――――執務室――――


「つまり、私が運転手を?」

「ええ、貴方にとっても悪くない話だと思うけど?」

 執務室で直立不動の姿勢を貫いたまま、男は顔にありありと困惑を浮かべる。朝食の終了直後にミーナに執務室へ来るように呼び出され、男が何かやらかしたかと記憶をたどり、ありもしない心配によって額を汗で湿らせる中で紡がれた言葉は、彼にとっては拍子抜けするようなものであった。

 基地の消耗品その他を補給するために、運転をしてくれないかというのだ。確かに、彼は免許も一応持っているし、まだロマーニャの街に出たことの無い彼にとっては歓迎するべきことではある。だが、腑に落ちない点があるのだ。

「……なぜイェーガー大尉に依頼しないのですか? 彼女ならば私よりも運転技術が優れていると思いますが?」

「あぁ、それは……その、彼女はスピードが好きでしょう?」

 その言葉に、男は数日ほど前の様子を思い出す。レーザーを撃って魔法力切れで墜落した翌日、彼女達は街に補給に行っていたようだった。そして、宮藤とペリーヌは心ここにあらずという様子だったではないか。おそらく、絶叫マシンもびっくりの運転をされたのだろう。

「了解しました。ただ道が分からないので、ルッキーニ少尉を案内に連れて行ってもよろしいですか?」

「ええ、かまわないわよ。ペリーヌさんは連れて行かなくて良いのかしら?」

 ミーナはウィンクをしながら悪戯っぽく言う。つくづく、彼女には強く出られない。

「な、が……さ、さすがに軍用トラックで行くわけにも行かないでしょう? ええ、それに、これは慰安ではなく補給任務です。つまりその……あの……そういう私的な目的では……」

 しどろもどろといった男の様子に、たまらずミーナは噴出す。普段は年齢に見合わないくらいに冷静で冷徹なのに、この事になるととたんに年相応、いや、それ以下に成り果てるのだから。

「はいはい。じゃあお願いね、俺大尉。必要な物はこのリストに載せているわ。そうそう、他の皆にも必要なものが無いか聞いてくれるかしら?」

「了解、中佐殿。中佐は何か必要なものはありますか?」

「え? いえ、良いわ」

 その言葉に男は敬礼を行い、踵を返すと部屋を後にする。ミーナは一つだけため息を落とすと、大きく伸びをした。


――――談話室――――


「……と言うわけで、何か必要なものがあれば買ってくるつもりだ。もちろん積載量に問題はあるが、考慮はしよう」

 まるで作戦開始前のように、男は仁王立ちで言葉を紡ぐ。どうやらこの男、気を抜くべき場面で気を抜かないようだ。

「じゃあお菓子」

「ハルトマン中尉、君が自分で部屋を片付けられるようになった暁にはダンボールごと買い与えてやる」

 すぐさまそう宣言したハルトマンに、ぴしゃりと男の言葉が突き刺さる。バルクホルンの報告では、掃除した部屋は六時間ほどで再び魔窟になったそうだ。ハルトマンの固有魔法は風ではなく、エントロピーの増大なのかもしれない。まるで賽の河原で石を積んだような徒労感が、男を襲う。

