投下スレ:俺「ストライクウィッチーズぅ~?」111-142
「……むむむむ…………」
「…さっきからずっと唸って、どうしたの、エイラ?」
「エイラさん、頭でも痛いんですか?」
男が二人の大尉と話している傍らで、エイラは一人、顔をしかめながら小さく唸っていた。原因は、出撃の直前から続いていた
違和感である。今、小さな褐色の少女を肩に乗せている人物について、どこかで聞いた気がする、という感覚が、戦闘が終了
した後も、止まることなくエイラの中の這いずり回っていた。そのため、すぐそばでサーニャとリーネの二人が声をかけてきても、
彼女には聞こえていなかった。
頭を悩ませているエイラを余所に、ルッキーニは男の肩の上ではしゃぎ、男と大尉二人は会話を続けている。その会話の最中、
シャーリーが不意に男に尋ねた。
「そういえば、あんたの前回の赴任地ってどこだったっけ?」
「はて、出撃前のミーティングで伝えたと思いますが」
「あれー、そうだったっけー?あたし覚えてないよー」
「私も記憶が無いが…どうやら男性がこの部隊にやってきたという事に驚いた余り、少佐の言葉を聞き逃してしまったようだな」
シャーリーの問いを皮切りに、四者各々が口を開く。男は苦笑しつつも、その質問に答えを返す。
「では改めて。私の前回の赴任地は、スオムスの基地ですよ」
男が何と無く発した答えがエイラの耳に届いた瞬間、彼女の中の違和感は一気に霧散した。エイラは唐突に男の元へと
駆け寄り、その腕を引いて、自分の方へと向かせた。男の上では、バランスを崩して落ちかけたルッキーニが悲鳴を上げている。
「…一体どうしましたか、エイラ中尉?」
「何すんのさ、エイラー!危ないじゃんかー!」
男の頭上からルッキーニがエイラの行動を非難するも、エイラの耳には届いていなかった。他人に出された謎かけをやっとの
ことで解いた子供のように目を輝かせたエイラが口を開く。
「オマエ、今、前任地はスオムスって言ったヨナ!?」
「え、ええ、まあ」
エイラの勢いに気圧された様子で男は答える。男が肯定するや否や、エイラは次の質問を投げかけた。
「あの、エイラさん、男さんの前任地が、どうかしたんですか?」
「…急にどうしたの、エイラ?」
エイラのすぐ後ろから、リーネとサーニャの二人が声をかけるも、興奮しているエイラは応じない。
「オマエ、スオムスでは他の奴らに『グラトニー』って呼ばれてたダロ!」
得意げな笑みを満面に浮かべながら、エイラが言い放った。その言葉に、男が僅かに目を見開いた。
「ええ、まあ、その通りですが……よくご存じですね」
驚きを露わにした表情で、男は答える。その回答に、エイラは自慢げに笑いながら仁王立ちしている。その一方で、二人の
周囲はきょとんとした表情だった。
「ねーねー、『グラトニー』ってどーいうことー?」
「一応、ブリタニアの言葉では、『大食漢』とか、ご飯をたくさん食べる人っていう意味ですけど…」
ルッキーニの質問に、リーネが答える。
「ふむ、となると、少佐が『グラトニー』と呼ばれていたのはどういうことか、見当は付くか?」
「え、えと、あの、その……すいません、分かりません…」
「え、いや、そんな小さくならなくとも……」
次いでバルクホルンに質問され、答えられなかったリーネは縮こまってしまった。リーネの予想外の対応に、バルクホルンは
慌てた様子になる。
「ハハハ、リーネはカールスラントの堅物はおっかないってさ!」
「なっ、貴様、何を言うか!」
「あ、あわわわ…や、やめてくださ~い!」
慌てたバルクホルンをシャーリーが茶化し、バルクホルンが挑発に食いつく。その状況に今度はリーネが慌てふためき、
二人の仲裁を試みるも、今ひとつ押しが弱いために、なんら意味を成さなかった。
「でさ、男ー。なんで男は、『グラトニー』なんて呼ばれてたのー?」
シャーリーとバルクホルンの二人が喧々囂々の言い合いを繰り広げるのを尻目に、ルッキーニは男に問う。
「まあ、恐らくは私の魔法が由来でしょう」
「男さんの魔法……ですか?」
男の言葉に、サーニャが疑問符を浮かべながら呟いた。
「多分、私がネウロイの攻撃を吸収して、更にそれを自身の攻撃にも使っているのをみて、どこかの誰かが『あいつはネウロイの
