御意見無用'82
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概要
『御意見無用'82』は、チャゲ&飛鳥が1982年7月から12月にかけて開催した全国コンサートツアー。
1982年7月1日の埼玉会館公演から、同年12月25日の新宿コマ劇場公演まで、全国62か所で全64公演が行われた。
同年5月25日に発売されたシングル「熱い想い」および、映画『真紅な動輪』のオリジナル・サウンドトラック・アルバム『熱い想い』の時期に開催された。
公演冒頭には、チャゲと飛鳥が出演するオリジナルフィルムが上映された。
映像では、二人が起床して身支度を整え、コンサート会場へ向かうまでがコミカルに描かれた。
フィルムの終了と同時に、実際のチャゲと飛鳥がスクリーンの向こう側から登場し、そのまま「御意見無用'82」の演奏へ入った。
映像内の二人が現実のステージへ抜け出したように見せる、映像とライブを連続させた演出が本ツアーの特徴となった。
ツアー期間中には、通常日程とは別に、名古屋城深井丸、つま恋エキシビジョンホール、大阪城西の丸庭園で『THE 夏祭り'82』が開催された。
ツアーファイナルは当初、日本武道館で開催する構想があったが、最終的には1982年12月23日から25日までの新宿コマ劇場3日間公演として実施された。
新宿コマ劇場公演には4万通を超えるチケット申し込みが寄せられ、3公演すべてが完売した。
後年の資料では、チャゲ&飛鳥は1982年のニューミュージック界における年間コンサート観客動員数第1位を記録したと紹介されている。
1982年7月1日の埼玉会館公演から、同年12月25日の新宿コマ劇場公演まで、全国62か所で全64公演が行われた。
同年5月25日に発売されたシングル「熱い想い」および、映画『真紅な動輪』のオリジナル・サウンドトラック・アルバム『熱い想い』の時期に開催された。
公演冒頭には、チャゲと飛鳥が出演するオリジナルフィルムが上映された。
映像では、二人が起床して身支度を整え、コンサート会場へ向かうまでがコミカルに描かれた。
フィルムの終了と同時に、実際のチャゲと飛鳥がスクリーンの向こう側から登場し、そのまま「御意見無用'82」の演奏へ入った。
映像内の二人が現実のステージへ抜け出したように見せる、映像とライブを連続させた演出が本ツアーの特徴となった。
ツアー期間中には、通常日程とは別に、名古屋城深井丸、つま恋エキシビジョンホール、大阪城西の丸庭園で『THE 夏祭り'82』が開催された。
ツアーファイナルは当初、日本武道館で開催する構想があったが、最終的には1982年12月23日から25日までの新宿コマ劇場3日間公演として実施された。
新宿コマ劇場公演には4万通を超えるチケット申し込みが寄せられ、3公演すべてが完売した。
後年の資料では、チャゲ&飛鳥は1982年のニューミュージック界における年間コンサート観客動員数第1位を記録したと紹介されている。
ツアーデータ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ツアー名 | 御意見無用'82 |
| 出演 | チャゲ&飛鳥 |
| 開催期間 | 1982年7月1日~12月25日 |
| 公演数 | 全64公演 |
| 開催地数 | 全国62か所 |
| 初日 | 埼玉会館 |
| 最終日 | 新宿コマ劇場 |
| 関連作品 | 熱い想い |
| バックバンド | 火魔神 |
| オープニング演出 | チャゲと飛鳥が出演するオリジナルフィルム |
| 公演番号 | 122~185 |
開催日程
| 日程 | 会場 | 開催地 | 備考 | 公演番号 |
|---|---|---|---|---|
| 1982年7月1日(木) | 埼玉会館 | 埼玉県 | ツアー初日 | 122 |
| 1982年7月2日(金) | 柏市文化会館 | 千葉県 | 123 | |
| 1982年7月8日(木) | 群馬県民会館 | 群馬県 | 124 | |
| 1982年7月10日(土) | 熊谷市民会館 | 埼玉県 | 125 | |
| 1982年7月14日(水) | 宮崎市民会館 | 宮崎県 | 126 | |
