1942年 第31統合飛行隊アフリカ基地 滑走路



炊事班員「今日はミートスパゲッティだぞー!女の子から並んでくれよな!」ガヤガヤ

加東「やっぱりロマーニャのご飯はおいしいわね」

マルセイユ「ああ。それにミートスパゲッティは好きだしな」

加東「へえ、以外ね。てっきり芋かと思っていたわ」

マルセイユ「思い出の味ってやつだよ」


稲垣「おいしい…おかわりください!」

ペットゲン「マミ、食べすぎは午後にひびくよ」

稲垣「うぅ…でもやっぱりおかわりですっ!」タタッ

ペットゲン「じゃあ私も!」タタッ キャッキャッ


炊事班員a「軍曹、少尉、ゆっくり食べるんだよ」(かわいい…)ホワー
炊事班員b「今日も可愛いね!ソース多めだよ!」(超かわいい)ポッ
炊事班員c「食べ終わったら一緒にエスプレッソ、お昼寝なんかどうだい?」(俺アフリカに来てよかった…!)ブワッ

パットン「儂もだ。もちろんお嬢ちゃん達の後にな!」

ガールズ「「「私たちもよ!!」」」

ワッハッハキャッキャッウフフ


加東「あら、思い出が消えていくわ」

マルセイユ「ケイ、お前ついに駄目になったのか?…頭が」


つらつらとめちゃくちゃな軽口をたたき合いながらマルセイユと加東は昼食をほおばる。
毎度ながらロマーニャの食は最高だと加東は思う。
あのモントゴメリーですらしっかり平らげるのだから、さすが、元はであるが世界最高の帝国である。

おかわりしようかなぁ…でも午後も出撃だな…そんな思いを巡らせている加東の耳にザリザリと砂を踏みしめる音が届く。
ひょいと顔をあげればソースを口の端にくっ付けたアフリカが誇る三将の一角、ジョージ・S・パットン少将がこちらを見下ろしていた…何かを背中に隠しながら。


パットン「やあ少佐。実は謝らねばならん事があるのだよ」ハッハッハ

加東「なんでしょうか?」(ソース…教えた方がいいのかな)

パットン「人員派遣の報告書だ。儂としたことが忘れていたのだよ。ちなみに今日来ることになっている」

加東「ああ、その位なら平気ですよ。最近結構バタバタし…て…!?」カラーン


手渡された報告書を見るなり加東の動きが停止する。肘が当たり、皿に控えたフォークが長机に転げ落て行くが、悲しきかな、今の加東にそれを理解する程の余裕はなかった。

隣で無心にスパゲッティをほおばっていたマルセイユも思わず加東を見遣る。
青褪めて震える加東を捉えると、ぎょっとしながらも自身も報告書を覗き込んだ。


マルセイユ「!?どうしたケイ?まずい思い出だったのか!?」ガバッ

加東「的外れのようで的を得ているわ。さすがアフリカの星…」

パットン「なんだ、少佐。奴を知っているか!ならば話は早いな。はっはっは!」

加東「…取り消しは?」

パットン「却下だ」


ザワザワ…


マルセイユ「ケイ、誰が来るんだ?どうせ一人だろう?」

加東「最低の男よ…ロマーニャ空軍第3航空団所属 特殊戦略飛行隊隊長 俺少尉…」

連合軍将兵「!?」ガタッ


震える声で加東がその『最低の男』の所属と名を聞いた途端、その場にいた約2000程の兵が動きを止める。
ある者は名を聞いた瞬間に格納庫へと走り出し、またある者は椅子を蹴倒し立ち上がっていた。思わず腰の銃の安全装置を外す者は一人や二人ではない。


連合軍将A「お、俺少尉!?少佐、本当にあの虎が来るんですか!?」ガタンッ
連合軍兵a「まさかご冗談でしょう?」カタカタ
連合軍将C「…早く女の子達を避難させないと!」ガタタッ

炊事班員1「ど、どうする!?解体するか!?解体!!」
炊事班員3「おま!女の子が怖がるから包丁下げろ!!」
炊事班長「……天は、我等を見捨てたか」ギリィ



パットン「ほう、あの小僧も有名になったものだな」


愉快そうにパットンが笑い、葉巻を取りだす。さっと背後に控えた従兵がマッチを出すが片手を挙げて制した。
すでに加東はがっくりと項垂れ、報告書を見ながらぶつぶつと謎の呪文を呟いていた。


