全長三万メートルもある柱型ネウロイの攻略作戦から、しばらくが経った。
その間に、補給任務に出掛けた先のローマで一騒動あったり、
ロマーニャの第一公女から食糧や調度品が大量に届いたり、
基地の入浴施設がドラム缶風呂から立派な露天風呂になったり、
ついでにサウナが出来たり、ミーナ中佐が脱衣所で200機撃墜を達成したり、
宮藤が急に飛べなくなったり、新型機を引っ提げて無事に帰ってきたり、
それはもう、目まぐるしく色々と起こった。
作戦後、Nライフルの異常稼働をミーナ中佐に伝えた所、その力の実態を知る必要があると判断したようで、
俺には引き続き実戦で可能な限りNライフルを使用してデータを収集することが命じられた。
何が起きて魔導炉が活性化するのか、ネウロイとの因果関係はどうなのか……
原因を突き止めることでより安全に運用出来るようにしたいというのが中佐の意向だった。
それだけの性能……手放すには惜しいものを、Nライフルは持っていた。
さて、俺はというと、少しだけ変わった。
態度こそ今までと大差ないが、坂本少佐の訓練にもきちんと出席するようになった。
仲間たちからの視線も、少しだけ変わったような気がする。能力以外の部分への信頼を強く感じられるようになった。
夜間哨戒に組み込まれるようになったのも、そういった部分が大きいのだと、少佐は言っていた。
サーニャ「レイディオ1、定時連絡。現在位置、方位283、距離3352。ネウロイの反応なし」
俺「……平和なもんだ。いつもこうなら楽なんだけどなぁ」
サーニャ「そうですね……。あ、そうだ。出がけに聞いたんですけど、サウナの設備直ったそうですよ。
俺さん、入りたいって言ってましたよね」
今日はエイラが昼間出撃したため、俺とサーニャの二人だけ。
以前はよく分からん子だと思っていたが、命懸けの作戦を共に潜り抜けたためか、今では普通に談笑する程度には打ち解けていた。
俺「おお、やっとか。待ちくたびれたぜ……っと。サーニャ、速度落としてくれ」
サーニャ「俺さん?」
俺「ストライカーの調子が良くねぇんだ。やっぱ一度オーバーホールしねーとダメそうだなぁ」
サーニャ「あの時、S.E.A.システムを使ったせいですか?」
俺「多分な。整備はきちんとしてたから、中枢部分にダメージが行ってるんだろ」
柱型ネウロイとの戦いで使用した魔法力の緊急増幅装置、S.E.A.システム。
減退が始まっている俺の魔法力を補い、戦闘の助けとするべく作ったものだ。
装置自体が使い捨ての上に、ストライカーに対する負担が尋常ではないため、その点の改良を開発省に打診してあった。
俺「ま、試作品には付き物のトラブルだ。開発省じゃ毎日ラボの部屋が丸ごと吹っ飛んでんのに比べりゃ可愛いもんさ」
サーニャ「え、お部屋が? 丸ごと? ……毎日? 俺さん、何を研究してたんですか?」
俺「俺じゃねぇよ、ウーシュだ。ウルスラ・ハルトマン。あいつ、スオムスに居た頃からそうだったらしいぜ」
サーニャは、以前見たウーシュの姿からそれが想像出来ないのか、首を傾げて考え込んでいる。
こんな平和な時間がずっと続けばいいのにとも思うが、そうは問屋が卸さないのがこのクソッタレな世界だった。
サーニャ「……! ネウロイです。中型が一機。現在地から方位303、距離約2000。俺さん、Nライフルは……?」
俺「ああ、疑う余地なんかねぇな。こいつはネウロイに反応して活性化する……」
俺が持つ、黒塗りの大型ライフルの心臓部である魔導炉には、ネウロイのコアが使用されている。
お陰さまでネウロイのビームと同種のエネルギー弾を生成することが出来、
装着するバレルによってエネルギーを加工――貫通力を与えたり面破壊力を与えたり――して放つ……
それが、ノイエ・カールスラント兵器開発省、魔導技術研究班の自信作、Nライフルだった。
