『愛と祈りと』


1945年 スオムス 冬


「ねぇイッル。愛と祈りって似てると思わない?」


エイラ「え?」


「この想いが“あなた”届くといいな…ってね。」



急に昔の友達…地元の旧友に呼び出され、カフェでお茶をしていた時に聞いた言葉だ。
16歳になったと同時に、同郷の私も良く知る男の子と結婚をするという報告の後だったっけ?
こんな明日が見えない時代だからこそ、自分の幸せを掴むと彼女は笑っていた。

左手の薬指に嵌めた指輪を美しく輝かせながら、幸せそうに微笑む姿はとても美しかった。
ちょっとだけ羨ましいと思ったよ。
だって、結婚ってのはいわゆる女の幸せの形の1つだからな。



今日は久々の休日で、珍しく私服な私は純白のセーターに赤のベルト。
向かい合う旧友は体のラインが解かるパンツスタイルで、ちょっとカッコよかった。
髪形なんかもショートで、なんというか、グッと大人っぽく変わっていて…
自分が子供のまま取り残されているような妙な錯覚を受ける。



そんな考えは顔に出さずにしばらく懐かしい話題に花を咲かせ、珍しくガールズトークなる物にチャレンジする私。
目の前の彼女もよく知る“アイツ”と私が恋仲になった事に関しては既知だったようだ。

「ってゆーか遅すぎ。」、「2人共鈍感過ぎ。」なんて言いながら笑ってた。
確かにお互いに沢山遠回りした恋だったけど、沢山悩んで、ちゃんと決断して、自分で選んだ未来の結果だから、なんて言われても平気なんだ。

顔が赤いのは気のせいさ。
それともカフェの空調が効きすぎてるのかな?




「これから彼と暮らす部屋を探しに行く。」

戦友ともまた違う友達との会話はやっぱり楽しかった。
でもどんな楽しい時間にも終わりは訪れるようで、彼女は上述の台詞を残して席を立っていってしまった。

日曜の昼過ぎのカフェは騒がしく、多くの友人同士や、恋人同士、家族連れが笑顔を浮かべてみんな幸せそう。
この笑顔を私達が守っているんだと実感すれば、ちょっと嬉しくなる。

全ての魔力を賭してロマーニャを救った、私の大切な扶桑の友達の「守りたいんです。」と言う口癖が、ふと頭をよぎった。


エイラ「愛と祈り…か。」


きっと宮藤ならば、何の躊躇いも無く世界の平和やみんなの笑顔を「祈る」のだろうと思う。
それは紛れも無く「愛」なのだろう。
正直、スケールが大きすぎて私には宮藤のような「愛」は持てそうもない。


エイラ「私は等身大の愛で精一杯なんダナ。」

自分の未来にすら自信を持てなかった私には世界の為に「祈る」なんて芸当ができる訳も無く、戦いも恋も、目の前の問題を一個一個片付けていくのが限界だった。

ただ1人の人を精一杯愛する事が限界な私に相応しい祈りとはなんなのだろうか?
そもそも「愛」と「祈り」は本当に似ているのだろうか?


エイラ「むー…」

騒がしいカフェで一人ぼっちの私はアイスコーヒー(ガムシロたっぷり)に刺さったストローに息を吹き込んでブクブクと泡を立たせて思索に耽る。



エイラ「わっから―――ん!」



そんな事をいつまでも考えていた所で、答えなど出るはずも無く、虚しくなってきてズズッと一気に飲み干して席を立つ。
なんだが無性に“アイツ”に会いたくなってしまった。


彼女の言っていた「愛」と「祈り」の関連性に関して考えながら、今日もこの街のどこかにいるであろう“アイツ”を探しに行く事にする。
休日の過ごし方としては悪くはないだろう。
テーブル上の伝票を手に取り目を向ければ、彼女の分のドリンクは未精算だった。
ちゃっかりした奴め…








パラパラと粉雪が降り注ぐ外に出て、歩き出す。
吐きだす息は白く、美しい街並みに溶けて行った。
スオムスカラーの傘を差して、上着は最近買ったばかりの流行の物。ちゃんと見てくれている人がいればお洒落も楽しいものだ。


