――翌日――



加東「最高速度時速約550km、航続距離約2000km、高度5000mまで10分弱……。
   そして扶桑初の爆弾倉の採用と、空技廠もまた随分と気合いを入れて開発したようですね」


 太陽が真上に差し掛かった頃、扶桑の技術者と整備員が10人ほどで彗星の整備を行っているのを眺めていると、
 技術者から機体の性能概要を聞いたらしい加東が、そう言いながら俺の隣までやってきた。


加東「こんにちは、中佐」

俺「ああ」


 簡単に挨拶を済ませ、二人並んで整備中の機体を眺める。
 現在は機体を分解しているようだが、どうやら各部に砂が入りこんでいないか確認しているらしい。


加東「それにしても、随分と高速な機体ですね。
   九九式よりも、時速にして100kmも速いらしいですが?」

俺「うむ、ネウロイを振り切るほどの速度性能が要求されたとのことらしい。
  だが、それによって問題点もいくつかある」

加東「エンジンですか」


 技術者からこの機体の特徴を既に聞き及んでいたのか、加東はすぐに思い当ったようだ。
 ちょうど、機体から取り外されていたエンジン部を見つつ、確認するかのように聞いてくる。


俺「そうだ。従来の空冷式ではなく、カールスラントの液冷エンジンを参考にして作成したという。
  今まで扱ってきたエンジンではないが故に、細部の整備に難がある」


 おまけに、我が国の工作技術はカールスラントほど精密なものではなく、初期の頃は不良な物も多かったとか。
 この機体のエンジンも、結局はほとんどカールスラントの援助で作られたようなものだ。

 もっとも整備の点では、液冷の整備の教育をしっかり受けていればそれほど難しいものではないらしい。
 しかしそのおかげで、ここにいる整備員にはわざわざ扶桑からついてきてもらうことになった。


加東「それはまた、随分と我儘なやんちゃ坊主ですこと」

俺「まぁそう悪く言ってやるな、空技廠も必死なんだ。
  性能を上げるためには、様々な技術を取り入れて挑戦せねばなるまい」


 だが、確かに前線での稼働率が低ければ話にならない。
 整備不良で戦力として計算できなくなるなんて、まず兵器として問題なのだ。
 ……場合によっては、空冷に転換することも考慮にいれた方が良いだろう。


俺「他にも、各部を電動式にしたことで、また不具合が発生することがあるようだが……、
  まぁそれは今後解決していくことだろう」


 最新の技術を取り入れるのは良いが、その技術に慣れるまでは仕方ない事象である。
 そういった時間が解決していくことは、ひとまず置いておく。


俺「ところで加東、今日は何か予定はあるのか?」

加東「え?今日、ですか?
   ……まぁ、パーティをちょっと抜け出してきたところですし、これといって特に予定はありませんが」


 パーティ……?
 ああ、竹井が朝言っていたのはこのことか。
 噂によると、扶桑の陸戦ウィッチも我々と同時期にここに着任したそうだが、その歓迎会だろうか。
 竹井の姿が見えないと思っていたが、なるほど、二人とも今その歓迎会に招かれている、と。


俺「ならばこの後少し付き合ってくれ」

加東「え?付き合う……って、えぇ!?」


 竹井がいない今、後席の試験をどうするか悩んでいたのだが……うむ、ちょうどいい。
 加東の戦場観察力は高く買っているし、これは適役だろう。

 ……それにしても、何故加東は慌てているのだ。
 こいつにしては珍しく右往左往しているが、何か不味いことでもあるのか?




