「見て見て!ヴァッシュに名指しの依頼だよ!!
オールマインドからの評価が上がってきた印だね!」
目を皿のようにして集計表と睨めっこしていた
ヴァッシュの前に、エセリアが開いた依頼データが
大写しで割り込む。

「『不明洋上施設調査』・・・依頼主は解放戦線。
グラウンドゼロ北東の洋上に出現した
巨大な施設についての調査だって。
正体はなんだろう?技研の遺産だったら、
未知のコーラル技術なんかも見つかるかもしれないね!
見て帰るだけの仕事の割には報酬がめちゃくちゃ高いよ!
しかも全額前払い!!ねぇねぇ!
これめっちゃ美味しい仕事じゃない??」
依頼文の内容を読み上げながら、アシュリーの体を
借りたエセリアが背中から抱きついてくる。
コーラルの赤に染まった目を見れば、
今はどちらが主体なのかは一目瞭然だ。

「ひっつくな!・・・あのなぁ。俺が傭兵やってるのは
あくまで副業なんだよ。メインの事業が軌道に乗るまでの
資金調達のためにしゃーなしで依頼をこなしてるだけなの!!」
依頼文を閉じて再びヴァッシュは収支の計算を再開する。
在庫品の出納管理に、支出と収入の集計、
さらには各サービスの収益率を検討して今後の経営方針を策定。
駆け出し個人事業主のヴァッシュはこれでなかなか忙しいのだ。

「えぇ?でも実際に儲かってるのは傭兵の方だよね??」
「むぐぐ・・・」
長年の夢であったコーチビルダーとしての
第一歩を踏み出したはいいが、未だ商売として
成り立っているとは言い難い。
RaD時代にはカーラが強力にサポートしてくれていたからこそ
商売としてうまく回っていたが、その後ろ盾を失えば
ヴァッシュ個人としてのコネや実績など僅かなものだ。

まぁ・・・今もなおこのカーゴトレーラーの屋根に鎮座している
RaDバルテウス』を建造するためにそれまでの貯金や
資材をほぼ全部注ぎ込んでしまったのがそもそもの問題なのだが。
「稼げる時に稼いどいた方がいいと思うけどな〜〜〜?
ほら?ヴァッシュが前に探してたベイラム製オービットの美品、
私見つけたんだけどなぁ?これ買うお金、欲しくない??」
エセリアが再び画面に表示したオンラインオークション画面に
ヴァッシュが血眼で齧り付く。
「・・・ほ、欲しい・・・」

カーマンライン艦隊戦で出没したエルカノの新型が
積んでいたという曰く付きの逸品。
アーキバスの技術が流入しているという
怪しすぎる経緯も含めて、ぜひ実物が見てみたい。
が、その希少性が如実に反映された価格設定を見て
ヴァッシュはがっくりと肩を落とす。
「じゃ、決まりだね!さ、行こ行こ〜〜〜!!」
勝手に決めんな!・・・と言いたいところだったが
背に腹は代えられない。

やれやれ、とため息を吐くヴァッシュの横で
エセリアが嬉しそうに飛び跳ねている。
合わせてばるんばるんと飛び跳ねるそれを
視界に収めないように努めながら、
ヴァッシュはしみじみと問いかける。
「お前。これでいいのかよ」
いつになく重苦しいヴァッシュの口調を、
エセリアは訝しむ。

「コーラルを資源として消費する人類と
戦うんじゃなかったのかよ。
現に俺は、今でも隙あらばコーラルに
火をつける気満々なんだぜ」
険しく睨みつけるヴァッシュの視線に、
エセリアは少し気恥ずかしげに言葉を返す。
「うん・・・そのつもりだったんだけどさ。
もう少し、考えてみたいなって思うんだ。
アシュリーと一緒に、ヴァッシュと一緒に、
ルビコン中を旅するのはすごく楽しかった。
人類は私たちを苦しめる敵だって、それだけを
教えられてきたから、僕はそれ意外何も知らなかった」

