞー、固茹でポテト大尉殿」

もぐもぐもぐもぐ

ペリーヌ「まったく・・・はしたない」

俺「いいじゃないですか、中尉。

  せっかくのパーティですし」

ペリーヌ「・・・まあ、そうかもしれませんわね」

ミーナ「あら、これは美味しいわね」

坂本「そうか、ミーナはあさりの酒蒸しが気に入ったか」

ミーナ「酒蒸し・・・ってことはお酒が入ってるのかしら?」

芳佳「ええ、でも火にかけてアルコール分は飛ばしてありますよ」

ミーナ「あら、そうなの」

   (ちょっと危なかったわね・・・

    美緒とお酒は合わせちゃダメね)

坂本「・・・?

   何をホッとしているんだ、ミーナ。

   おかしな奴だな、はっはっはっはっは!」

ワイワイガヤガヤ・・・・


◇ ◇ ◇


しばらく続いた喧騒も、食事が終わりに近づくと次第に落ち着いていった。
各自鱈腹食べるだけ食べて、腹も満たされた。

ミーナ「宮藤さん、そろそろケーキを出してきてもらえるかしら?」

一度厨房に引っ込んだ宮藤が、ケーキを抱えて戻ってきた。
流石に12人分だとそこそこのサイズになる。

宮藤「さ、どうぞ、シャーリーさん」

ケーキがシャーリーの前に置かれろうそくが灯されると、部屋の照明が落とされた。

ルッキーニ「みんな、準備はいい?

   それじゃ、せーの!


   Happy birthday to you,

   Happy birthday to you,

   Happy birthday, dear Shirley,

   Happy birthday to you!


ルッキーニ指揮の歌が終わるとシャーリーがろうそくを吹き消し、部屋が真っ暗になった。
それと同時に喝采が上がる。

「おめでとう!」
「おめでとー!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうダナ!」
「おめでとうございますわ」
「ハッピーバースデー、シャーリー!」

シャーリー「みんな、ありがとう!」

ミーナ「ふふっ、まだまだよ、シャーリーさん。

    皆プレゼントの準備はいいかしら?」

ゴソゴソとそれぞれにプレゼントを取り出す隊員達。
―――が、もちろん俺は用意していない。

ミーナ「まずは私たちからね。

    どうぞシャーリーさん」

エーリカ「ほら、行ってきなよトゥルーデ」

エーリカがバルクホルンになにやら大きめの箱を渡して背中を押した。

ゲルト「わ、分かってる!

    ほ、ほら、プレゼントだ、リベリアン」

照れくさいのか、バルクホルンはぶっきらぼうにグイと箱をシャーリーに押し付けた。

シャーリー「どれどれ・・・」

リベリアンらしく豪快にバリバリと包み紙を破くシャーリー。
出てきたのは金属の箱に赤いスパナのロゴ。

シャーリー「すっげー!!

      USAG*1の工具セットかよ!!」

中身はロマーニャの誇る名門工具メーカー、USAG社のベーシックサービスキット一式だった。

ゲルト「我がカールスラントの技術力とロマーニャの職人芸の融合だ。

    悪く無いだろう?」

シャーリー「悪く無いどころか最高だよ、バルクホルン!」 

よっぽど嬉しかったのか思わずバルクホルンに抱きつくシャーリー。
不意をつかれてバルクホルンの顔が真っ赤に茹で上がった。

ゲルト「わ、バ、バカ、何をするんだリベリアン!

    は、離せ!」

シャーリー「ホントありがとうな、バルクホルン!

      もちろんミーナ中佐もハルトマンも!」

バルクホルン「れ、礼には及ばん・・・ゴホン」

エーリカ「ニシシ~」

ミーナ「気に入ってくれたようで良かったわ」

こうして、次々とシャーリーにプレゼントが渡されていった。
リーネと宮藤からはブリタニアのデンツ社*2製レザーグローブ。
エイラとサーニャからはオラーシャ製の暖かそうな毛皮の冬用飛行帽。
ペリーヌとルッキーニは一緒に選んだジャガー・ルクルト*3のクロノグラフ。
坂本からはサワラ材の湯桶一式。

そしていよいよ回って来る俺の順番、だが諸手は空。
こなったら素直にぶちまけてしまうしかない。

俺「すいません、大尉。実は手違いで何も用意出来ませんでした・・・」

ミーナ「あら・・・」

エイラ「ドッチラケー・・・」

辺りに白けた空気が流れる。気不味くなって、俺も俯いてしまう。
だが、その空気は直ぐに女神の一声で破られた。

シャーリー「ハハハッ、なーんだそんなことか。気にするなよな、俺!」

俺「しかし・・・」

シャーリー「気にするなって言っただろ?