――1時間後 トブルク上空――


加東「……期待した私がバカみたいだわ」


 あの後、機体の整備が済んでから加東を後席に乗せて飛んでいるのだが、先ほどからこの調子だ。
 後席に乗るのが嫌だったのかと聞いても「そういうわけではないんですけど……」と歯切れの悪い答えが返ってくるのみ。


俺「……いったい何を期待していたんだ貴様は」

加東「もういいですー。……はぁ、中佐って昔っからこういう人だったってこと忘れてたわ」


 「あの時だって凄く思わせぶりなことを言っておいて、結局……」等とブツブツと呟いていたのだが、いったい何のことだろうか。
 アフリカに来る途中でも、竹井が同じような状態に陥っていたことがあるが……、まったく、女性はよくわからん。

 ……それにしても、こんな調子でずっと加東の恨み言のようなものを聞いていると、
 なんだか段々と自分が悪いように思えてきたではないか。


俺「……何に期待していたかは知らんが、今度何か奢ってやるから機嫌を直せ」


 何に対して落胆しているのかは未だにわからないが、
 こうしてわざわざ時間を割いてもらって試験を手伝わせているのは事実であるし、褒美程度はやるべきだろう。

 そんな軽い気持ちで言ったつもりなのだが、加東は意外にも食い付いてきた。


加東「それ、ホントですか!」


 後席から身を乗り出してくるように確認してくる加東。
 その様子が子供みたいだとは思いつつも、適当に相槌をうっておく。


俺「ああ、今度な」


 そうして話を打ち切り、これから各種試験項目を消化していこうかとしたところで、唐突に通信が入る。


司令部『こちらHQ。俺中佐、聞こえるか』


 いきなりの司令部からの通信。
 一瞬操縦席越しに加東と目を合わせるが、どうやら心当たりはないらしい。
 ともすれば、何か緊急事態が発生したか?


俺「こちら俺中佐、感度良好」

司令部『中佐、試験飛行中の貴官には申し訳ないのだが……』


 戦闘か、と考えて気を引き締めたが、何故か歯切れ悪く話し始めるHQ。
 その様子に敵襲があったわけではなさそうであると判断し、少し息をつく。


俺「……HQ、通信内容は簡潔、かつ明確にお願いする」

司令部『すまない。……これより、この地域周辺で単独行動をしているネウロイを討伐するために、
    ブリタニア、カールスラント、リベリオンの三軍が作戦行動に入る。貴機にはそのサポートをお願いしたい』

俺「……何?」


 何かと思えば、ネウロイ一体にわざわざアフリカ軍の主力を差し向けるという。
 何故そんな事態になっているのかと司令部を問い詰めると、以下のような返答があった。

 ――ここ数回の防戦で各国のウィッチの連携が取れていないことが露呈。
 ――解決策として、エイランドバトルユニット(空陸協動部隊)の設立が提案される。
 ――そこで問題となったのが、「誰の指揮下に入るか」ということ。


俺「……それで、そのネウロイを倒した軍が中心となる、か」

司令部『正しくは、その軍の将軍、だがな。
    つまらない作戦ではあるが、貴機にはその作戦空域にて哨戒活動を行ってもらいたい』

俺「なるほど、了解した」

司令部『感謝する。ああ、それと貴機の護衛も今出撃させた。途中で合流して欲しい』

俺「了解、ではこれより作戦行動に入る。通信終わり」


 聞いてみればなんとも馬鹿らしい作戦ではあるが、俺としてはむしろちょうど良いかもしれない。
 彗星の偵察能力を試すには良い機会だろう。

 一人でそう納得し、加東に声をかける。


俺「加東、聞いての通り、我々は作戦空域にて哨戒活動を行う」

加東「了解。……上は何やってるんでしょうかね、指揮権の取り合いなんて」


 加東はそう疑問に思っているが、俺にはなんとなくわかるところもある。

 大国には面子というものがある。
 他の国の指揮下に入るということは、自分たちがその国よりも劣っているということを認める他ならない。
 故に、連合軍のトップには自分が、という思惑が三将軍共にあるのだ。


加東「そんな場合でもないと思うんですがね」


 ごもっとも。
 今、人類はそんなことをしている暇は無い。
 重要なのは、「勝った後どうするか」ではなく「如何にして勝つか」なのだ。
 主導権争いは全てが終わってからにしてほしいものである。


