ガリア パリ 広場―





「…ひどい有様ですわね」

「…ああ」

あの戦いから、既に二週間が経つ。
俺とペリーヌは大陸に渡り、ガリアへと足を踏み入れていた。リーネも同じくガリアに来ているのだが、別件で今は一緒にはいない。

予想はしていたものの、変わり果てた街の姿に、ペリーヌはそっと目を伏せてしまう。

「…復興など、本当に出来るのでしょうか…」

ぽつりと、弱音を吐いてしまうペリーヌ。そんなペリーヌに、俺は一つ頷き、

「出来るさ」

そう、言い切った。

「必ず出来る。…大丈夫だ」

一瞬、呆けた表情を浮かべるペリーヌだったが、すぐに笑みを零す。

「…そう、ですわね」

手に持っていた物を置き、ペリーヌの頭を撫でる俺。その手に身を委ねるペリーヌを愛しく感じながら、俺はここに至る経緯を思い出していた。






―第501統合戦闘航空団ブリタニア基地 滑走路―






ネウロイに特攻紛いの攻撃を仕掛け、無事生還した俺と501のウィッチ達は、全員で帰投を果たした。

基地が見えたところで、滑走路に手を振る人影が見えた。沢原だ。

滑走路に次々と着陸していくウィッチ達に、沢原は笑顔で近づく。

「皆さん、お疲れ様でした。そして初めまして、ブルー・プルミエ。俺君の上官の沢原と申します」

見事に目標を果たしたウィッチ達をねぎらいつつ、俺を支えながら着陸したペリーヌに挨拶する沢原。
始めは沢原を胡散臭いものを見るような目で見ていたペリーヌだったが、それを聞いて慌てて敬礼した。

「はは、堅苦しい挨拶は結構ですよ。…それより俺君、ストライカーを脱いで私の前に立ちなさい」

「? …なんですか、いきなり」

そう言いつつもナイトレーベンを脱ぎ、素直に沢原の前に進み出る俺。沢原が微笑を浮かべた次の瞬間、

「反省しなさい」

ノーモーションで放たれた沢原の拳が、俺の顔面に突き刺さった。
一体どれ程の威力であったのか、不意を突かれたとはいえ俺の体が三メートル程後方に吹き飛んだ。勢いで外れた眼鏡が、宙を舞う。

「ちょ、少将殿…!」

ミーナが慌ててストライカーを脱いで沢原に詰め寄ろうとするが、既にそこに沢原の姿は無く、

「…殴られた理由は、説明しなくても分かりますね?」

どのような手段を用いたのか、気付けば沢原は俺の前にいた。

「貴方のとった行動は、到底看過できるものではなかった。分かりますか? 俺大尉」

「…ええ。痛いほどに、ね」

むくりと上半身のみを起こし、真っ直ぐに沢原を見据える俺。

「…ふむ。まあ、気付いているのであれば、今の一発で不問としましょう。…さて、フュルスティン。今後についてですが…」

俺の目を見て何かを悟ったのか、沢原はそれ以上俺に詰め寄ることなく、今度はミーナに向き直って話を始めた。

「…痛ぇ…相変わらず響くな、クソ上官め…」

殴られた頬を押さえて悪態を吐きながら、手に届く場所に落ちていた眼鏡を拾って掛け直す俺。

「お、俺さん…大丈夫、ですの…?」

小走りで俺に駆け寄ったペリーヌがしゃがみこみ、恐る恐る声をかける。

「…ああ、大丈夫だよ」

苦笑しつつ、沢原の背中を睨む俺。

(ここまでするか普通…あの野郎…)

とはいえ、沢原の真意を掴めないほど短い付き合いでも、俺の頭が足りないわけでもない。
事実、後一歩間違えれば俺はペリーヌに俺と同じ傷を背負わせることになっていたのだから。

ほんの少しだけ沢原に感謝しつつ、ミーナに説明を続ける沢原の言葉に耳を傾ける俺。

「先程、ガリアを制圧していたネウロイの巣の消失、及び当該地域のネウロイの一掃が確認されました。恐らく、貴女達が破壊したネウロイが巣の重要な個体だったのでしょう」

その言葉に、ペリーヌが勢いよく顔を沢原に向ける。

「ということは…ガリアが、解放された…!?」

それを聞いた不意に沢原が振り返り、ペリーヌに笑みを向けた。

「ええ。確定情報ですよ」

その言葉に、ペリーヌは口元に手を当て俯く。その目に、うっすらと涙が輝く。
そっとペリーヌの頭に俺が手を置くと、ペリーヌは感極まったように涙を溢れさせながら俺に抱きついた。

