「いやあ本当に凄かったね、大豊娘娘とホバタンシスターズの重量級対決!
 ぶつかり合う装甲と装甲、贅沢に撃ちまくる高負荷高火力の武装!
 惜し気もなくばらまかれる爆炎と閃光! やっぱり重量級は迫力が違う!!
 圧倒的な装甲と火力を誇るモンスターマシン大豊轟に
 強烈なレーザーの嵐で食い下がるエンバーミングとコモン・ルー!
 重装タンクとは思えないスピードで迫るエンターピースに
 ランク差をチームワークで埋める大豊龍と灵活兽!
 俺と同じ未強化である事を忘れさせてくれる超絶テクの煌冥!
 美しい跳躍からカンフーキックの一撃が冴え渡る紫丁香
 圧倒的経験威厳安定感で不適に笑いながら蹂躙の限りを尽くす丽花公主!
 ポーカーフェイスで虎視眈々と狙いを定めるエリカ!
 儚げな佇まいとは裏腹に的確且つ冷徹に相手の嫌がる点を突くレナ!
 何もかも計算ずくの撃滅破壊サイボーグウズラマ!
 最後まで興奮しっぱなしだったよ! 涙すら出た!
 出来れば編集なしのノーカット動画で販売してほしいね!!!!」

 ミールワームのフリッターを殆どジュースのような比率の
 甘々カシスソーダで流し込みながら、熱気冷めやらぬ様子でF・ブラオは語りまくる。

 ここはPUB[Watership Down]、様々なものが集う酒場である。

「な、なあ……ブラオさん酔うの早くねぇか?」
「なぁに言ってんのよ、ブラオちゃんはアレが素よ。
 ACの話になると超ぉーぅ絶早口になるの」
「ごめんねヴァッシュ君、うちのACバカがスイッチ入りっぱなしで」

 以前会った時とは全く違うブラオの様子にドン引きのヴァッシュに、
 ピーファウルが答える。
 ベラが言うには今日は特にテンションが高いらしい。
 そういえば確かにライブでは落ち着いていた彼だが、
 バトルが始まってからだんだん声がデカくなっていっていた。

「出来れば俺もあの対決に混ぜて欲しかった!
 あの熱く痺れるような空気に直接触れてみたかった!」
「それ、メディアに言っちゃ駄目よ。 ファンが減ってアンチが増えるわ」
「ちなみに俺の推しはやっぱり未強化の煌冥だね!
 動きの一つ一つにシンパシーを感じる!」

 既知の面々は「また始まった」と笑うが、
 ヴァッシュ達はそこまで深く交流のある間柄ではない。
 周りの席はこのノンストップACバカを気にしていないのか?
 そう、誰もこちらを気にしていないのである。

 ここはPUB[Watership Down]、ACバカが一人五月蝿くても、
 その声は他のバカ共の声に書き消される。

「お、おい! ホントに酔ってねぇのこれ!?」
「ホントよ……といっても、酔ってもあんまり変わらないのよね、フランツは」
「君の隣にいてあの調子じゃ、やはり寂しいんじゃないかな?」
「逆よジャック。 個人的にはこれが一番酒のつまみになるのよね」

 しれっと惚気をかましてカウンター。
 なんだかんだでベラもバカの一人なのである。

「まあ……興奮すんのはわかるけどよ……」

 何の気なしに口から出たヴァッシュのそれにブラオはすかさず目を輝かせる。
 これこそまさにランクAの反応速度だ。

「だろう!? 君もわかるだろう!?
 あの戦いに胸を躍らせない男なんていないんだよ!
 ACは男のロマンさ!」
「え、ああ、うん、まあな……」
「ああそうだヴァッシュ、あとアシュリーも! AC新調しただろう?
 画像でいいから見せてくれないか? 本当は実物が見たいんだけど」

 急に話が変わる。
 さながらクイックターンからのアサルトブーストだ。
 見誤ると凄まじいGに一生ものの大怪我を全身に受けかねない為、
 未強化でこれをやってのける傭兵は、限界まで身体を鍛え、
 更に体質に恵まれた者だけ……ブラオ含め数える程だ。
 ルビコニアンデスポテトフライタワーに舌鼓を打っていた所に不意打ちを食らい、
 アシュリーはビクッと跳ねる。
 ついでにその重量級のコアパーツも派手に弾む。

 ヴァッシュもアシュリーも愛機は特注品。
 ACバカにはたまらない激レア物に、腹を空かせたピラニアの如く食い付く。

「……お、おう……ただの三面図だけどな」

 ヴァッシュは凄まじい圧になんと言えばいいかわからず、
 微妙な返事で端末を差し出す。
 コーラルブラッド・アッシュガル専用機、アジャイル・ガルブレイヴ。
 現行のどのACとも違う、独特の形状が映し出されている。
 ブラオは端末に口付けでもしようかという程に超接近して暫し熱視線を浴びせ、
 やがて息を飲み、右手で目頭をぐっと押さえ、仰け反り、天を仰ぎ、
 技研都市にも届かんばかりの深く巨大な溜め息を吐き出す。
 その様子に、ヴァッシュの頬には謎の脂汗が一筋垂れる。

