私「暑い、砂っぽい……」

砂漠の北アフリカ。
道とも思えぬ道を走る軍用トラック。その荷台に乗る一人の少女がいた。

私「ここ、絶対に人間が来るようなところじゃない……」

白い肌の表面には汗が玉と浮かんでいる。

私「しかも、よりによって夏になんて……」

ぐったりとした様子で、白い日傘の作る影になるべく身を置こうとしているが、砂漠の熱はそんなものでは凌げない。

私「ああ、オラーシャが、ムルマンスクが恋しい……」

背の中程まで伸び、首の後ろで簡単に一つにまとめられている銀の長髪も、普段の艶がない。

私「なんで、私がこんなことに……」

碧眼から向けられる視線も弱々しい。

私「そう。全部、ノヴィコフの話術が悪い…………絶対シメル」

物騒な言葉を一言つぶやき、はぁと熱の籠った息を吐き出した。





彼女がアフリカにいる理由は、少々前の辞令が原因だった。

元帥への昇進は時間の問題と噂される、オラーシャ空軍を統べる男、アレクサンドル・ノヴィコフの執務室にノックの音が響いた。
書類にサインを入れ、ペンをペン立てに戻してから、口を開く。

ノヴィコフ「入りたまえ」

私「失礼します」

入ってきたのは少女。しかし軍服を着ている彼女は、ただの少女ではなくウィッチだ。
ぴしっと、緊張気味だが堂に入った敬礼を見せる。

私「第4襲撃機連隊所属私少尉、ただいま出頭いたしました」

ノヴィコフ「ふむ、ごくろう。楽にしてくれ」

私「はっ」

休めの恰好に私がなったのを確認し、ノヴィコフは手元に彼女の資料を取り寄せる。

ノヴィコフ「1940年に養成学校を卒業。少尉任官と共に第4襲撃機連隊に配属。その後スオムスへの航空支援作戦や、バルバロッサ作戦に従軍し戦果をあげる。うむ、さすがは我が軍の誇る対地攻撃エースの一人だな“中尉”」

私「いえ、私はまだまだです。それとお言葉ですが司令、私は少尉です」

ノヴィコフ「ふふっ、いいのだよ私中尉。君は今をもって少尉から中尉へ昇進した」

私「昇進、ですか?」

ノヴィコフ「ああ、そうだ。おめでとう」

にこりとノヴィコフが笑みを浮かべると、はっとした私はびしっと再び敬礼をする。

私「ありがとうございます。これを励みにより一層責務を果たしていく所存です」

ノヴィコフは軽く手を振りやめさせると、机の上で手を組んだ。

ノヴィコフ「ところで中尉、君はアフリカで新設された統合戦闘飛行隊を知っているか?」

私「はぁ……風の便り程度には存じています」

ノヴィコフ「ふむ、では名前を聞いたことがあるといったところか?」

私「はい、後はアフリカの星についてなら、バルバロッサ作戦時にカールスラントのウィッチが熱く語っていました」

ノヴィコフ「そうかそうか」

なにやら頷いているノヴィコフだが、対して私は表情こそ殆ど変えないものの、小さく首をかしげた。
ウィッチとは言え一介の少尉に昇進を伝えるために、司令官が自分を呼び出すはずがないと思うのだが、オラーシャから数千kmも離れたアフリカの話が関係しているようにも思えない。

