マジか……ホントに来てくれたよ……いやありがとう。
君、そう、君だ、今端末でここを見てくれてる君だ。
……ああわかる、わかるよ。
いきなり文字列で話しかけてくる俺が何者なのかって思ってるんだよな?
なんていうのかな、空気っていうか……幽霊って言っちまっていいと思うんだが、要するに元々は人間さ。
見付けてもらったのは初めてで、嬉しくてさ。
とりあえず俺の事は……フランクだったか、フリントだったか……実は恥ずかしい事に、自分の名前を忘れちまってな……。
いやほら、君は自分が赤ん坊だった頃の記憶、無いだろ?
……たまーにママの腹の中にいた頃の記憶があるヤツとかはいるが、君は……
……あるのか? 無いよな……無いだろ? まあ普通は無い、無いんだよ。
それと同じでさ、人間だった頃の記憶の基本的な部分にいまいち薄まってる所があるんだよ。
まあそれで、俺の名前だよ……今から俺と君は親友ってことで、俺の名前はフレンド、もうそれでいい。
じゃあ早速語らせてくれよ、親友。
ちょっとでいいからさ。
君はACの事は知ってるだろう?
アレはただの人間には扱えない。
いや、作業用止まりの安いACなら生身でも動かせるんだが……戦闘となると、強化手術で全身弄らないとMTと大差無い。
強化無しで強化人間と渡り合うヤツには霊長類卒業証書を授与してやりたいと常々思うよ。
で、その強化手術に力を入れてるのがアーキバス。
俺もここで手術を受けてAC乗りとして働いてたんだが、そこに、なんというか変なのがいた。
新タイプの強化人間の実験体らしいんだが、実験体なんて大抵堕ちるとこまで堕ちた負け組か、
ベイラムか解放戦線辺りから引っ張って来た捕虜だ。
だがソイツは何を血迷ったか、自分から進んで研究チームに身体を差し出したらしい。
それも21か22だかの若い女の子って話だ。
先代のヴェスパー様はほぼ全員独立傭兵レイヴンに壊滅させられてベテランの専属が殆どいなくなったし、
なんでか男臭かった現場にも女性の顔が増えてきてはいた。
それに今のヴェスパーってこう、能力面は勿論だが、それとは別方向で同じ人間とは思えないヤツが多い。
だからまあ、若い女の子が戦闘員として出て来るのは百歩譲るよ、この際。
にしてもだ……
「将来の夢は実験動物! ああ親愛なるアーキバス様、貴方の為ならワタクシ、
モルモットになってオモチャになってこの心も身体も人生も全部
メッチャクチャのグッチャグチャにぶっ潰れちまっても全く全然これっぽっちも構いませんですことよー♪」
……なんて言えるか?
破滅願望にしたって限度があるだろ?
で、そんな子が新生ヴェスパーのソッチ担当のエヴァレットの下に付いて、早速ベースの手術を受けたっていうんで、
挨拶ついでに興味本位で見に行こうと思ったんだ。
……ああ、いや、宿舎にじゃないぞ?
俺は男だからな、流石に出来ないしやりたいとも……思ってなくはなかったが、まあやらなかったよ、生前はな。
今はやりたい放題だが、なんかな……こんなになっても理性と良心はあるもんで、中々行けないんだよ、これが。
おっとダメだな、ついつい俺の話に逸れちまう。
で、そう、時間作って見に行こうと思ってたら丁度向こうから挨拶回りに来た。
ウズラマって名前らしい。
カッチリしたリクルートスーツにハキハキして聞き取りやすいソプラノボイスで、
「アーキバスと、皆さんと一緒に平和を作っていく為に頑張ります!」
とか言って、深々とお辞儀。
平和を作っていく為に、ね……純粋な子だよ。
東洋系のちょっと幼い感じの顔は緊張で固くなりながら必死に笑顔を作ってた。
ああー新人だなーって感じで思わず顔が緩んだよ。
俺だけじゃない、みんなそうだった。
……あ、ちなみに当時俺は33だ。
で……あとスタイルがな、スーツの胸の辺りがかなりキツそうだった。
あれは相当あるぞ。
それもまだベース手術ってことは、体そのものはほぼ生身なんだ。
場を和ませるために俺の友達が好きな食べ物なんて聞いて、「あったかい緑茶です!」とか言ってたな。
飲み物出して来やがったんで流石に声を出して笑ったよ。
で顔をコーラルみたいに真っ赤にして「あ、やっちゃった……」みたいな顔してさ、
誰かがそれに「友達になれそうだ!」ってフォロー入れたり、
更にそれに俺の友達が「オッサンじゃ釣り合わねーだろ」って突っ込んだり、
俺達だけで盛り上がって逆に蚊帳の外になっちまったところでエヴァレットの方を見ると、いつものムスーッとしたポーカーフェイス。
それはそれで笑いを誘うんだよなアイツ……本人には絶対言えないが。
ウズラマは緊張で変なこと言っちまったのか、それとも天然物かはわからないが、可愛かったよ……
外見っていうよりも中身がな、愛されキャラだって思ったよ。
その後はいろんなヤツに会っていろんな事を聞いて回ってたらしい。
俺はシミュレータで練習にも付き合った。
自慢じゃないが、俺は量産型ACに乗るそこらの有象無象の中でもかーなり腕に自信があったからな。
新人相手に遅れを取る訳もなく、本気なんて出さずとも当然の連戦連勝。
それでも悔しがることもなく目を輝かせて質問責め、タブレットにメモを取りまくってたよ。
あんなに何度も「凄いです!」なんて言われたのは生まれて初めてで、そりゃあもう滅ッ茶苦茶気持ちよかった……。
だからか、そうやって何度か会ってるうちにな、俺も他のヤツラもしっかり名前を覚えられた。
……今は俺が自分の名前を覚えてないんだが。
どうだ? いい子だろ?
