読み物

カルラディア血風録


左から参謀のハリド、ヴランディア王のイシルクレド、財政官のサフィア、王都長官のアネア

はじめに

これはMount&Blade Ⅱ BannerLordの物語である。本ゲーム内容にかなり精通しているライター氏が執筆している。鋭意加筆される予定。

登場人物


イシルクレド
元ニート。ひょんなことからヴランディア王国の王となり悪戦苦闘する。全ての能力が低い。

学者のハリド
アセライ人。イシルクレド軍の軍医であり直属中隊の軍師。いつも金ピカの鎧を身にまとっており金に汚い。

香辛料商人のサフィア
アセライ人。出納担当としてイシルクレドの配下になる。美人。サナーラ太守。

敏速なチャグン
フーザイト人。別働隊を率いる隊長。別行動になるといつも敵に捕らえられて捕虜となっている。女性だが大斧を得物としている。

ヤナ
フーザイト人。イシルクレドの兄の妻となる。膂力に優れ呂布のような容貌をしている。ジャルマリスの太守となるが統治に手こずる。

アネア
帝国人。小柄な女性貴族。イシルクレドの弟のヴァリクと結婚する。首都オルティシアの長官となり財政を建て直す。

リエナ
ヴランディア人の女性貴族。文武に優れた非の打ち所のない優等生。イシルクレドと結婚する。ラゲタを治める。

ノーガンド
イシルクレドの兄。ヤナと結婚する。

ヴァリク
イシルクレドの弟。アネアと結婚する。

アルダ
イシルクレドの妹。ラサンドと結婚する。

ラサンド
アルダの婿。ヴランディア貴族。非常に影が薄い。

勇敢なエンドリー
一番初めに酒場で知り合い仲間となったヴランディア人の剣士。一騎駆けを得意とし手戟を手に活躍し悪来と称された。クヤーズの会戦で戦死した。

樽胸のトールグド
放浪者。イシルクレドと酒場で出会う。

ガリオス
西帝国の王。ジャルマリスに攻め込み、イシルクレドと死闘を繰り広げる。

ウンキッド
アセライの首長。クヤーズを巡り砂漠地帯でイシルクレドと大会戦を演じる。

ニート起つ

カルラディア暦1084年。大陸は戦乱の炎に包まれた・・・
だが−−人類は死滅してはいなかった!

「ヒャッハッハッ水だァ〜!」

父母より奪った交易品を頭より浴びながら、賊の一人が走り過ぎてゆく。そんな商品名だったっけあの特産品。

イシルクレドは激怒した。必ずやかの邪智暴虐なる黒眼帯野郎を討たねばと決意した。
イシルクレドには戦術がわからぬ。宿で襲撃を受け、どうにか兄と逃げ落ちたが、父母は討たれ、弟妹の行方も知れぬ。
イシルクレドには学がない。兄はとても勤勉だが自分は次男でのんびり。どうすればいいかわからない。
わからないからとりあえず、復讐と奪還を声高に叫ぶ兄の背を追い、こうして荷馬の背に揺られている。

「賊を追ってはや幾昼夜になろうか・・・。ここで訓練していくか?」

まったく突然の卒業式である。父母が人生から卒業したように、イシルクレドもまたニートからの卒業である。

「聞いているのか弟よ」

♪あやまちからの 卒業〽︎ などと思考を飛ばしていると兄より両肩をつかまれた。目がマジだ。怖い。

「訓練などしている場合ではないでしょう急いで追わないと!」

イシルクレドはとりあえず眠気をこらえ、状況に沿ったセリフを吐いてみた。兄が望みそうな返答でもある。
というか寝ずに自分の兄弟さらった誘拐犯追跡してきて、おっ訓練場じゃ〜んちょっと訓練してく?大将やってる?と
(アセライファリスの)常連ムーブをかます人間がどこにいるのか。兄もちょっと不眠でおかしくなってんじゃないのか。
二人ともしばらく寝てないのでどちらも目が充血してて怖い。道ゆく人が避けていくのもむべなるかな。

兄ノーガンドはこの辺りで聞き込みをしようと提案してきた。こりゃ賊のゆくえを完全に見失ったな。
さらわれたアルダとヴァリクは大丈夫かなあ。商品を大切に扱う奴隷商人だといいんだけど。
どうやら近くにテベアという村があるらしいので、そこで聞き込みしつつ食料を買い兵を集めると兄は言う。
平和な村に盗賊と戦う兵なんているのかね、と思いながらぽっくぽっくと荷馬に揺られて村路を進んでゆく。
村はのどか、日はうららか、とても眠い。
眠気覚ましに道ゆく村人へ話しかけたところ、

「チュートリアル中は会話できません」

という恐ろしい返答が返ってきた。何。チュートリアルて。このあたりの土着宗教の戒律か何かなん。
会話しちゃダメとか戒律厳しすぎひん。
未知の宗教への怖れに背筋を震わせつつテベアの村長を訪ねてゆくと、かれらも盗賊の猖獗には手を焼いていたらしく、
とんとん拍子で食料の購入と兵の雇い入れを許可してくれた。
食料はまあ普通の穀物で、そこは別にいいんだが、
雇った兵がなんかもう、明らかに−−猛者なんですよね。騎馬兵で。長柄武器遣いの。
明らかに村でたむろしてるタイプの兵じゃないんですよねえ・・・。
ぶっちゃけ、どっちかっつうと襲われる側じゃなくて襲う側、敵側の人に見えるんですよねえ・・・。
大丈夫かなあ・・・。

さて、兵も雇って兵糧も買ったら、近場をうろつく山賊の手駒どもをとりあえず三集団つぶしてみ、との仰せである。
とりあえず手近なヒャッハーさん目掛けて突っ込んでいく。さあ初陣だ。
見よ山賊ども!これがイシルクレドの初陣じゃあ!と思いながら走っていくが明らかに他の馬より遅い。
そりゃそうだ。俺だけ荷馬に乗ってんだから。ちなみに兄貴はもっといい馬に乗っている。
突撃に置いて行かれた初陣小僧は、とりあえず山賊の戦列に突っ込んでみる。
片手剣をふる。からぶり。
馬の突撃ダメージが2だけ発生。しょぼい。
走り抜けてから馬首を返し、再突撃。片手剣攻撃。またからぶり。
えっこれひょっとして馬上から片手剣攻撃って届きにくいんじゃないの?と今更気づく。
あ、じゃあ馬をゆっくり歩かせてよく狙って剣を振れば、さすがに当たるよね!と馬を歩かせる。
すると追いすがってきた山賊たちが俺のスネ目掛けてガンガントンカチで殴ってくる。
こっちの攻撃は当たらない。向こうの攻撃は命中しまくり。そりゃそうだ目の前に俺の急所があんだから。
よーしもういい!こうなりゃ騎馬戦はやめて男らしく白兵戦よ!とひとりだけ馬を降りたら、
なんか周囲の山賊が一斉に群がってきた。えっちょっと待ってホラ僕以外にも敵兵たくさんいますよ。
あっクソこいつら歩兵だから敵騎馬には追いつけないと悟って唯一下馬したバカを狙いにきたんだ。
うーんなんて的確な判断。あっ痛っ。待って待って。兄上周りぐるぐる回ってないで助けて。
そうこうしている内に仲間(全員騎馬)が背中ガラ空きの敵を狩り、初陣は終了した。
初陣は草の味でした。テベアの名産品が羊である理由がよくわかりました。
兄さんが「ナイス囮役!」みたいないい笑顔で、草むらに沈む弟を見ている。
もう絶対、ニ度と、戦闘中に馬から降りんぞ俺は。

まあだいたいそんなまずい戦をあとニ回ほど繰り返したところ、捕虜になってた辻医者みたいな人を助けられた。
そのタクテオスというお医者さんは、あちこち巡回して怪我人治して回る善人なのに、山賊に捕まってひたすら引き摺り回されてたらしい。ランニングさせるんじゃなくて山賊仲間の治療とかやらせろよ。
とりあえず今は井戸から十歩以上離れたくないとか斬新な感想を述べていたのでおそらく将来は井戸魔神かなんかになるんだろう。
あと、過去に治療の対価としてもらった折れた竿みたいなのをやると言われた。とても価値があるらしい。
それ骨董屋に騙される人がよく言うセリフなんだけどまあ・・・貰っておこうか。

医者の通報で隠れ家が近くにある事がわかったので皆で突撃する。
今回も騎馬で蹂躙してやるぜ!ヒャッハー!と思っていたら
隠れ家はだいたい屋内だし突撃はこっそりやるから全員下馬するんだってさ。
マジか・・・とビビりながら盾を構え進んでいくと敵がまあまあ寛いでいて
あっさり各個撃破されていってくれる。いや楽。さっき苦戦したの何だったん。(答:敵全員一度に相手したから)
そして隠れ家の最奥へと進むと。
そこに待っていたのは虜囚とされた弟妹の姿−−

−−は見えず、宿を襲った黒眼帯野郎だけが首領ヅラして待っていた。
弟妹はもう本拠地へと運んだらしい。
目の前の黒眼帯野郎ラダゴスは戦力差を悟ってか、決闘を申し出てきたが
「もう僕らだけの闘いじゃない。」と(白兵戦スキルに自信ないのを隠して)断った
すると全員で武器を抜いて突っ込んできたので、反射的に後ろに下がったら
今度は後ろから突っ込んでくる味方に飲み込まれた。
そんな人混みのなかでもラダゴスは俺目掛けて大剣を振るべく近づいてくるので
人混みを避けてぐるぐる走り回ってたら背中に一、二撃くらってあっさり沈んでた。

生け捕りとなったラダゴスは先程までの横柄な態度を一変させ、
弟妹救出への協力をちらつかせ、命乞いを申し出てくるが・・・・・・

さらば。ニートだった俺。







兄の想い


––黒眼帯に盛大な朱の花を咲かせ、ニート卒業の花道を飾ろうと思っていた俺だが。
兄さんは黒眼帯を生かしてやる代わりに、弟妹奪還の水先案内人をさせるつもりらしい。
たとえ相手が親の仇でも徹底的に使い倒すなあ、兄さん。
でもまあ確かに、ここで殺しちゃったら弟妹とは今生の別れになりそうだ。そっちの方が親不孝か。
そして俺自身はきっちり、兄さんから金策(弟妹を買い戻すだけの金稼ぎ)を頼まれました。残留か。
黒眼帯に馬の口取りをさせ、騎馬兵を連れて今まさに旅立たんとする兄ノーガンドが、ふと振り向く。

「では征くが・・・、弟よ。くれぐれも−−頼んだぞ」

兄の瞳に灯るのは哀切。その眼にはどうも、孤影悄然と佇む弟の姿が実に頼りなげに映っているらしい。
だがたった一人残される俺からすればまるで逆であって、むしろ兄貴の方が心配なのである。
なぜなら。敵から寝返った奴に道案内させて、取り囲む周囲の兵もなぜか平和な村にいた騎馬兵(それも普通は雇えないレベルの)である。
こいつら全員実は敵で、次に再会した兄貴はまんまと奴隷の檻に繋がれていたとしても、俺はあまり驚かない気がする。
でもまあ兄貴が主人公ムーブしたいって言うなら邪魔しない。それが謙虚な弟の務めってもんである。
俺は兄たちを見送ってから、荷馬と並び、うーん、とひとつ背伸びをした。
さあて。次男は慎ましく、兄さんに言われた通りに身代金稼ぎをしますかね。
念のため兄さんの分まで稼いでおいてあげよう。(身代金)
のどかなテベア村じゃ儲かる話もなさそうだし、領都のポロスまで行ってみよう。
荷馬に揺られて半日ほど。牧羊都市ポロスへと着いた。やあ。都会だなあ。
この賑わいなら確かに仕事も儲け話も転がっていそうだ。人混みを抜け、俺は酒場の縄のれんをくぐる。
油染みた机へ座り、一杯のエールと一皿のベーコンを腹へ落とせば、ひとつの疑問が首をもたげてくる。
酔客の喧騒の中、俺はそっと疑問をこぼした。

「血刀ひっさげて騎馬兵と賊を猛追しているのに、ほんとうに身代金の用意なんて、必要なのかなあ・・・?」
「ゲヘヘ。そこはホラ、あれでゲスよ。敵と戦闘にならず、まず交渉するかもしれないじゃないでヤスか?」
「えぇー。あれだけ賊の仲間をぶっ殺しておいて交渉なんて成立するか普通?」
「いやいや坊っちゃん。交渉したいって金袋じゃらじゃら鳴らせば、相手は刃の届く距離に近づいてきやすよ?」

ほー。なるほどそうかも。いい手だなあ、後で使えるかも・・・ってオイ。
俺は向かいの席でジョッキを揺らし笑う、金ピカの男へ目玉を見開いてみせた。

「いや誰だよお前!何で俺の事情とか知ってんだよ!敵?」
「いやいやそんなシケた顔で酒飲んでるのは家族を奴隷に攫われた奴って決まってまさあ」
「いやなんでだよ別の理由かもしれないだろ」
「だって旦那。隣のテーブルにいる男は・・・捕虜解放交渉人ですぜ?」
「え!?捕虜解放の交渉とか代わりにしてくれる人がいんの!?」

 思わず身を乗り出した俺に。隣のテーブルで紫煙をくゆらせる男は一瞥を与え、そして元の交渉に戻った。

「旦那。ありゃあ、城市の牢屋に囚われた捕虜の、解放交渉人ですぜ?」
「ああ・・・大金と引き換えに、貴族の解放交渉とかする連中でしょ、知ってたわ・・・」
「ちょっと待ってりゃ旦那の家族も、街の牢屋へ売られてくるかもしれませんぜ?」
「おっそうかじゃあちょいと待とうか・・・って、家族がそんな目に遭わされるのをのんびり待てる奴いる?」
「へっへ、旦那はどこのど田舎から来なすったね。まだこの世にそんな平和な楽園が?」
「まさか。戦乱に追われて逃げてきたんだよ。賊に親殺されて兄弟さらわれたけど」
「へっへっへ。通過儀礼はもうお済みってわけだ。じゃあ後はもう、やる事はひとつしかないでしょうなあ!」
「ひとつ? いや全然わからんけど・・・何?」
「すなわち––稼いで稼いで稼ぎまくる!」

輝く衣服を誇示したポーズを取る金ピカの男を、俺は唖然として見つめた。
これが俺の軍医にして軍師にして守銭奴–ー「学者のハリド」との、はじめての出会いであった。


野盗


「なるほど。坊ちゃんは身代金を稼いでこいと、兄上から頼まれたんですかい。アテはあるんで?」
「なんかこの折れた竿が高価な品らしくって、高値で売るため情報収集してるんだけど…何か知ってる?」
「はっはっは坊ちゃん、こんなもん釣竿にもなりゃしませんぜ。こいつぁ兄上も一杯食わされ…、!!!」
「急に顔色変えてどしたん? え、竿に書いてある文字? えーと…」
「坊ちゃん!はやくしまって下せえ!人目に触れないところに!…取り返しのつかねぇくらい世が荒れた今頃になって、こんなモンが世に出てくるたぁ…この学者のハリド、金は滅法好きだが敢えて言わせていただきます。それをうるなんてとんでもない!」
「え?売っちゃダメなん?辻医者助けたお礼にもらった品なんだけど」
「…。で、その医者も全く同じこと言ってたんじゃないですかい? 誰か助けた礼にそれを貰った、とか」
「? ああうん、言ってたね。戦士を治療した礼に貰った、とか。それがどしたん?」
「かぁーっ! この世間知らずのボンボン価値を理解していやがらねぇぇっ! いいですかい坊ちゃん。そいつは、徳によってのみ人の手から手へと渡り歩く、縁の品というやつですぜ」
「?」
「覇お…ゴホン。その旗が手元にやってきたって事はーー大陸の全てを手に入れる機会が訪れたって事ですぜ!」
「はっはっは。へーそうなんだ。君ちょっと飲み過ぎじゃない?」
「真面目に聞いて下さいよこちとら真面目に話してんですから!」
「あーハイハイごめんねちゃんと聞いてますよ」
「酔っ払い扱いしかされてねえ…! ようがす、こうなりゃ俺も男だ、坊ちゃんがすべてを手に入れるまでお助けしましょう!」
「すべて、っていうか身代金稼げればそれでいいんだけど」
「金の稼ぎ方もきっちり教えやしょう」
「この竿どうするん? てか旗なん? これ」
「歴史の授業も必要みたいでやすね…。ま、おいおいレクチャーしてゆくことにしやしょう」

こうして学者のハリドが仲間になった。
(仲間になる代わりに、溜めた飲み代を500ほど立て替えさせられたので、体よく騙されてる気がしないでもない)

「…え?竿の正体はもうわかってるけど、各地の王侯貴族への聞き込みは続けるの?なんで?」

ポロスを出てリカオンへ向かう道筋。横で同じく馬に揺られる酔者のハリドに、俺はたずねた。

「学者のハリドでさあ。…その旗が失われて幾年…いや。誰もが必要としなくなって幾年。旗無きまま身勝手に争い続け不幸を撒き散らし続ける王たちに、まずは、その旗の存在を思い出させなきゃいけやせん。そして、今やその旗がーー何も知らぬ若者の手へとゆだねられたことも」
「なんでわざわざそんな面倒な事するん? オークションにかけて高く売るため?」
「金で手に入れた旗なんざしょせん、無価値でやすよ。坊ちゃんは見たとこ平和など田舎で長いこと暮らしてたお人のように見えますがね、聞いたことはねえんですかいーー常勝の旗。統一の旗。平和の旗の伝説を?」
「あー。なんか昔、大陸を統一し永き平和をもたらした覇王のもとには、つねに一旒の軍旗があった、とかいうーーでもアレ、おとぎばなしだろ?」
「その旗がコレです」
「あっはっはそんなまさか」
「いやそこは信じろや」

酒場で飲んだくれてた金ピカおじさんだが例の竿を見るなり急にやる気を出してついてきて、俺の金稼ぎも手伝ってくれるらしい。あの竿すごいな。
話しながら辺りを見るともうテベアの近くまで戻ってきていたらしい。のどかな平原で牧畜が営まれている。
と、急におじさんは馬の横腹を蹴り突撃をはじめた。

「じゃあ坊ちゃんーーまずは金稼ぎの方法からお教えしやしょう!」

突っ込んでいく先には、お散歩している賊が十名くらい。

「ちょ!? ええ!? 金稼ぎって野盗狩りかよ! おま、多いって敵の人数多いってぇ!」
「なんの! 正義と勝利はこちらにあり、ですぞ!」

意気揚々と賊を跳ね飛ばすハリド。あっ石投げてきた痛い。痛い。違うんですその人が勝手に喧嘩を。

石の雨を避けながら思う。
こんな、折れた竿のご利益を過信しすぎじゃないかなあ。

「…うわ。想像以上に弱いですねえ坊ちゃん…」
「なつかしい草の味…」

戦闘後、ふたたび草を味わっていた俺をハリドが回収する。
俺が落馬しフクロにされてる間にハリドが敵全員馬で撥ねたらしい。
縛り上げた賊の所持品も装備も全部奪って、身柄は全員リカオンの牢に売り渡す。
やってること野盗と何一つ変わらんやないか。

「悪党相手に略奪すればそれは善行なんですぜ」

略奪品の中からめぼしい装備を見繕いながらハリドが言う。
俺もひとそろい身に付けたがーーうん、二人とも山賊の外見にしか見えなくなった。もしくは食い詰め農民。

「悪党から奪った装備を身に付けていてもか?」
「ま、見た目も懐具合も、並行してなんとかしてゆきましょう」

野盗退治はさほどの金にならなかった。手に入る装備も粗末だ。
もっとマトモな実入りのある手段でもあるのか?

