強化人間という技術には闇がある。
ルビコン調査技研がこれを確立して以来の数多の凄惨な事故、失敗、その上に今がある。
実際、一般人同然から過酷な実験に耐え、強化人間として生まれ変わり、
驚異的な速度でAランクにまで登り詰めた彼女の足元には、
使い捨てられた数多の実験体の屍が積み上がっている。
そしてそれでも……
「小鳥さんがお菓子ばっかり食べちゃダメだよって戻るから、
草むらに大きいけど子供がいっぱいいる事を頑張るからね?
大丈夫だったかもしれないけど、寂しく触ると綺麗だなって思ったことなの」
未だに初期の不具合を解消しきれていない。
「エリカちゃん、小夜お願い」
「了解」
だからなのだろう。
こんな調子の
ウズラマが自ら長と広告塔を勤めるアーキバスCA部門は
発足間もない事を考慮に入れて尚、業績は芳しくない。
「すー………………はー………………メディカルチョップ・改」
エリカはウズラマの席の背後に立ち、目を閉じ、深呼吸して精神統一する。
少ししてカッと目を開き、ウズラマの背後から垂直に手刀をくれてやる。
「でも寒くなってもお外で遊べるから大丈夫なもっッ!?」
頭を押さえて机で丸くなるウズラマ。
身内たるアーキバス社員には最早日課であり、微笑ましいとすら
言われる様になったこのやり取りも、
ステラには辛い光景だった。
ステラ自身は彼女の事情を知っているから応援しているし、協力している。
だがそうでなければ正直……あくまで客観的に見れば、彼女は
「未知の改造の結果頭がおかしくなってしまった人」である。
そんな人に「貴方も改造を受けてみませんか?」と言われたとしたら、
ステラは恐怖におののいて逃げるだろう……。
はっきり言ってしまうと、メディアにもこの不具合の存在を知られている彼女が
「人間の体内に精密機器を埋め込む手術」の象徴に最初になってしまった時点で、
売れる訳が無い事はわかっていたのだ。
「あ………………ッ……りがと……
……でも……エリカちゃん、やっぱりその、最近ちょっと力が強い気が……」
「いいえ、力加減は以前と変わっていません」
「…………」
苦笑しながら眺めるステラだが、常々思っていた事がある。
彼女の意識、強化人間という概念に対する価値観についてだ。
◆
場所は変わって食堂。
レナとエリカは故あって営業部との交渉に行っている為、先にランチを済ませる。
今日のランチはAセットがボロネーゼ、Bセットがシーフードリゾット。
ステラはAセットを完食し、食後のコーヒーに手がかかる。
ウズラマはBセット(小)を完食したが、最後の強化の影響で食が細くなってしまった為、
以前は頼んでいた食後の一杯は無い。
こんな所にも、ステラは辛さを感じる。
いい加減慣れてしまいたいと思いつつも、それはそれで人としてどうかとも思う。
ウズラマ……鶉丸小夜の親、鶉丸咲と鶉丸洋と、皆で食事をしたことがある。
最初、この二人は強化技術の発展の為に実の娘を生け贄に捧げた狂人だと思っていた。
だが実際に会ってみると、研究の成果を愛でる科学者ではなく、
至って普通に娘を愛する親……それどころか、
娘の友人である自分にも隠す気の無い親馬鹿っぷりではないか。
その後、以前は恐ろしくて聞く気にもなれなかったこの親の事を
ウズラマに聞いた時は、嬉しそうに自慢していた。
「親馬鹿子馬鹿」という言葉を聞いた事があるが、思わず意味を調べてしまった程だ。
ちなみにこの親子には当てはまらなかった。
とにかく、「アーキバスの為」「お姉様」と言っていた彼女の健気な姿に闇は感じない。
単に世間一般とは思考がずれているだけなのだろう。
……しかしそれにしたってずれ方が激しすぎる。
「……あの、ステラちゃん? どうしたの? さっきからじっとこっち見て……」
「……え? あ、いや……」
もしかして、世間の人達は強化改造に抵抗が無いと思っているのだろうか?
いや、思ってる。
この子絶対思ってる。
その辺の意識を改めないとCA部は多分ずっとこのままだ。
……よし。
「あのさ………………その、聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
「…………強化手術を受けてない人って、どう思う?」
遂に聞いた。
答えは大体わかっているが、確認するべきだ。
実は意外とちゃんと考えていて、茨の道を上手く進んでいく秘策か何かを
既に見付けていたりとか、なんかあるかもしれない。
「どう思う……って……勿体ないなーって思うし、
受けたくても受けられない理由とかあるのかなーって思うな」
「はは……ですよね、うん、知ってた」
「……? ふふ、今の答えで合ってたかな?」
やはりそうだ。
この子の中では人間はどんどん強化されるべきであり、誰もがそれを望んでいるのだ。
確かに人間を機械化すれば様々な場面で利便性が向上するし、
怪我や病気にも耐性を得る事なんてことも出来る。
これも人間の一つの理想なのだろうが……。
「うん……あのね、ちょっと、違う所があると思うんだ……」
ここは私がちゃんと教えてあげないと……。
傷付けないように、冷や汗をかきながら慎重に切り出す
カクカクシカジカ。
マルマルウマウマ。
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「………………そんな……嘘……」
見事に青ざめている。
強化の影響で普段から青白い顔はしていたが、今はその比ではない。
「レ……レナさんからは何もなかったの?」
「あったけど……」
「あったんかい」
あったらしい。
待て待て、よもや慕っている姉の言葉をスルーしたというのか?
