登録日:2020/09/21 Mon 17:00:00
更新日:2025/01/29 Wed 18:53:05
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『まんが道』は、藤子不二雄Ⓐによる自伝的
漫画作品、及びそれを原作としたドラマ作品。漫画家を目指す2人の少年の成長を描いた長編青春漫画である。
■概要
漫画家ユニット・藤子不二雄によるシリーズとしては最長連載作品で、シリーズの連載は幾度かの中断を挟みながら43年間の長期にわたり、2013年に完結した。
完全な自伝ではなく、実話を軸に創作を織り交ぜた形になっている。作者曰く「実話7割、フィクション3割」。
手塚治虫をはじめとして、当時の漫画家たちの多くが実名で登場し、出版社や雑誌、当時の漫画家を取り巻く環境もそのまま描かれているため、戦後漫画草創期の貴重な記録にもなっている。
この作品を読んで漫画家を目指した者も数多い、青春漫画の名作である。
●目次
■あらすじ
富山県高岡市の定塚小学校に転校してきた主人公の満賀道雄が、才野茂と出会い、漫画を通して意気投合し、
同人誌を出したり漫画雑誌に合作を投稿したりしながら、ついにプロ漫画家「足塚茂道」としてデビュー。その後、「満才茂道」として活躍するまでを描く。
大長編であり、年代順に「あすなろ編」「立志編」「青雲編」「春雷編」「愛…しりそめし頃に…」となっている。
◆あすなろ編
『
週刊少年チャンピオン』1970年8号から1972年30号まで連載。
元々はマンガ指南企画「チャンピオンマンガ科」の枠内で
『マンガ道』というタイトルで1話2ページで連載されており、「あすなろ編」というタイトルは後日付けられたものである。
この「あすなろ」という言葉は、最後のコマに掲載された井上靖『あすなろ物語』の一節より採られている。
満賀と才野の出会いから、宝塚の手塚治虫宅訪問までを描く。
◆立志編・青雲編
『週刊少年キング』1977年46号から1982年22号(休刊号)まで連載。
一般的に『まんが道』として知られるのはこの編である。
手塚宅訪問から、満賀の新聞社就職、足塚茂道としての漫画家デビュー、上京、トキワ荘引越、原稿大量落とし事件、『漫画少年』廃刊、満才茂道への改名までを描く。
執筆時期によって順番に『立志編/青雲編/青春編/奔流編/再生編』となり、単行本では「立志編」を除く4編をあわせて「青雲編」としている。
『週刊少年キング』の休刊に伴い、連載が終了した。そのためか、巻末には
「未完」と書かれている。
◆春雷編
NHK「銀河テレビ小説」枠でのドラマ化(後述)を受け、1986年から1988年に『藤子不二雄ランド』NO.115-NO.188の巻末に月1回ペースで連載された。全24話。
「青雲編」の
最終回から続く形となっており、鈴木伸一がアニメーターになるためトキワ荘を出ていくまでを描く。
子供向けということもあり、全体的にキャラクターの頭身が下がり、丸っこい絵柄になった。
◆愛…しりそめし頃に…
『ビッグコミックオリジナル増刊』1989年12月号と1990年4月号に読み切りとして掲載された後、1995年12月号より正式に連載が開始され、2013年5月号をもって完結。
『愛…しりそめし頃に…』の完結をもって、『まんが道』は「あすなろ編」から通算して43年の歴史に幕を下ろした。
単行本では『愛…しりそめし頃に… 満賀道雄の青春』というタイトル表記になっている。略称は「愛しり」。
小野寺由恵との出会いから『海の王子』の完結までを描く。
少年誌から青年誌へ連載の舞台が変わったこともあり、キャラクターの風貌がそれまでの少年誌向けの子供っぽいものから、年齢に相応の青年らしいものに変更されている。
内容も満賀の私生活のエピソードが中心となり、才野の出番は大幅に減った。
タイトルが示す通り、青春時代の満賀の恋愛模様が多く描かれており、夜の繁華街の描写が多数あるなど、掲載誌の変更に合わせて読者の対象年齢が上がっている。
また、エピソードの最後のコマではその回の内容に合わせた詩や歌詞が作者名と共に引用されて締めくくられるが、そのほとんどが藤子Ⓐの変名による架空のものである。
単行本では巻末附録として、作品中に登場した漫画が雑誌掲載時のまま復刻されていたり、藤子Ⓐがスクラップしていた当時の記録が収録されている。
■登場人物
◆主人公とその関係者
モデルは作者である藤子不二雄Ⓐ自身。
父を早くに亡くし、母・弟と三人暮らし。
転校先の
小学校で才野茂と出会い、漫画を通して意気投合し、生涯を通した親友となる。
高校を卒業後、伯父が社長を務める立山新聞社に一時勤務するが、漫画家という