俺「俺もそう思う」


 まぁ、そういった話は後でするとして。
 そろそろ護衛機との合流地点に行くとしようじゃないか。






――オアシス南西20km 上空4000m――


俺「そろそろ作戦空域だが……加東、何か見えるか?」


 作戦エリアに近づいてきたところで、遠距離視に優れる加東に周辺状況を尋ねる。
 加東は手持ちの双眼鏡で周辺を観察し、少し間を置いてから俺に報告する。


加東「8時の方向、高度3000mに人影。……おそらく護衛のウィッチ。
   また、11時の方向に地上部隊を確認。各国とも展開を完了している模様」


 はぐれネウロイ討伐作戦が発動され、試験飛行を切り上げて作戦空域に飛んできてみれば、
 既に各国とも部隊を展開し終えてネウロイが網にかかるのを待っている状態だった。


俺「規模だけなら前代未聞の大部隊、なんだがな」


 各国の主力部隊が足並みを揃えて展開するなんて、これほど珍しい光景は中々ないだろう。
 これが他の戦線でも当たり前の光景となれば良いのだが、と考えつつ地上部隊の上空をフライパスしていく。


俺「……あれが、噂の」


 その途中で噂のカールスラント陸軍の重戦車ユニット「ティーガー」を視界に収める。
 ……なるほど、確かに重戦車を名乗るだけはある。他の陸戦ウィッチの装備とはわけが違う大きさだ。

 一人で重戦車のその威容に感心していると、周辺を一通り確認し終えた加東が別のことに感心して口を開く。


加東「それにしても、やはり新型機は速度が全然違いますねー。
   アフリカに来る際に乗らせてもらった九七式飛行艇よりも格段に速いですよ」

俺「飛行艇と比べるのがそもそもの間違いだと思うが」


 戦闘機と比べるならともかく、そんな大型の機体と比べることはないだろう。
 だがまぁ、これ以外には九七式飛行艇しか乗ったことのない加東からしてみれば、それが妥当な感想か。


加東「ストライカーと比べたって、かなり良い勝負だと思いますよ」

俺「元々、速度を重視した設計だからな。
  ……とは言っても、こいつでは空戦は行わんよ。それについては別途戦闘機の開発がされている」


 陸軍は最近三式戦闘機「飛燕」を制式採用したものの、彗星と同様に液冷エンジンでの問題が多発。
 そのため、新たに「キ84」の設計がなされているという。

 海軍では、艦載用には零式艦上戦闘機の改良型が随時開発されている他、
 陸上用にも最近「仮称一号局地戦闘機」なるものの開発が開始されたとのことだ。

 近年は陸海共にストライカーの開発が基本的に優先されているため、通常兵器の開発は若干遅れがちだが、
 それでも各国との技術交換や協力により、なんとか開発は進められているらしい。

 ……ともかく、あくまで彗星は急降下爆撃からの急速離脱の任に徹し、空戦は他に任せる。
 戦爆両用という中途半端な設計よりも、そちらの方が任務効率は高いのだ。


俺「それはそうと、視界はどうだ?」


 扶桑本国での試験飛行でも指摘されていたことを聞いてみる。
 というのも、彗星は速度性能を優先するために風防を低くした影響で、視界が狭まっているのだ。


加東「うーん。私がウィッチだから、というのもあるでしょうが、やはりあまり良いとは言えませんね。
   特に下方が見辛くて落ち着きません」


 やはり、偵察機や指揮官機としてはあまり使えそうにない、か。
 予想されていたことだが、改めて本国へは爆撃を専門とするように上申しておくか。
 爆撃前の護衛も必須か……この機体だけでは周辺警戒が心許ないしな。