テーブルの上に置かれたワームミルクの
乳酸菌飲料をぐいっと呷り、ぷはーっ!
と心底美味そうにエセリアは笑う。
「最近、これがお気に入りなんだよね!
僕、アシュリーに体を貸してもらうまでは、
こんな楽しいことがあるなんて知らなかった。
だからさ・・・あと、もう少しだけ。
ヴァッシュと、アシュリーと、ラカージュのみんなと・・・
一緒にいられたら、嬉しいな」
梯子を上り、エセリアはベッドに身を投げ出す。
近頃は、アシュリーとの交代も慣れたもので、
睡眠を挟むことでお互いに混乱なく
バトンタッチできるのが大きな発見だったらしい。

すぐさま寝息を立て始めたエセリアの様子を
覗き込み、ヴァッシュは幼子をあやすように
その前髪をそっと撫でる。
「・・・勝手にしろよ。
どうせ、俺らには追い出す方法もわかんねぇんだからよ」

「・・・もう少し、言い方があるんじゃないか?
エセリアは既に眠ってるぞ。
こんな時くらい素直になればいい」
再び開かれた瞳はアシュリー本来の深い青。
不意にその視線をまっすぐに受け止めて、
ヴァッシュはばつが悪そうに慌てて目を逸らす。

「・・・敵性変異波形だなんて言ってよ。
一つの心を持った存在をはじめから『敵』って
決めつけてたのがそもそもおかしかったのかもな。
あいつがここにいたいなら、別に俺には異論はねぇよ。
お前さえ不便してなけりゃな」
ようやく本心を吐露したヴァッシュの隣に腰掛け、
いかにも不機嫌そうなその表情にアシュリーは思わず笑う。
「まぁ・・・不便には違いないな。
エセリアが私に黙って食事を済ませた時は正直少し揉めたよ。
私はカツ丼を楽しみに腹を減らしていたのに、彼女は無断で
ストロベリーケーキをホールで平らげていたんだぞ?
自分が味わったわけでもないカロリーを消費するために
トレーニングするのは、流石に私も面白くない」
はたから見れば微笑ましいエピソードだが、
語るアシュリーの表情は真剣そのものだ。

エセリアだけの器となるべき肉体が新たに
用立てられれば、問題は解決するのかもな。
私の媒介体質と、お前のコーラルブラッド、
その二つの特性を併せ持つ肉体ならば、コーラル由来の
変異波形を己が魂として受け入れられるやもしれん」
いつになく神妙な面持ちで、アシュリーはまっすぐに
ヴァッシュを見つめて提案する。

そのアイデアに、ヴァッシュも興味を惹かれ相槌を返す。
「ふぅん・・・??うん、面白いアイデアだな。
問題は、二人の遺伝的特性を併せ持った肉体を形成できる
施設なんてそう都合よく見つかるか・・・ってトコだが」
難しい顔をして考え込んだヴァッシュを、
アシュリーは不思議そうな表情で見つめる。

「??・・・ここにあるではないか」
言いながら、アシュリーは自らの下腹に手を添える。
その言葉、その動きが意味するところを裏付けるように、
アシュリーの頰にはっきりと朱が差している。
「・・・本気で言ってんのか??」
流石に、ヴァッシュも言わんとするところを察し・・・
厳しい表情で問い返す。

アシュリーはその視線を押し返すように、
決意を込めてヴァッシュをまっすぐに見つめる。
「ヴァッシュ。私は・・・」
胸に抱いた想いを改めて押し出すために、深呼吸を一つ。