攻撃を食いながら戦っている』とでも揶揄したのでしょう」
「なるほどね~」
男の推測に、ルッキーニは納得の声をあげる。サーニャもまた、同様の表情だった。一方でエイラは、バルクホルンとシャーリーの
喧噪も、男とルッキーニ達のやり取りも我関せずといった様子で、自身の違和感の解消の余韻に浸っていた。
「あ~スッキリした!イヤ~さっきからずーっとモヤモヤしてたんだよナ~!」
彼女は、ハンガー中に響き渡る勢いの大尉二人の言い合いも全く意に介していない。どこまでもマイペースな少女だった。
「それにしても、エイラ。一体どこで前任地での男さんの呼び名なんて知ったの?」
エイラが男の前任地での情報を知った経緯について、サーニャが尋ねる。ルッキーニも、男の頭の上から興味深げに頭を
突き出した。
「アア、そのことカ。以前にさ、ニパの奴から、『最近、スオムスに男の人で、しかも凄腕のウィッチがいるらしい』っていう内容の
手紙が来たんダヨ。その中に、男の『グラトニー』って渾名も書いてあったンダ」
「ニパというと、502のウィッチの方のことですか?」
「アア、そうだナ。オマエ、会った事はなかったのカ?」
「ええ、私は502の方々とは別の基地にいたので。名前だけは聞いたことがありますが」
エイラとの会話の最中、男達はふと、先ほどまでハンガーに響き渡っていた怒号が収まっている事に気づいた。面々が
二人の大尉の方向を見ると、いつの間にか戻ってきたハルトマンと宮藤の二人が、それぞれバルクホルンとシャーリーを
窘めているところだった。
「もー、ホントにトゥルーデは沸点低いんだからー。もうちょっとドッシリ構えないと」
「め、面目ない……」
「シャーリーさん、駄目ですよあんまりバルクホルンさんをからかっちゃ!皆で仲良く、です!」
「あははは……悪かったよ、宮藤…」
二人の大尉が、それぞれ中尉と軍曹に諭されている、という世にも奇妙な風景があった。
「おや、二人ともいつの間にか戻ってきたんだい?」
男が宮藤とハルトマンの二人へ問いかけ、ハルトマンがそれに答えた。
「ほんのついさっきだよ。宮藤ったら、一人で勝手に暴走しちゃうんだから…」
「す、すいません……」
ハルトマンの言葉に、宮藤がばつが悪そうに俯く。その表情を見て、男は少しの悪戯心を抱いた。
「ふむ、私としては、誤解ではなく事実であったほうが嬉しいがね」
男が、ハルトマンの方を向きながら愉しげに呟いた。
「じゃ、じゃあ、男さんとハルトマンさんはやっぱり……!」
「ストップ、ストーップ!そんなんじゃないってば!も-、後が大変なんだから、変に宮藤のこと暴走させないでよー!」
男の言葉に、また顔を林檎のように赤らめ始めた宮藤を、ハルトマンが制した。
「ハハハ、悪いな、エーリカ。ついつい、その子はからかいたくなってしまってね」
ハルトマンの非難に、男は軽い口調で答えた。
「そーいえばさー、男ってハルトマン中尉と喋る時はずいぶんくだけてるよねー」
ルッキーニの言葉に、ハルトマンの顔が凍り付く。それとは対称的に、男は愉しげな表情のままだった。
「言われてみれば、あたし達と話してる時に比べると、ずいぶんフランクだよな」
「よくよく思い出すと、男さんって、ハルトマン中尉だけは、名前で呼んでますよね……」
「たしか、男とハルトマン中尉って、昔なじみなんだっけー。やっぱり、仲いーんだねー」
シャーリー、リーネ、ルッキーニと、周囲の面々が好き勝手に物を言い出す。周囲の言葉を聞いて、宮藤は三度、その
顔を赤く染め始めた。
「や、やっぱり、男さんとハルトマンさんって……!」
「あーもー!宮藤は恥ずかしい想像禁止ー!」
ハルトマンの絶叫が、ハンガー全体に響き渡った。
――――――――――――――――――――
先ほどのハンガーでの喧噪から数分後、宮藤と男の二人が、基地の廊下を並んで歩いている。
「さっきはすいません…私ったら、ついつい想像が先走っちゃって…」
「いえいえ、私も楽しませていただきましたので」
「えー!そんなぁ…!」
先刻、宮藤が三度目に真っ赤に茹で上がった後、ハルトマンの必死の釈明の末にようやく宮藤は落ち着きを取り戻していた。
今は、元々ミーナに与えられた指示の通り、男を割り当てられた部屋へと案内しているところである。