夢の実現のために才野と一緒に上京し、才野とコンビを組んでプロ漫画家として活躍する。
コンビは単なる同業というわけではなく、2人の財務も彼が担っていた。
『愛しり』では、現実の藤子Ⓐ氏と同じように編集者や寺田、園山らと飲みに行ったり、風森(森安)、永田らと女性を交えて遊びに行くなど、私生活が多く描かれている。
生家は禅宗の寺であり、精進料理ばかり食べて育ったため、肉や魚などの動物性タンパク質を受けつけない体質。
原稿の締め切りに間に合わなかったり、編集者が原稿を紛失するような悪夢を見る癖がある。
また、全編通して非常に惚れっぽく出会った美人にすぐ熱を上げる癖があるが結局漫画道を選んでしまい関係は進まなかった。
モデルは
藤子・F・不二雄。
親友である満賀とコンビを組んで作品を執筆する。
高校卒業後製菓会社へ就職するが一日で退社、自宅でコツコツと作品を描きながら実力を積み重ねる。
弱気になった満賀を常に支えてくれるベストパートナー。
現実の藤子不二雄コンビの関係通り、この手の作品ではありがちな相棒同士の仲違いや喧嘩などは殆どなくお互いに全幅の信頼を寄せていた。
『愛しり』では顔のデザインが変更され、F先生の自画像に近いものになっている。
『愛しり』の連載中に藤子・F・不二雄が亡くなり、『愛しり』2巻の巻末に追悼として描かれた『さらば友よ』が収録されている。
- 足塚 茂道→満才 茂道
満賀と才野の合作時のペンネーム。
名前を決める時、手塚治虫にあやかって「手塚茂道」と考えたが、そのままでは気が引けたため「手」を「足」に変えた。
各社の原稿を大量に落とした時に、心機一転の意味と足塚の名前だと手塚を超えることはできないということで「満才茂道」に改名した。
女手一つで伯父の経営する喫茶店で働き子供達を育てる。
優しい性格で、道雄が新聞社を辞め、上京を決断した時も余計な口出しをせずに自主性に任せていた。
道雄の4歳下の弟。母親のことは自分が面倒見るからと、兄が上京して漫画家になることを応援する。
道雄の母の兄で、立山新聞社の社長。
高校を卒業した道雄を強引に新聞社に入社するよう命じる。
道雄が漫画家を志して新聞社をやめることになった際、激怒して今後一切面倒は見ないと通告するが、後に自身も親会社と意見が対立して退社。
道雄の判断は間違っていなかったと認め、和解した。
モデルは藤子不二雄Ⓐの伯父で、富山新聞社社長を務めた鍋島弘蔵。親会社の社長との確執から社長を辞任したのは事実。
両国に住む満賀の遠縁にあたる一家。
おじさん、おばさん、娘(サチコ)、息子(たつお)の四人家族。
満賀と才野は、時計の修繕をしているおじさんの仕事場だった二畳間に5か月間下宿した。
おじさんは寡黙な性格であるが、「毒ヘビは急がない」の格言を贈ったり、敷金3万円が払えずトキワ荘への引っ越しを断念した二人に4万円を心良く貸したりするなど、二人を物心両面から応援した。
◆高校時代の関係者
高岡高校の同級生で、彼の持っていた手塚治虫の『
新宝島』が満賀と才野の運命を決定づけることになる。
それまでの漫画とは全く異なるリアルなタッチの漫画を描く夢を満賀と才野に熱く語り、作品を出版社に送るなど積極的に行動。
大阪に引っ越す際に満賀と才野に「どちらが先にプロの漫画家になるか競争やで!!」と力強い言葉を残し、二人に漫画家になることを強く決意させる。
後に『拳銃魔』という作品でプロデビューを果たした。
別れた後も二人の回想に時折登場するが、『愛しり』には登場しない。
架空の人物であり、名前の通り「劇画」を産み出したさいとう・たかをがモデルとされているが、実際に劇画が誕生したのは作者のデビュー後のことである。
満賀の高校時代のクラスメートで、男子生徒のあこがれの的。
漫画に打ち込む満賀のことを応援している。
満賀は涼子にほのかに恋心を抱くが、高岡大仏の前で年上男性とのキスシーンを目撃してしまい一方的に失恋。
だが彼女もその妻子ある年上男性に振られ、
自殺してしまう。
版によっては名字が「桜井」だったり。
満賀のクラスメートで実家は旅館業を営む。
武藤の家で行ったタバコや酒の入ったパーティーに参加した満賀を、学校のボスの名を借りて金を騙し取ろうとした。
早稲田大学に進学してからも満賀の前に現れて強引に金を借りていくなど、作中屈指のイヤな奴。
架空の人物であり、作者曰く色々な同級生のイメージを混ぜたものであるが、顔は作者の高校時代の親友をそのままモデルにしたものであるという。
満賀道雄の高3時代の担任。
手厳しいことも言うが、授業中に満賀から没収した漫画の原稿を「ていねいに描いてある」と放課後に返却してくれたり、卒業時には一旦新聞社に勤めることになった満賀に「自分の漫画も描くことを忘れちゃいかん」と声を掛けていたり、満賀の夢に理解があるいい人である。