その魔導炉はバッテリーからの給電によって稼働するのだが、
ネウロイが接近する今、バッテリーを外しているにも関わらず、炉に火が入っていた。
もう驚きもしない。これまでにも何度も同じ現象を目撃し、時には恐ろしい性能を発揮することさえあったからだ。
サーニャ「ウルスラさん、大丈夫だって言ってたのに……」
俺「そう言うなよ。聞いた話だと、あいつは試作品を検証する段階からプロジェクトに参加してたそうだし。
だいたい、不義理を働くような奴じゃねぇさ」
俺はバッテリーユニットを取り出して所定の位置にセットする。
これまでのデータ収集で、炉が異常稼働していてもバッテリーからの給電を行えば
出力のコントロール自体は通常通り可能になることが判明していた。
俺「魔導班の連中、俺にもウーシュにもまだ隠してることがあるんだろうよ。
開発省も一枚岩ってわけじゃねぇからな。ひとまずコントロールが出来るだけマシさ。
で、敵さんの情報は?」
サーニャ「
初めて見るタイプの機種です。真っ直ぐこちらに向かってきます。
狙いは私たちみたいですね。俺さん、戦闘指揮をお願いします」
俺「了解。現在位置で迎撃する。サーニャは後方から支援を頼む。俺が前に出る」
サーニャ「了解です」
俺は弾を破壊力に特化させるX-03バレルを装着したNライフルを、
サーニャは背負ったフリーガーハマーをそれぞれに構え、セイフティを解除する。
こちらの火力に申し分はないだろうが、まずは敵の情報を収集しなくてはならない。
サーニャ「ネウロイ接近。コース変化なし。来ます」
俺「スコープで捕捉した。レイディオ2、交戦」
魔導光学式のスコープには、夜間でもくっきりと敵の姿が映っている。
何やらぼうっと光を放つだけで、ビームを撃ってくる様子はない。
……嫌な汗が顎を伝う。その瞬間、小さな針が刺さったような、そんな痛みが右手に走った。
視界がぐらつき、引鉄に掛けた指の力が抜ける。
俺「いて……何だ、今の。……レイディオ2、攻撃開始!」
敵は既にこちらの射程に入っている。
頭を振って思考を回復させると、俺は、迷うことなく引鉄を引いた。
俺「……効いてねぇ、マジかよ?」
X-03バレルの一撃は大型ネウロイでさえ衝撃でバランスを崩す程だ。
それなのに、あのネウロイはけろりとしている。何なんだ、あの化け物は?
これがダメなら貫通力に特化させるX-02バレルで蜂の巣にするしかない。俺はバレルを切り替えた。
サーニャ「俺さん、何を言ってるんですか? まだ一発も撃ってませんよ?」
俺「え? いや、だって、今……」
サーニャこそ何を言っているんだ? 俺は確かにあのネウロイを撃って……
サーニャ「さっきからどうしたんですか? 何かあったんですか?」
ネウロイを、撃って……撃った? スコープに表示されている発射数を確認すると……撃っていない。
そのままもう一度攻撃を試みるが……指が動かなかった。それどころか、だんだんと動かせない箇所が増えて行く。
おかしい。身体の感覚がついさっきまでと違う。まるで自分が自分じゃないみたいだ。
俺「……俺は、どうしたんだ? どうなってるんだ?」
サーニャ「俺さん? 大丈夫ですか? ……俺さん! しっかりして!」
サーニャが俺を揺すっている。だが、俺の身体は反応しない。
動かせるのは左腕と首から上だけのようだ。俺は、声を絞り出すのがやっとだった。
俺「逃げろ。何かやばい。基地に連絡入れて増援を呼ぶんだ」
サーニャ「置いてなんて行けません。ネウロイはもう見える距離まで来てるんですよ」
俺「いいから行け。多分、ネウロイに何かされた。身体が動かねぇ。早いとこ誰か連れて来てくれ」
今日のスクランブル要員はバルクホルン大尉とリーネだ。
大尉には俺のシモノフPTRS1941を預けてある。……増援が来るまで無事で居られるだろうか。