| 1982年7月15日(木) | 鹿児島文化センター | 鹿児島県 | 127 | |
| 1982年7月16日(金) | 大分文化会館 | 大分県 | 128 | |
| 1982年7月23日(金) | 郡山市民会館 | 福島県 | 129 | |
| 1982年7月26日(月) | 岩手県民会館 | 岩手県 | 130 | |
| 1982年8月18日(水) | 秋田県民会館 | 秋田県 | 131 | |
| 1982年8月19日(木) | 青森市民会館 | 青森県 | 132 | |
| 1982年8月21日(土) | 弘前市民会館 | 青森県 | 133 | |
| 1982年8月22日(日) | 八戸市公会堂 | 青森県 | 134 | |
| 1982年8月24日(火) | 福島県文化センター | 福島県 | 135 | |
| 1982年8月25日(水) | 宮城県民会館 | 宮城県 | 136 | |
| 1982年8月26日(木) | 会津若松市民会館 | 福島県 | 137 | |
| 1982年8月31日(火) | 新潟県民会館 | 新潟県 | 138 | |
| 1982年9月2日(木) | 長野市民会館 | 長野県 | 139 | |
| 1982年9月3日(金) | 富山市公会堂 | 富山県 | 140 | |
| 1982年9月14日(火) | 札幌厚生年金会館 | 北海道 | 141 | |
| 1982年9月15日(水) | 室蘭市文化センター | 北海道 | 142 | |
| 1982年9月17日(金) | 釧路市民文化会館 | 北海道 | 143 | |
| 1982年9月25日(土) | 那覇市労働福祉会館 | 沖縄県 | 144 | |
| 1982年9月29日(水) | 中津市文化会館 | 大分県 | 145 | |
| 1982年9月30日(木) | 福岡市民会館 | 福岡県 | 146 | |
| 1982年10月3日(日) | 長浜市民会館 | 滋賀県 | 147 | |
| 1982年10月4日(月) | 京都会館 第一ホール | 京都府 | 148 | |
| 1982年10月6日(水) | 宇都宮市文化会館 | 栃木県 | 149 | |
| 1982年10月7日(木) | 茨城県民文化センター | 茨城県 | 150 | |
| 1982年10月9日(土) | 千葉県文化会館 | 千葉県 | 151 | |
| 1982年10月14日(木) | 松山市民会館 | 愛媛県 | 152 | |
| 1982年10月15日(金) | 高松市民会館 | 香川県 | 153 | |
| 1982年10月16日(土) | 高知県民文化ホール | 高知県 | 154 | |
| 1982年10月18日(月) | 徳島文化センター | 徳島県 | 155 | |
| 1982年10月21日(木) | 都城市民会館 | 宮崎県 | 156 | |
| 1982年10月22日(金) | 佐賀市民会館 | 佐賀県 | 157 | |
| 1982年10月24日(日) | 枕崎市民会館 | 鹿児島県 | 158 | |
| 1982年10月25日(月) | 田川市文化センター | 福岡県 | 159 | |
| 1982年10月27日(水) | 大村市民会館 | 長崎県 | 160 | |
| 1982年10月28日(木) | 島原文化会館 | 長崎県 | 161 | |
| 1982年11月1日(月) | 武生市民会館 | 福井県 | 162 | |
| 1982年11月2日(火) | 大津市民会館 | 滋賀県 | 163 | |
| 1982年11月4日(木) | 名古屋市民会館 | 愛知県 | 164 | |
| 1982年11月5日(金) | 豊橋勤労福祉会館 | 愛知県 | 165 | |
| 1982年11月6日(土) | 伊勢観光会館 | 三重県 | 166 | |
| 1982年11月8日(月) | 大阪フェスティバルホール | 大阪府 | 167 | |
| 1982年11月13日(土) | 平塚市民センター | 神奈川県 | 168 | |
| 1982年11月19日(金) | 防府市公会堂 | 山口県 | 169 | |