お姉ちゃんLOVEなあのウズラマが?
「だ、だってその時はお姉ちゃんも冗談言えるようになったんだなって思って……!」
なるほど、スルーしていたのだ。
お姉ちゃんLOVEを維持しつつも。
マジで万人強化至上主義を信じてたんだな……。
外部の声を聞く機会はあったはずだが、
ここまでショックを受けているのはもしかして自分の口から聞いた言葉故か?
この物凄い罪悪感だが背に腹は代えられない。
今この「CA」を提唱し牽引する立場にあるのはウズラマ。
そしてそれを肯定したのはヴァージニア、レナ、エリカ、ステラ達だ。
話を聞いた時は、理性が飛ばしてくる反対意見を「理屈じゃない」とはね除けてやったし、
いきなり広告塔をやると言い出した時も、アイツの呪いを光に変えるつもりなら……
底抜けに優しい彼女ならそれも出来ると信じたのだ。
これまでも、その誰にでも見せる表裏の無い優しさと思慮深さを、多くの仲間達が認めた。
ファンの多くが見ているのだって、恐らく実力だけでなくその人柄。
「私が勝てたのは強化に携わる皆さんと応援してくれる皆さんのおかげ、私は恵まれている」
と、過酷で残酷な実験に耐えた自分の強さを鼻に掛けない人柄だ。
だからこそ、その勘違いを正さないといけない。
ウズラマにはちゃんと現実を理解してもらわないといけない。
「残念だけど君も知っての通り、犠牲者あっての今だからね……
強化人間そのものに嫌悪感を懐く人だって沢山いる。
私だって、アーキバスのやり方そのものには賛同できない」
実際、アーキバスの業を背負った彼女には冷たい視線も注がれる。
レナの立てた犠牲者達の墓標に祈りを捧げる姿は、外からは見えない。
例え厳しい言葉になってしまったとしても、それが彼女の為なら。
なんだかアイツみたいで自分に腹が立ってしまうが……
「……そ、それじゃあ私は――」
「でも、」
……しまうが! 私は、アイツじゃない。
何かを言いかけるウズラマを遮り、ステラは続ける。
「それでも誰も止めなかったってことは、それを覆すだけの何かを
君が持ってるって、みんな思ってるんだと思う。
私もそうだしね……だからさ……」
まだ俯く彼女に応援の言葉を……と、声帯を震わすその時に、
ステラはただならぬ悪寒を、「ゴゴゴゴゴゴ……」という謎の効果音を感じた。
わかる、このプレッシャーは……。
「ステラ……貴様小夜お嬢様に何を言った……?」
「あ、エリカちゃん」
「へ…………」
ウズラマが見上げた先、ステラが振り返った先には、
「こんにちは、私が地獄の番人です」とでも言わんばかりの形相のエリカが立っていた。
顎の下にライトなど無いのに、影の付き方がおかしい。
「あー……おかえりエリカ。 多分なんか誤解してるね」
「……………………」
エリカは無言でステラのコーヒーを没収し、その場で一気飲みした。
そしてその空のカップを……
「あっ、ちょっ、あの……それ私のぃいッーったッ!!!!」
ゴツンと一発。
やたら重厚感溢れるコーヒーカップはこの為にあったのか。
ルビコンで生きる者には常に危険が付きまとう。
「だから午後も……頑張ろう、ウズラマ…………」
「な、なんか、ごめんね……ステラちゃん」
痛みに悶えながらウズラマを励ましたが、何故か謝られてしまった。
せっかくちょっとかっこいい感じになるかと思ったんだけどな……まあいいか。
「行きましょうお嬢様、このオトコオンナに貞操を奪われる前に」
「ま、待ってエリカちゃん! 私摘出済みだし……」
「いやウズラマちょっとそのエグい勘違いやめよう!」
ステラがこんな姿でここにいるのも、モノのように扱われた
忌まわしきあの過去を乗り越えからだし、
ウズラマも、エリカも、レナも、それぞれが重いものを引きずらずに
しっかり背負って進んでいるなら、企業の闇を晴らす楔にだってなるかもしれない。
そんな壮大な事をちらっと考えながら、
ウズラマの顔を少しでも曇らせてしまった自分を殴ってくれたエリカに感謝していると……
「三人ともどうしたの!? ステラさんどうしたんですかそのたんこぶ!?」
「あ、お姉ちゃん! あのね、えっと、これは多分私が悪くて!」
「悪いのはステラです」
「いやそれは……まあ、私が悪いかな」
「「「え?」」」
いいところでレナが来た。
いつもならゴチャゴチャしたこの状況を大体なんとかしてくれるが、
今はその役を自分にやらせてほしい、。
「ごめん……さっき言った事を忘れて、とは言えないけど、
見てくれてる人はちゃんと見てくれてるし、一先ず今まで通り……
さっきも言ったけど、午後も頑張ろう」
きょとんとする姉妹達だったが、ウズラマの顔はすぐに笑顔に戻った。
「うん! 頑張ろう!」
これだけ愛されてるなら、まあなんとかなるか。
なんとかしてやろう。
私達こそが、強化人間なんかじゃない、彼女の力だ。
監視から見守り役になったステラは、改めてそう思うのだ。
(手始めにエリカと仲良くさせて欲しいけど……まあ今すぐには無理かな)
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最終更新:2024年03月07日 12:37