満賀の背が小さいことをイジって満賀の心を傷つけた高1時の教師の数十倍はマトモである。
高岡の文苑堂書店の店主。
満賀と才野の行きつけの書店で、『漫画少年』や手塚治虫の単行本はいつもここで買う。漫画家を目指す二人のことを応援している。
1年ぶりに二人が帰郷したときは、病気のため会えなかった。
藤子不二雄コンビが実際に通った書店であり、モデルとなった「文苑堂書店(高岡)駅前店」は、2019年に惜しまれつつ閉店した。
◆立山新聞社
立山新聞社は、作者が実際に働いていた富山新聞社がモデル。
学芸部時代の満賀の後輩で、満賀は彼女に恋心を抱く。
満賀は彼女と結婚して学芸部長になることを夢見ていたが、結局「まんが道」を選ぶことになった。
後に新聞社を辞めて上京し、早稲田大学に入学。東京へ出てきてからも何度か満賀を訪ねてくる。
『愛しり』にも彼女と思われる女性が数コマ登場しているが、失恋を示唆した内容となっている。
立山新聞社で給仕として働く満賀と同世代の青年。
社長の甥である満賀がすぐに部署に配属されたのを妬んできつくあたる。
名前の由来は「僻み(ひがみ)」だと思われる。
勤務初日に満賀が先輩社員の湯飲みを誤って割ってしまったことを即座にチクったり、仕事で大ミスをした満賀に嫌味を言うなど、とにかくイヤな奴。武藤よりはマシだが
それでも根は悪い奴ではないようで、賞与の支給日の帰りには満賀に家庭事情を打ち明けたり嫌味抜きの本音を語ったりしていた。
そんな経緯もあってか満賀が新聞社を辞める時にはこれまでの行為を謝罪し、満賀も快く許しており、関係は改善されていた。
日上と同じく立山新聞社の給仕で、こちらも満賀とは同年代。
明るく元気で愛想が良く、社員から可愛がられている。
満賀とは仲が良いようで2人で話すシーンも多いのだが、竹葉さんが登場してからは出番が激減した。
満賀の退社時には手編みのマフラーを贈っていた。
ちなみに日上は彼女に好意を抱いているようで、満賀が妬まれる原因の1つとなっている。
満賀が入社して最初に配属された図案部の上司。寡黙な性格だが満賀に親切に仕事を教える。
また版画家としての顔も持っており、日本版画大賞を受賞する。
モデルは富山新聞社に実際に勤務していた版画家・金守世士夫。
満賀が図案部の後に配属された学芸部の部長。
学生時代から作家志望であったが、夢を捨て立山新聞社に入社したという過去を持つため、漫画家を目指している満賀に目をかけ励ます。
大酒飲みで、酔っぱらったときはいつも満賀に介抱されていた。
たまに誤植で名字が「虎木」になっていたりする。
◆漫画家
作中に登場する漫画家は、後に「トキワ荘グループ」と呼ばれ、日本の漫画界を背負って起つ男達が中心になっている。詳細は
トキワ荘の項を参照。
満賀と才野のみならず、トキワ荘に住む全ての漫画家達の目標とする人物。
少年漫画界を牽引する第一人者であり、漫画の未来についても真剣に考えている。また、アニメーションを作りたいという夢も持っている。
足塚茂道の『UTOPIA 最後の世界大戦』を出版社に紹介したり、自身が住んでいたトキワ荘の部屋を二人に譲り、入居する際に敷金をそのままにしておいてくれたりするなど、公私にわたって世話を焼いた。
モデルは皆さんご存じ、「漫画の神様」こと手塚治虫。
満賀と才野が上京した後、若手の漫画家達で結成されたグループ「新漫画党」のリーダー。仲間内での頼れる兄貴分であり、親しみを込めて「テラさん」と呼ばれる。
井上一雄の『バット君』に憧れ、漫画家を志す。その影響で良質なスポーツ漫画を得意とする。
『愛しり』では、結婚してトキワ荘から渋谷のマンションへ引っ越す。
子供に夢と元気を与えた『漫画少年』を理想とし、明るく楽しいスポーツ漫画を描き続けていたが少年漫画が過激化してゆく現実を受け入れることができずに、「まんが道」を去ってしまう。
モデルは実在の漫画家、寺田ヒロオ。
『かばさん』の芳賀まさおの弟子で新漫画党のメンバー。トキワ荘の近くの下落合に住んでいる。
創刊号からの『漫画少年』のファンで、読者時代は投稿欄の常連。プロになってからは上品でかわいらしい漫画を描く。
後に、師匠の娘・恵子と結婚する。
モデルは実在の漫画家、永田竹丸。
漫画家としてのペンネームは「風田朗(かぜたろう)」。仲間からは「風(ふう)ちゃん」と呼ばれる。
初めて満賀と才野に会った時、ウォルト・ディズニーの話を熱く語り二人を面食らわす。
満賀と才野の次にトキワ荘に入居し、新漫画党のメンバーになるが、アニメーターに転進するためトキワ荘を出て、横山隆一が主宰するおとぎプロへ入社する。
その後独立を決意し、自主制作短編アニメ『ひょうたん』を制作する。