「旦那。良い装備が貰えて、懐も暖まり、大勢に名前も売れて、また偉いさんと個人的にお近づきにもなれるーーそんな手段がすぐ目の前にあるじゃないすか」

俺らの目の前に聳え立つのは闘技場の威容である。
まさか。

「さ。旦那。ちょっくら、優勝してきて下せえ」
「いや無理無理無理無理!」

偉いさんと個人的にお近づき(攻撃範囲内)かよ。
嫌がったが他に手がないためエントリーさせられた。
武器はみんな貸出のものを使うから勝敗に貧富の差は関係ないらしい。
ビルボードにある出場者名には調査対象の前皇妃ラガエア、その娘ことプリンセスゴリラアイラ、あときっちりハリドもエントリーしていやがった。
一回戦も勝てるかどうか、と思っていたが試合形式がタイマンなのでけっこう勝てる。
ゴリラとハリドが潰しあって共倒れしてくれたので決勝戦まで進めたが、決勝の相手は南帝国の国主である。

「まさか決勝の相手が我が娘ではないとは…ゆくぞ!」


忖度して負けた方がいいんかな、とは思ったが、おばちゃんは全力で突っ込んできたわりに弱かったので普通に勝ってしまった。
優勝である。
観客の南帝国民たちのブーイングを受けつつ(アウェー感)、負けて不機嫌な領主から賞品をいただく。
賞品はえらく立派な兜である。
粗末な布鎧にこんなん被ってたら逆に目立つわ…

「優勝おめでとうございやす旦那。手筈通り、ちゃんと四回戦とも全額賭けやしたね?」
「ああ。600が2000くらいに化けたけど・・・こんなうまい儲け方いつまでも続かんだろ」
「なんの。坊っちゃんが田舎出のポンコツのうちはまだまだ稼げますぜ」
「いや俺がそのうち普通にボコられて負けるわって言ってんの」
「坊っちゃんはもっと、旗に選ばれた自分の強運を信じるべきですぜ。さ。次はラガエア様の元へグフぇ(吐血)」
「うわあ! そういえばこいつゴリラと死闘を演じてたんだった! 死ぬな!しっかりしろハリドー!」

虹の彼方で微笑みを浮かべ始めるハリドを酒場で休ませ、俺は単身、領主の待つ城郭へと向かった。
番兵は誰も彼も通すわけにはいかないと屁理屈をこね、結構高い賄賂を要求してくる。あ。こいつさっきの試合見てたな。
軽くなった財布を抱えて謁見の間に進むと、やっぱり不平面の女王ラガエアがお出迎えである。
そして傍には同様に不機嫌なプリンセスゴリラ。そりゃそうだ、さっきの公衆の面前で殴られたばっかりだもんなあ。
闘技会で稼がなきゃここ入る賄賂も稼げなかったとはいえ・・・俺もう帰っていいかなあ。

「ペンドライクの大戦についてお伺いしたいのですが・・・」

折れた竿を掲げながら。迂遠に、かつての敗戦について尋ねてみる。
皇帝に先立たれた正妃と、力を持て余すその王女の眼前。
旗の残骸というエサをちらつかせたら、強引に奪い取られやしないかと内心ビクビクもんだったが––
別にそんなことはなく、二人はただ苦々しげな視線を向けるばかりであった。
王家の威名に傷をつけた記憶が蘇ってきた、みたいな顔をしている。

「ああ。思い出したくもありませんが。我が夫、アレニコスは・・・」

まあ旗一本で王権が担保されたら楽だろうが、実際はそうじゃない。
だから戦争を繰り返しているのだ。
こんなモンで覇王になれたら楽すぎるだろ。まったく、ハリドは大袈裟なんだよなあ。
苦笑しながら城郭から出ると、出迎えてくれたのはお空に浮かぶハリドの笑顔。

”おや坊っちゃん。おかえりなさい。首尾はいかがで?”
「ハリド死ぬなー! 今すぐ帰って医者に診せてやるから! それまで持ち堪えろー!」

俺は酒場で臨終の刻を迎えつつあるハリドめがけてダッシュした。

「はははっ、やるじゃないかアンタ!まさかこんな芸を隠し持ってたとはね!」

酒場に戻ると、瀕死のはずのハリドは大勢の酔客に取り囲まれて元気に火吹き芸を披露していた。意味がわからない。
火を吹き終えるとハリドは倒れた。煤を吐きながらビクンビクンしている。
痙攣する体へ、芸に感動した観客達より投げられた小銭が雨霰と降り注いでいる。

「・・・えっと。死にかけてると思って、急いで帰ってきたんだけど––どういう状況?」

俺はとりあえず、床に沈むハリドを見て大笑いしている女商人に声をかけた。
浅黒い肌と分厚い遮光長衣、派手な装飾品は、さながら砂漠をゆくアセライの旅商か。

「うん? ああアンタか」
「・・・なんで知らない人みんなさも俺のこと知り合いみたいな反応してくんの?」
「ハハハ。あたいはさっき、近くの席でアンタらの話を聞いてただけの旅商人さ。
 アンタが出て行った後、連れが死にかけてて、誰か気付け薬をもってこいって言われたんでねえ。
 しょうがない。とっておきの大切な商品を全部くれてやったのさ」
「あ。薬種商人の方でしたか。それはどうも、すみませんでした」
「いや香辛料商人だけど」
「香辛料!? 気付け薬がわりに半死人の口に香辛料ぜんぶぶっ込んだの!?」
「なんだい、そのおかげで連れの男はちゃんと蘇生したんだよ。
 でも蘇生してすぐ、『たった今胃の中へ突っ込まれた物を全部吐きたい』って言うから・・・」
「そりゃそうだ・・・」
「とりあえず手近にあった一番強い酒を手渡したんだけど。なんと、味も確かめず一気飲みしてねえ」
「なんで酒渡した・・・」
「一瓶飲み終えるなり、いきなり吐いてねえ」
「そりゃそうだ・・・」
「吐いた酒がたいまつの火にかかって、火を吹いてるみたいになってねえ」
「なんでだよ・・・」
「酒場の客が集まってきて、おひねり投げてねえ。こうなったというわけさ」
「いや全然わからん・・・」

俺たちは床でヒューヒュー言うハリドを見下ろした。とりあえず生きてはいるようだ。
ハリドを回収し酒場から去ろうとすると女に香辛料代500ほどの支払いを求められた。
同意なき取引ではあるが、当然仲間の命には代えられない。払う。さっき稼いだ金がもう底をつきそう。
ハリドを担いで酒場を出ると、なぜか女商人もついてきていた。

「実はポロスの酒場でも席が近かったんでね。あんた達の事情は聞いてるよ?」
「うわストーカーやん」
「失礼だね、たまたま行き先が一緒だっただけさ。
 ところで知ってるかい? 香辛料は、同じ重さの金と取引されることもある――って話を」
「へー。それがどうしたん?」
「どうやらアンタの手に入れた折れ竿は。同じ重さの金塊どころじゃない、とんでもない価値があるみたいじゃないか?」
「いや、値がつけられなくて売れないだけだが」
「そんな高額商品どうやって捌くのか? 商人として俄然興味が出てきたよ。あたいもついてくよ」
「マジか…」

こうして香辛料商人のサフィアが仲間になった。
復活したハリドともども、仲間達は俺の立身にやたらと尽力してくれて…

 ~一年後~

「遂に闘技場チャンピオンになってしまった…」
「おめでとうございます坊ちゃん」
「おめでとう、やるじゃないかアンタ」

二人の祝福を受けながら顔を覆う俺。その身に纏う全身装備はどうも統一感がなくてちぐはぐだが、各地のトーナメント優勝賞品ですべて揃える事ができた。武器も馬も全部貰い物である。

「いやまさかたった一年で成し遂げるとは…感服いたしましたぞ」
「ああまったくだね、さっきの試合なんか見たかい、あたい大損しちゃったよ」
「俺の敗北に賭けるなよ!」

二人は観客席で酒を片手に応援していただけである。
トーナメントで優勝を勝ち取るのも俺、各地で有力者を訪ねて聞き込みをするのも全部俺である。
そうこうしているうちに調査は終わり、そして金も溜まり、俺はなんとチャンピオンになってしまった。

「そもそも、奴隷にされた弟妹を助けるために行動していたはずなのに…」
「坊ちゃんが名を挙げ、兵を擁し、金も持っているのでなければ……まずそもそも奴隷商人との交渉の席にさえ着けませんぜ?」
「一年も経っちゃったけどホントに大丈夫かなあ兄弟たち…」
「そこはまあ兄上がうまくやってくれていると期待しましょう。そら、ちょうどお客さんですぜ」

 雑軍といった風体ながら、一軍を率いる将として馬上に揺れる俺を目掛けて、一人の男が駆け寄ってきた。
 ……見覚えのある眼帯姿である。
 背後に兄や兵達の姿は見えない。
 走り寄る男が何か喋ろうとするのを押し留め。俺はとてもいい笑顔を浮かべると、剣を振り上げた。

「ああいいよもう喋らなくて。アレだろ? 兄貴捕まったんだろ? そんで。次の獲物は俺なんだろ?」
「ぜえぜえ、い、いや、違っ……」
「いいっていいって。うん。最初から想定してたから」

 笑顔で断罪の刃を振り下ろそうとすると、なにやらハリドが後方から羽交い絞めしてくる。

「坊ちゃん!ちょっと待って下せえ坊ちゃん!一応、話くらい聞きましょうや!」
「そうだ! だ、大体、もし本気で罠にかけるなら、兵引き連れたアンタの前へ現れたりなんかしねえよ!」

 ふむ。ま、そうか。俺は死刑を中断した。

「お察しの通り、アンタの兄さんは捕まっちまって…」
「うん。そして父母はお前に殺され、弟妹は奴隷に売られたんだったよなぁ。他ならぬお前の手で」
「坊ちゃん!憎いのはわかりますがとりあえず剣しまって下せえ!」
「お、俺じゃねえ!仲間が、ガルターの奴が裏切ったんだ!だからわざわざこうして訪ねて来たんだよ!」
「…その言葉が罠じゃない保証は?」
「アンタはもう一軍の将なんだろ!?罠だったり嘘だったりした時は俺を八つ裂きにすりゃいい!」

 一年ぶりに再会したラダゴスは、ガルターという同業者に嵌められて兄の兵は壊滅、兄も囚われの身となったと訴えてくる。
 案内役を務めたこいつだけ無事逃げ延びているあたり、とてもあやしい。責任を追及したいのだが…
 …さっさととんずらこいて、のちのち一軍を率いる身となったその弟から、マトにかけられて血ダルマになる未来でも予期したのだろう。
 こうしておとなしく出頭し、兄弟妹の奪還に協力するなんてしおらしい事を言ってくる。
 いや実に立ち回りのうまい奴である。

「ま。働き次第で報酬をやろうか。お前の命、という報酬をなぁ」
「アンタに命を救われるのはこれで二度目だからなぁ。感謝するぜ」
「お前がしくじるのももうこれで二回目、って事も忘れんなよぉ?」
「…ハッ。あのボンボンが、一年でよくもまあ、ここまで変わったもんだ」
「ヒソヒソ(苦労知らずのお坊ちゃんだと思ってたけどやるねえ)」
「ヒソヒソ(まぁわれわれが苦労を叩き込みましたからな)」

 走るラダゴスを馬で追い立てながら、ガルターの隠れ家とやらまで辿り着く。
 井戸から十歩以上離れたくないみたいな顔をしているラダゴスを放置し、精鋭十名でアジトにお邪魔する。
 川沿いで素朴な漁をしている奴隷商人達へ片っ端から天誅を加えていると、タコ坊主が出て来た。
 ガルターと名乗るそのタコ坊主は、商人らしく交渉をもちかける事もなく、決闘か団体戦かの二択を求めてきた。いくら商人でも、仲間を天誅しまくった俺の命にはもう値段がつけられないらしい。
 それは俺も同様なので、闘技場で鍛えた(鍛えさせられた)技であっさり決闘に勝利し、ガルターの身柄はラダゴスへくれてやった。
 囚われの兄弟妹は幸い無事で、再会を喜んでいる間に、どこか物陰で音が響く。
 刃の風切り音と、何かが転がる音。
 やがて、血刀をさげたラダゴスがさわやかな顔で現れる。

「さて。約束通り、ここで手切れにしましょうや。それとも――父母の仇もここで討つかい?」
「ま、見事な働きだったな。報酬はくれてやる。さっさと消えろ」
「俺を殺さなくていいのか?」
「お前は確かに俺達の父母を殺したが、俺の兄弟妹を助けるのに協力した。
 俺からしてみりゃ、-2+3=1だ。お前の命を見逃す分くらいは残る勘定だ」
「へっ。――アンタ大物になるぜ」

 どうして殺さないんだという兄弟妹の視線を浴びつつ、ラダゴスは姿を消した。
 こうして家族を全員取り戻したわけだが、俺はすでに兵を預かる将の身である。
 未成年の弟妹は近くの都市リカロンへ預け生活させようと思い、兄に送っていってもらった。
 兵を率いて後を追い、弟妹の暮らす宿を訪ねてから、兄とリカロンの酒場で合流する。
 とりあえず、一年ぶりの再会を祝してエールを一杯。弟妹はまだ未成年なので俺らだけである。
 奥まった席は静かで、兵達の喧噪も届かない。俺はオリーブをつつき、何気ない風に訊ねる。

「どうする? せっかくこうして、父さん母さんの望み通り、入市して生活できる算段がついたし。
 弟妹と一緒に、兄さんもここで暮らす?」

 俺らの父母は貴族に仕える身だったが、戦乱に追われ、安全な地を求める旅のさなか命を落とした。
 この都市は南帝国の王直轄の都市だし、比較的安全と言えるかも知れなかった。
 しかしこの都市のすぐ近くで、俺達は賊に襲われたのだ。
 兄は久方ぶりという酒を噛み締めると、ゆっくりかぶりを振った。

「いや。ここも安楽の地とは言えぬだろう? そうである限りは、弟妹のため、戦い続けねばならない」

 そう決意を口にする兄の左手はしかし震えていて、虜囚となったトラウマが残る事を教えてくれる。
 生活費は俺が闘技場で稼いでくるし、別に無理なんかしなくていいのにな。

 また兄弟揃っての旅が始まった。



同胞団


1か月後。

「なるほどなあ――修復もしてみるもんだ。こんな旗だったのか…」

俺は3つの部品をすべて集め、みごと修復なった旗を手にしみじみと呟いた。
後ろではハリドとサフィアが感慨深げにうなずいている。後方腕組みうなずきアセライ人である。
旗はなんか叩き折られてバラバラにされてた様子ではあったが、(ここまで軍の維持費を捻出するためほぼ強制的に鍛えさせられた)俺の鍛冶スキルでまあ、何とか治せた。
これが、覇王の旗……ねえ。
旗を見上げる俺の様子を見て、兄が訝しげに眉を寄せる。

「弟よ。もう身代金は必要なくなったのに、なぜ敢えて――その古物の欠片まで集め、修復したのだ?」

兄は復帰以来、弟妹の暮らすリカロン周辺の野盗狩りにばかり精を出していた。というかそれ以外何もしようとしなければ、弟妹を置いて何処にも行こうとしなかった。
もう二度と野盗に大切なものを奪われたくないからだろう。まあそれは解る。
一か月後の今こうして、エピクロテス、それにマルナス近くの野盗巣窟まで遠出させることができたのは…ここに野盗の本拠地がある、という事実を告げたからだ。
野盗の根絶であるならば、と兄はしぶしぶ遠征に同意した。

あー。
俺は黙って兄を見返す。
その顔には一年前と違い、縦横に細かい傷が走っている。

一年ものあいだ闘技場で満身朱にまみれ。
ひとつだけ、わかったことがある。

父母が探していたような戦乱なき安楽な地は、もはやどこにも存在しなかった。
また兄が日夜戦って維持しようとしている弟妹のための地域平和も、実に儚いものでしかない。
どこかで誰かが血にまみれることで、別の誰かの平穏が保たれるのは、世の真実かもしれないが――
より多くのものを、より長く護ろうとするならば。
――それこそ、かつて永き平和をもたらした王のように。
同じくらい大きな旗を掲げ、戦うしかないのだ。

「……。」

千ヤード先を見据えるような目で俺が佇んでいると、不意に兄が顔を覆った。

「――いや。すまなかったな、弟よ。
 お前にそんな顔をさせるため。俺はずっと、兄をやってきたわけではないというのにな。
 ……わかった。これからはお前の望みを叶えるため。この救われた命を、捧げよう」

何故か涙を流す兄に、首を傾げる俺。
そういえば。俺も兄からすれば、弟の一人なんだった。今の今まで忘れていた。
まあリカロンを離れることに兄が同意してくれたのはいい事だ。
こうして旗も修復できたし、旗の使い方も有識者二名に教わった。(ぜんぜん正反対の使い方だったが)
……じゃ。
この旗を、どこかに掲げるための――旅をはじめよう。

黙って風に吹かれる俺の背を見て、なにやら囁き交わす仲間達。

「ヒソヒソ(ようやく大所高所からの視点を持つようになりましたな)」
「ヒソヒソ(修復した旗がどんな価値を産むのか興味あるねえ)」
「ヒソヒソ(キングメーカーは順調みたいですね)」

…うん? 一人増えてない?
自然に輪に混ざるその見知らぬ女へ目を向けると、大斧を背負う女はびしりと敬礼を決めた。

「敏速のチャグン、ただいま帰着いたしました!」
「いやそもそも誰?」
「そんな! 不在の長かった私のことなど、そもそも憶えてすらいないと仰るのですか!?」
「ええと、坊ちゃん坊ちゃん。数週間前、残る旗の部品の情報を得るため。隊商を編成し、送り出したじゃあありやせんか?」
「あー。そんな報告受けたっけ。たしか、隊商編成でだいぶ金かかったんだよね」
「で。各地を巡り、情報を送って来たのが……このチャグンですぜ」
「そうだったんだ。でも、あれ? なんで今頃になって合流したん? それに隊商は?」
「それが…旅先で野盗まがいの連中に襲われやして。隊商は壊滅し、隊商頭も虜囚となりまして」
「ああ思い出した!その負債の支払いで一気に苦しくなって、俺が鍛冶を覚えさせられたんだった!」
「で。身代金を払い、こうしてチャグンも無事、我々の元へと戻って来たわけです」
「大赤字じゃねえか!俺がひたすら鍛冶場に監禁されてたのそれが理由かよ!」
「ありがとうございます!このチャグン、主様の御恩はけして忘れません!」
「そう思うならとりあえず赤字垂れ流すのやめてな…?」

 しょげるチャグン。軍人らしい態度と背中の大斧は、いかにも強そうなのだが…。
 話題を変えようと、ハリドが割って入った。

「――ときにチャグンよ。お前の隊商を襲ったのは、一体何者だ?」
「はっ。同胞団の連中であります」
「どうほうだん? 誰そいつら?」
「同胞団は……騎士の国ブランディアの、反体制民ですな。
 元々はヴランディアの農奴反乱でしたが、規模を増やすにつれ全軍を賄えなくなり、最近では村を襲う野盗まがいや、他勢力に雇われる傭兵まがいの行いにまで手を染めているという噂です」
「いや実に。身につまされる話だ……」

 そう言って俺はチャグンを見た。チャグンは恥で顔を真っ赤にし、斧で自分の首をはねようとした。
 いやまて早まるな。

「チャグンよ、自害で失態をチャラにしようとするな。生きるのだ。――どこで襲撃を受けた?」
「……は。ラゲタの西、オルティシアの北、火山麓の森林地帯であります」
「あれ? そこヴランディアじゃなくて、西帝国領じゃね?」
「国境付近ではありますな。まあ奴らは国家に紐づいておらぬ遊兵ですからな、どこにでも出没するでしょう」
「うーん……」

 俺もトーナメント荒らしをしてる時、あの辺は何度も通ったのだが、誰とも行き会わなかった。
 通商ルートから外れているせいだ。森は深く、拠点は少なく、商人連中は西帝国からバタニアには直で行きたがらない。

「ふつう。隊商はもっと南の海岸線沿いの都市間を移動するし、一般的な交易ルートじゃないよね?
 チャグンは恐らく、情報収集後に帰還合流しようとしてたんだろうから、そこ通るのはおかしくないけど……山賊働きをしたい連中がそんな、あまり人も通らんような、森の奥に伏せてるってのは…何か変じゃね?」
「確かに仰る通りですな。隊商を襲うなら、より南、海岸線沿いの平地。ジャルマリス、オルティシア、そしてヴランディアの都市群……この辺りを張るのがまあ、鉄板でしょうな」

 やけに山賊事情に詳しそうなハリドであるが、そういえばハリドの地元アセライにも近い地域だった。

「それにさあ。アセライに近い南部ヴランディア都市群なら、もともとがヴランディアの反乱農奴だっていうその同胞団からしてみれば、土地鑑もあるし隊商襲撃とかやりやすいだろうに。なんでわざわざ、ろくに集落もないようなあんな深い森の中に居たんだろうね?」
「どうだチャグン、何か思い当たる事はあるか」
「いえ私には何も……ええと例えば、生まれ育った国内で略奪はしたくない、とか……?」
「そんな地元愛を振り回すような連中が、内乱起こして村襲ったり他国に雇われたりするかなぁ」
「では坊ちゃんは――どういう意図があると?」
「……。これはヴランディアへ、ちょっとご注進に伺った方が――いいかも知れないね」
「はあ? ご注進……ですか?」

さらに一ヶ月後。
見慣れぬ赤い旗を押し立て、森林地帯を北東へ突き進む俺らの姿があった。

「坊ちゃん……そろそろ種明かしをして頂いても、宜しいのではございやせんか?」

持ちなれない旗を枝にぶつけないよう、馬上に苦労するハリドがそんな事を訊ねてくる。
軍勢の先頭、俺は薄暗い森の奥へ目を凝らしつつ、黙って問いを待った。

「一体どうして、王領ではなく南部ヴランディアへ向かいながら、王と謁見できたのですか?」
「ダートハート王はもう、そうするしかないからだよ」

トーナメント荒らしをしながら各地を巡って折れ竿について訊ね回っていた頃、実はダートハート王にも会っている。
騎士の国の王様は、しかし腹心の騎士たるべき貴族たちと折り合いが悪い。広く知られた話でもある。
俺らがかつて居たマルナスは、ヴランディアの喉元に位置する、今にも併呑されかねないバタニア王国の構成都市だ。
湖と森のネックレスとも称されるバタニアの五都市は、斧ぶん回す国民性(蛮族性)もあって、たやすく外敵の侵入を許さないように一見見えるが……その実、スタルジアとヴランディアという二大強国の軛から逃れられない小国である。
であれば。騎士たちの支持が欲しいダートハート王としては貴族達を糾合し、バタニア併呑の戦へ望むかと思いきや……文治型の王は至近の小国へ強硬策を取らず、平和裏に影響力を増していく形での文化侵略を選択した。
今や、バタニアの発展は阻まれ続けながらも、しかしヴランディアの顔色をけして無視できない有様だ。
おそらく過去に小競り合いを起こし、多額の賠償金支払い契約を一方的に押し付けでもしたのだろう。隊商が大勢行き交う活況を呈しながら、バタニアの富はことごとく、どこかへ吸い上げられている。
その行き先がヴランディアだというなら――攻め滅ぼすよりも搾取し続ける方が旨味は大きいだろう。
現に。バタニアのクランはどこも貧しく、まともな兵数すら抱えられていない。
しかし、それでもなお、ダートハート王の手腕は評価されない。武断派ではないからだろう。
であれば王はどうするか。武断派に納得してもらえるだけの大ナタを、振り回すしかないのである。
うん。このへん蛮族しかいないのかな。

「待って下せえ。それがどうして、王が南部諸都市に滞在していた理由になるんで?」
「バタニアは潰せない、スタルジアとはぶつかれない。となれば――手ごろな標的は西帝国しかないだろ」
「はあ!?あの弱腰のダートハート王が、西帝国へ戦をふっかけるんで!?」
「本人の意思は関係ない。国内をまとめたきゃ、もう手が限られてるってだけだよ」

まあヴランディアだって国内がバラバラのままであれば、いずれスタルジアやアセライから蚕食されてゆくだけだ。
とはいえ――弱腰で通っている王が、血に飢えた騎士連中の前に獲物ぶら下げたところで、素直においそれと噛みつきにいくとはとても思えない。貴族なんて腹芸の達人でなければ務まらない。
諸侯は王からの侵攻軍結成の呼び掛けに対しても、まず少数の兵だけ抽出し、様子見をするだろう。
そして少ない兵力だけ抱えた、大した指揮実績もない王は、西帝国の都市ひとつすら落とすこともかなわず、適当に村いくつか焼いてそれを成果として撤退し――またしても、騎士たちの失笑を買うのだろう。
『騎士の力を借りないと何もできぬ弱い王』。その関係性を保持したい貴族たちの、目論見通りに。

「ですが坊ちゃん……数が集まらなんだとしても、名に聞こえたヴランディアの騎士連中ですぜ?
 バタニアとさして国力の変わらない西が相手なら、都市のひとつくらい落としてもおかしくは……」
「相手は名将ガリウスだよ? 代々将軍を輩出する家で、本人の軍歴も十分、兵の信頼も厚い。
 ダートハート王が相手じゃそれこそ、小指であしらえると思うよ。
 ま、一番カネのかからない対策を講じるとするなら……ヴランディア内の反体制勢力でも雇ってさ」
「そうか、同胞団……」
「で。国境付近をそれぞれ見張らせて、攻め寄せてきたら各都市に急を知らせつつ守備兵と籠城、かな」
「なるほど……籠城で時間を稼いでる間に、ガリウス親率の兵で侵攻軍を迎撃すると……
 じゃあ――同胞団がこの森の奥で張っていのは、ラゲタへ侵攻する兵を見張るため……」
「たまたま出くわしたチャグンは運が無かった。口封じに山賊のふりをして襲われたんじゃないかな?」