最初は勝てないながらも少しずつ強くなっていって、それを実感して喜ぶ姿がこれまた可愛くて、
こっちもほっこりしてたんだ。
だが……高負荷の手術とかいうのを何度か受けた後に言動がおかしくなり始めた。
初めて聞いたのは昼飯前、仲間と食堂に向かう途中だった。
後ろから駆け寄りながら言われた一言は、インパクトがでか過ぎてはっきり覚えてる。
「こんにちは! 今は時間から大きい昼食の物語ですか?」だぞ?
「は?」ってなるだろ?
何度か聞き返したがその度に壊れた翻訳ソフトみたいな言葉が帰ってくる。
しかも本人はそれに気付いてないようだったし、あーこりゃナニカサレタなって思ったよ。
遂にというか、早速というか、当然というか……
ウズラマは狂い始めた。
あの氷の女エヴァレットに懐いて、手に入れた自分のACを「お揃いのフレーム」だとか言ってはしゃぎながら自慢したり、
初任務で上手く動けなかったとかで露骨に方を落としてたり、とにかく表情豊かで驚くくらいピュアで、
おおよそACなんか似合わない、だからこそ殺伐とした職場の清涼剤としてみんなに好かれてた子がだ。
その席で、ぶっ壊れた意味不明な言葉と身振り手振りでテストに誘ってきたんで、
いつものように叩きのめしてやろうと思ったんだが、
おかしくなる前とはまるで違う、別人の動きだった。
……まあ勝ったんだが。
改めて
ウズラマって子が実験動物だって事を思い知らされた。
それからしばらくして会った時はいくらかまともになっていて、聞けば言語機能を修正したらしいが、
単語が中々出て来ないらしく、途切れ途切れで危なっかしい喋り方になっていた。
怖くないのかと聞いてみたが、「怖いけどお姉様とアーキバスと平和の為」らしい。
お姉様ってのはエヴァレットの事だ。
決意は揺るがない……伊達に自分から狂気の研究に身を捧げたわけじゃなかった。
で、またしてもそのまま試合を申し込まれ、そして今回も勝ったのは俺。
だがやっぱり、動きはまた変わってた。
読みが鋭く、反応速度も段違い、シールドやエキスパンションの扱いも上手い。
この勢いが続けば、俺なんかが追い越されるのは時間の問題だと思ったよ。
そんな矢先に新たに仲間が加わった。
どこかから捕まえてきた人間を弄くり倒して兵隊にしたヤツ。
強化人間だっていうが、あれはもう部品の一つに人肉を使った無人機だ。
既に散々弄られた後なんで挨拶も定型文そのまんま、わかりやすいロボットだった。
……だが、なんかエヴァレットのことを「お嬢様」とか言ってたな。
新人を妹にしてみたり洗脳済みの捕虜をメイドにしてみたり、アイツにはもしかしてそういう変な趣味でもあるのか?
