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京成本線

登録日:2023/11/27 Mon 01:12:00
更新日:2026/06/30 Tue 11:59:20
所要時間:約 14 分で読めます




京成本線は、京成上野から京成船橋を経由して成田空港までを結ぶ京成電鉄の路線である。
路線記号はKS。会社名のKeiSeiから取ったもので、京成電鉄全路線で使用される。


概要

東京都心から船橋市、八千代市、佐倉市を経由して成田市までを結ぶ京成電鉄の大動脈である。
初詣で毎年賑わう成田山新勝寺への参拝客輸送や、成田空港への空港アクセス路線としても機能している。
また、東成田線を介して芝山鉄道線、押上線を介して都営地下鉄浅草線、京急本線・空港線と多数の直通運転を行っており、羽田空港と成田空港双方のアクセス路線にもなっている。
成田スカイアクセス開業後はそちらがメインの空港アクセスルートとなり、電車内などに掲載されている路線図でも高砂~空港第2ビル駅間は北総線・成田スカイアクセス線が本線、京成本線は支線のような扱いとなっているが、役割は変わりつつも重要な路線となっている。

歴史

開業した1912年の時点では押上が起点となっており、現在の押上線が本線を名乗っていた。
1933年末までに京成上野まで路線は開業したものの、京成上野~青砥間が本線を名乗ったのは1944年と10年以上後になってからだった。
元々は当時東京最大の繁華街だった浅草への延伸を目論んでいたのだが、東武と競願になった末、議員への不正な資金供与に手を出してしまい疑獄事件に発展。社長以下当時の首脳陣が軒並み御用*1となりお流れに。
結局筑波高速度電気鉄道*2を買収しその免許で日暮里・上野への路線を建設することになった。
その一方、浅草延伸を勝ち取った東武の方は後々駅の構造や「山手線に接続しない」こと、更に浅草自体の地位低下で苦労することになるので、良かったのやら悪かったのやら。
また、当初は線路幅が1435mmの標準軌ではなく京王線と同じ1372mmの馬車軌間で建設されていた。
その後、都営浅草線との直通運転が決定したことで線路幅の改軌が決定。1959年10月の宗吾参道~京成成田間を皮切りに数駅に区分けしながら1ヶ月半かけて改軌を実施した。

1972年には新東京国際空港(現:成田国際空港)の開業に合わせてスカイライナー用のAE形(初代)を製造したが、当時空港建設反対派の激しい運動により空港建設が遅れ、車両自体も運転を行うことが出来なかった。
「このままでは会社が倒産してしまう!」と京成が運輸省に訴えたことで、暫定的に京成上野~京成成田間のノンストップ特急を運転できることとなった。この暫定使用について運輸省もなかなか許可を認めなかったとか…。
空港開港目前の1978年5月5日には、宗吾車両基地に留置されていたAE形が焼き討ちに遭うという事件まで発生…。
そして空港が開港した翌日の1978年5月21日に成田空港まで延伸し、ようやく本来の空港アクセス路線として機能することになったが、空港ターミナルには駅からバスでの乗り換えが必要で決して便利とは言えなかった。

その後、当時の運輸大臣・石原慎太郎の一声もあって建設中止で放棄されていた成田新幹線の用地を在来線に転用することとなり、1991年3月にJR東日本と共に空港直下の二代目成田空港駅に乗り入れることとなった。
これに合わせ初代成田空港駅は東成田と改称され、京成成田~東成田間は新たに東成田線となった。

他社線との競合

東京都心~成田空港間でJR総武快速線・成田線と競合しており、市川真間~京成津田沼間では総武本線が比較的近い位置を通っている。特に京成船橋駅付近に急カーブがあって線形が良くないため、区間によっては京成が不利。
京成津田沼~京成成田間は千葉市を通るJRが遠回りとなっているのに対し、京成は千葉市を経由しない短絡ルートのため距離が短い。

成田空港へのアクセスについても、スカイライナーがJRの成田エクスプレスと競合している。
本線経由時代は所要時間の差はあまりなかったものの、成田スカイアクセス線開業後は所要時間が40分程度まで短縮されたため、京成が優位な状況である。
ただし、成田エクスプレスは東京駅に限らず渋谷・新宿・横浜から乗り換えなしで成田空港まで行けるため、上野以外の場所からだとJRの方が利便性が良い場合がある。
なお、運賃は京成の方が安い。