「はぁ~~~~~………………かッッッッこいいぃぃ…………」

 小さく、しかし恐ろしく力のこもった、噛み締めるような声。
 そして直後ガバッと前のめりに、また口角がぐいっと上がる。

「まずこの両手に持ってるのは龍武だろう?
 ルビコンじゃ出回ってないヤツじゃないか。
 この挑戦的でマニアックなチョイス……これだけでもテンションが上がる!
 あとこのローラー付きの足……ローラーダッシュの二脚ACはありそうで無かった!
 そしてこの肩のコレ! 確かオービットキャノンだったかな?
 君が造ったって話じゃないか! この流れるようなフォルム! これぞ機能美だ!
 そして全体を改めて見ると鋭角的なスタイリッシュさと
 いぶし銀的な無骨さの同居するシルエット!
 装甲の下の可動部がよく見える所も扇情的で素晴らしい!
 JU1/20モデルの新作はコレでお願いしてみようかなあ!」

 またしても変な性癖をマシンガンのように撃ちまくる。
 そして直前まで困惑し固まっていたその機体の主は……

「わ……わかるかブラオさん!」
「わかるとも!」
「実はダメ元で全パーツとコックピットの画像三面図で撮って
 メール送ってみたんだよ!」
「おおー! やるじゃないか! 返事は!?」
「来月実物を見に行きたいってよ!」
「最ッ高じゃないか! 俺も見に行っていい!?」
「アンタなら大歓迎だ!」
「よし、じゃあ早速明日JUに連絡してみよう! 来月のいつ!?」

「……ん? いやちょっとストップ、ストップよ二人とも」

 急に意気投合した二人に割って入るベラの声。

「その話は忘れなさい。 全員! 今すぐに!」













「ワタシは全然気にしないネ」
「右に同じですの」

 ニッコリ笑って快諾。
 番犬のように静かに睨み付けるエリカをレナが落ち着かせ、
 ステラは予約席を相席に出来ないか大豊娘娘と相談していた。
 それというのも、一杯目が来た直後にウズラマの拡張センサーが
 子連れの客が満席に困り果てているのを発見した為だった。

「マスターもオッケーだって!
 ……ありがとう二人とも。 仮にも競合他社の私達と相席なんてさ」

 ここはPUB[Watership Down]、様々なものが集う酒場である。

 だからこそ、競合他社だろうがアリーナやアイドルのライバル同士だろうが、
 ここでいがみ合う者はいない。
 二大企業アイドルに席を譲られるというレアな体験をした件の家族は、
 今日を一生の思い出にすると言って頭を下げ、席に着く。
 そしてただでさえ目立つ彼女達がそんな事をしてバレないはずもない。
 敵対企業、ライバルアイドル同士の相席という異様な光景に視線が集まる。

「……うう……やっぱりこうなりますよね……」
「そりゃまあ当たり前アル」
「これに慣れないとアイドルとしてやっていけませんわ」
(やっていくつもり無いんだけど……)

 だがレナが危惧していた、
 サインを求めて群がる者や騒ぎ立てるようなマナーの悪い者はいない。
 いるとすれば一部、こっそりと端末のカメラを向ける者。

「……何か?」

 右斜め前、ヒゲ面の男が隠し撮りを試みるも、
 ウズラマと同じ拡張センサー持ちのエリカがそれを許さない。
 反対側からも痩せた男が同じく試みるが、
 それも地獄の使者ような視線に阻まれる。
 その隣では微笑みながらピースをするウズラマの手に、
 冷や汗をかきながら優しく手を添えて下ろすレナ。
 サービス精神のつもりだろうが、
 後で全員から説教を受ける事になるのは言うまでもない。

「ところで丽花公主はいらっしゃらないんですか?」
「龍の姿でこの中には入れませんわ」

 ステラは突っ込みたかったが……

「そっかぁ……じゃあしょうがないかぁ……」

 心底残念そうなウズラマの夢を壊す事は出来なかった。
 信じてるのか? アレを? ということはもしかして……

「あのさ……サンタクロースとか、もしかして信じてる?」
「どうしたの急に? 去年も来てくれたけど……」

 その場にいる(エリカ以外の)全員の頭の上に「!?」が浮かぶ。
 太古の地球でフィンランド派とグリーンランド派の二大派閥に分かれ
 凄惨な争いを繰り広げたという、
 今のルビコンの覇権争いにも似たあのアレを信じているというのだ。
 純粋過ぎる。
 彼女は今21歳、成人女性とは到底思えない。
 最早天然記念物、今ここでとどめを刺してしまえば
 星系全体の損失にもなりかねない。