エイラ「うげ…人多いナ…」


日曜日の繁華街は人通りも多く、通りには車が渋滞を作っている。
雑多な雰囲気の中、私は人混みをすり抜けていく。
ザクザクと降りたての新雪を踏みしめて、名前も知らない他人の中を進む進む。

世界の殆どは他人で形成されていて、愛する知り合い達は極僅かだと言う事実。
だけどそんな大多数の他人がどうでもいいという訳では決して無い。
「愛」さないまでも、彼等の幸せを「祈る」余裕は無くても、私のこの大切な世界を形成している人達だ。
彼等が作り出す平和で穏やかな日常こそ命を懸けて守る価値のある物なのさ。



エイラ「これは愛でも祈りでも無くて使命カナ?」



いつに無く真面目に考えた結果至った結論は、力ある者、資格ある者として至極まっとうな面白味の欠片もない普通の答えだった。
らしくない事はするもんじゃない。



アイツと街に来た時絶対に立ち寄るクレープ屋さんを通り過ぎて、小学校に通っていた時にアイツと一緒によく通ったお菓子やさんも超えて、私は歩く歩く。




何本か通りを超えれば、住み慣れた地区に入る。
この辺りはもう私の庭みたいなもんで、すれ違う人も顔見知りばかりだ。



街を往けば、アイツとの思い出がある場所ばかりが目に飛び込んでくる。
あそこの通りを右に曲がれば、10歳まで通っていた小学校がある。
毎朝一緒に登校したっけ。


逆に左に行けば私が街を出る時と、3年前のバレンタインの日の計2度、アイツにマフラーを手渡した広場がある。
今となっては大切な、かけがえの無い思い出。


あそこの家に住んでいるのはアウロラ姉の友達の家だ、よくアイツと私と姉ちゃんの3人で遊びに行ったなぁ…
最近連絡全然無いけど姉ちゃん元気かな?
まぁ、散歩がてらにネウロイ撃墜するような人だから心配なんてしてないけどさ。


エイラ「ふふっ。」


こうやって歩くだけで、アイツとの想い出が街角から、道端で立ちんぼしている木から…様々な物から溢れ出て来てなんだか幸せな気分になる。

思えばいつも2人で一緒だったな。
雪の上にはいつも2人分の足跡を一緒に残して歩いてきたんだ。
途中、私がウィッチになるために街を出て一旦は別々の道を歩いて離れた事もあったけど、今は自分達の意思で、以前よりもっと寄り添って歩いていられてると思う。
それは自分達で未来を選んで、決して最良では無いものの、よりよい未来を手探りで模索し続けた結果だ。



エイラ「これからはどうだろうナ…。」


私達は常日頃から、自分達の未来は全て自らで決めるという信念の元に生きている。
だから、これから先何か…例えば今の互いより大切だと想える人が現れたりして、その人と歩む事を選択すれば、きっと私達は互いに相手を引きとめる事もしないだろう。
不思議だと思うか?「愛」が薄いと思うかな?

でもそれは相手の事を想うからこその行動で、相手の幸せを「祈る」からこそなのさ。
惰性で続く望まない関係をダラダラと保つ事がよく無い事は、アイツとの10年以上の時間が教えてくれた。



エイラ「…」

気がつけば目的地、いつもアイツが狩りに勤しむ雪原へ到着していた。
振り返れば、まっさらな雪の絨毯の上には私の足跡だけが寂しく残っている。
いつか、こういう未来がやってくる可能性がある事を忘れてはいけない。

「愛」が決して不変な物じゃない事や、只一人に向けられる物じゃない事は、アイツと同じくらいサーニャを「愛」した私だからこそ誰よりもよく理解できるつもりだ。



エイラ「これからも、変わらぬ俺との日々が続きますように…ずっと隣で笑いながら歩いて行けますように…」



だから、知っているからこそ「祈る」んだ。
変わらぬように…只互いの事を想い合っていけますように…。
俺の描く未来図に、私が隣にいられますように…。
それが2人にとって、最良の未来でありますように…と。