サーニャ「通信ならここからでも届きます。基地司令室、こちら哨戒任務中のレイディオ1。
現在ネウロイと交戦中。レイディオ2が行動不能です。スクランブルを発令して下さい」
当直員『こちら基地司令室。座標を確認。スクランブル担当をすぐに……ザザッ……わせ……ザザッ
レイディオ2の……ザザッ……を知ら……ザザザッ』
サーニャ「通信障害……!? ……あ、俺さん!?」
俺の身体はその場に固定されたように動かなかったが、右腕だけを動かすと、Nライフルを雲の向こうへと向けた。
……これは基地の方角だ。もちろん俺の仕業じゃない。何が起きているのか、この頃には大体想像がついていた。
俺「くそ、ネウロイめ……。サーニャ、低空へ退避しろ。雲に紛れて逃げるんだ」
サーニャ「嫌です。俺さんも一緒に……」
俺「ネウロイに操られてんだ! 攻撃されるぞ! 早く行け!」
操る……それが意味する所を、サーニャはこの一言だけで察したようだった。
俺の手からNライフルをもぎ取ろうと一生懸命になっている。
サーニャ「くっ……取れない。せめて壊せれば……」
彼女の手持ちの火器はフリーガーハマーのみ。
ロケット弾なら確実に消し飛ばせるだろうが、俺までまとめて消し飛んでしまう。
サーニャ「そうだ。ネウロイさえ倒せば……!」
サーニャは俺の背後に迫るネウロイを見据え、フリーガーハマーを構えて引鉄を引いた。
その瞬間、固有魔法の発動を告げる淡い光が俺の身体を覆い、
ネウロイへと放たれたロケット弾は突如出現したワームホールへと飲み込まれて消えた。
サーニャ「そんな、これは……!」
俺「『アスポート』まで使うのかよ。人の身体で好き勝手しやがって……」
サーニャ「でも、ワームホールは一度に何個も作れませんよね。連続で撃てば当てられます」
俺「無駄だ、今より大きなワームホールを作って対抗してくる。
ネウロイさんが俺の消耗を考えてくれるわけ、ねぇからな」
もう、右腕の自由はなくなっていた。完全にネウロイの制御下に落ちてしまっているのだろう。
左腕も、指先からだんだん『何か』が肩に向かって浸透していくような感覚がしている。
じきに動かせなくなる。そうなる前に、俺はライフル側面にある出力のダイヤルを一番下まで下げた。
スコープも補正モードから通常モードに切り替える。せめてもの抵抗と、保険だ。
俺「いいから逃げてくれ。増援を呼んだんだろ? だったら、合流してから助けてくれりゃいい。
今、一人で無理することはねぇ。大体、お前に何かあったら後でエイラに殺されちまうよ」
強がって笑ってみた。
自分でも、引き攣った笑顔になっていることが分かる。
サーニャ「……分かりました。すぐ戻りますから……!」
サーニャは高度を下げて、眼下の雲海へと向かっていく。
俺はようやく安堵の溜息をついた。
……そんな俺の安堵を裏切るかのように、俺の右手が持つNライフルが、離れて行くサーニャに向けられる。
異常稼働している今のNライフルの有効射程なら、海面まで軽々と届いてしまうだろう。
俺「やばい……サーニャ!! 真っ直ぐ飛ぶな!! 避けろっ!!」
俺はインカムがあるのも忘れ、力の限り声を張り上げた。
声が届いたのか、サーニャはこちらを向いて……あれはシールド? 受け止めて凌ぐ気だ。
俺「よせ!! シールドごとぶち抜かれるぞ!! 逃げるんだ……逃げてくれっ!!」
そんな俺の警告を嘲笑うかのように、俺の身体は俺の意思に反して射撃態勢を取る。
俺「やめろ……撃つな。あれは、あいつは……」
スコープ越しに青いシールドが見える。その向こうにサーニャの銀髪が揺れている。
止まれ……! サーニャは……俺の……俺たちの……
俺「……頼む! やめてくれ! 撃つなぁぁぁっ!!」
そんな俺の懇願など意にも介さず、俺の指は引鉄を引き絞った……。