| 1982年11月21日(日) | 出雲市民会館 | 島根県 | 170 | |
| 1982年11月22日(月) | 福山市民会館 | 広島県 | 171 | |
| 1982年11月24日(水) | 広島郵便貯金ホール | 広島県 | 172 | |
| 1982年11月25日(木) | 岡山市民会館 | 岡山県 | 173 | |
| 1982年11月30日(火) | 神奈川県民大ホール | 神奈川県 | 174 | |
| 1982年12月6日(月) | 高槻市民会館 | 大阪府 | 175 | |
| 1982年12月7日(火) | 和歌山市民会館 | 和歌山県 | 176 | |
| 1982年12月8日(水) | 神戸国際会館 | 兵庫県 | 177 | |
| 1982年12月10日(金) | 奈良県文化会館 | 奈良県 | 178 | |
| 1982年12月12日(日) | 長崎市公会堂 | 長崎県 | 179 | |
| 1982年12月14日(火) | 熊本市民会館 | 熊本県 | 180 | |
| 1982年12月15日(水) | 小倉市民会館 | 福岡県 | 181 | |
| 1982年12月16日(木) | 福岡サンパレス | 福岡県 | 182 | |
| 1982年12月23日(木) | 新宿コマ劇場 | 東京都 | 新宿コマ劇場公演初日 | 183 |
| 1982年12月24日(金) | 新宿コマ劇場 | 東京都 | 184 | |
| 1982年12月25日(土) | 新宿コマ劇場 | 東京都 | ツアー最終日 | 185 |
ツアータイトル
ツアータイトルの『御意見無用'82』は、チャゲ&飛鳥の楽曲「御意見無用」に由来する。
「御意見無用'82」は、1982年5月25日に発売されたサウンドトラック・アルバム『熱い想い』へ収録された。
公演冒頭のオリジナルフィルムが終了すると、実際のチャゲと飛鳥がステージへ登場し、そのまま同曲の演奏へ入った。
参考として伝えられているツアー最終日の曲目でも、「御意見無用'82」が1曲目に配置されている。
ただし、ツアー期間中の全64公演で、完全に同じオープニングと曲順が使用されたかどうかは確認できていない。
「御意見無用'82」は、1982年5月25日に発売されたサウンドトラック・アルバム『熱い想い』へ収録された。
公演冒頭のオリジナルフィルムが終了すると、実際のチャゲと飛鳥がステージへ登場し、そのまま同曲の演奏へ入った。
参考として伝えられているツアー最終日の曲目でも、「御意見無用'82」が1曲目に配置されている。
ただし、ツアー期間中の全64公演で、完全に同じオープニングと曲順が使用されたかどうかは確認できていない。
オープニングフィルム
本ツアーでは、チャゲと飛鳥自身が出演するオリジナルのオープニングフィルムが制作された。
開演前のステージには、紗幕を利用したスクリーンが設置された。
映像は東京の佃島や、目黒エンペラー周辺などで撮影された。
通常の開演ベルに代わり、フィルムの中で鳴る目覚まし時計の音が、公演開始の合図として使用された。
場内が暗くなると、スクリーンに目覚まし時計が映し出され、寝乱れた姿のチャゲが腕を伸ばして時計を止めようとする場面から物語が始まった。
映像はコマ落としのような速いテンポで進み、チャゲと飛鳥が起床し、身支度を整え、コンサート会場へ向かうまでがコミカルに描かれた。
映像の終盤では、二人が会場へ到着し、ステージへ向かう様子が描かれた。
フィルムが終了すると同時に、実際のチャゲと飛鳥がスクリーンの向こう側から浮かび上がるように登場し、そのまま「御意見無用'82」の演奏が始まった。
映像内の二人と実際の出演者の動きを連続させることによって、フィルムの中の人物が現実のステージへ抜け出したように見せる構成だった。
映画とライブをひとつの流れとしてつなげたこの演出は、本ツアーを象徴する導入となった。
開演前のステージには、紗幕を利用したスクリーンが設置された。
映像は東京の佃島や、目黒エンペラー周辺などで撮影された。
通常の開演ベルに代わり、フィルムの中で鳴る目覚まし時計の音が、公演開始の合図として使用された。
場内が暗くなると、スクリーンに目覚まし時計が映し出され、寝乱れた姿のチャゲが腕を伸ばして時計を止めようとする場面から物語が始まった。
