―第0独立統合戦闘飛行隊扶桑基地 執務室―






「…♪~♪♪」

昼下がりの執務室、窓から見える桜に気を良くした一人の男が鼻歌を歌いつつ、デスクに置いたチェス盤に駒を並べている。

何故一人でチェス盤を並べているかといえば、もうすぐ、彼が呼びつけた部下が来るのだ。彼の息子も同然の、手塩にかけた部下が。

「…さてさて」

一通り駒を並べ終え、背もたれに深く背を預ける男。同時に、ノックもなしに扉が開く。

「待ちかねましたよ、俺君」

男の微笑みの先に、彼がいた。黒い軍服に、黒いコート。同色の縁の眼鏡の奥の目を不機嫌に光らせる、一人の少年が。

第0独立統合戦闘飛行隊、通称『レイヴンウィッチーズ』の戦闘隊長、俺大尉だ。

「…用件は」

挨拶も無しにデスクの前までずかずかと進み、不機嫌な様子を隠さずに俺が問う。

「おやおや、短気はいけませんねぇ? まあ、ゆっくりと話しましょうか。あなたの報告も兼ねてね」

その男、沢原少将はいつものように飄々と言ってのける。

そちらが本題だろう、と俺は呆れながら、デスク上のチェス盤を見る。ご丁寧に、俺の側が白い駒だ。溜息を吐き、俺は駒を一つ手に取り、進める。

アフリカはいかがでしたか?」

沢原も駒を進めつつ、俺に問う。

「…まさか、例の部族出身の者が、今は『アフリカの星』の従卒をやっているとは思いませんでしたよ」

おかげで彼女を撒くのに手間をかけた、とぶつぶつ言いながら、俺は駒を進める。

「まあ、彼女はいろんな意味で特例ですから。で、収穫は?」

「…彼女にも、分かりかねるそうです」

言葉の応酬と共に、互いの駒を操り、戦略を組み立てていく俺と沢原。

俺は数週間前に一時ガリアを離れ、休暇扱いでアフリカに向かっていた。
ウィッチと違う魔法体系に属すると言われる女に接触し、俺の『漆黒の片翼』についての情報収集のためだ。

「ただ…彼女は、こんな事を言ってましたね」

射程距離に誘い込んだ沢原のポーンを、俺のナイトが蹴散らす。

「『お前の翼は、孤独に満ちている』と」

クイーンで俺の駒を牽制する沢原の手が、その言葉にピクリと反応する。

「…なるほど」

一つ頷き、俺の隙を狙ってビショップを滑り込ませる沢原。それを牽制する駒が無いことに一つ俺は舌打ちし、射程内の駒を退避させる。

「まあ、それについては逐一報告を。万一ヤタ君と俺君に何かあっても困りますから」

ビショップを戻し、守りに入る沢原。その内に体勢を立て直す俺。

「こちらからも俺君の耳に入れておくことがあります」

ある程度守りを固めた沢原が、不意にそう切り出す。

「君の二番機…ペリーヌ君のことですが、昇進と転属の話、蹴ったそうですよ」

一瞬、俺の手が止まる。が、すぐに駒を取って進める。

「…そうですか。元々、その辺の判断は彼女に一任していましたから」

彼の二番機…ペリーヌ・クロステルマン中尉には、昇進と転属の話が持ち上がっていた。
転属先は、新設される連合軍第506統合戦闘航空団、通称『ノーブルウィッチーズ』。大尉昇進の後、隊長のポストが用意されていたと俺は聞いていた。

もっとも、その話がきたのは俺がガリアを発つ直前の話だ。全ての判断を彼女に一任してから、俺はアフリカに飛んだのだ。

「彼女、話を蹴った時に何て言ったか知ってますか?」

沢原がくつくつと笑いながら、牽制してくる俺の駒を軽くあしらう。

「『俺さんの二番機以外に、私の場所はありません』ですって。いやはや、愛されてますねぇ」

俺はやや赤面しながら乱雑な手を打つ。見るからに悪手だが、沢原はあえて見逃した。

「…まあ、それは一先ず置いておいて。『トラヤヌス作戦』が失敗したのはご存知ですね?」

「あの、人型ネウロイとのコミュニケーション実験ですか。確か、504がかなりの痛手を被ったと」

『トラヤヌス作戦』が決行されたのは、各地で度々現れた人型ネウロイが、人類とコミュニケーションを図ろうとするかの行動を見せたことに起因する。
上層部が、どれほどこの戦争に於いてイニシアチブを取ろうと躍起になっているのかがよく分かる作戦だった。