「私は、小さい男の子が好きなんだ」
表情筋が死滅したヴァッシュの脳裏を
宇宙の真理が光の速さで駆け抜けていく。

「いや、少し違うな。小さいと言うほど小さくもなく、
しかし若者と呼ぶにも一歩足りず、伸び切らぬ
背丈を強気な態度で埋め合わせするような。
そんな勝ち気な男の子が、女児用旧式スクール水着に
包まれ、ローションに塗れた『雄』の蕾のような
己の肢体を見つめるうちに、その艶かしさに
抱いてしまった劣情を徐々に受け入れていく・・・
そんな姿が、私はたまらなく好きなんだ」
場を支配しつつあった生温く湿ったピンク色の空気を
極寒の冷気が吹き飛ばす様を、ヴァッシュは幻視していた。

「ふふっ・・・何を言っているんだろうな、私は」
「本当にな・・・」
なんだろう。彼我の状況認識に重大な齟齬が
含まれたまま事態が進行している気がする。

「だがヴァッシュ。おまえといると、私は自然体でいられるんだ」
「お前が思う『自然』、多分この宇宙のどこにもねぇよ」
しかし、そんな相方の相変わらずなあり方を、
ありがたいと感じていることもまた、否定できない事実だった。

「だからヴァッシュ。私は本気だ。
このルビコンで最初に出会ったのがお前でなかったら、
私はきっと無惨な最期を迎えていただろう。
しかしお前は、私を仲間として迎え入れてくれた。
命をかけて守ってくれた。
だから私も、それに応えて、私の持てる全てを
お前に委ねたいんだ」
ツッコミたい気持ちを必死に堪えて、
ヴァッシュは努めて冷静にアシュリーの告解を受け止める。

そしてゆっくりと口を開き、その想いに応えた。
「それは、できねぇよ」

目を合わせることはできなかった。
しかし、その答えを曲げることもまた、できなかった。
「俺はもう、長くない」
常夜灯のかすかな灯りでもはっきりと見えるよう、
ヴァッシュははだけた胸元をアシュリーの面前に晒す。
「コーラルブラッドだなんて言ってよ。
選ばれた存在になれたと思い上がった結果がこれだ」
人工心臓を中心に走る黒い亀裂。
それは、血管を裂いて漏出したコーラルが不活性化して
形成した、漆黒の傷跡だった。

「コーラルブラッドとしての能力を使えば使うほど、
体は不活性コーラルでガチガチに固まっていく。
近いうちに、まともに動くこともできなくなるんだろうな。
だから・・・お前と一緒に生きていくってのは無理だ」
ヴィル曰く、コーラルブラッドとしての『ステージ』が
進行した結果だという。
肉体の中に入り込んだコーラルもやがては寿命を迎え、
不活性化する。それは避けられぬ必然であり、
体内で同居するコーラルの終焉が、すなわち
ヴァッシュの命の限界だった。

所詮自分も、先に死んでいった幾多の先達たちと同じ。
人とコーラル、決して相容れぬ二つの
命の間に生じた徒花に過ぎなかったのだ。
「そんなこと・・・今更言うな!!
諦めるな、方法はきっとある!
知恵を貸してくれる者もきっといる。
一緒に探そう、私も全力で協力する、だから・・・」

痛みを堪えるように俯いていたヴァッシュが、
感情を押し殺した声でアシュリーの訴えを遮る。
「・・・気が変わった。お前、やっぱり出ていけ。
エセリアのことが心配だったからそばに置いてたがよ。
もう、その必要もねえみてぇだしな」
あらゆる訴えを跳ね除ける、固い拒絶を含んだその視線に、
アシュリーは返す言葉もなくベッドから飛び降りる。

そのままトレーラーの後部に連結されたガレージへと
繋がる扉を潜り抜けたかと思うと・・・
程なくカーゴスペースの扉が開き、アリオーンの
独特の足音がトレーラー全体を大きく揺らして、
その足音は次第に遠ざかっていった。