モデルは実在のアニメーター・漫画家、鈴木伸一。
高校在学中、『漫画少年』にて連載した『二級天使』で彗星のごとくデビュー。
上京後に赤塚と共に新漫画党に入り、トキワ荘に入居する。
新漫画党の中では最年少だが、デビュー後すぐに売れっ子作家となった。
漫画を描くスピードがとても速く、一晩で16ページも執筆するなど、遅筆である満賀と才野を驚かせる。
最愛の姉の死後一時スランプに陥ってしまうが、仲間達の励ましや世界一周旅行を経て
復活した。
モデルは実在の漫画家、石森章太郎(石ノ森章太郎)。
『漫画少年』の投稿欄の常連だったが上京後は売れない時期が続き、トキワ荘入居後は石森のアシスタントや本来描きたくなかった少女漫画を描くことで糊口をしのいでいた。
そのため将来を悲観し「まんが道」を諦めかけるが、寺田からアドバイスと6万円もの金銭的援助を受け、再起を決意する。
その後、穴埋めとして描いた『ナマちゃん』がヒットし、後に「ギャグ漫画の王様」と呼ばれる才能が開花する。
モデルは実在の漫画家、赤塚不二夫。
- 森安 なおや→風森 やすじ
『のらくろ』の田河水泡の弟子で新漫画党のメンバー。
ちょっと厚かましいけれど憎めない人物として描かれているが、そんな性格とは正反対の牧歌的な漫画を描き、満賀と才野に不思議がられている。
女の子とデートしたりコーラスに参加したりと人生を大いに楽しみ、満賀をたびたび遊びに誘う。
作中で『漫画少年』休刊を知った時に発した「
キャバキャバ」という笑い声が有名。
『愛しり』では
何故か名前が「風森やすじ」になり、デザインも変更されている。
後にトキワ荘を退居し、故郷の
岡山に帰って漫画を描き続ける。
モデルは実在の漫画家、森安なおや。
新漫画党のメンバーで、『漫画少年』で『ひねくれ卓坊』を執筆。個性的なタッチの作品で、満賀と才野も注目していた。
作品の質と締め切りのことで編集者と折り合いがつかず、新漫画党を脱退して漫画家も辞めてしまう。その後は上野動物園で動物デッサンを続けながら、アニメの勉強をしている。
後述のドラマ版では坂木四郎という名前に変更された。
モデルは、実在の漫画家・アニメーター、坂本三郎。
『冒険ダン吉』の島田啓三の弟子で、『漫画少年』にて『新桃太郎』を掲載、デビューする。
後に新漫画党に入党し、新宿の自宅からスクーターに乗って毎日のようにトキワ荘へ通う。
3ページの『新桃太郎』が完成するまで師匠の島田に何度も描き直しを命じられ、10ヶ月も掛かったというエピソードを満賀と才野に話す。そのため、『漫画少年』には格別の思い入れがあり、休刊の知らせを聞いた時には号泣した。
西部劇の撮影や昇仙峡への旅行、満賀と一緒に空手を習いにいくなど、仕事以外での付き合いも多い。
『まんが道』では堅苦しい性格だが、『愛しり』では陽気な性格となっている。これは実際のつのだの性格が変化したためである。(詳細は
トキワ荘のつのだの項を参照)
モデルは実在の漫画家、つのだじろう。
早稲田大学在学中に漫画研究部を立ち上げる。大学卒業後に就職するが、出社1日目に退社(事実)、そのまま漫画家となった。
新宿の「浜や」という飲み屋で偶然満賀と出会い、交流が始まり、新漫画党に加入。
毎日小学生新聞で『がんばれゴンべ』を連載しているが、大人漫画にもチャレンジしており、『ギャートルズ』の構想を満賀に明かす。
モデルは実在の漫画家、園山俊二。
満賀と才野の最初の東京訪問時、少年画報社を探していた際にばったり遭遇。
会社の場所が分からなかった2人は福井に着いていくことで少年画報社までたどり着けた。
別れ際に握手を交わすが、その後彼は過労で急逝してしまうため、これが最初で最後の出会いとなってしまった。
モデルは実在の漫画家、福井英一。
青年層を対象に、リアルな物語性を持った「劇画」を産み出した漫画家。大阪の仲間とともに上京して「劇画工房」を設立する。
元々は手塚治虫に憧れて漫画家を志すが、手塚の真似をしていては手塚を越えられないと考え、180度違う路線の漫画を確立した。
一度手塚宅を訪問するが、風体が漫画家離れしていたため、恐れをなした手塚の母から手塚に取り次いでもらえなかった。
モデルは実在の漫画家、さいとう・たかを。
◆雑誌編集者
学童社の雑誌『漫画少年』の編集長で、新漫画党など新人漫画家の育成に力を注ぐ。妻は講談社の編集者。
『漫画少年』の休刊後は、少年漫画の研究誌の発行を企画する。
モデルは実在の編集者、加藤宏泰。
秋田書店の雑誌『冒険王』『漫画王』の編集者で、足塚茂道最初の連載作品『四万年漂流』を担当した。
上京してからも度々二人に仕事を依頼し、また健康のことや金銭面のことまで心配してくれるなど、最も世話になっている編集者である。