「…さて。それらをもって501の任務は無事完了、ということで。貴女達は正式に解散という運びになります」

その後は原隊復帰でしょうね、と続ける沢原が、そこで何かを思い出したように俺に向き直る。

「ああ、俺君には一つお知らせがありましてね」

「…なんですか?」

ペリーヌをそのままに、頭だけで沢原の方を向く俺。

「今まで部隊を存続させる色々手を回してきたわけですが、今回は少々派手にやり過ぎましてね。とうとう連合軍の上層部に怒られちゃいました」

「そうですか。おめでとうございます」

しれっと返す俺に沢原は一つ咳払いを挟むと、聞かなかったフリをして続けた。

「で、まあ…『これ以上胡散臭い部隊をのさばらせるわけにはいかない』ともったいぶった理由をつけられまして…」

そこでやや苦笑しながら、

レイヴンウィッチーズ、解散に追い込まれちゃいました」

あっさりと、言い切った。

「…そうですか」

俺は目を伏せて、今まで過ごした居場所のことを想い出す。

(…少しは、残念かな)

「俺君。物思いに耽る前にまず人の話を最後まで聞きましょう」

その声に、再び視線を上げる俺。

「…まだ何か?」

「あるから言っているんでしょう?」

ペリーヌがいなければこの場で殴り倒したい。その衝動を必死に抑え、俺は続きを促す。

「…で、何ですか?」

「まあまあ。せっかちは損ですよ?」

殴ろう。上官だろうと知ったことか。その衝動を抑えきれずに俺がペリーヌをそっと離そうとしたのを笑顔で制して、沢原は続けた。

「扶桑皇国海軍第0独立戦闘航空隊は解散となりましたが…代わりに、『連合軍第0独立統合飛行隊』として部隊を再結成しました」

「…は?」

言ってる意味が分からない、と表情全体で訴える俺に、沢原は一枚の紙を渡す。

「『俺大尉。貴官を同隊の戦闘隊長に命ず』…えっと、つまり?」

「つまり、ぶっちゃけて言っちゃうと今までと特に何も変わりませんね」

あっはっは、と笑う沢原に、俺は一瞬あっけにとられて言葉を失う。

(こ…この人…一体、どれだけ裏で動いて部隊を設立したんだ…?)

