——ロマーニャ基地周辺にて——

仮想、アニメ、異次元であるはずの世界が存在したこと、そして俺にとっての期待を裏切るストライクウィッチーズの世界に来てしまったことによって、今までの自己概念や理屈は覆され、混乱して物事を考える余裕が先ず無くなった。

それなのに初入隊した軍の規律に従い雪崩れ込むような業務を日々こなさなければならない。

だから取り敢えず、落ち着けて一人で考えられる時間が欲しかった。

俺「…はっ…はっ…」

俺は基地の周りを走っていた。 朝は作業が始まる前にランニングをすることを一昨日から日課にしようを決めたため。

再結成された501に配属されてから約一週間が経った。あの日出会ったおじさんの紹介で意外にもすんなりと軍に入隊したものの、俺のここでの役割といえば男性兵らの為に掃除洗濯その他雑用諸々をこなすこと。

501のウィッチに関しては配属時に顔合わせをしたミーナ中佐一人を除いては、軽い挨拶どころか間近で見ることさえも出来ない。 男性との交流が極力避けられているためであろう。ご飯を運んだ時の整備兵の自慢話ぐらいが唯一の情報だった。

帰る方法も分からずに、ただただ時間が流れていく。このままどうなってしまうのだろう。

「…はッ!…はッ!」

棒が風を切るような音に呼応する、覇気のある声が聞こえてきた。早朝からここにいるような人は、きっとあの人だ。 今日はいつもと違う所を走って正解だったと思い、期待をしながらその方向へと走っていった。

木々を抜け、海岸に出たとき、木刀を握っている女性を見かけた。女性と言っても、俺より歳下ではあるが。

坂本「んっ…誰だ?」

木刀を構えつつ、振り返って俺の方を見る。

やっぱりもっさんだ。

俺「あ、いっ…一週間ほどまうぇにこの基地に配属されました、俺…二等兵であります!」

緊張して上手く言葉が発せない。

坂本「俺二等兵か……知っていると思うが私は坂本美緒少佐だ。ところで、お前はこんなところで何をしているんだ?」

俺「……」

坂本「……?」

やばい…言葉が出ない…えっと…あー……

俺「……あー、身体を鍛えるために、毎朝走ることを日課に…しておりまして」

よし言い訳できた…

本当はウィッチの誰かと偶然会えるかもっていう理由もあるけど……

坂本「そうか朝練か!それは良いことだな。宮藤達にも見習って欲しいものだ」

宮藤…

俺「ありがとうございます…」

坂本「……」

……あ、なんか言わなくちゃ

俺「…あの…坂本少佐も朝練を?」

坂本「まぁ、そんなところだ」

俺「そうですか………」

……あ…また、なんか言わなくちゃ

俺「さかっ」

坂本「ところで、」

俺「んぁぇ、はいっ」

くそ……っ

坂本「一週間前と言ったな?ちょうど『彼』と同じ時期に配属か…見た限り歳も近そうだが」

俺「はい……俺の方が歳上ですが」

この基地に配属して真っ先に疑問が 湧いたは「彼」の存在だ。

竹井に救助され忘れられない体験となった日はどうやら、トラヤヌス作戦が失敗した日であるらしい。
501が再結成され完全にアニメ2期の舞台とそっくりであるはずが、彼という名の男が12番目のウィッチーズ隊員として登場している。
同年代だが、生まれた月日的に今は俺の方が歳上らしかった。歳下、というのが劣等感に上重なる。

しかし原作者も股間督も、男は出さないと言っていたはず。
ここでいう異世界から俺が来たため本来あるはずの世界に影響が出て変わってしまったのか。
というより、この世界自体すべて幻想で俺の頭が狂っただけとも思ったが、一週間以上寝て起きてを繰り返せる事実としか思えない現状の為、ただの夢とはとても言い難い。

それにしても、なぜ彼には魔力がありウィッチなのだろうか。

俺「あのー…」

長い間に耐え切れず、彼の事を訪ねた。

坂本「あいつは男なのに相当な魔力がある…しかも宮藤以上だ。訓練も熱心にする奴だから、鍛え甲斐があるな。模擬戦でもなかなかの腕前だったぞ」

俺「そうですか…………彼少尉は他のウィッチの皆様とは…もうお知り合いに?」

坂本「あぁ、大分仲良くしているな。ただ、なぜこの基地に男の彼が配属になったか…まぁ、話はここまでにしよう。そろそろお前も作業の時間が近いだろうし、ウィッチ以外の交流はミーナから極力避けるよう言われているからな」