* * *
バルクホルン「方位283、距離3000強か。リーネ、ついて来てるか? 雲の上に出るぞ」
リーネ「はい!」
基地から出撃したスクランブル班であるバルクホルンとリーネは、真っ暗な海上を突き進んでいた。
頭上には厚い雲があり、夜間哨戒をしているサーニャたちは雲の上を飛んでいるはずだった。
あの雲を抜けなければ任務は果たせない。バルクホルンの指示で、二人は高度を上げて行く。
バルクホルン「俺が行動不能になっているということだが、詳細は不明だ。
念のため臨戦態勢で雲を抜ける。……ん? 来るぞ、散開!」
雲の向こうが赤く光った、とバルクホルンが知覚するや否や、
その光源は雲層に巨大な穴を穿ち、海面に落ちて凄まじい水柱を上げた。
爆音と共に巻き上げられた海水が雨となって二人を濡らす。
リーネ「きゃあっ!」
バルクホルン「リーネ!? 無事か!?」
リーネ「だ、大丈夫です。かわしました。何でしょう、今の攻撃……?」
バルクホルン「あんなのが陸地に直撃したら大変なことになるぞ……。
しかし、ネウロイのビームとは少し違ったな。もしや、Nライフルか?」
バルクホルンは手元のシモノフPTRS1941を見た。
夜間哨戒班が出撃する前、本来の持ち主から預かったものだ。
バルクホルン「何が起きている……? 無事で居ろよ、二人とも。
リーネ、あの穴を通るぞ。警戒を怠るなよ」
リーネ「了解です」
リーネも得物のボーイズを身体の前に持ってくる。
二人を、穴から差し込む月明かりが照らしていく……。
* * *
俺「撃った……。俺がサーニャを、撃った……」
炉が限界に達したのか、Nライフルの強制排熱が始まる。
たった一撃で排熱が発生するような強力なビームを受けたら、シールドをぶち抜かれるどころの騒ぎじゃない。
間違いなく、蒸発する。跡形も残さず……。
俺「サーニャ……サーニャ! 応答しろ! 応答してくれ! 頼む……!」
サーニャ『だ、大丈夫……かすめただけです。直撃は避けました』
インカムからサーニャの声がする。生きていてくれた……。
だが、大丈夫と言うその声音からは苦悶の色が見て取れた。
俺「……今は排熱してるから攻撃出来ない。でも、じきに第二射が行く。
その前に海面まで降りるんだ。雲の下に居ればこっちも狙いにくいはずだ」
距離さえ開ければかわしようもあるだろう。そのうち増援も来る。
攻撃力に優れた二人が来てくれれば、同時攻撃でネウロイに打撃を与えることも難しくないはずだ。
バルクホルン『サーニャ! 俺! 無事か!?』
リーネ『スクランブル班、到着です!』
噂をすれば何とやらだ。今はこの二人に全てが懸かっている……。
バルクホルン『サーニャ、状況を説明してくれ。俺が行動不能とはどういうことだ?
……おい、お前、負傷しているのか!?』
サーニャ『ネウロイ本体は攻撃してきません。でも、俺さんがネウロイに操られてます。
さっきのビームはNライフルです。ぎりぎりで避けたんですけど、余波で左肩が……』
バルクホルン『操られている、だと? 魔導炉の異常稼働と関係があるのか……?』
サーニャ『私は一人で飛べます。お願いします、俺さんを助けて……』
バルクホルン『無論だ。部下の不始末は上司が片を付けねばな。行くぞリーネ!』
リーネの返事が聞こえた。二人はこちらへ向かってくるようだ。
やがて俺の目が二人を捉えた頃、Nライフルの強制排熱が終了した。
狙いは……手負いのサーニャだ。嫌な狙い方をしやがる。
俺「サーニャ、狙われてるぞ!」
バルクホルン「撃たれる前に破壊する! 悪く思うなよ、俺!」
インカムを通さなくても声の届く距離まで来た大尉が、シモノフPTRS1941を構えて14.5ミリ弾を撃ち放った。
移動しながらの狙撃とは……この人の技量は人間離れし過ぎではないだろうか?