稲垣「えっと、とらさんが来るんですか?」アセアセ

ペットゲン「マミは聞かなくても平気だよ」(私の記憶が正しければ…)ピト

加東「ライーサ、あなたも聞かなくて平気よ」ピト

マルセイユ「…誰だ?」

加東「新聞くらい読みなさい…」

マルセイユ「ケイが取ってくれたら読むさ」モグモグ


加東「…身長189cm、体重92kg、使用機体Bf109、…本来銃殺刑のはずであったが、前線配備ということで見送り。
   追記・戦果を挙げれば取り消しもあるかもしれません。女の事さえなければいい奴ですので、どうかアフリカの皆さんこの馬鹿をお願い致します。
   ロマーニャ公国空軍少将より…」

パットン「その少将とは古い付き合いでな。何、それを取ってもいいパイロットだ。殺すに惜しい。
     ここなら上の目を掻い潜れるからな。儂がアフリカに推薦したのさ……奴には恩があるしな」ボソッ


自分に言い聞かせるようにパットンがほそりと呟いたが、葉巻を咥えている為言葉にはならずに大気に溶けた。
なんて面倒な事をしてくれたんだこの親父はぁ!…言えるものなら言ってやりたいと加東はそっと溜息を吐く。

まだ糸口はあるとばかりに加東は次の言葉を紡ぎだす。


加東「それは存じています。レシプロ戦闘機においての87機撃墜。無断出撃などの命令違反を加えれば約180機超えのロマーニャのスーパーエース。
   しかし度重なる命令違反、素行不良により階級は少尉でストップ。」

稲垣「すごい…」ゴクリ

加東「ですが危険です!」ガタッ


パットン「なに、安心したまえ。奴が事を起こした時の罰は便所掃除から銃殺刑まで取り揃えてある。何かあったらすぐに儂に言うといい。」


威厳たっぷりにパットンが加東の反撃を返す。ぐぅと加東がパットンの目を覗くが、訂正はしないと目すらも語る。
負けだ、負け戦は性分ではないがこれは負けだ…ふっと溜息を吐きストンと椅子に落ちる。


マルセイユ「いいんじゃないか?将軍もああ言っているし、戦力も足りないしさ」

加東「…では、ひとつだけ」

パットン「なんだ?」

加東「なぜ奴は銃殺刑に?」

パットン「上のなんだかっていう奴の娘に手ぇ出しやがった」ハァ

加東「」


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――――――――――


加東「疲れた…」グッタリ


べったりと机に突っ伏し、フォークを齧る。
嵐が去った解放感と共に次の大嵐までの静けさが滑走路に満ちていた。


ペットゲン「あはは…お疲れ様です」

加東「まさか本当に来るなんて…まあとりあえず」チラッ

ペットゲン「そうですね」チラッ

連合軍将「おい」チラッ
連合軍兵「心得ております」チラッ


全員*1)) 



今、アフリカが一つになる――!




マルセイユ「なあ、ケイ」ソワソワ


見えざる決意をアフリカの全兵が心に誓ったその時に、彼女は加東の巫女装束を引っ張った。
…この時止めていれば…と加東自身が後悔するまで後数秒。思えばこれが、運命の始まりだったのかも知れない。


加東「なにかしら?」

マルセイユ「私が迎えに行ってもいいか?」

全員「……はい?」

加東「…マルセイユ、あなた話聞いてたかしら?」ピキピキ

マルセイユ「ああ、だって面白そうじゃないか!」キラキラ


その時のマルセイユの輝く笑顔と口の端っこに着いたミートソース…
私はきっと生涯忘れられないと思う…




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 ―――――――――――――――――

 地中海上空

 ブロロロロロ…

 俺「魔導エンジン出力安定、周辺空域異常なしっと…」ゴソゴソ


 計器盤を弄くり回線をつなぐ。愛機に乗るのも久しぶりだったが操縦は大丈夫だった。
 戦闘はまだだろうが、アレはあまり使いたくないが…まあ大丈夫だろうと眠気に霞む目をこする。