俺「…………はい。お話ができてとても光栄です…」


——ハンガーにて——

俺「朝食持ってきました」

おじさん「すまねぇ」

俺「徹夜ですか?」

おじさん「あいつ専用のストライカーを整備するのには時間がかかるのよ。魔法力の桁が違うからな」

おじさんはこの基地に配属されていたベテラン整備士だった。俺と出会った日は、どうやら何かの買い出しでロマーニャに訪れていたらしい。

俺「あんまり無理はしないようにしてくださいよ」

近くにある机に朝食を乗せたおぼんを置く。側には複雑なストライカーの設計図のようなものが置かれていた。

おじさん「お前があの時にあんなことしなけりゃ、俺はここにいないわけだが…その分頑張ってるってわけよ」

俺「……ま、まぁ、いいじゃないですか…生き……ていたわけだし」

おじさん「冗談だよ。お前の銃の腕前に感謝だな」

「生きていた」と話すのに戸惑った。
俺はこの人を殺そうとしたし、あの時もし救助が来なかったら……

俺が銃を扱う才能が皆無で良かった。

ただ、火の海と化した街と、あのネウロイの度を超えた恐怖が体に焼き付いて忘れられない。

おじさん「そこに洗濯物があるから持ってってくれ。もう二日も風呂に入ってねぇ」

それは見ただけで加齢臭がした。

俺「……了解」


——基地内、洗濯物干し場にて——

俺「……よし、全部干し終えたぞ」

男性兵の洗濯した衣類は全て干し終わった。こいつらの服は洗濯しても臭いはなかなか落ちない。 それに今日は数が多くて時間も掛かった。どうせならウィッチ達の洗濯物が干したい。

洗濯のカゴを持って屋内に戻ろうとした時、向こう側に干されている物が気になった。 男用の干し竿から少し離れて、ウィッチーズ用の干し竿が設置されており、何人かの服とズボンが干されている。

しかし…本当に同じ服しか持ってきてないんだな…それより…

俺「…どう見てもパンツだよ」

…ん、これは誰のだろう?

見覚えのないウィッチの服……あ、そうか彼の服だ。なんで。一緒に干しやがって。

俺もあの時、もし魔法が使えたら………結局この世界でもこんな役回りか……ムカつくな…

ため息を吐き、振り返ってドアを開けようとした時、

「きゃぁ!」

俺「うぉう!?」

誰かにぶつかって倒れてしまった。謝らなくてはと思ってすぐさま立ち上がる。

俺「す、すみません、あの〜大丈夫で…す……み、宮藤芳佳…」

宮藤「痛ってて……あ、ごっ、ごめんなさい!」

俺「い…いえ、こちらこそ…」

目の前には、あの宮藤がいた。しかも今話している。自然ににやけている俺はきっと気持ち悪い顔をしているだろう。

宮藤「あの…なんでいきなり私の名前を?」

俺「へっ?あぁいや、ほら、有名じゃないですか?大きな戦果も上げているお方ですし…会えてうれしいなぁ…と」

宮藤「え、えへへ、有名ですかぁ〜」

俺「…自分は俺二等兵です。一週間ほど前からここに配属されました」

ここは自己紹介をせねばと思った。

宮藤「俺さん…ですか。あれ、ちょうど彼さんが配属された時と一緒ですね!」

また彼か…

俺「…はい、しかもどうやら彼少尉と俺は歳も近いみたいで。おれは雑用一直線ですけど」

宮藤「私も取り込む洗濯物がいっぱい残ってて…あれ?洗濯カゴ…」

俺「カゴ?…あ」

なんと先程の衝突により宮藤の持っていた木製の洗濯カゴが破損してしまっていた。

宮藤「えぇー!」

俺「えっ!?そんな…ど、どうしよ」

編まれた枝の劣化も原因のようだ。

俺「ご…ごめんなさい…あ!よければこのカゴ使って下さい!」

宮藤「えっ?でもこれは男の人たちの」

俺「かっ形は同じですし、男共のは洗濯する数が多いのであと2、3個あるから平気……です」

宮藤「新しいのを申請しまけど…」

俺「申請は…はい、俺がやりますからっ。その…カゴについてる男の…臭いとか気にならなければ…あ、でも洗濯した後だからそんな付いてないか、いやでも落ちにくいから…」

宮藤「え、なんて?」

俺「こ…声が小さくてすみません…!男達が使っていたので!気になってしまうのではないかと思考…いたしました…!」

あ、こうやって軍人っぽく話せば話しやすいかも……

宮藤「あ、そうですか」

…!あ、そうですか聞けた!

俺「とにかく後処理は俺におまかせください、し、少尉!」

宮藤「へ?私はまだ軍曹だけど…」

俺「あ、そうでした宮藤軍曹…!そっ、しっ、失礼しました…!」

宮藤「えへへ、そんな少尉だなんて…それじゃあお言葉に甘えて」

宮藤は俺の差し出したカゴを受け取った。

え?…いいの…?!