また、日本橋~勝田台間でも東京メトロ東西線・東葉高速鉄道線と競合している。
こちらは運賃面で有利なものの、所要時間では不利な状況になっている。

列車種別

ここでは無料列車の種別のみ記載する。
スカイライナーなど有料列車種別に関しては該当項目参照。

○快速特急
本線系統での無料最上位種別。
日中は40分間隔で京成上野~京成成田間で運転され、青砥でアクセス特急と接続するダイヤが設定されている。
朝夕ラッシュ時は全列車が押上線直通となり、一部は成田空港・芝山千代田発着列車がある。
設定当初は京急に合わせて快特(かいとく)だったが、読みが快速(かいそく)と紛らわしいため現在の快速特急に改められた。

○アクセス特急
羽田空港と成田空港を成田スカイアクセス線経由で結ぶ無料種別だが、朝夕に京成上野発着列車がある。

○特急
本線経由で京成上野~成田空港間を走る種別。スカイライナーと区別するため「普通特急」と呼ばれることがある。
かつては日中にも運転されていたが、2022年2月改正以降は朝夕ラッシュ時のみ運転で、平日のみ押上線直通列車もある。
元々は全区間で通過運転を行っていたが、2006年12月改正で京成佐倉以東は各駅に停車するようになった。

○通勤特急
平日のみ運転される種別で、京成上野行きは上り列車のみ運転。押上線直通列車は下り列車の運転がある。
勝田台以東で各駅に停車。
京成線内における当種別の歴史は古く、1960年代後半~1974年、1985年~1998年に設定されたものに次ぎ三度目の登場。

○快速
都営浅草線直通をメインとする速達種別で、終日運転される。
日中は京成上野~京成臼井間を40分間隔、押上線直通は羽田空港~成田空港間を20分間隔で運行する。
日中以外には京成高砂発着列車や浅草線西馬込への直通列車もある。
かつて運転されていた急行よりも停車駅が少ない。

○普通
駅の表示や車内放送では普通だが、駅の列車接近放送では一部駅を除き各駅停車と案内される。
ほとんどの列車は京成上野~京成津田沼・京成佐倉間の運転で、日中以外の時間帯に全線走破する列車や千葉線直通列車、芝山鉄道直通列車もある。
一部駅のホーム有効長の関係で基本的に6両編成が使用されるが、入出庫の関係で8両や4両編成が使用される列車もある。

使用車両

都営浅草線直通に対応する一般車は乗り入れ各社との協定に基づき、形式は全て「3」から始まる。
ここでは京成の一般車のみ記載し、スカイライナー用の車両については該当項目参照。

現在の車両

  • 3500形
1972年から4両編成24本が導入された。
京成初の冷房車かつステンレス車*3で、前面と側面にファイアオレンジの帯を巻く。
1996年から大規模なリニューアル工事が実施され、外観は原形をほとんど留めないものとなった。
リニューアル後は一部の編成が2両単位で分割され、2+4または4+2の6両編成も登場するようになった。
当初は全車のリニューアルが計画されていたが、半数の工事が終わったところで「リニューアルよりも新車を導入した方が安い」という残念な事実が発覚したため工事は途中で中止となり、未更新車は3000形に置き換えられてしまった。
現在はリニューアル車のみ運用され、芝山鉄道に4両編成1本がリースされているが、リニューアルから30年近く経ったことから後述の3200形による置き換えが始まった。
京成では最後のツーハンドル車。

  • 3600形
1982年から6両編成9本が導入された。
京成の通勤車では初となるワンハンドルマスコンを採用している。
基本的なデザインは3500形に似ているが、全体的に角が取れたものとなっている。
導入当時は経営再建真っただ中だったため、1986年までの導入ペースは2年に1編成とかなり遅く、都営線への乗り入れも1987年から。
1997年から8連への組み替えを実施し、余剰となった先頭車はサハと組み合わせてVVVFインバータ制御に改造された。
この編成は加速性能の高さから「ターボ君」の愛称がつき、気づくと京成公認となった。
3100形の導入(に伴う3050形の本線転出)で置き換えが進められ、現在残るのは6両・4両それぞれ1編成のみ。
6両編成は登場初期の塗装にリバイバルされて運用されている。
4両編成は前述した組み替え編成でサハを抜いた全電動車となっており、総合車両製作所からの新車搬入の牽引にも使用されている。
過去に芝山鉄道にリースされた編成があり、2026年4月からは前述のターボ君がリースされている。

