延々と低いうなり声をあげてミドルレイヤーから下り続けた昇降機は、一瞬の浮遊感の後にいくから乱暴な衝撃と共に停止する。
 籠の中で揺られてしばしぼんやりしてたパイルフィッシュはびくりとなって我に返った。

 「ついたで」

 ザルコンに促されてエレベーターから降りるとそこには広いフロアがあり、二人と同じように黄色い防護服を着こんだ作業員たちが電動カーゴを引きつつ行きかっていた。
 今しがた引き上げてきたカーゴを駐機スペースに止めると、そのフロアの奥にある扉の前に向かう。
 扉は二人が近づくと自動で開き、中に入ると機械の作動音がして四方八方から洗浄液が吹きかけられる。
 その勢いは壁に並ぶシャワーヘッドごとにまばらで痛いほどの圧力で吹き付けてくるものもあれば、ちょろちょろと老人の放尿よりも勢いに乏しいものもあったがともあれ20秒ほど噴射すれば止まる。

 その次のフロアでようやく臭くて暑苦しい防護服を脱げるのだ。

 汗ばんだ肌が外気にさらされ、気化熱によりひんやりとするのが心地よい。パイルフィッシュはここでようやく人心地がついたように深く息をした。
 その時、居住エリアにつながる扉が開いて三人分の人影が出てきた。

 一人はずんぐりとした短駆に胡麻塩頭の中年男。ここを仕切るサヘ―親方。
 その親方と並んで歩くもう一人は長身の男と、その後を若い女が付き従って歩く。二人ともその場には不似合いなスーツ姿であった。

 ザルコンとパイルフィッシュがもの珍しげな視線を向けていることに気付いたサヘ―はこちらに一瞬だけ視線をよこし、また客人と思しき二人に向き直り上層へと通じるエレベーターを指し示した。
 それから一言、二言なにか言い交わし、二人がエレベーターに乗るまで見送ったところでサヘ―親方のほうからこちらに向けて声をかけた。

 「おう!戻ったか」
 「親方、今の方は?」

 ザルコンが尋ねるとサヘ―は天井を指さして言った。

 「オカミだ」
 「お上ってぇことは、アッパーのほうから直々に来られたんで?」
 「せや、そのことは後でお前らにも話す。飯食ったら皆を集めてくれ。それと、そこの……」

 サヘーはそう言って指し示すように顎をしゃくった。

 「…パイルフィッシュです」
 「ほうか。そのボン(ぼうず)もつれてこい」

 それだけ言うとサヘ―は事務室に入っていった。
 その背中をパイルフィッシュの視線がどこまでも追っていく。

 「おい、どないした?飯いくで」

 怪訝な顔を浮かべてザルコンが呼びかけた。

 「親方、今、おれに来いって」
 「言うたな」

 パイルフィッシュのほうけた顔に、急に赤みがさし、喜色が広がる。

 「それって俺に来いってことっすよね!?」
 「今、そういうたろ」
 「つまり、俺が必要だから、親方俺に来いって……」
 「くどい!そうだというとろーが なんやねん!」

 ザルコンの声に怒気が混ざるのも意に介さず、パイルフィッシュは欣喜雀躍とした様子で笑みを浮かべて騒ぎ出す。

 「親方が俺を認めて、俺が来る。行く…ってことかぁ…てぇことはつまり俺がなんだ、あれだ……」

 あきれたザルコンはこの若者を放置して、昼食を取りにその場を後にするのであった。




 昼食後、パイルフィッシュは、サヘー配下の中でも組と呼ばれる小集団のリーダー格と共に一室に集められた。
 パイルフィッシュの横に居並ぶものたちの人相は押しなべて悪く、ある種の凄みを放っており、そんな中に自分がいるのは場違いなように思われた。
 そんなことを考えてるうちに部屋の中央にある演壇にサヘーが現れた。

 「このあいだ、ミドルで放火があったやろ」

 開口一番サヘーはこうきりだした。

 「エンテンシュウちゅうてな、そいつらの仕業や。ほんでな、そいつらを捕殺せぇと『お上』から仰せつかった」

 ここで言うお上とは広義ではグリッド051を取り仕切るアッパ-レイヤーの支配層、狭義ではすなわち頭取その人を指す。
 その一語で場はにわかにどよめきたった。

 「ホサツってなんや?」
 「ホトケにしろっちゅうことやろ?殺しや、殺し」
 「そりゃ菩薩や」

 「アホウ供が!とっ捕まえるか、殺すかせぇちゅうことや!」

 めいめい勝手に議論をし始める手下たちを濁声が大喝した。
 静まるのをまってサヘ―は傍に控えていたザルコンに眼で合図をする。

 それを受けるやザルコンは手元の端末を操作すると、照明が落とされ、会議室中央のスクリーンにグリッド内を捉えたと思しき監視カメラの映像が映し出される。

 「こいつはこの間の事件の映像や」

 スクリーンに浮かぶミドルレイヤー居住区。最初に爆発があって、それと共に火の手が上がる。
 青白い炎と共にはげしい光を放つそれはテルミット反応を起こして燃焼しているようで、爆発物には焼夷剤として可燃性の物質が使われていることがうかがい知れた。
 そこで別の街路に映像が切り替わる。