俺が提案したのに呆気にとられた。混乱してあまりよく考えずに言葉が出ていたようだった。


宮藤「俺さん、ありがとう!」


——感謝の笑顔に、胸は激しく動悸を打つ。

俺「……こんなもので、よろしければっ…失礼しました!」

宮藤「……あ、行っちゃった…」

緊張して、壊れたカゴを持った俺はすぐドアの中に駆け込んだ。
手の届かないウィッチである彼女をあんな間近で見てしまった。しかも会話してしまった。 ありがとうとも言われた。
俺は元から何でも懸命に取り組む宮藤を気にかけていた。アニメの主人公でもあるし。

そして出会え、目の前にいたこともあって、今の出来事で心を打ち抜かれた。

身体が熱い…こうなるのなんて初めてだ……

俺「でも……彼、か……」

次の日、彼、宮藤、リーネ、ペリーヌの四人はアンナさんの箒修行へ向かった。


——数日後、食料庫にて——

俺「じゃがいも…じゃがいも…あったあった」

夕飯の準備で俺は食料庫にいる。
使う分の野菜を食材カゴに入れる。

そういやあれから宮藤とも全然会ってないなと、たった数日だが時間がとても長く感じていた。

すると、ドアの外から女の子達の話す声が聞こえる。

宮藤「今日は肉じゃがにしようと思うんだよね〜」

リーネ「うん、おいしく作ろうね」

宮藤とリーネだ、やっと帰ってきたんだ。ドアが開く。俺は思わず食材が入った木箱の後ろへ隠れてしまった。

宮藤「じゃがいも…じゃがいも…って、あれ?野菜が沢山入ったカゴがある」

リーネ「本当…誰かが忘れたのかな…」

二人が木箱の近くに近づいてくる。隠れるんじゃなかったと後悔した。今はひょっこり顔を出して挨拶したほうがいいだろう、まだ間に合う。 何日ぶりだろう。せっかくまた会えたのだから、今回こそはしっかり会話しようと意気込んだ。