「ははは、まぁ、貴女も珍しいものを見る事ができた、ということで勘弁してください」
男は、笑いながら宮藤へと語る。
「珍しいものって言うと……」
宮藤は、先ほどまでいたハンガーの風景を思い出す。宮藤がハルトマンの説得で平静を取り戻した後、結局ハルトマンは
シャーリーやルッキーニ、エイラなどによって散々にからかわれていた。冷静さを失って、耳まで赤くして反論しているハルトマンの
姿というのは、確かに滅多に見る事ができる物ではなかった。
「……ふふっ、そうですね。…今だから言いますけど、真っ赤になってるハルトマンさん、正直ちょっと可愛かったです」
宮藤は楽しげに頬を緩ませつつ、男の言葉に納得した。その宮藤の姿を見て、男もまた、優しげな微笑みを浮かべながら
宮藤のやや斜め後ろを歩いていく。
「そういえば、男さんとハルトマンさんって、昔からの知り合いだったんですよね。どうやって知り合ったんですか?」
歩みは止めないままに、宮藤は男を見上げて尋ねる。
「私は、以前は医学の道を志していたのですよ。彼女とはその頃に知り合いましてね。かれこれ、六年になりますか」
昔を思い出したのか、懐かしそうな表情で男は語る。
「えっ、男さんって、元はお医者さんを目指してたんですか?それがどうして軍に?」
意外そうな表情で宮藤が尋ねる。元を正せば、自分自身も同じ境遇であるという事には考えが及んでいない様子だった。
宮藤の質問に、男は少し照れくさそうにしながら話し始める。
「切っ掛けは、エーリカが―――ハルトマン中尉がネウロイと戦っているまさにその現場を見た事、ですね」
「……その時、何かあったんですか?」
宮藤が不安そうな表情で、男を下から覗き込んだ。男は笑みを浮かべたままではあるが、その目には若干暗い色が映っていた。
「……なに、昔の話です。せっかくですから、お聞かせしましょう」
遠い目をしつつ、男は軍を志した切っ掛けを―――――――六年前の光景を回想した。
――――――――――――――――――――――――
時は1939年。この日の深夜、ネウロイの侵攻は男が暮らしていた街まで伸びていた。
男は、数冊の本と数点の小物を抱えながら、人混みの中を駆けてゆく。辺りには、はぐれた我が子を呼ぶ母親、怪我人を
励ましている男性、民衆の避難誘導を行う軍人と、様々な人々の絶叫が溢れかえっていた。避難していく人々の群れでは、
時折、波に圧されて突き飛ばされ、動けなくなった老人や怪我人も伺える。男のすぐ横の男性は、足がもつれたのか、唐突に
その場に倒れてしまった。群衆は構わずその男性を踏み越えてゆく。他人の心配をする余裕など、一人として持ち合わせていなかった。
背後を振り返ると、夜にもかかわらず、彼の住んでいた街は明るく輝いている。漆黒のはずの夜空は、不気味な赤に
染まっていた。既に彼の故郷はその面影を残しておらず、建物は無残に打ち砕かれ、街路の石畳の上では真っ赤な炎が
のたうち回っている。その地は、地上の焦熱地獄と化していた。
空に広がる真紅の中を、巨大な黒い影が迫ってくる。人類の敵にして、彼の故郷を地獄へと変えた張本人、ネウロイの姿だった。
軍人達は必死で民衆の退避を促すも、人が多すぎるために流れはなかなか進まない。その間にも、ネウロイは男がいる波へと
迫っていた。
「…落ち着いてください!焦れば、かえって避難は遅れます!皆さん、落ち着いて避難してください!」
軍人の一人が、既に枯れかけている喉を強引に開き、声を張り上げる。しかし、恐怖に完全に飲み込まれた民衆の耳には
全く届かなかった。刻一刻と、ネウロイの影が大きくなってゆく。
その様子を見た軍人が、再度かすれた声で叫ぶ。
「皆さん!どうか、落ち着いてください!落ちつ―――――」
二度目の勧告は、最後まで発される事はなかった。波の真上へとたどり着いたネウロイから、赤い光が地上へと放たれる。
ネウロイの光線は地上をなぎ払い、有象無象の区別無く、無慈悲に群衆を吹き飛ばす。男は光線の直撃こそ浴びなかったものの、
その衝撃に吹き飛ばされ、道路脇の建物の壁に打ち付けられた。
壁にぶつかった衝撃で、男の視界が揺れる。男は全身の痛みに呻くも、再び走り出すために体を強引に引き起こす。軽く
