すっと自然に目が覚める。気が利かないアラームの声を聴かずして起きれた朝というのは気持ちがいいものだ。
見慣れた天井には顔なじみのシミ。それをぼんやり見つめながらサムノッチはそう思った。
仰向けになったまま彼女はおもむろにベッド脇のサイドチェストに腕を伸ばし携帯端末を手に取り画面を灯す。
時刻は午前6時23分。アラームの設定より7分早い起床だ。

 寝起きでねばつく口内をすすぐために水を一杯あおり、それからタバコに火をつけ窓から部屋の外を眺める。
そこからは視界を圧してなお果てしなく広がる巨大な構造物の一部が見えた。


近くにあるように見えるがここからは200キロも離れている。ルビコンの北半球側からは赤道近くでもなければ
どこにいても目に付く途方もなく巨大な建造物である。
その高さはまさに天まで達し、雲を貫き大気に霞んだ空の向こう側で星を覆うように傘を広げている。
プラントは一時アーキバスグループの支配下にあったが、それを破壊するために恒星間移民船ザイレムを掌握し
たシンダー・カーラとその一党が起こした動乱の後に主なきまま残されている。
コーラルを巡る一連の争乱はそれに関わるいずれの勢力をも大きく疲弊させ支配力を減退させた。

 現在ではルビコン3に根を張る解放戦線がかろうじてこの星の支配者であるかのような体裁をとりつくろってい
るが、しかしそれも砂上に築かれた城のように危うい。
企業や封鎖機構が撤退した後もプラントは依然として戦略的な重要施設であることに変わらないが、この途轍も
なく巨大なコーラル収集施設を掌握するほどの力は今の解放戦線にはない。
さりとて放っておくわけにもいかず、その近くに監視拠点が置かれた。
それが今、紫煙をくゆらせているサムノッチがいるキャンプ(駐屯地)・カンネーであった。そして彼女がそこ
の主である。
正式な肩書としては駐屯地司令とか、それと兼任する守備隊長といったものが付くが、ここでは保安官殿(シェリフ)
といったほうが通りがいい。

 その保安官は駐屯地の兵舎から寝起きの一服をやりながらぼんやり街を眺めるのが朝のルーチンである。
今日は風が弱くしんしんと雪が積もる静かな朝だ。
二階建ての隊舎からは駐屯地の周りに群がるように集まったコンテナが雪化粧をまとっているのが見える。
これらの一つ一つは駐屯地の周りに住むドーザーたちの仮住まいである。この拠点ができたころから、どこから
ともなく集まってきて勝手気ままに住み着き今ではちょっとした規模の集落にまで成長した。
サムノッチの保安官という呼び名は、なし崩しにその集落を取り仕切ることになってから誰とはなしに言い出し
たものだ。

 ここはバスキュラープラントの御膝元。そこに侵入してコーラルを採集してくる者たちにとって丁度いい前哨基
地として目をつけられたのだ。

 駐屯地の塀の外の家屋はどれ一つとして地面に基礎のコンクリも打ってないコンテナハウス。
そんな根無し草の住む街々を彼女がぼんやり眺めまわしてる折に、突然北東の方角で閃光が発し爆炎が上がった。
それからややあって音が伝わり窓ガラスをビリビリと震わせる。

ほろりとタバコの灰が落ちる。

間を置かずしてベッドサイドの非常呼び出し電話が悲鳴を上げた。

「早朝から失礼します」
「おはよ なにあれ?」
「ドーザー同士のゴタ(喧嘩)です」
「困るなぁ」

かくして朝の静謐は破られた

中央氷原にあだ花が咲いた

 サムノッチはタバコを咥えたままに灰が落ちるのも気にせずあわただしく着替える。一本吸いきるころにはパイロ
ットスーツを着込み部屋を出る用意が整ったので自室の戸を開けた。
すでに廊下の向こうから部下がヘルメットとグローブ、それと栄養ゼリーをもってこちらに足早に歩いてくる途中だった。
ここではこのようなことは日常茶飯事だ。なにくれと自分が指示を出すまでもなく下の者は動いてくれる。

 彼女はゼリーを受け取りそれを飲みながら状況説明を聴いた。
煙が上がった北東の方角にあるものと言えばビジター(来訪者)用の駐機場だ。
こうした争いごとを街中で起こさせないために街の外縁部においてある。

ある程度は予想していたことだがMTを持ち出して争っているらしい。

「困るなぁ」

 ここに赴任して以来すっかり口癖になってしまったボヤキがサムノッチの口から漏れる。
そうこうするうちに二人はハンガー(格納庫)にたどり着いた。

 一晩のうちに凍り付いたハンガーの扉が、重い駆動音とともにパリパリと氷の割れる音を立ててゆっくりと開きはじめた。
そこから明かりが薄暗い庫内に差しこみ従順なる巨人の全貌があらわになる。
この時代における汎用機動兵器アーマード・コアである。これについては今更説明の必要もない。

