―第501統合戦闘航空団ロマーニャ基地 食堂―
501が再結成されてから、五日。
すでに遺跡を利用した新しい基地の整備もあらかた終わり、基地としての機能を発揮しつつあった。
風呂が無い、と坂本はぶつぶつ呟き、設営隊に何かと注文を付けていたが。
「…」
全員が朝食に集まった食堂で、ペリーヌはやけにそわそわしながら、相も変らぬ宮藤の扶桑食を口に運んでいた。
「ペリーヌさん? どうかしました?」
不自然な様子を目ざとく捉えたリーネが、食事の手を止めてペリーヌに聞く。
「へ? な、何でもありませんわよ?」
口ではそう言いつつも、明らかに落ち着きの無いペリーヌ。ちらちらと壁の時計を気にしつつ、そうかと思えば口元に笑みさえ浮かべる始末。
誰がどう見ても、何とも無くはない。
「…あー。そういえば、今日は俺の奴がこっちに来るんだよナ?」
ペリーヌの様子をニヤニヤと眺めながら、エイラがいかにも今思い出したかのようにそれを口にした。
その途端、持っていた茶碗を落としかけるペリーヌ。
「あっれー? どーしたのペリーヌー?」
エイラと同じく意地の悪い顔つきをしたハルトマンが、わざとらしく尋ねる。
「な、な、なんでもありませんわ! わ、私は、俺さんが待ちきれないとか、これっぽちも思ってませんわよ?」
そう言ってる間に耳まで真っ赤になったペリーヌは、茶碗を口に寄せ、がつがつと白米をかき込む。
いささか品の無い行為であり、普段のペリーヌならば絶対にしないことだ。
その様子に、エイラやハルトマンだけでなく、
シャーリーやルッキーニ、果ては宮藤やサーニャまでも似た様な顔で笑い出す。
「あらあら…ペリーヌさんったら。心配しなくても、俺さんは今日中には到着しますよ」
ミーナが食器をそっと置き、優雅に微笑みながら言う。
「ミーナ隊長まで…だから私はっ…!」
ペリーヌはさらに説得力の無い言い訳を並べ、他の隊員はそんなペリーヌを生暖かい目で見守る。
そう。今日、この部隊に、再び俺が着任すると聞いてから、ペリーヌはずっとこの調子だったのだ。
不意に、坂本がそう尋ねた。
「あ、はい。私の知る限りずっと一緒にいましたよ。同じ家で暮らしてましたし…」
リーネのその言葉に食いついたのは、シャーリーにルッキーニ、そしてバルクホルンだった。
「なあ、俺とペリーヌって同棲してたのか!?」
「きになるー!!」
「ど…同棲だと! 仮にも軍人、それもウィッチが、どういう了見だクロステルマン中尉!!」
二人が目を輝かせ、一人がまさに怒髪天を突くといった様相でペリーヌに詰め寄る。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! お、落ち着いてくださいまし!」
ペリーヌは突然降って湧いた災難に、目を白黒させて三人を制しようとする。
その様に、ある意味この状況を作り出した張本人である坂本は、お馴染みのように豪快に笑っている。
わいわいと、騒がしく始まる彼女達の一日。この一瞬一瞬の時間でさえ、彼女達にとっては、使命を背負う糧になっていくのだろう。
―同隊同基地 滑走路―
昼。俺の到着予定時刻間近になり、501の全員は訓練を切り上げ、滑走路に集合していた。
「ペリーヌさん、もうすぐですよ!」
「大声を出さないでくださいまし! 分かっていますわ!」
宮藤のやや興奮した声に、ペリーヌはそれ以上の声で返す。またも、周りに笑いが零れる。
その空気を察し、思わず赤面して黙る二人。
「…来ました!」
リーネが一足先に輸送機の影を発見し、指を差す。
そちらを全員が見やると、確かに輸送機らしき影が基地に向かっているのが見えた。
「…俺さん」
ポツリとペリーヌが呟き、その顔が否応無しに緩む。その後ろではシャーリーとルッキーニが笑いを堪えているのだが、彼女の眼中には無かった。
その影は徐々に基地に近づき、その全貌を現してゆく。
と、その時。ペリーヌがポケットに入れていたインカムが、受信のサインである音を立てる。
