「・・・全損だバカ野郎!!」
人類の矮躯には、BAWS第二工廠はあまりにも広すぎる。
開け放たれた天井へ、ジュリーリグ・マックス
怒声が幾重にも反響しながら吸い込まれていく。
「うはははははは!!
流石のラッシュジョブでもこいつはお手上げか!」
RaD時代の古馴染みの衰えぬ鑑識眼に満足し、
豪快に大笑するタングステンの声もまた工廠内に響き渡る。

マックスの目前には、大破した惑星封鎖機構製超大型執行機、
『カタフラクト』の残骸が鎮座している。
先日の戦闘で解放戦線が氷原から回収したものだ。
元はと言えば、件の『レイヴン』の仕業である。
この最強の陸戦兵器の弱点を、奴はよく熟知しているらしい。
機体制御を司るコアMTは、完膚なきまでに破壊されていた。
つまり。コアになる機体を新たに用立てればまた、
戦力として運用できる可能性がある。

「お前の腕前を見込んで・・・だなんてよ、
殺し文句に乗せられた俺がバカだったぜ。
ここから元通りに復旧しろだなんて、
いっそゼロベースで新造する方がナンボかマシだぞ」
独立した元同僚の顔を見にきた・・・と宣うタングステンが
アッシュカンパニーのカーゴトレーラーの上の
RaDバルテウス』をジロジロ見ていた時から、
嫌な予感はしていたのだが。

「ハハハハ!!まさかまさか」
ヴァッシュの危惧を、タングステンは一笑に伏す。
「元通りに、などとつまらんことは言わん!
この際だ、持てるリソースを最大限活用して
せいぜい我々らしく魔改造してやろうじゃないか。
どうだ!エンジニア魂を唆られるだろう?」
久々に再会した師弟のため息が一つに重なる。

「な〜〜〜に、安心しろ!
俺も技術屋の端くれだ、大仕事になることぐらいは
承知している!!見ろ!!頼りになるご同輩を
俺が呼んでおいてやったぞ!!」
自信満々に宣うタングステンの掛け声と共に、
別室に控えていた『助っ人』たちがぞろぞろと姿を見せる。

「へぇ・・・こいつが実物かい?流石の俺も
カタフラクトにお目にかかる機会はなかなかねぇ。
テンション上がるなァ〜〜〜!!!」
ブラックリスト随一のスピード狂信者、パンドラ
「オーケーオーケー、アンタらがこのプロジェクトに
呼ばれた運のないお仲間かい?
まずは駆けつけ一杯、乾杯と行こうじゃないか」
Re:Dの酒と爆薬の伝道師、マヤウェル
「BAWSとの共同開発については私にも経験がある。
大いに頼ってくれたまえ」
狙撃一筋に伊達と酔狂を貫く趣味人、ジャックスナイプ

「余計に不安だよ!もはや大事故への確信しかねぇよ!!」
何が悲しいって、3人中3人がバチバチに知り合いである。
「お〜〜いおいおい、寂しいこと言うなよォルーキー?
アリオーンの時だって、最後は結局お前さんも
ノリノリだったじゃねぇか」
一人だけ常識人ヅラしても無駄だぞ、
と言わんばかりにニタリと笑ったパンドラが、
悪友との再会を喜びヴァッシュの首に左腕を絡める。

「その節は本当に世話になった。
途中で何度その眉間をぶち抜いてやろうかと
思いもしたが・・・コホン。
結果的には、素晴らしい機体ができた。
今回も、お互いに最善を尽くそう」
恩人との再会を喜ぶアシュリーが差し出した掌を、
パンドラは残る右手で握り返す。
「お前さんのガッツならモノにできると信じてたぜ。
また後で実戦運用データもじっくり見せてくれよな。
なんならいっちょ、俺の愛機と模擬戦でもどうだ?」

「オーケィ!チームワークにも期待できそうで何よりだ!!
それじゃ早速、楽しいお仕事の時間と行こう!!
まずは現状の確認だな。ラッシュジョブ。
アンタの目で見て、コイツの状態はどうだ?
活かせそうな場所はどのくらい残ってる?」
タングステンから話を振られ、マックスは
中央のテーブルに自分が加筆した図面を表示する。
彼の丁寧な職人気質を感じさせる端書きだらけ図面は、
至る所に『×』が書き足されている。

「ざっと見た感じ、無事と言えそうなのは
メインシャシーくらいだな。他はあらかた逝ってる。
主機は跡形もなく吹き飛んでやがるし、
主砲を中心に電装系もオーバーロードで真っ黒焦げ。
なぁおい、どんな使い方をしたらこうなるんだ?」
確認を求められ、あくまで書記に徹していた
タクティル・イテヅキが初めて会議に参加する。
「これは・・・作戦に参加していた傭兵の一人、
Eランク『あとるちゃん』がカタフラクトの
システムに干渉して、強引に設計限界以上の
出力で主砲を運用した結果ですね」