ノヴィコフ「では、先日起きたハルファヤ峠防衛戦は?」

私「いえ、すみません。存じません」

ノヴィコフ「そうか……ああ、いやいや、何も悪いことはないよ。知らないのも無理からぬことだ」

ちょっぴりしゅんとなってしまった私に、あわてて手を振ってなだめる。

ノヴィコフ「まあ、簡単に説明するとだな、エジプトからリビアへ通ずる玄関口であるハルファヤ峠に来襲したネウロイを我らが連合軍が撃退を果たした、という戦いだ」

私「それは、喜ばしいことです」

ノヴィコフ「結果だけならば……な」

深くため息をつくノヴィコフ。表情は微妙に苦々しい。

ノヴィコフ「実際の被害は甚大。最終的には強行軍によるウィッチの援軍と、守備隊の指揮官までが前線で砲を撃つ状況でようやく撤退に追い込んだのだ。薄氷の勝利だ」

私「お言葉ですが、勝利は勝利かと」

ノヴィコフ「ふっ、確かに我が祖国の当初の戦いに欲しかった勝利ではあるな」

私「あ、いえ、そんなつもりでは……」

ノヴィコフ「わかっている。ただの愚痴だ」

失言だったかと表情をさっと青ざめさせる私だったが、ノヴィコフは愉快そうに笑うだけだった。
ほっと心の中で私は一息をついた。

ノヴィコフ「とにかくだ。勝ちはしたものの状況はよろしくない。万が一リビアをネウロイに抜かれれば、北アフリカは放棄せざるを得ない。下手をすればそのままジブラルタルの南岸を抑えられかねない」

だが、すぐさま表情を引き締める。
つられて、私も背筋を伸ばした。

ノヴィコフ「ジブラルタル海峡はドーバーの半分も幅がない。ヒスパニアが北と南から挟撃されるとなれば危うい。
さらに、ジブラルタルの通行が出来なくなれば、スエズを既に失っている以上地中海は棺桶だ。ヒスパニア経由で地中海に送ったってたかが知れているし、安全の保障はない。ロマーニャ半島は兵站を絶たれ陥落するだろう」

私「つまり……大陸をさらに失うと?」

ノヴィコフ「もしかしたら、な。そして、そんな“もしも”を防ぐのが我々軍人の務めだ」

私「その通りかと」

ノヴィコフ「うむ」

満足そうに頷いてから、話を一度戻す。

ノヴィコフ「とにかくだ。ハルファヤ峠での教訓により、陸の兵達の頭を守るための空の拡充以上に、直接的脅威である陸のネウロイどもを潰すための戦力の強化が必要であるという共通の結論に達した」

ここまで来ると、流石の私もなんとなく話の続きがなんとなくわかった。

ノヴィコフ「陸上戦力を強化すると同時に、空からの支援攻撃も含めて包括的に強化するのだ」

私「つまり、私がアフリカに……ということですか?」

ノヴィコフ「率直に言えばそうなるな。まずは実験的に一人ではあるが、対地打撃魔女を派遣することになった」

私「軍人としては、大変な名誉であると考えますが、私で本当にいいのでしょうか?」

ノヴィコフ「君だからこそだ。悲しいことに我が軍の襲撃機連隊の損耗率は凄まじい。そんな中で今まで戦い抜いてきた君ならば頼りになるのだよ」

私「……」

じっと、鋭いノヴィコフの眼光に射すくめられ、一瞬気おくれしてしまう。

ノヴィコフ「祖国を守り、取り戻すための戦いにこそ身を投じたいという思いも重々承知しているつもりだ。だが、これは大祖国戦争などという枠を超えた人類の存亡を賭けた戦いだ。どうか、わかってくれないか?」