慌ててそれを耳につけたペリーヌの鼓膜に、何より愛しい人の声が触れた。
《レイヴンリーダーよりレイヴン2へ。聞こえているか?》
ペリーヌは心から湧き上がる笑みを押さえきれずに、インカムに返答する。
「レイヴン2よりレイヴンリーダーへ。よく聞こえていますわ」
インカムの向こうで、俺が笑うのがペリーヌに伝わる。ペリーヌも、さらに笑みが深くなっていくのを自覚する。
《久しぶりだな、ペリーヌ。ミーナ隊長に着艦許可を頂きたいと伝えてくれ》
ペリーヌがミーナにその旨を伝えると、ミーナは笑顔で首を縦に振る。
「着陸を許可するとのことですわ」
《了解。少し荷物が多いから、整備班の手も借りたい。ま、とにかくそっちに着いてからだな。オーバー》
通信が切れると、ペリーヌはいそいそとインカムを仕舞い、軽く身支度を整える。
その間にも輸送機は基地に接近し、ランディングの姿勢に入る。
特に事故も無く、無事に着陸した輸送機は減速しながら前進、ハンガー付近で停止した。
ウィッチ達が歩み寄ると、輸送機の扉が開く。
そこから現れた黒いコートと眼鏡の少年に、ペリーヌだけでなく、全員の表情が緩んだ。
「…
レイヴンウィッチーズ戦闘隊長、俺大尉です。本日付をもって、501に再配属、貴女の指揮下に入ります」
俺は真っ直ぐミーナの前に進むと、敬礼、事務的な用件を述べた。
「ええ。話は聞いています。またよろしくね、俺さん」
ミーナも敬礼を返した後、にこやかに握手を求め、俺も笑顔でそれに応じた。二人の手が離れると、俺はあっという間に十一人の魔女に囲まれた。
「ひっさしぶりだなぁ、俺! ガリアではペリーヌと随分よろしくやってたみたいだな!!」
ばんばんと俺の肩を叩き、再会を喜ぶシャーリー。
「痛い痛い。全く、相変わらずだな。そうだ、昇進したんだって? おめでとう、シャーリー」
俺は苦笑しながらも、シャーリーの昇進を祝う。
「私も昇進したんだゾ!」
その声に俺が振り返ると、エイラとサーニャがいつの間にか後ろに立っていた。
「知ってるよ、エイラ中尉? おめでとうな」
ぽんぽんとエイラの頭に手を置く俺に、エイラは顔をほんのり赤くしながらも、
「へへー。もっと褒めロー!」
等と言う。その横でサーニャが俺に小さく頭を下げ、
「俺さん…お久しぶりです」
「お、久しぶりだなサーニャ。エイラとオラーシャに出向いてたんだって? エイラは何か迷惑かけなかったか?」
私は迷惑なんかかけてないゾ! と言い張るエイラに俺が苦笑していると、腰に軽い衝撃。
「おれー! ひさしぶりー!」
「ようルッキーニ、久しぶりだな。相変わらず元気そうで良かったよ」
そう言いながら、腰に抱きつくルッキーニの頭を撫でる俺。
ヴェネツィアが陥落し、ロマーニャが危ないと聞いた時、ルッキーニが落ち込んでやしないかと気にしていた俺だったが、杞憂だったようだ。
「えへへー! あのねあのね、この前カッコイイ虫見つけたんだよ! 後で見せてあげる!」
ルッキーニはそう笑顔でまくしたてると、さっと俺から離れてシャーリーに走り寄った。
「久しぶりだな俺! しばらく訓練はしていないのだろう?」
坂本が、何やら嬉しそうに俺に声をかける。
「お久しぶりです、坂本少佐。あ、特訓は結構ですよ。これでも日々の鍛錬は欠かさないので」
「ほう、言うじゃないか。後でその鍛錬とやらの成果、しかと見せてもらおう」
はっはっは、と笑う坂本にやや苦笑する俺。
「久しぶりだな、俺大尉。またお前と同じ空を飛べるとは思わなかったよ」
バルクホルンがすっと俺の前に出て、ミーナと同じく手を差し出す。
「久しぶり、バルクホルン。アーヘン空港でのお馴染みの騒ぎのことは色々と聞いてるぞ?」
俺はその手を取り、しっかりと握手を交わしながら、聞いた話を思い出して苦笑する。
「あ、あれは、ハルトマンに少し説教をしていただけだ! というか、どこから聞いたんだ!?」
顔を赤くしながらまくし立てるバルクホルンに苦笑を深めながら、俺は目線を横にずらす。