いつも「おなかすいていない?」と訊いて食事に誘う。
モデルは実在の編集者、北山。
満賀と才野が宝塚の手塚治虫宅を訪問した際に手塚治虫と共にいた編集者。
その後、2人の東京訪問時には手塚治虫に会わせるために2人をトキワ荘まで連れて行った。
集英社の雑誌『おもしろブック』の編集者。足塚茂道に5ページの読み切りを依頼する。
二人に期待しているものの作品を見る目は厳しく、「上京はまだ早かったのではないか」と指摘する。
講談社の雑誌『幼年クラブ』の女性編集者。
足塚が描いた『チビわかまる』を「対象年齢が高すぎる」と評価し、描き直しを命じる。
作品を否定された二人は初めて編集者の悪口を言い合うが、つのだが師匠の島田から描き直しを命じられたエピソードを聞き、気持ちを改め、作品を完成させた。
講談社の雑誌『ぼくら』の編集長で『海底人間メバル』の連載を依頼する。
足塚茂道が原稿を落とした時にものすごい剣幕で怒り連載を打ち切るが、二人の実力を買っており、カムバックの舞台として『宇宙少年団』の連載を用意してくれた。
あと『愛しり』で満賀を初めてのキャバレーに連れて行ったのもこの人。
モデルは実在の編集者、石坂。
『ぼくら』の若手編集者で『ロケットくん』を担当する。その後、『たのしい四年生』でも『わが名はXくん』の連載を担当する。
また付録の『漫画の描き方』を満才茂道に頼むなど、様々な仕事で二人と関わっていく。
モデルは実在の編集者、富井道宏。
講談社の雑誌『少女クラブ』の編集者。普段は手塚番を務めるが、別冊付録『バラとゆびわ』の原稿が遅れたため小村記者に代わって担当となった。
『なかよし』に異動後、別冊付録『ああ無情』を足塚に頼むが間に合わず、原稿大量落とし事件(後述)の中で最大の被害者となった。
モデルは実在の編集者、牧野武朗。
講談社の『少女クラブ』の女性編集者で別冊付録『バラとゆびわ』を担当する。
満賀と才野が途中までの原稿を早くあげてくれたお礼に手料理をご馳走するが、後に原稿が遅れたために担当を外されてしまう。
そんな迷惑をかけられても快く許してくれる心優しい性格。
秋田書店の『冒険王』『漫画王』の編集者で満賀の描いた読切『ハリケーン・ロックの決闘』『ロンリーガン』を担当した。
『ハリケーン・ロックの決闘』の下描きではなく完成原稿を持ってきた満賀に、漫画は漫画家一人ではなく、漫画家と編集者、そして読者が三位一体となって作るものであることを説く。
大柄な体格で喧嘩っ早く、石森の姉が亡くなり意気消沈していた満賀に怒鳴って発破をかける等怒ると怖いが、街でチンピラに絡まれていた若者を助けるなど男気もある。
モデルは『週刊少年チャンピオン』の名物編集長と言われた壁村耐三。
小学館の雑誌編集者。満才に日本初の少年週刊誌『
週刊少年サンデー』創刊号から『海の王子』の連載を依頼する。
モデルは実在の編集者、陶山巌。
講談社の少年少女誌を取り仕切る編集局長。足塚が『ああ無情』の原稿を落としたときの『なかよし』の編集長でもあった。
日本初の少年週刊誌『
週刊少年マガジン』創刊号からの連載を満才に依頼する。
『サンデー』の依頼を受けた直後であったため、二人は泣く泣くその依頼を断った。
モデルは『週刊少年マガジン』初代編集長、牧野武朗。
◆その他の人物
石森章太郎の姉でトキワ荘のマドンナ。石森の漫画家活動に反対する父親を説得するなど、弟のことを常に応援しており、漫画家としてやっていけるのか心配していた。
幼い頃から体が弱く喘息の持病があり、入院や療養を繰り返していたが、21歳の若さで急逝する。
劇中では他ヒロインと同じく満賀と交流を深めるが、史実でも弟に「トキワ荘に好きな人がいる(語った特徴がほぼA先生)」と漏らしていた事が明らかになっている。
永田竹丸の妻・恵子の高校時代の友人で、その縁で満賀達とグループ交際を始める。
社長令嬢であり、父親を介して満賀にインタビューやポスターの仕事を(満賀には隠して)依頼していたが、事実を知ってからは満賀は好意を抱いている小鷹に同情されることを拒み、依頼をすべて断った。
その後も交際を続け、小鷹の方もまんざらではない様子であったが、結局父の会社の関係者と結婚することになり、別れの手紙を残して満賀の元を去っていった。こちらも忠実で手紙のやり取りをしていた女性の記録が残っている。
新宿歌舞伎町にあるキャバレー「上海ローズ」のナンバーワンホステス。
牛坂編集長に連れて来られた満賀は彼女に一目惚れしてしまい、その後満賀は上海ローズに何度か通うことになる。
満賀にはキャバレーに入り浸ると堕落するから一人で店には来ないようにと言い、電話番号を書いた名刺を渡す。
トキワ荘近所の中華料理店「松葉」の看板娘。明るい性格でトキワ荘の漫画家達とも仲が良く、おしゃべりしすぎて怒られることもしばしば。