私「…………」

ごくりと生唾を飲み込み、一瞬目を伏せる。
だがすぐに大きく息を吸うと、ノヴィコフの視線を真正面から受け止める。

私「これでも私は軍人です。行けと言うのならば行きましょう」

ノヴィコフ「そうか、ありがたい……」

視線を和らげ、ノヴィコフは机の上から封筒を一つ取り上げると、差し出す。

ノヴィコフ「辞令だ。それに資料も入っている」

私「了解いたしました」

ノヴィコフ「では、下がってもらって構わない。君の武運を祈っているよ私中尉」

私「はっ、失礼いたします」

退室前の敬礼を行ってから、封筒を小脇に抱え、きびきびとした動作で部屋から出る。

ノヴィコフ「ふぅ……」

ドアが乾いた音を立てて閉まると、ノヴィコフは椅子に体重を預け、深く息を吐いた。

ノヴィコフ「こういうのは辛いものだな」

彼が私に語った内容には嘘はない。
アフリカが重要であることに変わりはないし、彼女の能力を評価したからこそ抜擢したのは確かだ。
だが、同時に強い政治的意向が働いていることも否定できない。
アフリカの統合戦闘飛行隊は当初こそ、各国ウィッチの寄せ集めと揶揄された。スオムス義勇独立中隊の例はあったものの、それがどこでも成り立つとは思っていなかったのだ。
だが、予想以上に組織として機能しているらしいとなって、慌てる国も出始めた。その一つがオラーシャというわけだ。
ウィッチは出していないものの、アフリカに兵を出しているリベリオン、ブリタニアはまだいい。だが、オラーシャはノータッチだ。
遠いと言えば遠いのだろうが、超大国を自負するオラーシャ帝国としてはそんな小さなことでも得点を稼いでおきたい。
そして、運のいいことに統合戦闘飛行隊は丁度よかった。ウィッチの総員がそこまで多くないので、一人でも派遣しておけば、オラーシャの面目はたもたれる。

ノヴィコフ「所詮は、私も軍人でしかないということか。すまんな、私中尉……」

もう声は届かないとわかっていても、私の出て行ったドアに向かって、一人小さく頭を下げた。





ケイ「私中尉、ねぇ……」

受け入れ側の統合戦闘飛行隊「アフリカ」の隊長、加東圭子は送られてきた資料を自室でぺらぺらとめくっていた。

マルセイユ「ケイ! 新しい奴が来るって本当か!」

ケイ「それは本当だけど、どこから聞いたのよ? あと他人の部屋に入る前には声かけなさい」

マルセイユ「そんなの私たちの仲じゃいまさらさ。それより、どんな奴だ?」

天幕に飛び込んできたマルセイユはケイの声などどこ吹く風。好奇心に目を輝かせている。
はぁとため息をつくものの、もう長い付き合いでわかりきっているので答えてやることにする。

マルセイユ「どこ出身だ?」

ケイ「オラーシャよ」

マルセイユ「オラーシャ? なんでまたそんなアフリカとは真逆の気候のところから来るんだ?」

ケイ「さあね、それを考えるのは私たちの役目じゃないでしょ。戦力強化に繋がるならいいことだし」

マルセイユ「まあそうか。誰だって来たからには働いてもらうしな。で、階級は?」

ケイ「中尉。あなたと一緒ね」

マルセイユ「なにっ? なら、撃墜数は!?」

子どものような対抗心が芽生えたが、マルセイユがぐいっとケイに顔を近づけてくる。

ケイ「あーもう落ち着きなさいよ。それに、今度くるのは対地打撃魔女なんだから、張り合っても意味ないわよ」

マルセイユ「なんだ、そうなのか……」

心底残念そうな表情を見せるが、すぐに今度は怪訝そうな顔をする。

マルセイユ「って待てよ。なんで対地打撃魔女が来るんだ?」

ケイ「さあ? 詳しいことは私もわからないわ。でも、近接航空支援の本職が来るはいいことよ。いつまでも真美に付け焼刃でやらせるわけにもいかないし」

マルセイユ「ま、細かいことはいいか」

あっけらかんとマルセイユは笑い飛ばしてしまう。

マルセイユ「で、そいつはいつ来るんだ?」

ケイ「予定だと、今日らしいわよ」

マルセイユ「なんだって! なんでもっと早くそれを言わないんだケイ!」

突然大きな声を出すマルセイユ。びっくりするのはケイだ。

マルセイユ「くそっ、時間がないな。マティルダ! マティルダー!!」

ケイ「ちょ、ちょっと……」

止める間もなく。風のように現れたマルセイユはまたもや風のように去っていった。

ケイ「やれやれ……」

またため息をつく。
今頃マルセイユは歓迎会の準備に奔走しているのだろう。

ケイ「ま、いっか」

そのまま、ベッドにあおむけに倒れこんだ。

ケイ「噂のシュトルモヴィク、Il-2のエース級に取材も出来そうだし、ね」

小さく笑いながら、愛用のライカを撫でる。
もうすっかりアフリカに慣れたケイだった。





私「まだ、着かない……?」

運転手「あと30分位の辛抱ですよ」








おまけ。主人公の簡単なスペック
「私」
年齢:16歳(1942年末)
身長:168cm
3size:B83W59H85
使い魔:ボルゾイ
出身:ムルマンスク
ストライカー:みんな大好きIl-2




最終更新:2013年02月07日 14:06