赤電の置き換えおよび成田空港乗り入れ・北総線2期開業に合わせ、1991年から導入された。
8両編成と6両編成が在籍し、8両編成は成田スカイアクセス線乗り入れにも対応している。
同時期に登場した北総鉄道7300形、後年登場した千葉ニュータウン鉄道9100形は基本設計が同一仕様となっている。
この形式からスカイライナーと同じ■フューチャーブルーと■ヒューマンレッドの帯を巻いた新塗装で落成し、他の通勤車も1992年から新塗装化が開始された。
また北総鉄道に7800形、千葉ニュータウン鉄道に9800形とそれぞれリースされた車両がある。

  • 3400形
1993年に登場した京成最後の普通鋼製車両。
初代AE形の走行機器を流用して製造した通勤車で、種車と同じ8両編成5本が製造された。
見た目は3700形そっくりだが、クーラー部分にAE形の面影を残す。
こちらも廃車が進められ、現在は1編成のみが残留。

  • 3000形(2代目)
2002年に3200形(初代)・3300形・3500形(未更新車)の置き換え用として、8両・6両編成合わせて326両が導入された京成最大勢力。
8両編成には成田スカイアクセス線対応の3050番台があり、飛行機をイメージした独自の内外装で登場。
3100形登場後はオレンジ系の塗装に変更されたが、3100形の増備に伴い本線系統に転用され0番台と同じ塗装に変更されたため、現在外見での区別*4は難しくなった(内装も0番台と異なり青系統となっているが、一部の編成は0番台と同様のものに改装されている)。
「京成グループ標準車体」を採用しており、(旧新京成電鉄)N800形・北総鉄道7500形・千葉ニュータウン鉄道9200形は同一仕様。

  • 3100形(2代目)
2019年に導入された3000形に代わる京成グループ標準車両で、8両編成のみが在籍。
成田スカイアクセス線乗り入れ対応の3150番台のみが導入されており、車内にはロングシート跳ね上げ式の荷物置き場が設置されている。
また、誤乗防止のために■オレンジの塗装が採用されている。
基本的にはアクセス特急のみで運用され、同列車で運用されていた3050形をすべて置き換えた。
(旧新京成電鉄)80000形は共同設計車だが、機器類が微妙に異なる。

  • 3200形(2代目)
3500・3600形置き換えのために登場し、2025年2月に営業運転を開始。
基本設計は3100形に準じているが、需要に応じた連結の増減をしやすくするため、京成では久々となる連結・通り抜け可能な貫通扉を装備しており、基本的な仕様は4+2の変態連結となる。
デビューからしばらくは6両で運用されていたが、2026年からは4両での運用も始まった。
連結器は京成では初となる自動解結装置付きとなっている。
3100形に引き続き、車内の貫通扉には京成パンダがあしらわれているので探してみよう。

過去の車両

都営浅草線直通車両は■モーンアイボリーと■ファイアオレンジ、中心部に■ミスティラベンダーの帯を巻いたツートンカラーで、『赤電』の愛称で親しまれていた。
1980年から経費削減策としてファイアオレンジ一色の『新赤電色』に変更、その経緯も相まって「消防電車」「電車も火の車」などと揶揄されていた。
戦後から3000形登場直後までは■ダークグリーンと■ライトグリーンのツートンカラーを採用しており、こちらは『青電』の愛称があった。

  • 3000形(初代)
1958年に登場した初代赤電車両。
…なのだが、改軌前に登場したため暫定的にダークグリーンの青電色で落成し、改軌に合わせて赤電色に塗り替えられた。
赤電では唯一冷房化・リースが行われず1991年に全廃。
現在は3004号車が赤電化直後の姿に復元されて保存されている。
なお、3300形までの形式をまとめて「3000系」と呼ぶこともある。