 と、そこでハリドは安っぽい赤の旗を見上げた。ヴランディアの国章が描いてある。

「坊ちゃんが貴族としてではなく傭兵としてヴランディアへ雇われたのは、同じように――様子見ですかい?」
「別にそういうんじゃないさ。物事にはタイミングがあるってだけだよ
 それに。小勢の傭兵が相手なら、やっぱり――同胞団の対応も変わってくると思うよ?」
「?? それは坊ちゃんが、王に何ら真意を告げぬまま、この森の再偵察に出た事と何か関係があるんですかい?
 そもそも。――王の糾合に対しても兵は集まらず、見た通り、ヴランディアの兵達はいたずらに南部で時間を空費しております。都市を落とすには兵が足りず、できることは村焼きくらい。この先の見通しも暗いまま。どこを見ても決め手に欠けるというか……正直、もう手詰まりに見えるんですがね?」
「一手足りないって言うんだろう? でもその『一手』を、俺らは持ってるわけじゃないか」
「え……?」

 ハリドが首を傾げたあたりで、前方の森から鬨の声というか、喜びの声が上がった。
 こちらを小勢と看破した同胞団が、退屈しのぎの手頃な獲物がまた来たと、我慢できず突撃を開始したのだ。
 俺は素早く馬首を翻し、全軍に転進を命じた。

「はあ!?戦わないので!?」
「兵力差が歴然だから相手も突っ込んでくるんだし。勝てるわけないべ。とっとと逃げるんだよ
 ああ。それと――ダートハート王へ伝令。チャグン、頼む」
「はっ!」
「『未開の森の奥で伝説の常勝旗を見つけた。現在、敵勢と奪い合いになっている。
  このままでは旗はガリオスの手に落ちる。――疾く援軍を求む』」
「ちょっ!? 旗の所有を、このタイミングでヴランディアに明かされるんで!?」
「もともと折れ竿だけ持ってたことは向こうも知ってるわけだろ。信憑性はある。
 そもそも、諸国は旗なんぞ必要としないまま戦いを続けてたし、旗を不要なものと見捨てる判断はできるかも知れないけど……でも。
 それが敵の手に渡るとなると、やっぱり看過できないと思うんだよね?」
「ましてや相手は戦上手のガリオス将軍……」
「そう。旗を手に入れちゃったら、もう鬼に金棒だよね。
 だからダートハート王は、あるいは集まった貴族の末子連中あたりは、兵が少なかろうが何だろうが、どうしたって俺らを助けに来ざるを得ないわけさ。――ではチャグン。送れ」
「はっ! この命に代えても、王に伝えます!」

 チャグンは手綱を握るまま器用に敬礼を決めると、森の奥へ消えた。

「で。サフィア?」
「ん? なんだい坊ちゃん」
「まったく同じ内容の伝令を、同じダートハート王宛てに、頼めるかな?」
「あはは。何だい、チャグンの奴を信用してないってのかい?」
「いや、ここ来る途中に伏兵が居たっぽいから……チャグン多分捕まると思うんだよね?」
「ちょっと!それを教えずに送り出したってのかい!アンタもヒドい男だね!」
「いや、チャグンには伝令を頼んだつもりだったんだよ。『ガリオス王に』ね」
「……。おいアンタ。まさか、ガリオス王まで釣り出す気じゃないだろうね……?」
「そうだよ。そして、伝令を捕まえたとなれば警戒も緩むから、サフィアもきっちりダートハート王のところへ安全に伝言を伝えられるってわけさ。くれぐれも慎重に頼むよ?」
「ヒュウ。短期間でよくもまあ、ここまでおっかない男に成長しちまったもんだねえ……。
 わかったよ。チャグンが囮になってる隙に、うまく伝えるとするよ」

 悪そうな笑みを浮かべて、サフィアも森の奥へと消えた。
 並走する兵達はなぜか沈黙している。お通夜かな。

「さて――チャグンとサフィアが、ちゃんと援軍を連れてきてくれることを期待しようか?」
「坊ちゃん……、ガリオス王は援軍ではないんじゃねえですかい?」
「じゃあ――あとは皆が揃うまで、この森の奥をひたすら逃げ惑うとしようか!」
「ろくな作戦じゃねえ……! 総員、気張れよ! ここが踏ん張りどころだ!」

遁走


西帝国――将軍皇帝ガリウスの対応は早かった。

「……この森に潜むという、ヴランディア傭兵に告ぐ。
 旗を持って我が元へ来るならば――将来の富貴を約束しよう」

森の入り口にて大声で呼び掛けながら、ゆっくり進軍してくるガリウス軍。
その歩みは俺らを追いかけてくる同胞団のそれよりなお遅い。
ちなみに俺らは小勢な分、同胞団に追いつかれぬまま延々と森を引きずり回している。
というか火山とその麓のラゲタをもう三周くらいしている。トレイルランかな。

「な? ホントに援軍が来たろ?」
「敵意がないとはいえあれ援軍って言わねえと思うんですがね……」
「チャグンもきっちり仕事してくれたみたいだ」
「使命を果たせず敵に捕まるのを仕事したって言うのはどうなんですかね……」

 と、ぼやいていたハリドがふと、頭を巡らせた。

「……で? 頼みの綱のヴランディア軍は、一体いつごろ援軍に来てくれるんで?
 進軍の土煙ひとつ、見えやしませんが……」

 このまま延々とトレインしていてもいいのだが。
 招集かけられた諸侯が四方八方から集まってきて、足止めされたら終わりである。

「うーん。あの抜け目のないサフィアが囮まで使って、仕事をしくじるとは思えないなあ。
 となれば……思っていたより、俺らって評価されてたのかも知れないな」
「? どういう意味で?」
「前にも言ったけど。ダートハート王の取れる戦略は、どうしても限られる、って話さ」

 俺は同胞団とガリウス軍を引き連れる形でぐるりとラゲタを一巡すると、そこで周回をやめた。
 南西に進路を変え、森の最西端を目指す。

「? どちらへ向かわれるので?」
「このまま限界まで時間稼ぎして、あとは本隊に合流さ」
「へ? 本隊? 都市で時間つぶししてるあの兵達の事ですか?」
「今頃はもう違うと思うけどね」

 森の端まで到達し、ジャルマリス西の三角洲へ抜ける。
 移動速度を上げ、一気に南下してゆく。
 そこには――予想通り、港町オルティシアを囲む、ヴランティアの攻城陣の姿があった。

「ハァ!? まさかダートハート王は、あの小勢でオルティシアへ攻めかかったんで!?」

 驚くハリドだがすぐに異変に気付く。城に取り付いている兵数がとても多い。
 さらに言えば、北のヴランディア本領からは陸続と、騎士の旗が隊列を組んで押し寄せてくる。
 西帝国の防波堤こと。港湾城市オルティシアは、いつもの小競り合いと同様、籠城してガリオス皇帝親率軍の到着を待つつもりだったようだ。
 残念、そいつはまだラゲタの深い森の中である。
 他方――ヴランディア騎士達の戦意はやけに盛んで、今にもオルティシアは陥落してしまいそうだ。

「こいつぁ――どういう、事ですか! 坊ちゃん!」

 弓を構えてくる攻城軍本営に向かって、必死に「味方です」と赤い旗を振りながら、ハリドが尋ねてくる。
 その緩めようとした馬足を、ハリドの乗騎の尻をひっぱたいて加速させる。
 がくんがくんとつんのめりながらハリドは襲歩の列に並んだ。さあ騎馬突撃だ。

「一体どうするつもりなんです坊ちゃん!」
「おいおい、どうするって――そりゃもう、オルティシアを陥とす以外ないだろう!」

 視界にぐんぐんと広がる胸壁より、一筋の矢が俺の胸を狙って飛来した。遠矢だ。恐るるまでもない。
 旗を振るって律儀に矢を叩き落としながら、ハリドは質問を続ける。もうすぐ接敵するんだがなあ。

「なんでダートハート王はこのタイミングでいきなり! オルティシアを攻め始めたんですか!」
「俺が旗見つけたって伝えたからだよ!」
「だったらラゲタの森まで回収しにくるのが筋なんじゃないですか! ガリオス王みたいに!」
「そこがダートハート王の立場の違いなんだろ!」
「立場の違いって何ですかあ!?」
「森の奥までやってきて伝説の旗の取り合いするより! 旗に浮かれて本拠を空けた愚かな王の都市を奪う方が! 最終的に得と見たんだろうさ!」
「なるほど現実的な判断ですねえ! でもそれじゃあ騎士達は動きませんぜ!? この兵はどうやって集めたんでさあ!?」
「いやそっちには――普通に、『伝説の旗を見つけた』とか言ったんだろ! 騎士連中は伝説とか好きだからなあ!」

 ハリドは一瞬沈黙し、そして――ぶふっ、と噴き出した。

「旗で釣って本国から呼び寄せたんですかこの騎士たちを! もし我々が西帝国に捕まって旗取り上げられてたら……一体、後でどう申し開きするつもりだったんですかねえ!?」
「オルティシア陥落という結果さえあれば、そこはどうとでもなるだろうよ!」
「じゃあダートハート王は、でかい賭けに勝ったって事ですかい!?」
「いいやまだだ――このオルティシアを陥とさなきゃ、勝ち切ったとは言えない!」

 近くに着弾した石弾の衝撃波に髪を逆立て、ハリドは獰猛に笑った。

「じゃあ……死んでも陥とさにゃなりませんな!」

 轟音と共に引き裂かれる城壁。俺らは騎馬のまま突っ込んでゆく。
 この日。
 将軍皇帝の元で長年の平和を謳歌していた港湾城市オルティシアは――ヴランディアの手に陥ちた。 

 (俺らは階段上れなくてまごまごしてる間に蜂の巣にされてあとは寝てた)

赤い嵐


「――貴殿の功績に報い。
 ヴランディア貴族として取り立てると共に……このオルティシアを。封土として与うる」

 赤絨毯の上。見下ろす領主席の前へ片膝をつく俺は、頭を垂れその言葉を聞いていた。
 いまオルティシア城郭で行われているのは論功行賞である。
 王へ伝説の旗を献上し、オルティシア攻略の功績一番とされた俺は――めでたく、傭兵の身分からヴランディア貴族へと取り立てられ、そして攻め落としたばかりのこのオルティシアを領土として貰えるらしい。
 戦火で故郷を追われて以来、ようやく拠を構える事ができる。さらば漂泊の日々。
 リカロンで宿暮らししてる弟妹も呼び寄せなきゃなあ、と考えていると頭上を怒声が通り過ぎてゆく。

「ご当主――いや、陛下。
 このような氏素性も知れぬ新参の輩を。貴族として遇すばかりか。都市までも与えてしまわれるとは……ご再考あるべきではございませんか?」

 累代貴族の半分は、未だ都市を有してはおらぬのですぞ、と王の決定に異をとなえる壮年の貴族は……えっと、誰だったっけこの人?

「このような……ずっと石段を舐めていたような男を」

よく見てるなあ。初攻城戦は石の味でした。オルティシアの石段おいしいぺろぺろ。(胸壁に至る階段で討ち取られてそこで戦闘終了までずっと寝てただけ)
で、誰だっけこの貴族。

(ブラヴェンド侯アルドリックですぜ、坊ちゃん)

 後方に控えるハリドが耳打ちしてくれて助かった。持つべきものは金ピカおじさんだねやっぱり。
 ハリペディアの解説によると、大都市を領土として有す分家の当主で、性格最悪で有名らしい。
 そうだそうだと同調する周りの一族連中もそろって性格最悪らしい。

「父上……。また陛下に向かって、そのような無礼口を……。
 ――お許しください陛下。恐れながら、父は陛下を親族と慕う余り――口を慎めぬのです」
「黙れリエナ。お前こそこの父へ向かって口を慎まぬか」

 今、止めに入った性格美人が、一族におけるたったひとりの清涼剤らしい。
 家族みんな性格悪いと大変そうだなあ。

「――ほう。ブラヴェンド侯は陛下の決定に異を唱えられるか。
 みごとオルティシアを陥とした陛下の、伝説の旗の下へともに参じておきながら……なお反対意見を述べられる、と?」

 今、助け舟に入り、壮年貴族を黙らせて苦い顔をさせた女性は……ジャクラン伯カラティルドというらしい。大勢の前で王家一門をやり込めるあたり、こちらも有力家門らしいが――騎士の国の女伯爵か。こっちも苦労してそうだ。
 苦労人同士、助け合って生きてきたのかもしれない。
 王は口を挟むことなく、騎士たちの争いを静観している。これもいつも通りか。
 脳裏には、献上したばかりの大きな旗がよぎる。
 俺はあまり考えずに口を開いた。

「新参者ながら発言をお許し下さい。
 ――では。
 この私が。
 氏素性の知れない相手ではなく、累代ヴランディアに仕えた、歴とした貴族の一員であればよろしいのですね?」
(ちょっ坊ちゃんいきなり何を始める気ですかっオイやめろ放せサフィアっ)
(こいつは面白そうだ、アンタも黙って見てなって)

 後方で何かもみ合っているようだが気にしない。
 俺の発言に、ブラヴェンド侯アルドリックはまるで困惑するように眉を寄せた。

「それはまあ、そうだが。……まさか、己がヴランディア貴族の血族だとでも名乗るつもりか?」
「今からそうなるのです」
「……なに?」
「貴方の娘さんを――リエナさんを。俺にください」

 執務室に沈黙が落ちた。

「「「はああああああああ!?!?」」」

 そして絶叫が支配した。

「あははははははは!」
「おまっ、坊ちゃん!ななな何言ってんですかぁいきなり!打ち首んなりますぜ!」
「まさか公衆の面前で求婚とは……!」
「しかもほぼ初対面の相手に……!?」
「野郎俺のリエナたんを……!」
「いやリエナたんはお前のじゃないだろ」
「面白え奴が入ってきちまったなぁ……!」
「いや!騎士の国ヴランディアの貴族としておよそ相応しくない!」
「なんの!正々堂々、これぞ騎士の行いじゃろが!」
「おぉん?やんのかお前ぇ!」
「上等じゃあ!攻城戦じゃあ暴れ足りなかったしのぉ!」

 うん。騎士っつっても根っこは蛮族と変わんないな。(確信)
 喧嘩までおっ始まりそうな空気を止めたのは、他でもない――ブラヴェンド侯一族の冷笑であった。

「ウフフ。まあ、よかったじゃないリエナ。貴女にもようやく嫁ぎ先が見つかったようよ?」
「ふふっ。これまでだぁーれも、お姉様には求婚してくれなかったものねぇ?」
「口うるさいお前がいなくなったら。さぞ寂しい事だろうが……父は笑って送り出すぞ! ははは!」
「こんな口やかましい妹を貰ってくれる奇特な男など……もう一生現れんだろうなあ!おめでとう!」

 あれ? 意外な反応。
 リエナを嘲笑する血族に――周囲の他家貴族達は、苛立ちめいた雰囲気を醸し出している。まあ普通に人気ありそうだもんな。
 で、当のリエナはというと――こちらを見て、頬を赤らめていた。

「……わたくしは。王家の一門でもあり、有力諸侯の娘でもありますから、諫言の一つも口にできますが……。
 ただ一筋の旗だけを持って現れ。
 貴族の位も、領主の地位も手に入れて、高位貴族の父すらやり込めてみせる――ほんとうに凄い、殿方です……」

 あれ。意外な高評価。

「いや……何も持ってないから無敵なだけですよ?」

 一応、いま俺は貴女と政略結婚したいって言ったんですよ?と言外に確認してみる。
 というかこんな会話が結婚したい相手との初会話でいいのか俺。
 俺が(野戦画面で)押した「婚約」ボタンの返答は……さらに顔を染め、目をそらすリエナ姫。えっ。
 そして返ってきたのは、皆の大笑いであった。え。何で笑うん。バカだバカだこいつバカだとか言われてる。えええ。心外。
 なんと。王までもが笑っている。あの年中偏頭痛をこらえていそうなダートハート王がだ。

「――許す。二人の婚姻を許可する」 

 王が笑い混じりに口にした言葉に、皆は一層沸き立った。勅許だ王の勅許だ喜べ王のお許しが出たぞ、とか皆大笑いしている。意外とノリいいなあ王様。
 王の勅許まで出てしまっては、もうこの婚姻は王命である。いかん。カルラディアの大地に愛の嵐が吹き荒れてしまう。(ソルジャーズ!エンゲエエエエジ!)
 大笑いする皆とは対照的に、ブラヴェンド侯一族は苦々しげな表情を浮かべている。娘の厄介払いが王の介入で大事になった、みたいな顔をしている。
 と――笑っていない女性がもう一人いた。ジャクラン伯カラティルドである。
 むすっとした顔の女伯は俺に歩み寄ると、がっしりと肩を抱き込んで、そしてブラヴェンド侯の方へと向き直った。

「ブラヴェンド侯、さすが御目が高いですな。娘御へ実に良い婿を見つけられた。
 婿としての心得教育ならどうぞこの私へお任せください。足りぬ礼儀を、教えておかねばなりませぬ。
 ――こちらの婿どのを、少々お借りしますぞ」 

 そのまま引きずられ、隣の間まで連れていかれる。女なのに凄い膂力である。えっ何ですか急に。
 皆の笑い声を置き去りに。後ろ手に扉を閉めると、女伯はひとつ、深いため息をついた。

「……石くれ殿。なぜ他の貴族がみな、これまでリエナ姫に求婚しなかったか――其方は本当に理解しているのか?」

 えっ何その呼び名。まあいいけどさ……あの性格美人がずっと求婚されなかった理由だって?
 まさか……

「……そうだ。あの姫がもし嫁いで家から去れば、あの一族のストッパー役がいなくなる」

 そんな理由かよ。そんな理由で婚期逃すとか、いや可哀相過ぎんだろ。

「まあ其方も、あのろくでもない家族たちとの関係を見たからこそ、ほぼ初見で求婚したのだろうがな……ともあれ。新たなストッパー役が必要だ」

 と、再びの深い深いため息。だが若干嬉しそうな顔もしている。

「――そのストッパー役。この私が務めてもよい」

 え。同じ一族の人間でもないのに、ストッパー役なんて務まるの?

「そこで物は相談なのだがな……石くれ殿?」

 実に悪そうな表情を浮かべた女伯に、俺はふたたびガッチリと肩を抱き込まれた。

~数分後~

 意気揚々と開け放たれた扉から現れたのは、とてもいい笑顔の女伯と、うなだれた俺である。
 結婚式の開催について話していた王と貴族たちとが一斉にこちらを向く。

「みな。伝説の旗をもたらした英雄は、めでたく王家の重鎮、ブラヴェンド侯の娘婿となったが……
 このヴランディアと、さらなる血の縁を結ぶべきであろう。
 よって。わが後継ぎたるラサンドの嫁に、英雄殿の妹御を迎える事としたい!」

 さらなる慶事にわっと沸く貴族達。

「陛下。御許可を頂けますか?」

 王は笑顔で頷いた。さらなる勅許を得て、さらに沸き立つヴランディア貴族達。
 ブラヴェンド侯一族は事の成り行きに唖然とするばかりであったが……勅許を得た女伯がここで振り返り、ブラヴェンド侯アルドリックを見つめ、ニヤリと笑う。

「侯。これでめでたく、我らも縁続きと相成りましたなあ……以後よろしくお願い致しますぞ?」

 その言葉を聞き、ブラヴェンド侯はしてやられた、という顔になった。
 「親族だから」と王に不遜な態度を取ってきた自分たちが、今後は、「親族だから」と女伯から同じ目に遭わされるのである。

「さて。これで英雄殿は、ブラヴェンド侯とこのジャクラン伯の縁続きとなった。
 ――よもや。最早、氏素性のわからぬ新参などと、罵る輩など……おるまいなぁ!」

 大声を放つ女伯に、他の貴族たちは笑顔で「おりません!」と復唱してみせる。
 一切の反論を封じられたブラヴェンド侯一族は苦い顔をしている。
 続く慶事に沸き返る一同の中、俺はひとりうなだれていた。
 ……ごめん妹よ。お兄ちゃん、お前の結婚相手、勝手に決めちゃったわ……。

 こうして俺は結婚した。あと妹も。
 (勝手に結婚相手を決められた事で妹は当初怒り狂っていたが、相手がリエナ姫以上の聖人である事を知ってからはおとなしくなった)


 ともあれ――慌ただしくも盛大な結婚式が済めば(オルティシア攻略に従軍していた関係で主要貴族の殆どが城に居た)、次は経略の時間となる。
 赤い嵐とも評すべき、地を埋め尽くす赤い旗……ヴランディアの大軍は――オルティシアを奪還せんと近づいてきた戦上手のガリオス王をも退かせた。
 オルティシアを失陥した敵が新たに引く、ジャルマリス・ラゲタ間の防衛ライン。
 兵数と勢いに物を言わせるダートハート王――ヴランディア軍は、その有り余る兵力をもって、二点同時襲撃を選択した。
 すなわち。森の中で援軍も到着しにくいラゲタへ、ダートハート王はじめ有力諸侯の殆どが向かい。
 そして中つ国――大陸中央平野部の入り口たるジャルマリスへ、俺らのクランが単独で攻略に向かう。

「……あれえ? 兵力のバランスおかしくね?」

 “奇計もてオルティシアを陥とした伝説旗の英雄殿ならば、ジャルマリスも独力で陥とせよう”
 その言葉に反駁するには……さらなる魔法の続きを期待する、諸侯の視線が痛すぎた。どうやらもうちょっとくらいは魔法を見せてやらないと認めてはもらえないらしい。俺はシルクハットから旗とか都市とかホイホイ出してみせる奇術師じゃねえんだよ……。
 遠ざかる味方軍の土煙からは、今にもブラヴェンド侯のしてやったりという高笑いが聞こえてきそうだ。
 山脈を抜けジャルマリスを一望すれば、肥沃な平野をともに囲むロタエ、アミタティス、ゼオニカの各都市は。それこそ一日もかからないような至近にその城影をきらめかせている。
 というか――今にも迎撃の軍勢を吐き出してきそうで怖い。

「坊ちゃん……本気で、我々だけでこのジャルマリスが陥ちるとお思いで……?」

 ため息まじりのハリドの言葉がすべてだった。 

攻城戦


「まあ安心しろってハリド。我に策あり、だ」
「本当でしょうね……?」

実に疑い深い金ピカおじさんである。俺は居並ぶ各部隊の長を眺めた。
第二部隊は兄ノーガンドが率いている。昔からずっと家の跡取りとして教育されてきた兄は、数年を将として過ごした俺よりもなお、統率できる兵の数が多い。歩兵を中核とする、主力としての部隊編成だ。
第三部隊は成人したばかりの弟、ヴァリクに任せてある。まだ成人したばかりで能力は成長途上と言えるが、率いる少数の兵はすべて――選りすぐりの騎兵である。機動力に優れた遊兵として運用する。
そして――主力中の主力たる、わが第一部隊は……疑い深い金ピカハリド、いつも薄ら笑いのサフィア、最近また身代金払って解放してもらったチャグン、そして結婚したばかりの新妻リエナ……あれ?