 眠気なんざかわいいモンだが、やはりまだ慣れていない。街に繰り出しても怒らない上官だったらいいのに…


 俺「抜け出しゃ勝ちだな…こちらティグレ。管制、応答せよ。繰り返す。こちら―――」

 ≪ザザッこちら管制。これより貴官への針路指示を行う≫

 俺「すばやい対応感謝する。こちらティグレ。アフリカ、トブルクへの針路を頼むぜ」


 ≪了解した…ザッってあんたロマーニャの俺少尉か?≫

 俺「あん?俺の事知ってんのかァ?」

 ≪ハッハッハ!お前を知らん管制官はいないさ!≫


 ≪なんたってロマーニャが誇る若きスーパーエース!…そして!≫


 ≪世界最高の女っタラシ野郎ってな!≫


 俺「ハッハー!女が好きなんだから仕方ねぇだろ!」

 ぶっはあ!と噴き出して豪快に笑いながら返答を吠える。耳がいてぇと笑いながら管制官も同様に吠えるように吐きだす。

 ≪はっはっは!お前さんらしい言い訳だよ!このプレイボーイめ!≫

 俺「艶福家と呼んでくれ!どうだ?羨ましいだろ!?」

 ≪いーや。上さん1人で十分だね≫

 俺「ヒモも結構悪かないぜ?」ニシシ


 ≪若いねぇ…まあ、ちょっと羨ましいかな?≫

 俺「はっはっは!やっぱりあんたも男だな!どうだ?女の1人や2人紹介してやろうか?」

 ≪ワーオ。魅力的な話だ。明日から俺の帰る家が無くなるのが難点だがな!≫

 俺「だーはっはっは!あんた最高だぜ!」




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 夕刻

 てらてらと夜の緞帳を下ろす天に星が瞬きだす。
 太陽が海を焦がす様に沈んで行くのが見えた。きっと操縦席内の轟音が無ければジュッと海が爆ぜる音が聞こえただろうに…
 移ろいゆく空をほうと眺めていると、ユーモアたっぷりに指示を送っていた管制官が思い出したように俺に問うた。


 ≪お前、『アフリカの星』って知ってるか?≫

 俺「なんだァ急に。新種の星座か?」

 ≪知らないのかよ…それよりも、絶対、あのお方に手ェ出すんじゃねえぞ…≫

 俺「?…女か?分かん≪絶対だぞ!≫…オゥ…ソーリー」

 俺「…そんなにいいのか?その、≪最高だ!≫

 ≪あのお方ほど女神って言葉の似合う女はいないさ!≫

 俺「へェ…」


 目を細めて管制官の熱い演説を聴く。今までの女に当てはまる奴は大勢いるが…いや、一人だけだ。
 ふるふると頭を揺らせ、管制官が語る『アフリカの星』とやらの特徴を逃すまいと聴き入った。


 ≪すらっとした長身に美しい瞳に長い髪!ああぁああ!!もうたまらない!≫

 俺「おいおい。上さんが一番じゃなかったのかよ?」

 ≪HAHAHA!冗談はよしてくれ!上さんとあの方を比べるなんてありえない!≫

 ≪もう別次元さ!言ったろう?女神だ!ってなぁ!≫ハッハッハ

 俺「…ほお、さぞかしいい女なんだろうなァ」


 ≪ だ か ら !手を出すなと言っているんだ!!≫

 俺「わーってるよ。まあ、16歳以下だったらのはな≪―ッ!空域36に反応あり!ネウロイ4!≫



 俺「ああ、知ってる」

 ≪なんだって!?≫

 俺「夜目がきくんでね。1時の方向にラロス改が4機。これより撃墜する」

 ≪了解した!っと電波圏がザザッここ…ザーまた…たときザザの続き聞…せてくれザー≫

 俺「了解!針路指示感謝する!また空で会おう!!」ブッ





 俺「さてと」コキコキ


 前方1時の方向にシュヴァルムを組んだネウロイ。まだこちらには気づいていない。
 ならば好機!


 俺「いくぜ!」


 機体を沈め、死角に入ってからの上昇。下後方から魔力を込めた機銃で12発。一気に2機を空に散らす。

 上昇と共に轟音を立てて横切るが、ネウロイ達は正確な状況が把握できていない。なにせ一瞬にして2機も仕留められてしまったのだから。
 状況もなにも、何が起こったのかすら分からずに、うろうろと見えない狩人を探す。


 俺「なんだァ!?鉄クズ共は進歩無しってか!!」グアァア!


 そのまま上昇からループで垂直降下。その間に一機。
 最後の一機になってようやく奴は敵の姿を確認する。海面を這う狩人―虎の姿を。
 すぐさま体勢を整えたネウロイが追いすがる。だが遅い。エンジンに微量の魔法力を吹き込むと海面スレスレで機首を引き起こし、豪快に水柱を立てながら上昇を開始する。


                    ―ネウロイは水が苦手だ―


 水柱の直撃を受けてネウロイの動きが鈍る。急いで体制を整え、追撃に向かう。だが…!


 俺「遅い!!」ガガガガガガガッ!!


 上昇してループ。そのまま全弾命中。残存0。


 俺「ヤッハ!全機撃墜!!」

                 バーティゴ 
 そのまま機体姿勢を整え水平に。空間識失調は起こしていないようだ。
 それだけで一安心。どうやら飛行技術とパイロットとしての本質は半年程度ではなくなるような代物ではなかった様だ。よかったよかった、しかし疲れた。


 俺(久しく魔法力なんか使ってなかったからか…すっげえ眠みぃ…寝よう…
   低速で進むように魔力供給開始。針路は南南東に真っ直ぐ。っえいや。
    …針路確保完了。はぁーアフリカってカワイ子ちゃんいんのか?)


