超高速型ネウロイを撃墜後、現場に何があったか、俺達は何も知らない。
 「腹へった~!」
 シャーリーが、幸せそうな寝言を吐きながら、素っ裸のままドナドナされていったことも。
 俺達は、何も知らないし、何も見ていない。

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 ――
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 その翌日、午前中。
 俺達は隊長室に呼び出された。なぜかシャーリーも一緒に。

 シャーリー「お前ら、何かやらかしたのか?」
 整備俺「シャーリーさんこそ…?」
 俺達は、訳のわからぬままミーナの元に向かったのだが、そこで直々に伝えられたのは、思いもよらないことだった。

 ミーナ「ルフトバッフェの輸送航空団から、予備機を回してもらえることになりました。
    イェーガー大尉以下3名はダックスフォード飛行場にて機体を受領してください。
    なお、出発は明朝08:30予定です。
    基地からドーバー駅までは官用車を出しますので、そこから先は公共交通機関を使用してください」
 シャーリー「わかった」
 ミーナ「なので、行動計画を作成し、早急に提出してください」
 シャーリー「行動計画は3人まとめてあたしの名前で出せばいいんだよな?」
 ミーナ「はい。それでお願いします。シャーリーさんについては以上です。
    整備俺さんと操縦俺さんは残ってください」
 整備俺「了解です」
 シャーリー「じゃ、あたしはひと仕事してくるよ」
 そして、シャーリーは隊長室から出て行った。

 ミーナ「もう少ししたら坂本少佐が来るから、それまで待っててくださいね」
 整備俺「(え…)」
 操縦俺「(俺達、マジで何でもやらかしたのか…?)」

 そして、数分後。
 坂本「すまん、待たせたな」
 坂本の腕には、ぶ厚い茶封筒が抱えられていた。
 ミーナ「こちらが、お2人の人事書類になります。まず、整備俺さんのぶんから」

 整備俺「扶桑皇国海軍中尉。海軍兵学校じゃなくて、ROTC出身の短期現役士官だったんですね」
 坂本「そうだ。ガリア勤務を命ぜられたが、1944年2月、ネウロイの侵攻により戦闘中行方不明、戦死認定され大尉に昇進」
 整備俺「へえ。大学を卒業して海軍に採用された時点で少尉任官?
    士官教育と術科教育を終えた時点で中尉に昇進ですか。凄いな、ROTCって奴は」
 坂本「短現は永久服役に切り替えられるが、お前は永久服役を希望するんだろう?」
 整備俺「そうですね。永久服役でお願いします」

 余談その1
 海軍短期現役士官は、大学を卒業してすぐに士官待遇が得られる。
 そして、2年の服役期間を終えれば予備役に編入され、娑婆に戻ることができた。
 よって、ホワイトカラー職を望む高学歴者にとっては、体のいい徴兵回避という側面も併せ持っていた。
 そのため、欧州勤務は危険であるとして敬遠される傾向にあり、欧州勤務の短現士官というのは、
 物好きか、あるいは運のない者というのが相場であった。

 ミーナ「次に、操縦俺さんの書類です」
 坂本「海軍予科練の出身で、零式輸送機の搭乗員として欧州に派遣される。
   零式輸送機の搭乗員は欧州では重宝されるからな」
 操縦俺「1944年5月、ヴェネツィア方面で輸送任務に従事中、乗機が撃墜され行方不明。
    こちらも戦死認定され、飛行兵曹長から少尉に昇進…、ですか」

 余談その2
 零式輸送機とは、ダグラスDC-3をライセンス生産した機体である。
 ベストセラーシリーズであるDC-3ファミリーは、扶桑やリベリオンの他にも、
 ブリタニアやオラーシャなど、多くの国で運用されている。
 連合国軍内で共通の装備品を運用していれば、いざというときの融通が利くため、
 零式輸送機の搭乗員が欧州戦線で重宝されているのは、そういう理由からだった。

 坂本「戦死、あるいは行方不明者のなかから、なるべく2人のプロフィールに近い人事書類を用意した。
   これらの書類を書き換え、2人は正式に扶桑海軍の士官という身分になる」
 ミーナ「悪いわね、美緒。慣れない書類仕事は大変だったでしょう?」
 坂本「はっはっはっ、これも2人のためだ。期待しているからな」

 黒い…!
 黒いよ2人とも…!

 ミーナ「お2人の階級は、当分は私が預かることにします。
    然るべきときに整備俺さんは大尉、操縦俺さんは少尉に任官しますので、
    それまでは、お2人の階級は現状維持とします」
 整備俺「俺が大尉ですか」
 ミーナ「大卒2年目なら、妥当といったところでしょう」

 確かに。
 俺達の歴史においても、20世紀半ばまでは、俺達ぐらいの年齢で大尉になる者は珍しくなかった。
 なぜなら、戦争により尉官クラスの大量消耗が続いたため、あの手この手を使って初級士官を量産しては戦場に投入し、
 生き残った初級士官はすぐに大尉に引き上げざるをえないという事情があった。

 俺達の歴史におけるルフトバッフェは、極端なまでの実力主義を採っていたことで知られる組織であった。
 しかし、年功序列的要素も考慮してくれるとは、この世界のルフトバッフェはなかなか良心的な組織らしい。

 ミーナ「それに、副官として、ときには私の分身となるわけですから、中堅クラスの階級は必要でしょう」
 整備俺「(くそったれ! 本当に良心的じゃねえか!)」

 整備俺の幹部候補生学校時代の成績は、下から数えたほうが遥かに早い。
 付幹部の仕事さえ満足にできなかったのに、いきなり大尉の階級を与えられ、
 相応の仕事を求められるとは、かなりハードルが高い。
 見ず知らずの相手に、自分を詐欺同然の値段で売りつけた代償を支払わされている。
 ――つまりは、そういうことなのだろう。

 坂本「それから、私から2人に贈り物だ。扶桑海軍の軍装を1種から3種まで、各1着ずつ用意してやったぞ。
   扶桑男児らしく、しっかり頼むぞ」
 整備俺「(うお、マジかよ……)」

 ミーナ「用件は以上です。あとは、シャーリーさんと一緒に明日からの任務に備えてください」
 整備俺「了解しました。帰ります!」

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 ともかく、俺達は、正規の扶桑海軍士官となることが決まった。
 偽りの身分、偽りの経歴で。

 操縦俺「まるでどこぞの赤い人みたいですね」
 整備俺「今の私は整備俺少尉です。それ以上でもそれ以下でもありません」キリッ
 操縦俺「…制服の袖、引き千切ってノースリーブに改造してあげましょうか?」
 整備俺「ついでに赤く染めちゃってくださいよ。あ、グラサンもあれば完璧ですね」
 シャーリー「何、馬鹿なこと言ってるんだ?」
 整備俺「うおぉぅ!?」
 シャーリー「行動計画作ったから今から決済もらってくる。あとで写し渡しとくわ」
 整備俺「あ、どうも」

 ダックスフォード飛行場といえば、WW2後に帝国戦争博物館が作られた所だ。
 この世界の、この時代のダックスフォードは、どんな風になっているんだろう?
 任務とは言われながらも、どこか遠足気分の混じった俺達であった。
 もっとも、操縦俺は内心憂鬱であったが、それに気付く者は誰もいなかった。
最終更新:2013年03月30日 02:00