映像はコマ落としのような速いテンポで進み、チャゲと飛鳥が起床し、身支度を整え、コンサート会場へ向かうまでがコミカルに描かれた。
映像の終盤では、二人が会場へ到着し、ステージへ向かう様子が描かれた。
フィルムが終了すると同時に、実際のチャゲと飛鳥がスクリーンの向こう側から浮かび上がるように登場し、そのまま「御意見無用'82」の演奏が始まった。
映像内の二人と実際の出演者の動きを連続させることによって、フィルムの中の人物が現実のステージへ抜け出したように見せる構成だった。
映画とライブをひとつの流れとしてつなげたこの演出は、本ツアーを象徴する導入となった。
1982年の長期ツアー
チャゲ&飛鳥は、1982年2月から3月にかけて『'82春の陣 時代ヲ越エテ〈ドン・キホーテ〉ハ走ル』を開催した。
同ツアーでは、アルバム『黄昏の騎士』の世界観に合わせ、絵紗幕や照明を使った物語性のある舞台演出が行われた。
その後、5月25日にシングル「熱い想い」と、同名のサウンドトラック・アルバムを発売した。
7月1日からは、本ツアー『御意見無用'82』を開始した。
本ツアーは約半年間にわたって全国各地を巡り、前年の『コンサートツアー 熱風』を上回る全国62か所64公演が行われた。
当時および後年の資料では、ツアー規模を概数で「全国約70か所」「全国70か所」と紹介している場合もある。
本ページでは、公式公演年表に記録された公演番号122から185までの、全国62か所64公演を採用している。
同ツアーでは、アルバム『黄昏の騎士』の世界観に合わせ、絵紗幕や照明を使った物語性のある舞台演出が行われた。
その後、5月25日にシングル「熱い想い」と、同名のサウンドトラック・アルバムを発売した。
7月1日からは、本ツアー『御意見無用'82』を開始した。
本ツアーは約半年間にわたって全国各地を巡り、前年の『コンサートツアー 熱風』を上回る全国62か所64公演が行われた。
当時および後年の資料では、ツアー規模を概数で「全国約70か所」「全国70か所」と紹介している場合もある。
本ページでは、公式公演年表に記録された公演番号122から185までの、全国62か所64公演を採用している。
アルバム『熱い想い』
『熱い想い』は、映画『真紅な動輪』のオリジナル・サウンドトラックとして制作されたアルバム。
1982年5月25日に、同名シングルと同時発売された。
本ツアーのタイトル曲となった「御意見無用'82」のほか、「MARGARITA」「魅惑」「熱い想い」などが収録されている。
参考として伝えられている1982年12月25日の曲目では、これらの楽曲が演奏されたとされる。
一方、「翼」「万里の河」「ひとり咲き」など、それ以前の楽曲も演奏されており、ツアー最終日には新旧の楽曲を組み合わせた構成が取られていたとみられる。
ただし、ツアー全公演で同じ選曲や曲順が使用されたかどうかは確認できていない。
1982年5月25日に、同名シングルと同時発売された。
本ツアーのタイトル曲となった「御意見無用'82」のほか、「MARGARITA」「魅惑」「熱い想い」などが収録されている。
参考として伝えられている1982年12月25日の曲目では、これらの楽曲が演奏されたとされる。
一方、「翼」「万里の河」「ひとり咲き」など、それ以前の楽曲も演奏されており、ツアー最終日には新旧の楽曲を組み合わせた構成が取られていたとみられる。
ただし、ツアー全公演で同じ選曲や曲順が使用されたかどうかは確認できていない。
新曲「21世紀」
本ツアーでは、当時未発売だった新曲「21世紀」が披露された。
同曲は、翌1983年6月29日に発売されたアルバム『CHAGE&ASUKA IV -21世紀-』の表題曲として収録された。
本ツアーの期間中に開催された『THE 夏祭り'82』でも演奏されている。
正式発売に先駆けてライブで披露され、その後のチャゲ&飛鳥の活動を示す楽曲として紹介された。
ただし、本ツアーでの初演日や、どの公演で演奏されたのかは確認できていない。
同曲は、翌1983年6月29日に発売されたアルバム『CHAGE&ASUKA IV -21世紀-』の表題曲として収録された。
本ツアーの期間中に開催された『THE 夏祭り'82』でも演奏されている。