      プレゼントだけが誕生日じゃないさ。

      こうして皆が集まってお祝いしてくれるだけでも最高の誕生日さ。

      それに今年は去年より一人多い、それだけ幸せも多くなるってもんだよ!」

芳佳「そうですよ、俺さん。

   みんなで楽しんでお祝いしましょうよ」

エーリカ「そうだね~にゃはははは~」

俺「は、はい!(そもそもこれハルトマン中尉の責任な気が・・・)」

シャーリー「それじゃぁケーキ食べようぜ、ケーキ!

      リーネ、紅茶用意してくれるか?」

リーネ「はい!」

シャーリーの一言に場は持ち直した。
だが、やはり俺として心苦しい。

俺(明日何か見繕ってみる、か・・・)

エイラ「おお、オイシイナ、このケーキ!

    ほら、サーニャも食ベナイカ?」

サーニャ「ありがとう、エイラ」

リーネ「芳佳ちゃん、口にクリーム付いてるよ」

宮藤「あ、ほんとだ」

皆それぞれに楽しみながら宴の夜は更けていった。


◇ ◇ ◇


~翌日、ローマ市街~

扶桑大使館付き武官との定期的な連絡を終えた俺は、立ち寄ったカフェで途方に暮れていた。
午後は非番になるので、その間に何かシャーリーの誕生日プレゼントを確保しようという算段、だったのだが・・・

俺「う~ん・・・」

年齢=彼女いない歴=童貞歴な不肖俺、いったい女の子の誕生日に何を買ったらいいかなど思いつかない。
しかも分かりやすい工具等は、昨日既に他の隊員たちが贈っている。

俺「なぁーに買えばいいんだ・・・」

懐からクシャクシャになったラッキーストライクのパッケージを取り出して、一本下側から抜き取った。
火をつける。
ぼんやりと思案を巡らしつつコーヒーを啜って窓の外に眼をやる。

(服・・・?

 だめだ、何を選べばいいか分からん。

 アクセサリー?

 俺の薄給じゃ大した物は買えないな・・・。

 いっそ食べ物辺りで落すか?

 いや、やっぱ好みを知らん・・・)

俺「ん・・・?」

行き交う人々の多くが何かを手にしている。

俺「・・・花束、か」

不思議なことに道行く男性の多くがバラの花束や何かの包を手にしている。

俺「なんだ・・・ロマーニャで流行ってんの・・・か?」

チラリと視線を流すと、広場の端に露天の花売りが出ている。
しかも結構な行列が出来ていた。

俺「・・・よし、これにするか」

扶桑でよく言う「長いものには巻かれろ」という奴である。
または「付和雷同」。

値段的に大した物でもないし、花をもらって嫌な女の子は居ないだろう。

ともかく標的を決めたら後は実行するだけだ。
灰皿にタバコを押し付け、冷めたコーヒーを流しこんだ。
ウェイターに会計を済ませて、外に出て列に並んだ。


◇ ◇ ◇


~数時間後、501JFW基地~

俺「あ、イェーガー大尉。ここに居ましたか」

シャーリー「んー、どうした、俺?

      午後は非番じゃなかったんだっけ?」

俺「いや・・・まぁそうなんですけどね。

  あの、昨日はすみませんでした、大尉」

シャーリー「いいって、気にすんなよー」

俺「いえ、こういうのはちゃんとしないといけませんよ」

シャーリー「ふふっ、律儀な奴だなー。

      まるでどっかの堅物みたいだ」

俺「それで、埋め合わせと言ってはなんですが・・・良かったらこれを」

ガサッ

シャーリー「は、花束・・・しかもバラ・・・」

顔を赤くして、俯き加減に困惑の表情を浮かべて言葉に詰まるシャーリー。

俺「あ・・・お気に召しませんでしたか、大尉?」

シャーリー「え、いや、その・・・だって・・・///」

俺「・・・?(誕生日プレゼントがそんなに照れるようなことか?)」

シャーリー「ほら・・・今日はさ・・・」

俺(今日・・・2月14日だよな?

