俺「じゃあ、ネウロイは撃墜出来なかったんですね……」
坂本「ああ。リーネの攻撃を受けて撤退したと報告を受けている。
それにしても、まさかダメージをこちらに押し付けてくるとは……厄介な相手だ」
俺「あの時、俺はネウロイに操られて『繋がった』状態だったから、俺にダメージが来たんでしょうね。
おそらく、本来は攻撃してきた者にそのまま返すんじゃないでしょうか? 対策なしに仕掛けるのは危険ですね」
宮藤からの報せを受け、彼女らと入れ違いにミーナ中佐と坂本少佐が部屋に来ていた。
戦闘報告を聞いて冷静に分析する俺を見、少佐は顎に手をやった。
坂本「……思ったより大丈夫そうだな。もっとしょげているかと思ったが」
俺「ショックじゃないって言ったら嘘になりますけどね。
眼帯、貸して頂いてありがとうございました」
この黒い眼帯は少佐の私物だそうだ。
たまには気分を変えて、いつもと違う眼帯にしたくなることもあるそうで。
坂本「構わん。それはお前にやろう」
ミーナ「とにかく、今の貴方を空に上げるわけにはいかないわ。
俺特務中尉、決定事項を伝えます。飛行及び、武装の持ち出しを無期限に禁ずる。
坂本少佐の訓練にも参加しちゃダメよ。……いいわね?」
俺「了解です。無期限……長くなりそうですね」
期限が定められていないのなら、あっさりと処分は覆るかもしれないし……
もしかすると、二度と飛ぶことは出来ないかもしれない……。
ミーナ「本当にごめんなさい。貴方にはどんなにお詫びしてもし切れないわ。
本来ならすぐに入院させるべきなのに、機密の都合でこんな最前線に留め置いて……
Nライフルのこともそう。魔導炉が異常稼働すると分かっていながら、その性能を頼りにして……」
別に中佐のせいじゃないのに……。
深々と頭を下げる中佐を、俺は必死に宥めた。
坂本「Nライフルと言えば、ノイエ・カールスラントから技術者が来ているそうだな。
魔導炉の調査を行うとか。……ま、結果は想像付くがな。調査だけが目的でもあるまい」
俺「コアコントロールシステムが逆流したんでしょうね。他に説明が付かない」
ウォーロックに搭載されていた、ネウロイの行動を乗っ取って意のままに操るためのシステム。
Nライフルの魔導炉に同様のシステムがあって、それが逆に作用したと考えれば全ての辻褄が合う。
そんなものが前線に配備されていたと知れては大問題になるから、ライフルの回収に技術者を寄越したのだろう。
俺「異常稼働の件も含めて、警戒を怠った俺のミスです。
ウーシュがライフルを持って来た時、みんな同じことを考えてたはずなのに……
性能ばかりに目が行って、リスクを頭の隅に押しやってた。起きるべくして起きたってとこですね」
それでも管理責任というものがある。そのためか、中佐も少佐も済まなそうにしている。
何と言うか……中佐はともかく、少佐までこんな調子では非常に気まずい。
ミーナ「とにかく、貴方の右目は第501統合戦闘航空団が責任を持って治療を行うわ。
専門家の話では、治癒魔法を掛け続ければ破壊された体組織は再生するそうよ。
つまり、時間は掛かるけど、貴方の目は治る。宮藤さんも完治まで治療したいと言ってくれているわ」
俺「助かります。……視力は、元に戻るんでしょうか」
ミーナ「視力は……元通り、とまでは行かないそうよ。見えるようになるのは間違いないということだけれど……。
……そうね。貴方も勘付いているようだし、いずれ伝えることだから今のうちに言っておくわね」
迷う素振りを見せ、それでも咳払いで場を整えて、中佐は言い放った。
ミーナ「貴方の飛行停止処分が解除されることは……ありません。
少なくとも、視力が完全に回復しない限り。無期限とは、そういうことよ」
俺「そう……ですか……」
文字通りの無期限。事実上の引退宣告。
両眼視差が機能しない、もしくは中途半端な状態では、戦うことはおろか飛ぶことすら難しいだろう。
編隊員に危険が及ぶ可能性だってある。そんな奴を空に上げるわけにはいかないということだ。
目のことが開発省に知れれば同じように処理されるだろう。いや、既にそうなっていても不思議じゃない。
薄々そんな気がしていたとはいえ……バルクホルン大尉にぶん殴られたなんてもんじゃないくらい、ショックだった。
でも、それを表に出せば、責任感の強い中佐のことだ……また余計に表情を陰らせてしまうだろう。
俺「……見えるようになるだけマシってことですね。分かりました。
ええと……、それと、基地の中、歩いても良いですか? ずっとベッドの上じゃ目が治る頃には脚の方がやばそうで」
ミーナ「ええ……。飛行と訓練以外、基本的に貴方の行動を制限するつもりはないわ。
みんな随分心配してたから、顔を出してあげて頂戴」
坂本「何かあったら遠慮なく言うんだぞ。お前は私たちの仲間なんだからな」
仲間……。今の俺が? 空を閉ざされた、この俺が?