弾は真っ直ぐNライフルに向かって吸い込まれていき……着弾の直前、開かれたワームホールの中へと飛び込んだ。
バルクホルン「何だと!? 俺の魔法まで使うのか……!」
俺「また『アスポート』か……。くそ、サーニャ、避けろ!!」
サーニャに向けられた銃口から、再び強烈なエネルギーが迸った。
心なしか、第一射より弱まっていた気もするが……破壊力にも貫通力にも優れた攻撃であることに変わりはない。
バルクホルン「これ以上撃たせるか。リーネはネウロイを牽制してくれ。私が俺を止める!」
リーネ「分かりました! 任せて下さい!」
俺はNライフルを大尉の方に向け――やはり俺自身の意思などお構いなしに――冷却を挟まずにビームを撃った。
やはり、サーニャを狙った第二射の出力が落とされていたようだ。ネウロイが戦局の変化を考えているとでも言うのか?
幸いにも大尉とリーネが攻撃してくれており、『アスポート』は防御に使われているため、攻撃に用いられることはない。
救いと言えば救いだが、依然として俺の身体がネウロイの好きにされているということもまた、事実だった。
バルクホルン「くっ……これならどうだっ!」
続けざまに二発、軌道を変えてさらに一発の弾丸が放たれるが、全て『アスポート』によって阻まれる。
このネウロイは『アスポート』で転送した弾丸を大尉たちにぶつけるという使い方まで頭が回っていないらしい。
これもまた、救いと言えば救いだった。
俺「このまま黙ってるわけにもいかねぇ……。何か手はないのか……?」
一番手っ取り早いのはNライフルを破壊することだが、ネウロイは律義にも『アスポート』でライフルを守っている。
俺の魔法力が切れるか力の行使を封じない限り、俺にもネウロイにも攻撃は届かない。
リーネ「ダメです……全部ワームホールに吸い込まれて、届きません」
バルクホルン「せめてNライフルの脅威がなくなれば余裕も出来るんだが……」
Nライフルの魔導炉にはネウロイのコアが使われている。
つまり、今はライフル自体がネウロイのようなもので、支配を受けている俺もネウロイの一部と考えられる。
俺「自分の身体を攻撃されれば、誰だって身を守る……」
自分の身体だから、守る。では、そうでなければ?
その可能性が残る場所が、一ヶ所だけある……。
迷うことはない。この場に居る全員の命が掛かっているのだ。
俺「大尉、ストライカーです。ストライカーを撃って下さい。そうすれば魔法力の増幅が止まる。
魔法も今みたいには使えない。少なくとも飛べなくなる。俺からの攻撃は止みます」
俺の身体はネウロイに支配されていて、ストライカーは未だ俺の身体を通して飛行魔法を発動させ続けていた。
もしストライカーまでネウロイに支配されているのなら、S.E.A.システムを使うはずだ。
そうしないということは、ストライカーはネウロイの一部ではない。つまり、守らない。
情けない話だが、今の俺はそんな詭弁に望みを託すしかなかった。
バルクホルン「やってみる価値はあるか……。リーネは引き続きネウロイの牽制だ。注意を少しでも本体の方に向けてくれ」
リーネ「はい! 邪魔はさせません!」
だが、こんなに大声で次に狙う場所をバラしていては、流石の鈍感ネウロイも対応を変えてくる。
大尉への警戒が強まり、射線を確保させまいとNライフルを乱射し始めた。
俺「くそっ、もういい加減にしろよっ……!」
バルクホルン「これでは近付けない。おのれ……!」
サーニャ『私が行きます』
突如、低空へ退避したはずのサーニャが猛スピードで戻って来るや否や、俺に体当たりよろしく抱き付いた。
想定外の出来事だったのか、突進してきたサーニャに対し『アスポート』は発動しない。
サーニャが、その小さな左手でNライフルを持つ俺の右手をがっちりと押さえる。痛むのか、額に汗を浮かべて表情を歪めている。
見れば、華奢な左肩が赤黒く焼け爛れている。かすめたなんてもんじゃない……出血も酷いようだ。
俺「サーニャ、お前……そんな傷を……」
サーニャ「あの時は助けてもらったから……。今度は私が助けます……絶対に……!」
バルクホルン「お取り込み中悪いが、今だ!」
この隙を大尉は見逃さない。今度こそ、放たれた二発の14.5ミリ弾が左右のストライカーをそれぞれ貫いた。
エンジンが止まり、自動的に俺の両脚が排出され、重力のなすがままとなったストライカーは真下の海へと落ちて行く。
サーニャ「ライフルも止めないと……!」
俺の魔法力増幅が弱まったのを感じ取ったサーニャの身体が淡く光り、身体強化の魔法を限界まで底上げする。
その力か、あるいは意思がネウロイに打ち勝ったのか、とうとうサーニャは俺の右手からNライフルをもぎ取った。
俺の身体から使い魔である大鷲の翼と尾が消える。これで『アスポート』は封じられた。
全身を支配していた『何か』が浸透するような感覚も徐々に消えていく。
バルクホルン「リーネ今だ! ネウロイを撃破しろっ!!」
大尉の指示で、リロードを終えていたリーネがボーイズのカートリッジ一つ分の弾丸を次々と発射する。
その弾丸が……あれ? どうして俺に迫ってくるんだ……?