そこには、手を頭の後ろで組んだ黒い悪魔がにこにこと笑っていた。
「おれー久しぶりー。お菓子とかあると嬉しいなー」
「再会してすぐに物要求かよ…しかしまあ、久しぶりだな。エーリカ」
相変わらずマイペースなハルトマンに、俺は苦笑しながらも一安心した。
「あの、俺さん! お久しぶりです!」
その横から、宮藤が笑顔で頭を下げる。隣で、リーネも同じく会釈をした。
「元気そうだな、宮藤。診療所の方は大丈夫か? リーネは、ガリアでも世話になったよな。と、リーネも昇進おめでとう」
二人の顔に笑顔が咲くのを微笑ましく見つめ、俺は振り返る。
青い少女と、黒い少年の視線が重なった。
「お久しぶりですわ。俺さん」
「ああ。しばらくガリアを空けてすまなかったな。で、ノーブルウィッチーズの件、断ったんだって?」
「え、ええ…私は…その…」
赤面して何やらもじもじするペリーヌに、大方の事情を聞いている俺はくすりと微笑む。
二人の間に、何ともいえない空気が満ちてゆく。当然、ウィッチ達は全員引き気味だ。
「…あー…間が悪いのは承知なんだが、ちょいといいかな?」
その声に、全員が輸送機の方を振り向く。その声の主は、俺と共に扶桑から飛んできた友だった。
「ちょっと整備班の手借りて荷物を下ろしたいんですが…ヴィルケ中佐、許可をお願いします」
「あ…そうね。では、整備班に協力を仰ぎましょう。それと…ペリーヌさん?」
ミーナが一つ頷き、再びペリーヌ達の方へ視線をやる。
「俺さんに基地を案内してあげてください」
「了解しましたわ。では俺さん、着いて来てくださいまし」
ペリーヌが俺に先立って、基地の方に向き直る。
「ああ、頼むよ。友、ストライカーの方は任せるよ」
「おう。後で少し顔出せよ」
友に悪いな、と告げ、俺とペリーヌは基地に向かって歩き出した。
「しっかし、あいつらは変わんないなぁ…」
シャーリーが二人の背中を見送りながらそう呟く。その呟きに、ハルトマンが同意する。
「あのまま結婚しそうな勢いだよねー。それはそれで面白そうだけど」
にしし、と笑うハルトマンの言葉に、友を含めて全員が頷いた。
―同隊同基地 廊下―
「へぇ…いかにも遺跡、って感じだな。改修とかはもう済んでるのか?」
ペリーヌと二人で廊下を歩きながら、あちこちに目を遣る俺。ロマーニャの基地はブリタニアの基地と違い、いかにも遺跡然とした石造りの内装だ。
「ええ。基地としての機能は完璧ですわ。お風呂が無いのが困り物ですが…」
「風呂無いのか…まあ、俺は構わないけど、皆は困りそうだなぁ」
まあ、その辺は坂本がなんとかするのだろう、と俺は思考を一区切りした。
「で、部屋割りってあるのか?」
俺の疑問に、ペリーヌはああ、と頷き、
「一応ありますが…今回の基地は何人かが相部屋になってますわ」
「相部屋なのか」
俺を除くウィッチは十一人。当然俺は一人違う部屋にぶち込まれるとして、どんな部屋割りになってるのだろう。
後で聞いてみるか、と俺が考えている間に、ペリーヌの足がふとある扉の前で止まる。
「ここが私達の部屋ですわ」
木でできた扉を開き、中に入るペリーヌ。俺も慌てて後に続く。
「結構広いんだな…」
廊下と同じく、石造りの部屋。広めの部屋の端には、大きめのクローゼットとベッド、中央には二人分の椅子と、テーブル。
あまり何も無い部屋だ。が、ここがペリーヌと誰かの部屋なら当然か、と思う俺。
ペリーヌはリーネの手を借りてガリア復興財団を立ち上げ、全ての貯金と家財、俸給を投げ打ったのだ。
俺も同じく使い道の無かった貯蓄を収めようとしたが、当のペリーヌがそれを押し留めた。
曰く、有事の時の為に、俺の貯蓄はなるべく手を触れないでおきたい、と。
有事という言葉にピンと来なかった俺は詳しく尋ねたが、ペリーヌは赤面して、
「さ、察してください!」
と教えてもらえなかったものだ。
改めて意識を部屋に戻し、ふむ、と考える俺。
(あまり部屋に何も置いて無い所を見ると…相部屋の相手は、まさかバルクホルンか?)