その言葉の響きに違和感を覚えつつ、俺は了解の旨を告げた。
* * *
いつもの庭園。昼間からここでのんびりするのは久し振りだった。
今日からは、ここで昼寝していても、誰も怒鳴り散らしたりなんかしない。
……それが、少し寂しいと感じていることに、俺は自分で驚いた。
俺「良い天気だねぇ……お、あれは宮藤か」
空を見上げる俺の左目に、空戦機動の訓練中なのか、複雑な軌道を描いて飛ぶ宮藤の姿が映った。
彼女が履く『震電』は扶桑製ストライカーの最新型で、長らく開発がストップしていたものに、
新たに解析された宮藤理論が盛り込まれて試作機の建造に至ったという。
結果論だが、父から娘へ……というやつだ。
俺「あのひよっこが随分立派になりやがった。それに比べて俺は……」
サーニャ「俺さん?」
視線を戻すと、そこにはサーニャとエイラが立っていた。
エイラは未だおかんむりらしい。無理もないだろうけど、少しはこっちの身にもなってくれないものか。
俺「よう。肩の傷は大丈夫なのか?」
サーニャ「はい、さっき包帯が取れました。もう傷跡もありません。少し痛むくらいですよ」
俺「傷跡は残らないんだな? それを聞いて安心したよ。ほんと、悪かった」
懸案事項が一つ消え、俺は胸を撫で下ろした。
彼女の柔肌に一生消えない傷を刻んだとあっては、詫びても詫び切れるもんじゃない。
エイラ「ナニが安心なんだヨ。柱のネウロイの時から、ちょっとは見直してたのニ……!」
サーニャ「エイラ。撃ったのは俺さんじゃないわ、ネウロイよ。俺さんはずっと私を逃がそうとしてくれてた」
エイラ「でも……許せないんダ。あの銃が危険ダって、分かってたはずじゃないカ!」
エイラの言う通りだ。あれの一番近くに居た俺は、危険性も一番良く知っていたはずだった。
俺は何も言い返さず、エイラに言われるままにしていた。
エイラ「なのに俺も誰も止めないデ……その挙句にサーニャが撃たれたんだゾ。
当たり所が悪かったら死んでたかもしれないんだゾ! 肩だって、ピアニストには大事な――」
サーニャ「もう、いい加減にして!」
突然、サーニャの感情が爆発した。
今にも泣き出しそうな顔で歯を食い縛っている。
エイラ「さ、サーニャ……」
サーニャ「俺さんはもっと辛いのよ。片目が見えなくなっちゃったのよ。
私はまだ飛べるしピアノも弾けるけど、俺さんはもう――」
言葉の続きは聞かずとも容易に想像出来る。
どうやら、俺の無期限飛行停止処分は、とっくに知れ渡っていることらしい。
俺「サーニャ」
俺に呼ばれて、サーニャは息を飲んで言葉を止めた。
自分のことのように怒ってくれるのはありがたいけど、俺は二人に喧嘩して欲しいわけじゃない。
俺「宮藤がさ、俺の目を治すって言ってくれたらしくて。その間はここに居ることになったんだ。
でも、タダ飯食らいってのも存外居心地が悪くてな。なんせ出来ることがなんにもないと来たもんだ」
飛行禁止に訓練への参加も禁止。
片目では、精密な作業を要求されるストライカーの整備も満足に行えないだろう。
俺「時間だけはあるから、色々余計なことまで考えちまって。これがなかなかきつくてな……。
悪いけど、他に用がないなら少し一人にしておいてくれねぇかな。
ほら……お前らに見られてたんじゃ、しょげることも出来やしねーから」
な、と笑って同意を求めるが、三日前と同じく、全く上手く笑えてない自分が情けなくて仕方がない。
そんな俺に二人は何も言うことが出来ず、表情を曇らせたまま背を向けて歩き出した。
……おっと、もう一つ言っておくことがあったな。
俺「エイラ。お前は間違ってない。お前の言った通りだよ。だから、気にすんな」
エイラ「……こっちこそ、言い過ぎタ。ゴメン……」
浮かない表情のまま、今度こそ二人は庭園を後にした。
後には、うなだれてそれきりになった俺が残された。
* * *
ペリーヌ「もう。慰めに来たというのに……あんな言葉を聞いたら入るに入れませんわ」
柱の陰で彼女は困り果てていた。
廊下を歩く俺を見掛けて、声を掛けようとして何と言えば良いのか分からず、そのまま追い掛ける内にここまで来た。
隠れて心の準備を整え、いざ出て行こうとしたら、エイラーニャという先客が居て。
二人の口論の末に、彼自身に一人にして欲しいと言われて。まるで隙がない。
ペリーヌ「はぁ……。俺さん……」
彼の身を案じるほど、考えれば考えるほど、胸が締め付けられる。
はて。これではまるで……?