エイラ「なーんだ、やっぱり似てるじゃん「愛」と「祈り」。」


そう、その本質はどちらも想いや願いを相手に届くようにと胸を焦がし望む事。
その想いが“恋心”であったり、“平穏”であったりでそいつが「愛」や「祈り」に変化するみたい。
共通点は単純。自分や誰かの事について真摯に想うエネルギーだ。
似てるというより、極めて近くて限り無く遠い物なのかもしれない。



エイラ「私のちっぽけな「愛」と「祈り」はアイツに届くのかな?叶うのカナ?」



俺「届いてるよ。」

エイラ「へ…?」


背後から聞き慣れた、心安らぐ声が聞こえて振り向けば、そこには私の探し人がいつもの無愛想な顔で立っていた。
飾り気の無いギリースーツに、私があげた手編みのちょっと長い純白のマフラー。
頭には使い魔であるカモの羽が出ているから、きっと今まで固有魔法の“ステルス”を使って姿と気配を隠してしたんだろう。


エイラ「お、お前!!もしかして今までの全部聞いてたのカ!!??」


俺「残念ながら全部は聞けなかった。」


エイラ「どこから!!??」

俺「「これからはどうだろうナ…」って神妙な顔してた辺りから。」


エイラ「全部じゃナイカ!!」


俺「あはは。」


恥ずかしい所を目撃された私が憤慨して、俺が静かに笑う。
10年以上前から何ら変わらない私達の日常。
これが私の望んだ、これからも望む未来。


俺「で、なんであんな恥ずかしい事言ってた訳?」

エイラ「…もう帰る。」

俺「おいイッル、怒んなって…」


思った以上に恥ずかしくって、俺のからかいがムカついて、帰宅する事にする。
そんな私を見て機嫌を悪くした事を察した俺が駆け足で追いかけてきて隣に並ぶ。


俺「お前の「祈り」が叶うかは俺達のこれから次第で解からないけどさ、もう一方はちゃんと届いてるから。」

エイラ「はいはい。」



俺「ちゃんと、届いてる。」


エイラ「…うん。」


いつに無く真剣な俺の言葉に、少し嬉しくなって俯く。
どんな顔をして俺の方を見ればいいのか解からなかったのさ。


俺が差した傘に入って、私の歩調にゆっくり合わせて歩く2人。
吐く息は当然白く舞う粉雪は幻想的の一言だ。


真っ白なスオムスの雪原には足跡が2つ仲良く並んで続いて行く。
振り返れば、今とは関係が違う幼い日々の私達が見えた気がした。
同じように寄り添って、無邪気に笑いあってたよ。

今度は前を見る、不確かな未来予知で見えたのは数秒先の未来。
私が知りたい、所謂“これから”なんて当然見えるはずも無い。
でも、こうであったらいいなってヴィジョンは見えて、それが「祈り」へと姿を変えて行く。


エイラ「まぁ、今日の所は許してやるカ。」

俺「なんで俺が許されなくちゃいないんだ?」


エイラ「細かい事はいいんダ。そんな事より、今夜は私が御飯作ってやるヨ。感謝しろヨー。」

俺「サンドウィッチ以外でぜひ頼む。」

エイラ「ムリダナ。」



いつものように、俺の少し長いマフラーの余った部分を私も己の首に巻きつける。
死神なんて呼ばれる男の温もりは、私にとってはいつだって懐かしくて心地いい。


俺「そういやこないだアウロラ姉に会ったんだけどさ、怒ってたぞ…「連絡が無い!」って…」

エイラ「うわ…マジかよ…どうしよう…」


これからは、こんな一瞬一瞬の幸せな瞬間を大事にしていこうと思う。
だって“今”のこの関係があるのは“過去”の私達の「愛」と「祈り」が届いた証拠だろ?

そんな奇跡に感謝しながら、今度は“今”から“未来”に届くように頑張ろう。



エイラ「あー、生きるってのは大変なんダナ。」

俺「なんだよ唐突に。」



一歩一歩、「愛」を込めて歩く。
一歩一歩、「祈り」を捧げて進む。
どちらも君に、未来に届きますようにと心から願いながら。



エイラ「なぁ俺、「愛」と「祈り」って似ていると思わないカ?」
最終更新:2013年01月29日 14:40