 俺「低速ぜんしーん…ふぁあ」zZZ…

 ブーーーーン…



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 第31統合飛行隊アフリカ 夕刻 滑走路


 ペットゲン「ティナ。考え直すとかは…」

 マルセイユ「残念ながら、決定事項だ」ピョコン


 そう言いながらマルセイユはユニットを履く。周りの整備班員達も若干、いや、とても
 顔色がよろしくない。しかし仕事は仕事。起動車をユニットに繋ぎ、エンジンを掛ける。


 反面、マルセイユは楽しそうだ。まあ、無理もないか。ネウロイとの戦闘はほとんど毎日。それもこの娯楽も少ない砂漠の中で。
 やっと面白そうな事が、それも、とびっきりの危険人物がやって来るのだ。正直私は不安でたまらない。

 話題の人物はのんきに牛乳を飲んでいるし、ああもう。少しは自分の身を心配しなさいよ…。


 ひょいと従兵のマティルダに空瓶を渡す。マティルダは渋い…ああ、今悟ったんだろうなあ。



 マティルダ「パーティーの準備、ですか?」フウ

 マルセイユ「ふふん。なんだ、分かっているじゃないか」


 にぱりとマルセイユは顔をほころばせ、ゴーグルを掛ける。
 エンジンの回転数が上がりだし、飛び立つ準備は整いつつあった。まあ、とりあえず


 加東「何かあったらすぐに連絡をよこすこと!いいわね?」


 これぐらい言ってもバチは当たらないだろう。止めても無駄だ、あの顔は。それくらいわかるよ。


 マルセイユ「分かってるよ。もしもの時は魔法力があるし、安心しろ、ケイ」


 行ってくる。と彼女は言ったのだろうか。エンジンの回転音でよく聞こえなかったが、あの嬉しそうな顔だ。
 そう言ったに違いない。高く、遥か上空へと飛んだBf 109fのテールランプがもう夕焼けに溶けそうだった。


 パットン「おーおー行ったか」

 加東「ええ、まあ、何かの時は魔法力もありますし」


 何か問題ごとがあれば全てコイツに擦り付けてやる。それほどまでに会いたくなかったのに…
 はんっと鼻で笑いながらパットンを見上げた。今なら不満の一言でもぶつけられそうだ。受け取れ!この恨―――み――

 しまったという様にパットンの顔が青褪める。まさか、いやそんな…でもまさか…!?


 パットン「…あいつも、ウィッチみたいなものなんだが…」

 加東「…そういう事は、先に言ってくれませんか」

 パットン「まあ…平気だろう!あのお嬢ちゃんならな!」



 加東「…」

 稲垣「ケイさん?ちょっと、大丈夫ですか!?ケイさん!!」

 その時必死に真美やライーサが揺さぶっていたようだったが記憶が無い。
 マティルダに水をぶっかけられてようやく目を覚ましたらしいが、残念ながらこちらの記憶も飛んでしまっている…



 ――――――――――――――
 ―――――――――


 地中海上空

 ブーーーーーン…


 マルセイユ「あれか?」(パスタを食べる虎…?どこかで…)



 コンコンコンコン

 少しばかり音が小さくなった操縦席に控えめなノックが響く。
 中にいる男は寝ているようで顔は良く見えなかった。大柄な体躯、おそらくラテンの方の血だろうか、肌は幾分か浅黒いオリーブだった。


 俺「う……むう………?」モソモソ
  (だれかいんのか?あれ、でも空の上じゃねぇか)シパシパ


 コンコンコン、コン

 もそりと男が動く。こんなに大きいんだからかなり狭いんだろうなぁと考えながら少しノックを強める。
 しかしレシプロ戦闘機がこんなに低速でしっかり飛べるなんて知らなかった…いや、ありえないだろうに…


 俺「むう、まってろ、今開ける…」ゴソゴソ


 コンコンコン

 目をこすりながら男が開閉の留め具に手を掛ける。
 どうも見覚えのあるゴーグルだ。自分のゴーグルの一世代前だろうか?
 にっと男が笑い、ゴーグルに手を掛け、額に押し上げた。緑の瞳が髪の隙間から垣間見えた。


 俺「待ちきれないって?はっはー今開け…て…」ガチャ…


 ノックの音が止んだ。気配が動いていないからまだいるだろう。キャビンの留め金を外し、持ち上げる。
 顔を上げると満月を背負った少女がこちらを覗き込んでいた
 その瞳を見た瞬間、じわり、となにかが腹の底から泣きたいくらいに湧いてきた。胸が詰まって苦しくて、じんわりと涙が浮かんできて、随分と久しい心地だった。