「………」
うなだれる俺に、悶絶するペリーヌに、さらに陰から視線を送る人影が一つ……。
* * *
エーリカ「やっほー俺。やっぱりここに居たね」
俺「ああ、キューピッド・フラウ。俺は今、猛烈に一人になりたいんだ。ほっといてくれないか?」
エーリカ「だーめ。一人で居ると、どんどん悪い方向に考えちゃうでしょ」
エーリカは俺の要求を華麗に却下すると、遠慮なく隣に腰かけた。
こいつほど周囲に気を配りながら、それを感じさせない人間を、俺は他に知らない。
エーリカ「おー。あれはミヤフジだね。最初に比べればずっと良いけど、立ち上がりがまだ甘いねー」
俺「……でも、飛んでるな」
エーリカ「そう、だね……」
俺たちの視線の先では、相変わらず宮藤が飛び回っている。
俺にはもう、ああすることは許されない。自分の中に泥のようなものが溜まって、息苦しかった。
エーリカ「聞いたよ、飛行停止だって。解除されることも、ないって」
俺「まぁな。でも、すぐ聞けて良かったよ。変に希望持たされるよりはまだ気が楽だ」
苦笑して空を見上げる俺の頭を、立ち上がったエーリカは、その胸に抱き寄せた。
エーリカ「嘘だよ。……辛いよね。私も、なんにもしてあげられないの、辛いよ」
俺「よせよ。ガキじゃねぇんだぞ……」
エーリカ「強がらなくていいよ。泣きたかったら泣いてもいいんだよ」
弱った。抵抗する力が出ないどころか、本当に涙が出そうだ。
エーリカ「みっともなくなんかないよ。悲しい時に泣いて、何が悪いのさ?」
ああ、キューピッド・フラウ。確かにお前は悪魔だ。人の心の堤防を崩す、悪魔だ……。
俺「……俺はさ。あいつに追い付けなかったんだ。頑張ったけど、ダメだったんだ」
エーリカ「ハンナのことだね?」
彼女の隣を飛んでいたかった。でも、それは叶わなかった。
俺「だからさ。あいつの背中を守るために、俺は長距離狙撃を死に物狂いで身に付けたんだ」
エーリカ「うん。トゥルーデを門限過ぎまで付き合わせて、ボスに怒られたこともあったね」
俺「この手で守りたかったから……大事だったから」
エーリカ「うん……そうだね。途中からライーサが二番機取っちゃったけど。
でも、三人で息ぴったりだったよね。ハンナも幸せそうだったなぁ」
大尉には感謝している。あの人がみっちり仕込んでくれたお陰で、俺は彼女に並べないでも……同じ空を飛んでいられた。
でも……いつからだろう? 俺は彼女の隣に居ることに『ズレ』を感じるようになって……
俺「なのに、俺はいつからか、あいつから逃げて……あいつの隣に居ることから逃げて……」
遠く頭上の星を見上げる、スターゲイザーになった……。
エーリカ「でも、俺は変わったでしょ? ここんとこの頑張り具合とか、見てれば分かるよ」
俺「もう一度、きちんと向き合おうって……そのために前を向こうって……
そう思えるようになったんだ……でも……」
右目を失って……戦う術を失くして……
もう、涙を抑えることは出来なくて……
俺「フラウ……俺はもう……飛べない……!」
もうスターゲイザーとしてしか生きられない。その『絶望』が少しずつ形を持ち始める。
俺は、彼女の胸の中で、声を殺して泣いた。
エーリカ「そんなこと……ないよ。そんなこと、ない。私がさせない」
普段のエーリカらしからぬ力強い声に、俺は彼女を見上げた。
俺「フラウ……?」
エーリカ「やっと普通にフラウって呼んでくれたね。嬉しいな……」
心の底から嬉しそうに、彼女は俺の唇にそっと口付けて。
エーリカ「だいじょーぶ。全部私に任せておいて。にゃははははっ」
両手を広げて走って行ってしまった。
俺が放心から回復したのはそれからしばらく経ってからで……
俺「うおおい!? エーリカさん!? り、理由はともかくワケを言えーーーっ!!」
いつの間にか、涙はすっかり乾いていた。
* * *
ハンガーへと向かう道を、俺はとぼとぼと歩いていた。
途中でペリーヌが顔を押さえて悶絶しているのを見たが、構う余裕のなかった俺は、そのまま通り過ぎてしまった。
年下のエーリカに甘えたことを恥じているのではない。チュウしちゃったことが問題なのである。
彼女をそういう対象として見ていなかっただけに、急激に意識してしまって、尚更心苦しかった。
それは次第に強烈な自己嫌悪となって、右目の負傷とは別の意味で俺を追い詰めつつあった。
バルクホルン「俺。おい、俺! そんな調子で歩いていると頭をぶつけてしまうぞ!」
俺「あ、大尉……」
気付かないうちにバルクホルン大尉とすれ違っていたらしい。
俺の余程酷い状態を見かねたのか、大尉は俺を呼び止めた。
バルクホルン「右目以外の傷はもう良いようだな……。心配したぞ。部屋に閉じこもっているんじゃないかとな」
俺「それじゃ気が滅入るんで。出歩く許可もらって、あちこちぶらついてます」
大尉は眉をひそめて俺をしげしげと観察している。何事だ……?