しかし、またドアが開く音がする。

彼「おーい。バルクホルン大尉が二人を手伝えって言ったからきたぞ。全く…配属されてまだ日が浅いからって伝達係に使いやがって」

宮藤・リーネ「彼さん!」

二人が振り返る。俺には気付いていない。

彼が入ってきたのか…?
俺はまた木箱の裏に隠れ、隙間からこっそりと彼の顔を覗き見た。いつ見ても勇敢な顔立ちだ。

リーネ「あ…そ、そうだ!私ミーナ隊長に呼ばれていた用事を思い出したから、先に食堂に戻ってるね!」

そう言ってリーネは態とらしく食料庫から出て行った。照れて、なんだか嬉しそうな顔で。

宮藤「り、リーネちゃん!?」

ドアが閉まると倉庫内が静まりかえった。

……この空気、出て行けない…隠れてなきゃ…

宮藤「……あ、あの…あの時はありがとう…ございました…」

彼「ん?仲間を助けるのは当然だ」

なにやら話している。何の話だ?そういえば整備兵から噂を聞いたな。箒修行の時にネウロイと戦闘して、宮藤が危なかった所を彼が救ってお姫様だっこがなんとか。

その話を聞いた時は宮藤が助かって良かったとしか思わなかったが、しかし今は違った。

……え…

俺が宮藤の方を見ると、顔を真っ赤にしていることに気が付いた。

宮藤「あ…あのっ…とっても嬉しかったです…彼さんが駆けつけてくれた時…」

彼「そうか。どういたしまして」

彼が少し照れながら笑顔で答えた。

宮藤「こういうの初めてで…あ、あうぅ…」

…なんだよ…その惚気具合…

彼「宮藤は変わってるな」

宮藤「えぇ!?どっどういうことですか!?」

彼「いやいや、なんでもないよ」

二人は談笑していて、さっきよりも距離が近づいていた。

宮藤「それじゃあ一緒に…食材運びましょうか…」

彼「よし、そうだな」

宮藤は赤くなりながらも、ワクワクしている様子だった。

それが余計可愛くて、引き寄せらせるような想いが尽きなかった。

だけど部屋を出て行く二人の並んだ背中を見て、俺は全身から力が抜け落ちた。

認めたくなかった。俺にだって分かる。この状況を簡単に作り出すとは、流石ですリネット曹長。

あぁ、そうか。


宮藤は彼が好きなんだ。


俺と同じ時期に、あいつはここに来たのに。


ドアが閉まり、音は何も聞こえなくなった。


——廊下にて——

リーネ「芳佳ちゃん…うまくいったかな…?」

壁の柱からひょっこり顔を出し、宮藤達が歩いて来るだろう様子を遠くから伺うため、リーネは身を潜めていた。

俺「………リネット曹長?」

リーネ「ふえっ!?」

あ……

俺「……いや、話しかけてすいません。先週入隊いたしました俺二等兵です」

なんか…さっきのあれのせいか、つい話しかけちゃった…

普段なら絶対、とんでもなく躊躇するのに…

リーネ「なっなっな、なんでしょうか…?」

あちらも初対面の異性に慣れていない様子だ。

俺「宮藤軍曹と彼少尉なら、さっき並んで少し遠回りしながら食堂に向かった………のではないかと」

気分は落ち込んでいるが、言葉は自然と出てきた。

リーネ「へっ!?あ…そ、そうなんですか…」

俺「あの…もしかして…なんですけど…宮藤軍曹は彼少尉のことが……」

リーネ「〜っ!なな、なんでそれを…?」

自分でも踏み込んだ質問だと分かってはいるがどうしても聞きたい。

俺「や、その…あれなのか…なと思って」

リーネ「そっそれは……」

その反応から答えは既に出ている。

俺「どうなんだろうかな、と…俺はその、気になっては…まぁ…はい、いるんですけど…」

リーネ「え…えっと」

リーネの顔が段々と紅潮していく。
それに気が付かないまま、伏せ気味の俺は話を続けた。

俺「やっぱりそうなんですか?」

リーネ「あ…あの…何とも…」

俺「言えない…ですか…え、あれ?言えないっていうのはその…」

リーネ「…あっ!もしそうだとしたら、二人を応援…とか?」

俺「…は?そんなわけ………」

リーネ「……あ…えっと、あのぅ」

なぜリーネは食料庫で彼と宮藤の二人きりにさせて、ここで二人を待っていたのかを確りと言葉で聞きたい。完全に推測はできるが。

しかし、なんで今リーネと会話することになったのか分からなくなってきている。自分から吹っかけておいて。

俺「あ、あー…何て聞けば…いいんだろう…」

リーネ「あの私…今、混乱させてますよね…?」

俺「え?いやいや…」

リーネ「そうですか…ど、どうすれば…」

俺「でも……本当は気づいてるんじゃ…あ、これは告発とかじゃなくて…その…男とウィッチが、あれになるのは……」

ようやく俺が顔を上げると、もじもじと体を揺らしあたふたしているリーネの姿が目に入る。

俺「あ……ごっごめんなさい!変なことを聞いてしまい…!」

やっと我に返り、リーネを心底困らせていることに気が付いた。人見知りと男性が苦手な性格に相まって緊張し過ぎている彼女の頬は真っ赤。俯きながら肩をすくめ、服の裾を両手で掴んでいて胸がきゅっと強調されている。

俺「なんというか…気を遣わせて、ご、ごめんなさい!」

リーネ「いえっ…私こそちゃんと話せなくてごめんなさい…!」

俺「そんな、俺がしつこかったから…!ごめんなさい!」

リーネ「あ…中途半端な私が、ごっごめんなさいっ!」

俺「いえそんな、本当にごめんなさい!」

リーネ「あ、あぅ…ごめんなさい、ごめんなさいぃっ!」

俺「いやこんなに謝らせてることがもうごめんなさい!」

リーネ「あわわわ、えっと…そのぅ…ご、ごめんなさいぃっ!」

その後そんなやりとりを汗が出るまで繰り返してしまった。まるで赤ベコになったように。お互いがお互いを意識し過ぎていた。

最初的にリーネのお腹が鳴って、逃げるように彼女は食堂に走っていった。

俺は先程の行動が恥ずかしくなって一通り反省した後、もじもじしていたリーネのとても可愛らしく見える仕草を思い出し火照ったものの、宮藤のことを思い出すと気分が途端に落ち込んだ。他に何も考えられなくなった。

ここの女性ウィッチは11人もいるというのに。

それはアニメでは無く、現実に出会ってしまった為だからか。そして完全に意識してしまう相手が目の前に現れたからか。

俺に用があって探していたおじさんに、先程の謝罪合戦を見られていたようで、後で大笑いされた。こっちは必死だったのに。リーネちゃんは可愛いのに、お前は気持ち悪いのが面白かったと。

なにが面白いんだよ!


——


リーネ「一緒に…応援しませんか?」

俺「……あ、はい」

後日食料庫の前でぱったり会ったリーネのそれに対し、落胆した俺は意に反して同意してしまった。

どうしてだろう。

このままなら、宮藤よりまだリーネの方が近いのに。

でも宮藤が気になってしょうがない。

どうしても、


俺は宮藤が好きなんだ。



つづく




俺はなぜこの世界にいるのか。なぜ俺は俺のままなのか。 悩み、疲れ果てていく日々。

そんな時、最新型のジェットストライカーが到着する。

襲来する大型ネウロイ。

無線から聞こえる悲鳴。そこで見たものは、アニメとは違う別の展開だった。

次回、第3話「俺だけにできること」
最終更新:2015年06月01日 12:55