次の瞬間、俺の頭で何かが爆ぜ、激しい衝撃が俺の意識を揺さぶった。
視界がブラックアウトし、これまた激しい痛みに、声にならない声を上げる。
何も見えず、何も分からない中でただ一つ、俺の身体に重なるサーニャの存在だけは確かで……
俺「サーニャ……痛かったろ。ごめんな……」
混濁する意識の中で、俺のために傷付いた少女の名を呼んで……
俺「ごめん……」
それきり、電源を落としたラジオのように、ぷっつりと俺の意識は途絶えた。
* * *
サーニャ「俺さん! 俺さんっ! ど、どうしてこんな……!」
透き通るような銀髪も、陶磁器を思わせる白い肌も、今は返り血で赤く染めたサーニャが、
意識を失ってただの重たい塊に成り下がった俺を懸命に支えている。
バルクホルン「何が起きた……? リーネ、ネウロイは?」
リーネ「撃墜は確認してません。おそらく逃げられました……あんなに撃ち込んだのに」
バルクホルン「逃げたのなら取りあえず良い。サーニャ、俺は……何だこれは!?」
血染めのサーニャと俺を見て、バルクホルンは息を呑んだ。
リーネに至ってはショックのあまり、ボーイズを取り落としそうになっている。
リーネ「あ……あんなに血が。サーニャちゃんの血じゃないですよね? どうして……!?」
バルクホルン「……おそらく、ネウロイとのリンクが完全に切れてなかったんだ。
致命的なダメージを俺に転移させ、自らは逃れた……という所か」
リーネ「私が……撃ったから……?」
バルクホルン「お前はお前に出来る最善を果たした。お前のせいじゃない。
しかし、……しかし、これはあんまりだ……」
ギリ、というバルクホルンの歯軋りの音が、サーニャにもリーネにも届く。
・・
バルクホルン「よりにもよって、そこか……っ!」
* * *
暗い。
自分が床……か地面か知らないが、とにかく立っていることくらいしか分からない。
俺は……どうなったんだ? 生きているのか? 死んだのか?
少しずつ五感が戻ってくるが、全身の感覚は未だ酷く曖昧だ。
こういう場合はとにかく前に向かって歩いてけば何かしら状況の進展が望める場合が多いようだが、
今は足を踏み出すことさえ面倒に思える。そもそも前ってどっちだ?
「そんなだからお前はいつまで経っても私の前を飛べないんだよ」
全身に電流が走る。
聞き慣れた、それでいて渇望した、懐かしい声がした。
俺「ティナ……なのか」
マルセイユ「ふふん。随分と手酷くやられたようだな?」
嘲るでも、哀れむでもない声。
その姿は、
アフリカで最後に見たハンナ・ユスティーナ・マルセイユその人、そのものだった。
俺「……俺に言いたいことがあるんじゃないのか。俺を殴り飛ばしたいと思ってるだろ?