バルクホルン「しかし何てザマだ。それでもカールスラントの男か?」
俺「国籍はそうですよ。両親は扶桑人で、頭ン中はブリタニア語ですがね」
バルクホルン「そのくらい減らず口を叩ければ、大丈夫か……」
俺「……さあ。どうでしょうね」
バルクホルン「……俺。その。もし、辛いことや吐き出したいことがあったら、いつでも私に言うといい。
私では頼りないかもしれないが……な、仲間の悩みを受け止めるくらいの器量は持ち合わせているつもりだ」
俺は目を丸くした。大尉からこんな言葉を掛けられたのは、空軍時代を含めても
初めてだったからだ。
心なしか、大尉の顔が赤くなっているように見える。
俺「大尉……。無理しなくていいんですよ?」
バルクホルン「む、無理とは何だ! ひひ、人がせっかく言い慣れないことをだな……!」
世間的にはそれを無理と言うのだ。
俺「まぁそれはそれとして。俺、大尉に謝らないといけません」
バルクホルン「な、何をだ?」
俺「ジェットストライカーの騒ぎの時、大尉に怒鳴りましたよね。その後、偉そうなこと散々言って……
人のことなんか、言えた義理じゃなかった。本当にすみませんでした」
バルクホルン「そんなことか……。何、気にすることはない。
……正論は人を救わない、という言葉がある。だが、あの時はお前が来てくれて良かったと思っているよ。
あの時の言葉が、今お前自身を責め立てているのなら……それは甘受するべきだ。あの日の私のようにな」
諭すように大尉は言う。今日は珍しいことだらけだ……。
いや、俺が普段から気付いていなかっただけなのか。自分のことにかかりっきりで……。
俺「大尉。せっかくなんで、話を聞いて頂いてもいいですか」
バルクホルン「何なりと。カールスラント軍人に二言はない」
* * *
半分がゴミ屋敷と化している、大尉とエーリカの部屋。
ここに来るとエーリカのことを否応なしに意識してしまうので招待は丁重にお断りしたのだが、
大尉の馬鹿力によって強引に連行されてしまった。
バルクホルン「ジークフリート線の向こうが見苦しいが気にするな。
って、お前は一度見ているな。で、話とは何だ?」
俺「部屋を出る前、中佐と少佐が会いに来たんです。その時、少佐が俺を『仲間だ』って言ってくれて……何だか居心地悪くて。
もう戦えない俺を、飛ぶことすら許されない俺を、技術屋としても力になれない今の俺を……
どうして
『仲間』だなんて言えるんですか?」
バルクホルン「何だ、そんなことか……」
露骨にがっかりされた。これはこれで何だか傷付くな。
バルクホルン「逆に聞くが、どうして今のお前が『仲間』ではないなんて言える?」
傷付いたと思ったら、今度は頭をガツンと殴られたような気がした。
どうして……だろう。いや、だって、今の俺は何の役にも立たないんだぞ……?