 航空機用のレーダーが実戦に使用可能なレベルになるまでは、単独で行動するのはやめておいた方が良さそうだ。


加東「レーダーですか」

俺「うむ、ブリタニアでは世界に先駆けて昨年から実戦投入しているらしいが、扶桑では未だに、な」


 実戦投入されているとは言っても、性能面ではまだまだの物らしいが。
 それでも、夜間任務を中心にかなり重宝されていると聞く。


加東「そういえば、ナイトウィッチも似たような魔法がありましたね」

俺「らしいな。しかしそのナイトウィッチが希少なのが問題だ。
  いれば間違いなく任務効率は向上するだろうが、全ての作戦に参加できるほどの人数は揃えられん」


 まぁ、偵察機は既に陸軍では百式司偵が運用されているし、海軍の方でも「十七試艦上偵察機」なる物が開発中とのことだ。
 わざわざこの機体で偵察や哨戒飛行を行う必要はないだろう。

 地上部隊を一通り確認したところで、話を切り上げて機体を左へ緩やかに旋回させていく。
 その頃になって、ようやくウィッチ達が顔を判別できるほどに接近してきた。

 竹井以外は……、あぁ、あの巫女装束の子は稲垣といったか、一年前の見送りの時に見た記憶がある。
 その他二人はハルファヤ峠上空で見かけた者と初めて見る者、おそらく彼女らが加東の隊の隊員なのだろう。

 先頭にいた竹井がまず彗星の左側に接近してきたかと思えば、何故かじとっと睨みつけられる。
 睨まれる理由に思い当らずに困惑する俺を見て諦めたのか、一つ溜息をつくと今度は加東の方を。


竹井「パーティの途中で姿が見えなくなったと思ったら……こういうことでしたか」

加東「まぁまぁ、結局は何も無かったんだし、いいじゃない」


 まったく、相変わらず仲が悪い二人だな。
 人間関係にはいろいろとあるものだとは思うが、戦場にまではそれを持ち込んでは欲しくないものだ。

 そう若干不安になっていると、今度はハルファヤ峠で見かけたウィッチが逆側から接近してくる。
 彼女は薄いピンク色の長髪を風に靡かせながら俺を少し観察すると、若干の敵意を向けながら自己紹介をしてきた。


マルセイユ「私はハンナ・ユスティーナ・マルセイユ中尉だ。
      お前のことはケイから聞いている。……最強のパイロット、だそうだな」

俺「君がアフリカの星か、噂はよく聞いている。
  俺は俺中佐だ。……最強のパイロットかどうかは知らんがね」

マルセイユ「……フン」


 俺の言葉をどう思ったのか、そっぽを向いてしまう。
 その態度を見かねたのか、竹井がマルセイユに近づいていって何か言葉を交わし始める。
 稲垣と、マルセイユの僚機らしきウィッチはどうしたら良いかと右往左往。

 何故だ。こうして顔を合わせて話すのは初めてで、敵意を向けられるような覚えはないぞ。
 ……ふむ、加東から何か吹き込まれたか。
 後席にいる加東に問うと、少し気まずそうに説明をし始める。