「そ、そう……よかったね」

 ……ので、この話はここまでだ。
 そうこうしている内に注文したものが来た。
 打ち上げのご馳走は……

「野菜スティック、ベイクドオニオン、海老チリ、海老マヨ、
 ワームマリネ、一口ワームフライ、ローストビーフ、チーズ盛り合わせ、
 皮付きポテトフライ大盛り、クラッカーお持ちしましたー!」

 多い。
 人数分の酒だけだったテーブルが急に狭くなる。
 海老チリか海老マヨどっちがいいかで迷った結果
 どちらも頼んでしまった所がまずかったか?
 否、そういう問題ではない。
 まさに読んで字の如く、開いた口が塞がらないレナとウズラマ。
 ステラとレナは人並みだが、ウズラマとエリカはあまり食べられない。
 見たところ六人に対してこれは九人前近くはある。
 小食二人で頑張っても1.5として、あと四人で7.5なら一人あたり1.875。
 過酷だ。

「ねえやっぱりキツくない? これ全部食べられる?」
「何を言いますの? これくらい食べないと体力が追い付きませんわ?」
「…………マジかぁ」

 だが大豊経済圏ではこれくらい普通、大豊娘娘の二人は全く気にしていない。
 「迷うくらいならどっちも頼んじゃえばいいアル」等と言ったのも紫丁香だ。
 それにアーキバスのサイボーグと違い生身の割合が多い大豊組。
 純度100%の真人間である煌冥は、身体を鍛える為に単純に量が必要なのだ。
 ……ホント? それにしたって多くない?

「……………………」

 エリカは余計な事を考えない。
 なんとなく姉以上の重装甲を誇る紫丁香のコアを見つめていた。
 余計な事は考えていない。











 ヴァッシュは青ざめてキョロキョロしていた。
 ブラオは絶望していた。
 異常なテンションで勝手に盛り上がっていた二人だが、
 ベラの一言でバスキュラープラントの高度から落下し、地表の岩盤に激突した。

「なんで行っちゃ駄目なんだよ……ただ見るだけだろ……?」
「なあ……誰も聞いてないよな?」
「は、はは……まさか……騒いでるのは俺達だけじゃないさ……」

 それは誰にもわからない。
 が、ブラオはメディアの露出も多いアリーナの有名人。
 誰も聞いていない等と考えるのは甘過ぎる。
 ヴァッシュは改めてメールの内容を読み込む。
 何度読んでも同じ。
 そこにはこう書いてある。

『本件は社外秘として扱わせていただきます。
 つきましては、お客様からも口外をお控えいただきます様、
 よろしくお願い致します。』

 静かにメールを閉じると、その顔がその青さが増す。
 なんかもう青を通り越して紫、コーラルブラッドと合わさったような変な紫だ。

「ベラさん! あんた玩具メーカーの人だろ!? なんとかなんないか!?」
「私末端の副主任だし、そもそもJUじゃないから無理よ」

 言いながらベラが睨み付けるのはブラオの悲痛な顔。
 機体にスポンサーロゴをベタベタと貼り付けた彼に、そういう話が解らない訳がない。

「これ……やっぱり俺のせいだよなぁ……」
「ちっ、違う! ブラオさんそれは違うぜ! 元はといえば俺が……!」
「いやあこれはどっちも悪いわよねえ?」

 謝罪合戦も虚しくピーファウルが現実を突き付ける。
 今は誰が悪いかではない。
 この失態をどう処理するかだ。
 ……処理出来ない気もするが、考える。

「……言っちまったものはなあ……口止めッつったってよぉ……」
「口止め……いや、口止めか……やるしかないか……?」

 ブラオは覚悟を決め、立ち上がり、歩き始める。

「ん、ブラオ殿? トイレか?」

 目の前にいたのに興味を失い、
 途中から全く話を聞いていなかったアシュリーが
 ワームテンプラをモグモグしながら問うが……

「いや違う……まさか! 待ってくれブラオさん! 無茶だ! おい!!!!」
「フランツ、そこまでする必要ある!? ちょっと!?」











「きっっっつ………………」

 フォークを持つ手が鈍る。
 駄目だ、もうギブアップだ。

「だらしないアルネ! じゃあこの残りの海老チリはワタシ貰っちゃうヨ?」
「あい……どうぞ……」
「では海老マヨの方は私が……」

 ステラの隣ではレナとウズラマが力尽き、
 エリカがフォークでポテトを口に運ぶ途中のポーズで停止している。
 残る撃破対象はまだ半分以上、それも全て揚げ物。
 それでも大豊は止まらず、油たっぷりこってりの揚げ物部隊を
 自慢のパワーとタフネスで殲滅する。
 速い、速すぎる、瞬く間に海老の軍勢が消えていく。
 たった二機でこれだけの数相手に……