ヌードモデルのアルバイトもしている。
■原稿大量落とし事件
『まんが道』の中で最も知られるエピソード。
実際に藤子不二雄両先生が起こした最大の失敗であり、『まんが道』を知らなくてもこのエピソードだけは知っている人も多いと思われる。
足塚茂道が上京して1年、二人は様々な苦難を乗り越えて連載5本に別冊付録『ああ無情』64ページを抱える人気漫画家となっていた。
そんな折、才野の提案で二人は実家の高岡に帰郷することになる。
久々の実家でのんびりしすぎてしまった二人は、今までの反動から気が抜け、全く仕事が手につかなくなってしまい、連載と別冊の大半を「落とす」ことになってしまう。
落としてしまった作品は、『まんが道』の作中では以下の4本。
『愛しり』では6本とされている。
- 『ぼくら』…『海底人間メバル』
- 『三年ブック』…『世界とたたかう少年』
- 『漫画少年』…読み切り連載
- 『なかよし』…別冊付録『ああ無情』
「シメキリマニアワヌ スグオクレ」
「アナガアク スグゲン(原稿)オクレ」
「モウマテヌ アナガアイタ」
「ゲンオクルニオヨバズ ヨソヘタノンダ」
二人に毎日のように届く原稿を催促する電報は非常に生々しく、足塚(と読者)の恐怖をあおっていく。
二人はノイローゼ気味になってしまい、原稿の遅れは更にひどくなっていく。
これらの電報の一部は、2017年発売のムック『まんが道 大解剖』で公開された。物持ち良すぎまっせ、Ⓐ先生……。
そして、ある日を境に電報は全く来なくなり、冒頭の一文へとつながっていく。
絶望し、「まんが道」を諦めかける二人だったが、寺田からの友情のこもる手紙を受け取って再び上京。トキワ荘で寺田から厳しくも温かい叱咤激励を受け、再起を決意する。
一年余り仕事を干されることになる二人だったが、様々な人物からの支えを受け、『ぼくら』に『宇宙少年団』で復帰することになる。牛坂編集長、マジ天使。
その後も満賀の回想や悪夢に度々登場し、戒めとして深く心に刻み込まれている。
なお、手塚も原稿を落とした足塚を温かく叱咤激励するが、ほぼ同時期に3か月連続で原稿を落とし、担当編集者を退職に追い込んでいる。
■まんが道グルメ
作中には、読者(と登場人物)の食欲をそそる様々な飲食物が登場するのも特徴。おいしそうだと思ったら「ンマーイ!」と叫びましょう。
肝油を糖衣で包んだ、いわゆる肝油ドロップ。とてもアンマーイ。
定塚小学校では学童の栄養補給として1日1粒支給されており、児童の間では通貨の代わりになっていた。
才野はパラパラ漫画を級友に描いてやることで大量にため込んでおり、満賀にも似顔絵を描いて肝油を稼ぐように勧めた。すなわち、足塚コンビの最初の原稿料といえるものである。
寺田が開発した飲料。焼酎3:サイダー7で割ったもので、「ショーチュー」+「サイダー」で「チューダー」。
チューダー片手にテラさん特製キャベツ炒めをつまむのが、新漫画党の会合お約束。
お祝いの時にはマグロフレーク、サケ缶、
スライストマトなども付く。
テラさん特製の朝食。
- フランスパンを二つに割って
- その間にメンチカツ(コロッケ)をはさみ
- 「パン!」と叩いてできあがり。
両国の下宿で出た初めての朝食。
二人はアサリも納豆も食べたことがなかったので、何とも言えない顔になってしまった。
秋田書店の東山記者がご馳走してくれた丼物。
前述の通り、東山記者は何かと足塚の世話を焼き、食事をご馳走してくれる。東山さん、マジ聖人。
新漫画党の会合の帰りに二人が食べた1個10円の
たい焼き。値段が時代を感じさせる。
財布の中には10円しか残っていなかったため、1個を2つに分けて満賀がシッポ、才野が頭を食べた。二人の仲の良さを示すエピソードである。
上記のたい焼きを食べた後、下宿のおばさんがつくってくれた。
すでに夜遅かったため、ご飯はすませてきたといった二人であったが、おばさんが気をきかせて用意してくれていた。おばさん、マジ女神。
ちなみに、テラさんにも手作りの
カレーライスをご馳走になっている。
トキワ荘に入居した二人が初めてつくった手料理。
白米のご飯に、買ってきた
コロッケ、テラさんに教えてもらった
キャベツの
味噌汁。
しかし、味噌汁を作るのに必要な鍋がなく、肝心の味噌まで買い忘れており、二人は爆笑することになる。
別冊付録『バラとゆびわ』を執筆する足塚に担当の小村記者がつくってくれた手料理。
オムレツ、太巻き寿司、トリの唐揚げとボリュームたっぷり。
何を作ってくれるのか二人が想像していたとき、満賀は
スキヤキを希望していたが、肉が食べられない満賀がなぜスキヤキを希望したのかは永遠の謎である。肉だけ残すつもりだったのか?