そう考えていたところで、ペリーヌの怪訝な視線に気付く俺。
「…俺さん? 聞いてます?」
「ああ…すまん。聞いてなかった」
「もう…しゃんとしてくださいまし。それで…俺さん。何か置きたい家具はありますか?」
その質問の意味が、俺には分からなかった。何故ペリーヌ達の部屋の家具を俺が選ぶのか。
「…あー、ペリーヌ? 何で俺が…?」
俺のやや間の抜けた声に、今度はペリーヌがぽかんとした。
「何でって…ここが、私と俺さんの部屋だからに決まってるじゃないですか」
一瞬、俺の思考が完全に停止した。今、ペリーヌは確かに言った。ここは、自分と俺の部屋だと。
よくよく考えれば、部屋に何も無いのは、昨日までペリーヌ以外に住人がいなかったからではないだろうか、と俺は思い至る。
「…バルクホルン達は何も言わなかったのか?」
やや呆然としつつ、俺が当然の疑問を漏らす。
「大尉は、ハルトマン中尉が丸め込んで…中佐は、苦笑いで認めてくれましたわ」
「…ああ、そっか」
何となくその様子が想像出来た俺は、ただ苦笑するしかなかった。
「俺さんは…嫌、ですか?」
不意に、そうペリーヌが聞いてきた。
「嫌なわけ無いだろ。ただ、ちょっと驚いただけだよ」
そう言って、ペリーヌの頭に手を置く俺。
「というか、うん。素直に嬉しいな。ここでもピエレッテとずっと一緒にいれそうだ」
笑顔でそんなことを言う俺に、ペリーヌはほんのりと、嬉しそうに赤面しながら、
「もう…」
と漏らし、俺の手に身を委ねる。
「もう暫くこうしていたいのですが…ちゃんと、案内はしませんとね…」
その言葉に、俺は苦笑して手を下ろす。
「じゃ…色々後に取っておいて、とりあえず、全部案内してもらおうかな?」
「はい」
笑顔で頷くペリーヌと共に、部屋を出る俺。部屋には何を置こうか、などと考えながら。
―同隊同基地 テラス―
基地の上部に厳かに佇む、翼を携えた女神像の根元で、俺とペリーヌはアドリア海を一望していた。
粗方案内を終えた後、二人が最後に来たのが、このテラスだった。
「ブリタニアとはまた違うが…ここも、悪くは無いな」
俺は手でひさしを作り、燦然と陽を照り返す海を一望する。
「いい天気だし…泳ぐと気持ち良さそうだな」
「ふふ…多分、そう遠くない内に、嫌でも海に入りますわよ」
ペリーヌは以前の訓練を思い出して、僅かに笑う。あれは、俺と出会う前だった。思えば、そこから随分遠くに来た気がする。
「ピエレッテの水着、期待してようかな」
「…俺さんも、殿方なんですのね」
すっと細めた目で俺を一瞥するペリーヌ。口元に笑みが浮かんでいるので、満更でもない様だが。
「にしても…こういう場所に来ると、あの時が懐かしいな…」
ふと、あの時を懐古するように俺は海に目を遣る。ペリーヌと想いを告げあった場所も、海を見渡せる場所だった。
「ええ…もう、何年も一緒だったような気がしますわ…」
実際、二人が出会ってからは一年も経っていない。だが、二人は時間以上に多くのものを積み重ねてきた。
初対面の印象は、最悪だったと言っていい。
俺は未だに美雪の影を引きずり、誰かを失うことに恐怖していた。
ペリーヌは坂本の隣にいられなくなることを恐れ、俺に反発していた。
そんな二人の溝を更に深めた
模擬戦、そして、俺がペリーヌを助けた戦闘。
俺が
初めて誰かに美雪のこと、抱えていた想いを打ち明け、二人の想いが通じ合った夜。
ガリアへ破壊の矛先を向けたネウロイに、俺が捨て身で破壊にむかった戦闘。
共に支えあいながらガリアの復興を細々と始めたこと。
挙げてみれば、それほどのことしかない。