加東「あー、彼女は『最強』の言葉に敏感なんですよ。
   以前中佐の話をした時に、つい」

俺「それに対抗心を燃やして今に至る、と。
  まったく、お前は彼女たちよりも年上なんだから、少しは気を遣えるようにしておけ」

加東「あれはたまたま口が滑ったというかなんというか……。
   って、私が年寄りみたいな言い方は酷いと思うんですけど!」


 おっと、女性に年齢の話題はタブーだったか。
 拗ねたように文句を言う加東を宥めつつも、もう少しからかってみる。
 俺の知らないところで勝手に火種を作った罰だ。


俺「いやなに、貴様ももう24だろう。
  行き遅れる前に貰い手を探しておけよ?」

加東「違います!あと数ヶ月の間はまだ23です!」


 ますますヒートアップする加東。
 1歳程度大して変わらない気もするが、……どうやら女性とっては大事らしい。

 しかしそこで何か思いついたらしい加東は、今度は俺に問うてくる。


加東「そう言う中佐はどうなんですか。中佐も御歳は私とあまり変わらないはずですが」


 大して歳が変わらない俺も同じではないか、ということか。
 ……ふむ、結婚、ねぇ……。


俺「……そういえば考えたことも無かったな。
  特に最近は飛ぶこと以外は頭になかったからなぁ」


 しばらく思案に沈んでみるが、やはり上手く想像はできない。
 平和なご時世であれば違ったかもしれないが、今はそれよりもこうして飛ぶ方が重要だ。


俺「……わからん。そういうことは、この戦争が終わるか、前線から身を退いてから考えるさ」


 その言葉に、加東は何を思ったのか少しの間黙りこくる。
 そして、躊躇いつつも、何かを決意したように口を開いた。


加東「……あの、中佐さえ良ければ、私は――」

竹井「中佐」


 何か言いかけた加東を、いつの間にか彗星の傍まで戻ってきていた竹井が唐突に遮る。
 マルセイユと何か言い合っていたらしいが、結局話は平行線のまま終わったらしい。
 少し離れたところに、「黄の14」と「黄の2」が並んで飛んでいるのが見える。


俺「どうした竹井」

竹井「そろそろネウロイが現れてもおかしくありません。警戒を」

俺「わかった。では、二手に分かれて哨戒にあたる。竹井と稲垣は俺に続け」


 マルセイユは俺に良い印象は持っていないようだし、わざわざ5機がずっと集まっているわけにもいかないだろう。
 地上部隊も戦闘準備は完了していることだ。我々も任務に就こう。


 ――さぁ、狩りの時間だ。





加東「あんた、ほんっっっとにイイ性格になったわね。ご主人様にべったりなクソ犬みたいだわ」

竹井「ご主人様を誑かす性悪キツネにはよく注意しなければいけません、ということですね」


 ……で、この二人はいつまで喧嘩しているのだろうか。






――オアシス西20km 上空3000m――


俺「始まったか……」


 眼下では、各国がそれぞれ縄張りを決めて待ち構えていたが、遂に先ほどネウロイが出現した。
 場所はリベリオンの管轄エリア。

 地上の無線を傍受している限りでは、特に苦戦しているわけではないらしい。
 もしもの場合を考えて、三将軍の護衛として加東が陸戦ウィッチを二名ほど手配したようだが、この調子ならそれも杞憂か。


加東「中佐、油断は禁物ですよ」

俺「ん、そうだな。……マルセイユとペットゲンは将軍たちの北側を警戒。
  俺、竹井、稲垣は、東側を中心に警戒する」


 マルセイユ以外からの返答を確認し、俺は機を東よりに向ける。
 そのマルセイユの態度に竹井が眉を顰めるが、まぁ俺としては特に気にしていない。
 時と場合にもよるが、緊急事態でなければ多少の不敬には目を瞑るさ。