 逃げまどう人群の先には鉄路を走ってあらわれた軌道車両。

 「話では避難列車が来るからそれに乗れと言う者がおったらしい」
 サヘーが解説を挟む。

 言われるがままに希望にすがったのだろう。人波は列車に向けて流れ出す。
 その列車から出てきたのは耐火服をまとい背中にボンベを、手にはそれとホースでつながった放水銃らしきものを背負った一団であった。
 救援に駆け付けた消防士であろうか?
 そのような希望をいだき列車に向けてかけてくる避難者に向けて消防士から紅蓮の炎がひと舐め。

 火炎放射器だ。

 たちまちに人垣が炎につつまれる。
 映像に音声こそは入ってないが、阿鼻叫喚が聞こえてきそうな絵面であった。

 また映像が切り替わる。
 今度は周囲が炎に包まれるなか戦う二機のACとそれを取り囲むMTが映し出される。
 戦闘の様子から一方は火炎放射器を装備しているようで、相手をなぶるように翻弄しじりじりと焼き殺そうとしてるようであった。

 「こいつは緊急で雇ったACが連中と戦ってるところや」


 最後に映像は追い詰められた雇われのACがアサルトーブスートを吹かしてヤケクソめいた突撃を試みるが、あえなくかわされ側杖をくらったMTと絡み合って画面外にすっ飛んでいくところで途切れた。
 パイルフィッシュの目が映像にくぎ付けになったいた。そに映っていたものは紛れもなく自分が先日受けた依頼時の一幕である。
 それをみていると、あの時の悔しさと恐怖と、そして今、一つ、救えたはずの者を救えなかった罪の意識が芽を出しはじめ、パイルフィッシュ本人も気づかぬうちに爪が食いこむ程に拳を握りしめていた。

 「以上や。見ての通り連中はMTどころかACまで備えとる」

 そう言うと、ふっと室内に明かりが戻った。
 それを期にがやがやと配下たちはしゃべり出す。その中の一人が質問を発した。

 「こないなケッタイなもんどうもちこんだんです?」

 もっともな質問である。グリッドの出入りには一応検問があり、兵器の類は指定の駐機場に置かれ管理されているはずだから。

 「知らん」

 サヘ―は答えた。

 「それも含めて調査せよともいわれとる」

 事件直後にミドルレイヤーには戒厳令が敷かれ封鎖されている。
 それに穴がなければ下手人はまだそこに潜んでいるはずだというのが大方の見立てであるから、探し出して始末しろということであった。
 それからまたどよどよと声が湧きだすなか質問が出た。

 「それで、わしらになんの得があるんで?」
 「ない」

 サヘーは答えた。

 「警備のためにミドルの場所を借すというからそこでシノギができるで」

 サヘーの語を継いでザルコンがいった。

 「それだけでタマが張れるかい。死ぬかもしれんでぇ」
 「おう死ね!市井を守る戦いで死ぬなら男の晴れやろ」

 ザルコンは言い返した。

 「そう言うあんたは行くんかい?」
 「俺かい?俺は行くよ」

 からりと答えた。

 ここに詰めてる者はサヘーの配下ではあるが、軍隊のような明確な指揮系統と規律に服従するような集団ではない。
 ボトムレイヤーの主であるサヘーの名の下に与えられる庇護と認可を受けながら各々の裁量で商売をする個人事業主のようなものである。
 親方の恩に報いるのが彼らの渡世の作法だが生き死にがかかるとなると尻込みをする者も出る。
 所詮は真っ当な生き方をできない無頼の集まりなのだ。生粋の戦士ではない。

 それから色々と意見や質問が出たが騒ぐばかりで話がまとまらず、サヘーはだんだん面倒になってきた。

 「ええい、だまりくさらんかい!行くか行かんかそれだけのこっちゃ」

 それだけ言えばサヘーの威厳も確かなもので会議室は静まり返る。

 「強制はせん。行く者は立て。行かん者はすわってろ。残る奴はここの世話をせぇ」

 「ほなら行きまっさ」

 一人の男がそう言って立ち上がると、それにつられて他の者も一人、また一人と立ち上がり始めざっと七割ほどが起立していた。
 パイルフィッシュもそれにつられて立ち上がる。この時、誰も悟ることはなかったが、彼にはサヘーの視線が注がれていた。

 「話は終わりや。お前らはこのことを手下たちに話して同じように行くものを募れ。そんで明日、格納庫に兵隊を集めろ」

 場が収まるのを待ってからサヘーはそれだけを言うと椅子から立ち上がり、会議室を出ようとしたが何かを思い出したようにふと立ちどまった。

 「せや、ボン」

 唐突に呼ばれたが、それが自分の事なのかパイルフィッシュは判断がつかずキョトンとして自分を指さす。

 「せや、お前や。おれと来い」

 言われるがままに周囲の視線を気にしながらおずおずとサヘーの後に続いて部屋をでた。


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投稿者 8玉
最終更新:2024年11月26日 00:23