だが、それほどのことの重みは二人にしか知りえぬことだ。
波の音に包まれ、二人は暫し無言で寄り添い合って海を見渡す。
穏やかな沈黙が流れる。潮風が吹き抜け、俺のコートの裾が僅かになびく。
「…覗きは良くないな、宮藤?」
ふと、俺がそう言った。ペリーヌではなく、テラスの入り口の陰に向けて。
「あ…えっと…すみません!」
入り口から宮藤が勢いよく飛び出し、頭を下げる。
「み、み…宮藤さん! 貴女…っ!」
さっと俺から離れたペリーヌが、真っ赤な顔で宮藤を睨む。それを、苦笑しながら俺が制する。
「えっと…その…ミーナ隊長に頼まれて、二人を探してたんですけど…その…雰囲気的に…」
「入れなかった、と」
未だに唸るペリーヌをなだめながら、苦笑が絶えない俺、おどおどする宮藤。先程までの雰囲気は何処へやら、といった様相だ。
「ま…とにかく、呼び出しだな? どんな用件だ?」
「あ、はい…正式な書類の受理と補給物資、情報の確認があるので、執務室まで来るように…とのことです」
「ん、了解。すぐに出向こう。あ…ペリーヌの同席は構わないかな?」
俺がペリーヌを振り返りながら言う。
「え、えっと…そこまでは…」
自分の要領を超えた質問に焦る宮藤に、俺は苦笑して謝罪した。
「ああ、ごめんな。それは直接中佐に聞いてみるよ」
「はい…すみません。では、私はこれで失礼します」
一つ頭を下げ、身を翻して駆けて行く宮藤。
「あの方は…もう…」
未だにペリーヌはカリカリしていたが、俺は苦笑を見て、ふぅ、と溜息を吐いた。
「そういえば…気を使っていただいてるんですのね」
ペリーヌが、思い出したように言う。彼女が言う気遣いとは、名前のことだ。
俺は先程までは彼女をピエレッテと呼び、誰かがいる前ではペリーヌと呼んでいた。
「ああ…別に、言うほど気回してる訳じゃないよ。ただ、そうだな…」
俺は一瞬考えて、悪戯っぽく笑う。
「…ピエレッテと呼べるのは、俺だけでいいかな」
その言葉に、一瞬ペリーヌは驚き、気恥ずかしそうに顔を背ける。
「…ま、まったく…俺さんは…もう…」
見ようによっては、拗ねた様にも見えるペリーヌに、俺は不意に抱き締めたくなる衝動を堪えてテラスの扉に体を向けた。
「…さて。ミーナ隊長のところに行かないとな。まだ迷いそうだし、道中頼むな、ピエレッテ?」
「…もう。分かりましたわ、俺さん」
傾き始めた陽光を背に、二人は歩き出す。風が、ゆっくり彼らを送り出した。
―同隊同基地 執務室―
「…最終確認です。レイヴンウィッチーズからの補充人員、物資はこの通りですね?」
呼び出された俺と、別口で同じく召集された友、原隊の関係で同伴を許可されたペリーヌの前で、ミーナがボードを手に質問を重ねる。
「…はい。間違いありません」
ミーナに手渡されたボードにさらさらと何かを書き込んでから、それを返す俺。
「結構です。では友
技術中尉、貴方には整備班、設営班と共にストライカー及び基地整備の任に着いて頂きます」
一度ボードに目を通し、それをデスクに置きながら、友に事務的な用件を告げるミーナ。
「そのことなのですが…一つ、よろしいでしょうか」
「? 何かしら?」
すっと一歩前に出て、ミーナと向き合う友。
「ストライカー整備の件なのですが…私自身の裁量で、自由に弄る許可を頂きたいのです」
友の進言に、怪訝な顔をするミーナ。彼女のみならず、俺やペリーヌも似たような表情で友の横顔を見つめる。
「…それは、ストライカーの改造を認めろってことかしら?」
「ざっくり言うとそんな感じです」
「当然、認められません」