俺「まるで、反抗期の娘を持ったみたいだな。可愛いものだ」

加東「中佐はまだそんな歳でもないでしょうに。それに、あの子が聞いたら怒りますよ」

俺「ははっ、それこそ可愛いものではないか」


 確か、彼女はまだ15歳ほどだったか。
 まだまだ自分の思うようにしたい年頃なんだろうよ。


加東「中佐、なんだかおじさんみたいです」

俺「ほう。すると、貴様はおばさんかな?」

加東「んなっ!?」


 俺と大して歳の変わらぬ貴様も同じ、とは先ほどの貴様の言だよ、加東。
 そうして背後で絶句する加東を余所に、竹井と稲垣に周囲の警戒をよく行うように伝える。

 空ではこれといって何事もなくのんびりとした状況が続いているが、地上部隊の方はというと……。


俺「……酷いものだな、これは」

加東「ほんと、しっちゃかめっちゃかですね」


 地上部隊の無線を聞いていると、どうやら各国が手柄を奪い合うかのような乱戦らしい。
 確かに遠目に見ても、あちらこちらで爆煙が発生しているのが確認できる。

 ネウロイ一体に対してこれだけの戦力を投入しているというのに、未だに仕留められていない。
 連携は無いに等しく、それどころか各国が互いを邪魔しあうという有様だ。


加東「ったく、何やってんのよあのおっさん共……!」

俺「この調子では、たとえ指揮権が確定しても先が思いやられるな……」

加東「ほんとにそう――っ、中佐!」


 周辺を観察しながら悪態をついていた加東が、唐突に雰囲気を真剣なものに変える。
 それに伴い、俺、竹井、稲垣も即座に戦闘態勢へ。


加東「10時下方、陸戦型ネウロイ一体。将軍たちがいる方へ向けて進攻中!」

俺「……10時下方、確認した」

ライーサ『こちらにも一体陸戦型が出現しました』


 同時に二体、か……。
 数は少ないが、タイミングと場所が悪い。
 主力地上部隊は将軍たちの南に展開しており、他は手薄だ。

 それにしても早期警戒網には引っ掛からなかったとは……出現数が少なすぎたせいか?
 ……とにかく、今はこいつらをどうにかせねばなるまい。
 この面子で地上攻撃するとなると、彗星の五十番と稲垣の40mmしか有効打は入れられないか……。


俺「マルセイユ、ペットゲンはそちらを足止めをしろ。こちらを片付けたらすぐに向かう。
  竹井と稲垣は俺に続け。加東、司令部に連絡を」


 またも、返答はマルセイユ以外。
 竹井が流石に我慢できずに何か言おうとしたが、それを制して俺が口を開く。


俺「どうしたマルセイユ中尉、何か問題でもあったか」

マルセイユ『……いや』



俺「――だったら返答は確実に行えッッ!!」




 唐突の俺の怒声に、他の者は唖然とするばかり。
 それには構わず、言葉を続ける。


俺「貴様が俺をどう思ってるかは知らん。故に、まぁ先のような平時での態度は咎めんよ。
  だがな、今やここは戦場であり、俺は貴様の上官だ。
  戦闘時の意思疎通を疎かにして、戦闘に支障が出るような、ましてや味方を危機に追いやるような真似は俺が許さん。
  ……よく覚えておけ」

マルセイユ『わ、わかった……』


 ……ふぅ、こうして叱り飛ばすのは久々だったせいか、自分でも若干変な気分だ。
 前線にいたころは割とよく怒鳴っていた気もするが、最近は後方にばかりいたからな。

 そう考えていたところで、やっと硬直から復帰した加東が話しかけてくる。


加東「中佐が怒るところ、久々に見ましたよ」

俺「素行の悪い『娘』は、しっかりと叱ってやらねばなるまい?」

加東「なるほど、それは御尤もですね。……智子が叱られてたのが懐かしいです」


 智子……あぁ、穴拭か。
 あいつの場合は、確か独断専行を叱り飛ばしたのだったか。
 確かに、今にして思えば懐かしいものではあるな。


俺「さて、昔話は後回しだ。そろそろ攻撃をかけるぞ。
  竹井は撹乱、稲垣はヤツの足を止めろ。その隙に爆撃してヤツの装甲を剥がす」

稲垣「了解です!」

竹井「中佐、今回は奇襲ではありません。反撃が予想されますが……」

俺「貴様らに気を引いてもらうとはいえ、高高度からのんびり降下していれば狙い撃ちだろうな。
  ……今回は中高度からのコースで爆撃する」


 照準を合わせる時間はかなり少なくなるが、今回は仕方ないだろう。
 竹井と稲垣がネウロイに攻撃を仕掛けるために左右に散開するのを見届けて、後席にいる加東に声をかける。


俺「加東、貴様は脱出しても良いぞ。こいつにはシールドなんて便利な物はないからな」

加東「シールド無しの飛行にはもう慣れてますし、中佐の腕ならこの程度問題ないでしょう。
   のんびりと周辺警戒でもさせてもらいますよ」


 もしもの場合を考えて忠告してみたが、降りる気は更々無いらしい。
 ……いいだろう、ならばその期待にはしっかりと応えさせてもらおうか。

 竹井が左右に飛び回って撹乱し、中距離からは稲垣がボヨールド40mm砲で牽制。
 まともに反撃をさせないまま、そこへ俺が高度1500mから彗星の最大速度で突入する。