「……えっと、リエナさん? 戦場は危ないからオルティシアで待っててね、って言いましたよね?」
「旦那さまの魔法がまだ終わっていないなら。私は――妻として、見届ける必要がございます」

ひゅーひゅー。囃し立ててきた兵へ俺は小石をぶん投げる。まったく、みんな覚悟の決まった奴らばっかりだ。
俺という勝ち馬に乗る気まんまんである。いや、穴馬かな。
ともあれ――期待に応えるとしよう。まずは帰ってきたチャグンのアフターケアからかな。

「いやチャグン……よく帰ってきてくれた。よく務めを果たしてくれた、満足だ」
「主様……。私が捕まる事を想定した上で、使者に走らせたと聞きましたが。それは誠ですか?」

チャグンが背負う巨大斧を抜いた。あ。これ、俺、殺されるかもわからんね。

「うん。――おかげでオルティシアを陥とせたわ」
「なんたる慧眼……! 主様の選択のおかげで、我らは得難き人材に巡り会えましたぞ……!」

予想外にも感涙にむせぶチャグン。え。どういう意味。
チャグンの背負う大斧が邪魔で見えなかったが、気づけば背後にはずいぶんな巨漢が立っていた。

「……」

複雑に編んだ髪、浅黒い肌、ずいぶんと体格のいい女性である。風体からしてフーザイト人かな。
二本の長い前髪が触覚めいている。

「……ヤナ」

自分の名前らしきものを口にした女性は、チャグンの前に歩み出て己の大胸筋に手を当てた。

「ヤナ、お前の弟妹、連れてきた」

どうやら敵対する西帝国領を突っ切り、弟妹をオルティシアまで連れてきてくれたのはこの豪傑らしい。

「ヤナ、お前の軍の先頭に立ち、この城を陥としてみせる」

 実に男らしい従軍宣言である。頼もしい言葉にうなずく兄の様子からして、どうやらこの豪傑は……解放されたチャグンが出会い、そして兄が雇ったものらしい。

「ヤナ、お前の兄と……」

 ふとそこで言葉を切り、沈黙する豪傑。なんか顔が紅潮している。
 え、と兄の方を振り向けば、兄もまた顔を赤らめて沈黙している。
 え。これってまさか。

「弟よ……結婚相手を紹介したい」

 えええええええ。
 照れ顔の兄の口よりこぼれ出た言葉に、わが軍の統率は破壊された。
 えっ。あっ。そうなんだー。兄さんこういうタイプ好みなんだー。いや意外。
 失礼な考えを口に出さないように、とりあえず祝福の言葉をかける。

「そ、そそそそうなんだおめでとう兄さん! じゃあ……新婚夫婦には、先陣を任せるなんてできないね!
 せっかくの先陣のお申し出だけど、兄さんたちは後方でゆっくりしていてよ!」
「……否。――」

 重々しく首を横に振るヤナの言葉を引き取って、兄は恥ずかしそうにその約束を打ち明けた。

「……新婚旅行の行き先はジャルマリス、と。
 もう二人で、決めているのでな――」

 敵地じゃねえか。そりゃ攻め落とさなきゃ旅行もできんわ。
 敵勢を屠って進む新婚夫婦とか。血塗られた新婚旅行かよ。

「へ、へえー!そうなんだ! じゃー……邪魔するのも悪いし、先陣をお願いしようかな!」
「「――任された」」

 長柄を握って敵城を見据える、新婚ほやほやのカップル。
 夫婦はじめての共同作業が無双ゲーになりそうだ。
 と、あれ? リエナがこっちを見て、何か目配せをしているぞ?

「……。」

 ――うん。あれは「私達の新婚旅行もこのジャルマリスにしましょう」というメッセージだな。
 騎士の国の貴族の性格美人だけどやっぱり根っこは蛮族なのかな?
 馬上に無言のまま、長柄武器の振りを確かめている。うーん騎士の娘はやはり騎士か。姫よ、いいのかそれで。

「で。だいぶ脱線しましたが、それで坊ちゃん――一体どうなさるおつもりで?」

 ジャルマリス陥とすにはそもそも兵数足らんですよ?といった顔でハリドが、祝福ムードの自軍を眺める。

「そうだね。まずは――」

 俺は、ジャルマリスからこちらの攻城兵器めがけて打ち出される巨石や大矢を、前に立ちはだかってひたすらパリイし始めるヤナを眺めた。およそ人間業じゃねえ。

「――攻城兵器は完成したら、破壊されないよう射程外へすべて格納してくれ」
「四基作成できますが、兵器の種類は?」
「すべてバリスタでいい」

 バリスタは比較的早く作れるし、城壁に損害も与えない。
 ただ脆いし一基ずつ作っていたら集中砲火で一瞬で溶ける。一旦格納し、四基すべて同時展開するのが一番だ。
 敵城から矢玉が飛んでこなくなったところで、ヤナさんありがとうもういいよと下がらせる。

「次に……攻城塔と破城槌をすべて作る」
「三基ともですか」
「ああ。どれも射程外だから、落ち着いて完成させてくれ」

 攻城塔と破城槌は敵城の射程外で建設する。時間はかかるが破壊される事を気にしなくてよい。

「すべて完成しましたが……では、バリスタを四基同時展開して、一斉に攻めかかるのですか?
 正直に言えば……各部隊とも『お荷物』の監視に手を取られていて、城攻めどころではありませんが……」

 攻め落としたオルティシアは俺らのクランに与えられたため――これまで触ることのできなかった、砦内の駐屯兵も牢獄内の虜囚も、好きに異動させ放題である。
 この孤独な攻城戦を命じられて以後……俺はちょっと変わった編成で戦いに臨んでいた。

「うん。ここでその『お荷物』の出番なんだよ。――各部隊、オルティシアから連れてきた虜囚を全員集合させて」

 俺と兄と弟、三部隊でおよそ六百。その兵数でどうにか連れ歩ける虜囚の数はというと――半数の三百にもなる。およそ二人の兵で一人の虜囚を見張る計算だ。虜囚がこれ以上増えると監視の目が届かず行軍中に逃げ出していくことになるので、兵の半数が限界だ。
 各部隊長、兄と弟はここまで長路、監視しながら連れて来た虜囚らを整列させ、俺らの前に体育座りさせる。俺の部隊が連れて来た虜囚もその列に加える。
 槍をつきつけられ、体育座りする虜囚たちは、なぜ自分たちを酒場で売り飛ばさないのか、それどころかここまで監視して連れて来たのか……と疑問に思っている面持ちである。
 俺はひとつ咳払いすると、敵城――ジャルマリスを指差した。

「さて。虜囚の諸君……これよりわが軍はジャルマリスを陥落させる。
 かつて君たちが囚われていた、オルティシアの牢獄は覚えているかね?
 あの暗く冷たい、かび臭い陽の差さぬ牢獄だ。
 そこから解放され、一週ほど快適な日向を歩いてきたわけだが……そろそろこの小旅行も終わりだ。
 わが軍がジャルマリスを陥としたのちは。
 虜囚である諸君の、次なる行き先は――あのジャルマリスの、牢獄内となるわけだが……」

 牢獄内の環境を思い出したか、虜囚たちの表情に不快が走る。
 今座っている陽の下を離れ、またあの暗闇へと戻らねばならぬ憂悶も……その面には揺れている。

「――きみたちの行く先を、変えることもできる。
 あのかび臭い、湿った牢獄から……勝利の美酒に酔いしれ、歌い騒ぐジャルマリスの酒場へと、変えることもできるのだ。
 聞けば……ジャルマリスの名物は、オリーブとベーコンの一皿と、地元醸造のエールらしいな?」

 目の前にぶら下げられた希望に瞳の光を取り戻し、そして名物によだれを啜る虜囚たち。
 もう一押しだな。俺は声を張り上げる。

「さあ!かつて不幸にも殺し合った我らだが、大戦(おおいくさ)の前だ!
 今なら前歴を一切不問とする! これより戦地任官を行う!
 ――この中に、わが軍に協力する兵(つわもの)はいないか!」

 一瞬の静寂ののち。
 他の虜囚を窺うような視線をかなぐり捨て、およそ半数の虜囚が返答とともに挙手した。
 手を挙げたものから列を外し、その場で食事を与え装備を返し、にこやかに仲間として迎え入れる。
 手を挙げなかった残る虜囚たちは仲間の裏切りに動揺を隠せない。

 寝返った虜囚たちは別の見えない場所まで移動させたのち。
 空白の目立つ列になおも残る虜囚に、もう少し言葉を連ね、今一度同じ問いを投げかける。
 さっき徴募に応じなかったことを後悔していた虜囚が、遅れて手を挙げ始める。
 虜囚のおよそ七割ほどがこの『戦地任官』に応じたところで――俺は成果に満足した。
 これで兵は九百弱まで増え、攻城兵器も七基すべて揃っている。
 攻城戦においてわがクランが単独で提示し得る、最高のパフォーマンスを用意できたと思う。
 だが、ぐずぐずしてると大量の捕虜登用による士気低下が、戦術的に影響してきてしまう。
 打った鉄が冷める前に。俺は退避させていたバリスタ四基へ前進を命じた。

「……バリスタ!前進!攻撃開始!」
「おお、これでようやく戦えますな! 皆の者! ジャルマリスを落とすぞぉぉ!
 さあ――ともに彼の城へ参りましょうぞ、坊ちゃん!」
「いや、あとはハリドに任すわ。城攻めよろしくね」
「坊ちゃん!?」

 これだけ準備しておいて、そして俺は参加しない。実は一番大事な要素である。
 攻城戦はつまるところ数である。一番まぐれが起きにくい戦場とも言える。
 安定しているはずの戦場へ発生する霧とは、すなわち、狙撃とかで指揮系統が破壊される点にある。
 俺も野戦じゃあ先陣切って大暴れするが、攻城戦は遠くから見守るにかぎる。
 狙撃されない位置から攻城戦を見守る行為こそが、もっとも安定した、計算通りの結果をもたらすのである。

 こうして俺らは――二つ目の都市、ジャルマリスを陥とした。

(兵数差が微妙だったせいで攻撃側も籠城側もほぼ共倒れしたし、なんなら俺以外ほぼ全員負傷した)

オルティシアの涙


「――え? ジャクラン伯が来たの?」

 ジャルマリス、胸壁内の一室。
 包帯ぐるぐる巻きで寝台に横たわる新妻にリンゴをむいていた俺は、来客の報に首を傾げた。
 首を傾げる間にも、重い着弾の響きが室内を揺らし、天井より煤を払い落とす。

「このガリオス軍の包囲下を突破して……よくもまあ。
 つくづく、勇敢な女伯爵だなあ」

 リエナ(重傷)と苦笑を向け合う。というか包帯でもう苦笑してるのかよくわからない。
 現在このジャルマリスは、おっとり刀でゼオニカから駆けつけたガリオス軍の包囲攻撃下にある。
 虜囚を開戦直前に大量登用したうえ、指揮しきれなくなった大軍を、士気ぐちゃぐちゃのまま城攻めへぶつけるという。めちゃくちゃな俺の作戦はみごとジャルマリス陥落という結果を連れて来たものの。
 挟み撃ちするつもりで駆けつけてきた西帝国ガリオス将軍は、戦場にぽつんと取り残される結果となった。
 とはいえ――城攻めは成功したといっても、まともに立っていたのは俺くらいのものである。
 敵味方あわせ、二割は死亡、二割は重傷のうえ捕虜、残りの六割も重傷である。
 ぴんぴんしてるのは城攻めに参加しなかった俺くらいのもんである。
 死屍あふれるジャルマリスの惨状に。共倒れの状況を察してか、ガリオスは包囲戦の構えを取った。
 各部隊長は持ちなれない包帯片手に軍医のまねごとで大忙しである。
 糧食はたっぷりある以上、時間をかければかけるほど籠城側は戦線復帰していくわけだから……ガリオスとしては速攻をかけてジャルマリスを取り返すなのだろうが……しかしガリオスのかき集めた兵は心もとない兵数でしかなく、じっくり――攻城兵器で城壁から破壊する作戦のようだ。
 俺には悪手に見えるが……と思いながらも、カタパルトの着弾音に耳をふさぐ毎日であった。
 そこへ包囲網を突っ切ってやってきたお客さんである。
 援軍かな?と思ったがごく少数で来たらしいので違うだろう。
 俺は天井から落ちる埃を払いつつ、笑顔で客を出迎えた。
 笑顔を向けた先に居たのは血まみれ女伯爵だった。かなり無茶して来たなあ。(包囲網突破)

「石くれ殿、リエナ。――新婚旅行中にすまんな」

 ベッドに横たわる包帯ぐるぐる巻き姫を見てなお、普通にそういう事を言ってくる女伯。

「いえ。――伯もいつも通り、ご壮健で何よりです」

 血まみれ伯爵の姿にくすりと笑い、包帯がそんな事をしゃべった。
 俺、ヴランディアの常識についていけるのかなあ。自信ないなあ。
 一応笑顔で挨拶してみることにした。

「どうもジャクラン伯。ラゲタに留まらずロタエまで奪取された由、既にうかがっておりますよ」

 ヴランディア主力軍は森に囲まれたラゲタを楽々陥とすに留まらず、そのままの勢いで中央平野に進出、(ジャルマリスで背後から迫るガリオス軍にサンドイッチされかかっている俺の助勢に来る選択肢は選ばず)北のロタエをも陥落させたらしい。
 これでもう、残る西帝国の版図はアミタティスとゼオニカの二都市だけである。

「石くれ殿こそ――まさかこんな短期間で。しかも独力で、ジャルマリスを手中に収めるとは思わなかったぞ? ガリオスめもさぞ、切歯扼腕しているのではないか?」

 その時どこかにカタパルトが着弾し、また室内に埃の雨を降らせた。俺は両手を差し上げた。

「……お怒りは見ての通りですよ」
「将軍皇帝のブランドに。貴殿は――いたく傷をつけたからなあ」

 え。ひょっとして、私怨で狙われてるのか俺。

「さて。死屍累々、怪我人だらけ、落城寸前のこのジャルマリスへ……囲みを破ってまで来られるとは。なにか重大事でも出来しましたか? ああもちろん、援軍ならば喜んで歓迎いたしますが」

 自分と同じ無双武将の匂いでも感じ取ったのか、警護役のヤナがうんうんと頷いている。
 ゲームが変わるからやめろ。
 と――そこで女伯は表情を厳しくした。

「陛下が……ダートハート王が危篤だ。おそらく、余命幾許もない……」
「え……?」

 予想外の報に驚く一同をよそに、女伯は重い溜息をつく。
 そりゃ溜息のひとつもつきたくもなるだろう。
 長年弱腰と軽んじられていた王がようやく、めざましい軍事的功績を挙げつつあるこのタイミングで、その命数を使い果たそうとしている。
 長年忠誠を誓ってきた重臣としてはきっと、今このタイミングかよもうちょっと待ってくれよ、と喚き出したくなっても仕方ないところだ。

「陛下が……」

 寝台のリエナがぽつりと呟く。まあ彼女にとってはきっと、長年に渡り優しく心強い、家族よりよほど親しみを感じられる親戚のおじさんだったのだろう。
 その肩(包帯)に手を置き、俺は女伯へ振り向いた。

「陛下もご高齢には勝てませんか……。やっと、騎士たちに認められたところで。惜しいですね……。
 では――跡目は、どの王子が?」

 ダートハート王には成人済みの男子が四人くらい居たはずだ。後継ぎには不自由しないだろう。
 ただし――この中途半端な、覇業の後継を――為せる人物でないと、後継ぎとは呼べぬだろう。

「嫡子は三男だが……彼は、氏族の所領さえ継承できれば王位は明け渡す、と申し出てきた」
「あー、望みが小さいタイプ……」

 望みが小さい。それすなわち、王の器ではない。
 この血なまぐさい戦国カルラディアではもう常識とも呼べるくらいの社会通念である。

「他の王位継承者候補となると……じゃあ、実績上げてる高位貴族、重臣の方々ですかねぇ……」

 と言いつつ女伯を見やると、彼女は一度リエナと視線を交わし、素早く首を振った。

「ダメだ。リエナの父も、そして私も。――およそ王の器ではない」

 ヴランディア宮廷の重鎮たるその二人がダメだっていうなら、他の候補なんてもういないんじゃないか。
 いや、誰が王になっても皆文句言うんじゃないかな――
 そんな俺の感想を拾って。女伯は急に、莞爾とした笑みを浮かべた。

「……いや、一人いる。
 王家の分家たるブラヴェンド侯とも縁続きの貴族で――つまり、王家の一族でもあるな」
「へえ。違う分家の男子あたりですか……あれ、でも今回の攻勢に参加してる人ですかね? 心当たりないな」

 まだそんな人居たんだ。でも名だたる貴族の従軍者の中にそんな人居たっけな。

「ダートハート王も長年、それで苦労されましたが……
 戦場に出てこないような、あまり武功の無い人だと。重臣のみなさまや騎士たちが、王位継承に納得しないんじゃないですか?」

 俺は王位継承に伴う内紛の懸念を口にしたが、女伯はまるで気にかける様子はない。

「問題ない。その貴族はわがジャクラン伯家とも縁続きなのでな。重臣層も支持するだろう。
 それに武功もすでに十分に示している。騎士たちも文句は言わない相手だろう」

 へー。そんな人居たんだ。あ。もしかして。
 過去に大きな功績を挙げてすでに引退した老騎士とかかな。
 かつての英雄の帰還とか。いやカッコいいなあ。

「ヴランディアにもそんな人居たんですねえ。今回の遠征にも連れてくればよかったのに」
「いいや。彼は、忙しいからなあ……」

 首を振る女伯を見て、寝台のリエナがおもむろにはっ――と息を呑み、そしてくすくすと笑い始めた。
 一体なんだろ。その反応。

「じゃあ。その人が王に決まったんですね」
「ああ――軍内部でも調整は済み、すでに宮廷の内諾も得ている。その者の名は……」

 きっと、かつてペンドライクの大戦あたりで大活躍した老騎士の名前でも出てくるんだろう。
 そう思いつつ、俺は枕元に置いてあったリンゴジュースを飲んだ。

「石くれ殿。――そなただ。」

 俺はリンゴジュースを吹いた。



 半月後。

「――皆の者。よく集まってくれた!」

 俺は被り慣れない王冠を押さえつつ、視界の端まで続く諸侯らの低頭を見渡していた。

「――この、新王……イシルクレドを救うべく、ガリオスが包囲陣を解囲へと導いてくれたこと――まこと、感謝に絶えぬ!」

 遥か彼方まで一旦引いたガリオス軍は、まだあきらめていない。陣を再構築し……野戦の構えだ。

「今こそヴランディアの、騎士の結束を示し! 亡き先王……ダートハート王へ、西帝国が骸を捧げようではないか!」

 おおおおおお!と地を揺らす戦吼。彼方のガリオスの鼓膜をも破らんと鳴り響く。
 その前に俺の鼓膜が破れるわ。

「――全軍!突撃!」

(↓あっすいません戻るの待ってる間にキャラ紹介と章立てと時間経過から勝手にストーリーを推測して書いて遊んでました。上の文章は全部消してもらっていいんで、どーぞあなたのイシルクレドの戦記を書いて下さい。楽しみにしてましたんで。たぶん俺の書くイシルクレドより真面目なんだろうなあ)

(↑全くかまわないので面白いストーリー執筆を引き続きお願いいたします!もうオリジナルストーリーで突っ走ってください笑)


宿命の選択



 王冠を押さえたまま、俺はまだしっくり来ない感覚を抱えていた。自分が王になったという現実が、どこか遠い場所の出来事のように感じられる。だが、周囲の熱気と歓声は、その実感を否応なく突きつけてくる。無数の視線が俺に向けられ、期待と不安が交錯した空気が周囲を支配していた。

 王座に座るということは、責任を伴う。先代ダートハート王の跡を継ぐ者として、ヴランディアの未来を背負う覚悟が求められる。それは容易いことではない。だが、今はまだ興奮と緊張の中で、仲間たちの声が俺を鼓舞する。

「王よ、我らと共に戦おう!」

 その言葉に応じて、騎士たちが剣を振り上げ、地を揺らすほどの声を上げる。俺の心に込めた決意が、騎士たちの情熱に応える形で炎となって燃え上がる。

「我が身を捧げて、この国を守る!」

 俺はその瞬間、明確な目標を持った。ガリオス軍の動きが再び活発化する中、我々は前進する必要があった。闘志を燃やす騎士たちを背に、戦の準備を進めることにした。

 その日の戦闘は熾烈を極めた。敵は我々の士気を削ぐべく、重厚な攻撃を仕掛けてきた。カタパルトの音が鳴り響き、城壁の破片が舞い上がる。しかし、俺の指揮の下、騎士たちは決して後退しなかった。ダートハート王の名のもとに、我々は立ち向かう。

 戦の中で、俺は自身が王であることを再認識した。指揮官としての自覚が芽生え、騎士たちの信頼を裏切らないようにと、戦場での決断が求められる。命令を下すたびに、その重さがのしかかってきた。

 数時間の戦闘が過ぎ去り、昼の光が西に傾くころ、ようやく我々はガリオス軍に対して優位に立つことができた。敵は次第に撤退の兆しを見せ始め、こちらの戦線が彼らを圧倒していく。今までの数々の戦闘で培った経験が、ここで生きる。



 戦が終わった後、俺は傷だらけの騎士たちを見渡した。勝利は手にしたが、代償は決して小さくはなかった。負傷した者、仲間を失った者の姿が、心の奥に重くのしかかる。戦の厳しさとその無情さを痛感しながら、俺は心の中で新たな誓いを立てる。