「なんなんだ……これ……なんなんだよ……!?」

 円卓の上の戦場で躍り狂う二人の悪魔を前に、恐怖すら覚え呟いた。
 その時である。

「皆さんこんばんは! アリーナプレイヤーのフランツ・ブラオです!」

 ステージに設置されたスピーカーから急に声が響く。
 全ての客の視線が一点に集中する。
 そこには異様にひきつった顔の男性。
 誰もが一度は見た顔、ステラもその顔を知っていた。

「F・ブラオ!? あの人も来てたのか……」
「ブラウス……?」
「ブラオね、小夜」

 突然の出来事に力尽きていた姉妹達も顔を上げる。
 ブラウスは関係無い。

「本日は皆様に私から一つ、口止めをさせていただきたいと思います。
 俺とヴァッシュ……ああ、いや、アッシュガルの会話をお聞きした方は……
 今すぐその内容を忘れてください!」

 こころなしかその顔には集中線が見えたり見えなかったり。
 その迫力に唖然とする客。
 ほぼ全員、頭の上に「?」を浮かべている。
 慌てているのはヴァッシュ一人、
 その他のヴァッシュ組は呆れて言葉も出ない。
 否、アシュリーだけは他の客と同じく「?」を浮かべている。

「待ってくれブラオさん! 俺はあんたにそんな迷惑をかけるつもりは無ぇんだ!」

 ヴァッシュも壇上に駆け上がり、マイクをぶん取ると……

「ブラオさんは悪くねぇ! みんな……今日の事は忘れてくれ!
 頼む! この通りだッ!!!!」

 ここでまさかの土下座。
 以前ブラオとの決闘で見せたあの土下座と同じ、美しいフォームだ。
 客の「?」が二つに増える。
 そしてそれに負けじと……

「君がやる必要はない! のせてしまった俺の責任だ!
 皆さん! お願いします! 俺の顔に免じて!!!!」

 土下座が二つに増える。
 「?」は三つに増える。
 どよめく店内、変な空気、楽しそうなジャック。

「あの方さっきから一体何を仰ってますの?」
「わかりません」

 そう、誰もわからないのである。
 この二人が跪いている意味を。
 そう、誰も聞いていなかったのである。
 この二人がした話の内容を。
 だが何を勘違いしたのか、ブラオはそのどよめきに自分達が許されていないと感じた。

「こんなことで許されるなんて虫のいい話は無い……わかってる……」
「くッ……ブラオさん……俺達はどうすれば……!」

 今度は急に立ち上がるブラオ、ヴァッシュもなんだかよくわからないが立ち上がる。

「今日、俺がこのお店を出るまでの間に皆様がご注文した物は……
 口止め料として、全て俺がお支払いいたします!!!!」

 ブラオ迫真の顔面。
 しーんと静まり返る店内。
 眼鏡を曇らせるレナ。

「う、ぉ、え、ちょ……ええええええ!?!?!?」

 顎が外れそうなヴァッシュ。
 この瞬間、この席に座る者は全員、ブラオに奢ってもらう事となった。

「……駄目ね、自分で気づいてないけどアレ、調子に乗ってるわ」

 つまり、金ならあると言っているのである。
 それはもう……だからといって彼女の目の前で勝手に謎の大盤振る舞いは
 流石にやり過ぎである。

「AC以外となるとホントにポンコツなんだから……私じゃなきゃとっくに逃げてるわよ」
「あらぁ? お惚気かしら?」
「半分はね」

 呆れながらもコレである。
 ピーファウルとジャックもニヤリと口角を上げ、ぐいっとくっ付くと……

「ジャック、アタシ達も負けてられないわよ?」
「そうだね。 彼の奢りのようだし、もう一杯くらい頼もうか」

 ブラオの奢りに最初に乗ったのは、身内だった。

「食べ放題アルぅぅぅぅ!!!!」
「いやおかしいおかしい!!!!」

 アイドルもアイドルで遠慮がない。
 ステラの訴えも虚しく、ずっしり重く分厚いTボーンステーキと
 追加の皮付きポテトとワームフライが運ばれる。
 大豊め、敵部隊は殲滅したはずだろうが!
 何故増えている!?
 円卓上の戦争はまだ続く……。












「なんかわからんけどタダになったのう」
「よし、追加するか! 一番いい酒だ!」
「じゃの。 ブラオ坊やにかんぱーい」
「かんぱぁーい!」

 ”大丽花”と白毛は、奢りになって急に酒の味がランクアップしたのを感じていた。






登場人物



関連項目


投稿者 ガリ・カオス
最終更新:2024年03月07日 12:37