 そのまま俺は彼女の美しい青色の瞳をみつめたままに、キャビンを開けた。



 地中海の潮の香が風と共に吹き抜ける。気持ちのいい風だ。
 彼女も気持ちがいいのか、その海のような目を細める。彼女は、そうだ、この呼び名の方がしっくりくる。
 次の言葉なんて、勝手に出てきた。


    …ここは天国なのかい?女神さんよ
 俺「 …Qui un cielo è?  la Dea 」


 「…すまないがブリタニア語で頼む。公用語だぞ、ロマーニャ人」

 俺「なんだァ?天国でも公用語はブリタニア語なのか?」


 「何を言っているんだ?お前…」

 俺「何って、あんたみたいな美しい女は見た事がないから」

 俺「女神さまがお迎えに来たと思ってな」



 「お前、馬鹿なのか?」

 俺「至って真面目さ、お嬢さん。俺の名前は『俺』」

 俺「あなたの名前を、教えていただけますか?」


 俺はそう言って彼女の髪を一房すくい、そっと、くちびるを落とした。
 彼女はぎこちなく身じろぎをしながら名を告げる。


 「…ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ」

 俺「いい名前だ。美しいあんたにぴったりだな」



 マルセイユ「…ああ、もうひとつあるとすれば
       連合軍第31戦闘飛行隊所属カールスラント空軍ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ中尉だ。」


 先手を取られたお返しとばかりに、笑みを湛え、彼女―ハンナ・ユスティーナ・マルセイユが言い返す。
 対する俺はそっと、すくった一房を戻し、手櫛で軽く整えながら素っ頓狂に言葉を返した。



 俺「ハッハ、どっちもいい名前だな。中尉殿」

 マルセイユ「ふふん、いい返事だ」


 そう言って、満月を背に彼女はふわりとわらう。


 俺「…やっぱり女神じゃねェか」


 マルセイユ「本当にロマーニャ人は口説くのが早いな…」

 俺「おいおい本心を言ったまでだぜ?」

 マルセイユ「…さっさと基地まで飛ぶぞ」


 からからと俺が笑う。一瞬マルセイユの言葉が詰まるが気付かない振りをしてインカムの周波数を、
 微かな音を聞き分けてマルセイユと同様のものにする。


 俺「手厳しいなァ…まっ月夜のランデブーと洒落込もうじゃないか。マルセイユ中尉」


 …まただ。アイツと重なる。戦場では女の名前は聴かないだの酔狂な事を言っていたあの男。
 そう言えばアイツも戦闘機乗りで、パーソナルマークも虎だった…



 マルセイユ(…こいつまさか、)「ティグレ…?」ボソリ

 俺「あん?なんで俺のコールサイン知ってんだ?」

 マルセイユ「本当にティグレなのか?」

 俺「いやなんで俺のコー「お前、撤退戦にいただろう!」


 驚いたように目を見開く俺に、マルセイユが操縦席の縁に手を掛けて詰め寄る。
 右手に持っていたMG34を肩にかけ、両手で顔を押さえつける。


 俺「…まあ、9割方無断でな」エッヘン

 マルセイユ「…忘れたとは言わせないぞ。このヒモめ!」


 そのままマルセイユがぐっと俺に顔を近づける。青い海のような瞳が眼前に迫る。
 …そうだ。この瞳は見覚えがある。忘れるものか、見間違えるものか。この瞳をもった人間を、俺は一人しか知らないはずだ。