───

「ハァ・・・それで??家出した
アシュリーちゃんを追っかけたくて
アタシに頭下げに来たってワケ??」
これ見よがしに盛大なため息を吐くピーファウルに、
ヴァッシュは恥も外聞もなく土下座で頼み込む。
「頼むっ!ピーさん!!エセリアが送ってきた
俺宛のミッションが受諾されてたんだ。
アイツ、依頼文に書いてた技研の洋上施設ってヤツに
行ったんだと思うんだ。
そこなら何か、俺の体を治す手がかりがあるとでも
思ったんだろうけどよ・・・」
どう考えても胡散臭い依頼だ。
一人で赴くなんて自殺行為もいいところである。

床に額を擦り付けたヴァッシュの耳にツカツカと
歩を進めてくるピーファウルの足音が響く。
希望を掴んだと確信して顔を上げたヴァッシュ、
その顎を・・・身長195センチ、体重110キロ、
筋骨隆々たる偉丈夫の全力の蹴りが捉えた。
「ふッ・・・ざけんじゃないわよォォォ!!!」

倍近いウェイト差を乗せた一撃で壁まで
吹き飛ばされたヴァッシュの胸ぐらを掴み上げ、
ピーファウルは無理矢理に引き立たせる。
「テメェはよォ、あの子がどんだけの覚悟で
ソレを言ったのか、ちょっとでも考えたのか!?
仮にお前が明日死ぬとしても、あの子は
絶対にそれを理由に諦めたりはしなかった!違うか!?
オンナの覚悟を踏み躙って、挙句追い出して!
そんな話聞かされて、あの子が何をしでかすか、
その程度のことも考えらんなかったのか!?
バカにもほどがあるわこのボケッッッ!!!」
捲し立てるピーファウルの言葉の一つ一つが
ヴァッシュの胸を深く抉る。

返す言葉もなく俯くヴァッシュを肩に担いで、
ピーファウルは足早にガレージへと向かう。
「大事なんでしょう?そんなに必死になるくらい!
もし残された時間が少ないなら、
最後の瞬間まで、1秒でも長くそばにいておやんなさい!!
さぁ、グズグズしてる暇なんかないわよッ!!」
その力強い掌に支えられて、ヴァッシュもふらつきながら
どうにか再び立ち上がる。
「ありがとう・・・頼む、ピーさん!」
「礼を言われる筋合いはないわね。
アタシはアンタらがゴールインするトコを
特等席で見物したいだけなんだから」

アシュリーの出奔から遅れることおよそ3時間。
超特急でチャーターされた輸送ヘリに搭載された
ガルブレイヴとPEACOCKが問題の洋上施設へと上陸する。

「技研の遺跡にしちゃあ・・・まだ新しいな。
それに、現役で稼働してるぜ、これは」
「しかもコレ、パッと見で工場なのはわかるのに、
人が住めそうな設備がまるでないわ」
ECMフォグに包まれた風景の中には、
人間が利用できそうなサイズのドアや通路、
階段などの構成要素が一切見当たらない。
足元に広がる設備を稼働させるための換気ダクトは
回転し続け、水上に高く伸びたフレアスタックは
絶え間なく篝火のような炎を吐き出し続けている。

そして。肌を震わすゴウゴウと唸るような駆動音は、
どうやら工場設備のものだけではないらしい。
「戦闘の気配がするわね、アシュリーちゃんかしら。
飛ばすわよ、ヴァッシュちゃん!!」
言うが早いかアサルトブーストに突入した
PEACOCKにガルブレイヴも続く。
その背後にさらに追従する小柄な機影には、
ヴァッシュも見覚えがあった。

「・・・アラレズか?まさか、
コイツらはここで作られたんじゃねぇだろうな」
左右からまとわりつくように次々と飛来するノミのような
突撃型機動兵器が吹き出す翠緑の粒子に、
ヴァッシュは見覚えがあった。
「グラウンドゼロで遭遇した『アントリオン』が
放出していた粒子と組成が一致している。
この工場で生産されているものとみなして
間違いないだろう」
疑問を先回りして解消するヴィルの言葉に、
ピーファウルが状況を理解する。