  • 3050形
1959年に登場。落成当初から赤電塗装で登場したのはこの形式から。
3000形とはほぼ同じ見た目だが、ヘッドライトがシールドビーム化され小さくなった。
赤電では唯一現行の新塗装化が行われず、末期の1994年には赤電復刻塗装も登場した。
廃車後、一部の編成が千葉急行(現:京成千原線)にリースされている。

  • 3100形(初代)
1960年に登場。
この車両から前面のシールドビームが窓上左右2箇所に配され、色も相まって阪神電車そっくりとなった。
廃車後、一部の編成が(ry

  • 3150形
1963年登場。
基本設計は3100形と同じだが、この形式から中間車付きの4両編成で落成している。
末期に登場した90番台は特急「開運」用のセミクロスシート車で、車内にトイレが付いていた。
京成の赤電では初めて更新と冷房化改造が同時に実施された車両で、前面ではヘッド・テールライトが前面窓下に移植され印象が大きく変わり、後の3200・3300形の更新にも受け継がれた。
廃車後、一部の編成が千葉急行と北総開発鉄道にリースされており、北総車は7150形を名乗っていた。

  • 3200形(初代)
1964年に登場。総勢88両は赤電全形式の中で最多となる。
この形式から両開き扉が採用されたが、「開運」編成のみ3150形と同じ片開きで落成している。
片開き車は後年VVVFの試作車として改造され、うち1編成は前面のライトが角形になった。
現行の新塗装はこの形式で試験を実施したのちに他形式へ拡大したが、試験塗装には黄緑や水色などかなり派手なものもあった。
一部の編成は北総鉄道にリースされ、同車の7250形として運用された。

  • 3300形
1968年に登場した赤電最終形式。
見た目は3200とほぼ同じだが、増備途中で台車がコイルバネに変更されている。
1990年には1編成がクロスシートを様々に配置した試験車両に改造されたが、結局量産車には反映されなかった。
2009年から赤電・青電・ファイアオレンジのリバイバル編成が3本登場し、赤電シリーズ有終の美を飾った。
一部の編成が北総(ry

  • 1000形
1000形?と思われがちだが、そのものずばり京急の旧1000形である。
当時新車導入も既存車の改造も遅れ車両冷房化率が低かったため、苦肉の策として京急から4連2本をリースしたもの。
改造個所は方向幕の交換と貫通扉部分の種別表示器設置など小規模で、塗装は京急のまんまだった。
1991年に運用終了し、1編成は返却後廃車、1編成は青く塗り替えられて千葉急行で使用された。

  • 210/2000/2100形
青電で落成した最後の形式。
戦前生まれの半鋼製車および戦災国電の払い下げ車を種車としており、それを組み換えや増結・高性能化等を実施して4両固定編成化。
車両性能が低いことから最末期には普通列車専用で使われ、新赤電色に塗り替えられた。
1988年に引退。引退直前には青電色に復刻された。


駅一覧

●…停車
|…通過
↑…上り列車のみ通過(下り列車の設定なし)
◇…中山競馬場で中央競馬開催時に臨時停車

駅番号 駅名 普
通
快
速
通
勤
特
急
特
急
ア
ク
セ
ス
特
急
快
速
特
急
KS01 京成上野 ● ● ● ● ● ●
- 博物館動物園 | | | | | |
KS02 日暮里 ● ● ● ● ● ●
KS03 新三河島 ● | ↑ | | |
KS04 町屋 ● | ↑ | | |
KS05 千住大橋 ● ● ↑ | | |
KS06 京成関屋 ● | ↑ | | |
KS07 堀切菖蒲園 ● | ↑ | | |
KS08 お花茶屋 ● | ↑ | | |
KS09 青砥 ● ● ● ● ● ●
KS10 京成高砂 ● ● ● ● ● ●
KS11 京成小岩 ● ● | | 成
田
ス
カ
イ
ア
ク
セ
ス
線
直
通
|
KS12 江戸川 ● | | | |
KS13 国府台 ● | | | |
KS14 市川真間 ● | | | |
KS15 菅野 ● | | | |
KS16 京成八幡 ● ● ● ● ●
KS17 鬼越 ● | | | |
KS18 京成中山 ● | | | |
KS19 東中山 ● ● | ◇ |
KS20 京成西船 ● | | | |
KS21 海神 ● | | | |
KS22 京成船橋 ● ● ● ● ●
KS23 大神宮下 ● | | | |
KS24 船橋競馬場 ● ● | | |
KS25 谷津 ● | | | |
KS26 京成津田沼 ● ● ● ● ●
KS27 京成大久保 ● ● | | |
KS28 実籾 ● ● | | |
KS29 八千代台 ● ● ● ● ●
KS30 京成大和田 ● ● | | |
KS31 勝田台 ● ● ● ● ●
KS32 志津 ● ● ● | |
KS33 ユーカリが丘 ● ● ● | |
KS34 京成臼井 ● ● ● | |
KS35 京成佐倉 ● ● ● ● 成
田
ス
カ
イ
ア
ク
セ
ス
線
直
通
●
KS36 大佐倉 ● ● ● ● |
KS37 京成酒々井 ● ● ● ● |
KS38 宗吾参道 ● ● ● ● |
KS39 公津の杜 ● ● ● ● |
KS40 京成成田 ● ● ● ● ●
- 駒井野信号場 | | | | |
- (成田空港線接続点) | | | | |
KS41 空港第2ビル ● ● ● ● ● ●
KS42 成田空港 ● ● ● ● ● ●