頭を振って意識をはっきりと取り戻す。そして、男は眼前の惨状を目の当たりにした。
地面では、小さな炎が蛇の舌のように蠢いている。先ほどまで自分が走っていた道路は、巨大な猛獣の爪で裂かれたように
抉れていた。その裂け目の周囲には、自分と同様にネウロイによって吹き飛ばされた人々が転がっていた。
周囲を見渡すと、自分同様に若干の傷を負った程度の者もいれば、ある者は腕や足を失い、ある者は全身が真っ二つに
両断され、またある者は、何日も暖炉に放り込まれていた薪のように真っ黒に焼き焦げていた。中には人の形を留めていない
者もおり、瓦礫に押し潰され、踏まれた果物のような姿に成り果てている者もいた。
男の周辺の空間を、悲鳴と絶叫が埋め尽くす。
「う、腕が……俺の、腕が……!」
「痛い……熱い……誰か……!」
「ああああ!火が!火が!…畜生、足は、俺の足はどこだ!畜生!」
「……これが……戦争か……」
眼前の光景を目にして、かすかな声で男は呟く。その声は震えているが、男の胸中に恐怖は無かった。代わりに埋め尽くすのは、
悲哀ではなく、憎悪でもない。男がそれまでの生涯で感じた事のない感情が、男の脳内に敷き詰められていた。
「………これが……戦争…なのか……!」
男の指が地面を掻きむしる。男の目は見開かれ、呼吸は荒い。心拍は激しさを増すばかりだった。
今この時も、辺りをネウロイの光線が駆け巡っている。その度に、建物は切り崩され、地面は穿たれ、人はあちこちへと
吹き飛ばされてゆく。先ほどまで必死に助けを請うていた女性は千々に吹き飛んだ。足を引きずりながら逃げようとしていた
男性は、光線で作られた断層へと飲み込まれていった。道路を挟んで男の反対側に這いつくばっていた老人は、伸びてきた
炎に食い尽くされた。
奇妙な感覚が、男の中に現れていた。目の前で破壊されている街は、自分の故郷のはずだ。目の前で虐殺されているのは、
自身と同郷の人々のはずだ。中には見知った顔もあった。しかし、終ぞ男は悲しみも憤怒も抱かなかった。代わりに抱いたのは、
恍惚にも似た何か―――――――かけがえのない故郷が蹂躙されてゆく様に、この上ない悦楽を覚えていた。
男の頭上に、再度ネウロイが迫ってくる。しかし、混乱している男はそれに気づかない。頭上のネウロイは、男の周辺に
狙いを定め、攻撃の態勢を取る。未だに、男は上空を見上げる事すらしない。
遂にネウロイが攻撃を放とうとしたその刹那、無数の銃弾が、発砲音と共にネウロイへと降り注いだ。ネウロイは僅かに
体勢を崩し、男はその音に反応して空を見上げた。そして目にしたその姿に、男は思わず呟いた。
「……エーリ…カ…」
空中では、半年ほど前に唐突に「軍に入る」と告げられて以降、顔を合わせていない友人の姿があった。金髪の少女は
その細い体に不似合いな鋼鉄の固まりを抱えながら、ネウロイの周辺を飛び回る。時たま放たれる光線を危なげなく回避
しながら、ネウロイに銃弾を浴びせ続けていた。まるで重力から解放されたかのように、その少女は真っ黒な異形の周囲を
縦横無尽に飛び交っている。
その少女の姿に、男は息を呑んだ。人々を虫けらのように蹂躙したネウロイを、自身のよく知る一人の少女が、翻弄している。
頭上の風景を見ている内、男は自分の中の、ある感情に気づく。先ほど、破壊された街を見ていた時とは異なる、それでいて
今この場では奇妙な感情。男自身にも、その感情がなんなのかはっきりとは言い表せなかった。
あえて表すならば――――――――――――――――それは羨望だった。
男が思案を巡らせている内にも、少女はネウロイへ銃弾を叩き込む。そしてその中の一発がネウロイに着弾した瞬間、
ネウロイは真っ白になって砕け散った。男の位置からは見えないが、恐らくネウロイの急所とされるコアに命中させたのだろう。
ネウロイの撃破を確認すると、見知った金髪の少女―――エーリカ・ハルトマンは、何処かへと飛び去っていった。
「あっ……」
思わず声をかけようとうするも、既に少女の姿は見えない。しばし呆然とする。そして数秒後、男は我に返った。
今はこんな所で突っ立っている場合ではない。一刻も早く安全なところへ避難しなければ――――――――――