「ってことは・・・この工場の親玉が
アントリオンを送り込んで、グラウンドゼロに来る
連中を排除してたってワケ!?
すると、コイツらの狙いは『Dコーラル』ってことかしら」
『デソレイション・コーラル』。
アーキバスの採掘基地、ルーツウェル・プラントを暴走させた
異常挙動コーラルはそう呼称されていた。

対処が確立されるまで相互不可侵が協議されたばかりの
グラウンドゼロの埋蔵コーラルを、密かに狙う勢力が存在する。
それだけでも重大な問題だが、どうやらその勢力は
無視できぬ規模の戦力を既に抱えているらしい。
アラレズの追撃をかわすヴァッシュとピーファウル
その行手を塞ぐように新手が布陣する。
「ヘリアンサスとヴィーヴィル・・・
の、デッドコピーってとこか!?」
重武装の大型MTの砲撃支援と同時に突撃してくる、
歯車状の破砕機の群れは、アラレズ同様に
翠緑の粒子を纏っている。

前後を挟撃され、迎撃を余儀なくされた二人が
損耗を覚悟で武器を構えたところで、
新たな勢力が前方の敵部隊に襲いかかった。
「Cスウィーパーが動く案件なワケ?
いよいよ怪しくなってきたわねぇ」
特務仕様の漆黒のエクドロモイが3機、そしてそれらを
統率する異形の旧式HCは・・・

「お前ならば娘を預けても良いと思っていたが。
失望したぞ、ヴァスティアン・ヴァッシュ
右に2本集中配置された剛腕で巨大なフレアシミターを
振るうシュラディアートルが、迫り来る
ヘリアンサス型を正面から斬り捨てる。

周囲では、ヴィーヴィルの行手を読んでナパーム弾を
投射したエクドロモイが、敵機を火だるまにしていた。
前方を任せられる友軍を得たガルブレイヴとPEACOCKは
即座に後方へクイックターン、ラッシングレイザーと
パルスブレードで追い縋るアラレズ編隊を片っ端から撃破する。

敵部隊の沈黙を確認して改めて正対したヴァッシュたちと
アシュレイは互いの知る情報を共有する。
「すまん、アシュレイのおっさん。アシュリーはたぶん
この工場のどこかにいる。一緒に探してくれねぇか」
「ならば、お前たちも私に協力してもらうぞ。
我らは、『ウィスパーシアー』の一味の動向を探る過程で
この地に辿り着いた。
連中が何を企んでいるか、探り出さねばならぬ」
コーラルが齎す危険、とりわけ変異波形の存在を敵視する
Cスウィーパーと、コーラルをその身に宿すコーラルブラッド。
いつその利害が食い違うやもしれない危うい協力関係だが、
少なくとも今は、アシュリーという目標を共有できる。

改めて共闘関係となってみれば、
封鎖機構の英雄は圧倒的な戦力だった。
縦横に振るう炎の刃は迫る敵機を一撃の元に両断し、
突撃を旨とするアラレズやヘリアンサスを寄せ付けない。
ヴィーヴィルの対処も、エクドロモイのナパームと
PEACOCKのミサイル、ガルブレイヴのグレネードと
いった爆破属性の武装があれば撃破は難しくない。

さしたる危機もなく工場施設の内部を進む一行の前に、
突如開かれた広大な地下空間。
秘匿工廠全体に匹敵する広大なドックには、
目を疑うほどの規模を誇る巨体が鎮座していた。
「この手のデカブツはザイレムでお腹いっぱいなんだがな」
一言で言えば、巨大なヤドカリのような巨体の背中に当たる
甲板に着地したヴァッシュたちは、ついに探し求めていた
アシュリーの姿を発見する。

古代のチャリオットを彷彿とさせる異形のC兵器
───吹きこぼす光が赤い。これは『本物』だ───
の足元には、大破したアリオーン。
「・・・やぁ、ヴァッシュ。待ってたよ。
どう?すごいでしょ、コレ。
クアッドリガー』、ヴァッシュのために用意したんだ」
そして、クアッドリガーから響いた声もまた、
アシュリーのそれでありながら、その言葉は
アシュリーのものではなかった。