 「この国を守るため、我が力を尽くす」

 その時、側近の一人が近づいてきた。彼は少し気を使いながら口を開く。

「王よ、今後の戦略をお考えですか?」

 俺は彼に目を向けると、深く考え込んだ。

「まずは、負傷者の手当てを最優先にする。生き残った者たちを次の戦闘に備えさせるためにも、急がねばならない」

 指示を出すと、騎士たちが次々と行動に移り、医師たちが負傷者たちの元へと急ぐ。戦の後、彼らのことを第一に考えるのが、王としての役割だと理解した。俺は自らも兵士たちに混じって、助けを必要としている者たちを助けることにした。



 数日後、ジャルマリス城の広間には再び人々が集まり始めていた。ガリオス軍の脅威が去った今、我々はこの地を固め、次なる計画を立てる時が来た。

「王よ、これからの方針をお話しする時間を設けたいと思います」

 俺は、あのジャクラン伯の言葉を思い出す。彼女はいつも戦の前に戦略を練っていた。俺も彼女のように、冷静に状況を見極めなければならないと感じた。

「まずは、我が国の安定を図る。ガリオスとの関係を再構築し、長期的な視点でこの地を守るための手を打つ必要がある」

 俺の言葉に、周囲の反応は静まり返った。だが、やがて小さな声が上がり、賛同の意が広がる。新たな王として、俺はこの瞬間に自信を深めていった。

 「我が国を守り、未来へ繋ぐために、全力を尽くすことを誓う」

 その言葉に、場の空気が一変した。新たな時代の幕開けを感じさせる瞬間であった。



 戦争が終息を迎えた時、俺はその瞬間を真に実感し始めていた。戦場で流した血、傷ついた仲間、失ったもの。それらは全て、俺が王としての役割を果たすための教訓となった。

 ガリオスとの戦いを経て、俺は多くのことを学び、成長した。だが、これから待ち受ける試練はまだ終わったわけではない。この地に新たな平和をもたらすため、俺は一歩一歩、前進していく。王としての道を歩むことは、重い責任を伴うが、それでも俺は誓う。ヴランディアを守るため、全力を尽くすことを。

 心の奥底に秘めた決意を胸に、俺は新たな未来へ向けて歩き出した。


血戦の前奏



半月後、ガリオス軍が再びジャルマリスの城壁を攻撃してきた。数度の包囲戦を経てもなお、彼らの戦意は高い。城内では士気を鼓舞するための演説が行われたが、民や兵士たちの表情には不安が漂っていた。

夜が明けると、ガリオス軍の重装歩兵がゆっくりと城壁に近づく。俺は弩兵たちに指示を出す。

「弩兵、発射準備!」

彼らは緊張しながら矢を放ち、敵の兵士が次々と倒れていく。しかし、ガリオス軍の猛攻は止まらず、彼らは城壁を目指して攻め込んできた。俺は剣を手に取り、最前線に立ち、味方を守るために戦う。

「守れ!我らの土地を!」と叫び、士気を鼓舞する。しかし、敵は巧妙で、城の隙間から侵入してくる者もいた。城内での激しい戦闘が繰り広げられ、周囲は混乱に満ちていた。

城壁を背にしたヴランディア軍は、緊張に包まれていた。新王イシルクレドが指揮を執り、彼の周囲には頼れる騎士たちが集結していた。ガリオス軍の影が平野に迫り、包囲が続く中、すでに数度の激闘が繰り広げられた。

その日、空は曇り、薄暗い雲が戦場を覆っていた。敵の大軍が再び動き出し、城壁の向こうから低い戦の鼓動が響き渡る。指揮官たちの視線が鋭くなり、士気を高めるべく大声で叫ぶ。「全軍、弩兵を配置せよ!」

弩兵たちは的確な動きで陣を整え、城壁の隙間から顔を覗かせた。数十人の弩兵が、しっかりと引き絞った弓を構え、敵軍の進撃を待つ。緊迫した瞬間、敵の先頭部隊がついに城壁の近くまで迫ってきた。指揮官の合図が飛ぶと、矢が一斉に放たれた。矢は風を切り裂き、敵の戦士たちを次々に倒していく。

城壁の上からは、力強い声が響き渡る。「前へ進め!我が騎士たち、誇りを持て!」戦士たちは応じて、騎士たちが前へと駆け出す。彼らの剣が光を反射し、戦場に壮大な影を落とす。

その時、ガリオス軍も反撃を開始した。城壁の下から放たれる矢と、大砲の音が鳴り響く。双方の部隊が交錯し、戦場は混沌とした。血の臭いが漂う中、騎士たちは互いに斬り合い、壮絶な戦闘が繰り広げられる。

激しい戦闘が繰り広げられる中、イシルクレドはふとした瞬間に不安を覚えた。彼の心には、敵の計略が潜んでいるのではないかという予感が浮かんでいた。ガリオス軍の動きは一見、無謀に見えるが、彼らの士気は高く、組織だった攻撃を繰り返していた。

「何かが違う」と彼は感じた。敵の指揮官が常に後方で冷静に状況を見守っている様子が、彼の心に疑念を抱かせる。計画された戦略の裏に、何か大きな罠が隠されているのではないか。彼は周囲を見渡し、仲間たちが果敢に戦う姿に心を打たれると同時に、その運命を危うくするものが近づいている気配を感じた。

「我々は、奴らの思惑通りにはならない!」彼は自らの声で仲間たちを鼓舞しつつ、冷静に敵の動きを観察する。ガリオス軍が前線に配置した兵士たちは、なぜかいつも以上に整然としていた。まるで彼らがイシルクレドの行動を予測しているかのようだった。

「警戒を怠るな」と彼は呟き、周囲にいる騎士たちに注意を促す。彼らはイシルクレドの目を見つめ、無言の決意を感じ取った。彼らもまた、敵の不穏な動きを察知していたのだ。

戦況は次第に緊迫し、両軍の戦士たちが接近する中、イシルクレドは敵の背後に目を向けた。その時、彼の直感が鋭く働き、何かが起こる予感が胸をよぎった。果たして敵は何を企んでいるのか。次なる戦闘の行方を左右する一手が、静かに迫っていた。

激戦の最中、ハリドは冷静さを保ちながら周囲の動向を見守っていた。彼は鋭い洞察力で知られ、これまで数々の戦局を救ってきた軍師である。混乱した戦場の喧騒の中、彼はイシルクレドの元へ駆け寄り、低い声で囁いた。「私の推測では、敵は別の進軍路を用意しているかもしれません。彼らの動きは奇妙で、何か意図があるように感じます。」

イシルクレドはハリドの言葉に耳を傾け、内心の不安がさらに深まった。ガリオス軍の士気は高まっているものの、敵の狡猾な策略に対して警戒を怠ることはできない。彼はハリドの視線が示す方向に目を向け、周囲の敵陣営に目を凝らした。敵の配置には明らかな不自然さがあり、確かに何かしらの計略が潜んでいる気配が漂っていた。

その時、チャグンもまた、敵の動きに注目していた。彼女は冷静な判断力で敵の不自然な配置を察知し、すぐにイシルクレドの元へ駆けつけた。「将軍、ガリオス軍の右翼に空隙があります。ここを利用すれば、敵の隙を突けるかもしれません。」その言葉は、緊迫した戦場に一筋の光をもたらすものだった。

イシルクレドはチャグンの洞察力に感謝しつつ、仲間たちに戦略を練るよう指示した。彼は次の一手を考えながら、ヤナに目を向けた。「ヤナ、お前の素早い行動力を活かしてくれ。敵の右翼にいるティノプシス将軍を生け捕ることができれば、彼らの士気は大きく揺らぐはずだ。」

ヤナはその言葉に決意を新たにした。彼女は小柄な体躯を活かし、敵の背後へと忍び寄ることを決意した。慎重に動きながら、彼女は敵の陣営に近づき、目指すティノプシス将軍の姿を見つけた。周囲には数名の護衛が控えているが、ヤナの心には恐れはなかった。むしろ、彼女はその瞬間を待ち望んでいた。

戦場の緊張感が高まる中、彼女は息を潜めてティノプシス将軍に接近し、瞬時に攻撃を仕掛けることを決意した。


(閣下書かんのんかー残念。じゃあまた勝手に代わりに続きを書いてくか!)


ティノプシスは西帝国が重臣、こと実力主義の軍閥においてスピアヘッドとも言える存在である。
僭帝ガリオスの指呼する先へ真っ先に攻め寄せ、戦場を朱に彩る尖兵。そう呼ばれて久しい。
迫る危機を敏感に嗅ぎとった歴戦の将は、ぐるりと頭をめぐらせ、己に忍び寄るヤナの姿を認めた。
破顔する。

「うわははは!フーザイトの女・・・単騎駆けで主君の弟妹を送り届けたという、女豪傑ヤナだな!
 その名聞き及んでおるぞ!百度の戦場を踏んだこの儂と精鋭達の相手として、実に相応しい!
 いざ!尋常に−−」



〜数刻後〜



「ナマ言ってすいませんした」

無表情で戻ってきたヤナの馬の鞍には、なんかぼろっぼろの将軍が無造作に縛り付けられていた。
横向きのまま初対面の挨拶をされる。

「ヤナ、下知の通りティノプシス捕まえてきた」
「うん、ここまでボロボロにしろとは言ってない……」
「へへへ。お宅のヤナさんマジ強いっすね。うちの近衛全員討ち取られましたよ」
「心まで折れてる……」

無表情の中に得意げな色の混じるヤナに、やり過ぎを咎めるがどこ吹く風である。おい。
とりあえず野戦病院へ連れて行くよう指示して下がらせる。
とはいえ−−俺は彼方の戦場を見やる。
ヤナの働きによって、敵は片翼をもがれた格好だ。戦況的にも、人材的にも。
会戦は既に撤退戦へと移行している。

「−−はぁっ!!」

俺は愛馬に鞭を入れ、撃破数を稼ぐため走り出した。(撤退する歩兵を後方から狩る簡単なお仕事)



夕日の照らす戦場。すべてが赤く染まってゆく。
逃げ崩れる敵を思うさま討ち取り、返り血に染まる笑顔を向け合う。
うぃーうぉん!と皆で勝鬨を上げたところでーーその急報は俺の元へもたらされた。

「なに−−我らが本拠オルティシアが反乱勢力に占拠された、だと……!?」

まだ治め始めたばかりの都市で速攻、反乱が起きたらしい。
幸いにして、留守を命じたはずの新妻リエナはここにいるが(返り血まみれで)……新王のお膝元で反乱成功とか、とても放置できないレベルの失態である。騎士や貴族たちの失笑が聞こえてきそうである。
というか、王直轄領というか所領自体がなくなった。いかん。無地王とかカルラディア史に書かれてしまう。
大会戦の直後ではあるが。すぐさま帰営し、前後策を講じねばならない。
俺はとりあえずジャルマリスを目掛けて走り出した。



反乱


「では、反乱の首魁はーー?」
「それが……」

ジャルマリス胸壁内執務室。
今は各部隊長と将らが集まって、対応協議中である。
(半月前の執拗な攻城で天井に穴空いてるし、会戦直後だから出席者の半数は重傷を負っている)

「アネア……?」

聞いたことのない反乱首謀者の名前に、皆で首をかしげる。
名前からして女だろうけど、そもそもそんな貴族令嬢いたっけ? 俺はハリドに顔を向ける。
ハリペディアも首を振っているところからするとーーどうも、名の知れた人物ではないらしい。

「アネアは、彼女は……牢にいたはずです」
「牢? 虜囚だったのか?」
「はい。ーー」

これまで執務室の隅で押し黙っていた弟、ヴァリクが急に喋り始めた。なんだなんだ。

「そもそも……アネアはーー他国へ遊学中だった、貴族令嬢でしかありません。
 遊学先……避難先のオルティシアが。
 ヴランディアが祖国と敵対したため、牢に押し込められただけのーーまだ年若い少女にすぎません」

なんだ。そのアネアと顔見知りなのかな弟は。
そういえば結婚式の頃、足繁く牢屋に通っていたような気もする。

「えっと、避難先というのは? なんでオルティシアに避難してたん?」
「この戦国カルラディアにおける、貴族家の習いですぜ?坊ちゃん・・・もとい、陛下。
 大貴族たるもの一族をあちこち世界中へ散らせて、そうやって一族滅亡を防ぐもんです。
 まとまっていたら何かあった時、一網打尽にされちまうでしょう?……どこかの一族みたいに」

ハリドの言葉にぐらりとよろめく俺たち三兄弟。確かに。
みんな揃って旅をしてたら、父母を殺され弟妹を奴隷にさらわれたわ。

「うん、遊学というか避難していた理由はわかった。ーーそれが何で反乱の首魁に?」

答えはない。弟は力なく首を振る。
俺の脳裏には「おーっほっほっほ!この都市はわたくしがいただきますわ!」と高笑いする紫縦ロールドリルヘアの悪役令嬢が思い浮かんだ。
弟よ。そんなのと知り合いなのか。

「違います! 彼女はそんなーー反乱を企図するような、人物ではありません!」

なんか反論してきた。心を読むな弟よ。

「敵性貴族として牢に押し込められた後も、彼女は解放の交渉さえ行いませんでした。
 そのまま黙って、牢の窓辺で大人しく本を読んでいたような人です。
 ……きっと。誰かに担ぎ上げられたに、違いありません……!」

弟はやけに反乱首謀者の肩を持つ。そんなに親しかったのかな。

「ヴァリクよ。その令嬢はーーどこの家門だ?」
「っ、……ポロス侯レオニパルデス、です……」
「南帝国、か……」

長兄ノーガンドの下問にやむなくといった様子で答える弟。
あれ。てっきり反乱を起こすくらいだから西帝国の貴族令嬢だと思ってたけどーー
西帝国の貴族じゃなくて、南帝国の貴族だったんだ。意外。
そのまま何やら考え込む兄。

「捨て石を切るか……いよいよガリオスもなりふり構わなくなってきたな」

兄上何言ってんの?という疑問顔の俺に、後ろからハリドが耳打ちしてくる。

(坊ちゃん陛下。西帝国ガリオス皇帝が最後の所領ゼオニカは、南帝国領ポロスと隣接しておりますぜ)

あー。思い出したわ。旅の初め、ポロス領内のテーベ村で食料買い出しとか徴兵とかお世話になったっけ。その後ハリドともリカオンに向かう途中通ったよね。ハリドが勝手に賊に喧嘩売って俺がフクロにされたっけ。

(ご、ごほん。あっしが言いたいのはそういう事じゃありやせん。
 西帝国が窮地に陥ったーーまさにその時に。南帝国の貴族が、ヴランディア国内で反乱を起こす、というのは……)

ああ。なるほど。俺はハリドの言いたい事を理解した。
要するに。もう後のない将軍皇帝としては、西と南は結託しているぞ、と言いたいわけだ。
ヴランディアに西帝国が滅ぼされればそのまま次の標的は、中つ原を分けて領する南帝国になるだろう。
そうなっては困るからーー南帝国はかねてより埋伏させていた爆弾をひとつ、起動させたというわけか。
レオニパルデスの嫡流ではない末子、令嬢ひとりくらいなら失ったところで痛くもなかろう。
兄の言った、捨て石、という言葉の意味がようやくわかった。

「つまりはーー南帝国の差し金、ということか?」

俺のつぶやきに、皆は一斉に議論を始める。

「ええ……恐らくは」
「とはいえ無論、ガリオスの要請を受けての事でしょう」
「ラガエアの狸めが」
「あの猪皇妃にそんな策は弄せんだろうさ」
「じゃあ一体誰の入れ知恵だ?プリンセスゴリラか?」
「もっとないわ」

南帝国がぼろくそ言われるのを聞き流しながら、俺は長兄から詰問されるヴァリクを見やった。
弟よ、どうしてそのような者と親しくしたのだ、なんて詰められている。
あ。弟がヤナさんの方を見た。確かにヤナも全っ然遠いフーザイトから来た人だもんな。
返す言葉を失った兄貴がたじろいでいる。やるなあ弟よ。
あ。ヤナさんが悲しそうな顔した。それを見て兄貴が怒り出したぞ。あっ剣抜いた。やばい。

「はいはーい注目」

ぱんぱんと両手を打ち合わせて剣呑な空気を払いのける。
皆の視線が集まったところで、王冠をかぶる俺はへらり、と笑ってみせた。

「まー、百聞は一件に如かず。それに兵は拙速を尊ぶ、とも言うしさあ。
 ……とりあえず、動ける兵だけでもオルティシアに向かわない?」

オルティシアまでは一週ほどかかる。
行軍しながら前後策を講じても十分、時間は余るだろう。
あそこで睨み合う兄弟たちが気持ちを整理する時間も必要である。

「坊ちゃん陛下。これはガリオスめの露骨な時間稼ぎですぞ。まんまと手に乗せられては……」
「まー多少時間を与えたところでさ。もう根拠地も乏しいし、ろくな反攻もできやしないさ」

今はそれよりも内紛の方がよほど怖い。俺は横目で、険悪になってしまった兄弟達を見た。
まあ西帝国や南帝国としては、俺らの手は長くてどこまでも届くぞ、と言いたいのだろう。
あっさり本拠地を奪われたのがいい例だ。
でもここで動揺してみせて、兄弟の仲、一門の仲、ひいては国が割れてしまう方がもっと怖い。

「確かに速攻でオルティシア取り返さないと、ヴランディアの沽券に関わるけどさ。
 とりあえずは話を聞いてみようや。
 ヴァリクも兄さんもーーそれでいいでしょ?」

視線が向けられ、兄は恥ずかしそうに剣を仕舞った。弟も無言でうなずく。
やれやれ。とりあえずは分裂回避、ってとこかな。
俺のゆるい下命に、ハリドは嘆息する。

「坊ちゃん陛下……そんなゆるさで王が本当に務まるんですか……?」

うっさい。あとその呼び方やめろや。


一族の嫁


「『権門の家に産まれた女は、家の為の礎とならん』
 ーーそう教えられ、ここまで育ってきました。
 この血も肉も。
 民からの税を浪費して磨かれ、築き上げられた命であるーーと」

 監獄塔の遠い天井へ響く、静かな令嬢の独白。
 俺の前に横たわるのはーー牢獄の窓辺で本を読むミイラ。
 改めて思う。こいつは一体どういう状況だと。

 ……話は二日ほど前にさかのぼる。


「えーー壊滅……?」

その急報を受け取ったのは、オルティシアを出て間もない頃だった。
思わず馬を止める俺の後ろで、軍勢が渋滞を始める。なんだなんだ。陛下が詰まってる。何してんだ。はよ行け陛下。
うっさい、と後方に怒鳴り返してから、届いた書状をもう一度読み返す。

「どうした?」

兄が馬を寄せてきた。

「何……『我が勇猛なる騎士達の働きにより反乱軍は壊滅、オルティシアの反乱は鎮圧された』だと?」

それを耳にし、弟の駆る騎馬が兄を撥ねるようにして割り込んできた。

「それは本当ですか石兄様!」
「っ、貴様ヴァリクこの長兄ノーガンドに後方全力チャージを決めるとはいい度胸だな!抜けっ!」
「ねえ兄弟、お願いだから仲良くして。王命です。あとヴァリクも人前では陛下って呼ぼうな?」
「はっはっはざまを見ろヴァリクめ」
「兄上もですよ?」
「くっ……」

しょげる兄の一方で。俺の忠告はどこへやら、弟は反乱鎮圧の報が気になって仕方がないらしい。

「アネアは、アネアはどうなりましたかーー!?」
「牢へ逆戻り。処刑待ち、だってさ」
「なんてことだ、早くオルティシアへ行かないと……!」
「ああそれなら大丈夫。『賢明なる王の処断を待つ』だってさ」

つまりは、本拠地とられた俺が首謀者を処刑するべく帰ってくるまで生かしておいて、王たる俺の判断と責任において処刑させてあげようーーというわけだ。
実にありがたくない配慮である。だが王としては必要なものなんだろう。それくらいはまあわかる。

「石兄様……!」

令嬢の末路を想像したのか。ヴァリクがすがるような目を向けてくる。
俺はたまらず王冠を目深にかぶった。

「……戦場の魔術師イシルクレドの奇跡も。流石に打ち止めだよ?」
「兄様、そんな……っ!?」
「俺にはもう、王としての立場があるんだ……わかってくれ。弟よ」
「きっと何かの間違いです!」
「間違いで担ぎ上げられたにしてもーー賽は既に投げられた。結果まで出てしまってはね……」
「ーーこんな裁定、とうてい納得できるはずが……っ!!」
「兄さんには、所領を奪われた領主としての立場もある。反乱を鎮圧してくれて、お膳立てして待っている貴族や騎士達の手前……『それ』をひっくり返すんだとしたら、一体どんな手が必要になるんだろうな?」
「そんな、他人事みたいに……! いいですか、石兄様は今、一人の無実の人間を死へ追いやろうとしているんですよ!本当にわかってるんですか!」
「ーーわかってないのはお前だヴァリク」

 俺は馬を寄せ、弟の両肩を掴む。目と目を合わせる。

「いいか?弟よ。人間には。誰でも、一度ーー『魔法』を使う権利があるーー」

 集まる視線の中、急に何言ってんのこの人、と顔を強張らせる弟へ、俺は大真面目に告げてやる。

「『魔法』で俺は、この地位を得た。
 『魔法』で兄上は、幾多の戦場を戦い抜いた。
 『魔法』で妹は、もう二度と奴隷に売り飛ばされる事はなくなった」

 弟に顔をつきつけ、目を血走らせて語る俺を、皆は呆気に取られた目で見ている。

「だが……たった一度だ。いいか。魔法は一度きり。一度きりの魔法なんだ。
 おい、本当にわかってるのか弟よぐふぇ」

 言葉の最後が崩れたのは、背後から馬を寄せたハリドが肘打ちを入れてきたせいである。
 どうどう、とそのまま羽交い締めされて引き剥がされる。
 弟君ドン引きしてますよ、とか表向きの言い訳を口にしながら……こそっと耳打ちされる。

(ヒントあげすぎですぜ坊ちゃん)
(なんだよそれくらいいいだろ、たった一人の弟なんだから)

「あーあ!王には王としての振る舞いがあるからなあ!
 オルティシアの領主としてもなあ!できる事は、限られるなあ!」

 弟に伝え残した言葉を叫ぶと、もう黙れとばかりにハリドから腹パンをもらった。
 さすがにヒントを与えすぎらしい。渋い顔で首を振っている。
 俺は腹パンの硬直から復帰すると、さわやかな顔で軍の解散を命じた。

「さて!じゃあオルティシアの反乱鎮圧に向かう必要はなくなったわけだから!
 事後処理には将と部隊長だけで向かうとするか!
 ガリオスが反攻に撃って出るかもしれないから、一般兵の皆さんはオルティシアに駐屯しててね!」

 なんや、休んでてええんか、じゃ酒場行こ、飲も飲も、と引き返していく兵士たち。
 軍勢を帯同しないのであればオルティシアへは二日とかからず着くだろう。

「ヴァリク、心配している相手に早く会えるぞ!よかったな!
 でもその分、考える時間は減ったからな!よく考えて、すぐ考えをまとめろよ?」

 ヴァリクは思い詰めた顔をしている。
 きっとーー『親しい令嬢の首を城門に掲げる覚悟をしておけ』と言われた、と思っているのだろう。
 そんな弟と俺の間に、すっ……と二騎の騎馬が歩み出る。
 弟の視線から俺を守るように現れたのはーーヤナと、それにリエナだった。
 女たちはてっきり、弟へ同情するのかと思いきやーーその表情に甘さはなかった。

(何があってもお守りしますからね)

 こっそり囁かれたリエナの声に、俺は二人の面を見つめる。
 貴族女性として。あるいは戦国カルラディアの女としてーー二人はとっくに覚悟が決まっていたのだろうか。
 誰かを守るということは、他の誰かを守らないことでもある。
 それができる人間はーーはたして。この世にどれほど存在するのだろうか。


* *



「え。何、あの城壁……」

馬を走らせ、ようやく彼方にオルティシアの城影が霞んできたところでーー俺はその異変に気づいた。

「攻め落とした時は、あんな壊れてなかったよなあ…?」

城壁がズタズタに裂けている。
というか城内が丸見えである。
城攻めの時でも、こんな壊した覚えないんだけど。(そもそもずっと石段舐めてたし)
屋上に翻っている旗は……ヴランディアの国章と、あの家紋……えっと、どこのだっけ?