俺は、お前から逃げたんだぞ……」
マルセイユ「うーん。そりゃ、平手の一発くらいは入れときたい所だけどな?」
俺「じゃあ、そうすればいい。お前の気の済むようにやりゃあいい」
目を伏せて笑う俺を見、ティナは眉間に皺を寄せた。
マルセイユ「……見込み違いだったかなぁ。お前は、どんなに落ち込んでも、
自棄だけは起こさないと思ってたんだけど。あのシスコン石頭と違ってな」
俺「別に自棄じゃない。俺はやっと前を向けるようになったんだ。
逃げたくないって……。だから、落とし前を付けたいのさ」
マルセイユ「ふむ。じゃ、いいや。前を向いたんなら、それでいいんじゃないのか」
俺「随分とあっさりだな。奥歯の一本くらい、覚悟したんだけど」
マルセイユ「勘違いしないでくれ。そうする必要がもう、ないんだ」
俺「必要が、ない?」
俺のオウム返しに、ティナの口の端が邪悪に歪む。
こいつ……こんな顔をするのか。見たこともない……。
マルセイユ「お前と私の道はとうに分かれた。これから先、交わることはあるかもしれないが、
一度分かたれたが最後、私たちの道は二度と重なることはない」
俺「え?」
見てみろ、と、ティナが足元を指さす。
視線を下にやると、そこには暗闇に白く光る二本の線が……
寄り添い、ある一点で交わって離れ、再び足元で交差していた。
マルセイユ「私の道はこっち。お前の道はそっち。だから、お別れだ。
運命の女神様がロマンティストなら、またそのうち道が交わることもあるかもしれないな。
……お前と過ごした時間、なかなか幸せだった。忘れないよ。それじゃあな」
そう言い残して、ティナは歩いて行く。
せっかく会えたのに、彼女は行ってしまう。俺はまだ、何も伝えてないのに……。
俺「ティナ、待ってくれ! 俺はまだ……!」
マルセイユ「まだ? もうとっくに終わったことだろう? お前が終わらせたんじゃないか。
落とし前を付けたいと言っていたな? ならば、この結末こそが落とし前として最も相応しいと思わないか?」
冷酷だが正論だった。
喉元に突き付けられた言葉の刃に、俺は勢いを殺されてしまう。
俺「それでも……」
逃げてたまるか。一歩踏み出すことで刃が喉に食い込もうとも、俺はもう、逃げることだけは許されない。
俺「それでも、俺は、もう一度お前と一緒に……!」
俺の言葉を大体の意図を汲んだのか、ティナは掌をこちらに向けて俺の言葉を遮った。
・・・・・
マルセイユ「成程。だがお前、そんな状態でこの私に並べるとでも思ってるのか?
だとしたらそれは思い上がりか、私を過小評価し過ぎだ。『アフリカの星』を舐めるな」
状態? 今の俺の……?
そう言えば俺、どうなったんだっけ?
マルセイユ「自分で確かめるんだな。触るか、鏡を見るかしろ。
そんな状態で私に並べるとしたら、それはまさしく奇跡の業だろうよ。
……そうだな。お前がこれから味わう絶望を撥ね退け、奇跡を起こせる程の男なら……」
ティナは再び、背を向けて歩き出し……
マルセイユ「未来は、この通りではなくなるかもしれないな?」
一度だけ振り返ると、少し寂しげな目で、微笑んだ。
* * *
俺「ティナァァっ!! ……ぐあっ……ゆ、夢……?」
跳ね起きた俺を、強烈な頭痛が襲う。
思わず右手で額を押さえると……そこには触り覚えのない布地の感触が二つあった。
触れた瞬間、ぞわりとした悪寒が俺の背を走って、俺は慌てて手を離した。
俺「何だこれ。……ていうか、ここは……俺の部屋?」
ベッドから見て正面には壁。右側にはクローゼット。ベッドサイドには目覚まし時計。
左側には窓と、こちら側のベッドサイドにバスケット、その中にリンゴ。
ああ、どう見ても俺の部屋だ。紛うことなき俺の部屋だ。
俺「昨日のネウロイ、どうなったんだろう。俺がここに居るってことは倒せたのか?