バルクホルン「理屈じゃないんだ。何が出来るか、どう貢献出来るかでもない。
お前も含めて、私たちは十二人全員で第501統合戦闘航空団『STRIKE WITCHES』なんだ。
誰一人欠けてもいけない……『仲間』というのは、そういうものだろう?」
俺「そんなんで納得なんか出来ませんよ……」
俺は、今は連合軍の外部の人間だ。連合軍として戦うために集まった大尉たちとは都合が異なる。
もうウィッチとして戦えないことが違和感に拍車を掛けて、尚更『仲間』という言葉の定義は迷走していた。
バルクホルン「確かに、『仲間』とは……軍や開発省ではまた違った定義なのかもしれない。
でも、ここはここだ。連合軍という組織の中にありながら、ここだけは軍隊とは一線を画している。
無論、そうなるよう尽くしてきたミーナや少佐の力あってこそだがな」
大尉の言う通り、普通なら軍法会議レベルの問題が何度も起きているにもかかわらず、
俺たちはそんな堅苦しいものとは無縁の生活を送ってきた。
でも、それとこれとは……
バルクホルン「これまで共に戦ってきた決して短くない時間は、
お前を『仲間』だと私たちに認識させるには充分だったさ」
大尉が手を伸ばし、俺の肩に触れる。
バルクホルン「……そうだな、『仲間』なんて言い方をするからややこしくなるんだ。
ブリタニア基地に居た頃、私がミーナに叱られたことを覚えているか? 私が墜落した時のことだ。
あの時の言葉を、今度は私からお前に贈ろう――」
そっと俺を抱き寄せると、大尉は穏やかな声で言った。
バルクホルン「私たちは『家族』だ。この部隊の全員がそうなんだ。
そして、だからこそ、私たちは損得勘定抜きでお前の力になりたいと思っている。
お前自身のためにも、お前を思う『家族』のためにも、自分を無価値みたいに言うんじゃない」
あれ。エーリカにも同じようなことを言われた記憶がある。
……何だ。俺は、変わったつもりで、一番根っこの部分が変わってなかったんじゃないか……。
バルクホルン「もう一度言うぞ。私たち十二人は『家族』なんだ。家族に遠慮する必要なんかないだろう?」
俺「……俺は、ここに居ても良いんですか? 何も出来ないのに、ここに居て良いんですか?」
バルクホルン「当たり前だ。『お前だからこそ』ここに必要なんだ。
それに、何もしないことと何も出来ないことは違うぞ。お前には力がある。知識もある。
お前は何もしていないだけだ。だからそれを苦しく感じる……。
出来ること、望むことを探すんだ。それをなせばいい。そのための助けになりたいと思うよ」
俺「俺に出来ること……。俺が……望むこと……」
続く言葉が追い打ちをかける。言葉は凶器、とはよく言ったものだ。
大尉だって飛行停止処分のことは知っているだろう。だからこそ、他に自分を活かす道を探せと言ってくれている。
それは分かっている。頭では分かっていて、そうするのが正しいんだってことも、ちゃんと分かっていて。
でも、俺の望みは最初から一つしかなくって……今はもう、叶うことはなくなっても、捨てられなくって。
思考と心理に板挟みにされて、俺の身体は震えた。
そして、俺の震えを察したのか、大尉は俺の頭を撫でながら言葉を繋いだ。
バルクホルン「少しきついことを言ったかもしれない。でも、お前ならきっと立ち直れると信じている。
……泣きたかったら泣いてもいいぞ。今なら涙は見えないからな」
俺「冗談じゃありませんよ……。ついさっき、柄にもなく泣いたばかりなんです」
それは残念、と大尉は笑った。
大尉に見えない所で、一筋だけ、俺は涙を流した。
* * *
ハンガーに顔を出すと、ストライカーの整備を行っている整備班に混じって
シャーリーの姿があった。
辺りを見回すと、鉄骨の梁の上にルッキーニらしき人影も見える。
シャーリー「……俺!? もう大丈夫なのか!?」
俺「ああ。歩き回る分には問題ねぇさ」
『仲間』たちの気遣いが、今の俺には重たい。
俺の中には暗澹とした泥が溜まり続けて、足取りは重くなる一方だった。
だが、それを露骨に表に出した所で、余計に気遣われるのがオチだ。俺は気丈に振る舞った。
シャーリー「そっか……。その、何だ。それ、意外と男前だな!」
眼帯を指して、シャーリーは笑顔を作った。
今にも崩れそうな困惑した笑顔だ。無茶しやがって……。
俺「ありがとよ、501の女神。お世辞でも嬉しいよ」
シャーリー「……ごめん。茶化すつもりじゃなくって」
そんなつもりで言ったんじゃないことくらい、分かっている。
彼女はがさつに見える所もあるが、その実きちんと気配りが出来る女性だ。
俺「分かってるから。……なぁ、俺のストライカー、回収されたのかな」
シャーリー「お前が担ぎ込まれた時、誰も持ってなかった。多分、今も海の底、かな」