ばっさりと斬って捨てるミーナ。
当然だ。顔見知りとはいえ、他部隊の一介の
整備士に隊の生命線とも言える機械を好き勝手に弄らせるなど、論外にも程がある。
「ですが…理由くらいは聞いておこうかしら?」
雰囲気を若干和らげ、ミーナが理由を問う。
「…最前線のストライカーに興味がある、というのが一番の理由です。ですがそれ以上に…」
本心を包み隠さずに前置きすると、友ははっきりと言う。
「自分が整備する以上は、機体を完璧に仕上げたい。その能力を最大まで活かす為に、出来ることを惜しみたくない。それが理由です」
友の言葉を心で噛み砕いたミーナは、じっと友の目を見つめる。何ら嘘は見当たらない、純粋な目だった。
「…申請を却下します」
デスクの書類を纏めながら、ミーナはそう言い放った。すっと目を伏せ、軽く頭を下げて元の位置に戻る友。
「ですが、友さんの能力と意気込みに免じて、使用者のウィッチと整備班長の立会いの許でならば、改造行為も認可しましょう」
特例ですよ、とミーナは付け足して、一枚の書類にサインをする。それを、へ? という顔をしている友に渡す。
「後でそれを整備班長に提出してください。…整備の腕には自信があるのでしょう? 皆のストライカー、ちゃんと見てくださいね?」
「あ…ありがとうございます!」
書類を受け取り、深々と頭を下げる友。
「では、解散としましょう。…あ、俺さんはちょっと残ってください」
俺を残して解散を言い渡すミーナ。
ミーナに敬礼し、俺に軽く手を振ってから急ぎ足で退室する友。そんな友を見送り、扉と俺を交互に見やるペリーヌ。
「ああ、その辺でちょっと待っててくれ。すぐ行くから」
「あ、はい…では中佐、失礼します」
ペリーヌも敬礼した後、退室した。
ぱたん、と扉が閉じた後、改めて俺とミーナが向き合う。
「ごめんなさいね。大した用事じゃないの」
そう前置きして、山積みの書類からさらに一枚引っ張り出すミーナ。
「貴方の上官…沢原少将からの指示なんだけど…これを見てくれるかしら」
書類を受け取り、怪訝な顔でそれを見やる俺。どうせ、それが俺の頭痛の種になるのだろうと半ば諦めながら。
そこには、こう記されていた。
『501stは、こちらの命令に応じて第0独立統合飛行隊より出向している二名を即時離隊させることを認可されたし』
「…まあ、場合によっては貴方達二人をこちらの指揮系統から外せ、というのを許可しろということね」
何か聞いてないかしら? とミーナは続けて質問するが、俺は頭を抱えて苦笑するばかり。
「…案の定と言いますか、初耳です」
俺の言葉に、ミーナまでも苦笑する。
「なら…質問は以上です。退室して結構ですよ」
「なんというか…すみません」
深々と頭を下げる俺。今度会ったら銃弾の一発くらいくれてやろうと誓いながら。
「と、とにかく顔を上げて? ほら、ペリーヌさんが待ってるわよ」
「…すみません。では、失礼します…」
顔を上げ、敬礼の後に疲れた顔で執務室を去る俺。残されたミーナは書類に苦笑を落としつつ、
(相変わらず、訳の分からない人ね…)
飄々とした雰囲気を身に纏い、爽やかな笑顔で周囲を煙に巻く優男。それがミーナの沢原に対する評価だ。
もっとも、飄々とした雰囲気といえば、俺も似たような雰囲気なのだが、あの上官の指導の賜物なのだろうか。
(…現レイヴンウィッチーズの前身の第0独立戦闘航空隊…解散されたって話だけど…)
その思考と共に、先程とは違う書類を手に取るミーナ。それは、俺とペリーヌの原隊についての書類だ。
(一体…どんな手を使って、部隊を…?)