 ……この高度では、投弾角度は浅くせざるを得ないか。
 ならば、その分近づくまでだ。


俺「かなり接近するが、腰を抜かすなよ」


 そう後ろに声を飛ばし、機首を一気に下げる。
 瞬時に視界一杯を埋め尽くすネウロイに対し、爆風に巻き込まれないギリギリの距離で投弾。
 直後、着弾を待たずに機体を左右に振りつつ急速離脱。
 そして盛大な爆発音が。


加東「命中!コア露出!」


 加東の報告を聞いた竹井と稲垣がそこへ集中砲火。
 二人の銃撃を受けてコアが砕け、ネウロイは形を失っていった。


俺「……よし、集合しろ。加東、周辺状況確認」


 高度を上げて、竹井と稲垣を呼び寄せつつ、加東に周囲の状況を確認させる。


加東「敵影、ありません」

俺「よろしい。では、これよりマルセイユ、ペットゲン両名の援護に向かう」

竹井・稲垣「了解」


 あいつらが上手く足止めできていれば良いのだが……。


俺「加東、そういえば将軍には連絡はついたのか?」

加東「いえ、それがまだ連絡が取れていないようで……。
   北野軍曹とマティルダからは何も言ってこないということは、無事ではあると思うんですが」


 どういうことだ……?
 まぁ、無事であるならそれに越したことはないが。


俺「引き続き、将軍に連絡をつけるように司令部に言っておけ」


 とにかく、早くマルセイユ達の援護に向かうべきだな。
 将軍に辿り着く前に仕留めなければなるまい。

 全速力で飛んでいると、数分もしないうちにマルセイユ達が見えてきた。
 どうやら、足止めは成功しているようだ。

 ならば、後は仕留めるだけ。
 先ほどの攻撃で彗星は攻撃の手を失っているから、俺は指示を出すだけだがな。


俺「竹井、稲垣の直援につけ。マルセイユ、ペットゲンは撹乱してヤツの足を止めろ。
  稲垣、後は任せた。派手にぶっ放して来い」

稲垣「了解しました!」


 各員に指示を出した後は、高度を上げて推移を見守りつつ周辺の警戒を行う。

 マルセイユ、ペットゲンが完璧なコンビネーションでネウロイを撹乱し、
 ネウロイの足が止まったところに、竹井の援護の下稲垣が急速接近、至近距離にて40mmの雨を降らせる。
 ……ふむ、文句のつけようがないほどの出来だな。

 そうしていとも簡単にネウロイを撃破した彼女達は、周囲に敵がいないのを確認しつつ上昇、俺の周りに集合した。
 そこで、司令部との通信を終えた加東が声をかけてくる。


加東「中佐、地上部隊もネウロイの討伐を完了したようです。三将軍は全員無事。
   ……なにやら、将軍間で一悶着あったようですが、北野軍曹の『意見具申』で事なきを得たとのことです」

俺「よろしい。では、これより基地に帰投する」


 そう宣言すると、先ほど説教を垂れたせいか、マルセイユはこちらを見向きもせずに基地に向かってひとっ飛び。
 ペットゲンがこちらに一度申し訳なさそうにした後、彼女を追っていく。


俺「……どうやら、『娘』には完全に嫌われたらしい」

加東「そりゃ、嫌いな『父』にあんなことを言われたらますます拗ねるに決まってますって。
   ……ま、根は良い子なので、中佐がどういう気持ちでああ言ったのかがわかれば、彼女も考え直してくれますよ」

俺「ふむ、だと良いんだが……」


 ……それにしても、軍曹が将軍に「意見具申」とは、かなり気になる話だな。
 どれ、後で本人にでも詳しいことを聞いてみるか。

 そんなことを考えつつ、竹井と稲垣を従えて基地へと飛んでいく。





加東「マルセイユが娘で中佐が父ってことは、私が母ってことで――」

竹井「家族仲を不和に導くとは、最悪な母ですね」

 ……相変わらず険悪な仲の二人はどうにかならないものかね。
最終更新:2013年03月30日 23:19