ルッキーニ「あーっ、俺だーーーーーっ!!」
俺に気付いたらしく、ルッキーニが俺の頭に飛びついて来た。……梁の上から、直接。
俺「ぐぇ。おいルッキーニ、俺はクッションじゃねぇぞ」
シャーリー「ルッキーニ、俺は頭に怪我してんだぞ。気を付けなきゃダメだろ?」
ルッキーニ「うじゅ……俺、まだ痛い?」
若干気落ちしたルッキーニが俺の頭に巻かれた包帯をいじる。
お願いだから、取らないでくれよ。
俺「怪我して日が浅いからな……。でも、触んなきゃ大丈夫だよ」
シャーリー「そ、そうなのか。治癒魔法ってすごいな……宮藤様々だ」
ルッキーニ「芳佳すごーい!」
ごほん、と咳払いをして、シャーリーは改めて俺を見た。
シャーリー「あのさ、その……無事、ってわけでもないけど、助かって良かったよ。
私に出来ることがあったら何でも言えよな。遠慮なんかしなくていいからな?」
俺「少佐と大尉も同じようなことを言ってたよ。揃いも揃って世話好きだ……」
『仲間』だから……『家族』だから……こんな俺を助けてくれる。
俺にとって、『仲間』って何だったんだろう。そんなことも分からず、俺は彼女たちと共に戦い続けてきたのか。
だからこそ、そんな『仲間』たちの好意に対して、尚更申し訳がなくて仕方なかった。
シャーリー「何だ、私は三着か……。私としたことが出遅れるとは」
いやあ、と頭に手を当てて笑うシャーリーと、そんな彼女を指さして笑うルッキーニ。
俺も、庭園に居た時よりは作り笑いが上手くなってきているようだ。
……ふと、シャーリーから笑顔が消えた。えんじ色のジャケットに包まれた肩が小刻みに震えている。
シャーリー「……ホント、生きててくれて良かった。私が見た時にはもう血まみれでさ……。
死んじゃったらどうしようって、気が気じゃなかったよ……」
こんなシャーリーは初めて見た。俺が、こんな顔をさせているのか……。
俺「戦争だぜ。死ぬときゃ死ぬさ。……でも、今は生きてる。みんなのお陰で生きてるよ」
こんな身体になるくらいなら、死んだ方が良かったかもしれないが。
どうしてもそう考えてしまう。それくらい、飛べなくなったという事実は、俺の中で暗澹とした泥を生み出し続けていた。
シャーリー「うん……。でも、もうあれは使わないでくれよ。あんな危険なもの……」
俺「その点は心配ねぇよ。武器には触るなって命令されてるから。ストライカーも失くしたしな。
……こんな俺に出来ることなんて、本当にあんのかね……?」
シャーリー「出来るって、何のことだ?」
俺「大尉に言われたんだ。お前は何もしてないだけだって。だから辛くなるんだって」
シャーリー「そいつは何とも、あいつらしい励まし方だな……。
そうだなあ。なら、探せばいいさ。あるいはこれを期にやりたいことに挑戦してみるとか」
ようやくシャーリーの表情に明るさが戻る。だが、その言葉は……
俺「ったく、大尉二人して同じこと言うんだもんなぁ」
シャーリー「こ、これもか……。今日の私は冴えてないな……」
ルッキーニ「シャーリーにばーん!」
シャーリー「うるさいルッキーニ!」
……やめよう。シャーリーは何も悪くない……。
そう。悪いのは……最初から俺一人だ。
* * *
シャーリー・ルッキーニペアと別れて、俺は自分のラックの前までやってきた。
今はもう、そこには何もない。担当の整備員の姿も、当然ながら、ない。
俺「マークツヴァイ……最低限のデータは取れたよな。それだけが救いか」
ウルスラ「俺さん……!? 意識が戻ったんですね。良かった……」
背後から上がった声に振り返ると、そこには俺にNライフルを渡した張本人……ウルスラ・ハルトマンが立っていた。
俺「ウーシュ!? 魔導炉の調査に来た技術者ってお前のことか? 専門じゃねぇだろ?」
ウルスラ「マニュアルを作成した時に図面を見たので、構造は知っています。
それに、本当の専門家の手に渡してしまったら、証拠を隠滅されてしまいますから」
開発省の魔導技術研究班に対しても、早ければ週明けから政府の捜査のメスが入るという。
今頃必死に資料を隠しているだろう、とのことだ。
ウルスラ「解析は順調です。本日中に一通りの結果が出るでしょう。後ほど報告に伺いますね」
事務的に言うだけ言うと、彼女はハンガーの奥に引っ込んでしまった。
去り際の横顔が、苦虫を噛み潰したように歪んでいたことに気付く。
……顔を合わせ辛いんだろう。自分が持ち込んだ武器のためにこうなってしまったと考えているのだ。
俺「別にウーシュがやったわけじゃねぇのにな……」
だが、頭で理解していても心が付いてこないということは良くある話で。
俺自身、ハンガーに来る前に体験していて、尚更それを実感出来て。