「あの依頼も、初めから
俺たちをここに連れてくるためだったのか?」
「・・・違うよ、僕はそんなつもりじゃなかった。
本当に、ヴァッシュの役に立ちたかった。それだけなんだ」
深い失望を滲ませたヴァッシュの言葉に、
応じるエセリアの声が酷く上擦っていた。

「・・・彼女をここへ招待したのは私です」
地下ドック全体に響いた、抑揚を欠いた平板な声もまた。
独立傭兵にとっては耳馴染んだものだった。
「ようやく尻尾を掴んだわよ、オールマインドちゃん。
ここんとこずっと胡散臭かったけど、
まさかあのC兵器の偽物まであーたの仕業だったとはね」
ピーファウルが見回す甲板の外縁には、参集した
代替C兵器群が厚く包囲し、その敵意は疑うべくもなかった。

「『デソレイション・コーラル』は我々の計画・・・
『コーラルリリース』に協力することを選択しました。
人類との敵対を終結させるためには、彼らと我らを
隔てる境界を取り払うことが、最善であると」
オールマインドの演説に付き合う義理はなかった。
先手を打つべく、クアッドリガーへと踏み出した
ガルブレイヴ、その目前に忘れがたい深紅の機影が割り込んだ。
「そして・・・もう一人。
『彼女』もまた、我々の計画の協力者です」
翡翠のように輝く双眸が、ガルブレイヴに敵意の視線を向ける。
「レイヴン・・・ッ!!」

躊躇いなく振り下ろされた黄金の戦鎚の一撃を、
炎を纏う巨剣が受け止める。
「独立傭兵レイヴン。ウィスパーシアーの協力者。
この者の相手は私の責務だ。行け、アシュリーを取り戻せ」
レイヴンが駆るWLT621に対峙する
シュラディアートルの脇を抜け、
ガルブレイヴはクアッドリガーに戦闘を挑む。
「そっちは任せたわよ、ヴァッシュちゃん!
周りの雑魚どもはアタシ達に任せちゃいなさい!!」
アシュレイ麾下のエクドロモイ隊と共に、PEACOCKが
代替C兵器の大群と交戦を開始する。

「独立傭兵レイヴン、ルビコンを焼き尽くす炎よ。
貴様を焚き付けた火種諸共。因果焼却、仕る」
鮮やかな炎を吹き出す双剣を自在に振るい、
シュラディアートルがレイヴンを追い立てる。
対するレイヴンはハイ・オシレーターを展開して
形成したコーラル障壁にこれを凌ぐが、
機体サイズに起因するパワーと質量の差は覆しがたい。

バックブーストをかけて間合いを外した
レイヴンはコーラルドローンの展開と共に
コーラルディスラプターを起動。
四方から迫る弾幕と共に正面からは誘導弾をけしかける。
対するシュラディアートルは左腕に装着された
シールドを展開し内蔵していた炸薬投射機構を解放。
周囲を爆炎に包んで前方からのコーラル弾を相殺する。

さらに、その炎を巻き込むように双頭薙刀形態に
連結したフレアシミターを頭上に旋回させながら吶喊、
前方を覆う爆炎を刃に纏いながら強引に間合いを詰める。
応じるレイヴンもオシレーターの速射モードで
カウンターを図り、追うものと追われるものの
熾烈なせめぎ合いは加熱していく。

「やっぱ、コーラルは全部焼くしかねぇらしいな。
こんなニ枚舌までこなしちまうとはな」
ヘリアンサス型を流用したホイールで甲板上を
駆け巡るクアッドリガー、その両脇から
撒き散らされるミサイル群を掻い潜りながら、
アサルトブーストに突入したガルブレイヴが執拗に追尾する。