       ゲルベフィアツェーン
 俺「まさか… 黄の14?」


 マルセイユ「ふっ…はっはっは!なんだ!お前だったのか!」

 俺「なんだ、久しぶりだな!黄の14!こんなに美人になったのか!?」

 マルセイユ「ふふん、当然だ。私を誰だと思ってる」

 俺「ああ間違いないなその笑い方!生きてたか!俺のスパゲッティのおかげか!?」


 久しく聞く戦友の笑い声に思わず笑みがこぼれる。近かった距離を少し離し、全体を見る。
 身長も伸びた。髪も少し伸びた。そして何より美しくなった。


 あの時は煤だらけでも輝いていたその瞳はさらに自信に溢れ、輝き、時すらも飲み込むほどに深さを増していた。

 肩を掴み溜息をこぼす俺を見て、また彼女が笑いだす。


 マルセイユ「ははは!懐かしいな。うまかったよスパゲッティ!」

 俺「当然だな。なんせこの俺が作ったんだからな!」ハハン

 マルセイユ「ふふん。どうかな?」

 俺「ハッハ、変わんねえなァ!黄の14…いや、マルセイユ中尉」

 マルセイユ「お前もな。ティグ…俺」

 俺「約束、果たしたな」

 マルセイユ「ああ。まさかこんな世界の果てで会うとは思わなかったがな」


 ほんの少しアフリカへの皮肉を込めてマルセイユが笑う。
 どうやらここは素晴らしい場所の様だ。確信にも似た思いが胸に押し寄せる。


 俺「ハッハ、そうだな。でもお前が最後だぜ?」

 マルセイユ「なに?もうハルトマン達には会ったのか?」

 俺「ああ、ノイエ・カールスラントでばったりだ」

 マルセイユ「…どうだった?」

 俺「ああ、元気だったぞ。バルクホルンもな」

 マルセイユ「あんな石頭の事なんて聞いていない!」


 あの生粋のカーススラント軍人の名前を出した途端にむきになって彼女が言い返す。
 しかし残念ながら、観察力には自信がある方だ。見え透いた嘘を即座に見破る。


 俺「ハッハー、嘘はいかんなァ中尉」ニヤニヤ

 マルセイユ「……うう、なんで分かったんだ」

 俺「観察は得意なんでね。あんまりいじり過ぎると嫌われちゃうぜ?」

 俺「それによぉ、正直に言ったらどうだ?お姉ちゃんみたいでいじくりたかっただけってな!」ハッハ

 マルセイユ「ばか、言えるか…」

 俺「まっ、気が向いたときで良いけどな…っと、そろそろ行かねえと。燃料が切れちまう」


 マルセイユ「そうだな。って、お前はどこまで人を見ているんだ!この変態!」

 俺「はっはー。女の子の一挙一動を少しでも見逃したら、かわい子ちゃんを逃がしちまうだろ!?」ブーン

 マルセイユ「このっ先に行くな!」ブーン


 さっとキャビンを閉じて振り切るように先行する。後ろを除けばマルセイユがインカム越しに何かを言っているが無視。
 そのまま行こうとするとMG34でキャビンを殴られた。


 俺「お前っ…ハーン、ドッグファイトなら負けねェぜ!?」クルン

 マルセイユ「ふふん、私に勝てると思うなよ?」ヒョイ

 俺「だったら基地まで競争だぜ!」グルン

 マルセイユ「望むところだ!」クルッ


 マテコラー! オソイナ クラエ!ヒッサツ!カットバックドロップターン! フフン、マダマダ ニャロー キャッキャッ





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 ―――――――――――――――――
  滑走路


 加東「遅い…」

 パットン「銃殺刑か…惜しい奴を失くすな…」ガシャコ

 ペットゲン「そんな、ティナが…」ガクガク

 マティルダ「神よ、鷲の使いをお助け下さい…そして、虎に制裁を…」ブツブツ

 連合軍将校「かわいがってやんなきゃなァ…野郎共!準備開始だ!!」
 連合軍将兵「「「「Aye, Sir!!!」」」」ビシィイ!!


 稲垣「皆さん落ち着いてくださいよぅ…」オロオロ








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―――――――――――――


 観測班員「北北西に飛行灯を確認、マルセイユ中尉と俺少尉だと思われます!」

 パットン「来たか…」

 加東「距離はどのくらい?」

 観測班員「8km位でしょうか…あと、動きが…」

 ペットゲン「動きが?」

 観測班員「乱れています…って、ドッグファイトしてますよ!?」

 加東「なんですって!?」ピョコン


 慌てて加東が使い魔を呼び出し北北西を睨む。
 確かに軌道は本格的過ぎるドッグファイト…実際はただの追いかけっこだったが。


 加東「確かに…実弾は撃っていないみたいね。」フウ

 稲垣「わあ、速いですねえ…」

 加東「って、速すぎ!滑走路開けろ――!」


 ヒュゴォオオ!!キィイイ!!


 マルセイユ「私の勝ちだ!!」ハアハア

 俺「嘘こけ、俺の勝ちだ!!」ゼエゼエ


 お互いに勝利を譲らぬまま睨み合う。しばしの硬直の後マルセイユがユニットを脱ぎ捨て加東に走り寄る。
 望む所と言わんばかりに、俺もタイガーバウムから降りて走る。


 マルセイユ「はっはっは!ケイ!おいケイ!こいつは使えるぞ!!明日からフルで使おう!」タタタ

 俺「おっいいのか!?ハッハ!お前の3倍落としてやるよ!!」ダダダ

 マルセイユ「ふふん、まずは新人訓練だな!」タタッ

 俺「ハッハー!そいつも3倍だ!」ダダッ


 マルセイユ「言ったな?確かに言ったな?逃げられないぞ?」ニイ タタン

 俺「お生憎様!俺は一度言った事は曲げない主義だ!!」ダダン

 マルセイユ「ケイ!やっぱりこいつは馬鹿だ!」タン


 ぴょんぴょん飛んだり跳ねたりを繰り返しながら二人が加東に走り寄る。
 走り寄る俺が加東を見る。ニッと笑う俺に頭痛がする…挨拶なんてどうでもいいから誰かコイツを消し飛ばしてくれ!