トキワ荘近所の中華料理店「松葉」の
ラーメン。鶏ガラスープの昔ながらの中華そばで、1杯40円。トキワ荘のメンバーは全員この店のラーメンが大好き。
モデルとなった「松葉」は2020年現在も営業中。
漫画家仲間が集う小料理屋「浜や」のお造りやサザエの壺焼き。満賀は魚が食べられないので、貝料理を中心に食べる。
『愛しり』では「浜や」で酒を飲みながら仲間と語らうのが定番のシーンである。
作中当時の昭和30年代から現在まで変わらないご馳走の代表格。
手塚や牛坂編集長に度々おごってもらうが、肉が食べられない満賀はその都度四苦八苦しており、特に尊敬する手塚におごってもらった時は飲み込むようにして無理矢理食べた。
何度か食事をするうちに手塚に食の嗜好を覚えてもらい、別のものを勧めてもらえるようになった。
『漫画少年』の学童社でごちそうしてもらった特上うな重。
脂っこいものを受けつけない満賀は、一口食べただけで鼻血を吹き出してしまった。
石森と赤塚に誘われて入った寿司屋で食べた高級寿司。
トロ、エビ、ウニ、のり巻、かっぱ巻きなど高級寿司に舌鼓を打った四人であったが、4000円という高額な支払いが待っていた……。
■銀河テレビ小説・まんが道
1986年11月17日から12月5日までNHK総合テレビ「銀河テレビ小説」枠で放映された。全15話。
高岡での学生時代から漫画家デビュー、立山新聞社時代を経て、上京するまでがドラマ化されている。
基本的に原作に準じた作品であるが、
何故か主人公2人のイメージが入れ替えられており、主役で背の高い満賀を竹本孝之、メガネで背の低い才野を長江健次が演じている。
続編として、『まんが道 青春編』が、1987年7月27日から8月14日まで前作に引き続き「銀河テレビ小説」枠で放映された。全15話。
こちらは、上京から新漫画党結成、トキワ荘引越、原稿大量落とし事件、再起までがドラマ化されている。
作者である藤子不二雄Ⓐが2人を激励する飲み屋の客として出演したことが話題となった。また石森章太郎役は石森の息子である俳優の小野寺丈が演じた。
主題歌はいずれも長渕剛の『HOLD YOUR LAST CHANCE』を満賀役の竹本孝之がカバーしたものを採用している。
2006年に両作ともDVDが発売されている。
■余談
- 『愛しり』の連載末期に『怪物くん』の制作秘話が挿入されるが、実際はトキワ荘退居後の作品である。連載当時(2010年)ドラマ『怪物くん』が放映中であったため、作者のサービスであると考えられる。
なろう!なろう!明日なろう!
明日は檜になろう!