マックスが、その名を聞いた途端に
本日何度目になるかわからぬため息を吐く。
「おいおい、またあの小娘か・・・いよいよもって
何者なんだあいつは・・・?まぁ、今はそれはいい。
その時についた火で、可燃物はあらかた燃えちまってる。
装甲は、信用しない方がいいだろう。
履帯の方も、相当無理くり転がしやがったな、これは。
まぁほぼ全とっかえだ。
そこら全部ひっくるめて、一言で言えばスクラップだ。
マトモに考えりゃバラして端材にするところだがな・・・
残念ながら、ここにはマトモそうな奴は一人もいない」
努めて漏れそうになるため息を飲み込み、
預かった仕事への責任感を込めた眼差しで
イカれたメンバー達を眺めまわし、マックスは告げる。

「俺たちがすべきことは山積みだ。
まず電装系が死んでやがるから、封鎖機構お得意の
大出力エネルギー兵装は軒並み使えねぇ。
乗っける武装はゼロベースで新品を用意する。
動力源は新品を適当に見繕う必要があるな。
コイツを棺桶にしたくないなら、装甲も貼り直せ。
足回りも何かしら新しく作り直すしかない。
まぁ、なかなかの大仕事になるぞ。
お前ら、気合い入れろ!!」
親方の一喝に、オオーッ!!とばかり
集まったメンバーが鬨の声を上げる。

山積みの課題を前にして、マッドサイエンティスト達は
むしろ一層爛々と目を輝かせる。
要するに、このデカブツを俺たちの趣味で
思う存分に魔改造してもいいのか?
とでも言わんばかりである。
「武装についてだがね。実際に建造、整備を行うのが
BAWSであるなら、初めから封鎖機構製の
エネルギー兵器は想定すべきではないだろうな。
彼らでは扱い切れるまいよ」
ジャックスナイプの意見に、メンバー達も頷きを返す。
何しろ、同社の技術に惚れ込んで自費で
AC用スナイパーキャノンまで共同開発した男だ。
説得力が違う。

「似た規模感なら、BAWS製四脚型重MTの武装群を
参考にする方が整備や運用の点で有利ではなかろうか」
アシュリーの意見に、ジャックも首肯する。
「ああ。電装系が死んでいるなら好都合だ。
実弾や爆発物を主体とした武装構成に
対応できるように引き直すべきだろう。
そうすると・・・それなりに選択肢が出てくるわけだが。
イテヅキ君。キミならこの機体を、どのように運用したい?」

ジャックスナイプの質問に、イテヅキは澱みなく回答する。
「まず、弊機の主任務は部隊の指揮統帥であり、
前線における切り込み役ではありません。
むしろ、広域の戦況把握、足の速さと手の長さを
兼ね備えた遊撃性能の最大化を志向いたします。
カタフラクトの出力を活かして広域レーダーを搭載し、
長射程の武装による火力支援と
陸戦兵器最高クラスの高機動性を併用すれば、
より広域への援護、遊撃が可能となり、
友軍の生存率も格段に向上するでしょう」

「要するに、戦術上の穴を自分で塞ぎたいわけだね。
遠距離攻撃ならまずは山盛りのミサイルだな。
AC用ではマネできないような火薬量を
ぶち込んだ特製の花火をこさえてやるよ。
いやぁ、腕がなるねぇ」
ここぞとばかり進み出たマヤウェルが請け負う。
「ミサイルも結構だが、それだけだと単調だな。
発射から到達までのタイムラグで、
相手によっちゃ対応できちまう。
合わせて使える信頼性の高い狙撃武装がやっぱ欲しいぜ」

ヴァッシュの意見に、マックスは心当たりがあるらしい。
「それならな・・・俺がやった仕事が
応用できるかもしれん。ヴァッシュ、お前さんも
覚えているだろう。カーラが組んだ秘密道具を」
その言葉に、ヴァッシュはごくりと息を呑む。
「あ・・・アレを積むってのか!?
オーバードレールキャノンを???
そんなバカな、とでも言わんばかりである一方で、
溢れんばかりのロマンにヴァッシュの目は
キラキラと輝いている。

「流石に、そのままとは言わんがな。
遠距離から最大限の貫通力と弾速を実現するなら
コレに勝る得物はあるまいよ」
こと狙撃兵装と聞いては、ジャックが黙っていられない。
「素晴らしいアイデアだね・・・!!
私も、狙撃砲の開発には経験がある。
試射と調律はぜひ私に一任してもらおうか」

「うむうむ!俺の見立ては間違っていなかったな!!
コレほどの馬鹿でかいオモチャを前にすれば
お前さん達は黙っていられるまい!!
さて。武装面はまとまりがつきそうだが、
そうなると問題は足回りだな。
イテヅキ殿が想定する運用だと、直進速度を
もっと追求したくなるが・・・」
活発化し始めた議論に満足げなタングステン。
彼のふとした呟きを、この男は聞き逃さなかった。
「なぁ、・・・アンタ。スピードが・・・
今、スピードが欲しいって言ったよなァ?」
ぬるりと割り込んだパンドラの目が、不吉に輝く。
「とっておきのブツがあるんだよなぁ〜コレがッ!!
見ろ!!パンドラ様特製緊急展開用複合ブースター、
『ヴァンガード・オーバード・ブースト』だッ!!!」
「「う、うわぁ・・・」」
ディスプレイを占拠したパンドラの新たな図面は、
その場に居合わせたイカれ技術者達をして
ドン引きさせるほどの代物だった。