駅紹介

○京成上野(KS01)
東北・北海道・山形・秋田・上越・北陸新幹線・JR山手線・京浜東北線・宇都宮線・高崎線・常磐線、東京メトロ銀座線・日比谷線(上野駅)乗り換え。
京成本線の起点駅で、上野恩賜公園の地下にある2面4線の駅。
かつては道路を挟んだ向かい側の建物も「京成聚楽ビル」と呼ばれ、京成上野駅とは地下通路で結ばれていた。2005年に解体され現在はヨドバシカメラ*5が建っている。

○博物館動物園
本線開業と同時に設置された地下駅。
その名の通り恩賜上野動物園や東京国立博物館の最寄り駅で、大規模な改装も行わなかったため昭和レトロ感を色濃く残しており、都心にある有人駅ながら最後まで自動改札が設置されなかった。
ホームには4両編成しか止まれないことから1980年代以降普通でも通過する例が増え、営業時間も17時までと短縮され利用客が減少、1997年に営業休止→2004年に廃止となった。
現在はNPO法人による保存活動が行われており、不定期に一般公開も実施されている。

○日暮里(KS02)
JR山手線・京浜東北線・常磐線、日暮里・舎人ライナー乗り換え。
JRと線路が並行しているため、JRとの乗り換えは上野よりも便利。
3階にある下り線は一般列車用とスカイライナー用ホームに挟まれた構造となっている。
本来は1面2線の地上駅だったが、改装工事で2面1線の下り高架線を建設し地上ホームは上り専用にして3面2線となった。ただしJRとホーム番号が連番になっている関係上新しく「3番線」を作るとJRとダブってしまうため、地上ホームは1番線から0番線に変更された。

○新三河島(KS03)
近隣に西日暮里駅・三河島駅があり、利用者は都内の京成の駅として最少。

○町屋(KS04)
東京メトロ千代田線、都電荒川線(東京さくらトラム)(町屋駅前停留所)乗り換え。
周辺はセンターまちやを中心に商業施設や飲食店などが建ち並んでいる。

○千住大橋(KS05)
2面4線の駅で優等列車の接続や通過待ちが行われる。
周辺は大規模な再開発が行われ、ポンテグランデTOKYOが整備された。

○京成関屋(KS06)
東武スカイツリーライン(牛田駅)乗り換え。
隅田川には東京水辺ラインの千住発着場がある。
駅所在地の千住曙町は『3年B組金八先生』の舞台となった地域であり、同作品にも登場した荒川橋梁は当駅と堀切菖蒲園の間にある。

○堀切菖蒲園(KS07)
同名の庭園最寄り駅。
東武鉄道の堀切駅は荒川を挟んで反対側にあり、少し遠い。

○お花茶屋(KS08)
普通のみの停車駅としては本線で一番多い。
葛飾区郷土と天文の博物館の最寄り駅である他、葛飾区役所も徒歩圏内。

○青砥(KS09)
押上線乗り換え。
ホームは2層構造となっていて、下り列車同士と上り列車同士で対面乗り換えが可能。
ここから隣の京成高砂まで1駅間だけだが方向別複々線となる。