で、その新人はE4ナンチャラって名乗ってたが、
ウズラマが名前を付けたらしく「エリカって呼んであげて下さい」だそうだ。
おい
ウズラマ先輩……隣にいる後輩、君の未来の姿かもしれないぞ。
それからは、何やらそのエリカが
ウズラマのお世話係をやってるらしく、
度々おかしくなる
ウズラマを調整に投げ込む仕事を仰せつかってるみたいだった。
最初に言った「堕ちるところまで堕ちたヤツ」が、今まさに堕ちてるヤツのお世話をしてる。
なんとも……いたたまれないね。
おかしくなってお世話が必要になった
ウズラマは、それでも強くなっていった。
会う度に試合を申し込まれて、その度に叩き潰したが、俺の方も前みたいな余裕は無くなっていった。
焦ったよ……焦った。
だがあの子もあの子でそれは同じらしく、前みたいに目を輝かせる事は無くなって、代わりに悔しがるようになった。
独り言も増えた。
余裕の無くなってきたヤツは独り言が増える。
「もっと強くならなきゃ……」が口癖になってきてな。
相談にも何度か乗ったが、焦るなと言っても無理な話だ、それはわかってる。
で、その少し後にまた女の子が一人増えた。
本社から来た元独立傭兵、識別名
V.N ステラ、ランクはB。
「V.N」なんて聞いた事無いが、「元独立傭兵でB」は中々でかい。
企業所属の傭兵をランク付けする時っていうのは大抵政治が絡んでくる。
戦闘における強さの他に、「影響力」を加味してランクを買ってるなんてことも結構あるらしい。
要するに、高ランクになればなるほど純粋な戦闘能力はそれよりも低い事が多くなる。
だがコイツは余所者、政治がほとんど絡まない高純度のBランクってことは、
恐らくだが同ランク帯でもトップクラスの腕だと俺は見る。
……が、そんな事はどうでもいい。
一番重要なのが、コイツがかつて男だったって事だ。
妹にメイド、そして今度は「元男」ときた。
ウズラマやらエリカやらも大概だが、あのエヴァレットも別ベクトルで相当ヤバイだろう、流石に噂になる。
最初は「私兵を集めてる」だかなんだか言われてたが、俺の周りじゃそんなのもうとっくに宇宙空間に消えて、
今は特殊性癖が抑えられなくなった変態説が急浮上、次に何が来るか楽しみで仕方ない。
ちなみに俺の予想はペット枠……勿論女の子に犬猫の格好させたヤツだよ。
で、エヴァレットに気を取られる中、
ウズラマは手術を受けて強くなる一方で何度か事件を起こした。
演習後のフィードバック中に突然泣き出しただとか、自室で暴れて家具を破壊しただとか、
壁に頭突きをしながら意味不明な言葉を垂れ流して新人にトラウマを植え付けただとか、
全裸で廊下を水でベチャベチャにしながら歩き回った挙げ句中庭を通って喫煙所に乱入しただとか。
全裸乱入事件の時は俺の友達もその場にいたらしく……不謹慎だが、マジでデカかったそうだ。
あとどさくさに紛れで触った馬鹿もいたらしいが、
ウズラマが覚えてたらどうするつもりだ……。
……………………正直……羨ましいよ。
……ま、まあそれでだ、そんなヤバい壊れ方をして精神的に大丈夫なわけもなく、
みるみる元気がなくなっていくのが俺にもわかった。
その頃だったな……俺は初めて
ウズラマに負けた。
手加減なんてとっくに出来なくなっててな、かなりガチでやったんだが……。
尽く読まれて、防がれて、吹っ飛ばされた。
嬉しいだろうと思ったが……まあ笑ってはいたんだが、目は泣いてた。
表情からは前にも増して焦りと……それと狂気を感じた。
「勝った……勝った……! フフ……やっぱりそうだ私強くなってる……!」
そんな感じで、完全に追い詰められてるヤツの振る舞いだった。
俺がわかるレベルなんだから、誰が見たってきっと同じ感想を口にするだろう。
もう「平和」なんて言葉もしばらく聞かなくなってたな。
企業は強化人間の事なんて備品としか思ってない。
いや、いっそ強化してるかどうかなんて関係無い。
使い捨てられるヤツとそうでないヤツの違いなんて、
「使えるかどうか」っていう曖昧なわりにやたらしきい値の高い判定基準、この一点だけだ。
ウズラマは散々弄くられてボロボロになってから、やっとそれを理解したんだろう。
俺だって備品の一つだった……それも使えない方のな。
はたして、
ウズラマはどっちなるか……それにこれから価値を認められたとして、
その時あの子が人間でいられるかどうもわからない。
そもそもここは激戦区のルビコンだ、認められる以前に生き残れるかどうかもわからない。
だがあの子はいい子だからな……腐らずにしぶとく生き残ることができればみんなも助けてくれる。
チャンスはあるはずなんだ。
……とまあ、
ウズラマの話は一先ずここまで。
ていうか俺、その翌日の作戦でボコボコに叩きのめされて死んだから、今語れるのはこれで全部なんだ。
……言っただろ、「幽霊って言っちまっていい」って。
いやでも悪いな、ちょっとって言ったのに結局全部話しちまった。
今度会えたら、その時は俺自身の話を聞いてくれよ。
ああ、それか君の話でもいい。
波長が合えば多分またここに来れるだろ。
またな、親友。
聞いてくれてありがとう。
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最終更新:2024年03月07日 12:37