「私は特に無いかナー。サーニャはどうダ?」

「私も、特には無いわ」

 短く問答を交わした二人は、必要ない由を男へ伝える。

「リネット曹長や宮藤軍曹は?」

「あ、私達は一緒に付いて行きますよ。何でも、『ロマーニャに不慣れな人だから先導してあげて』、だそうです」

 宮藤の言葉に、男は深く眉間に皺を刻む。そして、それを隠すように指で皺を隠した。

「……中佐の指示か?」

「はい、ミーナ中佐の」

 つくづく、彼女には強く出られない。どうやら買い物を手早く済ませて基地に帰還し、残りの清掃箇所を片付けるというわけにはいかないようだ。

 そして、ソファに腰掛けて紅茶を飲んでいるペリーヌへも質問を行う。

「ペリーヌ、君は――」

「結構ですわ」

 なぜか、ツンツンしている。ガリア復興財団に理由があるのだが、男には理由が分からない。

「ふむ、シャーロット大尉とバルクホルン大尉、それと、坂本少佐は?」

「私も大丈夫かな。エンジンを買ってこさせるわけにも行かないし」

「私も間に合っている。もとよりこの基地の備品だけである程度の事は出来るからな」

「私も必要ないぞ。まあ、何か良さそうな本でもあれば公共物として置いても良いだろう」

 ふむ、と男は頷き、リストに「本」という走り書きの単語を加える。

「では、行こうか。ルッキーニ少尉、道案内を頼んだぞ」

「オッケーイ! じゃあいこっか!」

 ルッキーニは車両のある場所まで駆ける。男はそれに追いつくように、大股に、足早に、彼女を追いかける。その後ろからは、宮藤とリーネが小走りに追っていた。


――――市街への道――――


 いつもと変わることの無い風が吹きぬける。ただこの車に乗っている集団で、眼に見えて変化があるのは男ただ一人であろう。いつものダークグリーンのロングコートに加え、アフリカ戦線用の規格帽で頭をすっぽりと覆っている。帽子の鍔のせいで、前が見えているのか怪しいものだ。

「俺さんって免許持ってるんですね」

「意外か?」

「いえ、てっきりストライカー一筋かと思ってました」

 勤めて安全運転で、車両は街への距離を詰める。最初はおっかなびっくりと言った様子のリーネであったが、シャーリーほど無茶な運転をしないと悟ったのか、だいぶリラックスしているようだ。

「ねーねー俺! ジャンプ! ジャンプ!!」

「どういう意味だ?」

 ルッキーニが目の前の崖を指差して叫んでいるが、男には意味が分からない。宮藤とリーネは苦笑いを浮かべ、青い顔をした。

「シャーリーはこの崖をぎゅーんって跳んでギャギャギャギャって着地したんだよ! 男もやってよ!」

「無理だな」

「あ、エイラさんの真似ですか?」

「え?」

「あはは、無理ダナ」

 三人の少女の笑い声が響く中、車はカーブを曲がる。男には、この会話の意味がまるで理解出来てはいない。宮藤とリーネ、そしてルッキーニは指をクロスさせ、無理だな、と言っている。そして、男はひらめいたように笑みを浮かべた。

「なるほど、ユーティライネン中尉のしぐさか」

「今気付いたんですか!?」

 宮藤の鋭いツッコミに、また笑いが巻き起こる。男も穏やかに笑みを浮かべ、大きく息を吐く。

「考えられなかったな、こんなに平和な気分を持つことが出来るようになるなんて」

「そういえば、俺さんは激戦区を転属されてましたよね。どんな感じなんですか、激戦区って」

 宮藤の言葉に、リーネは小さく制止を行う。しかし、男は顔色一つ変えずに応えた。

「まるでこの世の地獄だ。少なくとも、オストマルクとカールスラントは地獄だった。まあ、君達も似たようなものだろう?」

 軍事に疎い宮藤とて、その二つの国の名は知っている。ネウロイによって一番目と二番目に陥落した国、そして、今もなお占領され続けている国。彼の言う地獄がどれほどの物なのか、宮藤は想像することすらできない。

「宮藤軍曹は戦争が嫌いか?」

 突飛にも思えるその問いに、宮藤はすぐさま答える。

「当然です」

 強い意思を秘めた言葉に、男はふふ、と笑みを漏らす。だが、彼の口からはそれと正反対の言葉が紡がれた。

「私は戦争が好きだ。もう失うものが無いから、きっと感覚がバカになってしまったんだろうな。間近でいろいろなものを失い続けたというのに、まだ私が空に飛べることを望んでいるのだから」

 人間性すらも疑わせる言葉を、男は紡ぐ。運転は決して乱れる事は無く。車は道路をなぞる。

「君達はどうして空を飛ぶんだ? ウィッチとしての適正があったとて、拒否をする事は出来たはずだ。人並みの生活を追うことも出来たはずだ。なぜこんな世界に君達は足を踏み入れた? なぜこんな世界に、足を踏み入れてしまったのだ?」

「守りたいから、です」

 再び強い意思を秘めた声が、空気を揺らす。それは宮藤のその声であった。そして、その言葉に賛同するように、他の二人も言葉を紡ぐ。

 そうなのだ。この男と彼女らが飛ぶ目的は、根本的に異なっているのだ。この男は自らの復讐のために空を飛び、彼女らは守るために空を飛んでいる。それが、大きな違いだった。