くそ、よく思い出せねぇ。……ていうか腹減った」
毎朝起きると、まずリンゴを齧る。数少ない習慣の一つだった。
俺はいつも通りにリンゴに手を伸ばして……掴み損ねた。
俺「おいおい。寝起きだからって、何やってんだ俺……」
今度はしっかりと掴み、リンゴを目の前に持ってきた。
……何だか、立体感がない。取りあえず一口齧ってみる。
いつも通りのリンゴの味だと思いながら咀嚼していると、部屋のドアが開く音がした。
芳佳「もう丸三日経つし、身体の傷は治ってるんだけど……あっ俺さん! 目が覚めたんですね!」
宮藤だ。料理を満載したカートを押している。その後ろからサーニャとエイラも顔を見せる。
宮藤はカートを放り出して、俺の元へと駆け寄ってきた。
芳佳「具合はどうですか? 痛い所はないですか?」
俺「頭がすげー痛い……」
芳佳「分かりました。じっとしてて下さい」
宮藤が俺の頭に手をかざし、魔法を発動させる。
彼女の手が青白く光り始めてから一分と掛からずに、俺の頭痛は消えた。
そうしている間にエイラとサーニャもベッドサイドまで来ていた。
サーニャはいつもの制服ではなく、ノースリーブのワンピース姿だ。
俺「ありがとよ。で、三人ともどうしてここに?」
芳佳「私は、俺さんの……怪我の経過を見に来ました。
あと、ご飯も作ったので持って来ました。おなか空いてますよね?」
サーニャ「私はお見舞いに」
エイラ「サーニャの付き添いダ」
俺「怪我……俺が……?」
そう言えば、額に手をやった時、布の感触がした……。恐る恐る触れてみると確かに包帯っぽい。本当に怪我をしたようだ。
そんなことをしている内に、宮藤がいつの間にか部屋に置かれていたらしいベッド用のテーブルを持ってきて、
その上に料理を手際よく並べて行く。扶桑料理のオンパレードで……げ、納豆もある。
芳佳「身体に良いんですからね。残しちゃダメですよ」
俺「ぬうう。分かったよ……と」
俺は箸を取ろうと手を伸ばして……その指は箸を掴み損ね、取り落とした。
宮藤とサーニャが口に手を当て、哀れむように俺を見ている。
俺「参ったな。距離感が、ねぇ……」
ふと見れば、サーニャの左肩にも包帯が巻かれている。
左肩の傷。心臓の鼓動が早まる。俺はそれを知っている――
俺の視線に気付いたのか、エイラが鬼の形相で俺の胸ぐらを掴み上げた。
エイラ「オイ、忘れたとは言わせネーゾ。お前が付けた傷なんだからナ!」
サーニャ「やめてエイラ。あの時、俺さんは……」
エイラ「関係ナイわけナイだロ! お前が……お前がサーニャを撃ったンダ!!」
そうだ。ネウロイに操られて……俺はサーニャを撃った。
だんだんと、あの夜の記憶が蘇っていく。だが、ある時点からぷっつりと途切れている。
俺の記憶が正しければ、この三人の中であの場に居たのはサーニャだけだ。
俺「サーニャ……。大尉とリーネが増援に来て、お前が俺に飛びついて、大尉が俺のストライカーを撃って……
そこから先をよく覚えてないんだ。良かったら、話してくれないか」
エイラ「オイ! 何ぬけぬけト……!」
サーニャ「エイラ。……あの後、リーネさんがネウロイを攻撃しました。
その途端……俺さんが急に頭から血を噴いて……それで……」
サーニャに制止され、エイラがしぶしぶ俺から離れる。
ネウロイが被弾するのを見た記憶はない……。一方で、弾が迫ってきたという感覚だけは俺の中に残っていた。
だが、リーネの狙撃が俺に当たったわけでもない。対戦車ライフルの弾が人体に直撃したら、その部位が消し飛ぶからだ。
なら、あの時、俺に起こったことは……。起きてすぐ感じたあの悪寒が、再び俺の背を這うように上って来る感触がした。
サーニャ「それで……」
エイラ「それで、こうなったんダ!!」
エイラが俺の部屋のクローゼットを開け放った。
クローゼットの扉の裏側には鏡が備え付けてある。
180度開き切った扉の鏡に、俺の姿が映り込んだ。
頭に巻いた包帯の上から、顔の右半分を覆う程の大きな黒い眼帯を掛けた、俺の姿が……。
それを見て、俺は、ああやっぱりな、と溜息をついた。
* * *
最終更新:2013年01月30日 14:26