そんな俺に引き留めるだけの力なんてなくて、彼女の背を左目で追うことしか出来なかった。
俺「……部屋、戻るか。と、その前に班長に声掛けないとな」
整備班長は少佐の紫電改の所に居るようだ。
そちらに向かおうとして、俺は一旦足を止める。
俺「な、ホント、辛いよな。俺もさ……」
気配を殺すことにも気が回らず、俺に視線を送る人物。
彼女が隠れている柱を一瞥すると、俺は歩き出した。
* * *
芳佳「はい、今日の分はこれでおしまいです。痛くなったらすぐ呼んで下さいね」
整備班長に挨拶して部屋に戻ってきた俺は、宮藤から目の治療を受けていた。
俺「分かった。しかし、こんなの続けて本当に俺の目は治んのか?」
彼女の治癒魔法が、以前負傷して墜落したバルクホルン大尉を救った所を俺は見ている。
その力を疑ってはいなかったが、眼球という繊細な組織まで修復出来るのかどうか、測り損ねていた。
芳佳「あ、信じてませんね? ウチの治癒魔法、致命傷から回復させた実績もあるんですよ。
私に任せて下さい。俺さんの目、絶対に治して見せます!」
頼もしく腕まくりをして見せる宮藤。本当に、あのひよっこが大きくなっちまいやがった。
……そうだ。宮藤と言えば、セットの片割れのことが気に掛かった。
俺「なぁ宮藤、リーネはどうしてる? あいつにだけ、会ってなくてな」
想像はついている。ウーシュと似たような理由で、俺を避けているのだろう。
どうやら俺の行く先々で俺を見ていたようだから、捕まえようと思えば出来たのだが……
そうした所で何がどうなるわけでもないと思い、そのままにしておいた。
芳佳「……リーネちゃん、俺さんが目を覚ますまでずっと泣いてました。
私のせいで……って。俺さん、違いますよね? リーネちゃんは悪くないですよね?」
俺「当たり前だ。リーネのお陰でネウロイは退いたって聞いてる。でも、どう言ってフォローしたもんかな……。
ま、追い追い考えるとして、夕飯食いに行こうぜ。案外ばったり会えるかもしれねぇし」
芳佳「あ、あの! も、もうちょっと待ってもらえませんか?
その、治療終わったばかりだから急に身体を動かすのは良くないかな、なんて……あはは……」
起き上がろうとする俺を、宮藤が必死に止める。
身体を動かすも何も、今日一日歩き回ったばかりだ。キョドり具合が何とも怪しい。
俺「いや、身体の傷はとっくに治してもらってんだけど。……何か隠してるっぽいな?」
芳佳「ななな、何も隠してなんかいませんよ~。じっ、実はほら、お夕飯作って持って来たんです!
今準備しますから! (ハルトマンさん……恨みますよ……!)」
宮藤は冷や汗をだらだら流しながら、外に置いてあったカートを部屋に入れる。
絶望的に隠しごとに向いてないな、こいつは。素直なのは良いことだが。
とはいえ、本当に料理を持ち込まれては食堂に行くわけにもいかない。
……あぁまた納豆がある。一人分の料理に二個もだ。俺の食事に出し続けて在庫処分でもするつもりだろうか。
* * *
食後、俺はいつもの庭園にやって来た。
宮藤からはなるべく早く休むように言われていたが、到底そんな気分にはなれなかった。
俺「星は変わらず、か。片目でなら届きそうなのにな……」
距離感がないと、伸ばした手が星に届いたように見える。
でも、握り締めてみても、開いた掌は空で……俺はスターゲイザーのままだった。
大尉に怒られそうだが、こうして見ると、やはり今の俺には価値なんてないように思えた。
『仲間』。
その定義も曖昧なまま、『仲間』たちの好意を受け入れることなど出来なかった。
……いや。定義だけなら知っている。バルクホルン大尉が言っていた通りだと、俺にも思える。
でも、実感が伴わない。もっと大きな欠落がある気がする。
そう思って見上げた星空に、ふとティナの顔が重なった。
俺「……あ、そうか。そういうことなのか」
唐突に、一つの答えを閃いた。 こ こ
難しいことじゃなかった。俺は、第501統合戦闘航空団が、本当の居場所じゃないって思ってる……。
俺「はは……我ながら酷いな、これは。死にたくなるぜ……」
ティナの隣から逃げ出しておきながら、心のどこかで隣に在りたいと、そう願うあまり……
――願う権利などないと、そんな資格などないと、頭で否定しながらも心が願い続けたあまり――
目の前に居る『仲間』たちを、共に日々を戦う『仲間』たちを、俺は蔑ろにしてきたのか。
だから居心地が悪いのか。施しを受ける資格なんかないって、俺の根っこがそう言ってるんだ。
俺「資格……。また、資格か」
あの時、成層圏で振り切ったはずの言葉が、再び鎌首をもたげている。
お前は逃げることをやめたのではないと。本当の自分からは逃げられないのだと。
……本当の俺? それって何だ?