「ブラヴェンド侯の旗ですな。おそらくーー奥方様のお父上が。
 反乱の報に接し先んじて兵を送り、反乱を鎮圧してくださったのでしょう」

え。そんな気を利かせるなんて。あの意地悪義父上がねえ。珍しいこともあるもんだ。
ハリドの推測に、横のリエナはなぜだか頭を下げてくる。

「すみません。父がまた……その、ご迷惑を……」

あ。これアレだわ。
反乱鎮圧にかこつけて気に入らん人の本拠点の城壁を必要以上に破壊してみました、てヤツだわ。
ほんとあの義父ろくなことしねえな……!

想像通り、オルティシア市街には大して荒れた様子もなかった。
たかが小規模反乱にバカスカ惜しみなくカタパルトぶち込みやがってようあの義父……!
割れた城壁から中に入り、牢獄塔を目指す。
厳重に見張られた貴族牢の一角には。果たしてーー

「ーーアネア!」
「ああ……処刑の時間、ということですわね?」

窓際の寝台より悠然と身を起こす、包帯ぐるぐる巻きの人影がひとつ。
年若い令嬢相手でもしっかりボコボコにしたのかよ。
つくづく蛮族の国である。

「戦いには負けましたがキルレでは勝ちましたわよ?」

訂正。この令嬢の方がもっと蛮族だった。あと心を読むな。

「アネア。君が旗印として担ぎ出されただけなのはわかっている! 君が責任を取る必要なんてないんだ!」
「ヴァリク様はいつもお優しいですわね。ですが。
 必要とされた時に己が血を流すのもーー貴族の務めでしてよ?」

どうやらすでに覚悟は決まっているらしい。
彼女はそのまま、幼少時から叩き込まれた貴族の心得について語るとーー
やがて膝の上の本を閉じ、鉄格子の扉へ歩み寄った。
そのまま、処刑場へ連れて行かれるのを待っている。

「……」

鉄格子の向こう側で、ヴァリクは言葉もなく佇んでいる。
さあて。
命乞いひとつさえしない、自ら死を望む相手をーーどう救うのかね。
弟のお手並み拝見と行こう。


鉄格子の奥で断罪を待つ令嬢に相対し。弟はおもむろに、片膝をついた。
そのまま包帯まみれの手を取り、指輪をはめる。

「アネアーー結婚してくれ」
「「「ーーー!!!」」」

声にならぬ衝撃が牢内を走り抜けた。
求婚された本人はぽかんとした表情(包帯)で、指にはめられた指輪を見ている。
が、この展開を想像していた幾人かの顔には驚きはなかった。

はい。よくできました。
そうだよなあ。ここで命を助けたいなら、それこそーー1度きりの魔法の使いどころだ。

弟の回答に満足な笑みを浮かべる俺とは反対に。苦い顔をしている人間が二人ほどいた。
ひとりはハリドでーーそしてそれ以上に、もっとも苦い表情を浮かべているのは、長兄ノーガンドである。

「……なるほど。王の身内としてしまえば、処刑される見込みはなくなる、というわけだ。
 だがーーこの者が、われらが新王都に対して反乱を起こしたという事実は消えんぞ?」

弟の選択を咎める表情で、長兄は末弟に問いかける。

「ヴランディアの仇敵を庇い立てしておきながらーーなお、お前は王弟を名乗るのか?
 それとも。皆が敵視するこの娘の、たった一人の味方としてーー
 国を出奔し、放浪者としてでも生きるつもりなのか?
 答えよ、ヴァリクよ。お前は一体どうするつもりなのだ?」

兄は完全に弟の失着を咎める姿勢である。事ここに至ってはほかに手はなし、と嘆いているようにも見える。
がーー揃いの指輪をはめ立ち上がる弟の顔に、焦りはなかった。

「それならば何も問題ありませんーーなぜなら。
 そもそも反乱など、起きてはいないのですから」

弟の言葉に、皆は揃って疑問符を浮かべた。そりゃそうだ。
目の前にぼこぼこにされた首謀者、他国の貴族が囚われているっていうのに、一体何を言ってるんだろう。

「西帝国攻略の軍勢が出立する前ーー私、ヴァリクは我が婚約者アネアに。留守となる都の守りを託しました」

鉄格子の中から包帯の巻かれた手を取り。その指にはまった指輪を見せつけ、弟は語る。

「婚約者だと。ばかな。お前の求婚はたった今、我らの目の前でしてみせたに過ぎぬものであろうが!」
「……石兄様、もとい新王陛下がーー新王妃リエナ様に留守を託したのを見て。私もそれに倣ったわけです」

長兄の反論を無視して喋るヴァリク。
ここでリエナに視線が向けられ、リエナはぐっ、と何やら呻いた。ああ。そうか。

「しかし留守を命ぜられた王妃様は王を慕い、戦場についていって仕舞われました。
 そこでーー王弟の婚約者たるこのアネアが、代わりに留守を守ることとしたのです」

誰も追及しなかったが、勝手に都市を空けて出てきたリエナにも反乱発生の責はあったな。そういや。
もちろん、まあ新婚だし、という空気になっており誰も責めたりはしていない。

「都市の守りのため。牢から執務室へと移ったアネアでしたがーー」
「それは反乱を起こしたごろつきどもが担ぎ出しただけであろうが!」

長兄の指摘はもっともなんだがまたもスルーされる。

「この私との婚約が明らかになっていなかったためにーー不幸にも、発生した反乱の首魁と間違われ。
 反乱首謀者の濡れ衣を着せられ。誤解が解けぬまま、反乱鎮圧の兵に攻撃を受け。
 こうして不幸にもーー処刑を待つ身の上へと。陥れられてしまったというわけです」

と、ここで弟は俺に視線を向けた。

「……ですよね、兄上?」

ああ。実に上手いやり口だな。
俺は半笑いで、弟の雄弁な視線を受け止める。
リエナの職場放棄でオルティシア太守の職が空白になった。任免権は当然、俺にある。
新妻の失態で後ろめたさのある俺は、弟の「実はアネアに、内々に太守代理を任せていたのだ」という……たった今でっちあげられたカバーストーリーに頷かざるを得ない。
そしてーーそれを反乱と勘違いしてぼこぼこに攻撃したのは義父上の兵である。
これをうっかり義父の早とちりということにもできる。
反乱鎮圧にかこつけて城壁ズタボロにされた俺からしてみれば……いや実に、好みの手である。
弟も俺のことよくわかってるな。

俺は笑いながら、深い頷きを返す。
だが。こんなつまらない嘘をつくことの本当の価値は、別に存在するのだーー

「でたらめだ! 何もかも! そんな話が本当に通るとでも思っているのか! 弟よ!」

顔を真っ赤にした長兄が割って入る。いやあ兄上本当に潔癖だなあ。
俺はそっと歩み寄り、兄に素早く耳打ちする。
弟の本当の狙いを。

「なーー!」

顔色を変えた兄上は、まじまじと俺の顔を見た挙句……やがて呆れた表情になり、両手を差し上げた。

「……わかった、わかったよ! 俺の負けだ! ヴァリク、お前の好きにしろ」
「はい、兄上ーーありがとうございます!」
「だがーー」

 アネアの手を取り喜ぶ末弟に。不意に歩み寄ると、長兄はがっしりと肩を掴んだ。

「お前達が今から歩くのは。どこまで行っても荊の道だ。
 ヴァリク、アネアーーその覚悟が本当にあるのか?」
「ーーはい!」「……はい」

発見した難敵に立ち向かうがごとき表情の弟と、なにかを覚悟した表情のアネア。
二人の返答に、つつがなく兄の最終審問は終了したようだった。
黙って去っていく兄を追いかけるヤナ。
その場に残された俺らは、ようやく途切れた緊張の糸に、笑みを漏らすのであった。


* *



とはいえ。一応話を通して(さらになだめて)おかないと。
義父の派遣した鎮圧軍が、もう敵もいないのにまた大暴れしかねない。
何しろこれから、早とちりのうっかり者扱いされるんだからな。
そう思って、侯の家紋をつけた兵を探しているとーー
何やら城下の酒場がどんちゃん騒ぎをしている。

「げえーー派遣された鎮圧軍の将ってファーンハードかよ……」
「おお!義弟よ!遅かったな!ここだここだ!一緒に飲もうぞ!」

酒場は見慣れぬ兵で一杯で、しかも酒場の主人と肩を組んで飲んでいたのは、
義兄のファーンハードであった。ヴラヴェンド侯嫡男、つまりリエナの兄である。
性格悪いけど酒飲むとずいぶん陽気になるタイプらしい。
人んちの城壁あれだけぶっ壊しておいて、その主を見かけるや陽気に義弟と呼びかけてくる。
そして飲みに誘ってくる。人の心ないんか。

「ああ、これはどうも義兄上。このたびは。」

反乱鎮圧してくれてありがとうございます、とは言えない。

「何やら騒がしいんで領主として一応見回りにきたんですが、
 えっとーーこの宴は、反乱鎮圧の祝勝会ですか?」

酒入って上機嫌なファーンハードは俺の細かい屈託など一切気にかけない。いや助かる。
俺の問いかけに、ファーンハードは肩を組んでいた(組まされていた)酒場の主人と顔を向け合う。

「がはははは!そうよ。そのうえ酒代は、人持ちと来たものだ!うむ、これが飲まずにいられるか!」

そのままジョッキを傾ける義兄と、抱いた違和感を噛み締める俺。
まあ、坊ちゃん育ちと苦労して育った人間の違いだと思う。
酒場の主人は、誠にそうでございますねとかお追従を言いながら困った笑顔を浮かべている。
こっちの方がまだ素面に見える。俺は質問先を変えた。

「酒代は誰が持ってくれたんです?」
「いや、それがーー」
「うむ! そもそも始めはな、反乱に加担したごろつき共に、気前よく酒を奢っていた奴がいるというかどで。
 俺は兵を連れてこの酒場を調べにきたのだ!」

赤ら顔のファーンハードが割って入ってきた。こいつ説明好きなキャラだなきっと。

「で、反乱者どもに酒を奢った行商人というのを突き止めたがーーこいつがだな。
 『反乱に成功したごろつき共に、無理矢理酒をおごらされただけなんです』と泣いて詫びてな。
 詫びとして、我と我が兵にも酒をおごる、反乱鎮圧を祝わせてください、と言い出したのだ!」

そして再びエールを煽る泥酔将軍。こりゃだめだ。
俺は酒場の主人に尋ねた。

「その行商人というのは?」
「さあーー」
「んん? そういえば見えんなぁ? あの太っちょ、どこへ行った?」

酒場の主人は抱えていた重そうなディナール袋を示して、街の外を指さした。

「つい先ほど、もう次の行商に出立せねばならぬと言ってーー旅立たれましたよ」
「なに!俺に挨拶も無しでか!」
「将軍様へは別に渡すようにと、お手土産を預かっておりますよ」
「うむ!ならば良し!いや実に気持ちのいい太っちょだったな!あれは!」

この程度で煙に巻かれてんじゃないよ。
上機嫌に痛飲する駄目将軍を放って、俺はそっと酒場の外へ出た。

* *


オルティシア城壁、壁上の一角。
もっとも高い位置にある見張り塔の中でーー角灯の火を何やら揺らしている商人がいた。
見張りの兵もいるが知らぬ顔だ。きっと相応のディナールを掴ませたのだろう。
兵達も俺が領主とは気づいていないらしい。ただの散歩中の貴族とでも思っているようだ。
俺は黙って見張り塔の中に入り、商人の後ろ姿に声をかける。

「ひょっとしてだけどーーこの町で二度も大酒奢らされたっていう商人は、あなたかな?」

即座に角灯を消し、商人は振り返った。
でっぷりとした体躯、身につける長衣は隊商のそれに見えるがーー顔はどこか、見覚えがある。
俺を認めその顔が一瞬、驚きに歪むがーーすぐに微笑へと塗り替えられる。

「……これはこれは。お貴族様がこんなところへおいでとは。
 貴方もこの絶景を見にいらしたのですかな?」
「いや、すまないね。ずいぶんと散財をさせてしまった。
 実際かなり金がかかったろう?ーー反乱の企図、ってのには」

 無言で剣を抜く俺を見て、それでも商人は眉ひとつ動かさなかった。

「なんという厄日だ。二回も酒宴を開かされた挙句、最後には命まで狙われるとは」
「さっきのは。伏せている軍勢への合図かな?
 この街の一番高いところからならばーーきっといまの火も遠くまでよく見えるだろうね」

 俺たちの沈黙の中を、砂まじりの風が吹き抜けてゆく。

「……どうぞご安心を。伏せている者達へは、作戦失敗、の合図を出したところですよ」

 俺は月光を跳ね返すように、ぐるりと剣を振り回した。この剣光も敵勢に見えてるといいんだが。

「答えろ。ーーどこの手の者だ?」
「別に……どこの者でもありませんよ」

 腹を揺らし、長衣を波打たせて男は笑った。

「ひとつーー伝言をお願いできますかな?」

 その時、月に群雲がかかり。
 男の姿がかき消える。

「なに……っ!」
「ーーいくら、奴隷あがりを侍らせても。どれだけ、何も知らない若造を手助けしてやっても。
 お前の罪は消えることはないーーそう伝えてください。……兄に」

 城壁の外へひとつの影が躍り、そうして男の気配はかき消えた。
 再び戻ってきた月光の下、城壁の下を覗くがーー当然、身投げ死体も何もない。
 真下の城門には、ただ。今まさに新たな旅に出んとするキャラバンの車列かーーかぼそい灯火が行列を作っているだけだった。

「……逃げられたか」

しかしあの面影は、ちゃんと脳裏に残っている。
俺は剣を仕舞うと、急ぎ街へと戻った。


* *



オゴれる者は久しからず(いなくなった)
なれど、酒場は相変わらずの喧騒に満ちている。タダ酒てのは凄いな。
扉を潜るとちょうど、酔い潰れたファーンハードが兵達にわっしょいわっしょい胴上げされながら運ばれていくところだった。大丈夫かあれ。
兵達の大部分がいなくなってできた空席にーーしれっと座ってタダ酒にありついているのは、どう見ても我が軍の将たちである。
いかにもヴラヴェンド侯の兵ですみたいな顔をしてエールを傾けているアセライ男女二名。
見間違えようもなく、うちのハリドとサフィアである。
上司として実に恥ずかしい。

「ねー、ハリドー?」
「おや坊ちゃん。お先に飲らせてもらっていますよ(タダ酒を)」
「ちょっとー、聞きたいんだけどさー?」
「坊ちゃんもサフィアと同じく抜け目ありませんなあ。タダ酒飲む機会は逃しませんなあ」
「ハリドのー、弟ってさー?」
「なんですか藪から棒に。……弟、ですか」
「巨乳ー?」

ハリドとサフィアはそろって酒を噴き出した。



西帝国



「西帝国の片隅。深い森の奥、山裾に……『隠者の谷』というのがあるのはご存知ですか」

シラフじゃできない話だってんで、酒場の奥の個室を貸し切る。
ペースを上げつつハリドは切り出した。

「いや全然聞いたことないわ。どこにあるん?」
「まあ余り詳しい位置を喋ると隠れ里にならねえんですがね……だいたい、ロタエの北西。
 十年も前の話になりやすかねーーもともと、ウチの一家はそこを目指して旅をしておりやした」

言葉を切り、ジョッキの残りをあおるハリドの背を、サフィアがなだめるように叩いた。

「戦火に追われて。あの辺をうろつく旅人の目的地は……みんなそのあたりです。
 坊ちゃんは知らねえと仰いましたがーー本当に心当たりはねえんですかい?」

すくいあげるようなハリドの目に、ふと俺は理解した。
もうずいぶん昔の事のように感じられるが。
故郷を離れ、俺と父母兄弟が旅をしていたのもーーその近くである。
ーーああ。
ーーそうか。
俺の、俺たちの両親は。戦火に追われ、ただアテもなく放浪していたわけではなく……

「……子供達に平穏な暮らしをさせたいと。そうーー願っていたというわけか」

つぶやく俺の脳裏には。世捨て人を包み戦乱から覆い隠す、霧深き谷の姿が浮かんでいる。
そこで、荒廃した世の中とは無縁に平和に、ただ静かに暮らすことができれば。どんなに良かっただろう。
俺は、家族みんなで谷の奥に住まう暮らしを思い描いてみたがーー拙い想像は、すぐに業火と鮮血の記憶に塗り替えられた。
ーー炎上する宿屋の床を血に染め、父と母の骸が横たわっている。
俺の瞳に浮かぶ追憶の炎。それを認め、ハリドは力なく首を降った。

「戦争が起きたってんでーー詳しい場所もわからず、全財産持って周辺をうろつく連中が大勢現れたとしたら。
 次は何が出てくるか……火を見るより明らか、ってもんです」

美味しい得物が集まってきたら。次は当然、それを食い物にする賊がはびこるだけである。
とーーそこで俺は目をあげる。
同じ場所を目指していた、ハリドもかつてーー俺と同じ目に遭ったというのだろうか?
新たな酒を傾けつつ、ハリドは口元をねじ曲げた。

「ウチの場合はーー両親を殺されて、弟が奴隷に捕まった。ただそれだけでやすよ」

無言で言葉の続きを待つも、ハリドは黙ってジョッキを傾けるだけだった。
どうやら。そのありふれた悲劇の結末はーー俺の想像通りであるらしい。
俺はハリドの言葉を思い出す。
……はじめて会った時。こいつは一体、何と言っていた?

(通過儀礼はもうお済みってわけだ。ならーー後はやる事なぞ、一つだけでやしょう?)

「ハリド。ーーかつて、初めて会った頃の俺が。
 昔のお前と全く同じ境遇にあったから……だから、助けてくれたってのか?
 一緒に旅して、兄弟を助ける手立てを一緒に考えてくれたのか?
 ……お前にはそんな事してくれる、親切な金ピカおじさんなんて現れなかったのに?」

 ハリドは苦笑したのち、顔を背けた。
 背けた先には肘をついて、首飾りをいじるサフィアの微笑がある。

「ーー坊ちゃん。こいつは昔から、そういう奴なんだよ?」

 細い指がいつも身につけている首飾りを持ち上げるとーーそこには、首輪の跡があった。

「たぶん……その男の言った、奴隷あがり、ってのはアタシの事さ。
 アタシは、まだ幼い時分に親に捨てられてねえ。生きる為には奴隷になるしかなかったよ。
 『サナーラのサフィア』と言えば、劇場付きの舞姫奴隷としてそれなりに有名だったんだけどね」

 くい、と顎で横の飲んだくれ、ハリドを示す。

「ーーある日客とハデに揉めてねえ。
 損害出した責任取らされて、奴隷市場へ売りに出されちまったのさ。
 人気の踊り子が売りに出されるってんで、競売場は欲で目の色変えた男どもで溢れかえってたもんさ。
 でもそこでーーアタシを最高額で競り落としてくれたのが、謎の覆面商人でねえ」

 酔ったハリドに自分の首飾りを握らせ、サフィアは笑った。

「首輪につける縄を握った、新しい主人と市場を出てさ。ーーさあどうぞご主人様。なんなりとご命令を。
 そう訊いて、振り返った時には……もうそいつ、いなくなってたよ
 ご丁寧にーー奴隷首輪の鍵だけ、残してさ」

 よく見るとサフィアの首飾りには、宝石に混じってひとつだけ鍵が揺れている。その時のものだろうか。

「情けをかけられて自由を与えられちゃあ、アセライの女がすたるってもんだ。
 アタシは方々を探し回ってーーその商人をようやく探り当てた時には。
 ……何も知らないお坊ちゃんを助けて、そして酒場で死にかけてたよ」

 あん時かよ。俺は闘技場初優勝した時のことを思い出した。
 机にうずくまるハリドを、肘でつつくサフィア。

「あの時、アタシを買って自由にしてくれたのはーー
 ……奴隷にさらわれた弟のこと。思い出したからなんだろう?」

 その言葉に動揺するように、伏せたハリドの背がぐらつく。

「なんでここでへこむんだい。弟、生きてて良かったじゃあないか!」

 容赦なくばしばしと背を叩くサフィア。机に突っ伏したままハリドから、低い声が響いた。

「……弟はきっと。俺を、恨んでいる……。
 父母を殺され、弟をさらわれ。怯えきって、助けにも来なかった、そんな兄を……」

 ハリドの言葉を聞き、俺は闇の中に光る商人の瞳を思い出した。
 まああいつの行動の原動力はそんなところだろう。
 兄への憎しみの炎ひとつを原資としてーーあいつは闇の中を生き抜いてきたのだろう。
 不意にハリドが顔を上げた。俺を見据える。

「坊ちゃん。きっと弟は見捨てた自分を憎むあまり、この先も災いをもたらすことでしょう。
 このまま一緒にいては坊ちゃんに迷惑がかかります。
 今回の反乱も責任はすべて自分に。どうかこの自分に、暇を命じてーー」
「なぁに言ってんだハリド」

 俺は言葉を遮り、笑って自分を指さした。

「お前は確かに、父母弟を助けられなかったが。
 俺の兄弟妹、そしてーーこの俺自身を助けただろうが。
 俺からすれば、-3+4=1。
 お前の得意な金勘定で考えたって、十分に黒字になってるだろうが!」