井上靖「あすなろ物語」より
追記・修正は辛く厳しい「まんが道」を歩んで行ける方にお願いします。
- 敷居高かったのもあるけど「何故かなかなか立たなかった項目」の一つだな -- 名無しさん (2020-09-21 18:33:30)
- 手塚先生におごってもらったステーキは? -- 名無しさん (2020-09-21 19:30:00)
- 仕事受けすぎて原稿落とした騒動は、現代の視点からすると「こんな山ほど仕事抱えて大丈夫なわけないだろ」と思うんだけど、当時の漫画家としてはこれが普通の量だったんだよね。漫画全盛期の頃の漫画家はとんでもない量書かされてたから -- 名無しさん (2020-09-22 03:40:22)
- この漫画と「ブラック・ジャック創作秘話」での手塚治虫先生のギャップが凄い。 -- 名無しさん (2020-09-22 07:55:36)
- ↑藤子先生の憧れとしての手塚治虫が描かれてるからな。二人が原稿見せに行った時手塚先生表面上は平然としてたけど、心の中では「バケモノが出てきやがった……」ってビビってたって話本当かしら -- 名無しさん (2020-09-22 08:37:44)
- ↑3締め切りに追われて逃げ出した漫画家や過労死した福井英一先生の話が作中にもあるけど、漫画史に名を残した先生方は強靭な肉体と精神力をもってたんだろうなあ。赤塚先生は酒に溺れちゃったけど。 -- 名無しさん (2020-09-22 09:27:17)
- ↑2その手塚から見て化け物の藤子先生が石森の才能を見て驚いているのだから、漫画の世界は日進月歩だよな。 -- 名無しさん (2020-09-22 09:36:56)
- ↑3 ニ人が当時持ってきた原稿を大切に保管していて晩年に共演したテレビ番組で披露していたのをみると本当の話みたい。二人はえらく恐縮していたけど -- 名無しさん (2020-09-22 14:18:56)
- 寺田氏が徐々に(若いけど)老害の様な人物になってしまい、仲間達からも煙たがられて疎遠になってしまう話は悲しい。晩年の再会して酒飲んだエピソードもなあ -- 名無しさん (2020-09-23 01:19:18)
- 手塚治虫は意外と嫉妬深かったというのは今では有名な逸話だから、たぶん心の中で化け物が~というのはホントだろう。石森に対しても嫉妬のあまり必要以上の批判をして、後で本人自ら謝ったというエピソードがあったはずだからね。まぁ、ホテルや旅館にカンヅメにされまくって、漫画だけ描かされているような多忙な毎日を送っていたせいもあるんだろうとは思う。手塚氏は悪人ではないのだし、心の余裕があれば、才能を許容できる余裕もあるだろうから。 -- 名無しさん (2020-09-23 04:55:39)
- テラさんの最期は将棋界の芹澤博文九段と同じで「ゆっくりとした自殺」だったんだと思う -- 名無しさん (2020-09-23 14:13:43)
- ↑寺田氏の最後については、奥さんも、知り合いの仲間たちもそれに近い表現で認めてるね。 -- 名無しさん (2020-09-23 18:03:31)
- A先生が長生きな理由ってもしかして菜食主義だからかね -- 名無しさん (2020-09-23 18:12:15)
- ↑10 昔の大スターも絶頂期の仕事について毎日睡眠2時間とか余裕のないカツカツスケジュールだったというもんな。しかもアナログ時代で現代よりいろいろと手間がかかる。それだけ売れて過酷に働いても数十年経っても誰もが知る有名人と当時の人しか覚えてない人がいるんだから残酷だよな -- 名無しさん (2020-09-23 18:39:30)
- 「ゲンオクルニオヨバズ ヨソヘタノンダ」でググってみたら、実際にその電報が来た時には64ページ描かなくてすむことになって「やったー!」と喜んだっていうインタビュー記事が出てきて爆笑した。 -- 名無しさん (2021-01-27 04:04:45)
- 最終回のオバQ, -- 名無しさん (2021-03-10 12:25:01)
- ↑ミス、最終回のオバQ、おそ松くん、サイボーグ009が揃うのが胸アツなんだよね。現実とはちょっと乖離してるみたいだけど、歴史に残る名作だらけなのが最高 -- 名無しさん (2021-03-10 12:27:08)
- ↑3 漫画でこそ深刻な描かれ方してるけど、実際は「まあ仕方ないか~」てな感じで、楽天的かつのんきに構えてたそうだよ。1年後にはお許しがもらえたしね、って。 -- 名無しさん (2021-08-11 22:30:44)
- 昔の人の「仕方ない」で済ませるユルさは現代人からすれば羨ましくもある。まあそもそも抱え込んだ原稿が過剰なのだが -- 名無しさん (2021-08-15 19:45:54)
- 武藤の顔のモデルってA先生の親友だったのかw -- 名無しさん (2021-12-15 01:43:33)
- 原稿落としに関しては今みたいに漫画家が腐るほどいる時代じゃないからどのみち干されることはありえなかった、とも言われてるな。ただでさえ藤子先生は実力を認められてたからこそ大量の依頼があったわけだし -- 名無しさん (2022-05-31 08:10:04)
- 2022年夏、A先生の追悼なのかドラマ版一挙放送 -- 名無しさん (2022-08-11 03:03:15)
- かなり酷い環境だけど本人たちは滅茶苦茶楽しそうなのが良いなと思った。同人とか作ったり初めて掲載された時は脳汁ダラダラだったろうな。 -- 名無しさん (2024-07-04 11:26:32)
最終更新:2025年01月29日 18:53