  なんかあったけ?)

ガチャ

ゲルト「おい、リベリアン。

    昨日の報告書――――

    って、ええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

急に入ってきたバルクホルンが俺とシャーリーとその間の花束を見て奇声を上げた。
しかも顔が茹で上がったように真っ赤になっている。

ゲルト「す、すまん!邪魔したな!!」

バタン!

俺(・・・なんだ、ありゃぁ?)

俺「えーと、イェーガー大尉、どうかしましたか?」

シャーリー「も、もしかして気づいてない?」

俺「何がです?」

シャーリー「今日はルペルカリア祭だろ*4?」

俺「は?ルーペカリカリ祭?」

シャーリー「・・・まさか知らないのか?」

俺「知りません」

シャーリー「なんだぁ、びっくりしたじゃないか」

ホッとしたような残念なような呆れたような表情をで肩を下ろすシャーリー。

俺「・・・で、何なんです、そのルペなんとか祭って言うのは?」

シャーリー「ルペルカリア祭。

      結婚の女神ユノに捧げる祝日だよ。

      で、その・・・こ、恋人同士で贈り物をしあったりするんだ。

      特にこういうバラの花束とかな」

俺「ははあ、なるほど。

  だから皆バラを買ってたのか・・・」

シャーリー「ホントに知らなかったのか?」

俺「知りませんでしたよ。

  だって扶桑じゃやりませんし、自分はこういうこと疎くて・・・」

シャーリー「ふふっ、それじゃしょうがないな。

      だったらこれは『誕生日プレゼントとして』ありがたく貰っておくよ」

ガチャガチャとしばらくガラクタの山を漁ったものの、適当な入れ物が見つからない。

シャーリー「後でペリーヌのとこに借りに行くか。

      とにかくありがとうな、俺。

      わざわざあたしの為に買ってきてくれたその気持だけでも嬉しいよ」

俺「いえ、申し訳ありませんでした、大尉。

  それでは」

ガチャ、バタン

最後まで律儀に敬礼して出て行く俺を見送って、少し残念そうにシャーリーが呟いた。

シャーリー「はぁ、ちょっと期待しちゃったじゃないか・・・」


◇ ◇ ◇


俺「あ、バルクホルン大尉」

廊下でばったりバルクホルンと蜂合わせた。
軽く敬礼をするが、バルクホルンは視線をずらして慌てたように返す。

ゲルト「お、俺少尉。さささ、さ、さっきは邪魔したな」

俺「いえ、別に・・・」

ゲルト「いや、おおお、お前とリベリアンがそ、そういう関係だったとは・・・」

さっきのシャーリーの説明、俺がシャーリーに手渡していた花束、のぼせ上がってるバルクホルン。
さすがの鈍感な俺にすら状況は読み取れた。

俺(うん、これはマズイ)

俺「いや、大尉。誤解ですよ、誤解!」

ゲルト「な、なに、隠す必要はななな、無いのだぞ!」

俺「いや、そうじゃなくてですね・・・」

ゲルト「わ、私は止めはしないぞ!

    そ、そういうのは本人たちの責任で判断すべき物だからな、うん!」

◇ ◇ ◇


結局バルクホルンの誤解を解くのに、残りの午後の非番を一杯に使ってしまうハメになったのだった。
最終更新:2013年01月28日 13:07

*1 カールスラント(ドイツ)人がロマーニャ(イタリア)で作った工具メーカー、フェラーリやドゥカティ等で指定工具として採用。

*2 ブリタニア(イギリス)の名門革手袋専門メーカー。

*3 ヘルウェティア(スイス)のガリア(フランス)系時計メーカー。

*4 古代ローマに於いて存在したバレンタインデーの原型と言われる祭日で、恋人同士や夫婦の愛を確かめ合う日だったと言われる。キリスト教が主流ではないSW世界ではバレンタインデーの代わりになると思われる。