その結果、新たに出現したネウロイによって504と接触寸前だったネウロイは消滅。504は深刻な被害を受けることとなったのだが。

「それでですね…作戦失敗の要因となった巨大な巣が、ヴェネツィアを制圧しました」

キングを手に取り、すっと動かしながら沢原は淡々と告げる。

「俺君も知っての通り、現在504は行動不能です。しかし、放っておけば人類はロマーニャをも失う」

そこで、と沢原は不用意に飛び出してきた俺のビショップを取りつつ、続けた。

「ガランド少将お墨付きの許に、第501統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズが再結成されました」

「ストライクウィッチーズが?」

それは、俺にとっても知らない名前ではない。数ヶ月前まで、彼がいた部隊だ。

「…再び彼女達を招集するほどの危機、だと?」

「ええ。それほどの戦力が必要なほど危険なレベルと上層部が判断したわけです」

攻めあぐねる俺に、沢原は引き出しから二枚の書類を取り出し、その内の一枚を見せる。

「先週、私がペリーヌ君に出した命令書です」

俺がそれを受け取り、目をやる。命令書には、ペリーヌに新型ストライカー受領の後、リーネと共に501に合流する旨の命令が記載されていた。

「そして、こちらが君への命令書です」

駒を進める手は止めずに、もう一枚の書類を手渡す沢原。

「…なるほど。俺もですか」

反撃の手立てを探りながら、命令書を一瞥する俺。そこには、ペリーヌ同様俺も501に合流しろとの命令が書かれていた。

「一応、ガリアの防空はなんとか編成を終えた506が担当することになります。そこは心配なく」

俺の反撃の手を一つ一つ潰しつつ、沢原は事務的に言う。

「…了解。命令を受領致しました。出発は?」

盤面の形勢は絶望的だが、なんとか足掻きながら聞く俺に、沢原は微笑みつつ、

「すでに友君が君のストライカーを輸送機に詰め込む作業に入っています。あとは君が準備して乗り込むだけです」

「…いつもながら唐突ですね。まあ、それ以外を期待しても無駄でしょうが」

「ふふ。分かっているではないですか。…チェックメイトです。俺君」

沢原の宣言に、俺は駒に伸ばした手を止め、盤を凝視する。

俺のキングを射程に捉えた沢原のクイーンが、優雅に微笑んでいるようにも見えた。
そんな忌々しいイメージを振り払い、キングを逃がそうと動かす俺。しかし、唯一の逃げ場には、沢原のナイトが睨みを利かせていた。

「俺君は戦術は悪くないのですがねぇ…」

戦略はまだまだですね、と沢原は笑う。俺は溜息を吐くほか無い。

「では、道中お気をつけて。ペリーヌ君によろしく」

ひらひらと手を振る沢原に、俺は形だけ敬礼の姿勢をとると、振り返って部屋を出ようとする。

「ああ、俺君。ちょっと待った」

ドアノブに手を掛けた時、ふと沢原が俺を呼び止めた。

「持って行きなさい」

その声に振り返った俺の目の前に、何時の間に移動したのか、沢原がにこやかに立っている。
俺に差し出したその手には、先程のチェス盤と駒一式が納められた箱があった。

「…貴方は…いや、いいです…」

溜息を吐きつつ、箱を受け取る俺。今更この上官に何を言おうが、無駄である。暖簾に腕押し、糠に釘とはよく言ったものだ。

今度こそ俺は退室し、部屋には沢原ただ一人となる。

(…ふむ。孤独、ですか)

先程の俺の報告にあった彼女の言葉を反芻し、暫し思考の海に沈む沢原。

(まあ、今の俺君なら、問題は無いでしょう)

そう区切りをつけ、窓に歩み寄る沢原。窓を一枚隔てた先には、咲き誇り、今も散りゆく桜。

「さてさて。どう転ぶことやら…」

呟くと、沢原は一つ伸びをして、自身も扉に向かう。

俺には俺にしか出来ない戦いがあるように、彼にもまた、彼にしか出来ない戦いがある。

たとえば、彼と彼女、そして二人を取り巻く者達を、影から護るという戦いが。
最終更新:2013年02月03日 16:38