 巨人はアイドリングの息吹を立てながら主人を待ってたたずんでいた。
その全高は十数メートル。扁平な頭にに角ばった胴体、それから伸びる手足も同様に積み木で組んだように四角い。
この星の地元企業BAWS社製パーツで組まれたBASHOと呼ばれるモデルだ。
いささか不格好ではあるが質実剛健が売りで整備性がよくマイナーチェンジを繰り返しながら長期にわたって生産が
続けられているたタイプだ。

 そんな大層もないものをサムノッチは単に「ジャンク」とか「オンボロ」などとぞんざいに呼ぶ。

 それもむべからぬことで機体自体はACの中ではありふれたものだが、一目見てこの個体はとりわけ状態がひどい。
元がスクラップヤードに転がっていた廃用品を再生したものだから錆がそこら中に浮き上がっている。
いくらかは研磨をかけて落としているようだがそれでも十分ではなく、取りきれてないサビはやっつけ仕事に上から
塗料で塗りこめてある。
機体の端々もよくみれば塗装や錆具合もまちまちで、雑多な年式のパーツでツギハギしたものであることが知れた。

 主要部に施された装甲版も一部は脱落しており、それをありあわせの資材で補修している。
特に目立つの左胸の部分を覆う鋼板で、これは正規品ではなくそこらの街工場であつらえたようなものをボルト止してある。
ここだけは錆がほとんどなくボルトも光沢を放ち、最近新造したものであることが窺い知れた。
しかし雑な採寸で作られたようで機体と鋼板には隙間が空いており、それをさらに埋めるように鉄材の切れ端が溶接してあった。
それも目立つところを繕っただけで細かい隙間はそのままにしてある。
もっともタダの鋼板では対物用徹甲弾の貫通力の前には紙切れに等しく、きっちり埋めたところで防御性に大差ない。
とりえあえず小火器や砲弾の破片程度を凌げればよいと割り切って隙間を放置してるように思われた。
いや、単に途中で作業がめんどくさくなっただけなのかもしれない。

 関節などの可動部分はさすがに手入れをして最低限動作するようになっているが、これではジャンクだボロだと呼ばれ
るのも仕方がない。
一応「ポーラベア(シロクマ)」というペットネームが付けられているが、そう呼ばれる事は稀だ。
通常ACは両手両肩には武装を施すハードポイントがあるが、この機は右肩だけは空荷で他の武装も小ぶりな上にさび付
き、なんとも心もとないように見える。
しかしながら、このオンボロACこそがこの駐屯地における最強の戦力なのである。

 そしてこの機体を駆るのがサムノッチと名乗る女である。
道すがら状況説明を聞き終えた彼女は空になった栄養ゼリーのパックを部下に渡し、引き換えにヘルメットを受け取る。
機体はすでに起動しアイドリング状態でいたためシステムの立ち上げは済んでいる。

「やっこさんたちは今どうしてるの?」

 サムノッチは尋ねた。

「互いににらみ合ったまま膠着しています。うちのMTが3機現着して周囲を封鎖してます」
「いいね。そのままの現状を維持しといて。予備機は?」
「今立ち上げが済みました。一緒に出せます」
「うん。わたしは先に現場行ってる」

 装具を身に着けながら彼女は慣れた足取りで格納庫にめぐらされたキャットウォークを伝い、ハッチが開かれたジャン
クの背中にまわりそこへを身を滑り込ませた。
サムノッチがシートに腰を深く落として開閉ボタンを押すと乗降ハッチがゆっくりと閉まりだす。

『異常が発生しました…異常が発生しました…』

 数秒もしないうちに機械音声と共に警告音が鳴り響いた。閉じかけたハッチが痙攣をおこしたように小刻みに震え止まっ
ているのだ。
サムノッチは正面ディスプレイにタッチしてアラームを強制リセットするとハッチについてる取っ手を掴み力いっぱいに
引いた。
すると引っ掛かりがとれようにハッチはスムーズに閉じ、画面はオールグリーンを示す。これもいつものこと。

 ここも何度も手を入れたが一向に解決しない。整備によれば年式ごとに部品の形状が若干ことなり、このツギハギアセン
ブルだと嵌め合わせが悪いのだという。整備マニュアルにも書いてないマイナートラブルだ。

 既にACの足元は片づけられている。サムノッチは庫外へゆっくりとACを歩かせた。機体が動くたびに節々からパラパ
ラと細かい錆が剥がれ落ちる。
外の光は機体を覆っていた霜が溶け出して立ち上っていく湯気をきらめかすように照らし出していた。




投稿者 8玉

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最終更新:2023年12月03日 02:00