○京成高砂(KS10)
金町線・成田スカイアクセス線(成田空港線)、北総鉄道北総線乗り換え。
高砂車庫が併設されている駅で、京成の都心側の拠点となっている。
駅東側に踏切があるのだが、本線と北総線の列車が多数通過するだけでなく高砂車庫の入出庫列車も多数運転されているため、開かずの踏切となっている。
かつては本線ホームから発着していた金町線は専用の高架ホームに移されたが、本線側は高砂車庫の存在もあってか高架化が実現していない。
少し歩いたところに京成ドライビングスクールがあり、毎年秋に一般公開が行われる。

○京成小岩(KS11)
千住大橋同様の2面4線の駅で、優等列車との接続や通過待ちが行われる。
JR中央・総武緩行線の小岩駅とは1km程離れている。

○江戸川(KS12)
その名の通り、江戸川のすぐ西にある。
つまり23区の駅はここまで。

○国府台(KS13)
こちらは江戸川のすぐ東にある。
京成ストア本社最寄り駅である他、近隣に大学・高校があり、利用者は多め。

○市川真間(KS14)
普通列車しか停車しない駅だが、4月下旬から母の日まで駅名表記が「市川ママ」駅となる。
駅名標にもカーネーションが描かれている他、記念乗車券も販売される。
JR総武線の市川駅とは400m程離れている。

○菅野(KS15)
駅の真下を東京外環自動車道が通っている。

○京成八幡(KS16)
都営地下鉄新宿線(本八幡駅)乗り換え。地下通路経由でJR中央・総武緩行線本八幡駅とも乗り換え可能だが、連絡運輸はない。
京成電鉄の本社ビルがあり周辺は市川市の中心街だが、駅前はJR側の方が発展している。

○鬼越(KS17)
ニッケコルトンプラザの最寄り駅。
お笑いコンビ「鬼越トマホーク」の名前の由来はこの駅である他、中山駅との間に大手私鉄で2ヶ所しかない第四種踏切がある*6。

○京成中山(KS18)
日蓮宗大本山である正中山法華経寺の最寄り駅であるが、利用者数は船橋市内最小。
総武線下総中山駅が徒歩圏内。

○東中山(KS19)
JR武蔵野線の船橋法典駅が開業するまでは、中山競馬場の最寄り駅だった。
中央競馬開催時には特急の一部が臨時停車する他、臨時改札口が設置されている。

○京成西船(KS20)
元々は東葛飾郡葛飾町にあったことから「葛飾」という駅名だったが、住居表示の変更および東京の葛飾区と紛らわしいことから1987年に改称された。
改称当初は駅名標に(旧葛飾)と入っていたほか、ホームには「葛飾の地名とその由来」という看板が設置されている。
西船橋駅から500m程離れているため、乗り換え駅とはなっていない。あちらの繁盛ぶりとは対照的なこじんまりとした駅である。
但し、JRのダイヤ乱れが発生した際に優等列車が臨時停車することがある。

○海神(KS21)
手塚治虫作品「海のトリトン」のテレビアニメ主題歌が接近メロディに採用されている。
JCHO船橋中央病院の最寄り駅。

○京成船橋(KS22)
JR総武快速線、東武野田線(船橋駅)乗り換え。
2面2線の高架駅で都心に行く客はここでJRに乗り換えることが多い。
総武快速線との連絡運輸を行っている唯一の駅である。

○大神宮下(KS23)
急カーブ上にある駅。
駅名の由来は近くにある意富比神社の別名から。

○船橋競馬場(KS24)
名前の通り船橋競馬場最寄り駅。
かつては「センター競馬場前」という駅名で、「船橋ヘルスセンター」の最寄り駅でもあった。
ヘルスセンター跡地に建てられたららぽーとTOKYO-BAYも徒歩圏内。
競馬場を挟んで反対側にJR京葉線南船橋駅がある。

○谷津(KS25)
旧谷津遊園の跡地である谷津バラ園や谷津干潟公園最寄り駅。
1984年11月までの駅名は「谷津遊園」だった。

○京成津田沼(KS26)
千葉線、松戸線乗り換え。
一部の普通列車は当駅で折り返す。
津田沼の中心街から離れており、JRとの乗り換えも松戸線新津田沼駅の方が近い。