正式発売に先駆けてライブで披露され、その後のチャゲ&飛鳥の活動を示す楽曲として紹介された。
ただし、本ツアーでの初演日や、どの公演で演奏されたのかは確認できていない。
THE 夏祭り'82
本ツアー期間中には、通常のツアー日程とは別に『THE 夏祭り'82』が開催された。
| 日程 | 会場 | 開催地 | 観客数 |
|---|---|---|---|
| 1982年7月30日(金) | 名古屋城深井丸 | 愛知県 | 約6,000人 |
| 1982年8月8日(日) | つま恋エキシビジョンホール | 静岡県 | 約4,000人 |
| 1982年8月15日(日) | 大阪城西の丸庭園 | 大阪府 | 約15,000人 |
前年の田園コロシアム公演を起点とする夏の野外イベントを、名古屋、静岡、大阪の3会場へ拡大した公演となった。
大阪城西の丸庭園公演は、同会場で初めて開催されたコンサートとされる。
同公演は映像収録され、後に映像作品『THE夏祭り 大阪城LIVE』として発売された。
公演内容、セットリスト、舞台演出および映像作品については、『THE 夏祭り'82』を参照。
大阪城西の丸庭園公演は、同会場で初めて開催されたコンサートとされる。
同公演は映像収録され、後に映像作品『THE夏祭り 大阪城LIVE』として発売された。
公演内容、セットリスト、舞台演出および映像作品については、『THE 夏祭り'82』を参照。
1982年の観客動員
後年の回顧資料では、チャゲ&飛鳥は1982年のニューミュージック界における年間コンサート観客動員数第1位を記録したと紹介されている。
同年には、本ツアーのほか、『'82春の陣 時代ヲ越エテ〈ドン・キホーテ〉ハ走ル』と『THE 夏祭り'82』が開催された。
前年から引き続き全国規模の公演活動を行い、ホールツアーだけでなく、大規模な野外公演にも活動を広げた。
ただし、年間順位を集計した機関、集計対象となった公演、正確な年間総動員数については確認できていない。
同年には、本ツアーのほか、『'82春の陣 時代ヲ越エテ〈ドン・キホーテ〉ハ走ル』と『THE 夏祭り'82』が開催された。
前年から引き続き全国規模の公演活動を行い、ホールツアーだけでなく、大規模な野外公演にも活動を広げた。
ただし、年間順位を集計した機関、集計対象となった公演、正確な年間総動員数については確認できていない。
当初計画された日本武道館公演
本ツアーの最終公演は、当初、日本武道館で開催する構想が立てられていた。
マネージャーの渡辺徹二は、当時のチャゲ&飛鳥の観客動員力であれば、約1万人規模の日本武道館公演を成立させられると判断していた。
しかし、社内上層部から、チャゲ&飛鳥が日本武道館公演を行うのはまだ早いという趣旨の意見が出され、計画は実現しなかった。
その結果、ツアーファイナルは、新宿コマ劇場での3日間公演として開催されることになった。
飛鳥は後年、日本武道館で勝負するつもりだったため、公演計画の変更を、機会を失ったように感じたという趣旨で振り返っている。
また、新宿コマ劇場3公演と日本武道館1公演では、公演後に生まれる話題性や口コミの広がりも異なったはずだと考えていた。
マネージャーの渡辺徹二は、当時のチャゲ&飛鳥の観客動員力であれば、約1万人規模の日本武道館公演を成立させられると判断していた。
しかし、社内上層部から、チャゲ&飛鳥が日本武道館公演を行うのはまだ早いという趣旨の意見が出され、計画は実現しなかった。
その結果、ツアーファイナルは、新宿コマ劇場での3日間公演として開催されることになった。
飛鳥は後年、日本武道館で勝負するつもりだったため、公演計画の変更を、機会を失ったように感じたという趣旨で振り返っている。
また、新宿コマ劇場3公演と日本武道館1公演では、公演後に生まれる話題性や口コミの広がりも異なったはずだと考えていた。
新宿コマ劇場3日間公演
本ツアーは、1982年12月23日から25日までの新宿コマ劇場3日間公演で終了した。
新宿コマ劇場は、半円状に広がる客席が舞台を囲むように配置された劇場だった。
当時は演歌歌手や歌謡曲の公演に使用されることが多く、チャゲ&飛鳥のようなニューミュージック系アーティストが同劇場でコンサートを行うのは珍しかった。