「ごめんねヴァッシュ・・・僕は君の役に立ちたかった。
ずっと一緒にいたかった。みんな大好きだったんだ。
全部ウソじゃないよ。
でも・・・もう、時間切れみたいだ」
突如急速回頭したクアッドリガー
騎馬のような双頭をもたげ、解放された砲口から
高密度のコーラル粒子ビームを放射する。
「僕は、グラウンドゼロに溢れる
怒りや憎しみから産まれた。
今、この星に暮らす総人口よりもずっとたくさんの
人達が遺した感情が、今もコーラルの中で響いてる。
僕にはそれを、なかったことにはできないよ・・・!!」

至近に迫るコーラルの存在が体内を走る血を騒がせ、
ヴァッシュは反射的に回避軌道をとってその射線を
ギリギリでかわす。同時に、ブレードドローンと
グレネードガンを一斉に発射し、勢いを乗せた
ラッシングレイザーの蹴撃を叩き込む。

「死人の恨み言に地獄へ引き摺り込まれちゃ、
堪らねぇんだよ!!」
迎撃のミサイル群をグレネードの爆風が蹴散らし、
その真ん中を突き抜けたガルブレイヴの足技と
同時に振るわれたブレードドローンが
クアッドリガーを牽引する一対の推進器の片方を直撃、
深い斬撃の傷を刻みつける。

このまま一気に勝負を決める。
機体各所のハッチを開放し、アサルトアーマーで
決着を期するガルブレイヴの背を、高速で飛来した
コーラルの矢が鋭く貫く。
「っ・・・テメェ・・・!!」
怒りに震えるヴァッシュの視線の先には、
攻防の合間の一瞬の隙を縫ってオシレーターの
最大出力の一撃を放った621の姿があった。

衝撃に機体が傾いだ、僅かな隙。それが、
ヴァッシュとアシュリーを遠く隔てる、決定的な溝になった。
「敵性Cパルス変異波形『エセリア』を得たことで、
私たちの悲願が・・・『オラトリア・スクリア』が起動します」
オールマインドの声には抑えがたい恍惚が滲み、
その言葉に応えた足元の巨体が、軋みを上げて動き出す。

「ヴァッシュちゃん!離れなさい!!」
いち早く危機を察したピーファウルに引き連れられて
上空へ逃れるヴァッシュ、その目前で・・・
オールマインドの秘めたる野望の結晶、
要塞兵器『オラトリア・スクリア』が目を醒ます。

「・・・ここまでだな。総員、疾く退け。
この場で勝負を決められぬ以上、
あたら命を擲つわけにはゆかぬ」
レイヴンの反撃で損傷したシュラディアートルが、
麾下のエクドロモイと共に撤退した直後に、
眠れる怪物がその脅威の一端を露わにする。

巨体の背部に満載された火砲が一斉に、
自らを封じ込めた天蓋に突きつけられ・・・
ドックを引き裂く規格外の暴力が荒れ狂う。
莫大な出力を誇る代替コーラル粒子の収束ビームが
幾層にも連なった工廠を一撃の元に貫き、
穿たれた破口を遅れて飛来したミサイルの群れが押し広げる。

まるで、蛹から抜け出した甲虫が地上へと這い出すように。
オラトリア・スクリアの巨体がルビコンの大地に出現する。
その視線が見つめる先には、内部に『Dコーラル』を秘めた
グラウンドゼロの、亀裂のような断崖が口を開けている。

「お前は・・・お前はまだ奪い足りないのか!?
ルビコンを全部焼き尽くさないと満足できないのか!?」
ピーファウルに手を引かれ上空へ逃れるヴァッシュが見つめる、
オラトリア・スクリアの背には。
「レイヴン・・・!!!」
オールマインドの手先と化して、
オラトリア・スクリアと共に歩み出す621の姿があった。

「それでは、また。
独立傭兵の皆様、リリースの向こう側の世界で、
またお会いしましょう」




関連項目

投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年03月22日 08:53