「燃料タンクと一体化したブースターの束だな。
確かに、コレを背負えばえげつない速度が出るだろうが」
このスピード狂の最たる犠牲者の一人である
アシュリーとしては、背筋が凍りそうな逸品である。
「ブースターの燃焼効率に少しでもバラ付きが出たら、
明後日の方向にぶっ飛んで秒で空中分解だぞ」
じっとりと図面を眺めるヴァッシュのツッコミも、
当のパンドラはどこ吹く風といった風情だ。
「全部絶好調なら問題ねぇんだろ?
そこは飛ばしてみりゃなんとでも調整できるさ」
他人の予算だと思って、初めから山ほど試作して
でかい花火を打ち上げまくる気満々である。

「そうなると、この暴力的な加速に
ついていける足回りが欲しくなるねぇ。
せっかくエンジンが吹っ飛んでるんだ。
面白いアイデアがあるんだが試してみないかい。
次世代ハイブリッド、磁気火薬複合加速方式さ。
初速の飛びも最高速の伸びも異次元だよ」
マヤウェルがさらりと如何にも整備性が凶悪そうな
新方式を提示すれば、血走った目でパンドラが食いつく。

イカれたアイデアが飛び交い、ヴァイキングの皿と化した
カタフラクトの図面の上には悪魔的アイデアの
フルコースが山と積み上げられていく。

イテヅキは余計なことは何も言わない。
彼女とてプロフェッショナルである。
上層部からの命令もあったれば、
それがどんな代物に仕上がろうともきっちりと
乗りこなしてみせる覚悟であったが。

いやいやいやいやいやいやいや。
それにしても、これは・・・

かくして、マッドサイエンティストが持てる
叡智を結集したビックリドッキリメカが
爆誕する次第となったわけだが。

そんなもん、すんなり産まれるワケもなく。
「アッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!
コイツはサイコーだぜぇ!!
正に天にも昇る乗り心地だぁ!!!」
「オイオイ・・・そのまま天国まで逝く気か??」
VOBは天をのたうち回り。
「出力臨界まで80、90、100・・・
おい君、リミッターが機能していないぞ。
130、150、170・・・総員退避ィ!!!」
オーバードレールキャノンは溶岩流に姿を変え。
「ほいさ!ほいさ!どっこいせ!まだまだいけるよ、
もっともっと詰め込んじまいな!!
あ。ヤッベ、タバコ落としちまった」
火薬は夜空に盛大な花火を打ち上げて。
「あああああああああああ゛〜〜〜!!!
まとまるワケねぇだろこんなモン!!!」
まとめ役の親方の胃はストレスで決壊する。

そんなこんなで、悪夢のデスマーチの末に。
イカれポンチどもの屍の山を墓地に送ることで
狂気の融合モンスターが場に召喚される。

「「「で・・・できた・・・」」」
肌はガサガサ、頬は痩せこけ、連日の徹夜で
全身から香ばしい匂いを漂わせた
技術者達が、目だけは爛々と輝かせたままで
自分たちの狂気の産物をうっとりと見上げる。

背には山盛りのVTFナパームミサイル。
その上にはオーバードレールキャノン。
両脇には名銃ランセツRFをそのまま3倍に
拡大したようなバーストキャノンが一挺ずつ。
ジェネレータはBAWSの最上位モデル、
HOKUSHIが6連結。
回転式砲塔の後ろにはヤケクソじみた
ブースターの束が括り付けられ、
後輪は噴射口の束、前輪は巨大ドリル。
コアAC格納部は本体の火器運用の自由度を
確保するため、もちろん剥き出しのままだ。

至極控えめに言って、正気の沙汰ではない。

「これはこれは・・・見事な仕上がりですね」
イテヅキのコメントからは、感情が消え失せている。
「全くだな!!どんな活躍を見せてくれるか、
俺も今から楽しみだ!!」
そこに込められた皮肉を知ってか知らずか。
豪快に笑い飛ばすタングステンが、
徐にイカれたメンバー達へ告げる。

「よォし!!ではこの調子で、
次の一台も行ってみようかァ!!」
屍の山の背後でシャッターが開く。
最初の一台に負けず劣らずのスクラップが
そこに鎮座していた。
BAWS第二工廠に強制監査を実施した
惑星封鎖機構が持ち込み、破壊されたものだ。
またしても、あのレイヴンの仕業である。

油が切れた機械のように、ギシギシと。
ゆっくりと背後を振り向いた
マッドサイエンティスト達が次なる課題を
視界に収める。

落ち窪んだ眼窩の底で・・・
その瞳は、新たな獲物を見つけた悦びに震えていた。




関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年03月06日 04:52