色んな理論武装をしてきた挙句、いつの間にか俺は、俺の形が分からなくなっていることに気が付いた。
もう思い出すことも出来ないらしい。実に滑稽じゃないか。
俺「こんなんじゃ、愛想尽かされちまうよなぁ。
なぁティナ。あれは夢だったのかもしれないけど、どうやら現実味を帯びてきたようだぜ」
自分で口に出した言葉が、ますます俺を泥の中へと沈めていく。
自嘲気味な笑みさえも消え失せ、どうしようもない感情の発露だけがそこに残った。
俺「……俺は、もう見ていることしか出来ないのか……」
視界が歪む。声が波立つ。
ティナが居て、ライーサが居て、マティルダが居て、ケイが居て、マミが居て……
シャーロット、ポルシェ中佐、シュミット大尉、ルコ、マイルズ少佐、ガールズ、三馬鹿将軍――
あの頃の……彼女と、彼女らと共に在った日々は何かがズレていたけれども、確かに幸せだった。
それを手放したのは、俺自身に他ならない。
俺「あいつが飛ぶ空を見上げるだけで……。俺はもう、届かないのか……!」
何にもなれず、何からも背を向け、自分の居場所さえも定められないままで……
挙句の果てにこんな身体になって。俺は何をやっているんだろう……。
おぼろげだった『絶望』がはっきりと像を結ぶ。
とうとう決壊した涙が留処なく溢れ出し、憚ることもなく俺は咆哮した。
俺「奇跡なんて……起こそうと思って起こせるもんじゃねぇから『奇跡』なんじゃねぇか……っ!」
「そうかな? どんな『奇跡』も、誰かが何かを為した結果だよ」
その声は、不意に月明かりの陰となっている暗がりから聞こえてきた。
普段から聞き覚えのある声。『仲間』の声。昼間、ここで聞いた声――
「そのための過程を知らないから、そう見えるだけ。私は『奇跡』なんて何処にもないと思うなぁ」
袖で涙を拭い、声がした方を見る。
暗がりから姿を見せたのは……やはり、と言うべきか。
俺「生憎と……そこまでポジティブにはなれないもんでな」
エーリカ「まぁ、今の俺には難しいかもね?」
エーリカ・ハルトマン……人の心の堤防を崩す、黒い悪魔だった。
<つづく>
次回予告
マルセイユ「何だ、天幕まで押し掛けてきて。何の用だ? そのカメラは何だ?」
圭子「俺くん落ち込んでるから、予告どころじゃないんだって」
ライーサ「ティナ、台本です。最低限これだけは言ってくれとのことですよ」
マルセイユ「台本って、これ一行だけか。……そういえば今回ハルトマンの奴、俺にチュウしてたな?」
ライーサ「してましたね。まあ、
第一話から露骨に伏線張ってましたし」
圭子「マルセイユ、もしかして……やきもち?」
マルセイユ「そ……そんなわけ、あるか。でもこれ、どう見てもハルトマンルートじゃないか?」
圭子「そりゃまあ、確かに……。慰めて、キスして、月夜の逢瀬。マルセイユ、少し焦った方が良いかもね」
マルセイユ「いや、焦ったところで物理的に距離あるから。……本当に私がヒロインなんだろうな? 疑わしいぞ?」
圭子「夢の中で、結構キツいこと言ってたからねぇ。完全に振ってたわよねアレ」
マルセイユ「実は私も似たような夢を見てな……他人事とは思えないんだ。話すと長くなりそうだから詳しくはまたの機会にするが」
ライーサ「焦ったからって唐突に絡む要素を持ち出さなくても。ところでティナ、もう時間がなくなりそうですが」
マルセイユ「おお、そうだな。次回、『十二星の座』後編だ。どう見ても普通に駄弁っただけだが、台本は消化したぞ」
圭子「そりゃ、タイトルしか書いてないし。次回もどうなることやら、また随分と長文になりそうよ」
最終更新:2013年01月30日 14:26