いやそれより、と俺は考え直す。

「…部隊っても、ウィッチは俺だけでしょう? なのに…」

そこまで言いかけて、俺は沢原が不気味な含み笑いをしているのに気付く。

「ふふ…まあ、とりあえず、それは置いておきまして」

懐から先程俺に渡した紙と似たようなものをもう一枚取り出し、今度はペリーヌに向き直った。

「クロステルマン中尉。貴女に、転属命令です。転属先は第0独立統合飛行隊、レイヴンウィッチーズです」

涙を拭き、きょとんとした顔で沢原を見上げるペリーヌ。だが、すぐにその顔を伏せた。

「あ…いえ、私は…当面はガリア復興に注力したいと…」

「それなら、何の問題もありませんよ」

ペリーヌの言葉の途中でそう割り込む沢原。再び、ペリーヌは沢原を見上げる。

「俺大尉。新生レイヴンウィッチーズの最初の任務を言い渡します」

最早事態に付いていけていないが、ペリーヌをゆっくり離して立ち上がる俺。ペリーヌも、その動きに続く。

「ガリアに渡り、復興支援に着手しなさい。万一再びネウロイの襲撃があった場合、任意に撃滅して構いません」

よろしいですか? と復唱を求める沢原に、俺は呆れの溜息を吐く。が、一瞬の後に姿勢を正し敬礼する。

「了解。レイヴンリーダー、任務受領致しました。準備を整え次第、任に就きます」

よろしい、と頷く沢原。そして、そのままペリーヌに向き直る。

「さて、いかがなさいますか? クロステルマン中尉」

ペリーヌはそれでも暫し迷っていたようだが、ややあって決心した。沢原に、直立不動で敬礼する。

「ペリーヌ・クロステルマン中尉、転属の命、受領致しました」

その言葉に、沢原も敬礼をもって答える。

「歓迎しましょう、クロステルマン中尉。期待していますよ、レイヴン2」

「…はいっ!」

その遣り取りを、異国の喜劇でも見るかのように聞いていたルッキーニが首を捻った。

「えっと…どゆこと?」

「要は、名実共にクロステルマン中尉が俺大尉の二番機となったのだろう?」

バルクホルンがその疑問に答え、何人かのウィッチ達が納得したような表情になる。

「えっと、つまり…おめでとうございます、ペリーヌさん!」

宮藤が何処かずれた思考で、祝いの言葉を口にした。

「お、おめでとうとはどういうことですの!? わ、私はただ転属を受け入れただけですわ!」

真っ赤になったペリーヌが、いつものように宮藤に食いつく。滑走路は、たちまち笑顔に包まれた。

「な、なんなんですのー!!」

ペリーヌがさらに真っ赤になってまくし立てるのを、俺はその後ろで微笑みながら見つめる。
そして、不意に彼女から外した視線を、沢原に向けた。

「…ありがとうございます」

「おや…俺君が私に素直に礼を言う日が来るとは。人は変わるものですね?」

くすくすと笑う沢原に、俺は苦笑する。

「さて、俺さん? 貴方にはまだまだここで仕事がありますよ。ここの機材を新設された504に引き渡す作業もありますからね」

いつの間にか俺の後ろに来ていたミーナが笑顔で言う。
気付けば、ウィッチ達は騒ぎながらも基地に向かって歩き出していた。

「俺さーん! 中佐ー! 何をしていらっしゃいますのー!!」

ペリーヌが振り返り、こちらに声を張り上げる。

「…ああ! 今行く! …何処行くんですか。あなたにも手伝ってもらいますからね」

返事をした後に、こっそり逃げようとしていた沢原の襟を掴む俺。

「俺君。年寄りは労わるものですよ?」

「知りません。というかあんたは今年でようやく三十路でしょうが」

俺が襟を離すと、やれやれと言った様子で沢原はミーナと共に基地に歩き出した。

俺も歩き出そうとした時、ふと、後ろに誰かの気配を感じ、振り返った。そこには何も無く、ただ風が吹き抜けるのみ。俺はすっと目を細める。

「お、れ、さーん!!」

先程よりも、大きな声で俺を呼ぶペリーヌ。

「今行くよ!」

振り返り、苦笑しながら駆け出す俺。遅いですわ! と怒ったような表情をするペリーヌの許へと。






―ガリア パリ 広場―






「…俺さん?」

ふと、俺は我に帰る。長い間呆けていた俺を、ペリーヌが怪訝な目で見やる。

「どうかしました?」

「いや…すまない。少し考え事をしてた」

俺はペリーヌの頭から手を退けると、軽く首を振る。

「もう、しっかりしてくださいまし」

そう言いながら、広場の中央、元は大木がそびえていたであろう場所に歩み寄るペリーヌ。俺も、足元に置いていた物を拾ってその後に続く。

ペリーヌは両手一杯に木の苗木を持っていた。俺はスコップと如雨露、水の入ったバケツを。
二人は吹き飛ばされた大木の代わりに、新しい木を植えるつもりだった。

土の前でペリーヌはしゃがみ込み、苗木を植えようとしたが、そこでふと気付く。

「…少し、根が残ってますわね…俺さん。可哀想ですが、スコップで残った根を掻き出していただけます?」

ペリーヌは両手一杯に木の苗木を持っていた。ああ、と一つ返事をして土の前にしゃがみ込む俺。
そこには、ネウロイの攻撃で吹き飛ばされた木の根が少し残っていた。少々心を痛めながらも、スコップでそれらを掻きだす俺。

「…こんなもんかな?」

粗方残った根を掻き出し、ついでに土をならした俺が立ち上がる。

「ええ。ありがとうございます」

俺と入れ替わりにしゃがみ込み、慣れた手つきで苗木を植えていくペリーヌ。
その作業を終えて立ち上がった後、俺から水を入れた如雨露を受け取ると、適量の水をかけた。

「…大きくなるんですのよ」

―――この木が、いずれは復興のシンボルとなりますように。






全ての作業を終えた後、自然と二人は寄り添った。

「…俺さん」

不意に、ペリーヌが俺に声をかける。

「私達、ずっと一緒ですわよね?」

確認するように、誓うように、ペリーヌはそう口にする。

「…ああ。ずっと、一緒だ」

微笑み、ペリーヌの肩を抱き寄せる俺。ペリーヌも微笑んで、俺の肩にそっと頭を預ける。

と、その時。二人の間の穏やかな空気をカメラのシャッター音が切り裂く。思わず同時に顔を上げ、離れる二人。
二人の視線の先には、何時の間にそこにいたのか、一人のカメラマンが立っていた。

「あ…すんません。お二人さんが、あまりにも絵になっていたものでつい…」

お邪魔しちゃったようで、と苦笑してカメラマンは頬を掻く。俺も釣られて苦笑し、ペリーヌは顔を赤らめてそっぽを向いてしまう。

「それで、その…この写真、処分した方がいい…ですかね?」

カメラマンの質問に、俺とペリーヌは一瞬顔を見合わせ、

「まあ…構わない、かな」

「別に…そこまでしなくても結構ですわ」

二人の返事にカメラマンは表情を輝かせ、ありがとうございます! と言い残して足早に去っていってしまった。

「…そろそろ、市街地の方の作業も始まるかな?」

カメラマンの背中をぼんやりと目で追っていた俺が、ふと思い出したように言う。

「あ…そう、ですわね」

それを聞き、ほんの少しだけ、残念そうな顔をするペリーヌ。

「…でもまあ、もう少しだけ…一緒にいようか、ペリーヌ」

その表情を見た俺は、不意打ち気味にペリーヌを正面から抱き締める。

「ん…ええ…そうですわね、俺さん」

突然の俺の行動に一瞬だけ肩を震わせたが、ペリーヌもそっと俺の背中に腕を回す。

ようやく踏み出せた家への旅路の途中、抱き合う二人は、とても幸せだった。






余談だが、後日二人が寄り添いあっている写真が大々的に新聞に掲載され、盛大な苦笑と赤面を誘うことになったのだが…

それについて触れるのは、野暮と言うものだろう。





最終更新:2013年02月02日 13:40