 俺「おっ!いつぞやの扶桑のジャーナリスト・カトーじゃないか!」ダン

 加東「お久しぶりね。そして二度と会いたくなかったわ、俺少尉」

 俺「うれしいねェ。覚えててくれたなんて感激だな!」

 加東「あなたねえ、そのお気楽アタマをどうにかしなさい!」


 思わず怒鳴り返す。後ろの稲垣やペットゲンが竦むのが伝わるり、幾分か申し訳ない気持ちになるが、コイツは駄目だ…
 楽しくて仕方ないとばかりに笑う。その後ろのマルセイユもけらけら笑いながら俺の隣に歩み寄る。


 俺「ハァッハー!どうしようもないぜ!!」

 加東「そ・れ・に!あなたみたいな女っタラ『艶福家!』…艶福家がマルセイユに何もしないわけないでしょう!!」

 俺「おいおい、俺は16歳以下には…」

 マルセイユ「ああ!キスされた!」



 全員「…はい?」



 マルセイユがほいっと爆弾を放つ。戦闘態勢で土嚢に控えた兵士達が凍りつく。目の前の加東は目を見開いたまま停止している。
 駆け寄ろうとしたパットンがゆっくりと冷静に愛銃の安全装置に指を掛ける。

 わけが分からんと言いたげな表情を受かべてマルセイユを小突く。


 マルセイユ「…?なあ俺、私にキスしたよな?」

 俺「ああ、したなァ…髪に――ヒュオッ!――おっと」ヒョイ 


 ドスッっと明らかに当たっちゃいけない音を奏でて重厚な槍が砂に突き刺さる。
 ごきりと関節を鳴らして槍を投げたであろう女性が歩み寄り、流暢なブリタニア語で何かを言った。


 俺「いい槍だな、お嬢さん」

 マティルダ「…外したか」チッ

 俺「ハッハー!なかなかいい所だな!お前が気に入るわけだ!」

 マルセイユ「ふふん、当然だ。マティルダの槍が当たらなかったのが残念だがな」

 俺「当たるわけないだろ?百戦錬磨の虎がこんな所で死ぬかよ!」


 吠えた瞬間、視界の端に銃弾が迫るのを確認し、避ける。
 …完璧な弾道で心臓を狙った銃弾はどこかへ行った。

     「えいや」ヒョイ


 俺「久しぶりだなァ将軍。俺はどんだけ歓迎されてるんだい?」

 パットン「ああ、ここに居る全員がおまえを殺したいぐらい歓迎しているよ」ガシャコ

 俺「ハッハー!人気者は辛いね!おらァ、次はどいつだァ!?」グルルルル


 連合軍将校1「てめえ、アフリカの星に手ぇ出して生きて帰れると思うなよ!!」
 連合軍将校2「野郎共!歓迎会しなくっちゃなあ!!」
 連合軍将兵「「「いえぁああああああああああああ!!!!!」」」

 連合軍兵1「おら、酒飲めやぁあああ!!」
 連合軍兵2「連合軍将兵2万5千で潰してやりますよぉ!少尉ぃ!!」


 俺「ここの歓迎は最高だな!虎の力、見せてやるよ!覚悟しろォ!!」


 ヤッハー! オラオラコンナモンカァ!? グウ、ムネン…! トミーノシヲ ムダニスンナ! ツヅケー!!! ワッハッハッハッハ ガヤガヤ


 土嚢から飛び出し、アフリカのほぼ全兵程の兵士が俺に飛びかかる。
 男性用バーの酒を全部持って来たようで、先程からケッテンクラートが行き来している。
 狙われている張本人はするすると攻撃をかわし、酒をあおっていた。


 マルセイユ「見事なパーティーだな。さすがマティルダ」

 マティルダ「…いいのですか?鷲の使いよ」

 マルセイユ「ああ、ケイが何とかしてくれるだろ?」ニイ

 加東「私の仕事を増やさないでちょうだい…」ハア

 マルセイユ「じゃ、飲むかケイ!」

 加東「…当然!」


 サケヨコシナサイ! ワタシタチモノムゾー! ワイワイ


 ペットゲン「私たちはジュース飲もっか。マミ」

 稲垣「そうだね。明日も出撃だし」

 ペットゲン「かんぱーい。ティナ達、大丈夫かなあ?」

 稲垣「乾杯。明日の事も考えててくれればいいんだけど…」

 マティルダ「お前たちは早く寝ろ」ハア

 ペット・稲垣「はーい」


 いつの間にやら大騒ぎになった滑走路で、事後処理を考えていたマティルダにも当然酒瓶は周って来た。








 歓迎会という名の俺を潰す会は終わった。かかって来る奴らを千切っては投げ千切っては投げ、昨日の敵は今日の友ってやつだ。
 「一生ついていきます!大将!」とか言われて、舎弟が一気に5000人近く増えたのが嬉しかったな。国に帰ったらマフィアでも始めるかなァ?そしたら女の子と遊び放題…いいねえ