○京成大久保(KS27)
日本大学と東邦大学のキャンパス・東邦大東邦中高があり、特急通過駅では最多の利用者数である。

○実籾(KS29)
「みもみ」と読む。こちらも日本大学のキャンパスがある。

○八千代台(KS29)
一部の有料種別停車駅。接続路線のない京成の駅では一番乗降人数が多い。
「住宅団地発祥の地」の記念碑があり、駅周辺に大規模団地が多くある。

○京成大和田(KS30)
京成中山駅などとともに構内踏切が残る駅。
南側には徒歩圏内にゴルフ場がある。

○勝田台(KS31)
東葉高速鉄道線(東葉勝田台駅)乗り換え。
周辺は住宅街となっている。
乗換駅の割には商業的な発展はあまりしておらず、郊外の大型商業施設に客が集中している。

○志津(KS32)
南口に志津ステーションビルがある。
かつてそこに入居していたのは東武ストアだったりする。

○ユーカリが丘(KS33)
山万ユーカリが丘線乗り換え。
駅前には商業施設ユーカリプラザや超高層マンションが立ち並ぶ。

○京成臼井(KS34)
2面2線構造の駅だが成田寄りに引き上げ線があり、列車の折り返しに使用される。
かつては北総線の白井駅との誤認防止のため、路線図や方向幕では「うすい」と平仮名表記となっていた。

○京成佐倉(KS35)
佐倉市役所の最寄り駅で中心街も近いが、佐倉市の代表駅にはなっていない。
駅南側は日本遺産に認定されている佐倉藩城下町の街並み群がある。
JR佐倉駅とは約2km離れており、両駅の間に佐倉市の行政機関が集中している。

○大佐倉(KS36)
京成全体で断トツ最下位の利用者数・京成一の秘境駅として有名。

○京成酒々井(KS37)
JR成田線酒々井駅が徒歩圏内。
順天堂大学さくらキャンパス最寄り駅。

○宗吾参道(KS38)
2面3線構造の駅で、宗吾車両基地がある関係で当駅始発・終着列車がある。
車両基地内には歴代の京成車両が静態保存されているほか、基地の拡張計画もある。

○公津の杜(KS39)
1994年に開業した京成本線では一番新しい駅。
京成電鉄のマスコットキャラである京成パンダは、当駅付近のマンションに住んでいる。

○京成成田(KS40)
東成田線、JR成田線(成田駅)乗り換え。
JR駅と並ぶ成田市の中心駅のひとつ。
成田山新勝寺の最寄り駅であり、正月三が日には初詣の参拝客で利用者が大幅に増える。
ホームは3面3線構造となっていて、うち2線はホーム両側に挟まれた形となっている。
駅構内のパン屋「サンエトワール」では、京成パンダを模した「パンダパン」が発売されているので興味のある方は是非。

○駒井野信号場
東成田線との分岐点。
現在の東成田駅が旧成田空港駅だったため、直線側が東成田線、分岐側が本線となっている。

○空港第2ビル(KS41)
成田スカイアクセス線、JR成田線乗り換え。
成田国際空港第2ターミナル・第3ターミナル最寄り駅。
ここから成田空港駅までは単線でJRと並走する。
駅構造の詳細は該当項目参照。

○成田空港(KS42)
終点駅。成田国際空港第1ターミナル最寄り駅。



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最終更新:2026年06月30日 11:59

*1 ちなみにこの中には当時から読売新聞で大きな役割を果たし、後の日本テレビやジャイアンツ関係の功績でも有名な正力松太郎もいる。

*2 名前の通り筑波山へ至る鉄道路線の計画だが、元から敷設免許を手土産に大手私鉄へ売り込むつもりという投機目的の路線だった。計画されたルートは現在のつくばエクスプレスに近似している。

*3 台枠は鋼製のセミステンレスだが、最終増備の1編成のみオールステンレス車体となっている。

*4 細かいところでは、前頭部の車両番号表記が切り文字ではなくメタリックのステッカーになっている。

*5 聚楽ビル時代末期からテナントとして入居していた。

*6 江ノ電沿線よろしく線路を渡ることでしかアクセスできない民家が線路の南側にあり、その出入りのために設けられている。