本来の目的を思い出し、男は走り出す。体のあちこちは痛むものの、構っている暇は無い。男は一路、全力で
街の外へと走り出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……そして無事避難した後、居ても立っても居られず、気づけば私は軍に志願していました。そして軍に入った際の検査で
ウィッチの適正が発覚し、ウィッチとして各地を転戦。今に至る、という訳です」
過去の記憶を話し終え、男は一息ついた。
「…今思えば、あの時の感情は、空を自由に飛び、ネウロイを討つエーリカに対する憧れだったのかもしれませんね」
男の横では、宮藤が暗い表情を浮かべている。
「……男さん、大変だったんですね……」
「……いえ、このご時世ではよくある事です。どうかお気になさらず」
それでも、宮藤の表情は沈んだままだった。それを見て、男は宮藤の頭に軽く手を乗せ、撫で付ける。
「…へっ!?お、男さん…?」
男の突然の行動に、宮藤は動揺を見せる。宮藤の様子に構わず、男は言葉を続けた。
「貴女ぐらいの年頃の女性は、笑っていた方が良い。貴女がそんな風に落ち込んでは、周りの皆も引きずられてしまいますよ?」
「……そう、ですね。……うん、はい、そうします!…えへへ…」
男の優しい口調の言葉に、宮藤は素直に応じた。その一方で、やや照れくさそうに顔を赤らめていた。
先ほどのやり取りから更に数分、男と宮藤は基地の廊下を移動した。そして一つのドアの前で、宮藤が足を止める。
「男さん、この部屋が、男さんに割り当てられた部屋です」
言いながら、宮藤はドアを開けた。中にはベッドが一つと、椅子とテーブルが一組という至ってシンプルな部屋だった。
「ありがとう、宮藤軍曹。貴女ももう自室へ戻っていただいて構いませんよ」
「はい、それでは失礼します!…ところで、その袋って、一体なにが入っているんですか?」
宮藤は、男が左手に握っている小さな革袋を指さして尋ねる。右手に大きなトランクを持っているのにもかかわらず、
男はわざわざ別の小袋に何かを分けているようだった。
「ああ、これですか?これは薬の瓶が入っているのです。割れてはいけないので分けているんですよ」
「薬?…どこか、悪いんですか?」
男の言葉に、宮藤が不安気に尋ねる。
「いえ、私は少々躁病を患っておりまして。戦闘後は専用の薬を飲まないと、たまに錯乱状態になってしまうんですよ」
男が説明するも、宮藤の顔色は晴れない。
「あの…本当に大丈夫なんですか…?」
「ええ、ご心配なく。薬さえ飲めばまず発症しない程度なので」
この言葉に、ようやく宮藤は安心した表情になった。
「そうですか…わかりました!それじゃあ、あと二時間ほどで夕食なので、ちゃんと食堂まで来てくださいね!」
元気よく走り去っていく宮藤を見送り、男は自室へと入っていく。男は袋の中から小瓶を取り出すと、中から錠剤を
一錠取り出した。取り出した薬をそのまま口へ運び、飲み込んだ。
男は、先ほど宮藤に話した過去を思い出す。先ほど、自分は宮藤に「あの時の感情は、ハルトマンへの憧れだった」と
語ったが、男自身はその結論を疑問視している。
軍に志願した時は、男自身も宮藤に説明したとおりだと考えていた。しかし、今思い返しすと、あの時の自分の感覚は
決して単なる憧れではなかった。もっとおぞましい何かが、自分の中に巣くっている――――言いようのない不安が、男の
中に横たわっている。
何よりも不可思議なのは―――――ネウロイに襲われ、傷ついた人々と街並みを見た時の、あの感情だった。快感にも似た、
ドス黒い何か。躁病を患い始めたのも、その感情に気づいた頃からだった。とても正常とは言い難いその感情を自分が
抱いた事に、男は言い知れぬ不安を感じていた。そして、その感情の正体は今でも掴み切れていない。
男は、小さく頭を振った。今は、あれこれ悩んでいても仕方がない。十日後にはオペレーション・マルスが実行される。
その日のためにも、自分はしっかりしていなければ――――――男は思考を打ち切り、ベッドに倒れ込む。
そして男は夕食の時間まで、しばしの間微睡んだ。
第四話:鋭意作成中
最終更新:2013年01月31日 15:44