 爆笑するサフィアを放って、俺はハリドに向き直る。

「お前への恨みで。弟が俺らに、悪だくみを今後も続けるってんならさーー
 兄貴のお前がぜんぶ防ぐ。それが筋ってもんだろう?
 ……これからも頼むぜ? 金ぴか軍師さんよ?」

ハリドは一瞬呆然とした後、不意に顔を覆って大泣きし始めた。
それを見てサフィアがまた笑い転げつつ、横で泣く男の背中をさすり、宥めている。

俺は席を立ち酒場を出た。見上げた西の空には、変わらず満点の星が瞬いている。


* *


西帝国を攻めるヴランディア新王の直轄領、新王都オルティシアにて。南帝国貴族の起こした反乱――
その、小さくない一石が生み出した波紋は……しかし。
ガリオス皇帝が期待したような、何の反応をも惹起することはなかった。

そもそも――反乱は起きていないのである。
ちょっとした行き違いで、他国出身の王弟妃がならず者たちによって祀り上げられ。
これまた早とちりした反乱鎮圧軍が味方討ちに逸った、それだけである。
事実はどうあれ――事の次第はそのように、国内や他国へと伝えられた。。

俺が弟ヴァリクの作り話にあえて乗ってやった狙いはここにあった。
中原中央まで追い詰められた西帝国ガリオスは、南帝国の助力を得て、攻勢に出ているヴランディアの後背で反乱を成功させ、軍隊が出払ってつけいる隙をうかがっているアセライや北のスタルジア、それら大国の参戦を狙いたかったのだろうが。
そもそも反乱は起きなかったことにされたし、首謀者として祀り上げられた令嬢も今や王家の身内である。
ガリオスの弄したこの策に対しても、大したリソースを消費せずに対応できている。(まあオルティシアの城壁がズタズタに裂かれたりはしたけど)

謎めいた反乱の実行役。どこかの組織の意を受けて動いていると思しき、ハリドの弟――胸筋のスゴいトールグド、という名前らしい――の存在は、気になるものの……
西帝国の時間稼ぎが失敗した以上。
兵力補充や反攻が行われる前に、すみやかに滅ぼさねばならない――

* *


残る西帝国の二都市――アミタティスとゼオニカ。それらを一望できる小高い丘の上で、俺は到着したチャグンの礼を受けていた。

「報告ご苦労、チャグン。……敵の集結は?」
「はっ。想定されていた通り、唯一残された北方の商業圏、アミタティスとの切断を嫌ってか――その中間地点に、野戦軍を招集している模様です」
「というよりもまあ……あの集結地点からなら、ラゲタもロタエもジャルマリスも狙えるからね。こっちの防衛の兵を三手に分けさせて、攻城戦時の防衛戦力を減らそうってガリオスの狙いだと思うよ」
「? 陛下。敵はこちらが野戦に出てくる可能性を考慮していないのですか?」
「野戦だと損害比は一対一だけど、攻城戦なら損害比は一対二で防衛側有利だからね。
 失陥した領土を取り戻さねばならないガリオス軍の攻撃目標はどうしたって都市になるんだから、
 普通に考えたら、防衛側は都市に籠るのが上策と言えるんだよ。
 ただガリオスの狙いはこちらの戦力を三分して、都市ごとに各個撃破してゆくつもりだと思うんだよね。――だからこの場合の都市籠城は逆に下策になっちゃう、てわけよ」
「なるほど。個々の都市包囲に持ち込まれる前に、損害ははね上がっても野戦で片付けた方がよい、そういう事ですね」 

 ちなみに俺の戦略において――城はあまり重視していない。
 城と都市を比べた場合、都市の経済力や、隊商の立ち寄る市場がもたらす供給力が段違いであるせいだ。
 敵対した勢力の都市には入れないし市場も利用できない。当たり前のことのようだがこれが敵の補給(兵力・兵糧)に与える影響というのはとても大きい。
 食料を市場で補給できない城の兵糧攻めはたやすいし、逆を言えば、兵数に劣った敵からもたやすく兵糧攻めをされてしまい、兵力で優っているのに落城なんて事も多い。
 よって城の攻略は後回しでもよいのだ。
 敵の国力は、保有都市数だけで判断した方が正確だろう。

「そう。で、翻って……こちらの軍勢はどうかな?」

 チャグンの表情がややこわばる。

「はっ。ご指示通り、北方鎮定軍には――アミタティス攻撃よりも、野戦への合流、敵野戦軍の撃滅を主目標とされるよう、お願いに上がったのですが……」
「……発言力が足りない?」
「はい……」

 力及ばず申し訳ありません、と肩を落とすチャグンに罪はない。
 俺はまだ仕官したての上、即位したての若造である。王ではあるが当然発言力などない。
 比べて北方攻撃軍の主力は義父上だろうから――まあ向こうの方が古参で王家一門でもあるし発言力はずっと上だ。なんやかんや理由をつけて、気に入らない新王の助勢には結局来ないだろう。
 義父がしてくれるのはせいぜい、新王都の城壁破壊くらいである。ありがとう義父上。ホントろくな事しねえ。
 俺は平野の遥か彼方、集結しつつある軍勢の砂埃を見つめた。

「じゃあ独力で撃破するしかないか……。また……」
「はい。また……」
「アミタティス侯ティプノスだっけ。あれ? その人、こないだヤナさんがボコボコにしてなかった?」
「それはティノプシスです。まだ牢で療養中です」
「マジか……。あのさチャグン、一応、一応聞くけどさ、調略とかって……」
「――軍隊にいる間はそのような言葉を聞く耳を持たない。と言われました」
「あっ。まあ、そりゃそうだよね」
「泣きながら」
「えっ。なんで泣くん?」
「西帝国最後の都市侯ですよ? もしここで裏切ったら、カルラディア史に永く『裏切者』として名が残るんじゃないですか?」
「確かに。最後の一人とは貧乏くじ引いたねえ」
「あと――そもそも。当クランには調略を仕掛けるだけの潤沢なディナールなど、残っておりません」
「そうかー。いやまあ結婚とか軍勢徴募とか即位とかいろいろ出費が重なったしな。
 ……まあ一番の出費は誰かさんの度重なる身代金なわけだが」

 チャグンは背中の大斧を一瞬でかまえると、即座に己の首をはねようとした。必死で止める俺。
 こういうスキルばっかり上がりやがって。自害スキル300かお前は。

「陛下!そうこうしているうちに敵が迫っております!ご決断を!」

 内ゲバにいそしんでいる内にガリオス軍は集結を完了したのか、こちらへゆるりと近づいてくる。
 まるでこちらが三手に分かれて城に籠るだろうと確信しているような、牽制の進軍である。
 俺は北東の空を見た。遥か北東、アミタティスのあるあたりの空には盛んに煙が上がっている。
 都市焼きだか村焼きだか知らないが。どうやらヴラヴェンド侯以下の軍勢は加勢に来る気はなさそうだ。
 俺は馬上に声を張り上げた。

「全部隊!連れてきた囚人をここへ並べろ!督戦隊、弓矢構え!
 戦列に加わるならば武器を与え、囚人身分から解放してやるぞ!」
「また強引な戦力増強ですね……」

 うっさい。士気がだだ下がるけど、兵数的に拮抗するにはもうこれっきゃないのである。

「しかも敵軍勢の目の前でおっ始めるんですか……。
 何でもっと早く、囚人の兵登用を進めておかなかったんですか……?」

 うっさい。士気が崩壊寸前まで下がるから、直後に戦闘に持ち込まないと、軍勢が瓦解するのである。
 俺は大丈夫かなあという顔をしている兵達に向けて声を放つ。

「皆の者! ここで勝てば、もう二度とこのような不利な戦に臨まされることもあるまい!
 それでも勝ち続ける粘り強い相手にこそ、人はついてくるものだと知れ!
 死にたくなければ――戦え!」

 状況的に。ここが、個人武勇の振るいどころってやつである。
 俺はなぎなたを振りかざし、関羽のように騎馬突撃をはじめた。
 野戦の場数だけはめちゃくちゃ踏んでる――武将イシルクレドの武辺っぷりを見せてやるぜ。たまにはな。

「ちょ!?坊ちゃん陛下!?」

 王が単騎突撃するとは思わなかったのか。ハリドが慌てて騎馬兵をかき集めているがもう遅い。
 俺は戦列から抜け出し敵勢に向け疾走した。ゆくぞコシアン。(前に競技会でもらった愛馬)

* *


 前方左手から敵騎馬が突っ込んでくるが、経験的にこれは無視してよい。
 これはだいたいモブの騎馬弓兵か騎馬兵である。(ただ、傭兵クランの将の騎馬弓兵とかはよくここに混ざってたりするんだが)
 こいつらの仕事は遊撃で、こちらの戦列に突撃したり弓を射たりとかきまわすのがお仕事だ。逃げ回るのも得意なので相手にしていると時間がなくなり、主力同士がぶつかり合ってしまって――そうなるともうあんまり、個人の動きが野戦の勝利に関係しなくなってしまう。
 あと交叉の瞬間に突きで戦闘開始早々にどえらいダメージ食わされたりするので、敵騎馬との正面衝突はどんな状況でも避けた方がよい。よってこれら、左前方からくる敵は全員スルーする。
 距離を取ってすれ違う。しばらく一人で走ると――視界の端まで長々と続く、敵の戦列が見えてくる。
 だいたい、中央に弓兵の集団。この中に敵の大将がいそうに見えるが実はいない事が多い。
 この時、戦列中央から見ておおよそ右側に、騎馬兵の集団が固まっていたりする。
 経験的に――ここに敵の大将や将軍、部隊長たちが固まっていることが非常に多いのである。
 この幕僚集団だが、小勢だと左右にのんびり移動中か、あるいは大軍だとぼけっと馬を止めている事がとても多い。騎馬突撃のとてもいいマトである。
 敵の王が単騎で突撃してきているというのに、密集しすぎで身動きが取れなくなっている。
 戦闘開始直後のみに現れるチャンスタイムである。
 俺の狙いは敵将の撃破――それに伴う指揮系統の混乱である。

「――マイ・ネェェム・イズ! イシルクレド=オニワぁぁぁぁぁ!」

 よくわからない名乗りを挙げつつ得物を振り上げる騎馬武者の俺。
 ちなみに武器は店売りのロンパイアである。5万ディナールもした。高っけえ。
 鍛冶で自作しても良かったんだが満足のいくものが出来なかったので店売りで代用である。
 満足のいくものってのは何かというと――こと野戦においては、振りのみ、突き攻撃のない長柄が一番取り回しやすいのである。
 振りは突きに比べて格段に攻撃範囲が広く、なんとなく振ってるだけでも当たる上に、低スキルの遅い振りだったとしてもけっこうな大ダメージが入る。スピードボーナスが乗っているせいだ。
 長柄といったら突き攻撃を持つ武器ばかりなので、騎馬突撃からの突きを野戦の主体にする諸侯も多いんだけど、それだと牧羊犬(人群れの周囲を駆けまわってなぎなたでばしばし殴る)がやりづらくなる。
 ぶんぶん飛び回って刺すハチみたいな動きにならざるを得ないので、隙が大きくなって、やがて視界外から突っ込んできた敵騎兵に背中刺されて終わったりとかしやすい。
 さらに言えば、突き攻撃がなくて振り攻撃だけの長柄を持つのが一番よい。振り攻撃が出て欲しいところで突き攻撃が出てしまう事が非常に多いからだ。振り攻撃のみ長柄ならそもそも振り攻撃しか出ないので、操作ミスが少ない。
 まあそんな武器談義はさておき――目の前にはもう、とっても討ちごろ。将星の群生地がある。
 高速で近づいてるから判別しにくいが、こういう時はだいたい――とりわけ兜が派手な奴を狙うとよい。鎧が豪華なやつでもいい。女でもいい。(モブに女はいないから将確定である)
 高い装備付けてる奴がだいたい軍勢の長か、あるいはクラン長とかである。

「――はあっ!!」

 俺のてきとうに薙ぎ払ったロンパイアは十分な勢いを乗せ、ド派手な兜をかぶった小柄な男を一人、騎馬から跳ね落とした。鎧も金ぴかである。
 地面にめり込んで気絶するこの男がガリウスか、と思うが違う。ティノプスだったらしい。
 よっしゃ、アミタティス侯ティノプス討ち取ったり。(気絶してるだけだが)

 で――敵騎馬の群れにただひとり突っ込んだわけだが、ここですぐに逃げなくてよい。
 というか漠然とロンパイアをぶん回していればよい。敵騎馬は、接近戦になった、と判断して武器を剣に持ち替えたりだとか、それこそ今更になってようやく武器を抜いたりだとか、単騎で突っ込むと初動対応が遅れる事が多い。その間にもう二、三人はやれる。

「――はっはっはっはっはぁ!」

 単騎で突っ込んできたバカが大暴れを続けているため、皆でよってたかって潰そうとするも、密集し過ぎているせいで攻撃が味方にばかり当たって肝心の単騎バカに当たらない。
 これでもたついてる間にもう一人くらいはやれる。(俺の攻撃も近すぎて当たらなかったりする)
 で――だいたいこの頃になると、敵騎馬集団がようやくばらけて、四方八方に散開してゆく。
 ここで誰を追えばいいか迷うところだが――ダーイ、という女の声が聞こえてきたのでその声を追って、女の駆る騎馬に追いつきその背中を切り下げる。
 戦場に女がいたらそいつは将確定なので、部隊長もしくはその身内である。潰しておくに限る。
 あとは――モブと異なる装備を付けてる奴を見つけて追いかけ、ひたすらに斬る。
 そうこうしている内に騎馬兵の集団は散り散りになり、俺を狙って突っ込んでくるのは見慣れたカタクラさん(カタフラクト)ばかりになった。
 ちっ。ここにガリオスはいないか。どうやら外したらしい。
 だがあまり時間を消費していない。主力歩兵同士の衝突もまだだろう。まだチャンスはある。
 俺は馬首を翻し、戦列の反対側へと駆け抜ける。もってくれよコシアン。(矢がすごい刺さってる)

 弓兵が一列に並ぶ戦列を、横から馬蹄にかけてゆく。うわははは。呂布奉先とは俺のことよー。
 この時は弓兵の撃破を狙うよりも、高速で撥ね飛ばすくらいに留めておいた方がよい。
 ひとりひとり丁寧にロンパイアの錆にしていると、あっという間にこちらが蜂の巣にされる。
 あとそもそも時間がない。目の前の倒しやすい敵兵にかまけて時が映ると、両軍の主力同士が激突し、騎馬兵の集団もおのおの突撃を開始し、ばらけてしまう。敵将がかたまっている今の内になるべく多く倒したい。

 その戦列の中央付近を通り過ぎるが、だいたい重装兵が円陣を組んでいる。
 その中央に意味ありげに騎馬兵が一騎だけ居たりするんだが――いかにも将に見えて、これが実はモブだったりする事が多い。影武者かよ。
 そして、その近くに盾装備でも弓装備でもない歩兵が突っ立ってたりすることがあるんだが――これが逆に、軍勢の長だったりする場合がある。
 何らかの事情で(直前の交戦で馬を失ったりとか)軍勢の長が歩兵状態になると、どうもこの位置に配置されるらしい。
 でも騎乗状態だと、左右どちらかの騎馬集団にいる事がとても多い。
 というわけでこの戦列中央の盾円陣は無視して。飛んでくる矢を突っ切り――戦列左側の騎馬集団へと突っ込んでゆく。
 こいつらは木立の中に位置していた。俺は顔をしかめる。
 木々の中だと長柄ふりまわしても木に阻まれて全然当たんないからである。まあそれは敵も同じなんだが。
 ただ、林の中にいる騎馬集団はばらけるのが遅い。それは、周りの味方騎馬に加えて木々が邪魔で移動の自由を確保するのに時間がかかるせいである。
 こういう時はーー集団の中央に突っ込んでいって、当たるを幸い斬りまくるに限る。

「――おらおらおらおらぁ!」

 俺は水車のようにロンパイアを振り回しながら、林の中、騎馬の林立する敵本陣へと突っ込んでゆく。
 結局、敵騎馬がばらけてみな林の外へ走り出すまで随分な時間がかかった。
 ふーふーと肩で息をし、ふと気づけば――豪奢な鎧を身に着けた偉丈夫が、薄暗い林の地面に伏している。
 立派なマントを身に着けている。どうやらこいつが西帝国皇帝ガリオスだったらしい。

「敵将!ガリオス!討ち取ったりぃ!――――いでえっ!?」

 総大将撃破を申告していると、林の外から舞い戻ってきた敵騎馬に背中を刺された。いってえ。
 結構な深手である。俺はここまでの乱戦でもそこそこなます切りにされていたので、もう死にかけである。
 俺は即座に離脱を決意した。四方八方から迫りくる騎馬を、木を盾にして躱しつつ、林から離れ去る。

「あっ――言い忘れたけど、だいたいマント着てる奴が将だから! マント目立つし、マント着てる奴狙った方がいいよ!」

 書き忘れた戦場まめ知識を披露しつつ。俺が退避する先は味方のいる後方--ではない。
 そっちに行くと味方に合流する前に敵戦列の後方に出てしまう。あっさり弓兵に矢ダルマにされ、今の残り体力では会戦終了までの時間をまるまる、土を味わうのに費やす事になるだろう。
 なので大きく敵戦列を迂回する。今は敵左側の騎馬集団を攻撃したところだから、左側に大きく迂回して、敵戦列との接触をさける。弓が飛んでこない距離がいいので視界にも入れない。(まあ普通に馬で走ってればまず遠矢は当たらないが)
 で――敵戦列を迂回しつつ、気にかけるべきは送りオオカミの存在である。
 総大将を討ち取った後でも、敵騎馬はこちらを目標にそれなりの長距離を追尾してくる事が多い。
 ただ――敵騎馬は(弓騎馬以外は)一撃離脱が基本戦法なので、追尾してくるといっても結構距離を離すのはたやすかったりする。突撃を外したらある程度距離をとる戦法のせいだ。
 ひたすら一方向に逃げ続ければ最終的には誰もついてこなくなる。
 まあ面倒だったら味方戦列までトレインして味方歩兵の列に突っ込ませれば勝手に目標を変えて戦い始めるからそれでもいいんだが。歩兵対騎馬って騎馬の方がキルレ高いので。そんなつまんない事で味方の損害増やしたくないってんなら、連れて行かない方がいい。ちなみに俺は自力で撒く。

 で――敵戦列から離れて、敵騎馬引き離して
 向かう先はどこかというと……いかにも総大将がいそうな位置、味方戦列の中央後方、ではないんだなぁこれが。
 戦闘と全然関係なさそうな戦場の端。およそ主力の戦列同士がぶつかりあうだろう位置から真横、戦場区域ぎりぎりのあたりへ俺はひとり向かう。

 さっきも書いたんだが敵騎馬ってのは一撃離脱を基本戦法とする。何らかの理由で移動を阻まれない限り、戦闘状態においてはずっと走り続けている。
 で。騎馬兵の一番戦果のあがる仕事ってのは、やっぱり歩兵狩りなわけである。
 となれば敵騎兵の挙動は、最終的にはこちらの戦列歩兵を突き破り、そのまま走っていって、馬首を翻して再突撃――というものになりがちである。
 こちらが歩兵に戦列を組ませていれば、当然、敵騎馬はそれを食い破りにくる。
 交叉、突破、後方から再突撃。その繰り返しが基本戦術となる以上――その突撃の終点は、およそ的軍の総大将がいるであろう戦列中央後方になりがちなのである。その辺に集結しがちなのである。
 もしそんなところで総大将が指揮をとるべく、幕僚と一緒にふんぞり返っていたら。
 「おっ総大将じゃ~ん。ちょっと殺ってく?大将殺ってる?」と、それこそアセライファリスの常連ばりに殺到する敵騎馬に、めためたに踏み荒らされてしまうのである。
 なので。俺はこうして、主戦場から遠く離れた、敵影ひとつ見えない小高い丘の影に身を隠している。
 位置としては赤い撤退ラインのギリ手前あたりがよい。敵は撤退ラインの向こうに突き抜ける突撃はしてこないので、敵に迫られた時も逃げやすいからである。
 赤い撤退ラインを背にして、そして立ち止まらずにいるのがよい。小さく旋回しているのがよい。
 これは視界外から弓矢でいきなり狙い撃たれないための対策である。
 と。そんな対策を重ねているところに、一団の騎馬兵が押し寄せてきた。え。ウッソだろ。

「――ぜえぜえ。さ、探しましたよ……坊ちゃん陛下……」

 味方だった。騎馬兵を引き連れてきたハリドは肩で息をしている。
 俺は手を振って身を低くするように命じると(騎馬なのであまり意味ない)、声を潜めてハリドに命じた。

「バッ、バカお前ハリド! こっち来たら見つかるだろ! いーから直属騎馬隊は戦列歩兵の直掩でもしてやれって!」

 野戦の戦場を幾度も共に踏んでるんだから、俺の取りそうな行動くらいとっくにわかってるだろうに。
 しっしっ、あっち行け、と手を振ると、ハリドは呆れた顔で俺の頭の王冠を指差した。

「さすがにヴランディア王陛下を戦場に一人放置はできんでしょうが。
 ……いや、そもそも王になった後まで、変わらず野戦で単騎突撃するとは思ってませんでしたがね」
「いーから!ホラ見ろ、俺もコシアンもこの通り矢ダルマで、重傷なんだよ!
 あの世一歩手前! もう俺、ここに隠れてるから!」
「単騎突撃、敵将撃破、その後は潜伏。いつものことですがね。
 これじゃまるで王者の戦いではなく暗殺者の戦いですぜ。坊ちゃん陛下。
 だいたい、ずっと隠れていると言ったって――じゃあ軍団への命令はどうするんです?」
「それもいつも通りだよ。命令なし。現状にて待機」
「またですか!? これだけの大会戦ですぜ!? 本当にそれだけでいいんですかい!?」
「いーんだよ。この通りぼっこぼこにされたけど、総大将のガリオスはもう倒してきた。
 主だった部隊長や身内もだいたいやったと思う。
 敵は指揮系統を失って、ほどなく各個に突撃に移るだろうから――今の陣形のまま、迎え撃てばいい
 それで勝てる……たぶん」
「たぶん!?」
「これまで勝ってきただろ! いーから、もう散れ! 敵騎兵が戦列かき回して穴あけてるだろうから、歩兵の援護してやれって!」

 俺はハリド以下の近衛騎兵を追っ払うと、(しぶしぶ主戦場に帰っていった)ふたたび潜伏を続けた。
 馬で小さな円をぐるぐる回りすぎて吐きそう。おえぇ。
 で。そんな風に隠れていても――ちょいちょい、思い出したように数騎の騎馬が突っ込んできたりする。 
 ここはガチらなければいけない場面だ。幸い敵は小勢、俺は突撃を躱して敵騎馬に追いすがり、その背を薙ぐ。
 カタクラさんは対処ラクなんだが敵弓騎兵がけっこう面倒である。何せこっちは死にかけ。
 一矢ですらもらいたくない。ひいひいいいながら矢を躱して馬をぶつけ、ほとんどゼロ距離で斬り捨てる。

「――コシアンんんんん!!」

 あ。弓騎兵追いかけるのに手間取って、矢をくらいまくったコシアンが斃れた。
 俺は馬から投げ出されながら叫ぶ。そして当たりを見回す。幸いさきほど討ったカタクラさんの遺した馬がのんきに草を食んでいた。逃げ出さない内にまたがる。うーん駄馬。駄馬を駆って何とか弓騎兵を倒す。うーんもうボロボロ。
 でも実際、戦場では馬がないと生存すら危ういのである。探索兵団かな?