チャゲと飛鳥にとっても初めて使用する会場であり、公演前には不安もあったという。
実際にステージへ立つと公演を行いやすく、二人は、自分たちのために作られたような会場だったという趣旨で振り返っている。
最終日の12月25日公演でも、目覚まし時計の音を合図にオープニングフィルムが上映された。
フィルムの終了と同時に実際のチャゲと飛鳥が登場し、「御意見無用'82」の演奏へつながった。
新宿コマ劇場は、半円状に広がる客席が舞台を囲むように配置された劇場だった。
当時は演歌歌手や歌謡曲の公演に使用されることが多く、チャゲ&飛鳥のようなニューミュージック系アーティストが同劇場でコンサートを行うのは珍しかった。
チャゲと飛鳥にとっても初めて使用する会場であり、公演前には不安もあったという。
実際にステージへ立つと公演を行いやすく、二人は、自分たちのために作られたような会場だったという趣旨で振り返っている。
最終日の12月25日公演でも、目覚まし時計の音を合図にオープニングフィルムが上映された。
フィルムの終了と同時に実際のチャゲと飛鳥が登場し、「御意見無用'82」の演奏へつながった。
4万通を超えるチケット申し込み
新宿コマ劇場3日間公演のチケットは、郵送による申し込み方式で受け付けられた。
申し込みは4万通を超え、3日間の総座席数を大幅に上回った。
そのためチケットは抽選となり、多くのファンが入場券を入手できなかった。
3日間のチケットはすべて完売した。
日本武道館公演は実現しなかったものの、4万通を超える申し込みは、当時のチャゲ&飛鳥が大規模会場を必要とするほどの観客動員力を持っていたことを示す出来事となった。
申し込みは4万通を超え、3日間の総座席数を大幅に上回った。
そのためチケットは抽選となり、多くのファンが入場券を入手できなかった。
3日間のチケットはすべて完売した。
日本武道館公演は実現しなかったものの、4万通を超える申し込みは、当時のチャゲ&飛鳥が大規模会場を必要とするほどの観客動員力を持っていたことを示す出来事となった。
クリスマス仕様の舞台
新宿コマ劇場公演は、12月23日から25日まで開催されたため、クリスマスを意識した舞台美術が用意された。
ステージにはクリスマスツリーが設置され、銀色の雪を表現した吊り物などの装飾が施された。
舞台には、出演者が移動するためのスロープも設けられた。
ステージ前面には「CHAGE&ASUKA」と記された行灯が配置され、通常のツアー公演とは異なる、ツアーファイナル独自の舞台が作られた。
ステージにはクリスマスツリーが設置され、銀色の雪を表現した吊り物などの装飾が施された。
舞台には、出演者が移動するためのスロープも設けられた。
ステージ前面には「CHAGE&ASUKA」と記された行灯が配置され、通常のツアー公演とは異なる、ツアーファイナル独自の舞台が作られた。
セットリスト
1982年12月25日 新宿コマ劇場(東京都)
開演時にはオリジナルフィルムが上映され、映像終了と同時にチャゲと飛鳥が登場して「御意見無用'82」へ入った。
この曲順は、1982年12月25日の新宿コマ劇場公演のものとして伝えられている。
現時点では、曲順を確認できる公式資料または当時の一次資料を特定できていないため、参考情報として掲載する。
公演時期や会場によって、曲目および曲順が変更された可能性がある。
当時未発売だった「21世紀」が、同日の公演でも演奏されたかどうかは確認できていない。
現時点では、曲順を確認できる公式資料または当時の一次資料を特定できていないため、参考情報として掲載する。
公演時期や会場によって、曲目および曲順が変更された可能性がある。
当時未発売だった「21世紀」が、同日の公演でも演奏されたかどうかは確認できていない。
ツアー最終日
1982年12月25日、新宿コマ劇場でツアー最終公演が開催された。
同公演は、新宿コマ劇場3日間公演の最終日であると同時に、約半年間にわたって全国62か所を巡った『御意見無用'82』の最終公演となった。
当日は午後4時45分頃、目覚まし時計の音を合図にオープニングフィルムが始まった。
フィルムの中でコンサートへ向かった二人と重なるように、実際のチャゲと飛鳥が登場し、「御意見無用'82」の演奏からステージが始まった。