通常、部隊一つを設立するのには様々な手間と権力が必要だ。ストライクウィッチーズを再結成する際に、ミーナはそれをよく学んでいる。
しかし、沢原はそのような手間をかけたことを一切匂わせることも無く、部隊を一つ設立してみせたのだ。
それも、通常の命令系統には属さない、独立部隊という体でもって。
「…考えるだけ無駄、ね」
気になることは多々あるが、所詮はミーナの個人的な興味に過ぎない。
他にも、彼女には考えることが山積しているのだ。隊長として、そちらを優先すべきだろう、と思い至る。
「…せめて、デスクワークのお手伝いも派遣して欲しかったかしらね」
そんなことをぼやきながら、大量の書類との格闘に入るミーナ。
なんとなくだが、この先自分が一人で書類に忙殺される未来が見えた気がした。
ついでに、不名誉なことで賞賛される未来も、だ。
―同隊同基地 俺・ペリーヌ自室―
「何だかんだで疲れたな…」
物資が不足しているため、量が控えめな夕食の後、二人は自室に戻っていた。
コートを壁に掛け、ネクタイを緩めてベッドに腰掛ける俺。
「基地を歩き回っただけじゃありませんの…」
既に寝巻きに着替えたぽすん、とペリーヌも俺の隣に腰を下ろす。
「気疲れだ、気疲れ。でもまあ、ピエレッテがいるからいいんだけどな」
「…もう」
それが自然であるように、ペリーヌは俺の肩にそっと頭を乗せる。
「また明日から訓練漬けか…少佐は変わらずか?」
「ええ。相変わらずの素晴らしい指導ですわ」
それはまた、と苦笑する俺。
「…ま、ガリアでも多少の自主訓練は怠ってはいなかったしな。なんとかなる…だろ」
俺がそう言って体の調子を軽く確かめていると、ふわ、とペリーヌが欠伸をした。
「ん。寝るか?」
普段より少し早いが、明日からのこともある。ペリーヌは素直に頷いた。
「今日はもう寝ますわ…」
「じゃ、俺も寝るかな…あ、服脱がないと」
俺はそう言ってベッドから腰を上げ、クローゼットの前まで来ると、無造作に服を脱ぐ。
黒い軍服一式をハンガーにかけて仕舞い、ついでにホルスターも外して置く。
タンクトップとパンツのみとなった俺がクローゼットを閉じて振り返ると、
「…なんでそっち向いてんだ?」
ペリーヌが何故か不自然に俺と反対側を向いていた。
「なんでそう、無造作に服を脱ぐんですの…」
「…いや、見られて困るもんじゃないし」
もう慣れたものだろう、という言葉が俺の喉元まで出掛かったが、堪えた。乙女心というのは中々に複雑に出来ているらしい。
軽く息を吐き、ペリーヌから視線を外した俺が、ふとベッドサイドに置かれたものを見る。
「これ…まだ、付けててくれたんだな」
そう言って俺が摘み上げたものは、黄色いフリージアが中心に象られたペンダントだった。
「当然ですわ。俺さんから頂いた、大切な想い出ですもの…」
寝返りを打ったペリーヌが、はにかみながら言う。その表情と想いに、俺までもが自然に笑顔となった。
「…嬉しいもんだな」
苦労して調達した甲斐があった、と暖かい気持ちを抱きながら、壁に歩み寄り電気を消す俺。
その直後にベッドサイドのランプを付けて、眼鏡を外してその下に置くペリーヌ。
「ふぁ…さて、寝るとするか…」
欠伸をしながらベッドに戻り、俺は外した眼鏡をペリーヌの眼鏡の傍に置いた。そのついでにランプを消す。
俺がベッドに入ると、すぐさまペリーヌが擦り寄ってくる。
二人がくっついて寝るのは、最早ブリタニア基地に居た頃からの習慣だ。
「暖かい…昨日まではあまりよく寝付けなかったので、今日は安眠できそうですわぁ…」
ほんのりと頬を染めて、俺にさらに密着するペリーヌ。俺は笑みを浮かべて、ペリーヌの髪をそっと撫でる。
「おやすみなさい、おれさん…」
「おやすみ、ピエレッテ」
挨拶を交わすと、ペリーヌはすぐに眠りに落ちたようだった。
あまり刺激しないように、ペリーヌの髪をそっと撫で続ける俺。
久しく傍になかった温もりを体全体で感じながら、ゆっくりとまどろみに飲まれてゆく俺。
(…孤独、か)
俺の胸中で、その言葉が不意に鎌首をもたげる。
だが、考察を巡らせる前に、俺も心地よい暗闇に意識をさらわれていった。
軍隊生活から離れ、基礎体力の低下に悩まされる芳佳、リーネ、ペリーヌに、坂本はある人物による特訓を三人に言い渡す。
他人事のように苦笑を浮かべて見送ろうとしていた俺だったが、
「俺、目付け役として三人に同行してくれ」
「マジですか…」
どうやら、他人事にはならなさそうだ。何の当て付けだろう。
最終更新:2013年02月03日 16:38