「……そう、か。ああ、すばらしい。やはり君達は、素晴らしい」

 彼方にロマーニャの市街が霞む。車はスピードを落とす事は無く、道路を走り抜ける。陰鬱な空気は微塵も残らないまま、車はロマーニャの市街へと向かう。


――――ロマーニャ市街――――


「とうちゃーく!」

 勢い良くルッキーニは地面に降り立つ。続いて宮藤とリーネが降り、男がドアに鍵をかける。そして買い物のリストを上から眺め、おおよその見当を付ける。

「食料や燃料類は基地へ輸送してもらうとして、問題はその他雑貨か。ルッキーニ少尉、案内を任せた」

「了解ー。んじゃ、付いてきてねー」

 小走りにルッキーニは駆けだす。男は大股に彼女の後を追う。

「ルッキーニちゃん! 待って!」

「早いって! ルッキーニちゃん!」

 とてとてと駆けだす二人を視界の端に捕らえると、男は歩幅をほんの少しだけ小さくする。迷わないように、という彼なりの気遣いだろうか。それでも、年端もいかない一人の少女を大柄な男が大股に追うと言う光景は、異常を通り越して危険なものであるのだが、男はそれに気付く様子は無い。

「ここ! ここなら食べ物は一通り揃うと思うよ!」

 ルッキーニは大きな声で叫びながら食料品店の看板が掲げられている店を指差す。男はちらりと後方を確認し、宮藤とリーネが迷子になっていないことを確認すると、ルッキーニの隣へと並ぶ。

「活気のある街だな」

「でしょ!? ロマーニャは元気の国だからね!」

 身長差は優に二倍、規格帽で顔が隠れているため、親子にも見えそうな二人ではある。

「っていうか、俺ってそんな帽子持ってたんだね」

アフリカの……私がいた隊の正式装備だ。ゴーグルが配給されなかったから砂の酷い日はこんなものでもありがたかったよ」

 砂を防ぐための帽子の鍔を軽く撫で、男は空を見つめる。快晴の空は、今が戦時中だとは思えないほどに平和の気運を与えている。

 人波の向こう側から宮藤とリーネがへろへろになりながら現れ、肩で息をする。

「うぅ……やっと追いついた」

 ほんの数百メートルの距離だというのに、時間がかかりすぎである。もっとも、男と違い普通の少女に見えるために人波は遠慮をすることが無かったと言うのが主な原因である。

「ご苦労、宮藤軍曹、リネット曹長。さて、では状況を開始しようか」

 背筋を伸ばした男はルッキーニに軽く視線を遣る。ルッキーニもその視線に対して満面の笑みを浮かべ、店内に駆け出す。男はさりげなく買い物籠を手に持つと、ルッキーニの後を追いかける。宮藤とリーネの悲痛な声は、今度は届かなかったらしい。

「リストは君が管理すると良い。それと、宮藤軍曹とリネット曹長が疲れている、少し落ち着いたほうが良い」

「はーい」

 しぶしぶ、と言ったようにルッキーニは返事をする。素直に忠告を聞くのはすばらしいことだ、と男は考える。自らが彼女くらいの年頃は、一体どうだったであろうか。そして、くく、と笑みを漏らした。

 十二の頃の彼はまだ戦争なんてラジオの向こう側の世界くらいにしか考えていなかったのだから。あの頃の彼は、ガリアが陥落することなんて想像だにしていなかったのだから。

「何笑ってるのさ?」

「いや、君の年くらいの私は、君よりも子供だったと思っていただけだ。あの頃の私は酷く愚かで、酷く楽観的だった」

「でも、今の俺はすごく大人っぽいよ?」

「背伸びをして背伸びをして、背伸びをし続けたら普通に立てなくなってしまったんだ。何事も身の丈にあったものが一番だな」

 ルッキーニには例えが難しかったのか、頭にいくつもの疑問符を浮かべる。そんなやり取りをしているうちに、宮藤とリーネは合流を果たす。

「俺さんも早いですって!」

「大尉は歩幅が大きいですよね……」

 心底疲れたように二人は言う。わずかにばつの悪そうな表情をして、男はぽりぽりと頬を掻いた。

「ああ、留意させてもらう」

最終更新:2013年02月07日 15:22