参考として伝えられている曲目では、「歌いつづける」で公演を終了したとされる。
3日間の全公演が完売する中で、1982年の長期ツアーを締めくくった。
同公演は、新宿コマ劇場3日間公演の最終日であると同時に、約半年間にわたって全国62か所を巡った『御意見無用'82』の最終公演となった。
当日は午後4時45分頃、目覚まし時計の音を合図にオープニングフィルムが始まった。
フィルムの中でコンサートへ向かった二人と重なるように、実際のチャゲと飛鳥が登場し、「御意見無用'82」の演奏からステージが始まった。
参考として伝えられている曲目では、「歌いつづける」で公演を終了したとされる。
3日間の全公演が完売する中で、1982年の長期ツアーを締めくくった。
ツアー終了後
『御意見無用'82』は、1982年12月25日の新宿コマ劇場公演をもって終了した。
翌1983年6月29日には、4作目のオリジナルアルバム『CHAGE&ASUKA IV -21世紀-』が発売された。
同年7月からは、新たな全国ツアー『21世紀への招待 Part 1』が開催された。
日本武道館でのツアーファイナルは実現しなかったが、新宿コマ劇場公演への4万通を超える申し込みは、チャゲ&飛鳥の活動規模が次の段階へ進んでいたことを示した。
翌1983年6月29日には、4作目のオリジナルアルバム『CHAGE&ASUKA IV -21世紀-』が発売された。
同年7月からは、新たな全国ツアー『21世紀への招待 Part 1』が開催された。
日本武道館でのツアーファイナルは実現しなかったが、新宿コマ劇場公演への4万通を超える申し込みは、チャゲ&飛鳥の活動規模が次の段階へ進んでいたことを示した。
ツアーの位置づけ
前年の『コンサートツアー 熱風』では、全国57か所59公演を行い、チャゲ&飛鳥は全国規模のライブアーティストとしての基礎を築いた。
1982年春の『'82春の陣 時代ヲ越エテ〈ドン・キホーテ〉ハ走ル』では、アルバムの世界観と舞台美術を結び付け、物語性のあるステージを制作した。
本ツアーでは、さらにオリジナルフィルムと実際のステージを連続させ、映像の中から出演者が現実へ登場するような演出を導入した。
約半年間にわたる全国62か所64公演、大規模な野外公演、新宿コマ劇場3日間公演を通じて、チャゲ&飛鳥のライブ活動は、動員規模と舞台表現の両面で拡大した。
日本武道館公演は見送られたものの、新宿コマ劇場公演への申し込み数は、すでに武道館規模の観客需要が存在していたことを示すものとなった。
1982年春の『'82春の陣 時代ヲ越エテ〈ドン・キホーテ〉ハ走ル』では、アルバムの世界観と舞台美術を結び付け、物語性のあるステージを制作した。
本ツアーでは、さらにオリジナルフィルムと実際のステージを連続させ、映像の中から出演者が現実へ登場するような演出を導入した。
約半年間にわたる全国62か所64公演、大規模な野外公演、新宿コマ劇場3日間公演を通じて、チャゲ&飛鳥のライブ活動は、動員規模と舞台表現の両面で拡大した。
日本武道館公演は見送られたものの、新宿コマ劇場公演への申し込み数は、すでに武道館規模の観客需要が存在していたことを示すものとなった。
備考
- 当時および後年の資料では、本ツアーを概数で「全国約70か所」「全国70か所」と表現している場合がある。本ページでは、公式公演年表の全国62か所64公演を採用している。
- オープニングフィルムの上映時間は、資料によって約7分または約11分とされており、表記が一致していない。
- 1982年12月25日のセットリストは、出典となる公式資料または当時の一次資料を特定できていないため、参考情報として掲載している。
- 1982年の年間観客動員数第1位については、集計機関、集計対象および正確な年間総動員数を確認できていない。
- 全64公演で同一のオープニングフィルムと登場演出が使用されたかどうかは確認できていない。
- 本ツアーを全編収録したライブアルバムおよび映像作品は確認できていない。
- 会場名は公演当時の名称を使用しており、後年に改称または閉館した施設も含まれる。
- 掲載しているセットリストには、公演参加者によるレポートや記録をもとにした情報を含む場合がある。曲目や曲順などは、参考情報として掲載している。