 俺「さて、1年前の約束でも果たしに行くかな」


 5,6本の酒瓶を小脇に抱え、指の間にぶら下げ、いつの間にか消えた女神の隠れる岩場へと向かった





 岩場

 周りからは丁度隠れるような造りになっている岩場には冷たい風が這いずっていた。
 ぽっかりとくり抜かれたような、月の為に空いた様な穴の真ん中で少女が一人、酒を愉しんでいた。


 砂利の多い岩場で軍靴が石ころを踏み潰す。なるほど、ここは秘密基地みたいなものか、と足の裏の感覚を楽しみながら中尉の元へ歩く。



 俺「女が体を冷やすのは良くないぜ?」

 マルセイユ「ふん、何か用か?…それとも、変態だってことを証明しに来たのか?」


 マルセイユが月を背にこちらを見る。少し頬が上気していて何とも色っぽい。
 そのまま見詰めているとフイと顔を逸らし、また月を仰ぎ見る。
 子どもらしい反応に笑いながらかりかりと砂に踏み入る。


 俺「とんでもない。俺は変態なんかじゃないさ」

 マルセイユ「本当か?正直に告白した方が楽だぞ?」

 俺「俺は、お前と飲みに来ただけさ。約束だろう?」


 言い終わるより早いかで彼女に毛布を掛ける。積んであったもので一番綺麗な奴を取って来たから平気だろう。
 きょとんと俺を見た中尉に無言で頷くと、ふわりと笑って毛布に包まった。


 マルセイユ「ふふん、律儀な奴だ」

 俺「ハッハ、違いねぇ。俺は明日から雑用だとよ。ほれ、酌してやるよ」


 彼女に誘われるがままに隣に腰を落ち着ける。金属製のカップに酒を注ぎ、そのまま自分で飲む。今日もうまい。
 さりげなく中尉が毛布をこちらに回すが、体格が結構違うので足りないが隣り合う体温で十分だった。


 マルセイユ「ありがとう。…何をするんだ?」


 俺「色んな所の一ヶ月続ける。だと」

 俺「で、今のところ決まってるのは、炊事班の食事の用意そして調達を毎日朝昼晩。洗濯班の洗濯毎日の昼。
   んで炊事、洗濯班共通で毎日の水くみを朝。整備班の滑走路掃除に
   その他色々からのコンテナ運びやら、洗車に夜間哨戒に新人トレーニングに…

   やること盛りだくさんだ。そしてまさかの二等兵相当扱い。お前もなんか雑用あるか?」


 マルセイユ「…あいも変わらず約束は守るな」

 俺「はっは、守らなかったらバルクホルンに頭を捻り潰されるからなァ」グイッ

 マルセイユ「またバルクホルンか…」

 俺「ん?嫉妬か?」ニシシ

 マルセイユ「そんなわけあるか。ほら、注いでやる」

 俺「こんないい女に酒を注がれる日が来るとはなァ」


 マルセイユが持っていたカップを俺に握らせ、そこに酒を注ぐ。
 満天の星に、満月。そして月明かりを浴びた少女。肴なぞ必要ない。この全てがあるならば、どんな酒でも飲み下せるだろう。


 マルセイユ「…冗談はよせ。まったく、他の奴らにも言ってやったらどうだ?」

 俺「おいおい、言ったろ?お前より美しい女は見た事がないってな」

 マルセイユ「言葉が尽きないな、俺少尉」


 顔を朱に染めた中尉がまた月を仰ぐ。月光を浴び、眩しそうに目を細める彼女に、酒気の混ざった溜息が洩れた。


 俺「…そうだ、中尉」

 マルセイユ「なんだ?」

 俺「この一ヶ月の訓練と雑用が終わったら、ご褒美が欲しいんだ」


 マルセイユ「ご褒美?…いいだろう。何が欲しい?」

 俺「終わってからのお楽しみってやつだ。約束、忘れんなよ」タタッ

 マルセイユ「あ、こら」

 俺「よい夜を、マルセイユ中尉」




 マルセイユ(来たと思ったらすぐ居なくなる…1年前から変わらないな)



 するりと毛布を抜け出して走って行く俺を眺めながらまた一口。
 ふと周りをみるとあれだけあった酒瓶が全部無くなっているのを見て、マルセイユはクスリと笑った。




最終更新:2013年02月02日 12:57

*1 ((マルセイユ(中尉)(ティナ)にだけは絶対に手出しさせない!!!