 あたふたしている内に、敵は撤退を始めた。どうやらわが軍の主力は勝ったらしい。全然見てないけど。
 なんかBGMが変わったので俺は隠れるのを止め、敗兵掃討に移る。

「――おらおらおらおらぁ!! がっはっは!!」

 元気いっぱいである。何せ討ち取られる心配がほぼない。
 というかこの状況で俺が討ち取られてももう勝ちは揺るがない。
 あとは消化試合である。スキルを伸ばすため敵を背中から狩って撃破数を稼ぐだけの簡単なお仕事である。

 ――こうして、中つ原の大会戦は我ヴランディア軍の勝利に終わった。
 しかし勝利の代償は大きかった。我が軍の受けた被害もまた甚大であった。
 ほぼ単独で皇帝親率軍に勝利した俺の名声はさらに上がったものの――進軍の停止が必要なほどの被害を受けたのである。


ウンキッド

一進一退





〈番外編〉

以下は執筆者が異なりゲームプレイ者による当初原稿になります。

遠征

1104年秋21日、イシルクレド軍はジョグリス城を包囲していた。
ジョグリスはフーザイトとの国境にある南帝国の城である。約200人の駐屯兵と300人の民兵が籠もっていた。
攻城塔と破城槌を組み立て、トレビュシェを4機使って城壁のカタパルトを破壊するのである。
「城門は放っておくに如かず」
軍師のハリドは言った。城門に寄せれば敵弓兵の格好の餌食になるというのである。彼は門を無視して城壁を越えて戦うことを主張した。
攻城塔を城壁まで寄せるために、敵方のカタパルトを封じなければならない。
「時間がかかりそうだな」
イシルクレドは軽くため息をついた。すでに本拠地のオルティシアから遠く離れている。南帝国の勢力は寸断され、すでに巻き返す力は残っていないようにみえる。
「なんの、一瞬でござる」
ハリドはあごひげをしごきながらそう言った。
南帝国は弱体化しており敵方の援軍が来る心配は無かった。ほんの少数の部隊が遠巻きにこちらを窺っているのみであった。
イシルクレドは重い腰をあげて幕舎内を歩いて回った。率いてきている諸侯の機嫌を窺うためである。
召集されている諸侯たちは封土から遠く離れ、内心では一刻も早く故郷に帰りたいと思っている。一人ひとりの話に根気よく耳を傾け誼を深めておく必要があった。
「どうかそれがしに先陣をお申しつけくだされ」
山あいに陣取る将軍のティノプシスはそう言った。
彼は歩兵だけでも100人ほどを引き連れている。もとは西帝国の将軍であったが、西帝国はすでに滅んで彼は進んでイシルクレドの配下となっている。
「よう言うてくれた」
イシルクレドは新参者である彼の手を取って喜んでみせた。帰り途にハリドはその様子を嘲笑した。
「あのような輩は口先だけでござる」
口では勇ましいことを言うがせいぜい覚えをめでたくして領地をあてがわれることだけしか考えていない、というのである。それはある意味事実に思えた。
イシルクレドの軍には工匠が足りておらず、兵器の建設は遅々として進まない。すぐ冬になった。

「もう頃合いではないか」
冬入りして6日目にイシルクレドはハリドに言った。連日のトレビシェによる投石に参ったのか城方はすっかり鳴りを潜めてしまっていた。
イシルクレドは軍を八つに分けていた。歩兵を四隊、弓兵を四隊というふうにである。イシルクレドは軍を分け細かく指揮するのが癖であった。そして、先陣の二隊は重装の兵を割り当てていた。
イシルクレドはまず攻城兵器を出撃させるよう命じた。その一方で、多くの兵たちには遠巻きに見物させているだけであった。
攻城塔は二機あった。イシルクレドは左翼の城壁に目をつけていた。
攻城塔を城壁に寄せると、イシルクレドは二隊の弓兵を左翼の城壁間際に配置し、火の噴くように矢を撃ち込ませた。城壁の敵がたじろいでいる隙に、先陣の重装兵を攻城塔から突っ込ませた。
「敵が逃げ出しております」
弓兵を指揮していたチャグンが城壁に登り旗を大きくこちらに向けて振っていた。
総攻撃から一日でジョグリス城は落ちた。

「やっと落としたか」
残る南帝国の都市はアンプレラと飛び地の二城のみである。このまま北上してアンプレラを囲めば併合は造作もないように思われた。

そんな矢先に、知らせが入った。
「バッタニア勢によりラノック・ヘン城が包囲されております」
ラノック・ヘン城は北方の境界の城でイシルクレドの領地である。400人ほど駐屯させている。
「これから引き返しても間に合いますまい」
ハリドは冷たく言った。
「軍を解散して我らだけで向かえば間に合いはすまいか」
諸侯の兵は長引く遠征で疲弊しており、どちみち軍を立て直す時期であるとイシルクレドは考えていた。
ハリドは首を振った。
「無駄ですな。無闇にラノック・ヘンに向かえば、その間に当地の情勢もまた変わってしまいましょう」
道理であった。イシルクレドがラノック・ヘンに向かえば今度は手薄になった東方が脅かされ折角平定したこの一帯がひっくり返されるのは自明であった。フーザイトやアセライ、スタルジアはまだ健在であった。

ならば目の前にあるアンプレラを落として南帝国との勝負にかたをつけようとイシルクレドは思った。自然、ラノック・ヘンは見捨てることになる。
イシルクレドの本拠地はオルティシア、ラゲタ、ジャルマリス、クヤーズ、サナーラである。サナーラは巨大都市であるが、アセライと国境を接しており、もしアセライが宣戦布告してくれば、遠く守りに行かなければならない。アセライは強敵であり、クヤーズとサナーラを得るまでに苦杯をなめ続けた。
まずは帝国領を平らげないことには、アセライと干戈を交えるのは難しいと思った。
イシルクレドは軍をまとめ、アンプレラに向かった。
アンプレラはジョグリス城の北にあり、南帝国の領有する最後の都市であった。
アンプレラには駐屯兵が263人、民兵が260人に加えて、レオニパルデス家のノネソスという将軍が籠もっているという。
「我が軍は少しばかり少のうござりまするな」
ハリドは好物の砂糖菓子を齧りながら言った。
イシルクレドは、部将のペリクとファーンハードを召集することにした。
「今からでは間に合わぬかも知れぬ」
アンプレラはヴランディア領から遠く離れすぎている。イシルクレドは攻城が長引くのを恐れていた。ペリクやファーンハードが到着しなくてもアンプレラに攻め込むつもりでいた。
攻囲中にペリクが現れた。
「ジョグリス城を落としたそうですね」
ペリクは鼻下から唇にかけて大きな傷があり、笑うと不気味に歪んだ。彼は100人ほど兵を引き連れて来ており、これを合わせて攻めればアンプレラを落とすには十分だと思われた。城壁で覆われた都市を攻めるにはどうしても大きな被害は覚悟しておかなければならない。
攻城兵器が組み上がる頃に、ファーンハードも到着した。
「なんとか集まったか」
イシルクレドは援軍の姿を見るとほっと安堵した。さらに朗報もあった。どうやらすでに城内の兵糧が尽きているという。城兵が続々と逃散し減り始めていた。イシルクレドは、城内に向けて投石を始めるよう指示した。
「それにしても攻め難そうな」
アンプレラは城壁が高いのである。城方の士気が阻喪しつつあると聞いてもなおあの城壁を越えるのは至難に思えた。
「兵を損じるのは致し方ありますまい」
ハリドはそう言った。
イシルクレドは、アンプレラもジョグリス城と同じ手で攻めることにした。
攻城塔を城壁にへばり付かせて重装兵を突入させるのである。
城に立て籠もる民兵がさかんに矢を射掛けて来たが、日が暮れる前には城内を走り回るのは味方ばかりになった。
「呆気のうござりましたな」
ハリドはそう言った。
アンプレラの城内には捕虜となった南帝国の貴族や将軍たちが集められていた。
イシルクレドはレオニパルデス家の家長であるテミオスと会った。レオニパルデス家は大きな一族であったがすでに領土を持っていない。始めは煮え切らない態度であったテミオスも観念したようでついにイシルクレドに忠誠を誓うことになった。

次にイシルクレドは、ヴィザルトス家のシカニスと会談した。捕虜となっていた彼はイシルクレドに対して慇懃ではあったがのらりくらりと持って回った言い回しをする男であった。
ヴィザルトス家の家門を一身に背負う彼もまたなかなか首を縦に振らなかったが、56万デナールもの大金を手にすることでイシルクレドの軍門に下ることになった。
「やっと終わったか」
会談が終わるとイシルクレドはどっと疲れを感じた。諸侯を相手にするのは城攻めよりも疲れると思った。
さらに、イシルクレドは戦後処理を行いながらまた頭を抱えることになった。

アンプレラの北西にはアルゴロンという都市があった。
諸国の争奪の中で、アルゴロンは独立した反乱軍が支配していた。イシルクレドは、アルゴロンも早く抑えておきたいと考えていた。都市をひとつ余計に落とすだけの話であったが、イシルクレドにとってはそう単純な話ではない気がしていた。
この期に及んでクーザイトとの開戦が囁かれるようになっていたのである。イシルクレドは王国を引き継いでこのかた、諸侯の発議には逆らわずにやってきた。ほぼ一切を衆議に任せてきたのである。諸侯の意に逆らおうとすると相当の労力を費やすことになる。イシルクレドには遠征に次ぐ遠征の中でそれらを切り回す余裕が無かったのである。封建領主としてはあるまじきことではあるが、領土の分配も、王国の政策も口出しすることなく神輿となって諸侯たちの言うがままに従ってきたのである。イシルクレドとしては、あちこちに敵を増やすことはしたくなかったが、このままではクーザイトへの宣戦が諸侯から発議されるであろうと思った。クーザイトは極東の遊牧国家であり、帝国の大部分を抑えたイシルクレドとは力の差も歴然とはしていたが、アルゴロンとは真逆の位置にある。クーザイトと戦うにしても、今しばらくアルゴロンを平定するぐらいまでは時間を稼ぎたかった。
「皆は大人しく待てぬだろうな」
イシルクレドはそう予想していた。
「とにかくアルゴロンに向かおう」
イシルクレドはそう決めた。クーザイトと開戦となってもアルゴロンを平定してから軍を返すしかないと思った。
アンプレラを発してロカーナの村を通過する頃には、軍中の諸侯の間ではクーザイトとの開戦を求める声が満ちていた。ここまで来てクーザイトと一戦もせずに帰国する、というのは難しく思えた。
軍の足取りは遅い。イシルクレドは854人の兵を率いて、村から村へと辿りながら軍を進めた。
途中、ノルタニサの村に立ち寄った。
「聞きましたか」
部将のペリクがしきりに騒いでいた。
この村では、魚がポンド当たり2デナール、チーズが5デナール、穀物も10デナールで売られているという。
「そうか、そりゃよかったな」
イシルクレドは腹を揺すって笑った。
「食い物の恨みは恐ろしいと申しますぞ」
傍らにいたハリドはずっと軽口を叩いていた。
「帰りもここに寄るとしよう」
イシルクレドは反乱軍の勢力圏にあるヘタニアの集落を襲撃し、アルゴロンへと迫った。
アルゴロンは島であった。大橋の向こうの城塞には500人ほどが籠もっているという。
イシルクレドは慎重であった。
イシルクレドは麾下の工兵たちに攻城塔を1機、トレビシェ(投石機)を4機用意するよう命じた。攻城兵器の組み立てには時間が掛かる。イシルクレドは長期戦を見越して十分な食糧を準備していた。
数日包囲を続けたところで、敵の城兵たちはすでに逃げ出しているとの報が入った。投石を続けさせると城側からの反撃もほとんど無くなりつつあるという。
城に面する丘の上からその様子を見ていたイシルクレドは、一気に攻城塔を城壁に寄せさせた。弓兵を展開して散々に矢を射掛けさせ、先陣と第二陣を突入させた頃には勝負はすでに決していた。
あっという間であった。しかも、城方の兵を174人屠り、109人を捕らえたのに対し、味方の死者は僅か9人であったという。

「いやはや、強いことよ」
ハリドは本陣の幕舎内で団扇を仰ぎながら笑った。
事実、イシルクレドの軍は最強に思えた。
帝国内を席巻して西帝国を滅ぼし、北帝国を退け、南帝国を追い詰めた今となっては最早敵はいないように見える。
「もう軍を帰そう」
イシルクレドは思った。
幸いにも、クーザイトと開戦することはなかった。
イシルクレドは、クーザイトに興味はない。わざわざ遠くの荒れ地に遠征して戦い続けるのは辛かった。
それよりも、引き返してバッタニアとの戦いに備えたいと思った。
もし、スタルジアが宣戦してきた場合は、バッタニアとまとめて相手にすればよいと考えた。
それと気になることがあった。自らの領地の収支が悪くなりつつあると感じているのである。
ラノック・ヘン城を奪われたことに加え、他の諸都市に駐屯させている駐屯兵の維持費が嵩んでいるのである。ジャルマリスには526人もの兵を駐屯させている。すでに帝国からの脅威は去った今、この中途半端な片田舎の都市に置いておくには多過ぎると思った。
ジャルマリスの兵を北に向けバッタニアとの戦いに備えさせるか、何らかの方策が必要であるとイシルクレドは考え込んでいた。
すでに十八もの諸侯家を従えた今となっては、自ら軍を率いなくとも、他勢力を圧倒できるのではとも考えたのである。
イシルクレドは、諸将を集めて軍議を催した。
イシルクレドの軍には、十四人もの諸侯が付き従っている。
連戦に次ぐ連戦により満身創痍の者も多く、僅かな兵しか引き連れていない者もいた。
全軍の点呼をさせてイシルクレドは、ラサンド、ソカタイ、ソムンド、アマルグン、エレドゥランなどに帰還を命じた。
彼らは、ほっとした様子で兵をまとめて帰還していった。
主力のティノプシス、ヴォレリック、ファーンハードとペリクを残した。それでも兵数は758人もいた。
「さぁ、ジャルマリスへ帰ろう」
イシルクレドは西方を指し示した。

北帝国領に差し掛かった頃、にわかに陣中が慌ただしくなった。
部将のペリクが駆け込んできた。
「今度はどうした」
川向うに敵らしき軍勢がいるという。
「敵勢とな?」
イシルクレドは首を傾げた。北帝国とは休戦している。周りにはこれといった勢力はないはずである。
聞くと、アルゴロンの残党が隊商を襲っているという。
「いちいちその辺の盗賊に我らの足速で追いつけまい」
イシルクレドにとって路傍の隊商がどうなろうとどうでもよいことであった。
しかし斥候が戻って言うには、アルゴロンの残党たちは街道に屯したまま襲った隊商の貨物の収奪に余念がないという。
「一戦して蹴散らしましょう」
ペリクが威勢よく主張した。丁度アルゴロンの残党たちは行く手の橋を塞ぐかたちで散開しているという。

イシルクレドは戦闘の準備を命じた。
イシルクレドの陣立ては細かい。
今回も盾を持たせた重装歩兵を先陣に立たせ、二陣に主力の歩兵を折り敷かせた。
さらにその後ろには鶴翼の形に弓兵を展開させ、その後列にはそれぞれ槍や矛を持たせた歩兵を置いて騎兵に対する護衛とした。最両翼には騎兵を置き、ペリクとファーンハードに率いさせた。
実はイシルクレドの軍の主力は弓兵たちであった。最前線で揉み合ううちに、敵勢に矢の雨を降らせるのである。
であるので、イシルクレドはいつも布陣にこだわった。なるべく高地を占め、山のように動かないのである。
折しも、イシルクレドたちが川沿いに陣を敷くと、敵が右往左往するのが手に取るように見て取れた。
イシルクレドは一気に軍を前進させ、敵が崩れるところに騎兵を突撃させた。
敵は脆く、一瞬のうちに片はついた。這々の体で逃げ惑う敵を掃討し、敵の指導者のラヴァリオスとナルミスを捕らえてイシルクレドは凱旋した。

その後、近くのダイアトマに立ち寄った際、ファーンハードが訪ねてきた。
彼はこの遠征中にもうひと働きできないか、という。
ジャルマリスに帰る前に、エピクロテアを落とそうというのである。
「この人数であれば落とせましょう」
エピクロテアはもとは帝国領であったが今は勢力を伸ばしたバッタニアに支配されている。バッタニアの最東の都市であり、北はスタルジアとも隣接している。この地を取っておくことで、バッタニアを追い込み、さらにはスタルジアへの攻め口を確保することにもなるというのである。
悪くはない、とイシルクレドは思った。どのみち、故郷に800人も連れ帰ったところでどうしようもないことは明白であった。
「そうしよう」
イシルクレドは次の目標をエピクロテアに変えることとした。
イシルクレドの軍は軍議でエピクロテアへの道筋を確認したあと、スタルジアの飛び地となっているレーソス城を経て、ディオパレスの村に至り、ここで兵糧となる穀物を仕入れた。
そしてそのまま軍を進めてバッタニアのスタティモスの村を素通りしてエピクロテアに至った。
盆地の街道を行くこと数日したところで先陣の斥候が馳せ戻ってきて彼方を指差した。
「エピクロテアはすでに城門を固めております」
大河を背にしたエピクロテアの城壁内には539人もの兵が籠もっているという。
「陥とせようか」
味方の数は802人である。イシルクレドは少し不安にもなった。
「やってみねば分からんでしょう」
ついてきている諸将はみな楽観的である。
イシルクレドは、いつものごとく諸将にそれぞれ攻城塔やトレビュシェ(投石機)の建造を命じてから包囲陣の様子を見て回った。
「敵に援軍は参りますまい」
首席参謀のハリドは言った。
イシルクレドも同意見であった。
ヴランディアはイシルクレドの他にも有力諸侯のへカルドやアルドリックの軍勢がバッタニアの拠点を攻めていた。東の端のここまで援軍を派遣する余力は無いと思えた。
しかし、エピクロテアには食糧が豊富にあるようで、兵糧攻めは難しそうであった。
「こうなりゃ力攻めだな」
腹を括って包囲を続けるイシルクレドのもとに、また一報が入った。
北帝国が叛旗を翻したというのであった。イシルクレドの軍はここに到るまで北帝国の領内を通過してきたばかりである。
「ほう」
イシルクレドは驚かなかった。むしろ僥倖とさえ思った。
北帝国なら南帝国、バッタニアとまとめて相手にできると思ったのである。むしろ、目と鼻の先にある拠点を攻め進んで北帝国の息の根を止める機会であると思った。
イシルクレドは包囲中のエピクロテアに昼夜を問わず投石を行い、頃合いを見計らって攻城塔を使って城壁内に歩兵を送り込んだ。


イシルクレドの軍はあっという間に突入し、エピクロテアを陥とした。
「なんとか勝つことかできた」
イシルクレドは胸を撫で下ろした。イシルクレドの軍はやはり強かった。
城内に入りひと息つく間もなく、南方より立て続けに急報が届いた。
すでにヴァラゴス城やゲルセゴス城が北帝国軍に包囲されているという。
「手が早いな」
あまりの攻勢の早さに、北帝国は準備を進めていたのであろうと思った。
「メカロヴェアをお忘れめさるな」
ハリドは軍議で絵図の中央を何遍も叩いた。
バッタニア領のメカロヴェア城はエピクロテアと目と鼻の先にある。エピクロテアの城内からメカロヴェア城が見えるほどの距離であった。
「あの目障りな城を残しては去れませぬ」
ハリドは重ねて言った。
イシルクレドにも否やは無い。目の前のメカロヴェア城を平らげてから北帝国を掃除しに行けばよいと考えた。
「結局ジャルマリスには帰れそうにはありませんな」
帰国するはずであったのが転戦を続ける羽目になり、ハリドは団扇をくるくると回しながら皮肉を言った。



フロライドの軍勢を蹴散らした。

メカロヴェア城には343人の兵がいるという。

包囲した。


プレイ感想

  • 操作は難しいが戦場を駆け回って粉塵の中で軍勢を指揮できるゲーム性は唯一無二。

  • ゲームのアップデートのペースが遅いらしく最新版に適合する定番のMODがなかなか見当たらない。ゲームがアップデートされるとMODやその日本語化MODもアップデートを迫られるため。

  • ゲームのバージョンがアップされると昔のバージョンのセーブデータは見ることもできなくなる。

  • 中世の時代観であるが将軍として女性が多く登場しまくるのが違和感有り。

  • 軍備を整えて大軍勢を率いても不利を悟った敵は逃げ続けるので騎兵中心の編成でないとなかなか戦闘に持ち込めない。歩兵中心の戦い方をしていると追いかけっこが続きストレスが溜まる。

  • 村を略奪されて都市の食料が枯渇したらなかなか為す術がない。

  • 鍛冶、能力値・パークの割り振り、政策など何も手を付けなかったが毎日の金銭収支を黒字にして財力を蓄えればゲームを進めることができる。

  • 攻城包囲では壁を崩したり防御側の投擲兵器を破壊したタイミングで戦闘開始できたりとプレイヤーに有利な仕様になっている。

  • たまたま士官先のダートハート王が崩御し跡を継いで王になったが勝ち進むと城を落としていくだけの単調作業になる。

  • 王になっても味方の軍団に攻撃目標や拠点防衛などの指示などを出せないのでなんとかするためには結局自分で駆け回らなくてはならなくなる。

  • 医療スキルを持っていると指揮下の兵が死ににくくなるのでコンパニオンを全て医療系の者にして兵を持たせれば有利になってしまうのではと思った。

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最終更新:2025年04月23日 22:48